過去16万年間のアジア東部の人類史
過去16万年間のアジア東部の人類史の総説(He et al., 2025)が公表されました。本論文は、おもに遺伝学的観点から過去16万年間のアアジア東部の人類史に関する近年までの研究を整理しており、近年飛躍的に発展しているアジア東部の古代ゲノム研究の把握にひじょうに有益です。本論文の主要な対象は現生人類(Homo sapiens)ですが、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)も、現生人類との遺伝的混合を中心に取り上げられています。本論文からは、アジア東部現代人の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)が複雑な経緯で形成された、と了解され、表現型への選択圧に関する近年までの研究の整理は、広く進化学にも寄与すると思います。
本論文のアジア東部(East Asia)には、中国やモンゴルや日本や近隣地域が含まれますが、こうした地理的範囲として「アジア東部」を定義することには疑問も残り、たとえばモンゴルは内陸アジアもしくはユーラシア内陸草原地帯に区分すべきようにも思います。それと関連して、本論文の「中国」の指す範囲はよく分からず、現在の中華人民共和国の支配領域もしくはもっと狭くダイチン・グルン(大清帝国、清王朝)の18省かもしれませんが、この記事の以下の翻訳ではではとりあえず「中国」と表記します。なお、「縄文時代」との時代区分や「縄文人」との表記には問題があるでしょうが、煩雑になるので、以下では「縄文時代」と「縄文人」を「」では括りません。以下は本論文の要約図です。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、AADR(The Allen Ancient DNA Resource、アレン古代DNA情報源)、LGM(Last Glacial Maximum、最終氷期極大期)K(kilo years ago、千年前)、MS(Multiple sclerosis、多発性硬化症)、HLA(Human Leukocyte Antigen、ヒト白血球型抗原)、OCA2(oculocutaneous albinism II、眼皮膚白皮症2)、EDAR(ectodysplasin A receptor、エクトジスプラシンA受容体)、MTHFR(methylenetetrahydrofolate reductase、メチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素)、ADH(Antidiuretic Hormone、抗利尿ホルモン)、ALDH(aldehyde dehydrogenase、アルデヒド脱水素酵素)、EPAS1(Endothelial PAS Domain Protein 1、内皮PASドメインタンパク質1)、COVID(coronavirus disease、コロナウイルス感染症)、NGS(next-generation sequencing、次世代配列決定)です。
以下の時代区分の略称は、N(Neolithic、新石器時代)、EN(Early Neolithic、前期新石器時代)、BA(Bronze Age、青銅器時代)、EBA(Early Bronze Age、前期青銅器時代)、MBA(Middle Bronze Age、中期青銅器時代)、MLBA(Middle to Late Bronze Age、中期~後期青銅器時代)、LBA(Late Bronze Age、後期青銅器時代)、IA(Iron Age、鉄器時代)です。
本論文で取り上げられる主要な地域と地名は、TSM(Tianshan Mountain、天山山脈)、ARB(Amur River Basin、アムール川流域)、MP(Mongolian Plateau、モンゴル高原)、TYC(Tibetan-Yi Corridor、チベット・イ回廊)、HXC(Hexi Corridor、河西回廊)、TP(Tibetan Plateau、チベット高原)、NETP(the northeastern regions of the TP、チベット高原北東部地域)、WLRB(West Liao River Basin、西遼河流域)、YZRB(Yangtze River Basin、長江流域)、YRB(Yellow River Basin、黄河流域)、、IAMC(Inner Asian Mountain Corridor、内陸アジア山地回廊)、モンゴル東部のフブスグル(Khovsgol、Khövsgöl)県、青海省海西モンゴル族チベット族自治州都蘭(Dulan)県、チベット高原のガリ(Ngari)県、四川省眉山(Meishan)市ネパールのムスタン(Mustang)郡とマナン(Manang)郡とアンナプルナ保護地域(Annapurna Conservation Area)、ヤルンツァンポ川(Yarlung Tsangpo River、雅魯蔵布江)、台湾の澎湖島(Penghu Island)、湖北省鄖県(Yunxian)です。
本論文で取り上げられる主要な人類集団と勢力と人物は、AMH(anatomically modern human、解剖学的現代人、現生人類)、ANE(Ancient Northern Eurasian、古代北ユーラシア人)、ANA(Ancient Northeast Asian、アジア北東部古代人)、ANS(Ancient Northern Siberian、シベリア北部古代人)、ANEA(ancient northern East Asian、アジア東部北方古代人)、ASEA(ancient southern East Asian、アジア東部南方古代人)、スルイ人(Surui)、フェイ人(Hui、回族)、トゥプト(Tubo、吐蕃)、北周の武帝(Wudi、Emperor Wu)、北周の阿史那皇后(Empress Ashina)です。
本論文で取り上げられる主要な文化は、ホアビニアン(Hòabìnhian、ホアビン文化)、斉家(Qijia)文化、磁山(Cishan)文化、仰韶(Yangshao)文化、龍山(Longshan)文化、馬家窯(Majiayao)文化、紅山(Hongshan)文化、大汶口(Dawenkou)文化、ラピタ(Lapita)文化、BMAC(Bactrio Margian Archaeological Complex、バクトリア・マルギアナ考古学複合)、シンタシュタ(Sintashta)文化、アファナシェヴォ(Afanasievo)文化、チェムルチェク(ChemurchekもしくはQiemu’erqieke)文化、BMAC(Bactrio Margian Archaeological Complex、バクトリア・マルギアナ考古学複合)、ウランズーク(Ulaanzuukh)文化、石板墓(Slab Grave、略してSG)文化、フォフォノヴォ(Fofonovo)文化、夏家店下層(Lower Xiajiadian)文化、夏家店上層(Upper Xiajiadian)文化、ヤムナヤ(Yamnaya)文化です。
本論文で取り上げられる中国の主要な遺跡は以下の通りです。吉林省の大安(Da’an)市の后套木嘎(Houtaomuga)遺跡、北京の南西56kmに位置する周口店(Zhoukoudian)の田園洞窟(Tianyuan Cave)、河北省の鄭家溝(Zhengjiagou)遺跡と許家窯(Xujiayao)遺跡、河南省の仰韶村(Yangshaocun)遺跡と八里岡(Baligang)遺跡と汪溝(Wanggou)遺跡と暁塢(Xiaowu)遺跡と漯河固廂(Luoheguxiang)遺跡、山東省の傅家(Fujia)遺跡と上海市の馬橋(Maqiao)遺跡と福泉山(Fuquanshan)遺跡と扁扁(Bianbian)遺跡と小高(Xiaogao)遺跡と博山(Boshan)遺跡と小荊山(Xiaojingshan、Xiaojinshan)遺跡、福建省の奇和洞(Qihe Cave)遺跡と曇石山(Tanshishan)遺跡と渓頭村(Xitoucun)遺跡、重慶市の大渓(Daxi)遺跡、陝西省の楡林市靖辺県の五庄果墚(Wuzhuangguoliang)遺跡、甘粛省の大地湾(Dadiwan)遺跡、青海省の喇家(Lajia)遺跡と金蝉口(Jinchankou)遺跡、雲南省の馬鹿洞(Maludong、Red Deer Cave)で発見されたMZR(Mengzi Ren、蒙自人)と玉渓(Yuxi)市の通海(Tonghai)県の興義(Xingyi)遺跡、江西省の仙人洞(Xianren Cave、Xianrendong)遺跡、浙江省の杭州市の跨湖橋(Kuahuqiao)遺跡、貴州省の大松山(Dasongshan)遺跡、四川省の高山(Gaoshan)遺跡と海門口(Haimenkou)遺跡です。広西壮族(チワン族)自治区(以下、広西)では、隆林洞窟(Longlin Cave)、高峰(Gaofeng)遺跡と花橋(Huaqiao)遺跡と化図岩(Huatuyan)遺跡(高峰遺跡と花橋遺跡と化図岩遺跡の人類集団はGaoHuaHuaと呼ばれます)、バロン(Balong)遺跡とバンダ(Banda)遺跡とキンチャン(Qinchang)遺跡と岑遜(Cenxun)遺跡(バロン遺跡とバンダ遺跡とキンチャン遺跡と岑遜遺跡の千年紀半ばの古代人はBaBanQinCen集団と呼ばれます)、独山洞窟(Dushan Cave)、宝剣山(Baojianshan)洞窟です。遼寧省の二道井子(Erdaojingzi)遺跡と金牛山(Jinniushan)遺跡と半拉山(Banlashan)遺跡です。
本論文で取り上げられるその他の主要な遺跡は以下の通りです。ジュンガル盆地では、阿依托汗(Ayituohan)遺跡と松樹溝(Songshugou)遺跡と尼勒克(Nileke)遺跡です。タリム盆地では、古墓溝(Gumugou)遺跡とバイファン(Baifang)遺跡と小河(Xiaohe)遺跡と石人子溝(Shirenzigou)遺跡です。モンゴルでは、ウランチャブ(Ulanqab)の裕民(Yumin)遺跡、チーフォン(Chifeng)市カラチン・バナー(Harqin Banner)のヨンフェン(Yongfeng)県牛家営子(Niujiayingzi)鎮マジアジシャン(Majiazishan)村の遺跡です。赤峰市の竜頭山(Longtoushan)遺跡です。チベット高原では、白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave、略してBKC)遺跡、尼阿底(Nwya Devu)遺跡、グゲ(Guge)遺跡、マブ湖(Mabu Co)遺跡(Coはチベット語で湖の意味)、ゾングリ(Zongri)遺跡、チュサン(Chusang)遺跡です。ネパールでは、スイラ(Suila)遺跡、ルブラク(Lubrak)遺跡、ルヒルヒ(Rhirhi)遺跡、キャング(Kyang)遺跡とチョクホパニ(Chokhopani)遺跡とメブラク(Mebrak)遺跡とサムヅォング(Samdzong)遺跡です。台湾では、漢本(Hanben)遺跡と公館(Gongguan)遺跡と亮島(Liangdao)遺跡です。ロシア極東沿岸では、極東沿岸の悪魔の門洞窟(Devil’s Gate Cave、Chertovy Vorota)遺跡とボイスマン(Boisman)遺跡、です。シベリアでは、マリタ(Mal'ta)遺跡の少年1個体(MA-1)、アフォントヴァ・ゴラ(Afontova Gora、略してAG)遺跡の3号個体(AG3)です。ベルギーでは、ゴイエ(Goyet)遺跡です。
◎要約
古代DNA研究における進歩は、ヒトの進化や混合により促進された適応や形質の遺伝的基盤に関する理解を変えてきました。しかし、旧石器時代および新石器時代のアジア東部の進化動態は依然として断片的です。この総説は16万年にわたる人口集団の相互作用を統合し、古代型【ホモ属から】の遺伝子移入と広範な人口集団の混合を浮き彫りにします。本論文は、祖先の系統と農耕の技術革新がアジア東部の人口集団をどのように形成したのか、生計戦略の変化と関連する移動および混合事象がゲノムおよび表現型の多様性にどう寄与したのか、調べます。古代ゲノムの適応的痕跡は、高地適応や色素沈着や形態学的特徴の基盤を解明し、ヒト進化生物学への新たな知見を提供します。
◎前書
古代DNA研究は過去20年間で大きく発展し、それはDNA捕獲技術や配列決定技術や標準化された実験準備実施要綱や計算手法の革新によって促進されました[1、2]。民族言語学的に多様な人口集団からの過去のゲノムおよび大規模なゲノムデータに由来する知見は、AMH(解剖学的現代人)とネアンデルタール人やデニソワ人などその近縁に関する進化の軌跡の理解を大きく深めました[3]。これらの発展は、時空間的に異なる古代の人口集団の遺伝的起源および進化的過程や複雑な混合および遺伝的相互作用や生物学的適応や、地理的に多様な現代人集団における健康と疾患の遺伝的基盤を含めて、ヒトの歴史の多様な側面に関する貴重な視点を提供してきました。これらの達成にも関わらず、既存の研究は、アフリカからの移動や、ユーラシア西部とシベリアとオセアニアとアメリカ大陸における初期の定着パターンやその後の移動や混合事象など、ヒトの進化における重要な出来事を強調してきました。しかし、この焦点はヨーロッパの人口集団の持続した過剰提示によって特徴づけられており、ヒトの進化についてのより広範な理解に大きな偏りをもたらしました。
アジア東部および北部(シベリアとその近隣地域)の上部旧石器時代のヒトのゲノム調査は、アフリカからの移動に続く、AMH系統の初期の多様化、および現在の人口集団で観察される遺伝的多様性と古代型【ホモ属からの】遺伝子移入の理解を大きく深めてきました[1]。2010年のネアンデルタール人とデニソワ人のゲノムの配列決定成功は、これらの人類と非アフリカ系現代人との間の遺伝的関係に重要な知見を提供しました[6]。片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアと父系のY染色体)資料とは異なり、常染色体データは遺伝的つながりの証拠を提供し、AMHとの共有された祖先系統を強調します[9、10]。共有された遺伝的多様体に基づく系図再構築から、古代型人類【非現生人類ホモ属、絶滅ホモ属】は現生人類と55万年前頃に分岐し、ネアンデルタール人とデニソワ人は相互と40万年前頃に分岐した、と示唆されます[11~13]。
ハプロタイプ多様性のパターンは、古代型の遺伝子移入の複雑さをさらに解明します。地理的に多様な人口集団間のネアンデルタール人関連の遺伝子移入された断片の低い多様性と一貫した量および長さは、単一の大きな遺伝子移入事象を示唆しています。対照的に、デニソワ人関連のハプロタイプはかなりの多様性を示し、オーストラリア先住民とフィリピンのネグリートと他のアジアおよびアメリカ大陸の人口集団間で観察された一致率と量と断片長は異なります[6]。これらのパターンは、デニソワ人からの遺伝子移入のより複雑な歴史を示唆しています[3]。統計的再構築は、非アフリカ人における2.5±0.6%のネアンデルタール人祖先系統を、メラネシア人とフィリピンのネグリートにおける5%のデニソワ人祖先系統を推定しています[14]。古代DNAからの調査結果ではさらに、適応的な遺伝子移入がヒトの進化に重要な役割を果たし、新たな環境条件への急速な適応を促進する遺伝的多様体がもたらされた、と論証されています[15]。これらのゲノムの知見は、ヒトの進化しおよび現生人類集団と古代型集団との間の遺伝的相互作用の理解を深め続けています。
完新世において、ほとんどの古代DNA研究は、農耕および言語の拡大と密接に関連する、ユーラシアとオセアニアとアメリカ大陸の大陸規模の移動に焦点を移しました[16]。古代DNAデータはヨーロッパ人の遺伝的多様性に関する理解を変えてきており、現代ヨーロッパ人の遺伝子プールはおもに3祖先供給源によって形成された、と明らかにし、それは、近東農耕民とヤムナヤ関連牧畜民と在来狩猟採集民です[17]。さらに、シベリアの古代DNAは、ANEやANAや古代旧シベリア人や新シベリア人やANSと関連する、複雑な人口集団の相互作用と遺伝的に異なる祖先系統構成要素の置換に関する証拠を提供してきました[18]。ヒト遺骸からのDNAの回収と配列決定は、アメリカ大陸の最初の定着や、南北のアメリカ大陸の集団間の分岐や、北アメリカ大陸北部先住民の南アメリカ大陸先住民からの分離や、オセアニアへの旧石器時代人口集団の移動や、バヌアツへの新石器時代オーストロネシア人の拡大に関する研究も進展させてきました[19]。
中国やモンゴルや日本や近隣地域を含むアジア東部には、多くの歴史的遺物や考古学的ヒト遺骸があり、ヒトの遺伝的データは、ヒトの起源の重要な側面の解明と健康関連の謎の取り組みに不可欠の情報源となります。そのため、生物銀行を基盤とするコホート(特定の性質が一致する個体で構成される集団)の遺伝的データは、重要な国家戦略情報源や、ヒトの疾患と健康の遺伝的歴史および進化的決定要因の解明の重要な手段になってきました。しかし、アジア東部の古代と現在両方の個体群のゲノムデータを用いた、ヒトの起源や適応と関連する遺伝的差異の進化的軌跡を追跡した研究は、比較的少なかったようです。統計的分析から、アジア東部の大規模な古代DNAは限られており、AADRデータベース[26]で時空間的に異なる利用可能な古代DNA標本は1000点未満である、と明らかになりました(図1A~C)。したがって、古代中国の人口集団の完全な進化史と適応過程の体系的要約が重要です。以下は本論文の図1です。
本論文は、YRB(黄河流域)やYZRB(長江流域)やWLRB(西遼河流域)など低標高地域における重要な農耕起源中心地と、極限環境によって特徴づけられるTP(チベット高原)および近隣のTYC(チベット・イ回廊)など高標高地域における古代DNA研究を含む、多様な生態系における最近の進展を体系的に要約します。追加の知見はトランスユーラシア地域から得られ、TSM(天山山脈)やMP(モンゴル高原)やARB(アムール川流域)が含まれ、これらの地域はシベリアとユーラシア西部と中国北部の交差点に位置します(図1D)。
本論文は、更新世から完新世にまたがる古代アジア東部の個体群の歴史的進化と古代の進化的適応に関する新たな視点を提供し、以下の7点の重要な主題が軸となります。
(1)ネアンデルタール人およびデニソワ人集団からの古代型遺伝子移入で、アジア東部人の遺伝子プールへの古代型系統の寄与が調べられ、ネアンデルタール人とデニソワ人からの遺伝子移入事象が重視されました。
(2)アジア東部および基底部アジア祖先系統の最初の定着で、更新世における基底部アジア東部関連の古代の個体群が浮き彫りになり、アジア東部の初期の定着に光が当てられます。
(3)雑穀農耕民と稲作農耕民の南北の文化およびその人口動態で、更新世におけるANEA集団とASEA集団との間の遺伝的分化が、黄河流域における雑穀農耕人口集団と長江流域における稲作農耕人口集団の新石器時代の拡大から生じた混合事象とともに調べられます。
(4)高地古代人の遺伝的特性で、古代TP人口集団の遺伝的構成が、混合農耕と関連する中国南西部古代人集団の遺伝的関係とともに分析されます。
(5)トランスユーラシア地域における古代の農耕関連人口集団と牧畜関連人口集団との間の遺伝的相互作用で、この項では、古代の中国北西部人口集団の遺伝的連続性および中国北東部における生計の変化と関連する人口集団における変化が考察されます。
(6)古代DNAから推測される生物学的適応とヒトの健康および疾患への影響で、ヒトの健康および疾患の進化的および遺伝的決定要因が要約され、古代の人類におけるさまざまな期間と空間的地域のアレル(対立遺伝子)の軌跡の変化に焦点が当てられます。
(7)古代DNA関連の技術的革新と複雑な社会組織の再構築で、本論文は最終的に、将来の古代DNA関連の技術的進歩および古代のヒト社会組織の再構築における応用についての展望を考察しました。
◎16万年間の古代型系統と古代および現代のAMHへの遺伝的影響
ネアンデルタール人とデニソワ人は、AMHとの密接な進化的関係、および現代人の祖先との間の相互作用の可能性のため、大きな注目を集めてきました[13]。しかし、形態学的および遺伝学的データの不足は、アジア東部人口集団における古代型の遺伝子移入による遺伝的遺産の直接的理解を妨げてきました。先行研究[27]は、中国の甘粛省のBKCから古代タンパク質解析によってデニソワ人の下顎を特定しました。これらの調査結果から、古代型人類はチベット高原北東部地域(NETP)に中期更新世に居住しており、現生人類集団到来のずっと前に高地の低酸素環境に効率的に適応していた、と示唆されます[27]。BKCの堆積物から得られたmtDNAは、10万~6万年前頃のデニソワ人の存在を確証しました[28]。146000年前頃のハルビン頭蓋から得られたミトコンドリアゲノムと古代プロテオーム解析は、デニソワ人個体が中期更新世後半にARBに存在したことを示唆しています[29、30]。
古代型の遺伝子移入へのさらなる調査は、古代型のヒト【絶滅ホモ属、非現生人類ホモ属】と現生人類との間の遺伝的相互作用を実証し、新たな環境において生存率を高めた有益な多様体の獲得が浮き彫りになります。詳しくは、遺伝学的研究が現在の中国人集団、とくにチベット人への古代型の遺伝子移入の3回の波を再構築しました[32]。ネアンデルタール人からの遺伝子流動の1回の波は、非アフリカ系個体群の分離前に起きました[13]。同時に、2回の異なるデニソワ人との混合の波動が特定され、一方はオセアニア人と共有され、もう一方はアジア東部人に固有です[15、32]。注目すべきことに、古代型人類とのアジア東部人固有の遭遇は、デニソワ人に由来するチベット人のEPAS1多様体[33]を含めて、AMHへの適応的な遺伝的断片の遺伝子移入を促進しました。ハプロタイプ共有分析で特定された5ヶ所のSNPに基づく中核デニソワ人ハプロタイプは現在のチベット人に広く存在しており、極限の高地環境への急速な適応に寄与しました[33]。古ゲノム研究でも、古代型の遺伝子移入が薬物と内因性化合物の代謝に影響を及ぼした、と論証され、感受性遺伝子に基づく標的治療の開発への道が開かれました。
現在、古代型人類に焦点を当てる重要な試みは、古代と現代両方の中国人集団における適応的な遺伝子移入の遺伝的遺産を論証してきました。しかし、これらの結果は初期のヒトの遺伝的歴史の予備的でしかない理解を提供しており、さらなる調査を必要とするいくつかの間隙が残っています。DNA抽出と配列決定技術の進歩によって、今や他の形態学的にデニソワ人的な旧石器時代の古代型のヒトからの高品質なデータの取得が重要で、それには、金牛山遺跡や許家窯遺跡や許昌(霊井遺跡)や澎湖島や鄖県の個体が含まれます[34]。これらのデータは、更新世のアジア東部における、より完全な遺伝的特性を提供し、ヒトの進化的景観の理解を深めます。本論文も、これら異なるかもしれないか、遺伝的に関連している古代型人口集団とアジア東部現代人との間の遺伝的関係および混合過程に焦点を当てます。デニソワ人やネアンデルタール人や他の超古代型祖先系統との混合の程度を完全に評価するために、追加の古代型【非現生人類ホモ属、絶滅ホモ属】かにの高深度のゲノムが必要なのは、そうしたデータによって現生人類への古代型祖先系統の影響をより詳しく調べることができるからです。
◎中国の北東部および南部における深い更新世系統
更新世におけるヒトの進化史の特徴は、遺伝的構造および人口集団の文化に関する限定的な理解でした。人口置換と移動が、ヨーロッパの旧石器時代史の中心的主題でした[35]。しかし、この期間、とくにLGMの前後のアジア東部の人口動態史は、ヒト化石からの遺伝的資料の少なさのため、依然として断片的で充分に理解されていません[1、36]。LGM前のヒト系統からの高品質な古代ゲノムデータが活用され、4万年前頃の田園個体(北京の周口店)と33600年前頃のAR33K女性標本1点の遺伝的特性が調べられました(図2)。これらの遺伝学的モデルから、この両個体はアジア東部北方人の基底部祖先系統を表しており、現代および他の古代両方の人口集団と比較して、ゲノムにおけるデニソワ人からの顕著な過剰が浮き彫りになる、と示唆されます[37]。旧石器時代のAR33Kと田園個体との間で顕著な類似性が観察されましたが、AR33K標本は、ユーラシア西部古代人(たとえば、ベルギーのゴイエQ116-1)もしくは現在のアメリカ大陸先住民(たとえば、アマゾンのスルイ人)とは、田園個体と同じ遺伝的類似性を共有していません[39]。田園個体/AR33K関連祖先系統は、バイカル湖近くのベラヤ川の24000年前頃のMA-1個体と遺伝的に近く[40]、アジア東部北方とシベリアに広がっており、LGM前の複雑な人口構造を示しています[41]。
シベリアとアジア東部の交差点では、大きな遺伝的転換がLGMの前後の人口集団間で起きました。先行研究[41]は、LGM末にARBに居住していたAR19Kを最古級の既知のアジア東部北方人と特定しました。これらの個体は、田園個体/ AR33K関連祖先系統は異なる、独特な遺伝的構成を有していました[41]。他のアジア東部地域、とくに農耕起源の中核地域におけるLGM前の人口集団の遺伝的データは、依然として限られています。最近、アジア東部南方の後期旧石器時代のゲノムが報告され、それは14000年前頃の蒙自人(馬鹿洞)、11747~11356年前頃の奇和洞3号と10686~10439年前頃の隆林洞窟個体です[42、43]。2層仮説では、中国南部とアジア南東部の古代の狩猟採集民は、ホアビニアン集団および中国南部新石器時代農耕民の両方と関連する深いアジア系祖先によって形成された、と仮定されています[44]。ゲノム分析から、蒙自人(MZR)はホアビニアン祖先系統とは異なる初期の多様化したアジア東部南方系統を表しており、後期更新世において最初のアメリカ大陸集団の遺伝子プールに寄与した、と示唆されます[43]。
広西の隆林洞窟個体の頭蓋形態は、古代型のヒト【絶滅ホモ属、非現生人類ホモ属】と現生人類の特徴の組み合わせを示しました。古代DNA分析から、隆林洞窟個体はアジア東部現代人の遺伝的多様性内に収まり、分岐したアジア祖先系統とは遠い関係にある、と示唆されました[42]。奇和洞3号は福建省の新石器時代人口集団(奇和洞2号、亮島1号、亮島2号)と密接な遺伝的類似性を示し、中国南部の広西の隆林洞窟個体や雲南省のMZRやベトナムのホアビニアン個体の祖先系統を有する他の旧石器時代人口集団とは異なる人口統計学的パターンを示しました[42]。遺伝学的および考古学的証拠の少なさは、時間および空間両方の解像度での旧石器時代のヒトゲノムの直接的データの取得において、大きな課題を示しています。したがって、拡大および移行を理解するために、LGM前もしくは初期上部旧石器時代の人口史を特徴づけるには、包括的および体系的調査が不可欠です。
