人類進化史概略

 人類進化に関する英語論文を日本語に訳してブログに掲載するだけではなく、これまでに得た知見をまとめ、独自の記事を掲載しよう、と昨年(2024年)後半から考えていますが、最新の研究を追いかけるのが精一杯で、独自の記事をほとんど執筆できておらず、そもそも最新の研究にしてもごく一部しか読めていません。現在の私の知見ではまだ「入力」が足りないことはとても否定できませんが、そう言っていると、一生「入力」だけで終わってしまいますし、時々「出力」というか整理することで、今後の「入力」がより効率的になっていくのではないか、とも思います。そこで、多少なりとも状況を改善しようと考えて思ったのは、ある程度まとまった長い記事を執筆しようとすると、怠惰な性分なので気力が湧かないため、思いつき程度の短い記事でも少しずつ執筆していくことですが、まだわずかしか執筆できておらず、ほとんど状況を改善できていません。この状況から脱するために、今回まず、人類史における画期というか時代区分を意識して、人類進化史の現時点での私見を短く述べることにしました。この記事で提示した各論点について、さらに整理して当ブログに掲載していくつもりですが、怠惰な性分なのでどこまで実行できるのか、自信はまったくありません。


●最初期の人類

 当ブログでは「人類」という用語をずっと使ってきましたが、この用語については、チンパンジー属系統と分岐して以降の、直立二足歩行の現代人の直接的祖先およびその近縁な系統を、漠然と想定してきました。人類進化史について述べていくには、この点をある程度明確に定義する必要があるとは思いますが、現時点の私の知見では漠然と想定した以上の確たる定義はできません。当ブログでは、分類学的にはヒト亜族(Hominina)とほぼ同義のつもりで「人類」を用いてきましたが、これが適切な用法なのか、確信はありません。ただ、現時点の私の知見ではこれ以上の妙案がすぐには思い浮かばないので、少なくとも当面は、ゴリラ属(Gorilla)系統、さらにはその後にチンパンジー属(Pan)系統と分岐して以降の、直立二足歩行の現代人の直接的祖先およびその近縁な系統として、「人類」を用いることにします。

 直立二足歩行の最古級のヒト科(Hominidae、現生のホモ属とチンパンジー属とゴリラ属の系統)候補として、チャドで発見された704万±18万年前頃(Lebatard et al.,2008)のサヘラントロプス・チャデンシス(Sahelanthropus tchadensis)と600万年前頃のオロリン・トゥゲネンシス(Orrorin tugenensis)が指摘されており、一般的にサヘラントロプス属とオロリン属は最古級の人類系統と考えられているように思います(荻原.,2021)。ただ、移動形態と分子生物学的観点からは、サヘラントロプス属とオロリン属を最古級の人類系統と分類するのに慎重であるべきとは思います。

 現生のチンパンジー属とゴリラ属の移動形態はナックル歩行(手を丸めて手の甲の側を地面に当てつつ移動する歩き方)ですが、これについては収斂進化の可能性が指摘されています(Morimoto et al., 2018)。つまり、ゴリラ属の祖先とチンパンジー属および現生人類(Homo sapiens)の共通祖先が分岐したならば、人類系統も当初はナックル歩行だった、と考えるのがより節約的ですが、現生のチンパンジー属とゴリラ属のナックル歩行が収斂進化だとすると、最初期人類の移動形態がナックル歩行だったとは限らないわけです。そのため、ヒト科において二足歩行は地上に下りてからではなく樹上で始まり、人類の二足歩行は新たな環境における旧来の移動方法の延長上にあった、とも指摘されています(DeSilva., 2022)。

 ヒト科において、比率に系統間で差はあっても、四足歩行と二足歩行の併存が一般的だったとすると、中新世のヒト科でやや二足歩行に傾いた人類以外の系統が存在したとしても不思議ではありません。類人猿の完全なゲノム配列を報告した研究(Yoo et al., 2025)では、チンパンジー属系統と現代人系統の分岐が630万~550万年前頃と推定されています。この推定分岐年代は、サヘラントロプス・チャデンシスの推定年代より新しく、オロリン・トゥゲネンシスの推定年代と重なります。チンパンジー属系統と現代人系統の分岐については、分岐してから一定の期間の交雑も想定すると、年代の推定に難しいところもありますが、700万年前頃以降の形態学的に二足歩行が補足されるヒト科化石でも、人類系統とは限らない可能性を今後も想定しておくべきとは思います。

