原田俊治『世界の名馬 セントサイモンからケルソまで』第5版

 サラブレッド血統センターより1995年1月に刊行されました。初版の刊行は1970年8月です。当ブログを始める前に読んでおり、まだ当ブログで取り上げておらず、最近再読した本も今後当ブログに掲載していくことにしましたが、本書もその一環です。本書の初版が刊行されたのは私が生まれる前で、ハイセイコーによる競馬人気の過熱の前のことです。その時代に、こうした外国のサラブレッドを対象とした名馬物語が刊行されたことには意外な感もあり、じっさい、本書のまえがきによると、本書のような名馬物語はそれまで日本で刊行されたことがなかったそうで、本書が当時どの程度売れたのか、気になるところであります。

 本書で取り上げられているのは外国の名馬のみで、日本で出走したり繁殖に供用されたりしたサラブレッドもいませんから(ジャパンカップの創設は本書初版刊行の11年後ですから、日本で出走した外国馬がいないのも当然ではあります)、初版刊行当時、まだ外国に行ったことがなかった著者は、本書で取り上げられた名馬を直接見たわけではありません。本書は、著者が1964年頃に『競馬週報』という雑誌に連載した「名種牡馬紳士録」を骨子としながら、全面的に書き換えたそうで、「名種牡馬紳士録」が元なので、当然牡馬が多いわけですが、牝馬ではセプターとプリティポリーとメルドとプチエトワール(プティエトワール)、騙馬ではケルソが取り上げられています。

 本書における名馬の選考基準については、競争成績および繁殖成績は当然として、それらが名馬物語に取り上げられるにはやや物足りないとしても、当時の日本で馴染み深い馬と関係の深い馬が比較的多く取り上げられているように思われ、具体的には、ボアルセル(ボワルセル)やネヴァーセイダイです。ボワルセルは、産駒のヒカルメイジとヒンドスタンで日本には馴染み深い種牡馬で、持ち込み馬のヒカルメイジは日本ダービーを勝ち、種牡馬としてそこそこ成功し、アイルランドダービーを勝ったヒンドスタンは日本で大種牡馬となりました。ネヴァーセイダイはイギリスで二冠馬となり、種牡馬成績首位ともなりましが、世界の名馬物語に取り上げられるほどの成績とは言い難く、やはり本書初版刊行当時にネヴァーセイダイの父系が日本で活躍していたたため、選考されたのでしょう。

 本書で取り上げられている名馬で生年が最も古いのはセントサイモン(サンシモン)で、本当は、18世紀のエクリプスや19世紀のキンツェムなども取り上げたかったそうですが、当時は公式の競争成績書など基礎資料を入手できず、断念したそうです。初版刊行の1970年8月の時点では存命だったリボーも取り上げられており、バリバリの現役種牡馬ながら早くも伝説の主人公として語られている、と述べられていますが、私が所有している第5版では、1972年4月28日に腸捻転のため死亡した、との追記があります。本書が何版まで刊行されたのか分かりませんが、息の長い本となったのは、競馬文化の浸透の点で幸いだったように思います。

 本書で取り上げられているカーバイン(カービン)については、南半球において、イギリスのセントサイモンやアメリカ合衆国のマンノウォーやイタリアのネアルコなどの各国の「不滅の名馬」に相当する存在として語られており、一方で、近代競馬の歴史が浅い日本には、そうした歴史的名馬がまだ存在しない、と指摘されています。初版刊行時点では、すでにシンザンが種牡馬生活を送っていましたが、日本の競馬界を代表する象徴的地位を得られるだろうか、とカーバインの項で述べられており、当時の著者は、まだシンザンを日本競馬界の象徴的存在とは認めていなかったようです。シンザンの次の三冠馬は19年後(1983年)のミスターシービーで、その翌年にシンボリルドルフが三冠、さらには古馬になって七冠を達成するまで、「シンザンを超えろ」が日本中央競馬会の標語になっており、シンザンが内国産種牡馬不遇の時代に繁殖成績で健闘していたこともあって、シンザンは少なくとも一時期、日本競馬界の象徴的存在になっていたように思います。

 現在、日本競馬界の象徴的存在であるサラブレッドは何かといえば、競争成績と繁殖成績から単純に考えると、ディープインパクトになりそうです。少なくとも、100年後にまだ日本で競馬が一定以上の規模と人気を誇り、日本の名馬物語といった書籍が刊行される場合には、ディープインパクトが外れることはないでしょう。競走馬時代の一般的人気という点では、ディープインパクトよりもハイセイコーやオグリキャップの方が上で、ディープインパクトはその2頭ほどの社会的熱狂を引き起こしたわけではないようにも思いますが、大人気の創作で取り上げられるといったことなどがなければ、後世には昔の雰囲気が伝わりにくいので、やはり後世にも分かりやすい数値化できる成績を残した点で、ディープインパクトが日本の代表的な名馬として長く語り継がれていくのではないか、と予想しています。

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