◎農耕民関連の古代ゲノムから推測される南北の遺伝的分岐および人口動態
狩猟採集や遊動や漁撈の生計戦略から農耕への移行によって特徴づけられる新石器時代への移行には、複雑な人口移動や混合事象や言語分岐や洗練された社会構造の発展が伴っていました。農耕栽培化の最初期の中心地の一つである中国では、アワ(Setaria italica)とキビ(Panicum miliaceum)を含む黄河流域において雑穀農耕が、栽培ジャポニカ米(Oryza sativa ssp. japonica)を含む長江流域において稲作雑穀農耕が出現しました。これら農耕慣行の拡大は中国北部におけるシナ・チベット語族祖語の拡大および分岐や、中国南部における超語族の拡散と密接に関連していました[47、48]。言語学と考古学と遺伝学の証拠は、シナ・チベット語族話者人口集団およびその祖先の遺伝的起源および祖先系統への知見を提供してきました[49、50]。先行研究[49]は語族間の系統発生的関係を特徴づけ、シナ語派およびチベット・ビルマ語派話者人口集団を、新石器時代の仰韶文化および龍山文化の拡大や、馬家窯/斉家文化の西方への拡大と関連づけました[49]。同様に、先行研究[51]はシナ・チベット語族の系統発生接続形態を再構築し、分岐時期は中国北部におけるシナ・チベット語族と磁山文化後期および仰韶文化雑穀農耕民との間の直接的なつながりを確証し、その年代は7000年前頃にさかのぼる、と推定しました。
●雑穀農耕民のゲノム史
アナトリア半島とレヴァントとイランのザグロス山脈の近東古代人の広範囲の時空間的移動は、遺伝的に異なる初期農耕民と関わっており、そうした初期農耕民はまず混合し、その後は近東を越えて拡大して、アフリカ東部とユーラシア草原地帯とヨーロッパとアジア南部の遺伝的構成に大きな影響を及ぼした、と示されてきました[52]。黄河の上流(甘粛省と青海省と陝西省)と中流(河南省)と下流(山東省)の地域の古代ゲノムは、同様の人口集団の移行を反映しており、周辺人口集団からの遺伝的影響があります[50、53~58]。先行研究[54]は山東の古代DNAを報告し、それには扁扁遺跡と小高遺跡と博山遺跡と小荊山遺跡が含まれており、シベリア狩猟採集民人口集団と密接に関連する沿岸部ANEA系統が明らかになりました。先行研究[55、58]は中期新石器時代から歴史時代の山東の古代人のゲノムを分析し、複雑な地域的人口動態を明らかにしましたるこれらの調査結果は、新石器時代雑穀農耕民の大汶口文化集団への遺伝的寄与や、大汶口文化人口集団と龍山文化人口集団との間の人口拡散や、歴史時代の集団間の複雑な混合状況を浮き彫りにしました。同様に、先行研究[56、57]は仰韶村遺跡の古代人のゲノムデータを調べ、中原の時空間的に多様なゲノムと統合しました。人口集団混合モデル化は、複雑で地域的な文化的および人口統計学的相互作用にも関わらず、仰韶文化人口集団と中原のその子孫との間の長期の遺伝的安定性を論証しました[56、57]。黄河上流域の新石器時代の五庄果墚遺跡個体関連祖先系統(3000年前頃)は、チベット人の遺伝子プールの約84%、地理的に近隣の裕民遺跡個体とも密接な遺伝的つながりを共有している現代漢人集団の約59~84%に寄与しました(図2)[50]。以下は本論文の図2です。
先行研究[53]は黄河流域と西遼河流域の最初期の古代雑穀農耕民関連ゲノムデータセットの一つを分析し(図3)、これらの人口集団における遺伝的階層化は生計の変化と相関していた、と報告しました。この研究[53]は中期新石器時代の仰韶文化やと汪溝遺跡や暁塢遺跡の人々と後期新石器時代の龍山文化人口集団との間で雑穀関連祖先系統の遺伝的遺産の増加を、現在のチベット・ビルマ語派話者集団における後期新石器時代の斉家文化個体関連祖先系統(金蝉口遺跡と喇家遺跡)とともに浮き彫りにしており、黄河流域におけるシナ・チベット語族話者の共有された遺伝的起源を示しています[53]。先行研究[50]は、中国北部におけるシナ・チベット語族話者人口集団の共通の遺伝的起源をさらに確証しました。その後、古代の黄河流域関連個体と現代人のゲノムを組み合わせた分析では、空間的に異なる黄河流域人口集団間の遺伝的安定性と連続性が明らかになりました[60]。以下は本論文の図3です。
古代DNAから推測された人口史はさらに、中国内部における遺伝的置換と生計戦略の変化との間の関連を解明しました。先行研究[53]では、北方の黄河流域雑穀農耕民の人口拡散が西遼河流域の初期夏家店文化集団の遺伝的構成に大きく寄与したものの、その後で牧畜民祖先系統が続く世代に寄与した、と論証されました。雑穀農耕民の拡大は、チベット高原および河西回廊へと西方に、ユーラシア草原地帯および西遼河流域へと北方へ、日本列島および朝鮮半島へと東方へ、長江流域およびTYC(チベット・イ回廊)へと南方に拡大下、と考えられています[47、50、54、61]。黄河流域における今後の局所的な旧石器時代狩猟採集民人口集団【のゲノム】は、農耕の起源と雑穀農耕共同体への狩猟採集民社会の変容について、貴重な知見を提供するでしょう(図4)。以下は本論文の図4です。
●稲作農耕民の遺伝的遺産およびアジア南東部人への影響
仙人洞遺跡と跨湖橋遺跡の考古学的研究は、中国南部における異なる二つの長江流域の稲作関連の移行の存在に知見を提供してきており、一方はおもに沿岸部地域、もう一方はおもに内陸部地域です。福建と広西の個体群から回収された古代DNAの遺伝学的証拠は、この区別を裏づけました[42、54]。中国南東部におけるアジア東部祖先系統の遺伝的特性も、特徴づけられてきました。最近の研究[62]は、長江中流域の北縁に位置する八里岡遺跡における中期新石器時代~後期青銅器時代の58個体のゲノムを配列決定しました。これらの調査結果から、八里岡遺跡人口集団は複数回の混合の波を経ており、さまざまな期間にわたって南北間で変わっていった、と示唆されます[62]。先行研究[47]は長江中下流域の重要地域における福泉山遺跡と馬橋遺跡と大渓遺跡の人々の重要な古代ゲノムを特定し、長江流域新石器時代人口集団と祖型オーストロネシア人集団との間の直接的な遺伝的つながりを示唆しています。先行研究[54]は長江流域の南部地域の沿岸部の古代人19個体のゲノムを分析し、これらの個体はおもにアジア東部関連祖先系統を共有していた、と報告しました。注目すべきことに、奇和洞遺跡と亮島遺跡の新石器時代人口集団(8400~7500年前頃)の頭蓋形態は当初、狩猟採集民人口集団と密接に関連している、と考えられていましたが、古代DNAの証拠はこの仮説を否定しました。
先行研究[42]は中国南部(広西と福建省)の古代人31個体のゲノムを配列決定し、広西の新石器時代人口集団と福建省や雲南省やベトナムの初期新石器時代の人口集団との間の大きな遺伝的違いを明らかにしました。中期新石器時代の狩猟採集民(9000~6000年前頃)は異なる3系統の祖先供給源を示しており、広西の人口集団(独山洞窟と宝剣山洞窟)と福建およびベトナムの近隣地域の人口集団からの寄与がありました。ゲノム分析によって、強い遺伝的類似性がGaoHuaHuaおよびBaBanQinCenの歴史時代の広西人口集団(1500~500年前頃)と現代のタイ・カダイ語族およびミャオ・ヤオ語族話者との間で確証されました[42]。さらに、先行研究[50]では、台湾の古代の人口集団(漢本遺跡と公館遺跡、3300~1200年前頃)の祖先系統の約75%は長江流域稲作関連農耕民に由来する、と報告されました。漢本遺跡集団などこれら祖型オーストロネシア人関連の古代の人口集団は、中国南部の現在のタイ・カダイ語族話者と顕著な遺伝的アレル(対立遺伝子)を共有しています(図2B)[50]。
黄河流域と長江流域との間の双方向の遺伝子流動は、沿岸部や中間部や内陸部の回廊に沿った混合の稲作および雑穀農耕体系の拡大を促進しました[47、62]。先行研究[53]では、河南省の龍山文化とその後の漯河固廂遺跡の人口集団は、地理的に近い仰韶文化人口集団の場合よりも、アジア東部南方人と多くのアレルを示した、と示唆されました(図3)。中国南部沿岸からのその後の古代DNAデータ[42]は、6400^1500年前頃の北方祖先系統関連の移動を明らかにしており、これは福建省の新石器時代の曇石山遺跡および渓頭村遺跡人口集団でも特定されたパターン[54]です。990~1649年にまたがる、雲南貴州高原の大松山遺跡の古代人のゲノムの大規模な分析は、黄河流域関連祖先系統の大きな存在を明らかにしました[64、65]。明らかに、同様の双方向の遺伝的混合パターンが八里岡遺跡および長江中下流域の他の遺跡の人口集団に存在しました[47、62]。これらの調査結果では、中原からの漢人の祖先の人口拡散は中国南部の遺伝子プールに大きな影響を及ぼした、と示唆されます[65]。さらに、三角法の証拠は生計戦略とヒトの移動との間の関連を裏づけて、農耕と言語は黄河流域のシナ・チベット語族祖語話者人口集団から西遼河流域の雑穀に基づく農耕中心地や、中原および草原地帯集団へと拡大した、と論証しました[67]。ゲノム規模古代DNAデータによる包括的な遺伝学的分析は、過去の人口動態、とくに中国の内外への農耕民拡大と関連する言語と農耕の共拡散について、知見を提供できます[50]。さらに、先行研究[42]は、農耕の開始に先行する9000~6000年前頃の、長江流域祖先系統を有する古代の個体群が関わる顕著な混合状況を提案しました。この混合は在来の中国南部祖先系統およびアジア南東部のホアビニアン狩猟採集民の深いアジア祖先系統と関連していました(図4)。
遺伝学的証拠から、アジア南東部の先史時代の定着には中国南部からの5回の異なる南方への移動が関わっていた、と示唆されます[44、68]。これらの移動は沿岸地域におけるオーストロネシア語族およびタイ・カダイ語族の拡散や、内陸部地域におけるミャオ・ヤオ語族やオーストロアジア語族やチベット・ビルマ語派の拡散を促進しました。さらに、先行研究[54]は中国南部の長江流域稲作農耕人口集団とオセアニアのラピタ文化人口集団との間の遺伝的つながりを特定し、祖型オーストロネシア人の祖先は中国南部起源で、稲作農耕の拡大とともに広がった、と示唆しています。先行研究[50]は、長江流域稲作農耕民関連祖先系統を有する個体群の移動は、オーストロネシア語族やミャオ・ヤオ語族やタイ・カダイ語族の話者集団の拡散と一致した、と報告しました。まとめると、これらの調査結果は古代の農耕民人口集団間で遺伝子流動が一般的だったことを浮き彫りにし、中国南西部とアジア南東部本土と中国南部の沿岸部地域とシベリアと日本列島とベトナムとオセアニア遺伝的つながりを強調しています(図4)[42、50、54]。LGMの後には、気候はより温暖な環境へと移行し、古代中国の人口集団間の頻繁な人口動態を引き起こしました。これには、一連の人口および文化の共拡散や、中国を越えた南北の移動と相互作用が含まれていました。しかし、標本抽出は少数の古代中国の個体、とくに湿潤温暖なかんきょうの長江上中流域の個体に限られてきました。この標本抽出の偏りは、これらの人口集団の遺伝的多様性と人口統計学的歴史を完全には把握できていなかったかもしれません。
◎新石器時代以降の中国北部とユーラシア東方草原地帯の交差点地域における動的な人口史
ユーラシア西方草原地帯とモンゴル高原東部の狩猟採集民人口集団間の旧石器時代の分離は、青銅器時代における大規模な西方への移動とともに、ユーラシア草原地帯の歴史における中心的主題です。これらの移住には、ヤムナヤ文化やアファナシェヴォ文化やチェムルチェク文化やシンタシュタ文化、および規模はより小さいもののBMAC関連のオオムギ農耕民の移動が含まれます。匈奴や鮮卑や柔然や突厥やモンゴルの遊牧民政権など、青銅器時代以後の移動はユーラシア草原地帯の人口統計学的景観をさらに形成しました。これらの大規模な移動に加えて、ロシア極東の悪魔の門遺跡およびボイスマン遺跡の新石器時代の人口集団やアムール川流域の西方地域や現代のツングース語族話者で観察された長期の安定性は、注目に値します。シベリアの狩猟採集民もしくは牧畜民と黄河流域の雑穀農耕民との間の広範な相互作用は、これら農耕牧畜移行帯内における古代および現代両方の人口集団の遺伝的多様性と人口構造に大きな影響を及ぼしました。
本論文は、コムギやオオムギや雑穀やケフィアチーズや青銅技術やウシやヒツジ/ヤギなど古代の遺伝的および文化的要素を共有しており、ユーラシア横断の文化的および人口変化を反映している、シベリアとアジア中央部と中国北部の間の交差点における人口史および人口統計学的パターンを要約します。これらの要素は共有されたアルタイ諸語もしくはトランスユーラシア語族も示唆しており、テュルク語族やモンゴル語族やツングース語族が含まれます。本論文では、この交差点地域はまとめて「トランスユーラシア地域」と呼ばれ、中国北部および近隣地域の天山山脈やモンゴル高原やアムール川流域や西遼河流域が含まれます。これらの地域は重要な生態系移行おびに位置しており、二次的な雑穀農耕民および遊牧民が集中した場所です(図1D)。これらの地域は複数の古代文明【当ブログでは原則として「文明」という用語を使いませんが、この記事では本論文の「civilization」を「文明」と訳します】の発祥地として機能し、多様で複雑な社会間の物質文化や農耕技術や生計戦略の交流を促進しました。
●古代天山山脈人口集団の複雑な混合
アルタイ山脈は、初期のトランスユーラシア人口集団の移動および文化的交流の主要な障壁として機能しました。同様に、中国の【現在は中華人民共和国の支配下にあり、行政区分では新疆ウイグル自治区とされている】東トルキスタンの中央部および西部地域に位置する天山山脈は、アルタイ山脈南部を東トルキスタンの北部と南部に区分し、それぞれジュンガル盆地とタリム盆地を含んでいます。古代の天山山脈地域にはインド・ヨーロッパ語族祖語話者、とくにタリム盆地のトカラ語話者人口集団の深い遺伝的系統や、自然にミイラ化したヒト遺骸の複雑な東西の身体的特徴がありました[72]。東トルキスタンは中国北西部の歴史的に重要な地理的回廊で、漢王朝(2200~1800年前頃)以降ユーラシア東西の人口集団間の移動と相互作用の促進に中心的役割をはたしてきました[2、73]。IAMC内陸部生物地理仮説とバクトリアオアシス仮説とヤムナヤ文化/アファナシェヴォ文化草原地帯仮説を含めて重要な3通りの仮説が、初期天山山脈人口集団の形成の説明に提案されてきました[73、76]。しかし、頭蓋計測分析は、これらのどのモデルでも裏づける強い証拠を提供できませんでした。
ジュンガル盆地(阿依托汗遺跡と松樹溝遺跡と尼勒克遺跡)およびタリム盆地(古墓溝遺跡とバイファン遺跡と小河遺跡)の高品質なゲノム規模データは、天山山脈で発見された最古級のヒト遺骸を表しており、地域的な人口動態に新たな知見を提供してきました。東トルキスタン南部の前期~中期青銅器時代のタリム盆地集団は、地理的に孤立した人口集団で構成されており、高度な遺伝的類似性を示しましたが、密接な親族間家の証拠はありませんでした[76]。タリム盆地個体群の遺伝学的分析はアジア東部の古代の2系統の集団とのつながりを明らかにしており、一方はバイカル_EBAと関連するANA、もう一方はエニセイ川上流域の上部旧石器時代のアフォントヴァ・ゴラ遺跡の個体(AG3)によって表されます[76]。さらに、遺伝学と歯石のプロテオーム(タンパク質の総体)解析から、最古級のタリム盆地文化は在来の孤立した集団に由来していた、と示唆されています。この最古級のタリム盆地集団は近隣の天山山脈人口集団から牧畜および農耕慣行を採用した可能性が高く、これは、タリム盆地のミイラ(トカラ語祖語話者牧畜民)はアファナシェヴォ文化かBMACかIAMC文化からの移民だった、と示唆した以前の仮説とは著しく対照的です[73]。
ジュンガル盆地集団はアファナシェヴォ文化と関連する遺伝的遺産を示しており、大きなアファナシェヴォ文化集団からの寄与と小さな在来集団からの影響が初期青銅器時代ジュンガル盆地個体群で観察されました[76]。39ヶ所の考古学的遺跡の古代人201個体のゲノムを含む大規模な古代DNA研究[78]は、青銅器時代から歴史時代にかけての天山山脈関連人口集団に焦点を当てました。この研究は、天山山脈地域の人口統計学的歴史を形成してきた、複雑で一貫した混合事象を浮き彫りにしました[78]。先行研究[72]は、天山山脈地域の青銅器時代人口集団は高い遺伝的多様性と、草原地帯およびアジア北東部人口集団との地域的な遺伝的類似性を示した、、と報告しました。鉄器時代には、天山山脈関連集団と、草原地帯およびアジア北東部と関連する人口集団との間の混合が強化されました。歴史的証拠から、鉄器時代以降に周辺人口集団との遺伝的混合が続き、遺伝的連続性があった、と示唆されています[72]。
タリム盆地西部の青銅器時代~鉄器時代のミトコンドリアゲノム24点の最近の分析は、初期のタリム盆地人口集団と休息に拡大する西方への草原地帯の移民を明らかにしており、これらの集団はまずBMAC集団と、続いてタリム盆地人口集団と相互作用しました。在来祖先系統はタリム盆地全域において鉄器時代にさえ依然として優勢で、この地域の複雑で魅力的な歴史が浮き彫りになります。ミトコンドリアゲノムデータはさらに、農耕民および牧畜民両方の人口集団との顕著な混合を裏づけました[78]。2200年前頃となる石人子溝遺跡遺伝的に多様な個体群の詳細な人口統計学的再構築から、ユーラシア東西間の遺伝的交流は文化的に均質な人口集団に影響を及ぼした(図4)、と明らかになりました[80]。さらに、古代DNAの調査結果は、アルタイ山脈の西部地域と天山山脈地域に集中しており、これらの山脈の東側の利用可能なデータは限られています。この不均衡は、ユーラシア西部草原地帯牧畜民のアジア東部人口集団への影響の境界を理解するのに重要です。ヤムナヤ文化はモンゴル高原東部人口集団の青銅器時代の遺伝的構造を破壊しましたが、時空間的に異なる河西回廊人口集団へのユーラシア西部の遺伝的寄与は、古代DNA研究において依然として重要な問題です。
●モンゴル高原古代人の人口動態
古代モンゴル高原人口集団、とくに【現在は中華人民共和国の支配下にあり、行政区分では内モンゴル自治区とされている】モンゴル南部の人口統計学的歴史は、おもに大規模な古代DNAデータの限られた利用可能性のため、天山山脈と比較して依然として充分に明らかにされていません。本論文は、散発的な地域から報告されたゲノムとモンゴル高原の近隣の北方地域からのデータの分析によって、人口史への基本的な知見を提供します。モンゴル高原の東部地域(SOU001、東モンゴル_BA前)と北部地域の(フォフォノヴォ_EN)狩猟採集民に由来する遺伝学的特徴から、モンゴル高原における青銅器時代の前の人口構造は、ANA祖先系統と密接に関連する遺伝的パターンを示した、と示唆されます。このパターンは、バイカル湖地域西部の7200~6200年前頃のバイカル_ENおよびロシア極東の7700年前頃の悪魔の門_Nと類似性を共有しています[81]。青銅器時代には、モンゴル高原の遺伝的構造は、フブスグル_LBAおよび西方のアルタイ_MLBAおよび南東のウランズーク_石板墓人口集団と関連する異なる酪農牧畜民集団で構成される、三区分によって特徴づけられます。この構造は混合した遺伝的および文化的パターンの出現を促進し、それは匈奴と他の歴史的な牧畜民集団との間の相互作用によって引き起こされました。8400年前頃となるモンゴル南部のウランチャブの裕民遺跡集団は、特定された唯一の新石器時代人口集団です。この人口集団は内陸部新石器時代ANEAとの遺伝的つながりを示し、ANA関連の新石器時代シベリア人および現代チベット人と密接な系統発生的関係を共有しています[54]。
最近の古ゲノム研究では、モンゴル高原の人口史は異なる東西のユーラシア人の間の繰り返しの混合によって特徴づけられる、と確証されました[81]。歴史的記録には、モンゴル高原地域における著名な遊牧民集団である鮮卑は、北魏王朝などの政治的王朝を築いた、と見えます。先行研究[83]は1800年前頃にさかのぼる鮮卑の9個体の古代ゲノムを分析し、鮮卑人口集団の南方への移動と関連する遺伝的変化を明らかにしました。この証拠は、雑穀農耕民もしくはアムール川流域の子孫との遺伝的混合との見解を裏づけます。さらに、遺伝的データから、鮮卑は遊牧民部族から定住農耕民への大きな変容を経ており、中国の中原での定住において顕著な混合があった、と示唆されます[83]。
さらに、先行研究[84]は、突厥可汗のアジア北東部起源をたどり、1300年前頃の阿史那皇后から抽出された古代DNAに基づいて、政治的婚姻による北魏王朝と突厥との間の遺伝的つながりを再構築しました。中国の北魏の武帝の古代ゲノムは、ANAと関連する鮮卑人口集団と関連する遺伝的起源と、漢人個体群からの追加の混合を示唆しています[85]。現代人のゲノムデータを用いた最近の混合分析も、漢人と北方牧畜民との間の相互作用やより古い長距離移動を確証しました[67]。時間較正された系統発生から得られたY染色体の証拠は、北魏武帝関連系統と生計関連の移動がANA祖先系統の拡散をもたらして促進した、との仮説を裏づけます。それにも関わらず、現代中国人の父系遺伝子プールへの限られた直接的な父系の寄与が明らかになっています。河西回廊おわび地理的に異なるフェイ人に関する最近の歴史時代および現在のゲノムでも、ユーラシア西部からの影響がモンゴル高原東部地域に浸透した、と示唆されています。したがって、西方草原地帯牧畜民との遺伝的相互作用の解明は、とくにモンゴル南部の独特な地理的位置を考慮すると、不可欠です。万里の長城の内外両方の古代ゲノムのより広範な分析が、人口動態のより包括的な理解には重要です。
●アジア北東部古代人の長期の遺伝的安定性
アムール川流域と西遼河流域は中国北東部に位置しており、東方草原地帯の一部にまで伸びている、広大な山脈と平原が含まれます。これらの地域の人口動態がとくに興味深いのは、アメリカ大陸先住民および現代のツングース語族話者との密接な遺伝的つながりのためです[19]。先行研究[41]では、中国北部の人口集団は14000年前頃以降、遺伝的連続性を維持してきた、と論証されました(図3)。qpWave-/qpGraphに基づくモデルから推測された人口統計学的パターンでは、悪魔の門とボイスマン遺跡の初期新石器時代個体群は、アムール川流域の現代のツングース語族話者とともに、かなりのゲノム均質性を示した、と示唆されました[50]。先行研究[53]はさらに、アムール川上流域における初期新石器時代狩猟採集民と鉄器時代人口集団の長期の遺伝的安定性を確証しました。后套木嘎遺跡の刊行されていない古代ゲノムも、遺伝的連続性およびアメリカ大陸先住民祖先系統へのこれら最初期の人口集団の顕著な寄与を裏づけます。追加の集団遺伝学的構造分析は明確な遺伝的階層化を明らかにし、AR_ENとAR_鮮卑_IAが現在のツングース語族話者関連祖先系統を共有しています。さらに、おそらくはモンゴル語族話者関連祖先系統がAR_IA個体群で特定されており、これは現在のアルタイ諸語話者人口集団の形成期における、さまざまなアムール川流域人口集団間の遺伝子流動に関する仮説を裏づけます[53]。
西遼河流域は黄河流域とアムール川流域の間に位置し、歴史時代を通じて頻繁な遺伝的変容を経てきており、これは生計戦略における変化を反映しています。アムール川流域人口集団で観察された安定的な遺伝的組成とは異なり、古代西遼河流域人口集団の遺伝的構成は過去6000年間にわたって大きく変動してきており、これは生計慣行の変化と並行しています[53]。先行研究[53]は西遼河流域の紅山関連文化と関連する中国北部の半拉山遺跡の古代人のゲノムを提示し、中期~後期新石器時代における雑穀農耕への依存度増加は黄河流域雑穀農耕他もとりより強い遺伝的類似性と関連していた、と明らかにしています。先行研究[91]は紅山文化個体群の鄭家溝遺跡のゲノム19点を配列決定し、ANAおよび中期新石器時代大汶口文化と関連する農耕民が新石器時代紅山文化人口集団の発展に寄与した、と確証しました。夏家店下層文化の後期新石器時代集団(二道井子_LN)も、同様の人口拡散パターンに影響を受けました。対照的に、先行研究[92]は青銅器時代の夏家店上層文化人口集団内の明確な遺伝的下部構造を特定し、後期青銅器時代のマジアジシャン遺跡の個体群はその祖先系統が黄河流域雑穀関連人口集団に完全に辿れ、竜頭山_BAの遺伝的特性とは異なっていた、と指摘しました。
さらに、後期青銅器時代はユーラシア草原地帯全域の広範な文化的交流によって特徴づけられ、ユーラシア西部の遺伝的系統との西遼河流域および東方草原地帯人口集団の混合につながりました[50、66]。先史時代の遺伝的変化はさらに、長江流域における稲作農耕慣行の強化と一致し、生計戦略における変化によって人口拡散が引き起こされた可能性を示唆しています(図4)[53、66]。これらの関連に基づいて、先行研究[66]は中国北部における新石器時代および青銅器時代の雑穀農耕の起源を、シナ・チベット語族およびトランスユーラシア語族の出現と関連づけました。これらの調査結果から、言語と人口の拡散は早くも後期新石器時代に起きており、それはおもにかなりのANAやANEAやユーラシア西部の祖先系統との雑穀農耕民の漸進的な混合によって引き起こされた、と示唆されます[66]。
遺伝学的研究は、古代中国の雑穀農耕民の近隣地域への顕著な寄与を強調してきました。たとえば、三国時代の朝鮮半島古代人は、その祖先系統が青銅器時代中国北部人口集団と縄文関連集団の混合と示唆されています(図4)[93]。先行研究[66]は朝鮮半島と琉球諸島と初期穀物農耕共同体の古代人のゲノムを分析し、アジア北東部全域の最初の農耕民の移動は顕著な遺伝的遺産を残した、と論証しました。同様に、先行研究[94]は農耕の前後の日本列島の人類のゲノムを調べて、縄文人集団と大陸部集団との間の抜かい分岐を明らかにしました。先行研究[95]は山東地域の人口動態を再構築し、山東の古代の祖先系統が日本列島の弥生時代以後の人口集団の本土アジア東部祖先系統に最も近い、と論証しました【この研究[95]で示されたのは、山東半島古代人集団の遺伝的影響は日本列島の古代人でも宮古島に限られており、本州・四国・九州とそのごく近隣の島々を中心とする日本列島「本土」の古墳時代集団では、山東半島古代人集団関連の祖先系統を有するとはモデル化できず、そのアジア東部関連祖先系統の起源は曖昧なままということだと思います】。これらの調査結果は、イネと雑穀の日本列島への導入を促進したANAおよび雑穀農耕民祖先系統の拡散と、日本人のゲノム起源の三重構造モデルの再形成および適応的な生物学的景観の再形成における連続的なアジア東部からの遺伝子流動の役割を浮き彫りにしました[94、96]。これらの研究は古代ユーラシア人口集団間の顕著な歴史的つながりを浮き彫りにし、中国と近隣地域におけるトランスユーラシア地域の人口動態への知見を提供します。これらの地域のヒトの歴史への将来の調査は、代表的なゲノム配列、とくに天山山脈の東側とチベット高原東部と河西回廊の取得を優先し、初期農耕人口集団に焦点を当てるすべきです。そうした試みは、この広範な地理的領域の農耕拡散と言語や文化や適応的遺伝的基盤への影響についてのより微妙な理解を促すでしょう。
