先史時代の女性に関する認識

 古代ゲノム研究によって先史時代の女性に関する認識が変容してきたことについての解説(Gross., 2025)が公表されました。本論文は、いわゆる先史時代における女性の役割について、人類学や考古学では現代の先入観に基づく偏った議論になっていた側面があることや、先史時代における母系社会というか母方居住社会の事例が古代ゲノム研究によって解明されたことを指摘しています。ただ、本論文でも指摘されているように、先史時代でもヨーロッパにおいて父系社会というか父方居住社会の事例が多く確認されており、これまでに確認されてきた先史時代の母系社会というか母方居住の事例がむしろ父方居住社会より少なかったことも否定できません。現生人類(Homo sapiens)社会の本質の一つは多様な社会を築くことにあり、「唯物史観」で想定されてたきたような、「未開の原始社会」は一様に母系で、「社会の発展」とともに父系社会が形成された、といった見解は根本的に間違っている、と考えています(関連記事)。


●要約

 先史時代社会における女性の役割は長年、現代の先入観によって偏った議論の対象となってきました。今や古代DNAの大規模な分析が、母系社会における親族関係網や以前には男性と推定されていた一部の個体の真の性別を明らかにしつつあります。


●ドイツの民族主義

 9000年前頃、30~40歳くらいの1人の女性が死亡し、ザーレ川の近くに位置する籠のような構造と赤色のオーカー(鉄分を多く含んだ粘土)で覆われている竪穴に座った姿勢で葬られました。1934年5月4日、現在のドイツのザクセン・アンハルト(Saxony-Anhalt)州となるバート・デュレンベルク(Bad Dürrenberg)の温泉庭園で、作業員が水道管用の溝の掘削中にこの埋葬地を発見しました。

 当初の試掘坑から行なわれた記録された発掘作業では、成人骨格が乳児骨格の一部や多くの副葬品とともに取り除かれましたが、埋葬地の一部はそのまま残されました。石斧およびシカの角を含めて多くの動物の骨や歯と関連して発見された成人は、当初男性と同定され、ナチ思想信奉者によって白人男性と推定され、「アーリア人」の祖先の事例として利用されました。その後の調査で、これらの仮説が間違いだった、と証明されました。


●女性祈祷師

 1950年代の成人骨格の再調査で、埋葬された個人は女性だったかもしれない、と提案されました。複雑な頭飾りを飾っていたらしい動物の骨からは、この女性1個体は、精神的指導者だったかもしれない、と示唆されるようなので、デュレンベルクの女性祈祷師(呪術師)として知られるようになりました。さらに、この骨格は頸椎で異常が見られ、この女性は特定の頭部運動において脳への血流を制限できたかもしれず、それは制御不能な眼球運動(眼振)など恍惚的な効果につながった可能性がある、と示唆されます。これらの現象はおそらく、精神的指導者の特別な地位を支えていたかもしれません。2010年代後半には、2022年にこの地で開催される予定だった州立園芸展(2024年に延期)の準備に伴う大規模な土木工事によって、この遺跡を再調査し、より体系的に発掘する機会が得られました。この時は、埋葬地を含む土壌が1934年の水道管の試掘坑の両側から2個の塊へと切断され、詳細な調査のため研究室に送られました。

 同時に、この成人は古代DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)解析から女性と確証され、その祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)は当時この地域で優勢だった確実に西方(ヨーロッパ)狩猟採集民人口集団内に収まりました。この新たな発掘中に、乳児のさらなる骨格部分も発見され、それには錐体骨が含まれており、DNAが得られ、親族関係分析が可能でした。このゲノム解析から、この乳児は少年と確証され、この女性と子供は女系を通じての4もしくは5親等の親族だった、と示唆されました。下書き、この成人女性個体は少年の高祖母もしくはマタイトコだったかもしれません。マタイトコだった場合、この成人女性と少年は同じ時に埋葬されたかもしれず、高祖母と玄孫だった場合は、この子供は埋葬地に後で追加されただけかもしれません。乳児遺骸の正確な年代測定からは、まだ時間が、したがった両者の家族関係が昭かになっていません。

 2022年に公表されたこのゲノム解析では成人女性の表現型の予測も可能で、この女性は、目が青色、肌の色が濃く、黒い直毛と示唆され、これは西方狩猟採集においてひじょうに一般的な形質の組み合わせです。興味深いことに、取り除かれた土壌の塊のうち1個から、2点の角の頭飾りが見つかり、これはこの成人女性の死後約6世紀立って埋葬されたものの、この成人女性の墓から1メートルも離れていませんでした。この近さから、これらの人工遺物はこの成人女性の遺産と関わっていた可能性が高く、埋葬地は世代を超えて記憶され、訪問されていた、と示唆されます。

