河合信和『ネアンデルタール人と現代人』第2刷
文春新書の一冊として、文藝春秋社より1999年9月に刊行されました。第1刷の刊行は1999年8月です。当ブログを始める前に読んでおり、まだ当ブログで取り上げておらず、最近再読した本も今後当ブログに掲載していくことにしましたが、本書もその一環です。本書は現生人類(Homo sapiens)の起源および現生人類とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)との関係を中心に、時空間的に広範な人類進化史を対象としています。時系列の構成にはなっていないので、ある程度は人類進化史を把握している読者が対象なのかもしれません。本書を購入して読んだのは1999年9月と記憶しており、当時は人類進化史に関心を抱き始めてからまだ数年しか経っていませんでしたが、戸惑わずに本書を読み通した記憶があり、人類進化史についてある程度は把握できていたのでしょう。
本書は、人類進化史に関心を抱き始めてから数年の私にとって教科書のようなもので、何度も読みなおしましたから、思い入れはかなり強くあります。本書の刊行から四半世紀以上経過し、本書の見解で修正されるところや、本書では言及されておらず、新たに判明したことも多くあり、この四半世紀での人類進化史研究の飛躍的な進展が、本書を再読することでよく窺えます。本書刊行当時に、著者や人類進化に関わる研究者に現在の知見を伝えたら、さぞや驚くことでしょう。とくに古代ゲノム研究は、過去四半世紀でも、直近の十数年間で飛躍的な発展を遂げました。もちろん、当時の私も現在の知見を伝えられたらさぞ驚くでしょうが、それ以前に、当時の知見では理解が及ばず、混乱するだけかもしれません。
本書刊行後の人類進化史に関する大発見は多数ありますが、本書の刊行からわずかに遅れて公表された大発見は、最初期の人類候補化石の発見でしょう。具体的には、2000年に600万年前頃のオロリン・トゥゲネンシス(Orrorin tugenensis)が、2002年に700万年前頃のサヘラントロプス・チャデンシス(Sahelanthropus tchadensis)が公表されています。そのため本書では、500万年以上前の人類候補の化石は挙げられていません。この2点だけでも、本書刊行後に人類進化史の研究で大きな進展があった、と窺えます。
ネアンデルタール人については、本書刊行の2年前にmtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)の解析結果が公表されており、本書でも最新の知見として取り上げられています。このネアンデルタール人のmtDNA系統が現代人系統とは大きく異なっていたことで、現生人類の起源をめぐってすでに多地域進化説に対して優勢だったアフリカ単一起源説が通説に近い扱いを受けるようになり、本書も現生人類アフリカ単一起源説の方が妥当と一貫して主張しています。当時は、ネアンデルタール人の核ゲノム解析など夢物語にすぎなかったでしょうが、現在では、現生人類とネアンデルタール人との間の複雑な遺伝的混合が明らかになっており(Li et al., 2024)、古代DNA研究は、人類進化史の研究において本書刊行時と現在とで最も発展した分野と言えるでしょう。
このように、本書は現生人類アフリカ単一起源説を前提としていますが、多地域進化説の「巻き返し」につながるかもしれない発見も取り上げています(P112~114)。それは、フローレス島で発見された88万~80万年前頃の石器を報告した研究です。この発見は、ホモ・エレクトス(Homo erectus)集団の航海の可能性を提示し、ホモ・エレクトスがオーストラリアに渡って独自に進化し、現生人類へと進化した、とする多地域進化説を補強するかもしれない、というわけです。本書は、類例が現れるまでこの発見について判断を保留する、と慎重な姿勢を見せていますし、おそらく当時は懐疑的な研究者が少なからずいたのでしょう。
ところが、2004年にフローレス島で発見された後期更新世人類が報告され、新種ホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)と命名され(Morwood et al.,2008)、さらにフローレス島では、70万年前頃のホモ・フロレシエンシスと類似した人類遺骸(Kaifu et al., 2024)や、100万年前頃の石器(Brumm et al., 2010)が発見され、ホモ・フロレシエンシスの有力な起源地候補であるスラウェシ島でも、100万年以上前の石器が発見されました(Hakim et al., 2025)。私は本書を読む前の時点で、すでに現生人類アフリカ単一起源説を支持しており、本書を読んでさらに強く支持するようになったこともあり、フローレス島で発見された88万~80万年前頃の石器については、強く印象に残ったものの、ずっと懐疑的でした。
