海の民と十字軍と古代ゲノム研究
後期青銅器時代の地中海東部世界の「崩壊」をもたらしたとされる「海の民」についても、当ブログでは考古学や歴史学や遺伝学に関する文献を複数取り上げてきたので、古代ゲノム研究も含めて一度短くまとめ、古代ゲノム研究の意義として、十字軍についても少しだけ言及します。現在では「海の民」と総称されている集団は、当時のエジプトの記録によると、ペレセト人やチェッケル人などと呼ばれる複数の集団で構成されていた、と見えます(Cline., 2018,P13)。「海の民」が混成集団だったことは、考古学と歴史学において通説となっているようです(津本.,2023、本村.,2024)。「海の民」の活動の契機としては、地震に伴う大津波だった可能性も指摘されています(大城.,2012)。
後期青銅器時代の地中海東部世界の「崩壊」とは、具体的にミュケナイやヒッタイトのような「大国」の滅亡やエジプト新王国の「衰退」で、以前にはこうした「崩壊」をもたらしたのは「海の民」と考えられていたわけです。近年では、後期青銅器時代の地中海東部世界の「崩壊」の要因を「海の民」のみとする見解は否定されているようで、複合的な要因が指摘されています(Cline., 2018、Carlin., 2021)。たとえば、単一ではなく一連の災厄が複合的に作用して増幅されていき、緊密につながった「国際社会」が崩壊したとか、一部の変化が制度全体を不安定にした(複雑性理論)とか指摘されています(Cline., 2018)。また、青銅器時代の複雑なつながりの崩壊が、当時の人々にとって悲惨な事態ではなく、ある意味では歓迎された可能性も指摘されています(Carlin., 2021)。
この後期青銅器時代の地中海東部世界の「崩壊」において、「海の民」によって滅亡した、と考えられてきたのがヒッタイトです。ただ、紀元前1200年頃以降、エーゲ海沿岸から東地中海沿岸にかけてミケーネ文化の彩文土器と似ている「ミケーネ3C式土器」が広く出土するようになり、「海の民」の移動により各地へ持ち込まれたと考えられていますが、この彩文土器がアナトリア半島で出土するのはおもに沿岸部で、内陸部ではほとんど出土していません(津本.,2023)。同様に紀元前1200年頃以降、アナトリア半島西部や地中海沿岸にヨーロッパと共通する青銅製の武器や道具が出土するようになりますが、これもアナトリア半島内陸部では出土しておらず、ヒッタイト本国では「海の民」の痕跡が確認できないわけですが、ヒッタイト末期にハットゥッシャ(ボアズキョイ遺跡)など各都市が炎上していることも確認されています(津本.,2023)。これらの考古学的成果も踏まえて今では、ヒッタイト帝国の滅亡に「海の民」が直接的に関わっていたわけではないものの、その活動が契機となり、ヒッタイト帝国を支えていたさまざまな制度は機能不全に陥り、属領の自立や内戦などの連鎖につながって、ヒッタイト帝国は滅亡した、と考えられています(津本.,2023)。また、「海の民」から外洋航海技術を得て、地中海に広く拡散していったのが、後のフェニキア人と考えられています(本村.,2024)。
ヒッタイト滅亡に直接的には関わっていなかったとしても、「海の民」が後期青銅器時代~前期鉄器時代にかけて地中海東部地域に大きな影響を及ぼしたことは間違いなさそうです。「海の民」の起源については、紀元前12世紀のペリシテ人の文化と紀元前13世紀のエーゲ海の文化との類似性が指摘されているため、エーゲ海から到来した、との仮説も提示されています(Feldman et al., 2019)。この見解と整合的とも解釈できるのが、ベイルートの南方約170kmに位置するアシュケロン(Ashkelon)の青銅器時代~鉄器時代10個体のゲノムデータを報告した研究です(Feldman et al., 2019)。この研究では、1000年以上にわたるアシュケロン人類集団の遺伝的連続性が明らかになりましたが、一方で、鉄器時代初期には前後の時代と異なる遺伝的構成が見られます。この違いは、WHG(Western hunter-gatherer、ヨーロッパ西部狩猟採集民)的な遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の割合増加によって示されます。
