人類進化史におけるスラウェシ島をめぐる問題

 人類進化に関する英語論文を日本語に訳してブログに掲載するだけではなく、これまでに得た知見をまとめ、独自の記事を掲載しよう、と昨年(2024年)後半から考えています。しかし、最新の研究を追いかけるのが精一杯で、独自の記事をほとんど執筆できておらず、そもそも最新の研究にしてもごく一部しか読めていません。この状況を多少なりとも改善するために、人類史における画期というか時代区分を意識して、人類進化史の現時点での私見について「人類進化史概略(以下、概略と表記します)」と題して述べ、その後で、概略で提示した視点のうち、初期の現生人類(Homo sapiens)に関する私見を「現生人類の出現と最初期の拡散」と題してまとめました(以下、私見1と表記します)。

 概略で提示した各論点を中心に、さらに整理して当ブログに掲載していく予定ですが、概略や私見1で言い忘れたことを「現生人類とネアンデルタール人の関係および人類の社会構造」と題した私見(以下、私見2と表記します)で改めて述べたように、言い忘れたことや、自分でもよく整理できていなかったことを改めてまとめるなど、それまでの私見を補足する内容も投稿していくつもりです。ただ、補足のはずだった私見2では、現生人類につながる人類系統のどこかで人類の社会形態が多様化したことを述べましたが、当ブログでたびたび述べてきた、出生集団から離れても出生集団への帰属意識と交流を持ち続ける「双系的社会」こそ現生人類社会の基本との私見に言及しておらず、短時間で執筆しているので今後も色々と見落としが多くなりそうです。

 それでも、私見を整理していくことで理解が深まることもあるでしょうし、今後もたびたび私見をまとめていくつもりです。また、当初の構想では掲載した記事よりも短くする予定だったので、今後は比較的短い記事を中心に掲載していくつもりです。今回は、概略と私見1で、重要な事例として取り上げるべきだったのに、言及し忘れたスラウェシ島について、おもに以前に述べた記事から流用しつつ、短くまとめます。


●人類進化史におけるスラウェシ島

 スラウェシ島については以前、人類進化史に関する注目すべき発見をまとめました(関連記事)。今回は、そのまとめ記事(以下、前回のまとめ記事と表記します)以降に公表された研究を中心に、スラウェシ島をめぐる問題について短く整理します。スラウェシ島をめぐるまとめ記事を掲載した時点では、スラウェシ島における人類の痕跡は194000~118000年前頃までさかのぼり、南西部の町であるマロス(Maros)北東のウァラナエ盆地(Walanae Basin)にあるタレプ(Talepu)遺跡で発見された石器に基づき、78万年以上前まではさかのぼらないとしても、20万年以上前にさかのぼる可能性も指摘されていました(Bergh et al., 2016)。

 19万~10万年前頃のスラウェシ島の人類が現生人類である可能性については、前回のまとめ記事でも取り上げましたが、ホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)の祖先か、ホモ・フロレシエンシスと比較的近い世代で祖先を共有していた可能性も指摘しました。現時点では、19万~10万年前頃のスラウェシ島の人類が現生人類である可能性はきわめて低く、私見2で指摘したように、仮に現生人類系統だとしても、非アフリカ系現代人にほとんど遺伝的影響を残さなかっただろう、と考えています。

 前回のまとめ記事以後に、スラウェシ島の石器は下限年代が104万年前頃で、148万年前頃までさかのぼる可能性が指摘されました(Hakim et al., 2025)。スラウェシ島では10万年以上前の人類遺骸はまだ発見されていないでしょうから、19万~10万年前頃の人類も100万年以上前の人類も、どの系統なのか、さらには両者が祖先と子孫の関係にあるのかも不明です。ホモ・フロレシエンシス(の祖先)については、スラウェシ島からフローレス島へと漂着した可能性が指摘されており(Dennell et al., 2014)、上述のように、スラウェシ島の19万~10万年前頃の人類や100万年以上前の人類は、ホモ・フロレシエンシスの祖先か、ホモ・フロレシエンシスと比較的近い世代で祖先を共有していた可能性が高そうです。

