デニソワ人に関する最近の研究の解説
種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)に関する最近の研究の解説(Nakagome., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文はおもに、ユーラシア東部の現生人類(Homo sapiens)におけるデニソワ人からの遺伝的影響を検証した最近の研究[13]について解説しています。非アフリカ系現代人において、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)からの遺伝的影響は地域間で比較的均一なのに対して、デニソワ人からの遺伝的影響には地域間で大きな違いがあり[12]、最近の研究[13]では、ユーラシア東部の古代および現代の現生人類集団間でも、そのゲノムにおけるデニソワ人由来の遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の割合が大きく異なっていた、と示されています。これは、ユーラシア東部の各地域集団の形成過程の研究に、デニソワ人が大きく貢献できる可能性を示しています。
本論文で取り上げられている複数の研究からも、今年(2025年)になって遺伝学やプロテオーム(タンパク質の総体)解析においてデニソワ人研究が大きく進展したことは窺え、私の知見と能力と経済力では最新の研究を追いかけていくのは困難ですが、デニソワ人に限らず広く人類の進化について、できるだけ最新の知見を得るようにしていきたいものです。なお、「縄文時代」との時代区分や「縄文人」との表記には問題があるでしょうが、煩雑になるので、以下では「縄文時代」と「縄文人」を「」では括りません。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、ANE(Ancient North Eurasian、古代北ユーラシア人)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、ホアビニアン(Hòabìnhian、ホアビン文化)です。本論文で取り上げられる主要な遺跡は、北京の南西56km にある田園洞窟(Tianyuan Cave)で見された4万年前頃の男性1個体(田園洞個体)、ロシア極東沿岸の悪魔の門洞窟(Devil’s Gate Cave、Chertovy Vorota、略してDGC)遺跡、(現在は中華人民共和国の支配下にあり、行政区分では内モンゴル自治区とされている)モンゴル南部の裕民(Yumin)遺跡です。
●要約
アジア東部全域におけるデニソワ人祖先系統の差異は、複雑な人口動態と複数回の遺伝子移入の波を反映しています。新たな研究では、日本列島における初期に分岐した古代の狩猟採集民である縄文人集団は、ほとんどまったくデニソワ人祖先系統を有していない、と報告されています。
●解説
10年以上前に、アルタイ山脈のシベリアの洞窟で発見された指骨から回収されたDNAは、古代型のヒト【非現生人類ホモ属、絶滅ホモ属】の以前には知られていなかった集団である、デニソワ人を明らかにしました[1]。それ以降、遺伝学およびプロテオーム研究は、デニソワ人の起源と歴史の側面をまとめて継ぎ合せてきており、デニソワ人はネアンデルタール人と共通の祖先を有していたものの[1]、ネアンデルタール人[4]および現生人類[1]の両方と交雑し、デニソワ人の存在はシベリアをずっと越えて、チベット高原[5]やアジア北東部[6、7]やアジア東部沿岸[8]にまで広がっていた、と示されました。
この広範な地理的痕跡と一致して、デニソワ人祖先系統は深く分岐した系統からの遺伝子移入の複数回の波動を通じて、現代人のゲノムを形成し続けており[9]、オセアニア人とアジア南東部島嶼部人がデニソワ人祖先系統を最高の割合(約4%)有しているのに対して[10、11]、アジア東部およびアジア南東部【本土】人やアメリカ大陸先住民はでは、デニソワ人祖先系統の割合はより低く(0.2%未満)残っています【12】。しかし、問題はまだ残っており、このデニソワ人の遺産は過去にはどのようなものだったのでしょうか?『Current Biology』誌の最近の研究[13]は、ユーラシア全域の古代人115個体と現代人279個体のゲノムの解析によってこの問題に取り組み、時空間にわたるデニソワ人祖先系統の最初の体系的な概要を提供します。
この試みにおける重要な段階は、古代DNAに典型的な疎らで低網羅率のデータ検出に関する問題に取り組むことで、著者はadmixfrog[14] と参照のないhmmix という2通りの計算手法の検証によって、この問題に対処しました。admixfrogは参照ゲノムに依存するので、遺伝子移入したデニソワ人系統が参照配列から高度に分岐していない限り、低網羅率のゲノムからさえ古代型の兆候を回収できます。対照的に、hmmixは系統分岐にさほど敏感ではないものの、より高い品質のデータで最良に機能します。著者たちはこれらの相殺(トレードオフ、交換)を確認し、おもにadmixfrogに基づいて分析し、より高い確信でデニソワ人祖先系統を図示化するのに、その強度が活用されました。
古代人のゲノムのうち1点は、中国北部の田園洞個体に属する4万年前頃の標本で、田園洞個体は【アジア東部において】最高の割合のデニソワ人祖先系統(約0.25%)を有しており(図1)、アジア東部における【デニソワ人から現生人類への】遺伝子移入は4万年以上前に位置づけられます。さらに驚くべきことに、日本の古代の狩猟採集民で、アジア東部内において深く分岐した系統である縄文人[16]は、デニソワ人祖先系統をほとんどまったく示さず、その水準はデニソワ人からの流入をほぼ欠いているヨーロッパ人に匹敵し、ユーラシア大陸部からの大規模な移住が日本に到達した、その後の古墳時代の古代日本人よりさらに低いものでした[16]。アジア東部の他の古代人および現代人はこれらの両極【田園洞個体と縄文人】の間に位置し、著しい対照となっており、最初のアジア東部系統が最も多いデニソワ人からのDNAを有しているのに対して、最も深く分岐した系統のうち1系統が、最も少ないデニソワ人からのDNAを有しているわけです。この不均等な遺産は、デニソワ人祖先系統のそうした勾配がどのように現れたのか、という問題を提起します。以下は本論文の図1です。
