チンパンジーの暴力と適応度
野生のチンパンジー(Pan troglodytes)の暴力と適応度に関する研究(Wood et al., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、ボノボ(Pan paniscus)とともに現代人にとって最も近縁な現生分類群であるチンパンジーにおいて、致死的な連合による集団間攻撃と縄張り拡大後に、雌の繁殖力と乳児の生存率が上昇したことを示しました。チンパンジー属は現代人にとって最も近縁な現生分類群ですから、ヒトの暴力性進化との関連でも注目される研究です。
以下の略称は、km(kilometre、キロメートル)、ASFR(age-specific fertility rates、年齢固有の繁殖率)、CI(confidence interval、信頼区間)、 HR(hazard ratio、ハザード比)です。本論文で取り上げられるチンパンジーは、ウガンダのキバル国立公園(Kibale National Park)の野生チンパンジーのンゴゴ(Ngogo)集団、コートジボワールのタイ国立公園(Taï National Park)の集団、タンザニアのゴンベ(Gombe)国立公園の集団です。
●要約
致死的な連合による集団間攻撃は、野生チンパンジーの行動の顕著な側面です。証拠から、そうした暴力は縄張り拡大につながるかもしれない、と示唆されているものの、この結果が適応上の利益をもたらすのかどうかは不明です。本論文では、ンゴゴチンパンジー群の雄が近隣集団の構成員を殺害し、縄張りを拡大した後に、雌の繁殖力と乳児の生存率が上昇した、と示されます。これらの調査結果は、現代人の最も近い現生の2系統の親族【チンパンジーとボノボ】のうち一方における集団間殺害の適応上の利益を論証し、適応的意義に関する議論に寄与します。
●研究史
1998~2008年の間に、ウガンダのキバル国立公園のンゴゴのチンパンジー集団の構成員が近隣集団の21個体を殺害し、それには縄張りの北東側の地域に生息していた13頭の犠牲者が含まれます。近隣個体の連合力を弱めた後に、ンゴゴのチンパンジーは以前に犠牲者が生息していた地域へと縄張りを拡大しました。この拡大は2009年に起きて、6.4km²に達し、縄張りの面積は22%拡大しました。これらのデータから、チンパンジーの致死的な集団間攻撃は追加の縄張りおよび関連する食料資源の利用をもたらす、と示唆されますが、そうした獲得の適応度の結果は不明です。この問題に取り組むために、雌の繁殖力と乳児の生存率が、ンゴゴ群の縄張りの拡大の前後で比較されました。
●分析結果
ンゴゴにおける記録されている出生数は、縄張り拡大後に2倍以上になりました。雌は、拡大後の3年間の37頭と比較して、拡大の前3年間には15頭の乳児を出産しました。出生数自体は雌の個体数もしくは年齢構成の差異を考慮していないので、拡大後により高かった、ASFRも比較されました。このパターンは、縄張り拡大事象の前後2もしくは3年間の分析でも、一貫していました(図1A・B)。ベイズ階層モデルでは、雌は縄張り拡大後に出産確率が2倍以上に増加した、と示唆されます。この出生率上昇は、縄張り拡大前後の2年間(平均リスク比=2.75、95%CIは1.4~5.2、図1C)と3年間(平均リスク比=2.3、95%CIは1.3~4.0、図1D)を比較した分析全体で一貫していました。以下は本論文の図1です。
縄張り拡大後の雌の繁殖力の上昇は、仔の生存率の顕著な改善と一致していました。拡大前の3年間には、乳児の3歳前の死亡率は、拡大後の8%と比較して41%でした。この違いは、拡大前における脂肪の5.7倍高い危険を反映しています(HR=5.7、95%CIは1.50~21.51、図2B)。同様の結果は、2年間を用いた分析で得られ、拡大前の生存率は顕著に低いものでした(HR=12.50、95%CIは1.47~108.1、図2A)。以下は本論文の図2です。
霊長類において、乳児の生存率が雌の繁殖力に影響を及ぼすのは、乳児の死は卵巣周期のより早い再開につながることが多く、出産間隔が短くなるからです。生存率が縄張り拡大後に改善したので、この期間における出生頻度増加は、乳児死亡に伴う出産間隔の短縮に原因を求めることはできません。また、出生頻度増加は、縄張り拡大後に幼い乳児がいない、より繁殖の活発な女性の存在に起因していたわけでもありません。乳児生存率の向上は、縄張り拡大後の適応上の利益を増幅させました。たとえば、縄張り拡大後の条件下で50歳まで生き、繁殖する雌は、少なくとも3歳まで生存する仔を、縄張り拡大前の条件下のわずか2.2頭と比較すると、7.4頭産むと予測されます。
