ヨーロッパ中央部における中期~後期更新世のカバ
ヨーロッパ中央部における中期~後期更新世のカバ(Hippopotamus amphibius)の存在を報告した研究(Arnold et al., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、ドイツのライン川上流のグラーベン(Graben)のアイヒ(Eich)などで発見されたカバの化石のゲノムデータから、ヨーロッパ中央部において、カバは5万年前頃以降にも間氷期により南方の退避地から拡散してきて、小さく孤立した個体群で、アフリカの現生カバと遺伝的に密接に関連していたことを明らかにしました。ヨーロッパのカバは、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)のみならず現生人類(Homo sapiens)とも共存していた可能性が高いわけで、ホモ属との関わりの点でも注目されます。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、ACH(African common hippos、アフリカカバ)、MIS(Marine Isotope Stage、海洋酸素同位体ステージ)、WPH(West African pygmy hippo、西アフリカコビトカバ、Choeropsis liberiensis)、C(carbon、炭素)、HPD(highest probability density、最高確率密度)です。本論文で取り上げられる主要な時代区分は、ヴァイヒゼリアン(Weichselian)氷期、エーミアン(Eemian)間氷期、ホルスタイン(Holsteinian)間氷期、アヴェリー(Aveley)間氷期、FTIR(Fourier Transform Infrared Spectroscopy、フーリエ変換赤外分光分析)です。本論文で取り上げられるカバ以外の主要な非ヒト動物は、ケブカサイ(Coelodonta antiquitatis)、ケナガマンモス(Mammuthus primigenius)です。
●要約
ヨーロッパの後期更新世のカバ化石は、最終氷期(エーミアン、129000~115000年前頃)と関連づけられてきました。温帯気候条件の広く受け入れられている指標種として、カバは115000年前頃となる最終氷期の開始(ヴァイヒゼリアン)ともとに絶滅した、と推測されていました。しかし、ヨーロッパ中央部におけるカバの起源および現生アフリカカバとの関係および絶滅の正確な時期は、依然として不明です。本論文は、ヨーロッパ中央部のライン川上流のグラーベンのカバに適用した統合された手法を用いて、これらの問題に取り組みます。ヨーロッパのカバ1個体の古ゲノムの配列決定によって、アフリカの現代のカバとの密接な遺伝的つながりが明らかになります。6点の追加の部分的なミトコンドリアゲノムから、ヨーロッパのカバは、サハラ砂漠以南のアフリカに現在は限定されている、同一のかつて広範に存在した種の一部だった、と確証されます。
驚くべきことに、放射性炭素年代測定から、カバはヨーロッパ中央部において中期ヴァイヒゼリアン(47000年前頃以前から31000年前頃までの期間)、つまり最終氷期に存在していた、と示されます。同じ遺跡のケナガマンモスおよびケブカサイ化石の同様の放射性炭素年代は、この期間における両動物相の存在を示唆します。古ゲノムの低網羅率にも関わらず、配列決定品質得点の再調整と死後損傷の評価によって、ヨーロッパのカバのゲノム多様性を確実に推定できました。回収された低いゲノム規模多様性から、ヨーロッパのカバは小さく孤立した個体群に属していた、と示唆されます。全体的に、本論文の統合データから、カバは中期ヴァイヒゼリアンの温暖期にライン川上流のグラーベンの退避地に生息していた、と示唆されます。
●研究史
ヨーロッパの中期および後期更新世は、氷期と間氷期の交代が特徴でした。ヨーロッパの間氷期動物相のとくに外来要素は、カバでした。カバは複数回の波でアフリカからヨーロッパに定着し、それはおそらくカバ属の複数主によるもので、それには現在ではサハラ砂漠以南のアフリカに限定される一般的なカバ(Hippopotamus amphibius)が含まれます。カバは、ヨーロッパにおける最大の地理的分布の時期には、北西部のブリテン諸島から南部のイベリア半島およびイタリア半島にまでまたがっていました。化石記録におけるカバの存在は一般的に、より密な植生とより開けた水域の温暖状況を示唆します。したがって、カバは間氷期の指標種として広く受け入れられています。故に、後期更新世のヨーロッパにおけるカバの最盛期と最大の地理的分布は129000~115000年前頃のエーミアン間氷期(MISでは5eに相当します)と一致する、と一般的に推測されています。したがって、その後の最終氷期(115000~11700年前頃のヴァイヒゼリアン氷期、MISでは5d~2に相当)開始期における寒冷化の始まりは、ヨーロッパ西部および中央部におけるカバの絶滅をもたらした、不適な状況につながりました。しかし、ヨーロッパ中央部におけるカバの起源および現生ACHとの関係とそり絶滅の正確な年代が依然として不明なのは、形態学的同定以外には、わずか数点の詳細な分析が後期更新世のカバで行なわれてきて、古代DNAがカバではとくに欠けているからです。