これについては、WHG関連祖先系統を含む青銅器時代ヨーロッパ南部祖先系統からの遺伝子流動の可能性が指摘されており、ヨーロッパ南部起源の集団が青銅器時代末期か鉄器時代初期にレヴァントへ到来したのではないか、というわけです。しかし、それから2世紀以内の後期鉄器時代には、このWHG関連祖先系統を含むヨーロッパ南部祖先系統系統の痕跡はアシュケロンでは消滅し、再びレヴァント在来集団と近い遺伝的構成となります。つまり、レヴァントの在来集団との混合や、ヨーロッパ南部起源集団からその後は一定以上の人口流入がなかったため、前期~後期鉄器時代にかけてアシュケロンの人類集団のゲノムにおいて青銅器時代ヨーロッパ南部祖先系統が希釈されたのではないか、というわけです。もちろん、青銅器時代~鉄器時代にかけてのアシュケロン人類集団におけるこの遺伝的変容が「海の民」に由来するとは断定できませんし、レヴァントの他地域では「海の民」の影響が検出可能な水準で持続した可能性も考えられますが(Haber et al., 2020)、考古学や歴史学で確認されている事象が古代ゲノム研究でも裏づけられる可能性の一例として、「海の民」は注目されます。
同様に、考古学や歴史学で確認されている事象が古代ゲノム研究でも裏づけられるかもしれない事例は十字軍です。十字軍兵士のゲノムデータを報告した研究(Haber et al., 2019)では、レバノン南部のシドン(Sidon)遺跡の十字軍兵士の埋葬地で発見された9人のゲノムデータが報告されています。この9人は全員男性で、そのうち4人が現代およびローマ時代のレバノンの人々と遺伝的に近縁だった(近東系)のに対して、3人はスペイン人やサルデーニャ島人などヨーロッパ人と近縁で(ヨーロッパ系)、残りの2人は近東系とヨーロッパ系の遺伝的混合と推定されました。これについては、ヨーロッパ系の十字軍と近東系のムスリムが戦った後で同じ墓地に葬られたか、十字軍が近東系集団を軍に組み込んだ可能性が提示されています(Haber et al., 2019)。史料では、十字軍と戦ったのはおもにシリア・イラク・エジプト・トルコ・ベドウィン出身のイスラム教徒で、また地中海東岸のキリスト教徒が十字軍に加わった、とされています。しかし、中世レバノンの人類集団とレバノン現代人集団との間に顕著な遺伝的構成の違いはなく、現代レバノン人への十字軍の遺伝的影響は検出困難なほど低い、と推測されています(Haber et al., 2019)。このレバノンで発見された十字軍兵士は、古代ゲノム研究によって考古学や歴史学からの推測を裏づける事例と言えそうで、日本でも同様の研究が進むことを期待しています。
参考文献:
Carlin D.著(2021)、渡会圭子訳『危機の世界史』(文藝春秋社、原書の刊行は2019年)
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Feldman M. et al.(2019): Ancient DNA sheds light on the genetic origins of early Iron Age Philistines. Science Advances, 5, 7, eaax0061.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aax0061
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Eric H. Cline.著(2018)、安原和見訳『B.C.1177 古代グローバル文明の崩壊』(筑摩書房、原書の刊行は2014年)
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Haber M. et al.(2019): A Transient Pulse of Genetic Admixture from the Crusaders in the Near East Identified from Ancient Genome Sequences. The American Journal of Human Genetics, 104, 5, 977–984.
https://doi.org/10.1016/j.ajhg.2019.03.015
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Haber M. et al.(2020): A Genetic History of the Near East from an aDNA Time Course Sampling Eight Points in the Past 4,000 Years. The American Journal of Human Genetics, 107, 1, 149–157.