縄文人の低いデニソワ人祖先系統の割合のあり得る一つの説明は、縄文人が異なる、おそらくは限定的な混合事象を経たかもしれないので、そのゲノムにおけるデニソワ人からのDNAの範囲が他の人口集団とは重なっていない、というものです。しかし、縄文人はANEや東方狩猟採集民や初期および後期両方のユーラシア東部人と遺伝子移入断片を共有しています。この共有はデニソワ人からの遺伝子流動の共通事象を示していますが、必ずしもこれら全集団の共通祖先においてのことではありません。むしろそれは、デニソワ人の遺産の一部がANEと関連する人口集団経由でもたらされたユーラシア西部のように、後に遺伝子流動でいくつかの他の人口集団に祖先系統をもたらした、デニソワ人からのDNAが流入した1人口集団を反映しているかもしれません。まとめると、これらのパターンは、デニソワ人かせらの波動がユーラシア東部全域で複雑な遺産へとどのように分岐したのか、浮き彫りにしています。
アジア東部現代人は異なる2系統からのデニソワ人祖先系統を有していますが[9]、これが古代の人口集団にも当てはまっていたのかどうかは、不明でした。縄文人は他の集団といくらかの遺伝子移入されたデニソワ人断片を共有していますが、その異常に低い割合のデニソワ人祖先系統は、これら2構成要素の一方の欠如を反映しているかもしれません。これを検証するために、最近の研究[13]は最初期のアジア東部人と縄文人の各系統を別々に参照デニソワ人ゲノムと比較しました。一致率の広範な分布(つまり、ヌクレオチド一致参照の割合)から、この両系統【最初期アジア東部人と縄文人】は、典韋角デニソワ人供給源ではなく、異なる2系統のデニソワ人供給源からの祖先系統を有している、と示唆されます[13]。
これまで、技術的偏りや純化選択やその後の遺伝子流動による希釈や遺伝子移入の歴史における違いを含めて、最近の研究[13]によって検証された可能性はどれも、ユーラシア東部の古代人と現代人で観察されたデニソワ人祖先系統における著しい差異を完全には説明していません(図1)。残された唯一の妥当な説明は、遺伝子移入以降の人口動態における違いです。たとえば、縄文人はアジア東部の内陸部人とよりも沿岸部人の方と強い遺伝的類似性を示しており[19]、縄文人の低い割合のデニソワ人祖先系統は、おそらくはホアビニアン狩猟採集民と関連する深いアジア南東部系統との混合による希釈を反映している、との可能性が提起されます。しかし、ホアビニアン狩猟採集民自体は縄文人より高い割合のデニソワ人祖先系統を有しており、この想定は可能性が低そうで、むしろ、縄文人の異常な古代型特性の鍵として他の人口統計学的過程が示されています。
これをさらに証明するために、最近の研究[13]は人口統計学的モデルに依拠しました。これらのモデルは、上部旧石器時代ユーラシアの東西の人口集団間の混合が遺伝的差異をどのように形成したのか[20]、縄文人は隣人とは異なって関連する明確なアジア東部系統としてどのように出現したのか[16]、デニソワ人断片はなぜ、集団間でともに共有され、最も多く有する田園洞個体から、最も少なく有する縄文人まで、著しい勾配に沿って分布しているのか、調べました。縄文人を含めてアジア東部人全員が田園洞個体に対して単一系統を形成する単純なモデルがこれらの観察に適合しないのは、一部のアジア東部人が縄文人とよりも田園洞個体の方と密接に関連しているからです。
代わりに、その後のアジア東部人は、縄文人につながる深い系統と、田園洞個体の祖先となる別の系統の混合として、より適切にモデル化されます(図1)。この人口統計学的想定は、モンゴル南部(裕民遺跡)の8000年前頃となる新石器時代の1個体や、悪魔の門洞窟の7500年前頃の狩猟採集民1個体にさえ適合し、この両個体はアジア東部における比較的基底部の系統を表しています。しかし、アジア東部の内陸部人と比較しての沿岸部人におけるより強い縄文人との類似性は、どのように説明されるのでしょうか?最も可能性の高い説明は、縄文人と台湾の先住民によって表される沿岸部集団との間の追加の遺伝子流動です(図1)。この交流の方向性が依然として不確実なので、先行研究[13]は2通りの可能性のあるモデル(図1、モデルAおよびB)を提案し、この2通りのモデルは、デニソワ人祖先系統の縄文人における最低の割合から田園洞個体における最高の割合までの観察された勾配を、説明するのにも役立ちます。まとめると、デニソワ人のDNAをたどることによって、最近の研究[13]は、古代型祖先系統がアジア東部における人口動態をどのように解明できるのか、示しています。その結果は、存在したとしてもごくわずかなデニソワ人祖先系統を有する、深く分岐した系統の存在を浮き彫りにしており、デニソワ人がこの地域全体に疎らに分布していたことを示唆しています。
参考文献:
Nakagome S.(2025): Human evolution: Tracing ancient journeys through Denisovan DNA. Current Biology, 35, 20, R944–R946.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.09.025
