イラクの更新世の石器

 イラクの更新世の石器を報告した研究(Egberts et al., 2025)が公表されました。イラクは更新世人類の拡散において重要な位置を占めていると考えられますが、その実態はよく分かっていません。本論文は、イラク南西部のIWD(Iraqi Western Desert、イラク西部砂漠)に位置するシュビチャ(Shbicha)地域の更新世の下部旧石器時代および中部旧石器時代の石器群を報告し、この地域の旧石器時代の調査がホモ属の拡散の解明に役立つ可能性を提示しています。


●要約

 更新世の人類拡散の交差点に位置しているにも関わらず、この期間のイラクにおけるヒトの居住についてほとんど知られていません。西部砂漠における考古学的調査は、シュビチャにおける繰り返しの人類の活動を明らかにしつつあり、アジア人西部における人類の行動および拡散に関する理解の深化におけるこの地域の可能性を浮き彫りにします。


●研究史

 アジア南西部はアフリカから移住し、アフリカに戻り、ユーラシア全域を移動する人類が更新世(258万~11700年前頃)以降横断してきました(Groucutt et al., 2015)。この期間の地球規模の気候変化によって、乾燥と湿潤の周期が繰り返し起こり、周期的にこの乾燥した地域はより緑の豊かな環境へと移行し、人類の存在や移動や相互作用に影響を及ぼしました(Groucutt et al., 2021)。したがって、アジア南西部は初期のヒトの進化と行動の研究にとって重要な地域です。しかし、これまでの研究はおもにレヴァントやザグロス山脈やアラビア砂漠(Scerri et al., 2021)に焦点を当ててきました。IWDはアラビア砂漠の北西端に位置し、その中心的位置と証明されている可能性にも関わらず、ほぼ無視されてきました。地質構造的な背景情報の不足と診断できる資料の欠如の懸念のため、IWDからの旧石器時代の発見はヒトの進化と行動に関する古人類学的統合で健闘されることは多くありません。イラクの西部砂漠の地質構造および旧石器時代の調査が、この空白に取り組むために始まりました。本論文は、2024年12月の調査の最初の結果を提示します。


●IWD

 アラビア半島の北側のIWDはイラクの西部を覆っており(図1)、西方ではシリア砂漠、南方ではアラビア砂漠へと広がっています。イラクのナジャフ(Najaf)県の景観は、炭酸塩岩や浅い渓谷や時に見られるカルストの窪地によって特徴づけられています。10月~4月の間、季節湖が一部の窪地で形成されます。以下は本論文の図1です。
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●手法

 衛星画像と標高(森林と建物を除去したコペルニクス数値標高モデルFABDEMの30mの解像度)と地質データがQGIS(第3.34-7版)で分析され、野外観察と組み合わされて、ナジャフ県の予備的な地質構造地図が作成されました。さまざまな地質構造的特徴が野外調査の対象とされ、考古学的可能性が評価されました。時間的制約のため、旧石器時代の出土地1ヶ所(シュビチャ1)のみが、この野外調査期間で体系的に調査できました。出土地全体の400×300mの区域が100mの碁盤目で区切られました。各碁盤目点の半径10m以内の表層の人工遺物すべてが分析のために収集され、この遺跡の大量の石器が体系的に二次標本抽出されました。


●結果

 7ヶ所の旧石器時代の出土地が10×20kmの区域がアル・シャバカ(Al-Shabakah)/シュビチャ周辺で特定され(図1C)、そのすべてはシュビチャ窪地周辺の岩盤隆起上の燧石の露頭と関連しています(図2)。河川湖堆積物がこの窪地を満たしており、まだ直接的に年代測定されていませんが、堆積物は鮮新世~更新世(530万年前頃以降)にさかのぼる可能性が高そうです。この窪地には一時的な湖が依然として形成されており、季節的な雨水が供給されています。現在、ほぼ干上がった1ヶ所の泉がシュビチャ窪地にあり、渓谷がメソポタミア氾濫原に向かって窪地を北側から東側へと走っています。下部旧石器時代および中部旧石器時代の人工遺物が全ての出土地で特定され、これらはおもに地元の燧石で製作されており、更新世のさまざまな時点において石材が地元で採取されていた、と論証されます。以下は本論文の図2です。
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●シュビチャ1