 確実に人類系統と思われる最古級の化石はアルディピテクス属(Ardipithecus)で、多数の化石が見つかっていることから詳細に研究されている440万年前頃のアルディピテクス・ラミダス(Ardipithecus ramidus)の移動形態は確実に二足歩行と考えられているものの、樹上生活に適応的な形質も見られ、それはアルディピテクス属以降に出現したアウストラロピテクス属(Australopithecus)でも同様です(荻原.,2021)。人類系統は、四足歩行を基本としつつ、時には二足歩行で移動するような、ヒト科の祖先的移動形態から二足歩行への比重を高めつつ、アルディピテクス属でもその後のアウストラロピテクス属でも、完全に地上での二足歩行に適応していたわけではなく、樹上生活に適応的な形質も保持していた、と考えられます。


●人類の多様化と地理的拡大と石器の使用

 440万年前頃のアルディピテクス・ラミダス以前の人類系統についてはよく分かりませんが、それ以降は次第に解明されつつあります。420万年前頃以降にはアウストラロピテクス・アナメンシス(Australopithecus anamensis)が確認され、その後には詳細に形態が研究されてきたアウストラロピテクス・アファレンシス(Australopithecus afarensis)が出現します。400万~300万年前頃の人類については、ケニアントロプス・プラティオプス(Kenyanthropus platyops)やアウストラロピテクス・バーレルガザリ(Australopithecus bahrelghazali)やアウストラロピテクス・プロメテウス(Australopithecus prometheus、Granger et al., 2015)やアウストラロピテクス・デイレメダ(Australopithecus deyiremeda、Haile-Selassie et al., 2015)などといった種区分が提唱されており、さらにはアウストラロピテクス・アナメンシスとアウストラロピテクス・アファレンシスが一時的に共存していた可能性も指摘されています(Haile-Selassie et al., 2019)。アルディピテクス・ラミダスと最古級のアウストラロピテクス属との年代の近さからも、アルディピテクス・ラミダスがアウストラロピテクス属の直接的祖先である可能性は低そうですが、アウストラロピテクス属とアルディピテクス・ラミダスの最終共通祖先が500万年前頃に存在した可能性もあるとは思います。

 かつて、400万~300万年前頃の人類は(アウストラロピテクス・アナメンシスとそこから進化した)アウストラロピテクス・アファレンシスだけとも言われていましたが(Gibbons., 2024)、現在でも、これらの400万~300万年前頃の人類化石が、同じ種内の形態的多様性を表している可能性は否定できないように思います。その意味では、400万~300万年前頃の人類はアウストラロピテクス属、さらにはその中の1種(アウストラロピテクス・アファレンシス)のみに分類されるにしても、属の水準で複数の系統が存在していたにしても、まだ多様化が進んでいなかった、とも言えるかもしれませんが、アウストラロピテクス・アファレンシスの一部の化石を除いて、ほぼ断片的な証拠とはいえ、アウストラロピテクス・アファレンシスとの違いを指摘される化石がそれなりに発見されてきたわけですし、今後の発見も考えると、現時点では400万~300万年前頃の人類の多様性が過小評価されている可能性は高いように思います。

 人類の多様化が化石記録において明確に見られるのは、300万年前頃以降です。大きな傾向としては、400万~300万年前頃にはアウストラロピテクス属のみ若しくは類似した系統しか存在していなかったのに対して、300万年前頃以降の人類には、より頑丈な系統であるパラントロプス属(Paranthropus)と、より華奢で脳容量の増加した系統であるホモ属が出現します。パラントロプス属は、アフリカ東部の270万~230万年前頃となるパラントロプス・エチオピクス(Paranthropus aethiopicus)および230万~140万年前頃となるパラントロプス・ボイセイ(Paranthropus boisei)と、アフリカ南部の180万~100万年前頃となるパラントロプス・ロブストス(Paranthropus robustus)の3種に分類されており(Lewin.,2002,P123)、100万年前頃までには絶滅した、と推測されています(河野.,2021)。