[1]Reich D. et al.(2010): Genetic history of an archaic hominin group from Denisova Cave in Siberia. Nature, 468, 7327, 1053-1060.
https://doi.org/10.1038/nature09710
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[4]Slon V. et al.(2018): The genome of the offspring of a Neanderthal mother and a Denisovan father. Nature, 561, 7721, 113–116.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0455-x
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[5]Chen F. et al.(2019): A late Middle Pleistocene Denisovan mandible from the Tibetan Plateau. Nature, 569, 7756, 409–412.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1139-x
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[6]Fu Q. et al.(2025): Denisovan mitochondrial DNA from dental calculus of the >146,000-year-old Harbin cranium. Cell, 188, 15, 3919–3926.E9.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.05.040
関連記事
[7]Fu Q. et al.(2025): The proteome of the late Middle Pleistocene Harbin individual. Science, 389, 6761, 704–707.
https://doi.org/10.1126/science.adu9677
関連記事
[8]Tsutaya T. et al.(2025): A male Denisovan mandible from Pleistocene Taiwan. Science, 388, 6743, 176–180.
https://doi.org/10.1126/science.ads3888
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[9]Browning SR. et al.(2018): Analysis of Human Sequence Data Reveals Two Pulses of Archaic Denisovan Admixture. Cell, 173, 1, 53-61.e9.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2018.02.031
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[10]Meyer M. et al.(2012): A High-Coverage Genome Sequence from an Archaic Denisovan Individual. Science, 338, 6104, 222-226.
https://doi.org/10.1126/science.1224344
関連記事1および関連記事2
[11]Reich D. et al.(2011): Denisova Admixture and the First Modern Human Dispersals into Southeast Asia and Oceania. The American Journal of Human Genetics, 89, 4, 516-528.
https://doi.org/10.1016/j.ajhg.2011.09.005
関連記事
[12]Sankararaman S. et al.(2016): The Combined Landscape of Denisovan and Neanderthal Ancestry in Present-Day Humans. Current Biology, 26, 9, 1241–1247.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2016.03.037
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[13]Yang J. et al.(2025): An early East Asian lineage with unexpectedly low Denisovan ancestry. Current Biology, 35, 20, 4898–5808.E4.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.08.051
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[14]Peter BM.(2020): 100,000 years of gene flow between Neandertals and Denisovans in the Altai mountains. bioRxiv.