https://doi.org/10.1016/j.ajhg.2020.05.008
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大城道則(2012)『古代エジプト文明 世界史の源流』(講談社)
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津本英利(2023)『ヒッタイト帝国 「鉄の王国」の実像』(PHP研究所)
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本村凌二(2024)『地中海世界の歴史1 神々のささやく世界 オリエントの文明』(講談社)
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後期青銅器時代の地中海東部世界の「崩壊」とは、具体的にミュケナイやヒッタイトのような「大国」の滅亡やエジプト新王国の「衰退」で、以前にはこうした「崩壊」をもたらしたのは「海の民」と考えられていたわけです。近年では、後期青銅器時代の地中海東部世界の「崩壊」の要因を「海の民」のみとする見解は否定されているようで、複合的な要因が指摘されています(Cline., 2018、Carlin., 2021)。たとえば、単一ではなく一連の災厄が複合的に作用して増幅されていき、緊密につながった「国際社会」が崩壊したとか、一部の変化が制度全体を不安定にした(複雑性理論)とか指摘されています(Cline., 2018)。また、青銅器時代の複雑なつながりの崩壊が、当時の人々にとって悲惨な事態ではなく、ある意味では歓迎された可能性も指摘されています(Carlin., 2021)。
この後期青銅器時代の地中海東部世界の「崩壊」において、「海の民」によって滅亡した、と考えられてきたのがヒッタイトです。ただ、紀元前1200年頃以降、エーゲ海沿岸から東地中海沿岸にかけてミケーネ文化の彩文土器と似ている「ミケーネ3C式土器」が広く出土するようになり、「海の民」の移動により各地へ持ち込まれたと考えられていますが、この彩文土器がアナトリア半島で出土するのはおもに沿岸部で、内陸部ではほとんど出土していません(津本.,2023)。同様に紀元前1200年頃以降、アナトリア半島西部や地中海沿岸にヨーロッパと共通する青銅製の武器や道具が出土するようになりますが、これもアナトリア半島内陸部では出土しておらず、ヒッタイト本国では「海の民」の痕跡が確認できないわけですが、ヒッタイト末期にハットゥッシャ(ボアズキョイ遺跡)など各都市が炎上していることも確認されています(津本.,2023)。これらの考古学的成果も踏まえて今では、ヒッタイト帝国の滅亡に「海の民」が直接的に関わっていたわけではないものの、その活動が契機となり、ヒッタイト帝国を支えていたさまざまな制度は機能不全に陥り、属領の自立や内戦などの連鎖につながって、ヒッタイト帝国は滅亡した、と考えられています(津本.,2023)。また、「海の民」から外洋航海技術を得て、地中海に広く拡散していったのが、後のフェニキア人と考えられています(本村.,2024)。
ヒッタイト滅亡に直接的には関わっていなかったとしても、「海の民」が後期青銅器時代~前期鉄器時代にかけて地中海東部地域に大きな影響を及ぼしたことは間違いなさそうです。「海の民」の起源については、紀元前12世紀のペリシテ人の文化と紀元前13世紀のエーゲ海の文化との類似性が指摘されているため、エーゲ海から到来した、との仮説も提示されています(Feldman et al., 2019)。この見解と整合的とも解釈できるのが、ベイルートの南方約170kmに位置するアシュケロン(Ashkelon)の青銅器時代~鉄器時代10個体のゲノムデータを報告した研究です(Feldman et al., 2019)。この研究では、1000年以上にわたるアシュケロン人類集団の遺伝的連続性が明らかになりましたが、一方で、鉄器時代初期には前後の時代と異なる遺伝的構成が見られます。この違いは、WHG(Western hunter-gatherer、ヨーロッパ西部狩猟採集民)的な遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の割合増加によって示されます。
これについては、WHG関連祖先系統を含む青銅器時代ヨーロッパ南部祖先系統からの遺伝子流動の可能性が指摘されており、ヨーロッパ南部起源の集団が青銅器時代末期か鉄器時代初期にレヴァントへ到来したのではないか、というわけです。しかし、それから2世紀以内の後期鉄器時代には、このWHG関連祖先系統を含むヨーロッパ南部祖先系統系統の痕跡はアシュケロンでは消滅し、再びレヴァント在来集団と近い遺伝的構成となります。つまり、レヴァントの在来集団との混合や、ヨーロッパ南部起源集団からその後は一定以上の人口流入がなかったため、前期~後期鉄器時代にかけてアシュケロンの人類集団のゲノムにおいて青銅器時代ヨーロッパ南部祖先系統が希釈されたのではないか、というわけです。もちろん、青銅器時代~鉄器時代にかけてのアシュケロン人類集団におけるこの遺伝的変容が「海の民」に由来するとは断定できませんし、レヴァントの他地域では「海の民」の影響が検出可能な水準で持続した可能性も考えられますが(Haber et al., 2020)、考古学や歴史学で確認されている事象が古代ゲノム研究でも裏づけられる可能性の一例として、「海の民」は注目されます。