 ただ、パラントロプス属がクレード(単系統群)を形成するのか、疑問も呈されており(河野.,2021)、つまりは、アフリカ東部において、先行するアウストラロピテクス属種からパラントロプス・エチオピクスとされる系統が、さらにそこからパラントロプス・ボイセイとされる系統が派生したのに対して、アフリカ南部では、アウストラロピテクス・アフリカヌス(Australopithecus africanus)からパラントロプス・ロブストスとされる系統が進化したのではないか、というわけです。そうだとすると、パラントロプス属という分類は成立せず、パラントロプス属とされる3種はすべてアウストラロピテクス属に分類するのが妥当と思われます。

 こうした300万年前頃以降の人類の多様化の背景には、森林の多い環境から草原の多いより開けた環境への変化(Robinson et al., 2017)というよりも、それ以前と比較しての気候変動の激化が推測されています(Antón et al., 2014、Joannes-Boyau et al., 2019)。気候変動の激化によって環境が不安定になり、さまざまな進化的対応の結果としての多様化だったのではないか、というわけです。ホモ属において脳容量が増加した理由として、個体間競争や集団間競争よりも生態学的課題を重視する見解(González-Forero, and Gardner., 2018)も提示されています。一方で、初期ホモ属の脳容量増加が体格の大型化とある程度は連動していた側面も否定できません(Püschel et al., 2024)。初期ホモ属の体格は多様で、170万年以上前には推定身長152.4cm以上の個体は稀だった、との指摘(Will, and Stock., 2015)もあり、じっさい、推定脳容量の平均について、アウストラロピテクス属が480cm³程度(現生チンパンジー属よりやや大きい程度)、最初期の明確なホモ属である180万~100万年前頃のホモ・エルガスター(Homo ergaster)が760cm³程度、100万年前頃以降の後期ホモ・エレクトス(Homo erectus)が930cm³程度なのに対して(Dunbar.,2016,P135)、200万年前頃の最初期ホモ属の成体時の脳容量は551~668cm³程度と推定されています(Herries et al., 2020)。

 ホモ属がどのように出現したのか、まだはっきりとしませんが、現時点では、ホモ属のような派生的特徴を有する最古の化石は、エチオピアで発見された280万~275万年前頃の左側下顎ですが、アウストラロピテクス属のような祖先的特徴も見られます(Villmoare et al., 2015)。おそらくホモ属は、アウストラロピテクス属的な人類から進化したのでしょう。ただ、南アフリカ共和国で発見されたアウストラロピテクス・セディバ(Australopithecus sediba)にも、ホモ属のような派生的特徴とウストラロピテクス属のような祖先的特徴が混在しており(河野.,2021)、ホモ属の出現が280万年前頃までさかのぼる、と直ちに断定はできませんが、300万年前頃以降にホモ属的特徴が出現し始めて、異なる人類系統の複雑な混合の過程を経て、200万年前頃までにはホモ属が出現したのではないか、と私は考えています。後述のように、この多様な人類系統の共存状態(とくに人類がアフリカからユーラシアへと広く拡散した後は、異なる系統間の接触機会は少なかったとしても)は、現生人類の世界規模の拡散まで続きます。

 石器の製作は人類史において画期とされており、脳容量の増加したホモ属によって石器が製作され始めた、と考えると話がきれいにまとまりますが、実際はもっと複雑だったようです。ホモ属によって広く使用され、その後の石器の起源となった最古の石器は、長くオルドワン(Oldowan)と考えられていました。オルドワン石器の最古級の年代は以前には260万年前頃と考えられており、ホモ属の化石の最古級の記録と近い年代ですが、現在ではアフリカ東部において300万年前頃までさかのぼることが知られています(Plummer et al., 2023)。さらに、オルドワン石器の前となる330万年前頃の石器がケニアで発見され、ロメクウィアン(Lomekwian)と呼ばれていますが、オルドワンとの技術的関係はまだ確認されていません(Harmand et al., 2015)。