 フローレス島では、102万±2万年以上前の石器(Brumm et al., 2010)や70万年前頃の人類遺骸(Kaifu et al., 2024)が発見されており、スラウェシ島からフローレス島へは複数回にわたって人類が渡海もしくは漂着した可能性が指摘されています(Dennell et al., 2014)。ホモ・フロレシエンシスの所産と考えられる石器の下限年代は5万年前頃と推定されています(Sutikna et al., 2016)から、フローレス島の100万年前頃と70万年前頃と5万年前頃の人類は、近い系統ではあるものの、直接的な祖先と子孫の関係ではなく、それぞれスラウェシ島から別々に到来した人類集団が祖先かもしれません。こうしたスラウェシ島とフローレス島の5万年以上前の人類の関係を解明するには、スラウェシ島での人類遺骸の発見が必要となります。


●洞窟壁画と現生人類

 世界でも最古級の洞窟壁画が発見されている点でも、スラウェシ島は注目されていることを前回のまとめ記事で述べました。前回のまとめ記事とかなり重複しますが、この点を改めて見ていきます。2014年には、スラウェシ島南西部の半島にある町マロス(Maros)の近郊の洞窟群の4万年前頃となる壁画が報告されました(Aubert et al., 2014)。同じくスラウェシ島のマロス近郊のリアン・ブル・シポン4号(Leang Bulu’ Sipong 4)洞窟では、イノシシを描いた44000年前頃の壁画が発見されました(Aubert et al., 2019)。同じくマロス近郊のリアン・テドンゲ(Leang Tedongnge)洞窟とリアン・バランガジア1(Leang Balangajia 1)洞窟ではイノシシを描いた壁画が発見されており、その年代は、前者が45500年以上前、後者が73400~32000年前頃と推定されています(Brumm et al., 2021)。2024年には、スラウェシ島南西部のリアン・ブル・シポン4号(Leang Bulu’ Sipong 4、略してLBS4)洞窟の狩猟場面の下限年代が50200±2200年前、リアン・カランプアン(Leang Karampuang)の洞窟壁画の下限年代も53500±2300年前と推定されました(Oktaviana et al., 2024)。

 これらスラウェシ島南西部の洞窟壁画が注目されるのは、世界最古の具象的絵画であることです。記号的・抽象的な洞窟壁画は、これらスラウェシ島よりも前になりそうな事例が、いくつか報告されています。たとえばイベリア半島では、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の所産とされる6万年以上前の洞窟壁画が報告されています(Hoffmann et al., 2018A)。これについては年代の古さに疑問が呈されていますが(Slimak et al., 2018)、それに対する反論もあります(Hoffmann et al., 2018B)。その後、イベリア半島の洞窟壁画はネアンデルタール人の所産である可能性が高い、と改めて示され(Martí et al., 2021)、フランスのロワール渓谷に位置するラ・ロッシュ・コタール(La Roche-Cotard)洞窟の5万年以上前の線刻はネアンデルタール人の所産である可能性が高い、と示されました(Marquet et al., 2023)。

 しかし、現生人類の所産と考えられる、南アフリカ共和国のブロンボス洞窟(Blombos Cave)で発見された73000年前頃の長さ4cmとなる珪質礫岩の剥片(Henshilwood et al., 2018)の線刻も含めて、スラウェシ島以外で報告されている5万年以上前の洞窟壁画や石などに刻んだ模様は、全て記号的・抽象的であり、具象的ではありません。つまり、スラウェシ島の洞窟壁画は現時点で世界では最古となる具象的表現で、イベリア半島やフランスの5万年以上前の洞窟壁画がネアンデルタール人の所産だとしても、ネアンデルタール人には具象的表現を残す能力がなかった可能性もあるわけです。