●後期更新世のヨーロッパのカバと現生のアフリカのカバとの間の密接な遺伝的つながり
ドイツ南西部のライン川上流のグラーベンの化石産地から得られた19点のカバの標本が、古遺伝学的分析を受けました(図1A)。ライン川上流のグラーベンは、ヨーロッパ中央部におけるカバの後期更新世の分布の東端の境界を表しています。砂質砂利堆積物(マンハイム層)における砕石活動の長いれきしのため、後期更新世の大型哺乳類遺骸の多数の化石が発見されました。これらの堆積物には間氷期と氷期両方の動物相の代表が含まれているので、伝統的にヨーロッパ中央部におけるエーミアン間氷期と初期ヴァイヒゼリアン氷期(MIS4)との間の移行を保存しているものとして、したがって、カバがエーミアン間氷期末に絶滅した、との仮説を裏づける証拠として解釈されてきました。分析された19点の標本の内1点(アイヒの砂利穴から発掘されたNK37)ではより高い割合の内在性DNAが得られ、0.5倍のゲノム網羅率で配列決定され、更新世のヨーロッパのカバと現生ACHとの間の系統発生的関係が解明されました。死後損傷パターン、古代のマッピング(多少の違いを許容しつつ、ゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)された読み取りの真正性を裏づけます。以下は本論文の図1です。
古遺伝学的データによって充分に網羅された3085ヶ所の連結した5000塩基対のゲノム区画に基づく最尤系統発生再構築は、ライン川上流のグラーベンのカバ標本NK37を、現生WPHとよりも現生ACHの2系統(ACH1とACH2)との近くに位置づけ、WPHは遠い関連の外群として推測されました(図1B)。しかし、ACH標本に関してNK37の正確な位置づけは不明です。連結データセットや区画系統樹の44%はNK37をACH1とACH2両方の姉妹系統に位置づけるものの、区画系統樹のそれぞれ38%と18%は、NK37のACH1もしくはACH2とのより密接な関係を裏づけます(つまり、標本NK37はACH内に含まれます、図1B)。これは、標本NK37がACH2とよりもACH1の方と密接な関係である、と示唆するD統計によってさらに裏づけられます。この不一致は、祖先のアフリカ集団における系統地理的構造と組み合わさった、不完全な系統分類に起因するかもしれません。この不一致はあるいは、アフリカもしくはヨーロッパにおける異なるカバ系統間の混合の結果かもしれません。
混合捕獲による濃縮および厳密な配列呼び出し手法を用いて、ライン川上流のグラーベンの標本6点についてさらに部分的なミトコンドリアゲノムが回収されました(完全性の範囲は15~78%)。古代の読み取りの真正性は、再び死後損傷パターンによって裏づけられます。最尤およびベイズ系統発生再構築から、ライン川上流のグラーベンの後期更新世のカバは密接に関連しており、現生ACHのミトコンドリア多様性内に収まる単系統を形成する、と示唆されます(図1C)。しかし、近似不偏検定は、現生ACH外の位置を除外できません(上述の核連結分析の主要な系統樹の樹形と類似しています)。したがって、カバの分岐の開始時点における正確な分岐順は、明確には解明できません。ライン川上流のグラーベンの更新世のカバの現生ACHとの密接な遺伝的関連は、ミトコンドリアのシトクロームBおよび制御領域配列のより大きな大陸規模の標本に基づく、ハプロタイプ網によっても裏づけられます。すべての結合において、ライン川上流のグラーベンの更新世のカバはおもにアフリカ東部および南東部で知られている標本とハプロタイプを共有しています。アフリカのさまざまな地域の現在のACHにおけるミトコンドリアの距離は同様に、更新世のカバと一部の現生のアフリカ東部のカバ系統の間でより大きくなっています。これらの結果から、こうしたヨーロッパの後期更新世のカバは分岐した系統を形成していなかったものの、今ではサハラ砂漠以南のアフリカに限定される、かつて広く分布していた一般的なカバの一部だった、と示されます。
●ヨーロッパ中央部におけるカバの中期ヴァイヒゼリアンの存在
ヨーロッパのカバのエーミアン起源が、カバはヨーロッパにおける間氷期状況の指標である、との仮定のみに基づいていることを考えて、次に放射性炭素年代測定によるライン川上流のグラーベンの墓穴から得られた化石標本の年代が評価されました。保存のため化石標本の表面の処理に用いられたかもしれない保存用化学物質の潜在的存在に起因する偏りを軽減するために、標本は各骨内のより深い層から収集されました。さらに、FTIRから、コラーゲンの連続体は参照コラーゲンと類似しており、保存状態と純度は良好である、と示唆されます。¹⁴C 分析に選択された32点の化石カバ標本のうち28点から、年代測定の成功に充分なコラーゲンが得られました。この分析では、較正年代で、年代測定の限界の49000年前頃から、新しいと31000年前頃までの年代が得られました(図2)。以下は本論文の図2です。