 300万年以上前となる、ホモ属のような派生的特徴を有する人類化石も、最初期ホモ属並の脳容量の人類もまだ発見されていませんから(今後、見つかる可能性が皆無とは言えませんが)、石器技術の始まりは脳容量の増加と関連していないようです。現生チンパンジー(Pan troglodytes)が野生で道具を使用していることから、人類系統も最初期から道具を使用していた可能性は高そうで、ホモ属よりも前に道具を明確に製作するようになり、石器も製作し始めたのではないか、と私は考えています。パラントロプス属がオルドワン石器を製作していた可能性も指摘されており(Plummer et al., 2023)、アウストラロピテクス属が持続的ではないものの散発的に石器を製作し、そうした試みのなかの一つがオルドワン石器につながり、人類系統で広く定着したのではないか、と私は推測しています。オルドワン石器よりさらに複雑なアシューリアン(Acheulian、アシュール文化)石器の年代は、エチオピア高地において195万年前頃までさかのぼります(Mussi et al., 2023)。

 石器製作の開始と脳容量増加とは関連していませんでしたが、人類の最初の出アフリカも脳容量増加、さらには体格の大型化と関連していなかった可能性が高そうです。現時点で、300万年以上前となる人類系統(とほぼ確実に考えられる)の痕跡(化石や石器や解体痕のある非ヒト動物の骨など)はアフリカでしか発見されておらず、アフリカ外の最古級の人類の痕跡は250万年前頃のレヴァントまでさかのぼり(Scardia et al., 2019)、中国では212万年前頃(Zhu et al., 2018)、ヨーロッパでは195万年前頃(Curran et al., 2025)までさかのぼります。人類は250万年前頃以降、アフリカからユーラシアへと拡散し、200万年前頃までには、どれだけ持続的だったかは分からないものの、ユーラシアの広範な地域に少なくとも一度は定着していた可能性が高そうです。この人類の出アフリカは、脳容量の増大や体格の大型化を前提とはしなかったようですが、石器技術が定着した後にはなります。ただ、人類の出アフリカに石器が必須だったのかどうかは、まだ断定できません。

 この人類の最初の出アフリカと強く関連していたかもしれないのは、地上での直立二足歩行(および長距離歩行)により特化したことです。投擲能力を向上させるような形態は、すでにアウストラロピテクス属において一部が見られるものの、現代人のように一括して備わるのはホモ・エレクトス以降で(Roach et al., 2013)、おそらく投擲能力の向上は、直立二足歩行への特化および木登り能力の低下と相殺(トレードオフ、交換)の関係にあったのでしょう(Wong., 2014)。人類は投擲能力の向上によって捕食者を追い払うことができ、それは死肉漁りにも役立った、と思われます。250万~210万年前頃までの、アフリカからユーラシアへと拡散した人類は現代人のような直立二足歩行能力と投擲能力を完全には備えていなかったかもしれませんが、この点でアウストラロピテクス属よりずっと優れており、それが出アフリカを可能にしたのではないか、と私は考えています。投擲能力が人類のユーラシアへの拡散に重要な役割を果たした確実な根拠はありませんが、170万年以上前の初期ホモ属遺骸と石器が発見されているジョージア(グルジア)のドマニシ(Dmanisi)遺跡において、峡谷の入口で大量の石が発見されており、この初期ホモ属が非ヒト動物に投石したか、投石によって動物を狩っていた可能性が指摘されていること(Gibbons., 2017)は、人類のユーラシアへの初期拡散における投擲能力の重要性の傍証となるかもしれません。


●60万年前頃:脳容量増加と火の使用と石器技術の複雑化

 人類の脳容量はホモ属の出現以後に増加していきますが、100万年前頃以降、とくに60万年前頃を境に急激に増加しているように見えます(Püschel et al., 2024)。100万年前頃以降のホモ属の平均的な推定脳容量は、分類に問題のあるホモ・ハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)の1170 cm³はさておくとしても、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)では1320cm³、現生人類では1370cm³です(Dunbar.,2016,P174)。ただ最近の研究では、種間の脳容量の差は体重と強く相関しているものの、種内では体重との相関が弱く、経時的に増加しており、つまり脳容量増加は種内では時間と強く相関していて、断続平衡的見解で想定されるような短期間の増加と長期の安定ではなかった、と示されています(Püschel et al., 2024)。

 ネアンデルタール人系統と現生人類系統との間は、複雑な遺伝子流動が推測されており、分岐年代も単純には推定できないでしょうが、最近の遺伝学的研究では60万年前頃とされています(Li et al., 2024)。形態学的研究では、現生人類系統および種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)系統の共通祖先とネアンデルタール人系統の祖先との分岐が138万年前頃と推定されており(Feng et al., 2025)、この推定年代は現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の系統関係も含めて分子生物学的知見と大きく異なるので、現時点では有力説とは認めがたいものの、現生人類系統とネアンデルタール人(およびデニソワ人?)系統において、独自に脳容量の増加が起きた可能性は高そうです。