 最近、別の女性祈祷師が新石器時代のチェムカ・ヒュユク(Çemka Höyük)遺跡の12000年前頃の墓で特定され、この遺跡は狩猟採集民社会と農耕の拡大との間の重要な位置を占めています。この墓は日干し煉瓦で建造された居住構造の床下にありました。またもや、さまざまな野生動物の骨がこの女性遺骸の周辺に意図的に配置されており、それにはオーロックスの頭蓋が含まれていまするこの珍しい埋葬慣行から、この女性はある意味で特別であり、おそらくは巫術(シャーマニズム)もしくは精霊信仰(アニミズム)を表している、と示唆されます。

 デュレンベルクの祈祷師は、遅まきながら女性として認識された唯一の先史時代の人物ではありません。古代DNA研究は今や、複数の古代の遺跡に適用され、何百点ものゲノムが明らかになっているので、重要な、したがって歴史的に男性と推定されていたヒトが、女性かもしれない、と分かっても驚くべきではありません。これは、1870年代にスウェーデンのビルカ(Birka)遺跡で発見されたヴァイキングの戦士の埋葬にも当てはまりました。この埋葬された個人は、1世紀以上男性と推定されていました。そうではないと示唆した骨学的調査に続いて、ウプサラ大学のシャーロッテ・ヘーゼンシェーナ=ヨーンソン(Charlotte Hedenstierna-Jonson)氏と同僚は2017年に刊行された古代DNA解析を実行し、それによって、2頭のウマや広範な武器庫とともに埋葬されたこの先史は女性と確証されました。予想通りに、副葬品がじっさいに戦士の埋葬を示しているのかどうか、突然疑問視する声が上がりました。ヴァイキング社会が父系的と考えられるのかどうかについて、ヘーゼンシェーナ=ヨーンソン氏は、例外的な個体や状況には例外が適用されたかもしれない、と主張します。古代DNAの研究によって、個体の特定だけではなく、女系の親族関係網も、古代社会の基盤として特定できるようになりました。

●母系交流網

 アナトリア半島の別の新石器時代遺跡であるチャタルヒュユク(Çatalhöyük)は1950年代後半以降発掘されてきており、UNESCO(United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization、国際連合教育科学文化機関)世界遺産と認定されています。その規模と平等主義的な社会構造で有名なチャタルヒュユク遺跡は、性別(ジェンダー)の役割について長く議論されてきており、それは、チャタルヒュユク遺跡で見つかった小像(図1)は権力誇示の姿勢の女性を示していることが多く、少女が少年の5倍以上の豊富な副葬品とともに埋葬されていたからです。以下は本論文の図1です。
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 トルコのアンカラの中東工科大学のエレン・ユンチュ(Eren Yüncü)氏と同僚は今や、紀元前8000~紀元前5800年前頃に生きており、チャタルヒュユク遺跡の居住家屋の床の増したに埋葬されていた、131個体のゲノム解析によって、この社会における女性の重要性に光を当てました(Yüncü et al., 2025)。研究者は、同じ家屋の下に埋葬された個体は通常、母系の形で相互と親族関係にあったことを明らかにしました。研究者は、娘の70~100%は両親の家とつながりを維持する傾向にあったのに対して、息子は離れる傾向にあった、と推定しました。

 研究対象の2000年間で、変化した慣行もありました。つまり、家屋の初期の埋葬は拡大家族の構成員のみを表している傾向にありました。後期の埋葬は、遺伝的に親族関係にない乳児とその母親も含んでおり、そうした個体は世帯主と食性を共有していました。これらの変化にも関わらず著者は、母系は2000年にわたって社会組織の最も重要な原則であり続けた、と結論づけています。

 農耕はアナトリア半島からヨーロッパへと広がりましたが、アナトリア半島で観察された母系社会は、紀元前4850~紀元前4500年頃となるフラナンス北部のギュルジー(Gurgy)のレス・ノイサッツ(les Noisats)遺跡(Rivollat et al., 2023)など、新石器時代ヨーロッパ西部でその後に観察された父系パターンとは著しく対照的です。したがって、ヨーロッパで定着し、家父長制構造につながった男系継承の基準は、農耕の拡大に伴って輸入された文化的一括の一部ではなかったかもしれません。

 リトアニアの考古学者であるマリヤ・ギンブタス(Marija Gimbutas)氏(1921~1994年)はその研究から、女性中心社会は草原地帯遊牧民とインド・ヨーロッパ語族が移動するまでヨーロッパにおいて優勢だった、との有名な結論に至りました。先史時代の人工遺物の解釈に基づくそうした主張は、常に議論となってきました。今では、DNAがそうした主張の再調査の独立した手法を提供します。

 チャタルヒュユク遺跡の発見の前に、ゲノム解析によって唯一古代母系社会と確証されたのは、アメリカ合衆国南西部のチャコ渓谷(Chaco Canyon)王朝の事例でした。2017年に、アメリカ合衆国のペンシルベニア州立大学のダグラス・ケネット(Douglas Kennett)氏とその同僚は、チャコ渓谷で最大の建造物であるプエブロ・ボニート(Pueblo Bonito)遺跡の支配層の地下室に埋葬された9個体は、同一のミトコンドリアゲノムを共有していた、と報告しました(Kennett et al., 2017)。その結果、母系支配層は800~1130年頃の間存続した、と示されました。

