『卑弥呼』第158話「軍神、鬼神」
『ビッグコミックオリジナル』2025年12月5日号掲載分の感想です。前号は休載だったので、久々の感があります。前回は、宍門(アナト)国の阿武(アブ)で、ヤノハが自分を人質に取ろうとした漁師たちに、戦いは一番簡単な解決策に思えるが、その後は勝者も敗者も取り返しがつかないほど後悔し、結局はどちらも負けたことに気づくのだから、錨を下ろして無条件で我々を通せ、と命令するところで終了しました。今回は、その1日前、魏の帯方郡の劉昕の砦で、トメ将軍一行が劉昕に謁見している場面から始まります。魏と公孫淵との戦いの最中に、倭国が使節団を魏に送りたい理由について、ミマアキはヤノハの真意を推測して、劉昕に説明します。倭は戦乱の中にあり、山社(ヤマト)の近隣には暈(クマ)、東方には日下(ヒノモト)などが存在し、倭の女王である日見子(ヒミコ)、つまりヤノハの望みは、魏の同盟国になり、倭に大乱が起きた場合には魏から援軍を派遣してもらう確約だ、とミマアキは劉昕に説明します。同盟は無理な話だ、と一蹴する劉昕に対してミマアキは、倭の使節団が戦の最中に公孫淵太守の陣営を突破して、洛陽にたどりつけたらどうだろうか、とミマアキは劉昕に問いかけます。
舞台は現在に戻って、魏の温県では、魏の大尉である司馬懿(司馬仲達)の邸宅の前で、ヤノハとは旧知の何(カ)の配下であるトヒコおよびノヅナが、何を待っていました。何とトヒコおよびノヅナは司馬懿に謁見していましたが、その説明を司馬懿は不審に思い、何のみ残るように指示しました。トヒコとノヅナは、自分たちの嘘が司馬懿に気づかれ、何が斬首される覚悟をしていました。ヤノハは、倭の使節団が魏軍と公孫淵軍の戦線を突破して洛陽に入るよう指示しましたが、終戦後に洛陽に使節団を派遣するのとどのような違いがあるのか、ミマアキと違って理解できていないようです。
宍門国の阿武の港では、ヤノハ一行を脅迫した漁師たちが、ヤノハ一行に敬意を払って見送っていました。ヤノハは説得によって戦いが避けられたことから、自分が日下に赴いて吉備津彦(キビツヒコ)と直談判するのはどうだろう、とイクメに提案します。イクメはヤノハが殺されることを案じ、無謀といさめますが、殺されればそれまでの者だったのだ、とヤノハは達観したように言います。
魏の温県では、何が司馬懿の邸宅から退出し、トヒコとノヅナは喜びます。司馬懿は何に、倭国の嘘ではなく何個人の嘘を話すよう、命じます。何は一介の通辞と名乗っていましたが、司馬懿は、何が通辞ではなく、本当の使者はトヒコとノヅナではなく何だろう、と指摘します。すると何は司馬懿に謝罪し、倭の女王である卑弥呼より使節団訪魏の件で難しいお願いをするよう命じられたものの、自分のような漢人(という分類を作中の舞台である紀元後3世紀に用いてよいのか、疑問は残りますが)では聞き入れてもらえないと思い、倭人の若者であるノヅナを使者に仕立て上げた、と釈明します。倭に住んで何年になる、と司馬懿に問われた何は、約30年と答えます。司馬懿は、何が倭に渡ったのは漂着ではなく逃亡のためと推測し、黄巾の乱の残党ではないか、と指摘します。黄巾の乱は40年前に終わり、国中に散った残党はその後20年にわたって各地で反乱を続けたが、それも終わり、黄巾族の劉辟や龔都などの名だたる残党を受け入れたのは、魏の初代皇帝である曹丕様だから安心するように、と何に伝えます。司馬懿は本題に入り、倭の女王について聞いた時、遼東郡に行くまで百日、公孫淵の討伐に百日を要するが、都に帰還せずに、そのまま馬韓や辰韓や弁韓や濊を征服するのはどうか、と考えたことを何に伝えます。ついでに渡海して、自分の最後の務めとして、倭の女王の首を陛下に献上しようと考えた、と明かす司馬懿に何は慌てますが、最後まで聞くよう、司馬懿は何を諭します。