 この100万年前頃以降、とくに60万年前頃を境とする脳容量増加との関連で注目されるのが、石器技術が60万年前頃を境に急速に複雑化していったことです(Paige, and Perreault., 2024)。60万年前頃以降、文化は真に累積的になり(Paige, and Perreault., 2024)、それは現生人類系統やネアンデルタール人系統での脳容量増加と相関していたかもしれません。40万年前頃以降には、火の使用が考古学的に明確に可視化されるようになり、ホモ属集団間の相互作用の活発化が示唆されています(MacDonald et al., 2021)。火の使用の考古学的痕跡がずっと明確になる年代は60万年前頃よりも遅いわけですが、脳容量増加と石器技術の複雑化の相関が、集団間の相互作用の活発化につながったのならば、ホモ属の進化史における一連の重要な変化と言えるかもしれません。ただ、60万年前頃から現生人類の世界規模の拡散までの間は、100万年以上前と比較して、人類がユーラシアのより高緯度に進出した可能性は高そうですが、その拡散範囲が大きく広がったわけではなさそうです。


●現生人類の出現と拡散

 現生人類の唯一の起源地がアフリカであること(現生人類アフリカ単一起源説)は、今では広く受け入れられています(Bergström et al., 2021)。現生人類もしくは解剖学的現代人と分類される30万年前頃以降のホモ属化石がアフリカで発見されてきましたが、現生人類の形成過程はネアンデルタール人系統との分岐も含めてかなり複雑だった可能性があり(Ragsdale et al., 2023)、その出現時期を特定するのは今後も困難かもしれません。現生人類の出現が人類史における画期だったことは間違いなく、それは、少なくとも過去300万年間の大半の期間において複数系統の人類が存在していたのに、ネアンデルタール人やデニソワ人など非現生人類ホモ属から現生人類への多少の遺伝子流動(Tagore, and Akey., 2025)はあっても、非現生人類ホモ属は今では絶滅しており(非ホモ属人類は、上述のパラントロプス属を最後に、100万年前頃までに絶滅した、と考えられます)、その全てではないとしても、複数の非現生人類ホモ属系統が現生人類の影響によって絶滅した、と考えられるからです。

 ヨーロッパの大半においては、ネアンデルタール人の痕跡は4万年前頃までに消滅し、それは現生人類のヨーロッパへの拡散後のことです(Higham et al., 2014)。ユーラシア東部には多様な非現生人類ホモ属が存在しましたが、たとえばホモ・フロレシエンシスの痕跡は5万年前頃以降には見つかっておらず(Sawafuji et al., 2024)、これは現生人類の拡散と関連している可能性が低くないでしょう。チベット高原では、デニソワ人が32000年前頃まで生存していた可能性が指摘されており、これは現生人類のチベット高原の拡散より後だった可能性が高そうです(Xia et al., 2024)。もちろん、現生人類の拡散がネアンデルタール人やデニソワ人の絶滅要因だったことを直接的に証明するのは困難ですし、現生人類とは関係なく絶滅した非現生人類ホモ属もいるでしょうが、たとえばネアンデルタール人は数十万年もヨーロッパに存在し、もちろん局所的に集団が絶滅することは珍しくなかったとしても、ネアンデルタール人系統としては度々の気候寒冷化にも耐えて生き残ってきたわけで、ネアンデルタール人絶滅の究極的要因は現生人類と断定しても大過ないと考えています。