しかし、強く印象に残っていたため、2004年10月28日早朝に、朝日新聞のサイトでホモ・フロレシエンシスの発見を伝える記事を読んだ時には、すぐに本書で取り上げられたフローレス島の88万~80万年前頃の石器を想起し、この石器の年代も本当なのだろう、と思った記憶が強く残っています。人類進化史に関心を抱き始めてから30年ほど経過しましたが、人類進化史に関する研究で最も強い衝撃を受けたのがホモ・フロレシエンシスの発見でした。それまで、日本史の古代~中世への移行期と、中世~近世の移行期にも古人類学と同じくらい強い関心を抱いていましたが、ホモ・フロレシエンシス発見の報道以降は、古人類学への関心がずっと強くなり、現在に至っています。本書を再読して改めて、今後、古人類学よりも歴史学の方に強い関心を抱くことはないだろう、と思った次第です。
参考文献:
Brumm A. et al.(2010): Hominins on Flores, Indonesia, by one million years ago. Nature, 464, 7289, 748-752.
https://doi.org/10.1038/nature08844
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Kaifu Y. et al.(2024): Early evolution of small body size in Homo floresiensis. Nature Communications, 15, 6381.
https://doi.org/10.1038/s41467-024-50649-7
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Li L. et al.(2024): Recurrent gene flow between Neanderthals and modern humans over the past 200,000 years. Science, 385, 6705, eadi1768.
https://doi.org/10.1126/science.adi1768
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Morwood M, and Oosterzee PV.著(2008)、馬場悠男監訳、仲村明子翻訳『ホモ・フロレシエンシス』上(日本放送出版協会、原書の刊行は2007年)
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Hakim C. et al.(2025): Hominins on Sulawesi during the Early Pleistocene. Nature, 646, 8084, 378–383.
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09348-6
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河合信和(1999)『ネアンデルタール人と現代人』第2刷(文藝春秋社、第1刷の刊行は1999年)
本書は、人類進化史に関心を抱き始めてから数年の私にとって教科書のようなもので、何度も読みなおしましたから、思い入れはかなり強くあります。本書の刊行から四半世紀以上経過し、本書の見解で修正されるところや、本書では言及されておらず、新たに判明したことも多くあり、この四半世紀での人類進化史研究の飛躍的な進展が、本書を再読することでよく窺えます。本書刊行当時に、著者や人類進化に関わる研究者に現在の知見を伝えたら、さぞや驚くことでしょう。とくに古代ゲノム研究は、過去四半世紀でも、直近の十数年間で飛躍的な発展を遂げました。もちろん、当時の私も現在の知見を伝えられたらさぞ驚くでしょうが、それ以前に、当時の知見では理解が及ばず、混乱するだけかもしれません。
本書刊行後の人類進化史に関する大発見は多数ありますが、本書の刊行からわずかに遅れて公表された大発見は、最初期の人類候補化石の発見でしょう。具体的には、2000年に600万年前頃のオロリン・トゥゲネンシス(Orrorin tugenensis)が、2002年に700万年前頃のサヘラントロプス・チャデンシス(Sahelanthropus tchadensis)が公表されています。そのため本書では、500万年以上前の人類候補の化石は挙げられていません。この2点だけでも、本書刊行後に人類進化史の研究で大きな進展があった、と窺えます。
ネアンデルタール人については、本書刊行の2年前にmtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)の解析結果が公表されており、本書でも最新の知見として取り上げられています。このネアンデルタール人のmtDNA系統が現代人系統とは大きく異なっていたことで、現生人類の起源をめぐってすでに多地域進化説に対して優勢だったアフリカ単一起源説が通説に近い扱いを受けるようになり、本書も現生人類アフリカ単一起源説の方が妥当と一貫して主張しています。当時は、ネアンデルタール人の核ゲノム解析など夢物語にすぎなかったでしょうが、現在では、現生人類とネアンデルタール人との間の複雑な遺伝的混合が明らかになっており(Li et al., 2024)、古代DNA研究は、人類進化史の研究において本書刊行時と現在とで最も発展した分野と言えるでしょう。