2点の標本の繰り返しの年代測定(別の研究室を含みます)は、その新しい年代を確証しました。正確な暦年代はこの期間では慎重に解釈されるべきですが、本論文の結果から、以前の仮説とは対照的に、カバは、アンティクウスゾウと同様に、ヨーロッパ中央部においてMIS3、つまり最終氷期の中期(中期ヴァイヒゼリアン)まで存在していた、と示唆されます。比較のため、ライン川上流のグラーベンの同じ場所もしくは地理的に近い場所から発見されたケナガマンモスとケブカサイの15点の化石でも、¹⁴C 分析が行なわれました。その推定較正年代は同様に47000~31000年前頃の間で、ケナガマンモスおよびケブカサイとカバとの間で時間的隔たりはありません(図2)。これをさらに検証するために、エナメル質に基づくアミノ酸地質年代測定が、アイヒから発見された3点のカバ標本で行なわれました。その結果はカバがエーミアン期以後の年代であることと矛盾しませんが、この期間のこの手法の時間的解像度がより低いために、MIS3と決定的に割り当てることはできません。
カバの他に、ライン川上流のグラーベンの砂利穴では温暖な状況(つまり、間氷期)と通常は関連するものの、大規模な時間的違いを示唆しているかもしれない寒冷適応種の化石とは化石生成論的違いがない、いくつかの他の以種も得られました(たとえば、エーミアン間氷期とMIS3)。この解釈は、ライン川上流のグラーベンにおけるエーミアンの年代の堆積物層の欠如と一致します。まとめると、年代測定分析から、MIS3には、カバは一般的に寒冷適応と受け入れてられいる大型哺乳類とほぼ同時代だったか、より可能性が高い、カバとケナガマンモス/ケブカサイは本論文のデータによって解決できない短い時間規模でライン川上流のグラーベンに周期的に交替していたかもしれないのか、どちらかだった、と示唆されます。これは、たとえば間氷期における、カバによるラインの繰り返しの短期の定着を示唆しています(ただ、本論文の放射性炭素年代測定結果では、カバ化石を正確な間氷期に割り当てることができません)。どちらの場合でも、ライン川上流のグラーベンにおける後期更新世の化石産地では、エーミアン間氷期からヴァイヒゼリアン氷期への移行が保存されていないようです。
MIS3のヨーロッパ中央部におけるカバの存在は驚くべきことかもしれませんが、信じがたいもしくは可能性が低いわけではありません。中期ヴァイヒゼリアンは間氷期複合体で知られており、内陸の氷床成長の停滞をもたらした、複数の短い間氷期段階を含んでいます。ライン川上流のグラーベンおよび周辺の低山地域の刊行されている花粉記録は、MIS3間氷期において部分的には森林が覆っていた状況を示唆する、植物の証拠を示しています。この裏づけをさらに提供するために、カバ標本が元々発見された場所と地理的に近い砂利穴から、化石木片の放射性炭素年代が得られました。その年代は、MIS3のライン川上流のグラーベンにおける、寒冷(マツ)および温暖(オーク)の樹木種の存在を確証します。堆積物および無脊椎動物の以前の分析は、この期間における複数の温暖期を示唆しています。まとめると、ライン川上流のグラーベンは、比較的穏やかな温度のより温暖な状況を必要とする退避した種にとって好適だった、MIS3のいくつかの段階における局所的な微小気候を提供しました。これらの状況は、冬において、水域の完全な凍結を防ぎ、採食するカバ(および恐らくは他の温暖関連種)にとって充分な植生被覆率を提供するのに充分だったでしょう。ライン川上流のグラーベンは、カバの生存に適しており、MIS3のヨーロッパ中央部において唯一のそのような地域だったかもしれない、そうした気候条件のある最東端地域を表しているかもしれません。MIS3の末には、間氷期はずっと一般的ではなくなり、最終氷期極大期への移行期における間氷期の欠如は、ヨーロッパ中央部からのカバの最終的な消滅につながった可能性が高そうです。
●小集団によるライン川上流のグラーベンへの定着
化石カバの放射性炭素年代によって、ライン川上流のグラーベンのこれら後期に生存していたカバの起源をさらに追跡できるようになりました。ミトコンドリアゲノムデータセット、関連先端年代、両方とも混合の種間および種内標本抽出に最適に調節されている、と示されてきた2点の系統樹事前モデルで、ベイズ時間較正が実行されました。ベイズスカイライン合着(合祖)事前系統樹を用いて、アフリカとヨーロッパのカバ(Hippopotamus amphibius)内の基底部の節(分岐点)は834年前頃(95%HPDで160万~38万年前頃、図1C)と年代測定されました。ライン川上流のグラーベンのカバにおける最古級の合祖は、228000年前頃(95%HPDで40万~96000年前頃)と年代測定されました。正史自然系統樹を適用すると、分岐点の年代について同様ではあるもののより広範なHPDの中央値(それぞれ948000年前頃と242000年前頃)が得られました。これらの分岐年代は、より高いミトコンドリアゲノムの完全性(60%超)のライン川上流のグラーベンの標本3点のみが含められた場合にも、同様でした。カバ内の基底部の合祖は、分子および古生物学的証拠によって以前に示されたように、最初の種内分岐の期間およびACHの地理的拡大と一致します。