◎高地チベット高原の定着過程と新石器時代雑穀農耕民およびチベット・イ回廊人口集団との遺伝的つながり
チベット高原は極限環境条件によって特徴づけられ、低い気圧や低酸素症や低い気温や強い紫外線が含まれます。これらの困難な課題にも関わらず、チベット人と他の民族集団やその祖先は、何千年もこれらの過酷な状況への顕著な適応力を論証してきました。しかし、高地の初期の祖先は誰だったのか、そうした人々は高地環境にどのように適応したのかについて、遺伝的起源、高地住民固有の祖先系統、チベット高原への初期の移住、永続的な定住の時期、現代チベット人につながった遺伝子プールの発展を含めて、いくつかの重要な問題が依然として不明です。BKC遺跡の考古学的証拠から、デニソワ人関連集団が海抜3280mでNETPに16万~6万年前頃にかけて居住していた、と示唆されています[]。尼阿底遺跡の狩猟採集民は、4万~3万年前頃の間にチベット高原の中央部中核地域(海抜4600m)に到達していた、と考えられています[99]。チベット高原の恒久的な定住は、12700~7400年前頃の間に居住していたチュサンの狩猟採集民か、その後の低地からのオオムギに基づく農耕人口集団で起きたかもしれません[100、101]。高網羅率の全ゲノム配列決定および片親性遺伝標識のY染色体とmtDNAのデータに基づく複雑な人口統計学的モデルから、旧石器時代の居住と完新世の拡大の両方が、現在の高地チベット高原人口集団の遺伝子プールの形成に寄与した、と示唆されています。
●チベット高原集団の旧石器時代の居住と新石器時代の拡大
10年前、デニソワ人的な遺伝的物質が現代のチベット人で特定され、チベット高原の定着の歴史に初期の知見を提供しました[33]。高地人口集団の大規模な集団研究の最近のゲノムデータは、これらの人口集団の理解をさらに深めました[104~108]。チョクホパニ遺跡(3150~2400年前頃)やメブラク遺跡(2400~1850年前頃)やサムヅォング遺跡(1750~1250年前頃)の標本を含めて、アンナプルナ保護地域の古代人の下マムは、高地アジア東部人の古代ヒマラヤ人口集団起源との仮説を裏づけ、長期の遺伝的安定性を示唆しました[108]。5100年前頃となるゾングリ遺跡のゲノムは、ANEA雑穀農耕民と密接に関連していたチベット高原固有の遺伝的構造を明らかにしました[106]。スイラ遺跡やルブラク遺跡やルヒルヒ遺跡やキャング遺跡を含めて、ムスタン郡およびマナン郡全域の7ヶ所の遺跡から発見された38個体のゲノムに適合させた図に基づくモデルからは、古代チベット高原人口集団の祖先系統はおもにNETPの後期新石器時代人口集団に由来し、深い旧石器時代ユーラシア祖先系統からの小さな寄与がある、と示唆されました[107]。このモデルは、移住の複数回の波がチベット高原の定着の歴史を形成した、との以前に提案された仮説[60]と一致します。雲南省の新石器時代の興義集団に関する最近の研究[48]は、高地人の形成においてきわめて重要な亡霊(ゴースト)祖先供給源と以前に考えられていた、基底部アジア祖先系統に最も近いつながりを提供しました。
先行研究[48]は、大規模で時空間的に多様なゲノム研究を実行し、2500年以上前までさかのぼる、チベット高原の西部と南部と中央部と北部の間のチベット高原人口集団間の顕著な遺伝的差異を明らかにしました。先行研究[105]は、地球上で最も標高の高い定住集落の一つであるマブ湖遺跡の古代人のゲノムを分析しました。マブ湖を中心とした在来の定住人口集団のゲノムモデル化から、これらの集団はおもにチベット高原南部祖先系統を有していた、と示唆されました[105]。これらの研究はチベット高原とアジア東部および南東部地域との間のかなりの遺伝子流動も浮き彫りにしており、それが現在のチベット人の遺伝的組成をさらに形成しました(図3)[105、106]。先行研究[104]は詳細な遺伝学的モデル化を実行し、ガリ県のチベット西部古代人の人口動態を調べました。これらの調査結果は、3500年間にわたる地域的な遺伝的連続性、チベット高原南部からの複数回の西方への拡大、グゲ王国とアジア中央部および南部の人口集団との間の遺伝子流動を明らかにしました[104]。さらに、歴史時代の人口集団は他のユーラシア人口集団と広範な遺伝的交流を経てきました。先行研究[109]は1308~1130年前頃となる都蘭遺跡のトゥプト帝国関連の標本10点を報告し、これは、トゥプト帝国が人口と文化両方の拡散によってNETPに影響を及ぼした、と示唆しています。これは歴史時代を通じて、中核チベット人集団とユーラシア草原地帯関連祖先系統に影響を及ぼしました[109]。
●古代チベット・イ回廊集団の中国北部起源
NETPはチベット高原への定着の重要な回廊として長く機能してきており、ゾングリ遺跡と喇家遺跡と金蝉口遺跡の古代人のゲノムは、雑穀農耕民と高地人口集団との間の密接な遺伝的つながりを明らかにしました。先行研究[107]は中程度の標高に居住するチベット・ビルマ語派話者の独特な遺伝的歴史を明らかにしており、チベット高原の南端と東端に沿ったチベット・イ回廊(TYC)の地理的経路の一つとなっています。南北の移動の並行経路の一つとしてのTYCは、中国南西部から低地アジア南東部へのチベット・ビルマ語派話者人口集団の回廊として機能しています[107]。チベット高原の東縁に位置するこの地域は、複雑な地理的環境が特徴です。中国北部からの雑穀関連祖先系統が黄河流域では優勢ですが、TYCに居住するチベット・ビルマ語派話者人口集団は顕著な遺伝的分化を示し、これは選択圧と適応的な遺伝的形質における差異に起因する可能性が高そうです。
古代DNAにおける最近の進展は、先史時代以降の農耕拡散と文化的拡散と人口移動の進化的軌跡の過程について、より大きな知見を提供してきました[111]。先行研究[111]は、中国南西部の新石器時代の高山遺跡と海門口遺跡のゲノム規模データを報告し、これらの遺跡では雑穀に基づく農耕とイネに基づく農耕の組み合わせが4500~3000年前頃まで行なわれていました。高山遺跡と海門口遺跡の人口集団は、約90%の新石器時代黄河流域雑穀関連祖先系統を示し、稲作真子の検出可能な遺伝的痕跡を有さない、狩猟採集民関連系統を維持していました。これらの調査結果から、TYCの雑穀農耕民はイネと関連する農耕を顕著な遺伝的同化なしに採用した、と示唆され、独特な農耕伝統との見解が裏づけられます[111]。さらに、チベット高原の北東部の斜面とヤルンツァンポ川沿いで発見された古代の人口集団は、古代TYC集団との顕著な遺伝的類似性を示さず、これら二つの経路が共有された遺伝的構成に寄与した可能性は高い、と示唆されます(図2)。四川省眉山市の4基の歴史時代の崖に吊るされた墓のゲノムデータも、ANEA農耕民との密接な遺伝的関係を明らかにしました。まとめると、これら古代人の遺伝的データは、現代と古代両方のTYC人口集団やチベット・ビルマ語派話者集団は、中国北部の雑穀農耕人口集団に起源があった、との見解を補強します。
チベット高原におけるヒトの居住の歴史は学際的証拠、とくに考古学と古代DNA研究における最近の進展によって解明されてきました。考古学的記録はチベット高原におけるヒトの存在の長い歴史を示しており、BKC遺跡[28]や尼阿底遺跡や、チュサン遺跡など著名な遺跡があります[100、101]。中国南西部の最古級の古代DNAデータは、ゾングリ遺跡の狩猟採集民に由来し、年代は5100年前頃です[106]。しかし、この時間範囲は遺伝学的証拠のみに基づく、チベット高原の最初の定着の正確な時期の確証には不充分です。さらに、近隣のTYC人口集団からの時間的および空間的両方の範囲にわたる将来の古代DNA標本抽出が、古代チベット高原人口集団とTYCの初期住民との間の遺伝的関係および分岐の解明に必要です。
◎アジア東部人口集団における古代の生物学的適応
●ヒトの疾患の遺伝的起源に対する古代DNAの影響
ヒトの疾患と複雑な形質の進化的決定因子は、チベット高原の極限環境や病原体曝露(たとえば、中国南部のマラリア)や先史時代の生計戦略における変化を含めて、多様な要因によって形成されてきました。これらの決定因子はこれまで、ゲノム差異のパターンに基づく高度な統計的および計算的技術によって推測されてきました。包括的な゜時空間的網羅率のある古代の遺伝学的分析は、ヒトの疾患感受性の根底にある以前には公開されていなかった人口動態への直接的な知見を提供し、適応的痕跡進化的基盤を解明して、疾患が現代の環境で現れる理由を示唆してきました[114、117]。古代DNAからは、過去の環境における有益な多様体が現代人の健康および疾患感受性にどのように影響してきたのか、解明し、進化的原理を疾患危険性予測および処置に適用することによって、進化医療学への貴重な知見が得られてきました。
祖先の遺伝子流動は、現代と古代のヨーロッパ人における多発性硬化症(MS)のあり得る遺伝的起源に焦点を当てた最近の遺伝学的研究で指摘されているように[114]、健康と関連する形質の進化がどのように形成されてきたのか、明らかにするために調べられてきました。ヒトの疾患についての古代DNA研究のもう一つの有望な側面は、倹約遺伝子仮説や衛生仮説や拮抗的多面発現仮説など進化的仮説を検証するための、時空間的な枠組みを含んでいます。古代DNAの時系列的性質の利用によって、過去の適応の遺伝的軌跡をたどり、疾患耐性や食事耐性や気候侵襲要因への適応など、異なる環境圧下での生存に重要な変化を特定できます。先行研究は、セリアック病やB型血液疾患や結核の危険性や関節リウマチや選択と関連する31点の他の古代DNAで検証された疾患形質など、多数のゲノム規模の有意な兆候と強い方向性選択の痕跡を報告しました。大規模な古代DNA研究も、数十もの複雑なヒトの形質と疾患を再形成した、複雑な方向性選択を明らかにしました。そうした調査は複雑な健康状態(糖尿病や心血管系疾患や癌)の理解に有益で、そうした疾患には祖先の遺伝子流動により引き起こされた進化的構成要素があるかもしれません。
古代の人口集団の遺伝的遺産古代DNAによってより性格に特徴づけられてきており、祖先の遺伝子流動が現代時価の遺伝子プールの複雑な疾患形質の遺伝的構造をどのように形成してきたのか、示唆しています。先行研究は、ヨーロッパの古代人と現代人の組み合わせたゲノム混合モデル化を用いて、コレステロール値への在来の狩猟採集民とヤムナヤ草原地帯の祖先系統の異なる影響など、人体計測的な形質や色素沈着形質や代謝形質のさまざまな有効規模に寄与した、異なる古代のヨーロッパの祖先供給源を解明しました。さらに、初期現生人類もしくはネアンデルタール人を含めて、古代のヒトの移動期に伝播した遺伝子が、疾患感受性および耐性の遺伝的基盤を解明しました[6]。たとえば、ネアンデルタール人のDNAの役割は、感染症への対処に必要な免疫系応答と関連づけられてきました。
完新世の数千年間にわたる農業革命と関連する遺伝的変化は、とくに免疫関連の宿主と病原体や共進化や慢性疾患や老化や代謝疾患との関連について、古代DNAで報告されてきました。これらの調査結果から、疾患危険性と関連する遺伝的多様体は、古代の廟検体が現代の疾患感受性にも影響を及ぼし続けているので、進化してきた、と示唆されます。これらの多様体の調査によって、進化医療は現在の健康と疾患に影響を及ぼす経路を特定できます。先行研究は最近、完新世の宿主と病原体の相互作用の景観が、炎症性疾患への感受性にも影響を及ぼした、感染症増加への遺伝的適応を明らかにした、と報告しました。
ヒトの進化と健康への影響のより包括的な状況も、現代人のゲノムデータとの古代DNAの統合によって促進されました。古代の人口集団に、ヒトの疾患に耐性をもたらした免疫関連多様体があると分かれば、類似の多様体を有する現代人集団との比較は、これらの形質が現在の疾患の結果にどのように影響を及ぼすのか、解明できます。この手法は、精密医療や遺伝的相談に情報を提供できます。先行研究[114]は現代の南北のヨーロッパ人における多発性硬化症の危険性をも古代のヒトの移動および混合年代と組み合わせました。多発性硬化症の遺伝的危険性増加と草原地帯牧畜民人口集団の祖先系統との間で、強い関連が観察されました[114]。しかし、ヨーロッパの現代人と古代人のゲノムの最近の大規模分析から、ヨーロッパ北部における多発性硬化症危険性の増加は、6000~2000年前頃の間にHLA-DRB1*15:01の正の選択が18%まで増加したにも関わらず、草原地帯牧畜民による選択が原因ではなかった、と示唆されています。
●古代DNAのレンズによるアジア東部人における進化的軌跡の再構築
アジア東部の古代DNA情報源も、現在健康に影響を及ぼしている形質の進化史解明の独特な機会を提供し、予防戦略や個別医療や遺伝的傾向の理解における発展をもたらすかもしれません[114、117]。祖先の遺伝子流動によりもたらされた豊富な説明は、古代DNAに由来する知見と組み合わされて、健康と疾患の遺伝的基盤の知識を深めます。中国の古代DNAの限られた利用可能性は、アジア東部人関連の形質の進化的決定因子の体系的な調査を妨げます(図5および図6)。以下は本論文の図5です。
先行研究[72]は、天山山脈人口集団の祖先系統における変化から生じた表現型の影響を調べ、天山山脈の西部および北部の個体群、とくに後期青銅器時代~鉄器時代の個体群におけるより明るい髪の色素沈着と皮膚の色合いの出現を確証しましたるさらに、青い色の目のアレルが鉄器時代のこれらの地域には存在しました。注目すべきことに、歴史時代の5点の標本はすべてより濃い色の目と髪の色素沈着を示しており、アジアの東部と南部と中央部からの祖先系統増加の期間を反えしています[72]。以下は本論文の図6です。
より太い毛管と関連する形質を制御するEDAR V370A遺伝的多様体のアジア東部固有の進化的軌跡をより深く理解するために、先行研究[41]はアムール川流域の25個体のゲノム規模データを分析し、以前に刊行された田園洞個体のデータで保管されました。このデータセットはLGMの前後の期間(40000~6000年前頃)にまたがっており、貴重な知見を提供します(図5)。その研究[41]では、V370Aの変異はLGM後のすべてのアジア東部古代人に存在する、と明らかになり、その優勢はLGMの間かその直後に現れた、と示唆されます(図5)。別の研究[43]では、OCA2-HiS615Arg(rs1800414)多様体の出現が中国南部の沿岸地域の初期新石器時代(亮島個体)にさかのぼりました。過去4000年間、この多様体は顕著な頻度の増加を経てきており、ダーウィンの正の選択に起因する可能性が高そうです。この選択の機序は、より高い緯度における相対的により低い紫外線水準への適応として、中国人集団における肌の色合いを明るくすることに寄与してきたかもしれません(図5)[43]。
遺伝子移入は古代型人類【非現生人類ホモ属、絶滅ホモ属】から現代人集団へと遺伝的差異をもたらす可能性があり、これらの多様体は自然選択を受けたかもしれません。この過程は、表現型の差異と適応的形質への貴重な知見を提供します[120]。高い標高への適応と関連するEPAS1遺伝子は、5100年前頃のチベット高原の1個体と最近刊行された大地湾遺跡集団で特定されており[47、106]、その頻度は過去2800年間に増加しました(図6)。さらに、先行研究[121]では、36の中国人集団の汎ゲノムデータに基づいて、古代型由来のアレルの中国人固有の遺伝子移入はさまざまな機能的形質と関連しており、それには角質化や紫外線応答やDNA修復や免疫系機能や寿命を含めてさまざまな機能的形質と関連していた、と報告されました。現在の人口集団の大規模なゲノムデータセットからも、アルコール代謝関連のADH/ALDHや農耕の食性関連のMTHFRなど、アジア東部人固有の適応的形質の進化的軌跡は、古代DNAの証拠によるさらなる調査を必要としている、と示唆されています。ヒト視野における表現型の変化と関連する遺伝的多様体の時空間的追跡は、遺伝的多様性の先史時代のパターンに貴重な知見を提供し、自然選択が生物学的適応の時期にどのように影響を及ぼすのか、浮き彫りにします。しかし、中国の古代DNAデータの限られた利用可能性のため、適応的多様体の出現と選択や複雑な形質の詳細な進化的軌跡の正確な時期は、依然として不正確です。古代DNAデータの利用可能性が増加するにつれて、より正確な時間的推定とより高解像度の時空間的追跡が期待されます[43]。
◎課題と将来の方向性
●複雑なヒトの形質の遺伝的構造の進化的基盤
古代ゲノムデータは、ヒトの健康と疾患の局所的な適応および遺伝的基盤への重要な知見を提供します。この過程の顕著な事例は、COVID-19重症化の感受性増加と関連している、ネアンデルタール人からの遺伝的危険因子の特定です[123]。新石器時代後のヨーロッパにおける自然選択の痕跡から、疾患病原体への遺伝的適応は免疫関連遺伝子を再形成し、炎症性疾患の危険性を増加させる、と示唆されています。先行研究では、オオムギ農耕民と草原地帯牧畜民と在来のヨーロッパ狩猟採集民の祖先構成要素が、現代ヨーロッパ人で観察される複雑な形質の多様性に寄与した、と報告されました。中国における最近の古代DNA研究は、局所的な適応の進化的軌跡の理解を深め、チベット高原における極限環境と関連しているEPAS1[106]や、中国の中原地域における形態学的形質に影響を及ぼす、よく記録されているEDAR V370A[41]などの遺伝子標識を浮き彫りにします。さらに、遺伝学的証拠は天山山脈地域の古代の人口集団における色素沈着形質への東方へ移動してきたユーラシア西部人の影響を示唆しています[72]。しかし、中国の利用可能な古代DNAデータは時間的範囲と空間的範囲の両方で依然として限られており、進化的時間でのヒトの健康と疾患に関する遺伝的基盤の完全な調査を妨げています。堆積物DNA分析や古プロテオミクスや同位体研究や微生物叢研究やエピジェネティック鑑定などの新たの手法の出現は、古代DNA分析用の高度な生物情報学手法と組み合わされて、ヒトの進化に関する祖先の健康と遺伝的影響の理解を深める、と期待されます。古代人遺骸もしくは堆積物標本についてのオーミックス研究では、古代人と現代人両方の進化や真正細菌との共進化への新たな知見が得られるかもしれません。
●高品質な人口集団固有の古代ゲノムデータベースおよびハプロタイプ参照パネル
化石化した遺骸もしくはヒト遺骸かにのDNA抽出および配列決定を含めて古代DNA技術の古代DNA位相化および補完との統合は、依然としてさらなる確信の必要な分野です[114]。しかし、古代ゲノムからの正確な遺伝子型呼び出しは低網羅率のため依然として限られており、それはおもに死後のDNA分解と汚染に起因します。結果として、人口集団固有の、祖先系統固有の現代人集団に由来する高品質なハプロタイプ参照パネルでのゲノム補完は、低網羅率の古代DNAについてさえ、遺伝子型の制度を向上させる信頼できる手法として浮上してきました。古代DNAデータの急速な拡大から、より多くの祖先系統が多様で時空間的に異なる古代ゲノムはすぐに利用可能になる、と示唆されます。これは、アジア東部人口集団の人口集団固有のハプロタイプ参照パネルを開発し、補完実施要綱の広く受け入れられる基準を確立する、早急な必要性を強調します。さらに、ほとんどの古代DNA研究は現時点で、ハプロタイプデータに由来する微細な人口構造ではなく、SNPに基づくアレル共有パターンに焦点を当てています。この間隙に取り組む古代DNA分析のためには、模擬実験に基づく基準の定義と、人口集団固有のハプロタイプ参照パネルやハプロタイプに基づく位相化や補完ソフトウェアやデータベースの開発が不可欠です。
●学際的協同と先住民の関与の必要性
古代DNA研究において均衡のとれた説明を展開するためには、学際的協同と効果的な意思疎通が重要です[131]。考古学者と遺伝学者と人類学者と動植物の専門家の関与は、古代DNA研究を大きく新加点させてきました。農耕中心地およびその周辺地域内における古代の栽培化された植物と家畜化された動物の起源と適応への最近の知見を、生物学的適応とともに統合することによって、ヒトの移動と生物学的進化の複雑な動態のより深い理解を得ることができます。一方で、古代DNAと法医学研究の両方における一つの重要な課題は、分解した標本からのDNA特性の抽出です。先行研究は、低網羅率のNGSデータの分析と関連する計算ワークフローを浮き彫りにし、古代DNAと法医学両方の研究の進歩に重要な、分析の各過程における限界と判断過程に取り組みます。法医学遺伝学は断片化した証拠から回収されたDNAを特定の個人と結びつけることに焦点を当てており、DNA鑑定を表現型や遺伝的祖先系統や家族とのつながりとともに調査範囲を絞り込みます。対照的に、古代DNA研究は古代の遺骸からのDNAを用いて、捕獲配列決定で取得することが多く、先史時代の人口統計学的相互作用を調べ[53、72、111]、移動仮説を検証し[54、66、76]、古代と現代の人口集団間の遺伝的関係を調べます[1、41、42、50、106]。これらの多様な応用を考慮すると、古代DNAと法医学遺伝学の両方において、実用的妥当性を確保するために、中国人集団に関する研究を広範に検証することが重要です。さらに、遺伝学とゲノミクスと考古学と民族学と言語学の知識の統合が、古代DNA研究の深さと包括性を高めるのに必要です。
●古代社会の発展と家系図の詳細な再構築
古代DNAにおける最近の進展は、文化的移行と複雑な社会組織の理解に革命をもたらしてきました[131]。先史時代社会における家族構造の生物学的側面は、古代DNA研究でより正確な知見を得てきました[135]。いくつかの重要な古代DNA研究は共同埋葬における遺伝的近縁性を調べて、複雑な社会構造と過去のヒト社会のさまざまな要因に光を当ててきました。これらの研究は旧石器時代狩猟採集民の社会的および繁殖行動に関する重要な情報を明らかにしてきており、それは、新石器時代アナトリア半島人口集団における多様な親族関係構造や、青銅器時代遊牧民の家系や結婚や居住慣行です[135~137]。傅家遺跡と八里岡遺跡における2点の古代DNA研究の最近の調査結果は、母系と父系の共同体が新石器時代の黄河流域および長江流域の人口集団における社会組織にどのように寄与したのか、調べ始めました[62、138]。古代アジア東部の社会組織の包括的な特性を構築するためには、アジア東部の人口統計学的歴史の完全な景観と影響したかもしれない要因の再構築に役立つ、異なる歴史時代の文化的伝統や結婚慣行や埋葬慣行からの知見が不可欠です。
◎まとめ
本論文は、それぞれANA祖先系統と広西祖先系統と福建祖先系統と雲南祖先系統を表す、AR19Kや隆林洞窟個体や奇和洞個体や蒙自人など、深く分岐したアジア東部の狩猟採集民祖先系統の人口史を体系的に要約します。本論文は、完新世ユーラシア東部の人口動態、とくに雑穀農耕民と稲作農耕民と牧畜民の間の包括的な概要も提供し、複雑な移動と混合がアジア東部の現代人と古代人のゲノム多様性を形成してきた、と示唆します。中原、とくに黄河流域は、シナ・チベット語族および初期農耕中心地の起源と考えられており、その狩猟採集民もしくは耕作民は、長江流域の稲作農耕民と共同して、他のアジア東部地域の人口集団の主要な祖先系統に寄与しました。高温湿潤環境、とくに中国南部の長江上中流域稲作農耕民における古代DNAの保存と関連する課題は、重要な時空間的配列の回収を妨げてきました。地理的に異なる完新世アジア東部人口集団からのゲノム情報源の相対的な不足は、高品質で高網羅率で時空間的に分離したゲノムデータベースの必要性を強調します。そうしたデータベースは、旧石器時代の狩猟採集民や新石器時代の農耕民や青銅器時代の牧畜民や現在のアジア東部人口集団における、ヒトの疾患と生物学的適応の進化的起源に関する理解を深めるでしょう。アジア東部の古代DNA研究における最近の進展は、ユーラシア大陸東部におけるヒトの進化史の見解を洗練してきましたが、古代DNAデータにおける時空間的空白は稲作農耕民および雑穀農耕民とその祖先および子孫の遺伝的特性の完全な理解を妨げ続けています。アジア東部人口集団の起源と進化的軌跡の解明のためには、時空間的に高い網羅率からの堅牢なゲノム記録が依然として不可欠です。
◎資料と手法
手法の詳細な情報は追加ファイル1に提示されています。AADRの古代ゲノム情報源は、最近報告された多様なアジア東部人口集団の現代人および古代人の古代DNAと統合され、929個体の最終的なデータセットが得られました[3、26、42も43、50、53、106、111]。連鎖不平衡除去済SNPでADMIXTURE分析が実行され、ADMIXTURE第1.3.0版で祖先構成要素が推測されて、K=6で主要な4供給源が特定され、地理的に異なる集団が区別されました。EIGENSOFTソフトに実装されたsmartpca演算法でのPCAは古代と現代の人口集団をクラスタ化し(まとめて)、アジア東部全域の遺伝的下部構造を明らかにします。古代の個体群由来のBAMファイルが処理されて、死後DNA損傷が評価され[41~43、50、53~56、58、61、64、72、76、84、85、92、104、106、109、111、145~148]、人口集団固有の参照パネルを用いてGLIMPSE2で遺伝子型補完が実行されました。厳格な品質管理によって高解像度のゲノム解析が保証され、アジア東部の人口史への知見が深まりました。
参考文献:
He G. et al.(2025): Ancient genomes give insight into 160,000 years of East Asian population dynamics and biological adaptation. Genome Biology, 26, 420.