チンパンジーはおもに果実を食べており、以前にンゴゴでは、果実供給量の持続的増加が記録されました。したがって、縄張り拡大とは関係ない食料の利用権増加が、雌の繁殖力の向上に寄与したかもしれません。しかし、先行研究の図3および図4で提示された生物季節学データの視覚的検査では、ンゴゴのチンパンジーの縄張りにおける果実の利用権は安定したままだったか、縄張り拡大後にわずかに減少したかもしれない、と示唆されています。統計的比較では、縄張り拡大後の3年間における果樹の月ごとの割合は、拡大前の3年間における果樹の割合を超えなかった、と確証されました。
●考察
本論文の結果は、チンパンジーにおける致死的な集団間の適応度の影響への知見を提供します。近隣集団の構成員への複数の致死的攻撃の後に、ンゴゴの雌のチンパンジーは追加の縄張りおよび食資源への利用権を獲得しました。これはンゴゴのチンパンジーの雌のエネルギー活力状態を改善し、繁殖率上昇をもたらした可能性が高そうです。これらの調査結果は、雌の哺乳類の繁殖力への活力状態の強い影響を示した、先行研究と一致します。縄張りの拡大に伴った縄張り規模の顕著な拡大は、集団内の摂食競争も減少させました。霊長類では、摂食競争の減少は、より高い繁殖力を含めて、雌の栄養状態および繁殖を改善することが多くあります。より高い乳児の生存率は、雌の繁殖力の上昇と同様に、本論文で報告された致死的な集団間攻撃の予測される結果です。母親のエネルギー状態の改善は、乳児の生存率上昇に寄与したかもしれません。さらに、他集団の構成員による乳児殺害は、チンパンジーにおいて乳児の死亡の主因です[6]。近隣個体の多くの殺害と、その集団の強さを低下させた後で、ンゴゴのチンパンジーは縄張り拡大の直後に、この脅威から乳児を隔離したかもしれません。
チンパンジーにおける進化した適応的戦略としての、致死的な連合攻撃に関する広範な議論にも関わらず、その適応度の影響は調査されていませんでした。ゴンベのチンパンジーに関するある研究では、雌の繁殖力は集団の領域規模がより大きかった場合により高かったものの、縄張り規模の変化は致死的な集団間攻撃の成功に寄与しなかった、と示されました。同様に、コートジボワールのタイ国立公園のチンパンジーに関する研究では、雌の繁殖力は雄がより多い集団でより高かった、と明らかになりましたが、集団においてより雄の多いことが致死的な集団間攻撃の成功につながった、とは示されませんでした。本論文では、雌の繁殖力と仔の生存におけるかなりの増加は縄張り拡大に伴っていた、と論証されます。縄張り拡大を可能とした致死的な集団間攻撃のほぼすべてを担った雄が、これらの利益を雌と共有したのは、すべてのンゴゴの仔は集団の雄の子供だったからです。致死的な集団間攻撃の広範な分類群で起きますが、そうした事象に続く縄張り拡大はごく稀にしか記録されてきませんでした。本論文の調査結果は、チンパンジーにおいて、致死的な連合した集団間攻撃を縄張り拡大および適応度向上と結びつける、直接的な証拠を提供します。
本論文の結果は、チンパンジーにおける致死的な集団間攻撃の意義に関する長年の議論に寄与します。チンパンジーの致死的な集団間暴力は行動目録の正常な一部で、自然選択によって進化した[6]、との仮説と一致するかなりの証拠にも関わらず、そうした致死的な集団間暴力はヒトの影響によって生じた人為的産物である、との主張もあります。ンゴゴのチンパンジーがこの議論においてとくに注目されるのは、他集団の同種個体を頻繁に殺害し、縄張りと接するヒトの居住地のない、比較的乱れていない森林に生息しているからです。本論文で提示された観察は、適応仮説とはっきり一致します。
要するに、致死的な集団間に続く縄張り拡大は、現代人の最も近い現生の2系統の親族【チンパンジーとボノボ】のうち一方であるチンパンジーにおいて、雌の繁殖力上昇と乳児死亡率の減少をもたらしました。同様の過程がヒトの進化において役割を果たしたのかどうかは、依然として未解決の問題です。
参考文献:
Wood BM. et al.(2025): Female fertility and infant survivorship increase following lethal intergroup aggression and territorial expansion in wild chimpanzees. PNAS, 122, 47, e2524502122.