ライン川上流のグラーベンの後期更新世のカバにおける合祖は、ヨーロッパにおける定着と拡大の遺伝学的代理を提供します。この分岐点の時間的範囲は、イタリアにおける中期更新世堆積物ヨーロッパでの最古級と推定されるカバの化石と一致し、45万年前頃以降です。カバはその後の間氷期にヨーロッパの西部および中央部全域に拡大し、おそらくはローヌ川およびライン川を拡散の主要な経路として用いました。しかし、ホルスタインおよびアヴェリー間氷期のヨーロッパ中央部および西部におけるカバの存在は議論になっており、カバの決定的な化石記録はエーミアンの前には見られませんでした。カバがライン川上流のグラーベンおよびヨーロッパ中央部に初期ヴァイヒゼリアンの寒冷期(MIS4)にも一般的に存在していたのかどうかは、依然として不明ですが、7万~6万年前頃の間の間氷期がほぼ欠如していることを考えると、その可能性は低いようです。それにも関わらず、MIS4(およびWPH潜在的にはより新しい)と年代測定されたカバの化石がイベリア半島とイタリア半島で知られており、これは中期ヴァイヒゼリアン(MIS3)のヨーロッパ中央部におけるライン川上流のグラーベン集団の起源だったかもしれません。したがって、ヨーロッパ西部および中央部におけるカバのエーミアンおよび中期ヴァイヒゼリアンの存在は、ヨーロッパ南部の退避地域からの異なる拡大事象を表している可能性が高そうです。
MIS3のヨーロッパ中央部におけるライン川上流のグラーベンのこの定着は、ヨーロッパ南部のより長く存続してきた起源集団からの深いミトコンドリアの遺伝的系統(20万年以上前)を含んでいた可能性が高そうです。時空間的に近い遺伝的に分岐した系統のそうしたパターンは、ギガンテウスオオツノジカやケブカサイ[44]やマンモスなどヨーロッパ中央部および西部の他の後期更新世哺乳類で見られるパターンと類似しており、ヨーロッパ中央部への周期的な定着の結果かもしれません。NK37の古ゲノムにおけるゲノム規模多様性の推測によって、この後期定着集団の遺伝的状態がさらに評価されました。以下は本論文の図3です。
死後損傷パターンおよびX染色体に基づく再較正に基づいて、異型接合性(θ)が上述の核データセットで常染色体全体の500万塩基対の区画で推定されました。ライン川上流のグラーベン標本の低網羅率(0.47倍)のため、異型接合性推定値は0.1倍の網羅率に低解像度処理された場合でさえ、堅牢でした(図3)。標本NK37(θ平均=0.00121)とWPH1(θ平均=0.000843)における推定値は、ACHの2系統(ACH1のθ平均=0.00486、ACH2のθ平均=0.00431)よりかなり低くんっています。現生WPHは現在、アフリカ西部の上部ギニア森林地帯に限定されており、孤立した集団へと分断しています。したがって、標本NK37から推定された同様に低いゲノム規模の異型接合性から、ライン川上流のグラーベンのカバも、小さく孤立した集団を表していた、と示唆されます。
●まとめ
中期および後期更新世の気候変動は、環境と生息する大型哺乳類動物相の根本的変化をもたらしました。氷期動物相と間氷期動物相は交互に、それぞれヨーロッパ北東部および南部の中核地域から好適な気候条件期にこの地域に定着し、その時期には氷期動物相と間氷期動物相にとってそれぞれ気候条件が好適だったわけです。それにも関わらず、ヨーロッパ中央部における定着と消滅の時期も、アフリカの近縁との系統発生的関係も、これまで後期更新世のカバについて解明できませんでしたが、後期更新世のカバは間氷期状態の主要な指標と仮定されていました。
本論文は、古ゲノミクスをライン川上流のグラーベンのエーミアンと推定されるカバの放射性炭素年代と組み合わせることによって、この問題に取り組みました。これらは、以前にずっと広範に分布していた現生ACHの一部と判明しましたが、寄り多くの更新世ヨーロッパや現生のACHのゲノム規模データが、その複雑な関係の解明には必要でしょう。伝統的に受け入れられていた見解に反して、本論文の新たに年代測定された骨遺骸から、カバはヨーロッパ中央部において以前に考えられていたようにエーミアン末に消滅したわけではなかった、と明らかになります。むしろ、小集団がMIS3に、おそらくはヨーロッパ南部から、ヨーロッパ中央部のライン川上流のグラーベンに再定着しました。したがって本論文では、間氷期は、最終氷期の中期において、カバ(および恐らくは他の間氷期生物)の(少なくとも一時的な)移動を可能とした、温暖な退避地を提供した、、と示すことができます。全体的に、ライン川上流のグラーベンにおけるカバの後期の存在から、他の推定されるエーミアン遺跡の化石は、この種がヨーロッパ西部および中央部の他地域(たとえば、オランダ)で最終氷期にも存続していたのかどうか、同様に評価するために、再分析されるべきである、と示唆されます。
参考文献:
Arnold P. et al.(2025): Ancient DNA and dating evidence for the dispersal of hippos into central Europe during the last glacial. Current Biology, 35, 21, 5363–5371.E6.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.09.035
[44]Lord E. et al.(2020): Pre-extinction Demographic Stability and Genomic Signatures of Adaptation in the Woolly Rhinoceros. Current Biology, 30, 19, 3871–3879.E7.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2020.07.046
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●要約
ヨーロッパの後期更新世のカバ化石は、最終氷期(エーミアン、129000~115000年前頃)と関連づけられてきました。温帯気候条件の広く受け入れられている指標種として、カバは115000年前頃となる最終氷期の開始(ヴァイヒゼリアン)ともとに絶滅した、と推測されていました。しかし、ヨーロッパ中央部におけるカバの起源および現生アフリカカバとの関係および絶滅の正確な時期は、依然として不明です。本論文は、ヨーロッパ中央部のライン川上流のグラーベンのカバに適用した統合された手法を用いて、これらの問題に取り組みます。ヨーロッパのカバ1個体の古ゲノムの配列決定によって、アフリカの現代のカバとの密接な遺伝的つながりが明らかになります。6点の追加の部分的なミトコンドリアゲノムから、ヨーロッパのカバは、サハラ砂漠以南のアフリカに現在は限定されている、同一のかつて広範に存在した種の一部だった、と確証されます。
驚くべきことに、放射性炭素年代測定から、カバはヨーロッパ中央部において中期ヴァイヒゼリアン(47000年前頃以前から31000年前頃までの期間)、つまり最終氷期に存在していた、と示されます。同じ遺跡のケナガマンモスおよびケブカサイ化石の同様の放射性炭素年代は、この期間における両動物相の存在を示唆します。古ゲノムの低網羅率にも関わらず、配列決定品質得点の再調整と死後損傷の評価によって、ヨーロッパのカバのゲノム多様性を確実に推定できました。回収された低いゲノム規模多様性から、ヨーロッパのカバは小さく孤立した個体群に属していた、と示唆されます。全体的に、本論文の統合データから、カバは中期ヴァイヒゼリアンの温暖期にライン川上流のグラーベンの退避地に生息していた、と示唆されます。
●研究史
ヨーロッパの中期および後期更新世は、氷期と間氷期の交代が特徴でした。ヨーロッパの間氷期動物相のとくに外来要素は、カバでした。カバは複数回の波でアフリカからヨーロッパに定着し、それはおそらくカバ属の複数主によるもので、それには現在ではサハラ砂漠以南のアフリカに限定される一般的なカバ(Hippopotamus amphibius)が含まれます。カバは、ヨーロッパにおける最大の地理的分布の時期には、北西部のブリテン諸島から南部のイベリア半島およびイタリア半島にまでまたがっていました。化石記録におけるカバの存在は一般的に、より密な植生とより開けた水域の温暖状況を示唆します。したがって、カバは間氷期の指標種として広く受け入れられています。故に、後期更新世のヨーロッパにおけるカバの最盛期と最大の地理的分布は129000~115000年前頃のエーミアン間氷期(MISでは5eに相当します)と一致する、と一般的に推測されています。したがって、その後の最終氷期(115000~11700年前頃のヴァイヒゼリアン氷期、MISでは5d~2に相当)開始期における寒冷化の始まりは、ヨーロッパ西部および中央部におけるカバの絶滅をもたらした、不適な状況につながりました。しかし、ヨーロッパ中央部におけるカバの起源および現生ACHとの関係とそり絶滅の正確な年代が依然として不明なのは、形態学的同定以外には、わずか数点の詳細な分析が後期更新世のカバで行なわれてきて、古代DNAがカバではとくに欠けているからです。
●後期更新世のヨーロッパのカバと現生のアフリカのカバとの間の密接な遺伝的つながり
ドイツ南西部のライン川上流のグラーベンの化石産地から得られた19点のカバの標本が、古遺伝学的分析を受けました(図1A)。ライン川上流のグラーベンは、ヨーロッパ中央部におけるカバの後期更新世の分布の東端の境界を表しています。砂質砂利堆積物(マンハイム層)における砕石活動の長いれきしのため、後期更新世の大型哺乳類遺骸の多数の化石が発見されました。これらの堆積物には間氷期と氷期両方の動物相の代表が含まれているので、伝統的にヨーロッパ中央部におけるエーミアン間氷期と初期ヴァイヒゼリアン氷期(MIS4)との間の移行を保存しているものとして、したがって、カバがエーミアン間氷期末に絶滅した、との仮説を裏づける証拠として解釈されてきました。分析された19点の標本の内1点(アイヒの砂利穴から発掘されたNK37)ではより高い割合の内在性DNAが得られ、0.5倍のゲノム網羅率で配列決定され、更新世のヨーロッパのカバと現生ACHとの間の系統発生的関係が解明されました。死後損傷パターン、古代のマッピング(多少の違いを許容しつつ、ゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)された読み取りの真正性を裏づけます。以下は本論文の図1です。