https://doi.org/10.1101/2020.03.13.990523
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[16]Cooke NP. et al.(2021): Ancient genomics reveals tripartite origins of Japanese populations. Science Advances, 7, 38, eabh2419.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abh2419
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[17]Yang MA. et al.(2017): 40,000-Year-Old Individual from Asia Provides Insight into Early Population Structure in Eurasia. Current Biology, 27, 20, 3202–3208.E19.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2017.09.030
関連記事
[18]Petr M. et al.(2019): Limits of long-term selection against Neandertal introgression. PNAS, 116, 5, 1639–1644.
https://doi.org/10.1073/pnas.1814338116
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[19]McColl H. et al.(2018): The prehistoric peopling of Southeast Asia. Science, 361, 6397, 88–92.
https://doi.org/10.1126/science.aat3628
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[20]Massilani D. et al.(2020): Denisovan ancestry and population history of early East Asians. Science, 370, 6516, 579–583.
https://doi.org/10.1126/science.abc1166
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本論文で取り上げられている複数の研究からも、今年(2025年)になって遺伝学やプロテオーム(タンパク質の総体)解析においてデニソワ人研究が大きく進展したことは窺え、私の知見と能力と経済力では最新の研究を追いかけていくのは困難ですが、デニソワ人に限らず広く人類の進化について、できるだけ最新の知見を得るようにしていきたいものです。なお、「縄文時代」との時代区分や「縄文人」との表記には問題があるでしょうが、煩雑になるので、以下では「縄文時代」と「縄文人」を「」では括りません。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、ANE(Ancient North Eurasian、古代北ユーラシア人)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、ホアビニアン(Hòabìnhian、ホアビン文化)です。本論文で取り上げられる主要な遺跡は、北京の南西56km にある田園洞窟(Tianyuan Cave)で見された4万年前頃の男性1個体(田園洞個体)、ロシア極東沿岸の悪魔の門洞窟(Devil’s Gate Cave、Chertovy Vorota、略してDGC)遺跡、(現在は中華人民共和国の支配下にあり、行政区分では内モンゴル自治区とされている)モンゴル南部の裕民(Yumin)遺跡です。
●要約
アジア東部全域におけるデニソワ人祖先系統の差異は、複雑な人口動態と複数回の遺伝子移入の波を反映しています。新たな研究では、日本列島における初期に分岐した古代の狩猟採集民である縄文人集団は、ほとんどまったくデニソワ人祖先系統を有していない、と報告されています。
●解説
10年以上前に、アルタイ山脈のシベリアの洞窟で発見された指骨から回収されたDNAは、古代型のヒト【非現生人類ホモ属、絶滅ホモ属】の以前には知られていなかった集団である、デニソワ人を明らかにしました[1]。それ以降、遺伝学およびプロテオーム研究は、デニソワ人の起源と歴史の側面をまとめて継ぎ合せてきており、デニソワ人はネアンデルタール人と共通の祖先を有していたものの[1]、ネアンデルタール人[4]および現生人類[1]の両方と交雑し、デニソワ人の存在はシベリアをずっと越えて、チベット高原[5]やアジア北東部[6、7]やアジア東部沿岸[8]にまで広がっていた、と示されました。
この広範な地理的痕跡と一致して、デニソワ人祖先系統は深く分岐した系統からの遺伝子移入の複数回の波動を通じて、現代人のゲノムを形成し続けており[9]、オセアニア人とアジア南東部島嶼部人がデニソワ人祖先系統を最高の割合(約4%)有しているのに対して[10、11]、アジア東部およびアジア南東部【本土】人やアメリカ大陸先住民はでは、デニソワ人祖先系統の割合はより低く(0.2%未満)残っています【12】。しかし、問題はまだ残っており、このデニソワ人の遺産は過去にはどのようなものだったのでしょうか?『Current Biology』誌の最近の研究[13]は、ユーラシア全域の古代人115個体と現代人279個体のゲノムの解析によってこの問題に取り組み、時空間にわたるデニソワ人祖先系統の最初の体系的な概要を提供します。