https://doi.org/10.1073/pnas.2524502122
[6]Wilson ML. et al.(2014): Lethal aggression in Pan is better explained by adaptive strategies than human impacts. Nature, 513, 7518, 414–417.
https://doi.org/10.1038/nature13727
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●要約
致死的な連合による集団間攻撃は、野生チンパンジーの行動の顕著な側面です。証拠から、そうした暴力は縄張り拡大につながるかもしれない、と示唆されているものの、この結果が適応上の利益をもたらすのかどうかは不明です。本論文では、ンゴゴチンパンジー群の雄が近隣集団の構成員を殺害し、縄張りを拡大した後に、雌の繁殖力と乳児の生存率が上昇した、と示されます。これらの調査結果は、現代人の最も近い現生の2系統の親族【チンパンジーとボノボ】のうち一方における集団間殺害の適応上の利益を論証し、適応的意義に関する議論に寄与します。
●研究史
1998~2008年の間に、ウガンダのキバル国立公園のンゴゴのチンパンジー集団の構成員が近隣集団の21個体を殺害し、それには縄張りの北東側の地域に生息していた13頭の犠牲者が含まれます。近隣個体の連合力を弱めた後に、ンゴゴのチンパンジーは以前に犠牲者が生息していた地域へと縄張りを拡大しました。この拡大は2009年に起きて、6.4km²に達し、縄張りの面積は22%拡大しました。これらのデータから、チンパンジーの致死的な集団間攻撃は追加の縄張りおよび関連する食料資源の利用をもたらす、と示唆されますが、そうした獲得の適応度の結果は不明です。この問題に取り組むために、雌の繁殖力と乳児の生存率が、ンゴゴ群の縄張りの拡大の前後で比較されました。
●分析結果
ンゴゴにおける記録されている出生数は、縄張り拡大後に2倍以上になりました。雌は、拡大後の3年間の37頭と比較して、拡大の前3年間には15頭の乳児を出産しました。出生数自体は雌の個体数もしくは年齢構成の差異を考慮していないので、拡大後により高かった、ASFRも比較されました。このパターンは、縄張り拡大事象の前後2もしくは3年間の分析でも、一貫していました(図1A・B)。ベイズ階層モデルでは、雌は縄張り拡大後に出産確率が2倍以上に増加した、と示唆されます。この出生率上昇は、縄張り拡大前後の2年間(平均リスク比=2.75、95%CIは1.4~5.2、図1C)と3年間(平均リスク比=2.3、95%CIは1.3~4.0、図1D)を比較した分析全体で一貫していました。以下は本論文の図1です。
縄張り拡大後の雌の繁殖力の上昇は、仔の生存率の顕著な改善と一致していました。拡大前の3年間には、乳児の3歳前の死亡率は、拡大後の8%と比較して41%でした。この違いは、拡大前における脂肪の5.7倍高い危険を反映しています(HR=5.7、95%CIは1.50~21.51、図2B)。同様の結果は、2年間を用いた分析で得られ、拡大前の生存率は顕著に低いものでした(HR=12.50、95%CIは1.47~108.1、図2A)。以下は本論文の図2です。
霊長類において、乳児の生存率が雌の繁殖力に影響を及ぼすのは、乳児の死は卵巣周期のより早い再開につながることが多く、出産間隔が短くなるからです。生存率が縄張り拡大後に改善したので、この期間における出生頻度増加は、乳児死亡に伴う出産間隔の短縮に原因を求めることはできません。また、出生頻度増加は、縄張り拡大後に幼い乳児がいない、より繁殖の活発な女性の存在に起因していたわけでもありません。乳児生存率の向上は、縄張り拡大後の適応上の利益を増幅させました。たとえば、縄張り拡大後の条件下で50歳まで生き、繁殖する雌は、少なくとも3歳まで生存する仔を、縄張り拡大前の条件下のわずか2.2頭と比較すると、7.4頭産むと予測されます。
チンパンジーはおもに果実を食べており、以前にンゴゴでは、果実供給量の持続的増加が記録されました。したがって、縄張り拡大とは関係ない食料の利用権増加が、雌の繁殖力の向上に寄与したかもしれません。しかし、先行研究の図3および図4で提示された生物季節学データの視覚的検査では、ンゴゴのチンパンジーの縄張りにおける果実の利用権は安定したままだったか、縄張り拡大後にわずかに減少したかもしれない、と示唆されています。統計的比較では、縄張り拡大後の3年間における果樹の月ごとの割合は、拡大前の3年間における果樹の割合を超えなかった、と確証されました。