同様に、考古学や歴史学で確認されている事象が古代ゲノム研究でも裏づけられるかもしれない事例は十字軍です。十字軍兵士のゲノムデータを報告した研究(Haber et al., 2019)では、レバノン南部のシドン(Sidon)遺跡の十字軍兵士の埋葬地で発見された9人のゲノムデータが報告されています。この9人は全員男性で、そのうち4人が現代およびローマ時代のレバノンの人々と遺伝的に近縁だった(近東系)のに対して、3人はスペイン人やサルデーニャ島人などヨーロッパ人と近縁で(ヨーロッパ系)、残りの2人は近東系とヨーロッパ系の遺伝的混合と推定されました。これについては、ヨーロッパ系の十字軍と近東系のムスリムが戦った後で同じ墓地に葬られたか、十字軍が近東系集団を軍に組み込んだ可能性が提示されています(Haber et al., 2019)。史料では、十字軍と戦ったのはおもにシリア・イラク・エジプト・トルコ・ベドウィン出身のイスラム教徒で、また地中海東岸のキリスト教徒が十字軍に加わった、とされています。しかし、中世レバノンの人類集団とレバノン現代人集団との間に顕著な遺伝的構成の違いはなく、現代レバノン人への十字軍の遺伝的影響は検出困難なほど低い、と推測されています(Haber et al., 2019)。このレバノンで発見された十字軍兵士は、古代ゲノム研究によって考古学や歴史学からの推測を裏づける事例と言えそうで、日本でも同様の研究が進むことを期待しています。
参考文献:
Carlin D.著(2021)、渡会圭子訳『危機の世界史』(文藝春秋社、原書の刊行は2019年)
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Feldman M. et al.(2019): Ancient DNA sheds light on the genetic origins of early Iron Age Philistines. Science Advances, 5, 7, eaax0061.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aax0061
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Eric H. Cline.著(2018)、安原和見訳『B.C.1177 古代グローバル文明の崩壊』(筑摩書房、原書の刊行は2014年)
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Haber M. et al.(2019): A Transient Pulse of Genetic Admixture from the Crusaders in the Near East Identified from Ancient Genome Sequences. The American Journal of Human Genetics, 104, 5, 977–984.
https://doi.org/10.1016/j.ajhg.2019.03.015
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Haber M. et al.(2020): A Genetic History of the Near East from an aDNA Time Course Sampling Eight Points in the Past 4,000 Years. The American Journal of Human Genetics, 107, 1, 149–157.
https://doi.org/10.1016/j.ajhg.2020.05.008
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大城道則(2012)『古代エジプト文明 世界史の源流』(講談社)
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津本英利(2023)『ヒッタイト帝国 「鉄の王国」の実像』(PHP研究所)
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本村凌二(2024)『地中海世界の歴史1 神々のささやく世界 オリエントの文明』(講談社)
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