 それ以来、別の母系社会の証拠が中国東部の福建省の2ヶ所の墓地での遺伝学的研究から浮かび上がりました。北京大学の王勁成(Jincheng Wang)氏と中央民族大学の厳実(Shi Yan)氏とその同僚は、紀元前2750~紀元前2500年頃の間の雑穀農耕共同体の60個体から得られた、DNAおよび同位体の証拠を分析しました(Wang et al., 2025)。2ヶ所の遺跡に埋葬された人々は結婚によってつながっていたものの、2系統の別々の母系氏族によって厳格に組織されており、10世代にわたって存続した母系構造が示唆されます。

 別の最近の研究も、鉄器時代ブリテン島のケルト部族のデュロトリゲス人(Durotriges)で母方居住組織を見つけ、このデュロトリゲス人はかなりの副葬品とともに女性を埋葬することが多くありました。アイルランドのダブリン大学トリニティ・カレッジのララ・キャシディ(Lara Cassidy)氏とその同僚は、デュロトリゲス人の埋葬地(図1)から古代人57個体のゲノムを分析し、そこに埋葬された人々の3/4はそのわずか数世紀前に女性祖先を共有していた、と明らかにしました(Cassidy et al., 2025)。その他の親族関係にない被葬者は全員男性で、おそらくは近い過去の移民でした。したがって、この調査結果は、通常は女性が地元に留まる一方で、男性は移動する制度を示唆しており、新石器時代および青銅器時代のヨーロッパにおける調査結果をとは対照的です。以下は本論文の図2です。
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 キャシディ氏とその同僚が、自らの分析を他の考古学的遺跡から得られた既存のゲノムデータに確証すると、ブリテン諸島では一般的に女系の祖先系統の多様性が減少した、と分かり、これは母方居住制度が広がっていたことを示唆しています。母方居住は女性の権力付与を証明しませんが、女性は少なくとも財産継承および過去の世代からの影響力の立場ではより強い地位にあった、と示唆されます。この調査結果は、ケルト人のブリテン島における女性の役割に驚いたカエサルやタキトゥスを含めて、ローマの著述家の記述とも一致します。


●変わりゆく時代

 現在の母系社会に関する民族誌研究では、これらの母系社会は現代人が慣れている父系社会と比較して、女性にとって自立的で、権力の均衡がより取れているものの、蘭州大学の黄亜銘(Yaming Huang)氏とその同僚が報告するように、母権制を必ずしも裏づけない、と示されています。母系社会は稀で、衰退している、と考えられているので、黄亜銘氏とその同僚は、伝統的に母系継承構造だったチベットの17ヶ所の村落一式における最近の変化を研究しました。

 2015年と2021年の両方で、村人への包括的な取材や経済ゲームの実行によって、研究者は、相続や贈与における女性優先の標準が消滅しつつあることを見つけました。研究者はこの変化を、母系組織を優先してきた伝統的な農耕の衰退と関連づけました。対照的に牧畜は、男性を優先する一方で、非伝統的蜀上に従事する家族は、相続もしくは贈与において性別(ジェンダー)の偏りはありませんでした。この研究のため取材を受けた人々の生涯で起きた変化から、性別の偏った社会構造は考古学の時間規模と比較して急速に変化するかもしれない、と論証されます。19世紀と20世紀の研究者はこの可能性に気づかず、権力や武器や精神性の象徴とともに埋葬された個人を男性と推定することが多くありました。

 古代DNAの配列決定は今や、複数の先史時代の埋葬へと大規模に適用されつつあり、関連する個体の染色体の性別について確実に情報をもたらすことができます。副葬品など考古学的発見とともに読み解く、個体間の親族関係に関する追加の情報は、古代の女性の重要性と社会的役割の認識にとって新たな機会を提供します。


参考文献:
Cassidy LM. et al.(2025): Continental influx and pervasive matrilocality in Iron Age Britain. Nature, 637, 8048, 1136–1142.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-08409-6
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Gross M.(2025): Recognition for prehistoric women. Current Biology, 35, 22, R1065–R1067.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.10.075

Kennett DJ. et al.(2017): Archaeogenomic evidence reveals prehistoric matrilineal dynasty. Nature Communications, 8, 14115.
https://doi.org/10.1038/ncomms14115
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Rivollat M. et al.(2023): Extensive pedigrees reveal the social organization of a Neolithic community. Nature, 620, 7974, 600–606.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-06350-8
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Wang J. et al.(2025): Ancient DNA reveals a two-clanned matrilineal community in Neolithic China. Nature, 643, 8074, 1304–1311.
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09103-x
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Yüncü E. et al.(2025): Female lineages and changing kinship patterns in Neolithic Çatalhöyük. Science, 388, 6754, eadr2915.
https://doi.org/10.1126/science.adr2915
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