山野浩一『伝説の名馬』1~4巻

 中央競馬ピーアール・センターより、第1巻は1993年10月、第2巻は1994年9月、第1巻は1996年3月、第4巻は1997年9月に刊行されました。当ブログを始める前に読んでおり、まだ当ブログで取り上げておらず、最近再読した本も今後当ブログに掲載していくことにしましたが、本書もその一環です。本書は100頭の世界の日本以外の名馬100頭を取り上げていますが、元々は、日本中央競馬会のオフィシャル・レーシングプログラムの連載をまとめたもので、私もこの連載が掲載されたオフィシャル・レーシングプログラムを何冊か所有していたはずですが、本書の再読時に探したものの見つからず、引っ越しの時などに間違って捨ててしまったのかもしれません。

 当ブログでも取り上げた、原田俊治『世界の名馬 セントサイモンからケルソまで』や(関連記事)や原田俊治『新世界の名馬』(関連記事)のような名馬物語や、日本などの地域や20世紀などの時代を限定した名馬100選は珍しくないかもしれませんが、本書のように世界の名馬100選の物語となると、異例の企画と言えそうです。本書の名馬の選出基準は、高い競争能力を中心に、ある程度の競争能力と繁殖成績や、後のサラブレッドの血統への影響や社会的影響で、とくに他の世界の名馬物語や名馬100選などと比較して大きな特徴となっているのは、地域性も大きく考慮されていることです。世界の名馬物語や名馬100選などでは、イギリスやアイルランドやフランスや北アメリカ大陸に集中する傾向にあるでしょうが、本書では南アメリカ大陸やアフリカやドイツやソ連の名馬も取り上げられています。

 本書の選出基準の特徴は、たとえばサーアイヴァー(第1巻)が取り上げられていることにも表れているようえに思います。多くの名馬物語では、ヴェイグリーノーブルが取り上げられている一方で、サーアイヴァーは取り上げられていませんが、本書ではその逆となっています。両馬の唯一の直接対決となった1968年の凱旋門賞では、ヴェイグリーノーブルが完勝し、サーアイヴァーは2着で、全体的な種牡馬成績でもヴェイグリーノーブルがサーアイヴァーを上回っているものの、サーアイヴァーが、4ヶ国(イギリスとアイルランドとフランスとアメリカ合衆国)でチャンピオン戦に勝ち、生産国(アメリカ合衆国)と調教国(アイルランド)と主戦騎手(イギリス)、産駒のサートリストラムがオセアニア史上最大とも言われる種牡馬になったことなど、国際競馬の一里塚となったことを重視し、サーアイヴァーがヴェイグリーノーブルのように凱旋門賞のみに目標を絞っていれば、結果が違っていた可能性を指摘しています。

 すでに当ブログで取り上げた、原田俊治『世界の名馬 セントサイモンからケルソまで』および『新世界の名馬』と比較すると、もちろん、サンシモン(セントサイモン)やマンノウォーやハイペリオンやネアルコやボールドルーラーなど共通する名馬もいますが、新旧の『世界の名馬』で取り上げられていながら『伝説の名馬』で取り上げられていない名馬としては、フェアトライアルやテトラテマやジョンヘンリーなどがあり、その逆では、アイシングラスやタルヤーやフォアゴーなどがいます。上述のサーアイヴァーとヴェイグリーノーブルについても、『新世界の名馬』ではサーアイヴァーではなくヴェイグリーノーブルを取り上げており、『伝説の名馬』とは逆になっています。

 こうして多様な地域と年代(最も古い生年の名馬は1715年生まれのフライングチルダーズ、最も新しい生年の名馬は1983年生まれのダンシングブレーヴ)の名馬を取り上げることで、本書は300年近い競馬史を浮き彫りにしています。この点は著者である山野浩一先生も企画当初から強く意識していたようで、第3巻のまえがきにて、以下のように述べています。

単なる名馬物語としてだけでなく、世界競馬史を名馬中心に物語るという私の第2の意図にも生命が与えられてくる。サンシモン、オーモンド、ベンドアの3つの物語を読み通すとフレッド・アーチャー氏という騎手がいかにすばらしく、それ故に悲劇的な生涯をたどらねばならなかったかが浮かび上がってくるだろうし、オレアンダー、ネッカル、ビルカハーン、シュターアピールの4つの物語を読めば、戦争によって何度も打撃を受けながら、ドイツの競馬はいかに優れた伝統を守り抜いたかがわかるだろうし、エクリップス、ハイフライヤー、ダイオメド、ザフライングダッチマンなどの物語を通じてイギリスでサラブレッド競馬がいかに発展してきたかを知ることができるはずである。

 300年近くにわたる時代の名馬を取り上げているだけに、著者の山野先生が直接的に見たのは当然ながら少なく、ダンツィヒ(ダンジグ)やミスタープロスペクターやニジンスキーやダンシングブレーヴやシアトルスルーなど10頭程度とのことです。山野先生によると、見たことで強い印象を抱いたのは、ダンツィヒのいかにも精悍な馬体と、凱旋門賞でのダンシングブレーヴの驚異的な追い込みくらいだったそうで、もちろん山野先生は私よりもずっと相馬眼はあるでしょうが、本書第4巻のまえがきで指摘されているように、外観や個性については人によって大きく評価が異なることは確かで、そこにも競馬の難しさがあるのでしょう。本書は、ヨーロッパが中心となりますが、競馬から見た近代史にもなっており、物語としての面白さもあるので、今後また時間を作って再読したいものです。

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