 非現生人類ホモ属や非ヒト動物の絶滅に現生人類の世界規模の拡散が大きな影響を及ぼした可能性は高そうですが、注目すべきは、現生人類が5万年以上前に非現生人類ホモ属に決定的な負の影響を及ぼした痕跡はまだ確認されていないことです。その意味では、現生人類の出現以上に、非アフリカ系現代人全員の主要な祖先集団の5万年前頃以降の世界規模の拡散の方を重視すべきと考えています。上述のように、初期現生人類と分類されている化石はアフリカにおいて発見されており、30万年前頃までさかのぼりますが、そこから5万年前頃までにはかなりの時間差があります。そこで、5万年前頃に現生人類の神経系にかかわる遺伝子に突然変異が起き、現代人と変わらないような知的能力を有した結果、現生人類が発達した文化を開発し、先住の非現生人類ホモ属に対して優位に立って、世界各地に短期間に進出した、といった仮説(Klein, and Edgar.,2004,P21-28,P258-262)も提示されましたが(創造の爆発説)、考古学的にはこの仮説は支持されておらず(Scerri, and Will., 2023)、遺伝学的にも、現代人の各地域集団の分岐は5万年前頃よりずっと古そうなので(Ragsdale et al., 2023)、創造の爆発説は妥当ではないでしょう。

 では、現生人類が非現生人類ホモ属を絶滅に追いやった原因は何かというと、現生人類が非現生人類ホモ属に対して認知能力の点で優位に立ち、それが技術面では弓矢などの飛び道具、社会面では他集団との関係強化につながり、ネアンデルタール人が現生人類との競合に敗れて絶滅した、との見解が有力なように思います。ただ、ヨーロッパにおけるネアンデルタール人の絶滅について以前まとめたので(関連記事)、この記事では詳しく繰り返しませんし、参考文献を省略しますが、ヨーロッパの45000年以上前の現生人類集団は、ネアンデルタール人がヨーロッパの大半で消滅した4万年前頃以降には、遺伝的影響が大きく低下したかすでに絶滅しており、弓矢を有していたと思われる5万年以上前の現生人類集団は、ネアンデルタール人との競合に敗れて絶滅したか撤退したようです。世界中に拡散した非アフリカ系現代人の主要な出アフリカ祖先集団に属しており、ヨーロッパで一時は広く拡散していた可能性のある現生人類集団(少なくとも現在のチェコとドイツに分布していました)でさえ、ネアンデルタール人の痕跡がほぼ消滅した頃にはおそらく絶滅していたことを考えると、現生人類の繁栄とネアンデルタール人やデニソワ人の絶滅を、飛び道具の有無など単一もしくは少数の要因、さらにはその背景として認知能力の違いに単純に求めるのには、慎重であるべきと考えています。もちろん、非現生人類ホモ属と現生人類との間に認知能力の違いがあった可能性は高いでしょうし、それが非現生人類ホモ属の絶滅に関わっている可能性は低くないと思いますが、その具体的経緯については、まだ不明なところが多分にあると言うべきでしょう。

 非現生人類ホモ属の絶滅後には、温暖な完新世において植物の栽培化(農耕)と動物の家畜化が進み(イヌの家畜化は他の非ヒト動物よりもずっと古く、更新世までさかのぼる可能性が高そうですが)、これが人類史において重要な転機となったことは、広く受け入れられているでしょう。その後の、国家につながる社会の組織化や階層化、金属器の使用、文字の開発、産業革命、情報革命など、人類史で重要と思われる事柄は多々ありますが、現時点では多少の意見を述べる準備すらできていないほど勉強不足です。ただ、昔から競馬について関心を抱いていたので、ウマの家畜化について少し述べると、人類史におけるウマの影響は、おそらく家畜化とそれに伴う荷車や戦車(チャリオット)の牽引役としての利用などよりも、ヒトによる騎乗法の開発の方がずっと大きかったのではないか、と考えています。


●まとめ

 当初は、もっと簡潔にまとめて、参考文献もできるだけ少なくするつもりでしたが、まとめきることができず、思いつきを述べてしまうだけの結果になってしまいました。一方で、長く述べたのに、中期更新世後半のアフリカ南部に存在したひじょうに興味深いホモ・ナレディ(Homo naledi)や人類の社会構造などについて言及しておらず、今後の課題となります。最後に短くまとめると、人類進化の初期はよく分からず、おそらくその移動形態は現生のチンパンジー属およびゴリラ属のナックル歩行ではなく、四足歩行を基本としつつ、時に二足歩行だったところから、次第に二足歩行への比重が高まり、チンパンジー属系統とも明確に分岐していった、と考えています。最古の確実な人類系統は440万年前頃のアルディピテクス・ラミダスで、その後で420万年前頃までにはアウストラロピテクス属が出現していたようです。