https://doi.org/10.1186/s13059-025-03859-1
[1]Liu Y. et al.(2021): Insights into human history from the first decade of ancient human genomics. Science, 373, 6562, 1479–1484.
https://doi.org/10.1126/science.abi8202
関連記事
[2]He G. et al.(2024): Population genomics of Central Asian peoples unveil ancient Trans-Eurasian genetic admixture and cultural exchanges. hLife, 2, 11, 554–562.
https://doi.org/10.1016/j.hlife.2024.06.006
関連記事
[3]Bergström A. et al.(2020): Insights into human genetic variation and population history from 929 diverse genomes. Science, 367, 6484, eaay5012.
https://doi.org/10.1126/science.aay5012
関連記事
[6]Zeberg H, Jakobsson M, and Pääbo S.(2024): The genetic changes that shaped Neandertals, Denisovans, and modern humans. Cell, 187, 5, 1047–1058.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2023.12.029
関連記事
[9]Reich D. et al.(2010): Genetic history of an archaic hominin group from Denisova Cave in Siberia. Nature, 468, 7327, 1053-1060.
https://doi.org/10.1038/nature09710
関連記事
[10]Green RE. et al.(2010): A Draft Sequence of the Neandertal Genome. Science, 328, 5979, 710-722.
https://doi.org/10.1126/science.1188021
関連記事
[11]Prüfer K. et al.(2017): A high-coverage Neandertal genome from Vindija Cave in Croatia. Science, 358, 6363, 655–658.
https://doi.org/10.1126/science.aao1887
関連記事
[12]Mafessoni F. et al.(2020): A high-coverage Neandertal genome from Chagyrskaya Cave. PNAS, 117, 26, 15132–15136.
https://doi.org/10.1073/pnas.2004944117
関連記事
[13]Prüfer K. et al.(2014): The complete genome sequence of a Neanderthal from the Altai Mountains. Nature, 505, 7481, 43–49.
https://doi.org/10.1038/nature12886
関連記事
[14]Larena M. et al.(2021): Philippine Ayta possess the highest level of Denisovan ancestry in the world. Current Biology, 31, 19, 4219–4230.E19.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.07.022
関連記事
[15]Choin J. et al.(2021): Genomic insights into population history and biological adaptation in Oceania. Nature, 592, 7855, 583–589.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03236-5
関連記事
[16]Stoneking M. et al.(2023): Genomic perspectives on human dispersals during the Holocene. PNAS, 120, 4, e2209475119.
https://doi.org/10.1073/pnas.2209475119
関連記事
[17]Damgaard PB. et al.(2018): The first horse herders and the impact of early Bronze Age steppe expansions into Asia. Science, 360, 6396, eaar7711.
https://doi.org/10.1126/science.aar7711
関連記事
[18]Sikora M. et al.(2019): The population history of northeastern Siberia since the Pleistocene. Nature, 570, 7760, 182–188.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1279-z
関連記事
[19]Raghavan M. et al.(2015): Genomic evidence for the Pleistocene and recent population history of Native Americans. Science, 349, 6250, aab3884.
https://doi.org/10.1126/science.aab3884
関連記事
[26]Mallick S. et al.(2024): The Allen Ancient DNA Resource (AADR) a curated compendium of ancient human genomes. Scientific Data, 11, 182.
https://doi.org/10.1038/s41597-024-03031-7
関連記事
[27]Chen F. et al.(2019): A late Middle Pleistocene Denisovan mandible from the Tibetan Plateau. Nature, 569, 7756, 409–412.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1139-x
関連記事
[28]Zhang D. et al.(2020): Denisovan DNA in Late Pleistocene sediments from Baishiya Karst Cave on the Tibetan Plateau. Science, 370, 6516, 584–587.
https://doi.org/10.1126/science.abb6320
関連記事
[29]Fu Q. et al.(2025): The proteome of the late Middle Pleistocene Harbin individual. Science, 389, 6761, 704–707.
https://doi.org/10.1126/science.adu9677
関連記事
[30]Fu Q. et al.(2025): Denisovan mitochondrial DNA from dental calculus of the >146,000-year-old Harbin cranium. Cell, 188, 15, 3919–3926.E9.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.05.040
関連記事
[32]Zhang X. et al.(2021): The history and evolution of the Denisovan-EPAS1 haplotype in Tibetans. PNAS, 118, 22, e2020803118.
https://doi.org/10.1073/pnas.2020803118
関連記事
[33]Huerta-Sánchez E. et al.(2014): Altitude adaptation in Tibetans caused by introgression of Denisovan-like DNA. Nature, 512, 7513, 194–197.
https://doi.org/10.1038/nature13408
関連記事
[34]Feng X. et al.(2025): The phylogenetic position of the Yunxian cranium elucidates the origin of Homo longi and the Denisovans. Science, 389, 6767, 1320–1324.
https://doi.org/10.1126/science.ado9202
関連記事
[35]Fu Q. et al.(2016): The genetic history of Ice Age Europe. Nature, 534, 7606, 200–205.
https://doi.org/10.1038/nature17993
関連記事
[36]Shang H. et al.(2007): An early modern human from Tianyuan Cave, Zhoukoudian, China. PNAS, 104, 16, 6573–6578.
https://doi.org/10.1073/pnas.0702169104
関連記事
[37]Kuhlwilm M. et al.(2016): Ancient gene flow from early modern humans into Eastern Neanderthals. Nature, 530, 7591, 429–433.
https://doi.org/10.1038/nature16544
関連記事
[39]Yang MA. et al.(2017): 40,000-Year-Old Individual from Asia Provides Insight into Early Population Structure in Eurasia. Current Biology, 27, 20, 3202–3208.E19.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2017.09.030
関連記事
[40]Raghavan M. et al.(2014): Upper Palaeolithic Siberian genome reveals dual ancestry of Native Americans. Nature, 505, 7481, 87–91.
https://doi.org/10.1038/nature12736
関連記事
[41]Mao X. et al.(2021): The deep population history of northern East Asia from the Late Pleistocene to the Holocene. Cell, 184, 12, 3256–3266.E13.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.04.040
関連記事
[42]Wang T. et al.(2021): Human population history at the crossroads of East and Southeast Asia since 11,000 years ago. Cell, 184, 14, 3829–3841.E21.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.05.018
関連記事
[43]Zhang X. et al.(2022): A Late Pleistocene human genome from Southwest China. Current Biology, 32, 14, 3095–3109.E5.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.06.016
関連記事
[44]Lipson M. et al.(2018): Ancient genomes document multiple waves of migration in Southeast Asian prehistory. Science, 361, 6397, 92–95.
https://doi.org/10.1126/science.aat3188
関連記事
[47]Xiong J. et al.(2025): The genomic history of East Asian Middle Neolithic millet- and rice-agricultural populations. Cell Genomics, 5, 10, 100976.
https://doi.org/10.1016/j.xgen.2025.100976
関連記事
[48]Wang T. et al.(2025): Prehistoric genomes from Yunnan reveal ancestry related to Tibetans and Austroasiatic speakers. Science, 388, 6750, eadq9792.
https://doi.org/10.1126/science.adq9792
関連記事
[49]Zhang M. et al.(2019): Phylogenetic evidence for Sino-Tibetan origin in northern China in the Late Neolithic. Nature, 569, 7754, 112–115.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1153-z
関連記事
[50]Wang CC. et al.(2021): Genomic insights into the formation of human populations in East Asia. Nature, 591, 7850, 413–419.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03336-2
関連記事
[51]Sagart L. et al.(2019): Dated language phylogenies shed light on the ancestry of Sino-Tibetan. PNAS, 116, 21, 10317–10322.
https://doi.org/10.1073/pnas.1817972116
関連記事
[52]Lazaridis I. et al.(2016): Genomic insights into the origin of farming in the ancient Near East. Nature, 536, 7617, 419–424.
https://doi.org/10.1038/nature19310
関連記事
[53]Ning C. et al.(2020): Ancient genomes from northern China suggest links between subsistence changes and human migration. Nature Communications, 11, 2700.
https://doi.org/10.1038/s41467-020-16557-2
関連記事
[54]Yang MA. et al.(2020): Ancient DNA indicates human population shifts and admixture in northern and southern China. Science, 369, 6501, 282–288.
https://doi.org/10.1126/science.aba0909
関連記事
[55]Du P. et al.(2024): Genomic dynamics of the Lower Yellow River Valley since the Early Neolithic. Current Biology, 34, 17, 3996–4006.E11.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.07.063
関連記事
[56]Li S. et al.(2024): Ancient genomic time transect unravels the population dynamics of Neolithic middle Yellow River farmers. Science Bulletin, 69, 21, 3365-3370.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.09.002
関連記事
[57]Ma H. et al.(2025): Ancient genomes shed light on the long-term genetic stability in the Central Plain of China. Science Bulletin, 70, 3, 333-337.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.07.024
関連記事
[58]Wang F. et al.(2024): Neolithization of Dawenkou culture in the lower Yellow River involved the demic diffusion from the Central Plain. Science Bulletin, 69, 23, 3677-3681.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.08.016
関連記事
[60]He G et al.(2021): Peopling History of the Tibetan Plateau and Multiple Waves of Admixture of Tibetans Inferred From Both Ancient and Modern Genome-Wide Data. Frontiers in Genetics, 12, 725243.
https://doi.org/10.3389/fgene.2021.725243
関連記事
[61]Xiong J. et al.(2024): Inferring the demographic history of Hexi Corridor over the past two millennia from ancient genomes. Science Bulletin, 69, 5, 606-611.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2023.12.031
関連記事
[62]Yang T. et al.(2025): Ancient DNA reveals the population interactions and a Neolithic patrilineal community in Northern Yangtze Region. Nature Communications, 16, 8728.
https://doi.org/10.1038/s41467-025-63743-1
関連記事
[63]Matsumura H. et al.(2019): Craniometrics Reveal “Two Layers” of Prehistoric Human Dispersal in Eastern Eurasia. Scientific Reports, 9, 1451.
https://doi.org/10.1038/s41598-018-35426-z
関連記事
[64]Zhang F. et al.(2024): Ancient genomes provide insights into the genetic history in the historical era of southwest China. Archaeological and Anthropological Sciences, 16, 120.
https://doi.org/10.1007/s12520-024-02036-y
関連記事
[65]Zhu K. et al.(2024): The demic diffusion of Han culture into the Yunnan-Guizhou plateau inferred from ancient genomes. National Science Review, 11, 12, nwae387.
https://doi.org/10.1093/nsr/nwae387
関連記事
[66]Robbeets M. et al.(2021): Triangulation supports agricultural spread of the Transeurasian languages. Nature, 599, 7886, 616–621.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-04108-8
関連記事
[67]Zou Y. et al.(2025): Ancient genomes from the Yellow River Bend reveal long-distance population interactions between the Central Plains, Steppe, and southern China. Cell Reports, 44, 8, 116034.
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2025.116034
関連記事
[68]McColl H. et al.(2018): The prehistoric peopling of Southeast Asia. Science, 361, 6397, 88–92.
https://doi.org/10.1126/science.aat3628
関連記事
[69]Allentoft ME. et al.(2015): Population genomics of Bronze Age Eurasia. Nature, 522, 7555, 167–172.
https://doi.org/10.1038/nature14507
関連記事
[72]Kumar V. et al.(2022): Bronze and Iron Age population movements underlie Xinjiang population history. Science, 376, 6568, 62–69.
https://doi.org/10.1126/science.abk1534
関連記事
[73]Damgaard PB. et al.(2018): 137 ancient human genomes from across the Eurasian steppes. Nature, 557, 7705, 369–374.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0094-2
関連記事
[76]Zhang F. et al.(2021): The genomic origins of the Bronze Age Tarim Basin mummies. Nature, 599, 7884, 256–261.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-04052-7
関連記事
[78]Wang W. et al.(2021): Ancient Xinjiang mitogenomes reveal intense admixture with high genetic diversity. Science Advances, 7, 14, eabd6690.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abd6690
関連記事
[79]Zhang F. et al.(2025): Bronze and Iron Age genomes reveal the integration of diverse ancestries in the Tarim Basin. Current Biology, 35, 15, 3759–3766.E4.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.06.054
関連記事
[81]Jeong C. et al.(2020): A Dynamic 6,000-Year Genetic History of Eurasia’s Eastern Steppe. Cell, 183, 4, 890–904.E29.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.10.015
関連記事
[82]Jeong C. et al.(2018): Bronze Age population dynamics and the rise of dairy pastoralism on the eastern Eurasian steppe. PNAS, 115, 48, E11248–E11255.
https://doi.org/10.1073/pnas.1813608115
関連記事
[83]Cai D. et al.(2023): Ancient DNA sheds light on the origin and migration patterns of the Xianbei confederation. Archaeological and Anthropological Sciences, 15, 194.
https://doi.org/10.1007/s12520-023-01899-x
関連記事
[84]Yang XM. et al.(2023): Ancient genome of Empress Ashina reveals the Northeast Asian origin of Göktürk Khanate. Journal of Systematics and Evolution, 61, 6, 1056–1064.
https://doi.org/10.1111/jse.12938
関連記事
[85]Du P. et al.(2024): Ancient genome of the Chinese Emperor Wu of Northern Zhou. Current Biology, 34, 7, 1587–1595.E5.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.02.059
関連記事
[91]Wang R. et al.(2025): Genetic formation of Neolithic Hongshan people and demic expansion of Hongshan culture inferred from ancient human genomes. Molecular Biology and Evolution, 42, 6, msaf139.
https://doi.org/10.1093/molbev/msaf139
関連記事
[92]Zhu KY. et al.(2024): The genetic diversity in the ancient human population of Upper Xiajiadian culture. Journal of Systematics and Evolution, 62, 4, 785–793.
https://doi.org/10.1111/jse.13029
関連記事
[93]Gelabert P. et al.(2022): Northeastern Asian and Jomon-related genetic structure in the Three Kingdoms period of Gimhae, Korea. Current Biology, 32, 15, 3232–3244.E6.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.06.004
関連記事
[94]Cooke NP. et al.(2021): Ancient genomics reveals tripartite origins of Japanese populations. Science Advances, 7, 38, eabh2419.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abh2419
関連記事
[95]Liu J. et al.(2025): East Asian Gene flow bridged by northern coastal populations over past 6000 years. Nature Communications, 16, 1322.
https://doi.org/10.1038/s41467-025-56555-w
関連記事
[96]Cooke NP. et al.(2024): Genomic imputation of ancient Asian populations contrasts local adaptation in pre- and post-agricultural Japan. iScience, 27, 6, 110050.
https://doi.org/10.1016/j.isci.2024.110050
関連記事
[99]Zhang XL. et al.(2018): The earliest human occupation of the high-altitude Tibetan Plateau 40 thousand to 30 thousand years ago. Science, 362, 6418, 1049-1051.
https://doi.org/10.1126/science.aat8824
関連記事
[100]Chen F. et al.(2015): Agriculture facilitated permanent human occupation of the Tibetan Plateau after 3600 BP. Science, 347, 6219, 248-250.
https://doi.org/10.1126/science.1259172
関連記事
[101]Meyer MC. et al.(2017): Permanent human occupation of the central Tibetan Plateau in the early Holocene. Science, 355, 6320, 64-67.
https://doi.org/10.1126/science.aag0357
関連記事
[104]Bai F. et al.(2024): Ancient genomes revealed the complex human interactions of the ancient western Tibetans. Current Biology, 34, 12, 2594–2605.E7
https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.04.068
関連記事
[105]Yang X. et al.(2024): Lake-centred sedentary lifestyle of early Tibetan Plateau Indigenous populations at high elevation 4,400 years ago. Nature Ecology & Evolution, 8, 12, 2297–2308.
https://doi.org/10.1038/s41559-024-02539-w
関連記事
[106]Wang H. et al.(2023): Human genetic history on the Tibetan Plateau in the past 5100 years. Science Advances, 9, 11, eadd5582.
https://doi.org/10.1126/sciadv.add5582
関連記事
[107]Liu CC. et al.(2022): Ancient genomes from the Himalayas illuminate the genetic history of Tibetans and their Tibeto-Burman speaking neighbors. Nature Communications, 13, 1203.
https://doi.org/10.1038/s41467-022-28827-2
関連記事
[108]Jeong C. et al.(2016): Long-term genetic stability and a high-altitude East Asian origin for the peoples of the high valleys of the Himalayan arc. PNAS, 113, 27, 7485–7490.
https://doi.org/10.1073/pnas.1520844113
関連記事
[109]Zhu K. et al.(2022): Cultural and demic co-diffusion of Tubo Empire on Tibetan Plateau. iScience, 25, 12, 105636.
https://doi.org/10.1016/j.isci.2022.105636
関連記事
[111]Tao L. et al.(2023): Ancient genomes reveal millet farming-related demic diffusion from the Yellow River into southwest China. Current Biology, 33, 22, 4995–5002.E7.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.09.055
関連記事
[114]Barrie W. et al.(2024): Elevated genetic risk for multiple sclerosis emerged in steppe pastoralist populations. Nature, 625, 7994, 321–328.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-06618-z
関連記事
[117]Mathieson I. et al.(2015): Genome-wide patterns of selection in 230 ancient Eurasians. Nature, 528, 7583, 499–503.
https://doi.org/10.1038/nature16152
関連記事
[120]Racimo F. et al.(2017): Signatures of Archaic Adaptive Introgression in Present-Day Human Populations. Molecular Biology and Evolution, 34, 2, 296-317.
https://doi.org/10.1093/molbev/msw216
関連記事
[121]Gao Y. et al.(2023): A pangenome reference of 36 Chinese populations. Nature, 619, 7968, 112–121.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-06173-7
関連記事
[123]Zeberg H, and Pääbo S.(2020): The major genetic risk factor for severe COVID-19 is inherited from Neanderthals. Nature, 587, 7835, 610–612.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-2818-3
関連記事
[131]Wang K. et al.(2025): Ancient DNA reveals reproductive barrier despite shared Avar-period culture. Nature, 638, 8052, 1007–1014.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-08418-5
関連記事
[135]Blöcher J. et al.(2023): Descent, marriage, and residence practices of a 3,800-year-old pastoral community in Central Eurasia. PNAS, 120, 36, e2303574120.
https://doi.org/10.1073/pnas.2303574120
関連記事
[136]Sikora M. et al.(2017): Ancient genomes show social and reproductive behavior of early Upper Paleolithic foragers. Science, 358, 6363, 659–662.
https://doi.org/10.1126/science.aao1807
関連記事
[137]Yaka R. et al.(2021): Variable kinship patterns in Neolithic Anatolia revealed by ancient genomes. Current Biology, 31, 11, 2455–2468.E18.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.03.050
関連記事
[138]Wang J. et al.(2025): Ancient DNA reveals a two-clanned matrilineal community in Neolithic China. Nature, 643, 8074, 1304–1311.