司馬懿は、公孫淵討伐の最中に戦場を通過する倭からの使節団への助力を願い出たノヅナの言葉で、考えを変えました。司馬懿は長年、到底敵わない、と考えていた男と戦っており、その男は自分を寸でのところまで追いつめたものの、3年前に急死し、その男は戦を生き物のように掌で転がせたので、自分には専守防衛以外にその男から魏を守る術が思いつかなかった、と何に打ち明けます。その男は人の心を操ることができ、どうすれば、人は怒り、憎み、我を失い、増長するのか、すべて心得ていた、というわけです。その男は諸葛亮(諸葛孔明)で、司馬懿はノヅナの言葉から、倭の女王が諸葛亮のように恐ろしい相手と考えました。倭の使節団が遼東郡の最前線を突破し、洛陽にたどり着いたならば、魏の皇帝は倭の使節団が危険を冒してまで魏に来たことに感動し、魏が諸国から敬われている存在と考えるだろうから、皇帝の心を掴めば、小国であろうがなかろうが、無条件に格上げされる、と司馬懿は推測し、何は司馬懿の慧眼に畏敬の念を抱いたようです。司馬懿から、倭の使節団が魏軍と公孫淵軍の戦場を突破するつもりならば、自分は全力で助ける、と伝えられた何は喜びます。司馬懿はさらに、倭の女王が、実は魏と公孫淵の戦を自ら仕組み、公孫淵に独立を囁く一方で、魏には謀叛を注進することで、両者を煽ったのではないか、と推測しますが、怒っているわけではないようです。司馬懿は何に、戦の最初から最後まで掌で操れる者は人ではなく、軍神、さらには鬼神だ、と述べて、軍神や鬼神は自分が知る限りでは諸葛亮以外にはいなかった、と本音を明かします。司馬懿が、そうした怪物が自分の人生に再び現れれば、二度と戦いたくない、と何に打ち明けたところで、今回は終了です。
今回は、司馬懿と何のやり取りを中心に話が展開しました。諸葛亮は、倭国から魏への遣使の頃にはすでに死亡していたので、本作では登場しないものの、司馬懿から語られるかもしれない、とは予想していました。諸葛亮はすでに、第121話で言及されていましたが、今回は司馬懿から、諸葛亮が最強の敵と認識されていることと共に、ヤノハが諸葛亮に比肩するほどの人物と考えていることも語られました。司馬懿はヤノハの思惑を見抜いたうえで、諸葛亮を想起させるヤノハの思惑を受け入れる、と決断しました。司馬懿の登場は連載開始当初から予想していましたが、予想以上に登場場面は多くなりそうで、今後の描写も注目されます。
ヤノハが、吉備津彦との会見を考えていることも注目されます。本作の日下側の伝承は基本的に記紀の枠組みに収まっているので、日下が山社連合を征服することになるのかな、とも予想していましたが、ヤノハが吉備津彦と談合することで、神話も含めて伝承は日下側に譲り、民の扱いなどで日下側に譲歩させるといった、ヤノハと吉備津彦の交渉によってヤマト王権が成立し、箸墓古墳が築かれた、という展開になるのかもしれません。この山社連合と日下連合の同盟もしくは統一に暈は加わらず、熊襲として語られていくのかな、とも考えられます。本作の現時点は、ヤノハというか卑弥呼の死まで10年程度のところまで進んでいるように思われますが、魏軍と公孫淵軍の戦いの結末、山社連合と日下連合や暈との関係、まだ本作では登場していないように思われる台与(壱与)など、描かれそうな話は多いので、完結は当分先になりそうです。その分、長く楽しめることになりそうで、今後の展開もたいへん楽しみにしています。
舞台は現在に戻って、魏の温県では、魏の大尉である司馬懿(司馬仲達)の邸宅の前で、ヤノハとは旧知の何(カ)の配下であるトヒコおよびノヅナが、何を待っていました。何とトヒコおよびノヅナは司馬懿に謁見していましたが、その説明を司馬懿は不審に思い、何のみ残るように指示しました。トヒコとノヅナは、自分たちの嘘が司馬懿に気づかれ、何が斬首される覚悟をしていました。ヤノハは、倭の使節団が魏軍と公孫淵軍の戦線を突破して洛陽に入るよう指示しましたが、終戦後に洛陽に使節団を派遣するのとどのような違いがあるのか、ミマアキと違って理解できていないようです。
宍門国の阿武の港では、ヤノハ一行を脅迫した漁師たちが、ヤノハ一行に敬意を払って見送っていました。ヤノハは説得によって戦いが避けられたことから、自分が日下に赴いて吉備津彦(キビツヒコ)と直談判するのはどうだろう、とイクメに提案します。イクメはヤノハが殺されることを案じ、無謀といさめますが、殺されればそれまでの者だったのだ、とヤノハは達観したように言います。