 この出土地は、シュビチャ窪地の北端に沿った岩盤隆起上に位置しています(図3)。ここでは、石灰岩の岩盤が、そこから砕けており侵食された、局所的に異なる燧石層に覆われています。南側では、隆起部は窪地を見下ろしており、季節的な湿地の現在の範囲から約1200km離れています。以下は本論文の図3です。
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 体系的調査は石器の分布の範囲を明らかにし(図4)、二次標本抽出によって、下部旧石器もしくは中部旧石器に分類される722点の燧石の石核や剥片や石器や握斧が見つかりました(表1、図5)。以下は本論文の図4です。
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 分布分析を含めて技術類型論的評価は進行中ですが、中部旧石器時代の史料が最も多くなっています。握斧はさまざまな類型論的形態を示しており、2点はシュビチャ1の南西約400kmのアン・ナシム(An Nasim)遺跡の握斧(Scerri et al., 2021)と類似しています。単方向および双方向と収束調整のあるルヴァロワ(Levallois)が存在し、これはアラビア半島の遺跡の調整石核と類似しています(Groucutt et al., 2015)。以下は本論文の図5です。
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●考察とまとめ

 シュビチャ地域の石器は、更新世における長期にわたっての局所的な石材利用の繰り返しの事象を論証しており、局所的な自然環境に関する高度な知識を示唆しています。この出土地は季節的な湖の近くに位置しており、これらの湖は更新世の湿潤期にもっと多く広がっていた可能性が高く、水の近くの原材料や湖に引き寄せられた動物が利用可能でした。

 シュビチャ1は、充分に定義された状況からかなりの数の下部旧石器時代および中部旧石器時代の人工遺物が発掘された、IWDの最初の遺跡です。これらの発見によって、最初の定量的な地域的技術類型論分析が可能になり、より広範な地域の旧石器時代の理解が深まります。アシューリアン(Acheulian、アシュール文化)の資料は、アラビア砂漠では40万~20万年前頃となる初期人類の拡散に関する知識(Groucutt et al., 2021)を改善できるかもしれず、シュビチャ1遺跡とアン・ナシム遺跡で発見された握斧の種類の類似性は、異動もしくは文化伝播の経路を明らかにする可能性があります。

 IWDから得られた証拠は、現生人類(Homo sapiens)の北方への拡散経路の追跡もしくはネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の移動の南端の程度の定義にも、情報をもたらすことができるかもしれません(Groucutt et al., 2021、Guran et al., 2024)。IWDとレヴァントとザグロスとアラビア半島の間の技術類型論的つながりの解明は、アジア南西部における人類の技術的多様性と拡散と拡大と景観利用に関する理解をさらに深めるでしょう。

 将来の研究は、他の出土地の体系的調査や技術類型論的分析や人類の景観における時空間的パターンや原材料利用に焦点を当てることになるでしょう。同じ場所の考古学的堆積物と古環境記録の特定は、これらの石器を年代層序的および環境的背景に位置づけるのに役立つでしょう。シュビチャから得られた出土地の分布と地質構造的歴史は、より広範なイラク砂漠のさらなる調査の基盤を提供します。


参考文献:
Egberts E, Nymark A, and Jotheri J.(2025): New evidence for Pleistocene hominin presence in the north-east Arabian Desert, Iraq. Antiquity, 99, 408, e51.
https://doi.org/10.15184/aqy.2025.10171

Groucutt HS. et al.(2015): Rethinking the dispersal of Homo sapiens out of Africa. Evolutionary Anthropology, 24, 4, 149-164.
https://doi.org/10.1002/evan.21455
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Groucutt HS. et al.(2018): Homo sapiens in Arabia by 85,000 years ago. Nature Ecology & Evolution, 2, 5, 800–809.
https://doi.org/10.1038/s41559-018-0518-2
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Groucutt HS. et al.(2021): Multiple hominin dispersals into Southwest Asia over the past 400,000 years. Nature, 597, 7876, 376–380.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03863-y
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Guran SH. et al.(2024): Reconstructing contact and a potential interbreeding geographical zone between Neanderthals and anatomically modern humans. Scientific Reports, 14, 20475.
https://doi.org/10.1038/s41598-024-70206-y
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Scerri EML. et al.(2021): The expansion of Acheulean hominins into the Nefud Desert of Arabia. Scientific Reports, 11, 10111.
https://doi.org/10.1038/s41598-021-89489-6
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