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09103-x
関連記事
[145]Zhao D, Chen Y, Xie G, Ma P, Wen Y, Zhang F, et al. (2023) A multidisciplinary study on the social customs of the Tang Empire in the Medieval Ages. PLoS ONE 18(7): e0288128.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0288128
関連記事
[146]Shen Q. et al.(2025): Ancient genomes illuminate the demographic history of Shandong over the past two millennia. Journal of Genetics and Genomics, 52, 4, 494-501.
https://doi.org/10.1016/j.jgg.2024.07.008
関連記事
[147]Ma H. et al.(2025): Ancient genomes shed light on the long-term genetic stability in the Central Plain of China. Science Bulletin, 70, 3, 333-337.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.07.024
関連記事
本論文のアジア東部(East Asia)には、中国やモンゴルや日本や近隣地域が含まれますが、こうした地理的範囲として「アジア東部」を定義することには疑問も残り、たとえばモンゴルは内陸アジアもしくはユーラシア内陸草原地帯に区分すべきようにも思います。それと関連して、本論文の「中国」の指す範囲はよく分からず、現在の中華人民共和国の支配領域もしくはもっと狭くダイチン・グルン(大清帝国、清王朝)の18省かもしれませんが、この記事の以下の翻訳ではではとりあえず「中国」と表記します。なお、「縄文時代」との時代区分や「縄文人」との表記には問題があるでしょうが、煩雑になるので、以下では「縄文時代」と「縄文人」を「」では括りません。以下は本論文の要約図です。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、AADR(The Allen Ancient DNA Resource、アレン古代DNA情報源)、LGM(Last Glacial Maximum、最終氷期極大期)K(kilo years ago、千年前)、MS(Multiple sclerosis、多発性硬化症)、HLA(Human Leukocyte Antigen、ヒト白血球型抗原)、OCA2(oculocutaneous albinism II、眼皮膚白皮症2)、EDAR(ectodysplasin A receptor、エクトジスプラシンA受容体)、MTHFR(methylenetetrahydrofolate reductase、メチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素)、ADH(Antidiuretic Hormone、抗利尿ホルモン)、ALDH(aldehyde dehydrogenase、アルデヒド脱水素酵素)、EPAS1(Endothelial PAS Domain Protein 1、内皮PASドメインタンパク質1)、COVID(coronavirus disease、コロナウイルス感染症)、NGS(next-generation sequencing、次世代配列決定)です。
以下の時代区分の略称は、N(Neolithic、新石器時代)、EN(Early Neolithic、前期新石器時代)、BA(Bronze Age、青銅器時代)、EBA(Early Bronze Age、前期青銅器時代)、MBA(Middle Bronze Age、中期青銅器時代)、MLBA(Middle to Late Bronze Age、中期~後期青銅器時代)、LBA(Late Bronze Age、後期青銅器時代)、IA(Iron Age、鉄器時代)です。
本論文で取り上げられる主要な地域と地名は、TSM(Tianshan Mountain、天山山脈)、ARB(Amur River Basin、アムール川流域)、MP(Mongolian Plateau、モンゴル高原)、TYC(Tibetan-Yi Corridor、チベット・イ回廊)、HXC(Hexi Corridor、河西回廊)、TP(Tibetan Plateau、チベット高原)、NETP(the northeastern regions of the TP、チベット高原北東部地域)、WLRB(West Liao River Basin、西遼河流域)、YZRB(Yangtze River Basin、長江流域)、YRB(Yellow River Basin、黄河流域)、、IAMC(Inner Asian Mountain Corridor、内陸アジア山地回廊)、モンゴル東部のフブスグル(Khovsgol、Khövsgöl)県、青海省海西モンゴル族チベット族自治州都蘭(Dulan)県、チベット高原のガリ(Ngari)県、四川省眉山(Meishan)市ネパールのムスタン(Mustang)郡とマナン(Manang)郡とアンナプルナ保護地域(Annapurna Conservation Area)、ヤルンツァンポ川(Yarlung Tsangpo River、雅魯蔵布江)、台湾の澎湖島(Penghu Island)、湖北省鄖県(Yunxian)です。
本論文で取り上げられる主要な人類集団と勢力と人物は、AMH(anatomically modern human、解剖学的現代人、現生人類)、ANE(Ancient Northern Eurasian、古代北ユーラシア人)、ANA(Ancient Northeast Asian、アジア北東部古代人)、ANS(Ancient Northern Siberian、シベリア北部古代人)、ANEA(ancient northern East Asian、アジア東部北方古代人)、ASEA(ancient southern East Asian、アジア東部南方古代人)、スルイ人(Surui)、フェイ人(Hui、回族)、トゥプト(Tubo、吐蕃)、北周の武帝(Wudi、Emperor Wu)、北周の阿史那皇后(Empress Ashina)です。
本論文で取り上げられる主要な文化は、ホアビニアン(Hòabìnhian、ホアビン文化)、斉家(Qijia)文化、磁山(Cishan)文化、仰韶(Yangshao)文化、龍山(Longshan)文化、馬家窯(Majiayao)文化、紅山(Hongshan)文化、大汶口(Dawenkou)文化、ラピタ(Lapita)文化、BMAC(Bactrio Margian Archaeological Complex、バクトリア・マルギアナ考古学複合)、シンタシュタ(Sintashta)文化、アファナシェヴォ(Afanasievo)文化、チェムルチェク(ChemurchekもしくはQiemu’erqieke)文化、BMAC(Bactrio Margian Archaeological Complex、バクトリア・マルギアナ考古学複合)、ウランズーク(Ulaanzuukh)文化、石板墓(Slab Grave、略してSG)文化、フォフォノヴォ(Fofonovo)文化、夏家店下層(Lower Xiajiadian)文化、夏家店上層(Upper Xiajiadian)文化、ヤムナヤ(Yamnaya)文化です。
本論文で取り上げられる中国の主要な遺跡は以下の通りです。吉林省の大安(Da’an)市の后套木嘎(Houtaomuga)遺跡、北京の南西56kmに位置する周口店(Zhoukoudian)の田園洞窟(Tianyuan Cave)、河北省の鄭家溝(Zhengjiagou)遺跡と許家窯(Xujiayao)遺跡、河南省の仰韶村(Yangshaocun)遺跡と八里岡(Baligang)遺跡と汪溝(Wanggou)遺跡と暁塢(Xiaowu)遺跡と漯河固廂(Luoheguxiang)遺跡、山東省の傅家(Fujia)遺跡と上海市の馬橋(Maqiao)遺跡と福泉山(Fuquanshan)遺跡と扁扁(Bianbian)遺跡と小高(Xiaogao)遺跡と博山(Boshan)遺跡と小荊山(Xiaojingshan、Xiaojinshan)遺跡、福建省の奇和洞(Qihe Cave)遺跡と曇石山(Tanshishan)遺跡と渓頭村(Xitoucun)遺跡、重慶市の大渓(Daxi)遺跡、陝西省の楡林市靖辺県の五庄果墚(Wuzhuangguoliang)遺跡、甘粛省の大地湾(Dadiwan)遺跡、青海省の喇家(Lajia)遺跡と金蝉口(Jinchankou)遺跡、雲南省の馬鹿洞(Maludong、Red Deer Cave)で発見されたMZR(Mengzi Ren、蒙自人)と玉渓(Yuxi)市の通海(Tonghai)県の興義(Xingyi)遺跡、江西省の仙人洞(Xianren Cave、Xianrendong)遺跡、浙江省の杭州市の跨湖橋(Kuahuqiao)遺跡、貴州省の大松山(Dasongshan)遺跡、四川省の高山(Gaoshan)遺跡と海門口(Haimenkou)遺跡です。広西壮族(チワン族)自治区(以下、広西)では、隆林洞窟(Longlin Cave)、高峰(Gaofeng)遺跡と花橋(Huaqiao)遺跡と化図岩(Huatuyan)遺跡(高峰遺跡と花橋遺跡と化図岩遺跡の人類集団はGaoHuaHuaと呼ばれます)、バロン(Balong)遺跡とバンダ(Banda)遺跡とキンチャン(Qinchang)遺跡と岑遜(Cenxun)遺跡(バロン遺跡とバンダ遺跡とキンチャン遺跡と岑遜遺跡の千年紀半ばの古代人はBaBanQinCen集団と呼ばれます)、独山洞窟(Dushan Cave)、宝剣山(Baojianshan)洞窟です。遼寧省の二道井子(Erdaojingzi)遺跡と金牛山(Jinniushan)遺跡と半拉山(Banlashan)遺跡です。
本論文で取り上げられるその他の主要な遺跡は以下の通りです。ジュンガル盆地では、阿依托汗(Ayituohan)遺跡と松樹溝(Songshugou)遺跡と尼勒克(Nileke)遺跡です。タリム盆地では、古墓溝(Gumugou)遺跡とバイファン(Baifang)遺跡と小河(Xiaohe)遺跡と石人子溝(Shirenzigou)遺跡です。モンゴルでは、ウランチャブ(Ulanqab)の裕民(Yumin)遺跡、チーフォン(Chifeng)市カラチン・バナー(Harqin Banner)のヨンフェン(Yongfeng)県牛家営子(Niujiayingzi)鎮マジアジシャン(Majiazishan)村の遺跡です。赤峰市の竜頭山(Longtoushan)遺跡です。チベット高原では、白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave、略してBKC)遺跡、尼阿底(Nwya Devu)遺跡、グゲ(Guge)遺跡、マブ湖(Mabu Co)遺跡(Coはチベット語で湖の意味)、ゾングリ(Zongri)遺跡、チュサン(Chusang)遺跡です。ネパールでは、スイラ(Suila)遺跡、ルブラク(Lubrak)遺跡、ルヒルヒ(Rhirhi)遺跡、キャング(Kyang)遺跡とチョクホパニ(Chokhopani)遺跡とメブラク(Mebrak)遺跡とサムヅォング(Samdzong)遺跡です。台湾では、漢本(Hanben)遺跡と公館(Gongguan)遺跡と亮島(Liangdao)遺跡です。ロシア極東沿岸では、極東沿岸の悪魔の門洞窟(Devil’s Gate Cave、Chertovy Vorota)遺跡とボイスマン(Boisman)遺跡、です。シベリアでは、マリタ(Mal'ta)遺跡の少年1個体(MA-1)、アフォントヴァ・ゴラ(Afontova Gora、略してAG)遺跡の3号個体(AG3)です。ベルギーでは、ゴイエ(Goyet)遺跡です。
◎要約
古代DNA研究における進歩は、ヒトの進化や混合により促進された適応や形質の遺伝的基盤に関する理解を変えてきました。しかし、旧石器時代および新石器時代のアジア東部の進化動態は依然として断片的です。この総説は16万年にわたる人口集団の相互作用を統合し、古代型【ホモ属から】の遺伝子移入と広範な人口集団の混合を浮き彫りにします。本論文は、祖先の系統と農耕の技術革新がアジア東部の人口集団をどのように形成したのか、生計戦略の変化と関連する移動および混合事象がゲノムおよび表現型の多様性にどう寄与したのか、調べます。古代ゲノムの適応的痕跡は、高地適応や色素沈着や形態学的特徴の基盤を解明し、ヒト進化生物学への新たな知見を提供します。
◎前書
古代DNA研究は過去20年間で大きく発展し、それはDNA捕獲技術や配列決定技術や標準化された実験準備実施要綱や計算手法の革新によって促進されました[1、2]。民族言語学的に多様な人口集団からの過去のゲノムおよび大規模なゲノムデータに由来する知見は、AMH(解剖学的現代人)とネアンデルタール人やデニソワ人などその近縁に関する進化の軌跡の理解を大きく深めました[3]。これらの発展は、時空間的に異なる古代の人口集団の遺伝的起源および進化的過程や複雑な混合および遺伝的相互作用や生物学的適応や、地理的に多様な現代人集団における健康と疾患の遺伝的基盤を含めて、ヒトの歴史の多様な側面に関する貴重な視点を提供してきました。これらの達成にも関わらず、既存の研究は、アフリカからの移動や、ユーラシア西部とシベリアとオセアニアとアメリカ大陸における初期の定着パターンやその後の移動や混合事象など、ヒトの進化における重要な出来事を強調してきました。しかし、この焦点はヨーロッパの人口集団の持続した過剰提示によって特徴づけられており、ヒトの進化についてのより広範な理解に大きな偏りをもたらしました。
アジア東部および北部(シベリアとその近隣地域)の上部旧石器時代のヒトのゲノム調査は、アフリカからの移動に続く、AMH系統の初期の多様化、および現在の人口集団で観察される遺伝的多様性と古代型【ホモ属からの】遺伝子移入の理解を大きく深めてきました[1]。2010年のネアンデルタール人とデニソワ人のゲノムの配列決定成功は、これらの人類と非アフリカ系現代人との間の遺伝的関係に重要な知見を提供しました[6]。片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアと父系のY染色体)資料とは異なり、常染色体データは遺伝的つながりの証拠を提供し、AMHとの共有された祖先系統を強調します[9、10]。共有された遺伝的多様体に基づく系図再構築から、古代型人類【非現生人類ホモ属、絶滅ホモ属】は現生人類と55万年前頃に分岐し、ネアンデルタール人とデニソワ人は相互と40万年前頃に分岐した、と示唆されます[11~13]。
ハプロタイプ多様性のパターンは、古代型の遺伝子移入の複雑さをさらに解明します。地理的に多様な人口集団間のネアンデルタール人関連の遺伝子移入された断片の低い多様性と一貫した量および長さは、単一の大きな遺伝子移入事象を示唆しています。対照的に、デニソワ人関連のハプロタイプはかなりの多様性を示し、オーストラリア先住民とフィリピンのネグリートと他のアジアおよびアメリカ大陸の人口集団間で観察された一致率と量と断片長は異なります[6]。これらのパターンは、デニソワ人からの遺伝子移入のより複雑な歴史を示唆しています[3]。統計的再構築は、非アフリカ人における2.5±0.6%のネアンデルタール人祖先系統を、メラネシア人とフィリピンのネグリートにおける5%のデニソワ人祖先系統を推定しています[14]。古代DNAからの調査結果ではさらに、適応的な遺伝子移入がヒトの進化に重要な役割を果たし、新たな環境条件への急速な適応を促進する遺伝的多様体がもたらされた、と論証されています[15]。これらのゲノムの知見は、ヒトの進化しおよび現生人類集団と古代型集団との間の遺伝的相互作用の理解を深め続けています。
完新世において、ほとんどの古代DNA研究は、農耕および言語の拡大と密接に関連する、ユーラシアとオセアニアとアメリカ大陸の大陸規模の移動に焦点を移しました[16]。古代DNAデータはヨーロッパ人の遺伝的多様性に関する理解を変えてきており、現代ヨーロッパ人の遺伝子プールはおもに3祖先供給源によって形成された、と明らかにし、それは、近東農耕民とヤムナヤ関連牧畜民と在来狩猟採集民です[17]。さらに、シベリアの古代DNAは、ANEやANAや古代旧シベリア人や新シベリア人やANSと関連する、複雑な人口集団の相互作用と遺伝的に異なる祖先系統構成要素の置換に関する証拠を提供してきました[18]。ヒト遺骸からのDNAの回収と配列決定は、アメリカ大陸の最初の定着や、南北のアメリカ大陸の集団間の分岐や、北アメリカ大陸北部先住民の南アメリカ大陸先住民からの分離や、オセアニアへの旧石器時代人口集団の移動や、バヌアツへの新石器時代オーストロネシア人の拡大に関する研究も進展させてきました[19]。
中国やモンゴルや日本や近隣地域を含むアジア東部には、多くの歴史的遺物や考古学的ヒト遺骸があり、ヒトの遺伝的データは、ヒトの起源の重要な側面の解明と健康関連の謎の取り組みに不可欠の情報源となります。そのため、生物銀行を基盤とするコホート(特定の性質が一致する個体で構成される集団)の遺伝的データは、重要な国家戦略情報源や、ヒトの疾患と健康の遺伝的歴史および進化的決定要因の解明の重要な手段になってきました。しかし、アジア東部の古代と現在両方の個体群のゲノムデータを用いた、ヒトの起源や適応と関連する遺伝的差異の進化的軌跡を追跡した研究は、比較的少なかったようです。統計的分析から、アジア東部の大規模な古代DNAは限られており、AADRデータベース[26]で時空間的に異なる利用可能な古代DNA標本は1000点未満である、と明らかになりました(図1A~C)。したがって、古代中国の人口集団の完全な進化史と適応過程の体系的要約が重要です。以下は本論文の図1です。
本論文は、YRB(黄河流域)やYZRB(長江流域)やWLRB(西遼河流域)など低標高地域における重要な農耕起源中心地と、極限環境によって特徴づけられるTP(チベット高原)および近隣のTYC(チベット・イ回廊)など高標高地域における古代DNA研究を含む、多様な生態系における最近の進展を体系的に要約します。追加の知見はトランスユーラシア地域から得られ、TSM(天山山脈)やMP(モンゴル高原)やARB(アムール川流域)が含まれ、これらの地域はシベリアとユーラシア西部と中国北部の交差点に位置します(図1D)。
本論文は、更新世から完新世にまたがる古代アジア東部の個体群の歴史的進化と古代の進化的適応に関する新たな視点を提供し、以下の7点の重要な主題が軸となります。
(1)ネアンデルタール人およびデニソワ人集団からの古代型遺伝子移入で、アジア東部人の遺伝子プールへの古代型系統の寄与が調べられ、ネアンデルタール人とデニソワ人からの遺伝子移入事象が重視されました。
(2)アジア東部および基底部アジア祖先系統の最初の定着で、更新世における基底部アジア東部関連の古代の個体群が浮き彫りになり、アジア東部の初期の定着に光が当てられます。
(3)雑穀農耕民と稲作農耕民の南北の文化およびその人口動態で、更新世におけるANEA集団とASEA集団との間の遺伝的分化が、黄河流域における雑穀農耕人口集団と長江流域における稲作農耕人口集団の新石器時代の拡大から生じた混合事象とともに調べられます。
(4)高地古代人の遺伝的特性で、古代TP人口集団の遺伝的構成が、混合農耕と関連する中国南西部古代人集団の遺伝的関係とともに分析されます。
(5)トランスユーラシア地域における古代の農耕関連人口集団と牧畜関連人口集団との間の遺伝的相互作用で、この項では、古代の中国北西部人口集団の遺伝的連続性および中国北東部における生計の変化と関連する人口集団における変化が考察されます。
(6)古代DNAから推測される生物学的適応とヒトの健康および疾患への影響で、ヒトの健康および疾患の進化的および遺伝的決定要因が要約され、古代の人類におけるさまざまな期間と空間的地域のアレル(対立遺伝子)の軌跡の変化に焦点が当てられます。
(7)古代DNA関連の技術的革新と複雑な社会組織の再構築で、本論文は最終的に、将来の古代DNA関連の技術的進歩および古代のヒト社会組織の再構築における応用についての展望を考察しました。
◎16万年間の古代型系統と古代および現代のAMHへの遺伝的影響
ネアンデルタール人とデニソワ人は、AMHとの密接な進化的関係、および現代人の祖先との間の相互作用の可能性のため、大きな注目を集めてきました[13]。しかし、形態学的および遺伝学的データの不足は、アジア東部人口集団における古代型の遺伝子移入による遺伝的遺産の直接的理解を妨げてきました。先行研究[27]は、中国の甘粛省のBKCから古代タンパク質解析によってデニソワ人の下顎を特定しました。これらの調査結果から、古代型人類はチベット高原北東部地域(NETP)に中期更新世に居住しており、現生人類集団到来のずっと前に高地の低酸素環境に効率的に適応していた、と示唆されます[27]。BKCの堆積物から得られたmtDNAは、10万~6万年前頃のデニソワ人の存在を確証しました[28]。146000年前頃のハルビン頭蓋から得られたミトコンドリアゲノムと古代プロテオーム解析は、デニソワ人個体が中期更新世後半にARBに存在したことを示唆しています[29、30]。
古代型の遺伝子移入へのさらなる調査は、古代型のヒト【絶滅ホモ属、非現生人類ホモ属】と現生人類との間の遺伝的相互作用を実証し、新たな環境において生存率を高めた有益な多様体の獲得が浮き彫りになります。詳しくは、遺伝学的研究が現在の中国人集団、とくにチベット人への古代型の遺伝子移入の3回の波を再構築しました[32]。ネアンデルタール人からの遺伝子流動の1回の波は、非アフリカ系個体群の分離前に起きました[13]。同時に、2回の異なるデニソワ人との混合の波動が特定され、一方はオセアニア人と共有され、もう一方はアジア東部人に固有です[15、32]。注目すべきことに、古代型人類とのアジア東部人固有の遭遇は、デニソワ人に由来するチベット人のEPAS1多様体[33]を含めて、AMHへの適応的な遺伝的断片の遺伝子移入を促進しました。ハプロタイプ共有分析で特定された5ヶ所のSNPに基づく中核デニソワ人ハプロタイプは現在のチベット人に広く存在しており、極限の高地環境への急速な適応に寄与しました[33]。古ゲノム研究でも、古代型の遺伝子移入が薬物と内因性化合物の代謝に影響を及ぼした、と論証され、感受性遺伝子に基づく標的治療の開発への道が開かれました。
現在、古代型人類に焦点を当てる重要な試みは、古代と現代両方の中国人集団における適応的な遺伝子移入の遺伝的遺産を論証してきました。しかし、これらの結果は初期のヒトの遺伝的歴史の予備的でしかない理解を提供しており、さらなる調査を必要とするいくつかの間隙が残っています。DNA抽出と配列決定技術の進歩によって、今や他の形態学的にデニソワ人的な旧石器時代の古代型のヒトからの高品質なデータの取得が重要で、それには、金牛山遺跡や許家窯遺跡や許昌(霊井遺跡)や澎湖島や鄖県の個体が含まれます[34]。これらのデータは、更新世のアジア東部における、より完全な遺伝的特性を提供し、ヒトの進化的景観の理解を深めます。本論文も、これら異なるかもしれないか、遺伝的に関連している古代型人口集団とアジア東部現代人との間の遺伝的関係および混合過程に焦点を当てます。デニソワ人やネアンデルタール人や他の超古代型祖先系統との混合の程度を完全に評価するために、追加の古代型【非現生人類ホモ属、絶滅ホモ属】かにの高深度のゲノムが必要なのは、そうしたデータによって現生人類への古代型祖先系統の影響をより詳しく調べることができるからです。
◎中国の北東部および南部における深い更新世系統
更新世におけるヒトの進化史の特徴は、遺伝的構造および人口集団の文化に関する限定的な理解でした。人口置換と移動が、ヨーロッパの旧石器時代史の中心的主題でした[35]。しかし、この期間、とくにLGMの前後のアジア東部の人口動態史は、ヒト化石からの遺伝的資料の少なさのため、依然として断片的で充分に理解されていません[1、36]。LGM前のヒト系統からの高品質な古代ゲノムデータが活用され、4万年前頃の田園個体(北京の周口店)と33600年前頃のAR33K女性標本1点の遺伝的特性が調べられました(図2)。これらの遺伝学的モデルから、この両個体はアジア東部北方人の基底部祖先系統を表しており、現代および他の古代両方の人口集団と比較して、ゲノムにおけるデニソワ人からの顕著な過剰が浮き彫りになる、と示唆されます[37]。旧石器時代のAR33Kと田園個体との間で顕著な類似性が観察されましたが、AR33K標本は、ユーラシア西部古代人(たとえば、ベルギーのゴイエQ116-1)もしくは現在のアメリカ大陸先住民(たとえば、アマゾンのスルイ人)とは、田園個体と同じ遺伝的類似性を共有していません[39]。田園個体/AR33K関連祖先系統は、バイカル湖近くのベラヤ川の24000年前頃のMA-1個体と遺伝的に近く[40]、アジア東部北方とシベリアに広がっており、LGM前の複雑な人口構造を示しています[41]。
シベリアとアジア東部の交差点では、大きな遺伝的転換がLGMの前後の人口集団間で起きました。先行研究[41]は、LGM末にARBに居住していたAR19Kを最古級の既知のアジア東部北方人と特定しました。これらの個体は、田園個体/ AR33K関連祖先系統は異なる、独特な遺伝的構成を有していました[41]。他のアジア東部地域、とくに農耕起源の中核地域におけるLGM前の人口集団の遺伝的データは、依然として限られています。最近、アジア東部南方の後期旧石器時代のゲノムが報告され、それは14000年前頃の蒙自人(馬鹿洞)、11747~11356年前頃の奇和洞3号と10686~10439年前頃の隆林洞窟個体です[42、43]。2層仮説では、中国南部とアジア南東部の古代の狩猟採集民は、ホアビニアン集団および中国南部新石器時代農耕民の両方と関連する深いアジア系祖先によって形成された、と仮定されています[44]。ゲノム分析から、蒙自人(MZR)はホアビニアン祖先系統とは異なる初期の多様化したアジア東部南方系統を表しており、後期更新世において最初のアメリカ大陸集団の遺伝子プールに寄与した、と示唆されます[43]。