●考察
本論文の結果は、チンパンジーにおける致死的な集団間の適応度の影響への知見を提供します。近隣集団の構成員への複数の致死的攻撃の後に、ンゴゴの雌のチンパンジーは追加の縄張りおよび食資源への利用権を獲得しました。これはンゴゴのチンパンジーの雌のエネルギー活力状態を改善し、繁殖率上昇をもたらした可能性が高そうです。これらの調査結果は、雌の哺乳類の繁殖力への活力状態の強い影響を示した、先行研究と一致します。縄張りの拡大に伴った縄張り規模の顕著な拡大は、集団内の摂食競争も減少させました。霊長類では、摂食競争の減少は、より高い繁殖力を含めて、雌の栄養状態および繁殖を改善することが多くあります。より高い乳児の生存率は、雌の繁殖力の上昇と同様に、本論文で報告された致死的な集団間攻撃の予測される結果です。母親のエネルギー状態の改善は、乳児の生存率上昇に寄与したかもしれません。さらに、他集団の構成員による乳児殺害は、チンパンジーにおいて乳児の死亡の主因です[6]。近隣個体の多くの殺害と、その集団の強さを低下させた後で、ンゴゴのチンパンジーは縄張り拡大の直後に、この脅威から乳児を隔離したかもしれません。
チンパンジーにおける進化した適応的戦略としての、致死的な連合攻撃に関する広範な議論にも関わらず、その適応度の影響は調査されていませんでした。ゴンベのチンパンジーに関するある研究では、雌の繁殖力は集団の領域規模がより大きかった場合により高かったものの、縄張り規模の変化は致死的な集団間攻撃の成功に寄与しなかった、と示されました。同様に、コートジボワールのタイ国立公園のチンパンジーに関する研究では、雌の繁殖力は雄がより多い集団でより高かった、と明らかになりましたが、集団においてより雄の多いことが致死的な集団間攻撃の成功につながった、とは示されませんでした。本論文では、雌の繁殖力と仔の生存におけるかなりの増加は縄張り拡大に伴っていた、と論証されます。縄張り拡大を可能とした致死的な集団間攻撃のほぼすべてを担った雄が、これらの利益を雌と共有したのは、すべてのンゴゴの仔は集団の雄の子供だったからです。致死的な集団間攻撃の広範な分類群で起きますが、そうした事象に続く縄張り拡大はごく稀にしか記録されてきませんでした。本論文の調査結果は、チンパンジーにおいて、致死的な連合した集団間攻撃を縄張り拡大および適応度向上と結びつける、直接的な証拠を提供します。
本論文の結果は、チンパンジーにおける致死的な集団間攻撃の意義に関する長年の議論に寄与します。チンパンジーの致死的な集団間暴力は行動目録の正常な一部で、自然選択によって進化した[6]、との仮説と一致するかなりの証拠にも関わらず、そうした致死的な集団間暴力はヒトの影響によって生じた人為的産物である、との主張もあります。ンゴゴのチンパンジーがこの議論においてとくに注目されるのは、他集団の同種個体を頻繁に殺害し、縄張りと接するヒトの居住地のない、比較的乱れていない森林に生息しているからです。本論文で提示された観察は、適応仮説とはっきり一致します。
要するに、致死的な集団間に続く縄張り拡大は、現代人の最も近い現生の2系統の親族【チンパンジーとボノボ】のうち一方であるチンパンジーにおいて、雌の繁殖力上昇と乳児死亡率の減少をもたらしました。同様の過程がヒトの進化において役割を果たしたのかどうかは、依然として未解決の問題です。
参考文献:
Wood BM. et al.(2025): Female fertility and infant survivorship increase following lethal intergroup aggression and territorial expansion in wild chimpanzees. PNAS, 122, 47, e2524502122.
https://doi.org/10.1073/pnas.2524502122
[6]Wilson ML. et al.(2014): Lethal aggression in Pan is better explained by adaptive strategies than human impacts. Nature, 513, 7518, 414–417.
https://doi.org/10.1038/nature13727
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