このように、本書は現生人類アフリカ単一起源説を前提としていますが、多地域進化説の「巻き返し」につながるかもしれない発見も取り上げています(P112~114)。それは、フローレス島で発見された88万~80万年前頃の石器を報告した研究です。この発見は、ホモ・エレクトス(Homo erectus)集団の航海の可能性を提示し、ホモ・エレクトスがオーストラリアに渡って独自に進化し、現生人類へと進化した、とする多地域進化説を補強するかもしれない、というわけです。本書は、類例が現れるまでこの発見について判断を保留する、と慎重な姿勢を見せていますし、おそらく当時は懐疑的な研究者が少なからずいたのでしょう。
ところが、2004年にフローレス島で発見された後期更新世人類が報告され、新種ホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)と命名され(Morwood et al.,2008)、さらにフローレス島では、70万年前頃のホモ・フロレシエンシスと類似した人類遺骸(Kaifu et al., 2024)や、100万年前頃の石器(Brumm et al., 2010)が発見され、ホモ・フロレシエンシスの有力な起源地候補であるスラウェシ島でも、100万年以上前の石器が発見されました(Hakim et al., 2025)。私は本書を読む前の時点で、すでに現生人類アフリカ単一起源説を支持しており、本書を読んでさらに強く支持するようになったこともあり、フローレス島で発見された88万~80万年前頃の石器については、強く印象に残ったものの、ずっと懐疑的でした。
しかし、強く印象に残っていたため、2004年10月28日早朝に、朝日新聞のサイトでホモ・フロレシエンシスの発見を伝える記事を読んだ時には、すぐに本書で取り上げられたフローレス島の88万~80万年前頃の石器を想起し、この石器の年代も本当なのだろう、と思った記憶が強く残っています。人類進化史に関心を抱き始めてから30年ほど経過しましたが、人類進化史に関する研究で最も強い衝撃を受けたのがホモ・フロレシエンシスの発見でした。それまで、日本史の古代~中世への移行期と、中世~近世の移行期にも古人類学と同じくらい強い関心を抱いていましたが、ホモ・フロレシエンシス発見の報道以降は、古人類学への関心がずっと強くなり、現在に至っています。本書を再読して改めて、今後、古人類学よりも歴史学の方に強い関心を抱くことはないだろう、と思った次第です。
参考文献:
Brumm A. et al.(2010): Hominins on Flores, Indonesia, by one million years ago. Nature, 464, 7289, 748-752.
https://doi.org/10.1038/nature08844
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Kaifu Y. et al.(2024): Early evolution of small body size in Homo floresiensis. Nature Communications, 15, 6381.
https://doi.org/10.1038/s41467-024-50649-7
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Li L. et al.(2024): Recurrent gene flow between Neanderthals and modern humans over the past 200,000 years. Science, 385, 6705, eadi1768.
https://doi.org/10.1126/science.adi1768
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Morwood M, and Oosterzee PV.著(2008)、馬場悠男監訳、仲村明子翻訳『ホモ・フロレシエンシス』上(日本放送出版協会、原書の刊行は2007年)
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Hakim C. et al.(2025): Hominins on Sulawesi during the Early Pleistocene. Nature, 646, 8084, 378–383.
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09348-6
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河合信和(1999)『ネアンデルタール人と現代人』第2刷(文藝春秋社、第1刷の刊行は1999年)
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