広西の隆林洞窟個体の頭蓋形態は、古代型のヒト【絶滅ホモ属、非現生人類ホモ属】と現生人類の特徴の組み合わせを示しました。古代DNA分析から、隆林洞窟個体はアジア東部現代人の遺伝的多様性内に収まり、分岐したアジア祖先系統とは遠い関係にある、と示唆されました[42]。奇和洞3号は福建省の新石器時代人口集団(奇和洞2号、亮島1号、亮島2号)と密接な遺伝的類似性を示し、中国南部の広西の隆林洞窟個体や雲南省のMZRやベトナムのホアビニアン個体の祖先系統を有する他の旧石器時代人口集団とは異なる人口統計学的パターンを示しました[42]。遺伝学的および考古学的証拠の少なさは、時間および空間両方の解像度での旧石器時代のヒトゲノムの直接的データの取得において、大きな課題を示しています。したがって、拡大および移行を理解するために、LGM前もしくは初期上部旧石器時代の人口史を特徴づけるには、包括的および体系的調査が不可欠です。
◎農耕民関連の古代ゲノムから推測される南北の遺伝的分岐および人口動態
狩猟採集や遊動や漁撈の生計戦略から農耕への移行によって特徴づけられる新石器時代への移行には、複雑な人口移動や混合事象や言語分岐や洗練された社会構造の発展が伴っていました。農耕栽培化の最初期の中心地の一つである中国では、アワ(Setaria italica)とキビ(Panicum miliaceum)を含む黄河流域において雑穀農耕が、栽培ジャポニカ米(Oryza sativa ssp. japonica)を含む長江流域において稲作雑穀農耕が出現しました。これら農耕慣行の拡大は中国北部におけるシナ・チベット語族祖語の拡大および分岐や、中国南部における超語族の拡散と密接に関連していました[47、48]。言語学と考古学と遺伝学の証拠は、シナ・チベット語族話者人口集団およびその祖先の遺伝的起源および祖先系統への知見を提供してきました[49、50]。先行研究[49]は語族間の系統発生的関係を特徴づけ、シナ語派およびチベット・ビルマ語派話者人口集団を、新石器時代の仰韶文化および龍山文化の拡大や、馬家窯/斉家文化の西方への拡大と関連づけました[49]。同様に、先行研究[51]はシナ・チベット語族の系統発生接続形態を再構築し、分岐時期は中国北部におけるシナ・チベット語族と磁山文化後期および仰韶文化雑穀農耕民との間の直接的なつながりを確証し、その年代は7000年前頃にさかのぼる、と推定しました。
●雑穀農耕民のゲノム史
アナトリア半島とレヴァントとイランのザグロス山脈の近東古代人の広範囲の時空間的移動は、遺伝的に異なる初期農耕民と関わっており、そうした初期農耕民はまず混合し、その後は近東を越えて拡大して、アフリカ東部とユーラシア草原地帯とヨーロッパとアジア南部の遺伝的構成に大きな影響を及ぼした、と示されてきました[52]。黄河の上流(甘粛省と青海省と陝西省)と中流(河南省)と下流(山東省)の地域の古代ゲノムは、同様の人口集団の移行を反映しており、周辺人口集団からの遺伝的影響があります[50、53~58]。先行研究[54]は山東の古代DNAを報告し、それには扁扁遺跡と小高遺跡と博山遺跡と小荊山遺跡が含まれており、シベリア狩猟採集民人口集団と密接に関連する沿岸部ANEA系統が明らかになりました。先行研究[55、58]は中期新石器時代から歴史時代の山東の古代人のゲノムを分析し、複雑な地域的人口動態を明らかにしましたるこれらの調査結果は、新石器時代雑穀農耕民の大汶口文化集団への遺伝的寄与や、大汶口文化人口集団と龍山文化人口集団との間の人口拡散や、歴史時代の集団間の複雑な混合状況を浮き彫りにしました。同様に、先行研究[56、57]は仰韶村遺跡の古代人のゲノムデータを調べ、中原の時空間的に多様なゲノムと統合しました。人口集団混合モデル化は、複雑で地域的な文化的および人口統計学的相互作用にも関わらず、仰韶文化人口集団と中原のその子孫との間の長期の遺伝的安定性を論証しました[56、57]。黄河上流域の新石器時代の五庄果墚遺跡個体関連祖先系統(3000年前頃)は、チベット人の遺伝子プールの約84%、地理的に近隣の裕民遺跡個体とも密接な遺伝的つながりを共有している現代漢人集団の約59~84%に寄与しました(図2)[50]。以下は本論文の図2です。
先行研究[53]は黄河流域と西遼河流域の最初期の古代雑穀農耕民関連ゲノムデータセットの一つを分析し(図3)、これらの人口集団における遺伝的階層化は生計の変化と相関していた、と報告しました。この研究[53]は中期新石器時代の仰韶文化やと汪溝遺跡や暁塢遺跡の人々と後期新石器時代の龍山文化人口集団との間で雑穀関連祖先系統の遺伝的遺産の増加を、現在のチベット・ビルマ語派話者集団における後期新石器時代の斉家文化個体関連祖先系統(金蝉口遺跡と喇家遺跡)とともに浮き彫りにしており、黄河流域におけるシナ・チベット語族話者の共有された遺伝的起源を示しています[53]。先行研究[50]は、中国北部におけるシナ・チベット語族話者人口集団の共通の遺伝的起源をさらに確証しました。その後、古代の黄河流域関連個体と現代人のゲノムを組み合わせた分析では、空間的に異なる黄河流域人口集団間の遺伝的安定性と連続性が明らかになりました[60]。以下は本論文の図3です。
古代DNAから推測された人口史はさらに、中国内部における遺伝的置換と生計戦略の変化との間の関連を解明しました。先行研究[53]では、北方の黄河流域雑穀農耕民の人口拡散が西遼河流域の初期夏家店文化集団の遺伝的構成に大きく寄与したものの、その後で牧畜民祖先系統が続く世代に寄与した、と論証されました。雑穀農耕民の拡大は、チベット高原および河西回廊へと西方に、ユーラシア草原地帯および西遼河流域へと北方へ、日本列島および朝鮮半島へと東方へ、長江流域およびTYC(チベット・イ回廊)へと南方に拡大下、と考えられています[47、50、54、61]。黄河流域における今後の局所的な旧石器時代狩猟採集民人口集団【のゲノム】は、農耕の起源と雑穀農耕共同体への狩猟採集民社会の変容について、貴重な知見を提供するでしょう(図4)。以下は本論文の図4です。
●稲作農耕民の遺伝的遺産およびアジア南東部人への影響
仙人洞遺跡と跨湖橋遺跡の考古学的研究は、中国南部における異なる二つの長江流域の稲作関連の移行の存在に知見を提供してきており、一方はおもに沿岸部地域、もう一方はおもに内陸部地域です。福建と広西の個体群から回収された古代DNAの遺伝学的証拠は、この区別を裏づけました[42、54]。中国南東部におけるアジア東部祖先系統の遺伝的特性も、特徴づけられてきました。最近の研究[62]は、長江中流域の北縁に位置する八里岡遺跡における中期新石器時代~後期青銅器時代の58個体のゲノムを配列決定しました。これらの調査結果から、八里岡遺跡人口集団は複数回の混合の波を経ており、さまざまな期間にわたって南北間で変わっていった、と示唆されます[62]。先行研究[47]は長江中下流域の重要地域における福泉山遺跡と馬橋遺跡と大渓遺跡の人々の重要な古代ゲノムを特定し、長江流域新石器時代人口集団と祖型オーストロネシア人集団との間の直接的な遺伝的つながりを示唆しています。先行研究[54]は長江流域の南部地域の沿岸部の古代人19個体のゲノムを分析し、これらの個体はおもにアジア東部関連祖先系統を共有していた、と報告しました。注目すべきことに、奇和洞遺跡と亮島遺跡の新石器時代人口集団(8400~7500年前頃)の頭蓋形態は当初、狩猟採集民人口集団と密接に関連している、と考えられていましたが、古代DNAの証拠はこの仮説を否定しました。
先行研究[42]は中国南部(広西と福建省)の古代人31個体のゲノムを配列決定し、広西の新石器時代人口集団と福建省や雲南省やベトナムの初期新石器時代の人口集団との間の大きな遺伝的違いを明らかにしました。中期新石器時代の狩猟採集民(9000~6000年前頃)は異なる3系統の祖先供給源を示しており、広西の人口集団(独山洞窟と宝剣山洞窟)と福建およびベトナムの近隣地域の人口集団からの寄与がありました。ゲノム分析によって、強い遺伝的類似性がGaoHuaHuaおよびBaBanQinCenの歴史時代の広西人口集団(1500~500年前頃)と現代のタイ・カダイ語族およびミャオ・ヤオ語族話者との間で確証されました[42]。さらに、先行研究[50]では、台湾の古代の人口集団(漢本遺跡と公館遺跡、3300~1200年前頃)の祖先系統の約75%は長江流域稲作関連農耕民に由来する、と報告されました。漢本遺跡集団などこれら祖型オーストロネシア人関連の古代の人口集団は、中国南部の現在のタイ・カダイ語族話者と顕著な遺伝的アレル(対立遺伝子)を共有しています(図2B)[50]。
黄河流域と長江流域との間の双方向の遺伝子流動は、沿岸部や中間部や内陸部の回廊に沿った混合の稲作および雑穀農耕体系の拡大を促進しました[47、62]。先行研究[53]では、河南省の龍山文化とその後の漯河固廂遺跡の人口集団は、地理的に近い仰韶文化人口集団の場合よりも、アジア東部南方人と多くのアレルを示した、と示唆されました(図3)。中国南部沿岸からのその後の古代DNAデータ[42]は、6400^1500年前頃の北方祖先系統関連の移動を明らかにしており、これは福建省の新石器時代の曇石山遺跡および渓頭村遺跡人口集団でも特定されたパターン[54]です。990~1649年にまたがる、雲南貴州高原の大松山遺跡の古代人のゲノムの大規模な分析は、黄河流域関連祖先系統の大きな存在を明らかにしました[64、65]。明らかに、同様の双方向の遺伝的混合パターンが八里岡遺跡および長江中下流域の他の遺跡の人口集団に存在しました[47、62]。これらの調査結果では、中原からの漢人の祖先の人口拡散は中国南部の遺伝子プールに大きな影響を及ぼした、と示唆されます[65]。さらに、三角法の証拠は生計戦略とヒトの移動との間の関連を裏づけて、農耕と言語は黄河流域のシナ・チベット語族祖語話者人口集団から西遼河流域の雑穀に基づく農耕中心地や、中原および草原地帯集団へと拡大した、と論証しました[67]。ゲノム規模古代DNAデータによる包括的な遺伝学的分析は、過去の人口動態、とくに中国の内外への農耕民拡大と関連する言語と農耕の共拡散について、知見を提供できます[50]。さらに、先行研究[42]は、農耕の開始に先行する9000~6000年前頃の、長江流域祖先系統を有する古代の個体群が関わる顕著な混合状況を提案しました。この混合は在来の中国南部祖先系統およびアジア南東部のホアビニアン狩猟採集民の深いアジア祖先系統と関連していました(図4)。
遺伝学的証拠から、アジア南東部の先史時代の定着には中国南部からの5回の異なる南方への移動が関わっていた、と示唆されます[44、68]。これらの移動は沿岸地域におけるオーストロネシア語族およびタイ・カダイ語族の拡散や、内陸部地域におけるミャオ・ヤオ語族やオーストロアジア語族やチベット・ビルマ語派の拡散を促進しました。さらに、先行研究[54]は中国南部の長江流域稲作農耕人口集団とオセアニアのラピタ文化人口集団との間の遺伝的つながりを特定し、祖型オーストロネシア人の祖先は中国南部起源で、稲作農耕の拡大とともに広がった、と示唆しています。先行研究[50]は、長江流域稲作農耕民関連祖先系統を有する個体群の移動は、オーストロネシア語族やミャオ・ヤオ語族やタイ・カダイ語族の話者集団の拡散と一致した、と報告しました。まとめると、これらの調査結果は古代の農耕民人口集団間で遺伝子流動が一般的だったことを浮き彫りにし、中国南西部とアジア南東部本土と中国南部の沿岸部地域とシベリアと日本列島とベトナムとオセアニア遺伝的つながりを強調しています(図4)[42、50、54]。LGMの後には、気候はより温暖な環境へと移行し、古代中国の人口集団間の頻繁な人口動態を引き起こしました。これには、一連の人口および文化の共拡散や、中国を越えた南北の移動と相互作用が含まれていました。しかし、標本抽出は少数の古代中国の個体、とくに湿潤温暖なかんきょうの長江上中流域の個体に限られてきました。この標本抽出の偏りは、これらの人口集団の遺伝的多様性と人口統計学的歴史を完全には把握できていなかったかもしれません。
◎新石器時代以降の中国北部とユーラシア東方草原地帯の交差点地域における動的な人口史
ユーラシア西方草原地帯とモンゴル高原東部の狩猟採集民人口集団間の旧石器時代の分離は、青銅器時代における大規模な西方への移動とともに、ユーラシア草原地帯の歴史における中心的主題です。これらの移住には、ヤムナヤ文化やアファナシェヴォ文化やチェムルチェク文化やシンタシュタ文化、および規模はより小さいもののBMAC関連のオオムギ農耕民の移動が含まれます。匈奴や鮮卑や柔然や突厥やモンゴルの遊牧民政権など、青銅器時代以後の移動はユーラシア草原地帯の人口統計学的景観をさらに形成しました。これらの大規模な移動に加えて、ロシア極東の悪魔の門遺跡およびボイスマン遺跡の新石器時代の人口集団やアムール川流域の西方地域や現代のツングース語族話者で観察された長期の安定性は、注目に値します。シベリアの狩猟採集民もしくは牧畜民と黄河流域の雑穀農耕民との間の広範な相互作用は、これら農耕牧畜移行帯内における古代および現代両方の人口集団の遺伝的多様性と人口構造に大きな影響を及ぼしました。
本論文は、コムギやオオムギや雑穀やケフィアチーズや青銅技術やウシやヒツジ/ヤギなど古代の遺伝的および文化的要素を共有しており、ユーラシア横断の文化的および人口変化を反映している、シベリアとアジア中央部と中国北部の間の交差点における人口史および人口統計学的パターンを要約します。これらの要素は共有されたアルタイ諸語もしくはトランスユーラシア語族も示唆しており、テュルク語族やモンゴル語族やツングース語族が含まれます。本論文では、この交差点地域はまとめて「トランスユーラシア地域」と呼ばれ、中国北部および近隣地域の天山山脈やモンゴル高原やアムール川流域や西遼河流域が含まれます。これらの地域は重要な生態系移行おびに位置しており、二次的な雑穀農耕民および遊牧民が集中した場所です(図1D)。これらの地域は複数の古代文明【当ブログでは原則として「文明」という用語を使いませんが、この記事では本論文の「civilization」を「文明」と訳します】の発祥地として機能し、多様で複雑な社会間の物質文化や農耕技術や生計戦略の交流を促進しました。
●古代天山山脈人口集団の複雑な混合
アルタイ山脈は、初期のトランスユーラシア人口集団の移動および文化的交流の主要な障壁として機能しました。同様に、中国の【現在は中華人民共和国の支配下にあり、行政区分では新疆ウイグル自治区とされている】東トルキスタンの中央部および西部地域に位置する天山山脈は、アルタイ山脈南部を東トルキスタンの北部と南部に区分し、それぞれジュンガル盆地とタリム盆地を含んでいます。古代の天山山脈地域にはインド・ヨーロッパ語族祖語話者、とくにタリム盆地のトカラ語話者人口集団の深い遺伝的系統や、自然にミイラ化したヒト遺骸の複雑な東西の身体的特徴がありました[72]。東トルキスタンは中国北西部の歴史的に重要な地理的回廊で、漢王朝(2200~1800年前頃)以降ユーラシア東西の人口集団間の移動と相互作用の促進に中心的役割をはたしてきました[2、73]。IAMC内陸部生物地理仮説とバクトリアオアシス仮説とヤムナヤ文化/アファナシェヴォ文化草原地帯仮説を含めて重要な3通りの仮説が、初期天山山脈人口集団の形成の説明に提案されてきました[73、76]。しかし、頭蓋計測分析は、これらのどのモデルでも裏づける強い証拠を提供できませんでした。
ジュンガル盆地(阿依托汗遺跡と松樹溝遺跡と尼勒克遺跡)およびタリム盆地(古墓溝遺跡とバイファン遺跡と小河遺跡)の高品質なゲノム規模データは、天山山脈で発見された最古級のヒト遺骸を表しており、地域的な人口動態に新たな知見を提供してきました。東トルキスタン南部の前期~中期青銅器時代のタリム盆地集団は、地理的に孤立した人口集団で構成されており、高度な遺伝的類似性を示しましたが、密接な親族間家の証拠はありませんでした[76]。タリム盆地個体群の遺伝学的分析はアジア東部の古代の2系統の集団とのつながりを明らかにしており、一方はバイカル_EBAと関連するANA、もう一方はエニセイ川上流域の上部旧石器時代のアフォントヴァ・ゴラ遺跡の個体(AG3)によって表されます[76]。さらに、遺伝学と歯石のプロテオーム(タンパク質の総体)解析から、最古級のタリム盆地文化は在来の孤立した集団に由来していた、と示唆されています。この最古級のタリム盆地集団は近隣の天山山脈人口集団から牧畜および農耕慣行を採用した可能性が高く、これは、タリム盆地のミイラ(トカラ語祖語話者牧畜民)はアファナシェヴォ文化かBMACかIAMC文化からの移民だった、と示唆した以前の仮説とは著しく対照的です[73]。
ジュンガル盆地集団はアファナシェヴォ文化と関連する遺伝的遺産を示しており、大きなアファナシェヴォ文化集団からの寄与と小さな在来集団からの影響が初期青銅器時代ジュンガル盆地個体群で観察されました[76]。39ヶ所の考古学的遺跡の古代人201個体のゲノムを含む大規模な古代DNA研究[78]は、青銅器時代から歴史時代にかけての天山山脈関連人口集団に焦点を当てました。この研究は、天山山脈地域の人口統計学的歴史を形成してきた、複雑で一貫した混合事象を浮き彫りにしました[78]。先行研究[72]は、天山山脈地域の青銅器時代人口集団は高い遺伝的多様性と、草原地帯およびアジア北東部人口集団との地域的な遺伝的類似性を示した、、と報告しました。鉄器時代には、天山山脈関連集団と、草原地帯およびアジア北東部と関連する人口集団との間の混合が強化されました。歴史的証拠から、鉄器時代以降に周辺人口集団との遺伝的混合が続き、遺伝的連続性があった、と示唆されています[72]。
タリム盆地西部の青銅器時代~鉄器時代のミトコンドリアゲノム24点の最近の分析は、初期のタリム盆地人口集団と休息に拡大する西方への草原地帯の移民を明らかにしており、これらの集団はまずBMAC集団と、続いてタリム盆地人口集団と相互作用しました。在来祖先系統はタリム盆地全域において鉄器時代にさえ依然として優勢で、この地域の複雑で魅力的な歴史が浮き彫りになります。ミトコンドリアゲノムデータはさらに、農耕民および牧畜民両方の人口集団との顕著な混合を裏づけました[78]。2200年前頃となる石人子溝遺跡遺伝的に多様な個体群の詳細な人口統計学的再構築から、ユーラシア東西間の遺伝的交流は文化的に均質な人口集団に影響を及ぼした(図4)、と明らかになりました[80]。さらに、古代DNAの調査結果は、アルタイ山脈の西部地域と天山山脈地域に集中しており、これらの山脈の東側の利用可能なデータは限られています。この不均衡は、ユーラシア西部草原地帯牧畜民のアジア東部人口集団への影響の境界を理解するのに重要です。ヤムナヤ文化はモンゴル高原東部人口集団の青銅器時代の遺伝的構造を破壊しましたが、時空間的に異なる河西回廊人口集団へのユーラシア西部の遺伝的寄与は、古代DNA研究において依然として重要な問題です。
●モンゴル高原古代人の人口動態
古代モンゴル高原人口集団、とくに【現在は中華人民共和国の支配下にあり、行政区分では内モンゴル自治区とされている】モンゴル南部の人口統計学的歴史は、おもに大規模な古代DNAデータの限られた利用可能性のため、天山山脈と比較して依然として充分に明らかにされていません。本論文は、散発的な地域から報告されたゲノムとモンゴル高原の近隣の北方地域からのデータの分析によって、人口史への基本的な知見を提供します。モンゴル高原の東部地域(SOU001、東モンゴル_BA前)と北部地域の(フォフォノヴォ_EN)狩猟採集民に由来する遺伝学的特徴から、モンゴル高原における青銅器時代の前の人口構造は、ANA祖先系統と密接に関連する遺伝的パターンを示した、と示唆されます。このパターンは、バイカル湖地域西部の7200~6200年前頃のバイカル_ENおよびロシア極東の7700年前頃の悪魔の門_Nと類似性を共有しています[81]。青銅器時代には、モンゴル高原の遺伝的構造は、フブスグル_LBAおよび西方のアルタイ_MLBAおよび南東のウランズーク_石板墓人口集団と関連する異なる酪農牧畜民集団で構成される、三区分によって特徴づけられます。この構造は混合した遺伝的および文化的パターンの出現を促進し、それは匈奴と他の歴史的な牧畜民集団との間の相互作用によって引き起こされました。8400年前頃となるモンゴル南部のウランチャブの裕民遺跡集団は、特定された唯一の新石器時代人口集団です。この人口集団は内陸部新石器時代ANEAとの遺伝的つながりを示し、ANA関連の新石器時代シベリア人および現代チベット人と密接な系統発生的関係を共有しています[54]。
最近の古ゲノム研究では、モンゴル高原の人口史は異なる東西のユーラシア人の間の繰り返しの混合によって特徴づけられる、と確証されました[81]。歴史的記録には、モンゴル高原地域における著名な遊牧民集団である鮮卑は、北魏王朝などの政治的王朝を築いた、と見えます。先行研究[83]は1800年前頃にさかのぼる鮮卑の9個体の古代ゲノムを分析し、鮮卑人口集団の南方への移動と関連する遺伝的変化を明らかにしました。この証拠は、雑穀農耕民もしくはアムール川流域の子孫との遺伝的混合との見解を裏づけます。さらに、遺伝的データから、鮮卑は遊牧民部族から定住農耕民への大きな変容を経ており、中国の中原での定住において顕著な混合があった、と示唆されます[83]。
さらに、先行研究[84]は、突厥可汗のアジア北東部起源をたどり、1300年前頃の阿史那皇后から抽出された古代DNAに基づいて、政治的婚姻による北魏王朝と突厥との間の遺伝的つながりを再構築しました。中国の北魏の武帝の古代ゲノムは、ANAと関連する鮮卑人口集団と関連する遺伝的起源と、漢人個体群からの追加の混合を示唆しています[85]。現代人のゲノムデータを用いた最近の混合分析も、漢人と北方牧畜民との間の相互作用やより古い長距離移動を確証しました[67]。時間較正された系統発生から得られたY染色体の証拠は、北魏武帝関連系統と生計関連の移動がANA祖先系統の拡散をもたらして促進した、との仮説を裏づけます。それにも関わらず、現代中国人の父系遺伝子プールへの限られた直接的な父系の寄与が明らかになっています。河西回廊おわび地理的に異なるフェイ人に関する最近の歴史時代および現在のゲノムでも、ユーラシア西部からの影響がモンゴル高原東部地域に浸透した、と示唆されています。したがって、西方草原地帯牧畜民との遺伝的相互作用の解明は、とくにモンゴル南部の独特な地理的位置を考慮すると、不可欠です。万里の長城の内外両方の古代ゲノムのより広範な分析が、人口動態のより包括的な理解には重要です。
●アジア北東部古代人の長期の遺伝的安定性
アムール川流域と西遼河流域は中国北東部に位置しており、東方草原地帯の一部にまで伸びている、広大な山脈と平原が含まれます。これらの地域の人口動態がとくに興味深いのは、アメリカ大陸先住民および現代のツングース語族話者との密接な遺伝的つながりのためです[19]。先行研究[41]では、中国北部の人口集団は14000年前頃以降、遺伝的連続性を維持してきた、と論証されました(図3)。qpWave-/qpGraphに基づくモデルから推測された人口統計学的パターンでは、悪魔の門とボイスマン遺跡の初期新石器時代個体群は、アムール川流域の現代のツングース語族話者とともに、かなりのゲノム均質性を示した、と示唆されました[50]。先行研究[53]はさらに、アムール川上流域における初期新石器時代狩猟採集民と鉄器時代人口集団の長期の遺伝的安定性を確証しました。后套木嘎遺跡の刊行されていない古代ゲノムも、遺伝的連続性およびアメリカ大陸先住民祖先系統へのこれら最初期の人口集団の顕著な寄与を裏づけます。追加の集団遺伝学的構造分析は明確な遺伝的階層化を明らかにし、AR_ENとAR_鮮卑_IAが現在のツングース語族話者関連祖先系統を共有しています。さらに、おそらくはモンゴル語族話者関連祖先系統がAR_IA個体群で特定されており、これは現在のアルタイ諸語話者人口集団の形成期における、さまざまなアムール川流域人口集団間の遺伝子流動に関する仮説を裏づけます[53]。
西遼河流域は黄河流域とアムール川流域の間に位置し、歴史時代を通じて頻繁な遺伝的変容を経てきており、これは生計戦略における変化を反映しています。アムール川流域人口集団で観察された安定的な遺伝的組成とは異なり、古代西遼河流域人口集団の遺伝的構成は過去6000年間にわたって大きく変動してきており、これは生計慣行の変化と並行しています[53]。先行研究[53]は西遼河流域の紅山関連文化と関連する中国北部の半拉山遺跡の古代人のゲノムを提示し、中期~後期新石器時代における雑穀農耕への依存度増加は黄河流域雑穀農耕他もとりより強い遺伝的類似性と関連していた、と明らかにしています。先行研究[91]は紅山文化個体群の鄭家溝遺跡のゲノム19点を配列決定し、ANAおよび中期新石器時代大汶口文化と関連する農耕民が新石器時代紅山文化人口集団の発展に寄与した、と確証しました。夏家店下層文化の後期新石器時代集団(二道井子_LN)も、同様の人口拡散パターンに影響を受けました。対照的に、先行研究[92]は青銅器時代の夏家店上層文化人口集団内の明確な遺伝的下部構造を特定し、後期青銅器時代のマジアジシャン遺跡の個体群はその祖先系統が黄河流域雑穀関連人口集団に完全に辿れ、竜頭山_BAの遺伝的特性とは異なっていた、と指摘しました。
さらに、後期青銅器時代はユーラシア草原地帯全域の広範な文化的交流によって特徴づけられ、ユーラシア西部の遺伝的系統との西遼河流域および東方草原地帯人口集団の混合につながりました[50、66]。先史時代の遺伝的変化はさらに、長江流域における稲作農耕慣行の強化と一致し、生計戦略における変化によって人口拡散が引き起こされた可能性を示唆しています(図4)[53、66]。これらの関連に基づいて、先行研究[66]は中国北部における新石器時代および青銅器時代の雑穀農耕の起源を、シナ・チベット語族およびトランスユーラシア語族の出現と関連づけました。これらの調査結果から、言語と人口の拡散は早くも後期新石器時代に起きており、それはおもにかなりのANAやANEAやユーラシア西部の祖先系統との雑穀農耕民の漸進的な混合によって引き起こされた、と示唆されます[66]。