古遺伝学的データによって充分に網羅された3085ヶ所の連結した5000塩基対のゲノム区画に基づく最尤系統発生再構築は、ライン川上流のグラーベンのカバ標本NK37を、現生WPHとよりも現生ACHの2系統(ACH1とACH2)との近くに位置づけ、WPHは遠い関連の外群として推測されました(図1B)。しかし、ACH標本に関してNK37の正確な位置づけは不明です。連結データセットや区画系統樹の44%はNK37をACH1とACH2両方の姉妹系統に位置づけるものの、区画系統樹のそれぞれ38%と18%は、NK37のACH1もしくはACH2とのより密接な関係を裏づけます(つまり、標本NK37はACH内に含まれます、図1B)。これは、標本NK37がACH2とよりもACH1の方と密接な関係である、と示唆するD統計によってさらに裏づけられます。この不一致は、祖先のアフリカ集団における系統地理的構造と組み合わさった、不完全な系統分類に起因するかもしれません。この不一致はあるいは、アフリカもしくはヨーロッパにおける異なるカバ系統間の混合の結果かもしれません。
混合捕獲による濃縮および厳密な配列呼び出し手法を用いて、ライン川上流のグラーベンの標本6点についてさらに部分的なミトコンドリアゲノムが回収されました(完全性の範囲は15~78%)。古代の読み取りの真正性は、再び死後損傷パターンによって裏づけられます。最尤およびベイズ系統発生再構築から、ライン川上流のグラーベンの後期更新世のカバは密接に関連しており、現生ACHのミトコンドリア多様性内に収まる単系統を形成する、と示唆されます(図1C)。しかし、近似不偏検定は、現生ACH外の位置を除外できません(上述の核連結分析の主要な系統樹の樹形と類似しています)。したがって、カバの分岐の開始時点における正確な分岐順は、明確には解明できません。ライン川上流のグラーベンの更新世のカバの現生ACHとの密接な遺伝的関連は、ミトコンドリアのシトクロームBおよび制御領域配列のより大きな大陸規模の標本に基づく、ハプロタイプ網によっても裏づけられます。すべての結合において、ライン川上流のグラーベンの更新世のカバはおもにアフリカ東部および南東部で知られている標本とハプロタイプを共有しています。アフリカのさまざまな地域の現在のACHにおけるミトコンドリアの距離は同様に、更新世のカバと一部の現生のアフリカ東部のカバ系統の間でより大きくなっています。これらの結果から、こうしたヨーロッパの後期更新世のカバは分岐した系統を形成していなかったものの、今ではサハラ砂漠以南のアフリカに限定される、かつて広く分布していた一般的なカバの一部だった、と示されます。
●ヨーロッパ中央部におけるカバの中期ヴァイヒゼリアンの存在
ヨーロッパのカバのエーミアン起源が、カバはヨーロッパにおける間氷期状況の指標である、との仮定のみに基づいていることを考えて、次に放射性炭素年代測定によるライン川上流のグラーベンの墓穴から得られた化石標本の年代が評価されました。保存のため化石標本の表面の処理に用いられたかもしれない保存用化学物質の潜在的存在に起因する偏りを軽減するために、標本は各骨内のより深い層から収集されました。さらに、FTIRから、コラーゲンの連続体は参照コラーゲンと類似しており、保存状態と純度は良好である、と示唆されます。¹⁴C 分析に選択された32点の化石カバ標本のうち28点から、年代測定の成功に充分なコラーゲンが得られました。この分析では、較正年代で、年代測定の限界の49000年前頃から、新しいと31000年前頃までの年代が得られました(図2)。以下は本論文の図2です。
2点の標本の繰り返しの年代測定(別の研究室を含みます)は、その新しい年代を確証しました。正確な暦年代はこの期間では慎重に解釈されるべきですが、本論文の結果から、以前の仮説とは対照的に、カバは、アンティクウスゾウと同様に、ヨーロッパ中央部においてMIS3、つまり最終氷期の中期(中期ヴァイヒゼリアン)まで存在していた、と示唆されます。比較のため、ライン川上流のグラーベンの同じ場所もしくは地理的に近い場所から発見されたケナガマンモスとケブカサイの15点の化石でも、¹⁴C 分析が行なわれました。その推定較正年代は同様に47000~31000年前頃の間で、ケナガマンモスおよびケブカサイとカバとの間で時間的隔たりはありません(図2)。これをさらに検証するために、エナメル質に基づくアミノ酸地質年代測定が、アイヒから発見された3点のカバ標本で行なわれました。その結果はカバがエーミアン期以後の年代であることと矛盾しませんが、この期間のこの手法の時間的解像度がより低いために、MIS3と決定的に割り当てることはできません。