この試みにおける重要な段階は、古代DNAに典型的な疎らで低網羅率のデータ検出に関する問題に取り組むことで、著者はadmixfrog[14] と参照のないhmmix という2通りの計算手法の検証によって、この問題に対処しました。admixfrogは参照ゲノムに依存するので、遺伝子移入したデニソワ人系統が参照配列から高度に分岐していない限り、低網羅率のゲノムからさえ古代型の兆候を回収できます。対照的に、hmmixは系統分岐にさほど敏感ではないものの、より高い品質のデータで最良に機能します。著者たちはこれらの相殺(トレードオフ、交換)を確認し、おもにadmixfrogに基づいて分析し、より高い確信でデニソワ人祖先系統を図示化するのに、その強度が活用されました。
古代人のゲノムのうち1点は、中国北部の田園洞個体に属する4万年前頃の標本で、田園洞個体は【アジア東部において】最高の割合のデニソワ人祖先系統(約0.25%)を有しており(図1)、アジア東部における【デニソワ人から現生人類への】遺伝子移入は4万年以上前に位置づけられます。さらに驚くべきことに、日本の古代の狩猟採集民で、アジア東部内において深く分岐した系統である縄文人[16]は、デニソワ人祖先系統をほとんどまったく示さず、その水準はデニソワ人からの流入をほぼ欠いているヨーロッパ人に匹敵し、ユーラシア大陸部からの大規模な移住が日本に到達した、その後の古墳時代の古代日本人よりさらに低いものでした[16]。アジア東部の他の古代人および現代人はこれらの両極【田園洞個体と縄文人】の間に位置し、著しい対照となっており、最初のアジア東部系統が最も多いデニソワ人からのDNAを有しているのに対して、最も深く分岐した系統のうち1系統が、最も少ないデニソワ人からのDNAを有しているわけです。この不均等な遺産は、デニソワ人祖先系統のそうした勾配がどのように現れたのか、という問題を提起します。以下は本論文の図1です。
縄文人の低いデニソワ人祖先系統の割合のあり得る一つの説明は、縄文人が異なる、おそらくは限定的な混合事象を経たかもしれないので、そのゲノムにおけるデニソワ人からのDNAの範囲が他の人口集団とは重なっていない、というものです。しかし、縄文人はANEや東方狩猟採集民や初期および後期両方のユーラシア東部人と遺伝子移入断片を共有しています。この共有はデニソワ人からの遺伝子流動の共通事象を示していますが、必ずしもこれら全集団の共通祖先においてのことではありません。むしろそれは、デニソワ人の遺産の一部がANEと関連する人口集団経由でもたらされたユーラシア西部のように、後に遺伝子流動でいくつかの他の人口集団に祖先系統をもたらした、デニソワ人からのDNAが流入した1人口集団を反映しているかもしれません。まとめると、これらのパターンは、デニソワ人かせらの波動がユーラシア東部全域で複雑な遺産へとどのように分岐したのか、浮き彫りにしています。
アジア東部現代人は異なる2系統からのデニソワ人祖先系統を有していますが[9]、これが古代の人口集団にも当てはまっていたのかどうかは、不明でした。縄文人は他の集団といくらかの遺伝子移入されたデニソワ人断片を共有していますが、その異常に低い割合のデニソワ人祖先系統は、これら2構成要素の一方の欠如を反映しているかもしれません。これを検証するために、最近の研究[13]は最初期のアジア東部人と縄文人の各系統を別々に参照デニソワ人ゲノムと比較しました。一致率の広範な分布(つまり、ヌクレオチド一致参照の割合)から、この両系統【最初期アジア東部人と縄文人】は、典韋角デニソワ人供給源ではなく、異なる2系統のデニソワ人供給源からの祖先系統を有している、と示唆されます[13]。
これまで、技術的偏りや純化選択やその後の遺伝子流動による希釈や遺伝子移入の歴史における違いを含めて、最近の研究[13]によって検証された可能性はどれも、ユーラシア東部の古代人と現代人で観察されたデニソワ人祖先系統における著しい差異を完全には説明していません(図1)。残された唯一の妥当な説明は、遺伝子移入以降の人口動態における違いです。たとえば、縄文人はアジア東部の内陸部人とよりも沿岸部人の方と強い遺伝的類似性を示しており[19]、縄文人の低い割合のデニソワ人祖先系統は、おそらくはホアビニアン狩猟採集民と関連する深いアジア南東部系統との混合による希釈を反映している、との可能性が提起されます。しかし、ホアビニアン狩猟採集民自体は縄文人より高い割合のデニソワ人祖先系統を有しており、この想定は可能性が低そうで、むしろ、縄文人の異常な古代型特性の鍵として他の人口統計学的過程が示されています。
これをさらに証明するために、最近の研究[13]は人口統計学的モデルに依拠しました。これらのモデルは、上部旧石器時代ユーラシアの東西の人口集団間の混合が遺伝的差異をどのように形成したのか[20]、縄文人は隣人とは異なって関連する明確なアジア東部系統としてどのように出現したのか[16]、デニソワ人断片はなぜ、集団間でともに共有され、最も多く有する田園洞個体から、最も少なく有する縄文人まで、著しい勾配に沿って分布しているのか、調べました。縄文人を含めてアジア東部人全員が田園洞個体に対して単一系統を形成する単純なモデルがこれらの観察に適合しないのは、一部のアジア東部人が縄文人とよりも田園洞個体の方と密接に関連しているからです。
代わりに、その後のアジア東部人は、縄文人につながる深い系統と、田園洞個体の祖先となる別の系統の混合として、より適切にモデル化されます(図1)。この人口統計学的想定は、モンゴル南部(裕民遺跡)の8000年前頃となる新石器時代の1個体や、悪魔の門洞窟の7500年前頃の狩猟採集民1個体にさえ適合し、この両個体はアジア東部における比較的基底部の系統を表しています。しかし、アジア東部の内陸部人と比較しての沿岸部人におけるより強い縄文人との類似性は、どのように説明されるのでしょうか?最も可能性の高い説明は、縄文人と台湾の先住民によって表される沿岸部集団との間の追加の遺伝子流動です(図1)。この交流の方向性が依然として不確実なので、先行研究[13]は2通りの可能性のあるモデル(図1、モデルAおよびB)を提案し、この2通りのモデルは、デニソワ人祖先系統の縄文人における最低の割合から田園洞個体における最高の割合までの観察された勾配を、説明するのにも役立ちます。まとめると、デニソワ人のDNAをたどることによって、最近の研究[13]は、古代型祖先系統がアジア東部における人口動態をどのように解明できるのか、示しています。その結果は、存在したとしてもごくわずかなデニソワ人祖先系統を有する、深く分岐した系統の存在を浮き彫りにしており、デニソワ人がこの地域全体に疎らに分布していたことを示唆しています。