遺伝学的研究は、古代中国の雑穀農耕民の近隣地域への顕著な寄与を強調してきました。たとえば、三国時代の朝鮮半島古代人は、その祖先系統が青銅器時代中国北部人口集団と縄文関連集団の混合と示唆されています(図4)[93]。先行研究[66]は朝鮮半島と琉球諸島と初期穀物農耕共同体の古代人のゲノムを分析し、アジア北東部全域の最初の農耕民の移動は顕著な遺伝的遺産を残した、と論証しました。同様に、先行研究[94]は農耕の前後の日本列島の人類のゲノムを調べて、縄文人集団と大陸部集団との間の抜かい分岐を明らかにしました。先行研究[95]は山東地域の人口動態を再構築し、山東の古代の祖先系統が日本列島の弥生時代以後の人口集団の本土アジア東部祖先系統に最も近い、と論証しました【この研究[95]で示されたのは、山東半島古代人集団の遺伝的影響は日本列島の古代人でも宮古島に限られており、本州・四国・九州とそのごく近隣の島々を中心とする日本列島「本土」の古墳時代集団では、山東半島古代人集団関連の祖先系統を有するとはモデル化できず、そのアジア東部関連祖先系統の起源は曖昧なままということだと思います】。これらの調査結果は、イネと雑穀の日本列島への導入を促進したANAおよび雑穀農耕民祖先系統の拡散と、日本人のゲノム起源の三重構造モデルの再形成および適応的な生物学的景観の再形成における連続的なアジア東部からの遺伝子流動の役割を浮き彫りにしました[94、96]。これらの研究は古代ユーラシア人口集団間の顕著な歴史的つながりを浮き彫りにし、中国と近隣地域におけるトランスユーラシア地域の人口動態への知見を提供します。これらの地域のヒトの歴史への将来の調査は、代表的なゲノム配列、とくに天山山脈の東側とチベット高原東部と河西回廊の取得を優先し、初期農耕人口集団に焦点を当てるすべきです。そうした試みは、この広範な地理的領域の農耕拡散と言語や文化や適応的遺伝的基盤への影響についてのより微妙な理解を促すでしょう。
◎高地チベット高原の定着過程と新石器時代雑穀農耕民およびチベット・イ回廊人口集団との遺伝的つながり
チベット高原は極限環境条件によって特徴づけられ、低い気圧や低酸素症や低い気温や強い紫外線が含まれます。これらの困難な課題にも関わらず、チベット人と他の民族集団やその祖先は、何千年もこれらの過酷な状況への顕著な適応力を論証してきました。しかし、高地の初期の祖先は誰だったのか、そうした人々は高地環境にどのように適応したのかについて、遺伝的起源、高地住民固有の祖先系統、チベット高原への初期の移住、永続的な定住の時期、現代チベット人につながった遺伝子プールの発展を含めて、いくつかの重要な問題が依然として不明です。BKC遺跡の考古学的証拠から、デニソワ人関連集団が海抜3280mでNETPに16万~6万年前頃にかけて居住していた、と示唆されています[]。尼阿底遺跡の狩猟採集民は、4万~3万年前頃の間にチベット高原の中央部中核地域(海抜4600m)に到達していた、と考えられています[99]。チベット高原の恒久的な定住は、12700~7400年前頃の間に居住していたチュサンの狩猟採集民か、その後の低地からのオオムギに基づく農耕人口集団で起きたかもしれません[100、101]。高網羅率の全ゲノム配列決定および片親性遺伝標識のY染色体とmtDNAのデータに基づく複雑な人口統計学的モデルから、旧石器時代の居住と完新世の拡大の両方が、現在の高地チベット高原人口集団の遺伝子プールの形成に寄与した、と示唆されています。
●チベット高原集団の旧石器時代の居住と新石器時代の拡大
10年前、デニソワ人的な遺伝的物質が現代のチベット人で特定され、チベット高原の定着の歴史に初期の知見を提供しました[33]。高地人口集団の大規模な集団研究の最近のゲノムデータは、これらの人口集団の理解をさらに深めました[104~108]。チョクホパニ遺跡(3150~2400年前頃)やメブラク遺跡(2400~1850年前頃)やサムヅォング遺跡(1750~1250年前頃)の標本を含めて、アンナプルナ保護地域の古代人の下マムは、高地アジア東部人の古代ヒマラヤ人口集団起源との仮説を裏づけ、長期の遺伝的安定性を示唆しました[108]。5100年前頃となるゾングリ遺跡のゲノムは、ANEA雑穀農耕民と密接に関連していたチベット高原固有の遺伝的構造を明らかにしました[106]。スイラ遺跡やルブラク遺跡やルヒルヒ遺跡やキャング遺跡を含めて、ムスタン郡およびマナン郡全域の7ヶ所の遺跡から発見された38個体のゲノムに適合させた図に基づくモデルからは、古代チベット高原人口集団の祖先系統はおもにNETPの後期新石器時代人口集団に由来し、深い旧石器時代ユーラシア祖先系統からの小さな寄与がある、と示唆されました[107]。このモデルは、移住の複数回の波がチベット高原の定着の歴史を形成した、との以前に提案された仮説[60]と一致します。雲南省の新石器時代の興義集団に関する最近の研究[48]は、高地人の形成においてきわめて重要な亡霊(ゴースト)祖先供給源と以前に考えられていた、基底部アジア祖先系統に最も近いつながりを提供しました。
先行研究[48]は、大規模で時空間的に多様なゲノム研究を実行し、2500年以上前までさかのぼる、チベット高原の西部と南部と中央部と北部の間のチベット高原人口集団間の顕著な遺伝的差異を明らかにしました。先行研究[105]は、地球上で最も標高の高い定住集落の一つであるマブ湖遺跡の古代人のゲノムを分析しました。マブ湖を中心とした在来の定住人口集団のゲノムモデル化から、これらの集団はおもにチベット高原南部祖先系統を有していた、と示唆されました[105]。これらの研究はチベット高原とアジア東部および南東部地域との間のかなりの遺伝子流動も浮き彫りにしており、それが現在のチベット人の遺伝的組成をさらに形成しました(図3)[105、106]。先行研究[104]は詳細な遺伝学的モデル化を実行し、ガリ県のチベット西部古代人の人口動態を調べました。これらの調査結果は、3500年間にわたる地域的な遺伝的連続性、チベット高原南部からの複数回の西方への拡大、グゲ王国とアジア中央部および南部の人口集団との間の遺伝子流動を明らかにしました[104]。さらに、歴史時代の人口集団は他のユーラシア人口集団と広範な遺伝的交流を経てきました。先行研究[109]は1308~1130年前頃となる都蘭遺跡のトゥプト帝国関連の標本10点を報告し、これは、トゥプト帝国が人口と文化両方の拡散によってNETPに影響を及ぼした、と示唆しています。これは歴史時代を通じて、中核チベット人集団とユーラシア草原地帯関連祖先系統に影響を及ぼしました[109]。
●古代チベット・イ回廊集団の中国北部起源
NETPはチベット高原への定着の重要な回廊として長く機能してきており、ゾングリ遺跡と喇家遺跡と金蝉口遺跡の古代人のゲノムは、雑穀農耕民と高地人口集団との間の密接な遺伝的つながりを明らかにしました。先行研究[107]は中程度の標高に居住するチベット・ビルマ語派話者の独特な遺伝的歴史を明らかにしており、チベット高原の南端と東端に沿ったチベット・イ回廊(TYC)の地理的経路の一つとなっています。南北の移動の並行経路の一つとしてのTYCは、中国南西部から低地アジア南東部へのチベット・ビルマ語派話者人口集団の回廊として機能しています[107]。チベット高原の東縁に位置するこの地域は、複雑な地理的環境が特徴です。中国北部からの雑穀関連祖先系統が黄河流域では優勢ですが、TYCに居住するチベット・ビルマ語派話者人口集団は顕著な遺伝的分化を示し、これは選択圧と適応的な遺伝的形質における差異に起因する可能性が高そうです。
古代DNAにおける最近の進展は、先史時代以降の農耕拡散と文化的拡散と人口移動の進化的軌跡の過程について、より大きな知見を提供してきました[111]。先行研究[111]は、中国南西部の新石器時代の高山遺跡と海門口遺跡のゲノム規模データを報告し、これらの遺跡では雑穀に基づく農耕とイネに基づく農耕の組み合わせが4500~3000年前頃まで行なわれていました。高山遺跡と海門口遺跡の人口集団は、約90%の新石器時代黄河流域雑穀関連祖先系統を示し、稲作真子の検出可能な遺伝的痕跡を有さない、狩猟採集民関連系統を維持していました。これらの調査結果から、TYCの雑穀農耕民はイネと関連する農耕を顕著な遺伝的同化なしに採用した、と示唆され、独特な農耕伝統との見解が裏づけられます[111]。さらに、チベット高原の北東部の斜面とヤルンツァンポ川沿いで発見された古代の人口集団は、古代TYC集団との顕著な遺伝的類似性を示さず、これら二つの経路が共有された遺伝的構成に寄与した可能性は高い、と示唆されます(図2)。四川省眉山市の4基の歴史時代の崖に吊るされた墓のゲノムデータも、ANEA農耕民との密接な遺伝的関係を明らかにしました。まとめると、これら古代人の遺伝的データは、現代と古代両方のTYC人口集団やチベット・ビルマ語派話者集団は、中国北部の雑穀農耕人口集団に起源があった、との見解を補強します。
チベット高原におけるヒトの居住の歴史は学際的証拠、とくに考古学と古代DNA研究における最近の進展によって解明されてきました。考古学的記録はチベット高原におけるヒトの存在の長い歴史を示しており、BKC遺跡[28]や尼阿底遺跡や、チュサン遺跡など著名な遺跡があります[100、101]。中国南西部の最古級の古代DNAデータは、ゾングリ遺跡の狩猟採集民に由来し、年代は5100年前頃です[106]。しかし、この時間範囲は遺伝学的証拠のみに基づく、チベット高原の最初の定着の正確な時期の確証には不充分です。さらに、近隣のTYC人口集団からの時間的および空間的両方の範囲にわたる将来の古代DNA標本抽出が、古代チベット高原人口集団とTYCの初期住民との間の遺伝的関係および分岐の解明に必要です。
◎アジア東部人口集団における古代の生物学的適応
●ヒトの疾患の遺伝的起源に対する古代DNAの影響
ヒトの疾患と複雑な形質の進化的決定因子は、チベット高原の極限環境や病原体曝露(たとえば、中国南部のマラリア)や先史時代の生計戦略における変化を含めて、多様な要因によって形成されてきました。これらの決定因子はこれまで、ゲノム差異のパターンに基づく高度な統計的および計算的技術によって推測されてきました。包括的な゜時空間的網羅率のある古代の遺伝学的分析は、ヒトの疾患感受性の根底にある以前には公開されていなかった人口動態への直接的な知見を提供し、適応的痕跡進化的基盤を解明して、疾患が現代の環境で現れる理由を示唆してきました[114、117]。古代DNAからは、過去の環境における有益な多様体が現代人の健康および疾患感受性にどのように影響してきたのか、解明し、進化的原理を疾患危険性予測および処置に適用することによって、進化医療学への貴重な知見が得られてきました。
祖先の遺伝子流動は、現代と古代のヨーロッパ人における多発性硬化症(MS)のあり得る遺伝的起源に焦点を当てた最近の遺伝学的研究で指摘されているように[114]、健康と関連する形質の進化がどのように形成されてきたのか、明らかにするために調べられてきました。ヒトの疾患についての古代DNA研究のもう一つの有望な側面は、倹約遺伝子仮説や衛生仮説や拮抗的多面発現仮説など進化的仮説を検証するための、時空間的な枠組みを含んでいます。古代DNAの時系列的性質の利用によって、過去の適応の遺伝的軌跡をたどり、疾患耐性や食事耐性や気候侵襲要因への適応など、異なる環境圧下での生存に重要な変化を特定できます。先行研究は、セリアック病やB型血液疾患や結核の危険性や関節リウマチや選択と関連する31点の他の古代DNAで検証された疾患形質など、多数のゲノム規模の有意な兆候と強い方向性選択の痕跡を報告しました。大規模な古代DNA研究も、数十もの複雑なヒトの形質と疾患を再形成した、複雑な方向性選択を明らかにしました。そうした調査は複雑な健康状態(糖尿病や心血管系疾患や癌)の理解に有益で、そうした疾患には祖先の遺伝子流動により引き起こされた進化的構成要素があるかもしれません。
古代の人口集団の遺伝的遺産古代DNAによってより性格に特徴づけられてきており、祖先の遺伝子流動が現代時価の遺伝子プールの複雑な疾患形質の遺伝的構造をどのように形成してきたのか、示唆しています。先行研究は、ヨーロッパの古代人と現代人の組み合わせたゲノム混合モデル化を用いて、コレステロール値への在来の狩猟採集民とヤムナヤ草原地帯の祖先系統の異なる影響など、人体計測的な形質や色素沈着形質や代謝形質のさまざまな有効規模に寄与した、異なる古代のヨーロッパの祖先供給源を解明しました。さらに、初期現生人類もしくはネアンデルタール人を含めて、古代のヒトの移動期に伝播した遺伝子が、疾患感受性および耐性の遺伝的基盤を解明しました[6]。たとえば、ネアンデルタール人のDNAの役割は、感染症への対処に必要な免疫系応答と関連づけられてきました。
完新世の数千年間にわたる農業革命と関連する遺伝的変化は、とくに免疫関連の宿主と病原体や共進化や慢性疾患や老化や代謝疾患との関連について、古代DNAで報告されてきました。これらの調査結果から、疾患危険性と関連する遺伝的多様体は、古代の廟検体が現代の疾患感受性にも影響を及ぼし続けているので、進化してきた、と示唆されます。これらの多様体の調査によって、進化医療は現在の健康と疾患に影響を及ぼす経路を特定できます。先行研究は最近、完新世の宿主と病原体の相互作用の景観が、炎症性疾患への感受性にも影響を及ぼした、感染症増加への遺伝的適応を明らかにした、と報告しました。
ヒトの進化と健康への影響のより包括的な状況も、現代人のゲノムデータとの古代DNAの統合によって促進されました。古代の人口集団に、ヒトの疾患に耐性をもたらした免疫関連多様体があると分かれば、類似の多様体を有する現代人集団との比較は、これらの形質が現在の疾患の結果にどのように影響を及ぼすのか、解明できます。この手法は、精密医療や遺伝的相談に情報を提供できます。先行研究[114]は現代の南北のヨーロッパ人における多発性硬化症の危険性をも古代のヒトの移動および混合年代と組み合わせました。多発性硬化症の遺伝的危険性増加と草原地帯牧畜民人口集団の祖先系統との間で、強い関連が観察されました[114]。しかし、ヨーロッパの現代人と古代人のゲノムの最近の大規模分析から、ヨーロッパ北部における多発性硬化症危険性の増加は、6000~2000年前頃の間にHLA-DRB1*15:01の正の選択が18%まで増加したにも関わらず、草原地帯牧畜民による選択が原因ではなかった、と示唆されています。
●古代DNAのレンズによるアジア東部人における進化的軌跡の再構築
アジア東部の古代DNA情報源も、現在健康に影響を及ぼしている形質の進化史解明の独特な機会を提供し、予防戦略や個別医療や遺伝的傾向の理解における発展をもたらすかもしれません[114、117]。祖先の遺伝子流動によりもたらされた豊富な説明は、古代DNAに由来する知見と組み合わされて、健康と疾患の遺伝的基盤の知識を深めます。中国の古代DNAの限られた利用可能性は、アジア東部人関連の形質の進化的決定因子の体系的な調査を妨げます(図5および図6)。以下は本論文の図5です。
先行研究[72]は、天山山脈人口集団の祖先系統における変化から生じた表現型の影響を調べ、天山山脈の西部および北部の個体群、とくに後期青銅器時代~鉄器時代の個体群におけるより明るい髪の色素沈着と皮膚の色合いの出現を確証しましたるさらに、青い色の目のアレルが鉄器時代のこれらの地域には存在しました。注目すべきことに、歴史時代の5点の標本はすべてより濃い色の目と髪の色素沈着を示しており、アジアの東部と南部と中央部からの祖先系統増加の期間を反えしています[72]。以下は本論文の図6です。
より太い毛管と関連する形質を制御するEDAR V370A遺伝的多様体のアジア東部固有の進化的軌跡をより深く理解するために、先行研究[41]はアムール川流域の25個体のゲノム規模データを分析し、以前に刊行された田園洞個体のデータで保管されました。このデータセットはLGMの前後の期間(40000~6000年前頃)にまたがっており、貴重な知見を提供します(図5)。その研究[41]では、V370Aの変異はLGM後のすべてのアジア東部古代人に存在する、と明らかになり、その優勢はLGMの間かその直後に現れた、と示唆されます(図5)。別の研究[43]では、OCA2-HiS615Arg(rs1800414)多様体の出現が中国南部の沿岸地域の初期新石器時代(亮島個体)にさかのぼりました。過去4000年間、この多様体は顕著な頻度の増加を経てきており、ダーウィンの正の選択に起因する可能性が高そうです。この選択の機序は、より高い緯度における相対的により低い紫外線水準への適応として、中国人集団における肌の色合いを明るくすることに寄与してきたかもしれません(図5)[43]。
遺伝子移入は古代型人類【非現生人類ホモ属、絶滅ホモ属】から現代人集団へと遺伝的差異をもたらす可能性があり、これらの多様体は自然選択を受けたかもしれません。この過程は、表現型の差異と適応的形質への貴重な知見を提供します[120]。高い標高への適応と関連するEPAS1遺伝子は、5100年前頃のチベット高原の1個体と最近刊行された大地湾遺跡集団で特定されており[47、106]、その頻度は過去2800年間に増加しました(図6)。さらに、先行研究[121]では、36の中国人集団の汎ゲノムデータに基づいて、古代型由来のアレルの中国人固有の遺伝子移入はさまざまな機能的形質と関連しており、それには角質化や紫外線応答やDNA修復や免疫系機能や寿命を含めてさまざまな機能的形質と関連していた、と報告されました。現在の人口集団の大規模なゲノムデータセットからも、アルコール代謝関連のADH/ALDHや農耕の食性関連のMTHFRなど、アジア東部人固有の適応的形質の進化的軌跡は、古代DNAの証拠によるさらなる調査を必要としている、と示唆されています。ヒト視野における表現型の変化と関連する遺伝的多様体の時空間的追跡は、遺伝的多様性の先史時代のパターンに貴重な知見を提供し、自然選択が生物学的適応の時期にどのように影響を及ぼすのか、浮き彫りにします。しかし、中国の古代DNAデータの限られた利用可能性のため、適応的多様体の出現と選択や複雑な形質の詳細な進化的軌跡の正確な時期は、依然として不正確です。古代DNAデータの利用可能性が増加するにつれて、より正確な時間的推定とより高解像度の時空間的追跡が期待されます[43]。
◎課題と将来の方向性
●複雑なヒトの形質の遺伝的構造の進化的基盤
古代ゲノムデータは、ヒトの健康と疾患の局所的な適応および遺伝的基盤への重要な知見を提供します。この過程の顕著な事例は、COVID-19重症化の感受性増加と関連している、ネアンデルタール人からの遺伝的危険因子の特定です[123]。新石器時代後のヨーロッパにおける自然選択の痕跡から、疾患病原体への遺伝的適応は免疫関連遺伝子を再形成し、炎症性疾患の危険性を増加させる、と示唆されています。先行研究では、オオムギ農耕民と草原地帯牧畜民と在来のヨーロッパ狩猟採集民の祖先構成要素が、現代ヨーロッパ人で観察される複雑な形質の多様性に寄与した、と報告されました。中国における最近の古代DNA研究は、局所的な適応の進化的軌跡の理解を深め、チベット高原における極限環境と関連しているEPAS1[106]や、中国の中原地域における形態学的形質に影響を及ぼす、よく記録されているEDAR V370A[41]などの遺伝子標識を浮き彫りにします。さらに、遺伝学的証拠は天山山脈地域の古代の人口集団における色素沈着形質への東方へ移動してきたユーラシア西部人の影響を示唆しています[72]。しかし、中国の利用可能な古代DNAデータは時間的範囲と空間的範囲の両方で依然として限られており、進化的時間でのヒトの健康と疾患に関する遺伝的基盤の完全な調査を妨げています。堆積物DNA分析や古プロテオミクスや同位体研究や微生物叢研究やエピジェネティック鑑定などの新たの手法の出現は、古代DNA分析用の高度な生物情報学手法と組み合わされて、ヒトの進化に関する祖先の健康と遺伝的影響の理解を深める、と期待されます。古代人遺骸もしくは堆積物標本についてのオーミックス研究では、古代人と現代人両方の進化や真正細菌との共進化への新たな知見が得られるかもしれません。
●高品質な人口集団固有の古代ゲノムデータベースおよびハプロタイプ参照パネル
化石化した遺骸もしくはヒト遺骸かにのDNA抽出および配列決定を含めて古代DNA技術の古代DNA位相化および補完との統合は、依然としてさらなる確信の必要な分野です[114]。しかし、古代ゲノムからの正確な遺伝子型呼び出しは低網羅率のため依然として限られており、それはおもに死後のDNA分解と汚染に起因します。結果として、人口集団固有の、祖先系統固有の現代人集団に由来する高品質なハプロタイプ参照パネルでのゲノム補完は、低網羅率の古代DNAについてさえ、遺伝子型の制度を向上させる信頼できる手法として浮上してきました。古代DNAデータの急速な拡大から、より多くの祖先系統が多様で時空間的に異なる古代ゲノムはすぐに利用可能になる、と示唆されます。これは、アジア東部人口集団の人口集団固有のハプロタイプ参照パネルを開発し、補完実施要綱の広く受け入れられる基準を確立する、早急な必要性を強調します。さらに、ほとんどの古代DNA研究は現時点で、ハプロタイプデータに由来する微細な人口構造ではなく、SNPに基づくアレル共有パターンに焦点を当てています。この間隙に取り組む古代DNA分析のためには、模擬実験に基づく基準の定義と、人口集団固有のハプロタイプ参照パネルやハプロタイプに基づく位相化や補完ソフトウェアやデータベースの開発が不可欠です。
●学際的協同と先住民の関与の必要性
古代DNA研究において均衡のとれた説明を展開するためには、学際的協同と効果的な意思疎通が重要です[131]。考古学者と遺伝学者と人類学者と動植物の専門家の関与は、古代DNA研究を大きく新加点させてきました。農耕中心地およびその周辺地域内における古代の栽培化された植物と家畜化された動物の起源と適応への最近の知見を、生物学的適応とともに統合することによって、ヒトの移動と生物学的進化の複雑な動態のより深い理解を得ることができます。一方で、古代DNAと法医学研究の両方における一つの重要な課題は、分解した標本からのDNA特性の抽出です。先行研究は、低網羅率のNGSデータの分析と関連する計算ワークフローを浮き彫りにし、古代DNAと法医学両方の研究の進歩に重要な、分析の各過程における限界と判断過程に取り組みます。法医学遺伝学は断片化した証拠から回収されたDNAを特定の個人と結びつけることに焦点を当てており、DNA鑑定を表現型や遺伝的祖先系統や家族とのつながりとともに調査範囲を絞り込みます。対照的に、古代DNA研究は古代の遺骸からのDNAを用いて、捕獲配列決定で取得することが多く、先史時代の人口統計学的相互作用を調べ[53、72、111]、移動仮説を検証し[54、66、76]、古代と現代の人口集団間の遺伝的関係を調べます[1、41、42、50、106]。これらの多様な応用を考慮すると、古代DNAと法医学遺伝学の両方において、実用的妥当性を確保するために、中国人集団に関する研究を広範に検証することが重要です。さらに、遺伝学とゲノミクスと考古学と民族学と言語学の知識の統合が、古代DNA研究の深さと包括性を高めるのに必要です。
●古代社会の発展と家系図の詳細な再構築
古代DNAにおける最近の進展は、文化的移行と複雑な社会組織の理解に革命をもたらしてきました[131]。先史時代社会における家族構造の生物学的側面は、古代DNA研究でより正確な知見を得てきました[135]。いくつかの重要な古代DNA研究は共同埋葬における遺伝的近縁性を調べて、複雑な社会構造と過去のヒト社会のさまざまな要因に光を当ててきました。これらの研究は旧石器時代狩猟採集民の社会的および繁殖行動に関する重要な情報を明らかにしてきており、それは、新石器時代アナトリア半島人口集団における多様な親族関係構造や、青銅器時代遊牧民の家系や結婚や居住慣行です[135~137]。傅家遺跡と八里岡遺跡における2点の古代DNA研究の最近の調査結果は、母系と父系の共同体が新石器時代の黄河流域および長江流域の人口集団における社会組織にどのように寄与したのか、調べ始めました[62、138]。古代アジア東部の社会組織の包括的な特性を構築するためには、アジア東部の人口統計学的歴史の完全な景観と影響したかもしれない要因の再構築に役立つ、異なる歴史時代の文化的伝統や結婚慣行や埋葬慣行からの知見が不可欠です。
◎まとめ
本論文は、それぞれANA祖先系統と広西祖先系統と福建祖先系統と雲南祖先系統を表す、AR19Kや隆林洞窟個体や奇和洞個体や蒙自人など、深く分岐したアジア東部の狩猟採集民祖先系統の人口史を体系的に要約します。本論文は、完新世ユーラシア東部の人口動態、とくに雑穀農耕民と稲作農耕民と牧畜民の間の包括的な概要も提供し、複雑な移動と混合がアジア東部の現代人と古代人のゲノム多様性を形成してきた、と示唆します。中原、とくに黄河流域は、シナ・チベット語族および初期農耕中心地の起源と考えられており、その狩猟採集民もしくは耕作民は、長江流域の稲作農耕民と共同して、他のアジア東部地域の人口集団の主要な祖先系統に寄与しました。高温湿潤環境、とくに中国南部の長江上中流域稲作農耕民における古代DNAの保存と関連する課題は、重要な時空間的配列の回収を妨げてきました。地理的に異なる完新世アジア東部人口集団からのゲノム情報源の相対的な不足は、高品質で高網羅率で時空間的に分離したゲノムデータベースの必要性を強調します。そうしたデータベースは、旧石器時代の狩猟採集民や新石器時代の農耕民や青銅器時代の牧畜民や現在のアジア東部人口集団における、ヒトの疾患と生物学的適応の進化的起源に関する理解を深めるでしょう。アジア東部の古代DNA研究における最近の進展は、ユーラシア大陸東部におけるヒトの進化史の見解を洗練してきましたが、古代DNAデータにおける時空間的空白は稲作農耕民および雑穀農耕民とその祖先および子孫の遺伝的特性の完全な理解を妨げ続けています。アジア東部人口集団の起源と進化的軌跡の解明のためには、時空間的に高い網羅率からの堅牢なゲノム記録が依然として不可欠です。
◎資料と手法
手法の詳細な情報は追加ファイル1に提示されています。AADRの古代ゲノム情報源は、最近報告された多様なアジア東部人口集団の現代人および古代人の古代DNAと統合され、929個体の最終的なデータセットが得られました[3、26、42も43、50、53、106、111]。連鎖不平衡除去済SNPでADMIXTURE分析が実行され、ADMIXTURE第1.3.0版で祖先構成要素が推測されて、K=6で主要な4供給源が特定され、地理的に異なる集団が区別されました。EIGENSOFTソフトに実装されたsmartpca演算法でのPCAは古代と現代の人口集団をクラスタ化し(まとめて)、アジア東部全域の遺伝的下部構造を明らかにします。古代の個体群由来のBAMファイルが処理されて、死後DNA損傷が評価され[41~43、50、53~56、58、61、64、72、76、84、85、92、104、106、109、111、145~148]、人口集団固有の参照パネルを用いてGLIMPSE2で遺伝子型補完が実行されました。厳格な品質管理によって高解像度のゲノム解析が保証され、アジア東部の人口史への知見が深まりました。
参考文献:
He G. et al.(2025): Ancient genomes give insight into 160,000 years of East Asian population dynamics and biological adaptation. Genome Biology, 26, 420.