カバの他に、ライン川上流のグラーベンの砂利穴では温暖な状況(つまり、間氷期)と通常は関連するものの、大規模な時間的違いを示唆しているかもしれない寒冷適応種の化石とは化石生成論的違いがない、いくつかの他の以種も得られました(たとえば、エーミアン間氷期とMIS3)。この解釈は、ライン川上流のグラーベンにおけるエーミアンの年代の堆積物層の欠如と一致します。まとめると、年代測定分析から、MIS3には、カバは一般的に寒冷適応と受け入れてられいる大型哺乳類とほぼ同時代だったか、より可能性が高い、カバとケナガマンモス/ケブカサイは本論文のデータによって解決できない短い時間規模でライン川上流のグラーベンに周期的に交替していたかもしれないのか、どちらかだった、と示唆されます。これは、たとえば間氷期における、カバによるラインの繰り返しの短期の定着を示唆しています(ただ、本論文の放射性炭素年代測定結果では、カバ化石を正確な間氷期に割り当てることができません)。どちらの場合でも、ライン川上流のグラーベンにおける後期更新世の化石産地では、エーミアン間氷期からヴァイヒゼリアン氷期への移行が保存されていないようです。
MIS3のヨーロッパ中央部におけるカバの存在は驚くべきことかもしれませんが、信じがたいもしくは可能性が低いわけではありません。中期ヴァイヒゼリアンは間氷期複合体で知られており、内陸の氷床成長の停滞をもたらした、複数の短い間氷期段階を含んでいます。ライン川上流のグラーベンおよび周辺の低山地域の刊行されている花粉記録は、MIS3間氷期において部分的には森林が覆っていた状況を示唆する、植物の証拠を示しています。この裏づけをさらに提供するために、カバ標本が元々発見された場所と地理的に近い砂利穴から、化石木片の放射性炭素年代が得られました。その年代は、MIS3のライン川上流のグラーベンにおける、寒冷(マツ)および温暖(オーク)の樹木種の存在を確証します。堆積物および無脊椎動物の以前の分析は、この期間における複数の温暖期を示唆しています。まとめると、ライン川上流のグラーベンは、比較的穏やかな温度のより温暖な状況を必要とする退避した種にとって好適だった、MIS3のいくつかの段階における局所的な微小気候を提供しました。これらの状況は、冬において、水域の完全な凍結を防ぎ、採食するカバ(および恐らくは他の温暖関連種)にとって充分な植生被覆率を提供するのに充分だったでしょう。ライン川上流のグラーベンは、カバの生存に適しており、MIS3のヨーロッパ中央部において唯一のそのような地域だったかもしれない、そうした気候条件のある最東端地域を表しているかもしれません。MIS3の末には、間氷期はずっと一般的ではなくなり、最終氷期極大期への移行期における間氷期の欠如は、ヨーロッパ中央部からのカバの最終的な消滅につながった可能性が高そうです。
●小集団によるライン川上流のグラーベンへの定着
化石カバの放射性炭素年代によって、ライン川上流のグラーベンのこれら後期に生存していたカバの起源をさらに追跡できるようになりました。ミトコンドリアゲノムデータセット、関連先端年代、両方とも混合の種間および種内標本抽出に最適に調節されている、と示されてきた2点の系統樹事前モデルで、ベイズ時間較正が実行されました。ベイズスカイライン合着(合祖)事前系統樹を用いて、アフリカとヨーロッパのカバ(Hippopotamus amphibius)内の基底部の節(分岐点)は834年前頃(95%HPDで160万~38万年前頃、図1C)と年代測定されました。ライン川上流のグラーベンのカバにおける最古級の合祖は、228000年前頃(95%HPDで40万~96000年前頃)と年代測定されました。正史自然系統樹を適用すると、分岐点の年代について同様ではあるもののより広範なHPDの中央値(それぞれ948000年前頃と242000年前頃)が得られました。これらの分岐年代は、より高いミトコンドリアゲノムの完全性(60%超)のライン川上流のグラーベンの標本3点のみが含められた場合にも、同様でした。カバ内の基底部の合祖は、分子および古生物学的証拠によって以前に示されたように、最初の種内分岐の期間およびACHの地理的拡大と一致します。
ライン川上流のグラーベンの後期更新世のカバにおける合祖は、ヨーロッパにおける定着と拡大の遺伝学的代理を提供します。この分岐点の時間的範囲は、イタリアにおける中期更新世堆積物ヨーロッパでの最古級と推定されるカバの化石と一致し、45万年前頃以降です。カバはその後の間氷期にヨーロッパの西部および中央部全域に拡大し、おそらくはローヌ川およびライン川を拡散の主要な経路として用いました。しかし、ホルスタインおよびアヴェリー間氷期のヨーロッパ中央部および西部におけるカバの存在は議論になっており、カバの決定的な化石記録はエーミアンの前には見られませんでした。カバがライン川上流のグラーベンおよびヨーロッパ中央部に初期ヴァイヒゼリアンの寒冷期(MIS4)にも一般的に存在していたのかどうかは、依然として不明ですが、7万~6万年前頃の間の間氷期がほぼ欠如していることを考えると、その可能性は低いようです。それにも関わらず、MIS4(およびWPH潜在的にはより新しい)と年代測定されたカバの化石がイベリア半島とイタリア半島で知られており、これは中期ヴァイヒゼリアン(MIS3)のヨーロッパ中央部におけるライン川上流のグラーベン集団の起源だったかもしれません。したがって、ヨーロッパ西部および中央部におけるカバのエーミアンおよび中期ヴァイヒゼリアンの存在は、ヨーロッパ南部の退避地域からの異なる拡大事象を表している可能性が高そうです。