魏の温県では、何が司馬懿の邸宅から退出し、トヒコとノヅナは喜びます。司馬懿は何に、倭国の嘘ではなく何個人の嘘を話すよう、命じます。何は一介の通辞と名乗っていましたが、司馬懿は、何が通辞ではなく、本当の使者はトヒコとノヅナではなく何だろう、と指摘します。すると何は司馬懿に謝罪し、倭の女王である卑弥呼より使節団訪魏の件で難しいお願いをするよう命じられたものの、自分のような漢人(という分類を作中の舞台である紀元後3世紀に用いてよいのか、疑問は残りますが)では聞き入れてもらえないと思い、倭人の若者であるノヅナを使者に仕立て上げた、と釈明します。倭に住んで何年になる、と司馬懿に問われた何は、約30年と答えます。司馬懿は、何が倭に渡ったのは漂着ではなく逃亡のためと推測し、黄巾の乱の残党ではないか、と指摘します。黄巾の乱は40年前に終わり、国中に散った残党はその後20年にわたって各地で反乱を続けたが、それも終わり、黄巾族の劉辟や龔都などの名だたる残党を受け入れたのは、魏の初代皇帝である曹丕様だから安心するように、と何に伝えます。司馬懿は本題に入り、倭の女王について聞いた時、遼東郡に行くまで百日、公孫淵の討伐に百日を要するが、都に帰還せずに、そのまま馬韓や辰韓や弁韓や濊を征服するのはどうか、と考えたことを何に伝えます。ついでに渡海して、自分の最後の務めとして、倭の女王の首を陛下に献上しようと考えた、と明かす司馬懿に何は慌てますが、最後まで聞くよう、司馬懿は何を諭します。
司馬懿は、公孫淵討伐の最中に戦場を通過する倭からの使節団への助力を願い出たノヅナの言葉で、考えを変えました。司馬懿は長年、到底敵わない、と考えていた男と戦っており、その男は自分を寸でのところまで追いつめたものの、3年前に急死し、その男は戦を生き物のように掌で転がせたので、自分には専守防衛以外にその男から魏を守る術が思いつかなかった、と何に打ち明けます。その男は人の心を操ることができ、どうすれば、人は怒り、憎み、我を失い、増長するのか、すべて心得ていた、というわけです。その男は諸葛亮(諸葛孔明)で、司馬懿はノヅナの言葉から、倭の女王が諸葛亮のように恐ろしい相手と考えました。倭の使節団が遼東郡の最前線を突破し、洛陽にたどり着いたならば、魏の皇帝は倭の使節団が危険を冒してまで魏に来たことに感動し、魏が諸国から敬われている存在と考えるだろうから、皇帝の心を掴めば、小国であろうがなかろうが、無条件に格上げされる、と司馬懿は推測し、何は司馬懿の慧眼に畏敬の念を抱いたようです。司馬懿から、倭の使節団が魏軍と公孫淵軍の戦場を突破するつもりならば、自分は全力で助ける、と伝えられた何は喜びます。司馬懿はさらに、倭の女王が、実は魏と公孫淵の戦を自ら仕組み、公孫淵に独立を囁く一方で、魏には謀叛を注進することで、両者を煽ったのではないか、と推測しますが、怒っているわけではないようです。司馬懿は何に、戦の最初から最後まで掌で操れる者は人ではなく、軍神、さらには鬼神だ、と述べて、軍神や鬼神は自分が知る限りでは諸葛亮以外にはいなかった、と本音を明かします。司馬懿が、そうした怪物が自分の人生に再び現れれば、二度と戦いたくない、と何に打ち明けたところで、今回は終了です。
今回は、司馬懿と何のやり取りを中心に話が展開しました。諸葛亮は、倭国から魏への遣使の頃にはすでに死亡していたので、本作では登場しないものの、司馬懿から語られるかもしれない、とは予想していました。諸葛亮はすでに、第121話で言及されていましたが、今回は司馬懿から、諸葛亮が最強の敵と認識されていることと共に、ヤノハが諸葛亮に比肩するほどの人物と考えていることも語られました。司馬懿はヤノハの思惑を見抜いたうえで、諸葛亮を想起させるヤノハの思惑を受け入れる、と決断しました。司馬懿の登場は連載開始当初から予想していましたが、予想以上に登場場面は多くなりそうで、今後の描写も注目されます。
ヤノハが、吉備津彦との会見を考えていることも注目されます。本作の日下側の伝承は基本的に記紀の枠組みに収まっているので、日下が山社連合を征服することになるのかな、とも予想していましたが、ヤノハが吉備津彦と談合することで、神話も含めて伝承は日下側に譲り、民の扱いなどで日下側に譲歩させるといった、ヤノハと吉備津彦の交渉によってヤマト王権が成立し、箸墓古墳が築かれた、という展開になるのかもしれません。この山社連合と日下連合の同盟もしくは統一に暈は加わらず、熊襲として語られていくのかな、とも考えられます。本作の現時点は、ヤノハというか卑弥呼の死まで10年程度のところまで進んでいるように思われますが、魏軍と公孫淵軍の戦いの結末、山社連合と日下連合や暈との関係、まだ本作では登場していないように思われる台与(壱与)など、描かれそうな話は多いので、完結は当分先になりそうです。その分、長く楽しめることになりそうで、今後の展開もたいへん楽しみにしています。
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