 400万~300万年前頃には、まだアウストラロピテクス属(的な)人類しか確認されていませんが、300万年前頃以降に人類系統の多様化が明確になり、ホモ属とパラントロプス属がその両極となります。この多様化をもたらした選択圧は、森林の多い環境からより開けた環境へと長期的に変わっていったことよりも、短期間での環境変動の激しさの方が大きかったかもしれません。人類史においては、300万年前頃以降の多様化が一つの画期になると思います。この多様化の少し前から石器の使用が確認されていますが、現時点では散発的なので、石器使用の定着はこの多様化と連動している可能性が高そうです。この多様化の期間に人類は初めてアフリカから拡散しますが、それには、アウストラロピテクス属と比較しての脳容量増加や体格の大型化よりも、直立二足歩行(長距離移動)と投擲能力の向上の方が重要な役割を果たしたようです。

 60万年前頃から、石器技術が複雑化し、これはホモ属の脳容量増加と相関していたかもしれません。さらに、そうした連動的な変化が、他集団とのより密接な関係につながり、考古学的には40万年前頃以降の火の使用の明確化として現れている可能性が考えられます。この脳容量の増加は単系統群で起きたわけではなく、現生人類系統とネアンデルタール人系統などで独立して起きた可能性が高そうです。現時点では、300万~200万年前頃の人類の多様化や、後続の現生人類の世界規模の拡散と比較して地味というか把握しづらい印象も受けますが、人類史において重要な転機だった可能性があります。こうした状況で、アフリカにおいて現生人類が出現しますが、その形成過程については不明なところが多々あります。

 次の人類史の重要な転機は5万年以上前以降の現生人類の世界規模の拡散で、それまで300万年間ほど続いてきた、多様な人類系統の共存状態が消滅し、現生人類系統のみが存在することになりました。もちろん、これはアフリカにおける現生人類集団の生物学的進化および文化的(社会的)蓄積が基盤になっているはずで、その意味ではこの転機をもう少しさかのぼらせるべきかもしれませんが、世界規模での影響拡大という点では、5万年前頃を現生人類の出現以上に重要な転機と考えるべきとは思います。ただ、ヨーロッパの事例からも、5万年前頃以降の現生人類が非現生人類ホモ属に対して常に一方的に優勢に立っていたわけではない可能性も想定しておくべきでしょう。さらに、非現生人類ホモ属と現生人類との間だけではなく、現生人類においても完新世でさえ実質的な完全置換は珍しくなく、局所的な人類集団の遺伝的連続性を安易に前提にしてはならない(関連記事)、と思います。その意味でも、遺伝的混合を認めるにしても、地域的な人類集団の連続性を前提とする現生人類多地域進化説は根本的に間違っている、と私は考えています。


参考文献:
Antón S, Potts R, and Aiello LC.(2014): Evolution of early Homo: An integrated biological perspective. Science, 345, 6192.
https://doi.org/10.1126/science.1236828
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Bergström A. et al.(2021): Origins of modern human ancestry. Nature, 590, 7845, 229–237.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03244-5
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DeSilva J.著(2022)、赤根洋子訳、更科功解説『直立二足歩行の人類史 人間を生き残らせた出来の悪い足』(文藝春秋社、原書の刊行は2020年)
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Dunbar R.著(2016)、鍛原多惠子訳、真柴隆弘解説『人類進化の謎を解き明かす』(インターシフト、原書の刊行は2014年)
関連記事

Feng X. et al.(2025): The phylogenetic position of the Yunxian cranium elucidates the origin of Homo longi and the Denisovans. Science, 389, 6767, 1320–1324.
https://doi.org/10.1126/science.ado9202
関連記事

Gibbons A.(2016): The wanderers. Science, 354, 6315, 958-961.
https://doi.org/10.1126/science.354.6315.958
関連記事

Gibbons A.(2024): LUCY’S WORLD. Science, 384, 6691, 20–25.
https://doi.org/10.1126/science.zr6fwrp
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González-Forero M, and Gardner A.(2018): Inference of ecological and social drivers of human brain-size evolution. Nature, 557, 7706, 554–557.
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河野礼子(2021)「猿人とはどんな人類だったのか 最古の人類」井原泰雄、梅﨑昌裕、米田穣編『人間の本質にせまる科学 自然人類学の挑戦』(東京大学出版会)第2章P23-40
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