MIS3のヨーロッパ中央部におけるライン川上流のグラーベンのこの定着は、ヨーロッパ南部のより長く存続してきた起源集団からの深いミトコンドリアの遺伝的系統(20万年以上前)を含んでいた可能性が高そうです。時空間的に近い遺伝的に分岐した系統のそうしたパターンは、ギガンテウスオオツノジカやケブカサイ[44]やマンモスなどヨーロッパ中央部および西部の他の後期更新世哺乳類で見られるパターンと類似しており、ヨーロッパ中央部への周期的な定着の結果かもしれません。NK37の古ゲノムにおけるゲノム規模多様性の推測によって、この後期定着集団の遺伝的状態がさらに評価されました。以下は本論文の図3です。
死後損傷パターンおよびX染色体に基づく再較正に基づいて、異型接合性(θ)が上述の核データセットで常染色体全体の500万塩基対の区画で推定されました。ライン川上流のグラーベン標本の低網羅率(0.47倍)のため、異型接合性推定値は0.1倍の網羅率に低解像度処理された場合でさえ、堅牢でした(図3)。標本NK37(θ平均=0.00121)とWPH1(θ平均=0.000843)における推定値は、ACHの2系統(ACH1のθ平均=0.00486、ACH2のθ平均=0.00431)よりかなり低くんっています。現生WPHは現在、アフリカ西部の上部ギニア森林地帯に限定されており、孤立した集団へと分断しています。したがって、標本NK37から推定された同様に低いゲノム規模の異型接合性から、ライン川上流のグラーベンのカバも、小さく孤立した集団を表していた、と示唆されます。
●まとめ
中期および後期更新世の気候変動は、環境と生息する大型哺乳類動物相の根本的変化をもたらしました。氷期動物相と間氷期動物相は交互に、それぞれヨーロッパ北東部および南部の中核地域から好適な気候条件期にこの地域に定着し、その時期には氷期動物相と間氷期動物相にとってそれぞれ気候条件が好適だったわけです。それにも関わらず、ヨーロッパ中央部における定着と消滅の時期も、アフリカの近縁との系統発生的関係も、これまで後期更新世のカバについて解明できませんでしたが、後期更新世のカバは間氷期状態の主要な指標と仮定されていました。
本論文は、古ゲノミクスをライン川上流のグラーベンのエーミアンと推定されるカバの放射性炭素年代と組み合わせることによって、この問題に取り組みました。これらは、以前にずっと広範に分布していた現生ACHの一部と判明しましたが、寄り多くの更新世ヨーロッパや現生のACHのゲノム規模データが、その複雑な関係の解明には必要でしょう。伝統的に受け入れられていた見解に反して、本論文の新たに年代測定された骨遺骸から、カバはヨーロッパ中央部において以前に考えられていたようにエーミアン末に消滅したわけではなかった、と明らかになります。むしろ、小集団がMIS3に、おそらくはヨーロッパ南部から、ヨーロッパ中央部のライン川上流のグラーベンに再定着しました。したがって本論文では、間氷期は、最終氷期の中期において、カバ(および恐らくは他の間氷期生物)の(少なくとも一時的な)移動を可能とした、温暖な退避地を提供した、、と示すことができます。全体的に、ライン川上流のグラーベンにおけるカバの後期の存在から、他の推定されるエーミアン遺跡の化石は、この種がヨーロッパ西部および中央部の他地域(たとえば、オランダ)で最終氷期にも存続していたのかどうか、同様に評価するために、再分析されるべきである、と示唆されます。
参考文献:
Arnold P. et al.(2025): Ancient DNA and dating evidence for the dispersal of hippos into central Europe during the last glacial. Current Biology, 35, 21, 5363–5371.E6.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.09.035
[44]Lord E. et al.(2020): Pre-extinction Demographic Stability and Genomic Signatures of Adaptation in the Woolly Rhinoceros. Current Biology, 30, 19, 3871–3879.E7.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2020.07.046
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