https://doi.org/10.1186/s13059-025-03859-1
[1]Liu Y. et al.(2021): Insights into human history from the first decade of ancient human genomics. Science, 373, 6562, 1479–1484.
https://doi.org/10.1126/science.abi8202
関連記事
[2]He G. et al.(2024): Population genomics of Central Asian peoples unveil ancient Trans-Eurasian genetic admixture and cultural exchanges. hLife, 2, 11, 554–562.
https://doi.org/10.1016/j.hlife.2024.06.006
関連記事
[3]Bergström A. et al.(2020): Insights into human genetic variation and population history from 929 diverse genomes. Science, 367, 6484, eaay5012.
https://doi.org/10.1126/science.aay5012
関連記事
[6]Zeberg H, Jakobsson M, and Pääbo S.(2024): The genetic changes that shaped Neandertals, Denisovans, and modern humans. Cell, 187, 5, 1047–1058.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2023.12.029
関連記事
[9]Reich D. et al.(2010): Genetic history of an archaic hominin group from Denisova Cave in Siberia. Nature, 468, 7327, 1053-1060.
https://doi.org/10.1038/nature09710
関連記事
[10]Green RE. et al.(2010): A Draft Sequence of the Neandertal Genome. Science, 328, 5979, 710-722.
https://doi.org/10.1126/science.1188021
関連記事
[11]Prüfer K. et al.(2017): A high-coverage Neandertal genome from Vindija Cave in Croatia. Science, 358, 6363, 655–658.
https://doi.org/10.1126/science.aao1887
関連記事
[12]Mafessoni F. et al.(2020): A high-coverage Neandertal genome from Chagyrskaya Cave. PNAS, 117, 26, 15132–15136.
https://doi.org/10.1073/pnas.2004944117
関連記事
[13]Prüfer K. et al.(2014): The complete genome sequence of a Neanderthal from the Altai Mountains. Nature, 505, 7481, 43–49.
https://doi.org/10.1038/nature12886
関連記事
[14]Larena M. et al.(2021): Philippine Ayta possess the highest level of Denisovan ancestry in the world. Current Biology, 31, 19, 4219–4230.E19.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.07.022
関連記事
[15]Choin J. et al.(2021): Genomic insights into population history and biological adaptation in Oceania. Nature, 592, 7855, 583–589.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03236-5
関連記事
[16]Stoneking M. et al.(2023): Genomic perspectives on human dispersals during the Holocene. PNAS, 120, 4, e2209475119.
https://doi.org/10.1073/pnas.2209475119
関連記事
[17]Damgaard PB. et al.(2018): The first horse herders and the impact of early Bronze Age steppe expansions into Asia. Science, 360, 6396, eaar7711.
https://doi.org/10.1126/science.aar7711
関連記事
[18]Sikora M. et al.(2019): The population history of northeastern Siberia since the Pleistocene. Nature, 570, 7760, 182–188.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1279-z
関連記事
[19]Raghavan M. et al.(2015): Genomic evidence for the Pleistocene and recent population history of Native Americans. Science, 349, 6250, aab3884.
https://doi.org/10.1126/science.aab3884
関連記事
[26]Mallick S. et al.(2024): The Allen Ancient DNA Resource (AADR) a curated compendium of ancient human genomes. Scientific Data, 11, 182.
https://doi.org/10.1038/s41597-024-03031-7
関連記事
[27]Chen F. et al.(2019): A late Middle Pleistocene Denisovan mandible from the Tibetan Plateau. Nature, 569, 7756, 409–412.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1139-x
関連記事
[28]Zhang D. et al.(2020): Denisovan DNA in Late Pleistocene sediments from Baishiya Karst Cave on the Tibetan Plateau. Science, 370, 6516, 584–587.
https://doi.org/10.1126/science.abb6320
関連記事
[29]Fu Q. et al.(2025): The proteome of the late Middle Pleistocene Harbin individual. Science, 389, 6761, 704–707.
https://doi.org/10.1126/science.adu9677
関連記事
[30]Fu Q. et al.(2025): Denisovan mitochondrial DNA from dental calculus of the >146,000-year-old Harbin cranium. Cell, 188, 15, 3919–3926.E9.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.05.040
関連記事
[32]Zhang X. et al.(2021): The history and evolution of the Denisovan-EPAS1 haplotype in Tibetans. PNAS, 118, 22, e2020803118.
https://doi.org/10.1073/pnas.2020803118
関連記事
[33]Huerta-Sánchez E. et al.(2014): Altitude adaptation in Tibetans caused by introgression of Denisovan-like DNA. Nature, 512, 7513, 194–197.
https://doi.org/10.1038/nature13408
関連記事
[34]Feng X. et al.(2025): The phylogenetic position of the Yunxian cranium elucidates the origin of Homo longi and the Denisovans. Science, 389, 6767, 1320–1324.
https://doi.org/10.1126/science.ado9202
関連記事
[35]Fu Q. et al.(2016): The genetic history of Ice Age Europe. Nature, 534, 7606, 200–205.
https://doi.org/10.1038/nature17993
関連記事
[36]Shang H. et al.(2007): An early modern human from Tianyuan Cave, Zhoukoudian, China. PNAS, 104, 16, 6573–6578.
https://doi.org/10.1073/pnas.0702169104
関連記事
[37]Kuhlwilm M. et al.(2016): Ancient gene flow from early modern humans into Eastern Neanderthals. Nature, 530, 7591, 429–433.
https://doi.org/10.1038/nature16544
関連記事
[39]Yang MA. et al.(2017): 40,000-Year-Old Individual from Asia Provides Insight into Early Population Structure in Eurasia. Current Biology, 27, 20, 3202–3208.E19.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2017.09.030
関連記事
[40]Raghavan M. et al.(2014): Upper Palaeolithic Siberian genome reveals dual ancestry of Native Americans. Nature, 505, 7481, 87–91.
https://doi.org/10.1038/nature12736
関連記事
[41]Mao X. et al.(2021): The deep population history of northern East Asia from the Late Pleistocene to the Holocene. Cell, 184, 12, 3256–3266.E13.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.04.040
関連記事
[42]Wang T. et al.(2021): Human population history at the crossroads of East and Southeast Asia since 11,000 years ago. Cell, 184, 14, 3829–3841.E21.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.05.018
関連記事
[43]Zhang X. et al.(2022): A Late Pleistocene human genome from Southwest China. Current Biology, 32, 14, 3095–3109.E5.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.06.016
関連記事
[44]Lipson M. et al.(2018): Ancient genomes document multiple waves of migration in Southeast Asian prehistory. Science, 361, 6397, 92–95.
https://doi.org/10.1126/science.aat3188
関連記事
[47]Xiong J. et al.(2025): The genomic history of East Asian Middle Neolithic millet- and rice-agricultural populations. Cell Genomics, 5, 10, 100976.
https://doi.org/10.1016/j.xgen.2025.100976
関連記事
[48]Wang T. et al.(2025): Prehistoric genomes from Yunnan reveal ancestry related to Tibetans and Austroasiatic speakers. Science, 388, 6750, eadq9792.
https://doi.org/10.1126/science.adq9792
関連記事
[49]Zhang M. et al.(2019): Phylogenetic evidence for Sino-Tibetan origin in northern China in the Late Neolithic. Nature, 569, 7754, 112–115.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1153-z
関連記事
[50]Wang CC. et al.(2021): Genomic insights into the formation of human populations in East Asia. Nature, 591, 7850, 413–419.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03336-2
関連記事
[51]Sagart L. et al.(2019): Dated language phylogenies shed light on the ancestry of Sino-Tibetan. PNAS, 116, 21, 10317–10322.
https://doi.org/10.1073/pnas.1817972116
関連記事
[52]Lazaridis I. et al.(2016): Genomic insights into the origin of farming in the ancient Near East. Nature, 536, 7617, 419–424.
https://doi.org/10.1038/nature19310
関連記事
[53]Ning C. et al.(2020): Ancient genomes from northern China suggest links between subsistence changes and human migration. Nature Communications, 11, 2700.
https://doi.org/10.1038/s41467-020-16557-2
関連記事
[54]Yang MA. et al.(2020): Ancient DNA indicates human population shifts and admixture in northern and southern China. Science, 369, 6501, 282–288.
https://doi.org/10.1126/science.aba0909
関連記事
[55]Du P. et al.(2024): Genomic dynamics of the Lower Yellow River Valley since the Early Neolithic. Current Biology, 34, 17, 3996–4006.E11.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.07.063
関連記事
[56]Li S. et al.(2024): Ancient genomic time transect unravels the population dynamics of Neolithic middle Yellow River farmers. Science Bulletin, 69, 21, 3365-3370.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.09.002
関連記事
[57]Ma H. et al.(2025): Ancient genomes shed light on the long-term genetic stability in the Central Plain of China. Science Bulletin, 70, 3, 333-337.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.07.024
関連記事
[58]Wang F. et al.(2024): Neolithization of Dawenkou culture in the lower Yellow River involved the demic diffusion from the Central Plain. Science Bulletin, 69, 23, 3677-3681.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.08.016
関連記事
[60]He G et al.(2021): Peopling History of the Tibetan Plateau and Multiple Waves of Admixture of Tibetans Inferred From Both Ancient and Modern Genome-Wide Data. Frontiers in Genetics, 12, 725243.
https://doi.org/10.3389/fgene.2021.725243
関連記事
[61]Xiong J. et al.(2024): Inferring the demographic history of Hexi Corridor over the past two millennia from ancient genomes. Science Bulletin, 69, 5, 606-611.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2023.12.031
関連記事
[62]Yang T. et al.(2025): Ancient DNA reveals the population interactions and a Neolithic patrilineal community in Northern Yangtze Region. Nature Communications, 16, 8728.
https://doi.org/10.1038/s41467-025-63743-1
関連記事
[63]Matsumura H. et al.(2019): Craniometrics Reveal “Two Layers” of Prehistoric Human Dispersal in Eastern Eurasia. Scientific Reports, 9, 1451.
https://doi.org/10.1038/s41598-018-35426-z
関連記事
[64]Zhang F. et al.(2024): Ancient genomes provide insights into the genetic history in the historical era of southwest China. Archaeological and Anthropological Sciences, 16, 120.
https://doi.org/10.1007/s12520-024-02036-y
関連記事
[65]Zhu K. et al.(2024): The demic diffusion of Han culture into the Yunnan-Guizhou plateau inferred from ancient genomes. National Science Review, 11, 12, nwae387.
https://doi.org/10.1093/nsr/nwae387
関連記事
[66]Robbeets M. et al.(2021): Triangulation supports agricultural spread of the Transeurasian languages. Nature, 599, 7886, 616–621.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-04108-8
関連記事
[67]Zou Y. et al.(2025): Ancient genomes from the Yellow River Bend reveal long-distance population interactions between the Central Plains, Steppe, and southern China. Cell Reports, 44, 8, 116034.
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2025.116034
関連記事
[68]McColl H. et al.(2018): The prehistoric peopling of Southeast Asia. Science, 361, 6397, 88–92.
https://doi.org/10.1126/science.aat3628
関連記事
[69]Allentoft ME. et al.(2015): Population genomics of Bronze Age Eurasia. Nature, 522, 7555, 167–172.
https://doi.org/10.1038/nature14507
関連記事
[72]Kumar V. et al.(2022): Bronze and Iron Age population movements underlie Xinjiang population history. Science, 376, 6568, 62–69.
https://doi.org/10.1126/science.abk1534
関連記事
[73]Damgaard PB. et al.(2018): 137 ancient human genomes from across the Eurasian steppes. Nature, 557, 7705, 369–374.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0094-2
関連記事
[76]Zhang F. et al.(2021): The genomic origins of the Bronze Age Tarim Basin mummies. Nature, 599, 7884, 256–261.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-04052-7
関連記事
[78]Wang W. et al.(2021): Ancient Xinjiang mitogenomes reveal intense admixture with high genetic diversity. Science Advances, 7, 14, eabd6690.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abd6690
関連記事
[79]Zhang F. et al.(2025): Bronze and Iron Age genomes reveal the integration of diverse ancestries in the Tarim Basin. Current Biology, 35, 15, 3759–3766.E4.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.06.054
関連記事
[81]Jeong C. et al.(2020): A Dynamic 6,000-Year Genetic History of Eurasia’s Eastern Steppe. Cell, 183, 4, 890–904.E29.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.10.015
関連記事
[82]Jeong C. et al.(2018): Bronze Age population dynamics and the rise of dairy pastoralism on the eastern Eurasian steppe. PNAS, 115, 48, E11248–E11255.
https://doi.org/10.1073/pnas.1813608115
関連記事
[83]Cai D. et al.(2023): Ancient DNA sheds light on the origin and migration patterns of the Xianbei confederation. Archaeological and Anthropological Sciences, 15, 194.
https://doi.org/10.1007/s12520-023-01899-x
関連記事
[84]Yang XM. et al.(2023): Ancient genome of Empress Ashina reveals the Northeast Asian origin of Göktürk Khanate. Journal of Systematics and Evolution, 61, 6, 1056–1064.
https://doi.org/10.1111/jse.12938
関連記事
[85]Du P. et al.(2024): Ancient genome of the Chinese Emperor Wu of Northern Zhou. Current Biology, 34, 7, 1587–1595.E5.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.02.059
関連記事
[91]Wang R. et al.(2025): Genetic formation of Neolithic Hongshan people and demic expansion of Hongshan culture inferred from ancient human genomes. Molecular Biology and Evolution, 42, 6, msaf139.
https://doi.org/10.1093/molbev/msaf139
関連記事
[92]Zhu KY. et al.(2024): The genetic diversity in the ancient human population of Upper Xiajiadian culture. Journal of Systematics and Evolution, 62, 4, 785–793.
https://doi.org/10.1111/jse.13029
関連記事
[93]Gelabert P. et al.(2022): Northeastern Asian and Jomon-related genetic structure in the Three Kingdoms period of Gimhae, Korea. Current Biology, 32, 15, 3232–3244.E6.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.06.004
関連記事
[94]Cooke NP. et al.(2021): Ancient genomics reveals tripartite origins of Japanese populations. Science Advances, 7, 38, eabh2419.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abh2419
関連記事
[95]Liu J. et al.(2025): East Asian Gene flow bridged by northern coastal populations over past 6000 years. Nature Communications, 16, 1322.
https://doi.org/10.1038/s41467-025-56555-w
関連記事
[96]Cooke NP. et al.(2024): Genomic imputation of ancient Asian populations contrasts local adaptation in pre- and post-agricultural Japan. iScience, 27, 6, 110050.
https://doi.org/10.1016/j.isci.2024.110050
関連記事
[99]Zhang XL. et al.(2018): The earliest human occupation of the high-altitude Tibetan Plateau 40 thousand to 30 thousand years ago. Science, 362, 6418, 1049-1051.
https://doi.org/10.1126/science.aat8824
関連記事
[100]Chen F. et al.(2015): Agriculture facilitated permanent human occupation of the Tibetan Plateau after 3600 BP. Science, 347, 6219, 248-250.
https://doi.org/10.1126/science.1259172
関連記事
[101]Meyer MC. et al.(2017): Permanent human occupation of the central Tibetan Plateau in the early Holocene. Science, 355, 6320, 64-67.
https://doi.org/10.1126/science.aag0357
関連記事
[104]Bai F. et al.(2024): Ancient genomes revealed the complex human interactions of the ancient western Tibetans. Current Biology, 34, 12, 2594–2605.E7
https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.04.068
関連記事
[105]Yang X. et al.(2024): Lake-centred sedentary lifestyle of early Tibetan Plateau Indigenous populations at high elevation 4,400 years ago. Nature Ecology & Evolution, 8, 12, 2297–2308.
https://doi.org/10.1038/s41559-024-02539-w
関連記事
[106]Wang H. et al.(2023): Human genetic history on the Tibetan Plateau in the past 5100 years. Science Advances, 9, 11, eadd5582.
https://doi.org/10.1126/sciadv.add5582
関連記事
[107]Liu CC. et al.(2022): Ancient genomes from the Himalayas illuminate the genetic history of Tibetans and their Tibeto-Burman speaking neighbors. Nature Communications, 13, 1203.
https://doi.org/10.1038/s41467-022-28827-2
関連記事
[108]Jeong C. et al.(2016): Long-term genetic stability and a high-altitude East Asian origin for the peoples of the high valleys of the Himalayan arc. PNAS, 113, 27, 7485–7490.
https://doi.org/10.1073/pnas.1520844113
関連記事
[109]Zhu K. et al.(2022): Cultural and demic co-diffusion of Tubo Empire on Tibetan Plateau. iScience, 25, 12, 105636.
https://doi.org/10.1016/j.isci.2022.105636
関連記事
[111]Tao L. et al.(2023): Ancient genomes reveal millet farming-related demic diffusion from the Yellow River into southwest China. Current Biology, 33, 22, 4995–5002.E7.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.09.055
関連記事
[114]Barrie W. et al.(2024): Elevated genetic risk for multiple sclerosis emerged in steppe pastoralist populations. Nature, 625, 7994, 321–328.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-06618-z
関連記事
[117]Mathieson I. et al.(2015): Genome-wide patterns of selection in 230 ancient Eurasians. Nature, 528, 7583, 499–503.
https://doi.org/10.1038/nature16152
関連記事
[120]Racimo F. et al.(2017): Signatures of Archaic Adaptive Introgression in Present-Day Human Populations. Molecular Biology and Evolution, 34, 2, 296-317.
https://doi.org/10.1093/molbev/msw216
関連記事
[121]Gao Y. et al.(2023): A pangenome reference of 36 Chinese populations. Nature, 619, 7968, 112–121.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-06173-7
関連記事
[123]Zeberg H, and Pääbo S.(2020): The major genetic risk factor for severe COVID-19 is inherited from Neanderthals. Nature, 587, 7835, 610–612.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-2818-3
関連記事
[131]Wang K. et al.(2025): Ancient DNA reveals reproductive barrier despite shared Avar-period culture. Nature, 638, 8052, 1007–1014.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-08418-5
関連記事
[135]Blöcher J. et al.(2023): Descent, marriage, and residence practices of a 3,800-year-old pastoral community in Central Eurasia. PNAS, 120, 36, e2303574120.
https://doi.org/10.1073/pnas.2303574120
関連記事
[136]Sikora M. et al.(2017): Ancient genomes show social and reproductive behavior of early Upper Paleolithic foragers. Science, 358, 6363, 659–662.
https://doi.org/10.1126/science.aao1807
関連記事
[137]Yaka R. et al.(2021): Variable kinship patterns in Neolithic Anatolia revealed by ancient genomes. Current Biology, 31, 11, 2455–2468.E18.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.03.050
関連記事
[138]Wang J. et al.(2025): Ancient DNA reveals a two-clanned matrilineal community in Neolithic China. Nature, 643, 8074, 1304–1311.
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09103-x
関連記事
[145]Zhao D, Chen Y, Xie G, Ma P, Wen Y, Zhang F, et al. (2023) A multidisciplinary study on the social customs of the Tang Empire in the Medieval Ages. PLoS ONE 18(7): e0288128.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0288128
関連記事
[146]Shen Q. et al.(2025): Ancient genomes illuminate the demographic history of Shandong over the past two millennia. Journal of Genetics and Genomics, 52, 4, 494-501.
https://doi.org/10.1016/j.jgg.2024.07.008
関連記事
[147]Ma H. et al.(2025): Ancient genomes shed light on the long-term genetic stability in the Central Plain of China. Science Bulletin, 70, 3, 333-337.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.07.024
関連記事







この記事へのコメント