参考文献:
Nakagome S.(2025): Human evolution: Tracing ancient journeys through Denisovan DNA. Current Biology, 35, 20, R944–R946.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.09.025
[1]Reich D. et al.(2010): Genetic history of an archaic hominin group from Denisova Cave in Siberia. Nature, 468, 7327, 1053-1060.
https://doi.org/10.1038/nature09710
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[4]Slon V. et al.(2018): The genome of the offspring of a Neanderthal mother and a Denisovan father. Nature, 561, 7721, 113–116.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0455-x
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[5]Chen F. et al.(2019): A late Middle Pleistocene Denisovan mandible from the Tibetan Plateau. Nature, 569, 7756, 409–412.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1139-x
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[6]Fu Q. et al.(2025): Denisovan mitochondrial DNA from dental calculus of the >146,000-year-old Harbin cranium. Cell, 188, 15, 3919–3926.E9.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.05.040
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https://doi.org/10.1126/science.adu9677
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[8]Tsutaya T. et al.(2025): A male Denisovan mandible from Pleistocene Taiwan. Science, 388, 6743, 176–180.
https://doi.org/10.1126/science.ads3888
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[9]Browning SR. et al.(2018): Analysis of Human Sequence Data Reveals Two Pulses of Archaic Denisovan Admixture. Cell, 173, 1, 53-61.e9.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2018.02.031
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[10]Meyer M. et al.(2012): A High-Coverage Genome Sequence from an Archaic Denisovan Individual. Science, 338, 6104, 222-226.
https://doi.org/10.1126/science.1224344
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[11]Reich D. et al.(2011): Denisova Admixture and the First Modern Human Dispersals into Southeast Asia and Oceania. The American Journal of Human Genetics, 89, 4, 516-528.
https://doi.org/10.1016/j.ajhg.2011.09.005
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[12]Sankararaman S. et al.(2016): The Combined Landscape of Denisovan and Neanderthal Ancestry in Present-Day Humans. Current Biology, 26, 9, 1241–1247.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2016.03.037
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https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.08.051
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[14]Peter BM.(2020): 100,000 years of gene flow between Neandertals and Denisovans in the Altai mountains. bioRxiv.
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