 スラウェシ島のこれら4万年以上前の洞窟壁画は現生人類が描いたと考えられており(Brumm et al., 2021)、現生人類以外に具象的表現を残した人類はまだ確認されていませんから、現生人類の所産である可能性が高そうです。私見2で述べたように、スラウェシ島における5万年以上前の現生人類の存在は、現生人類のユーラシア東部およびその先の東方の海洋世界への最初期の拡散を表しているのでしょう。ただ、私見2で述べたように、スラウェシ島に5万年以上前に現生人類が存在していたとしても、非アフリカ系現代人の主要な祖先だった可能性は低そうで、現代人ではどの集団と遺伝的に近いのか、注目されます。しかし、スラウェシ島は低緯度地帯なので、更新世人類のゲノム解析は難しそうですから、この問題の解明にはさほど期待できないかもしれません。

 ただ、オセアニアやアジア南東部の現代人に遺伝的影響を残している、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)が3万年前頃まで生存しており、サフルランドに到達した可能性(Jacobs et al., 2019)や、アジア南東部島嶼部とオセアニアにおけるデニソワ人からアジア南東部やワラセアやオセアニアの現代人の祖先集団への遺伝子移入の可能性(Göllner et al., 2022)も指摘されています。その意味で、スラウェシ島の5万年以上前の洞窟壁画の一部にデニソワ人が関与した可能性も念頭に置いておくべきかもしれません。


参考文献:
Aubert M. et al.(2014): Pleistocene cave art from Sulawesi, Indonesia. Nature, 514, 7521, 223–227.
https://doi.org/10.1038/nature13422
関連記事

Aubert M. et al.(2019): Earliest hunting scene in prehistoric art. Nature, 576, 7787, 442–445.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1806-y
関連記事

Bergh GD. et al.(2016): Earliest hominin occupation of Sulawesi, Indonesia. Nature, 529, 7585, 208–211.
https://doi.org/10.1038/nature16448
関連記事

Brumm A. et al.(2010): Hominins on Flores, Indonesia, by one million years ago. Nature, 464, 7289, 748–752.
https://doi.org/10.1038/nature22968
関連記事

Brumm A. et al.(2021): Oldest cave art found in Sulawesi. Science Advances, 7, 3, eabd4648.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abd4648
関連記事

Dennell RW. et al.(2014): The origins and persistence of Homo floresiensis on Flores: biogeographical and ecological perspectives. Quaternary Science Reviews, 96, 98–107.
https://doi.org/10.1016/j.quascirev.2013.06.031
関連記事

Göllner T. et al.(2022): Unveiling the Genetic History of the Maniq, a Primary Hunter-Gatherer Society. Genome Biology and Evolution, 14, 4, evac021.
https://doi.org/10.1093/gbe/evac021
関連記事

Hakim C. et al.(2025): Hominins on Sulawesi during the Early Pleistocene. Nature, 646, 8084, 378–383.
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09348-6
関連記事

Henshilwood CS. et al.(2018): An abstract drawing from the 73,000-year-old levels at Blombos Cave, South Africa. Nature, 562, 7725, 115–118.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0514-3
関連記事

Hoffmann DL. et al.(2018A): U-Th dating of carbonate crusts reveals Neandertal origin of Iberian cave art. Science, 359, 6378, 912-915.
https://doi.org/10.1126/science.aap7778
関連記事

Hoffmann DL. et al.(2018B): Response to Comment on “U-Th dating of carbonate crusts reveals Neandertal origin of Iberian cave art”. Science, 362, 6411, eaau1736.
https://doi.org/10.1126/science.aau1736
関連記事

Kaifu Y. et al.(2024): Early evolution of small body size in Homo floresiensis. Nature Communications, 15, 6381.
https://doi.org/10.1038/s41467-024-50649-7
関連記事

Marquet J-C, Freiesleben TH, Thomsen KJ, Murray AS, Calligaro M, Macaire J-J, et al. (2023) The earliest unambiguous Neanderthal engravings on cave walls: La Roche-Cotard, Loire Valley, France. PLoS ONE 18(6): e0286568.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0286568
関連記事

Oktaviana AA. et al.(2024): Narrative cave art in Indonesia by 51,200 years ago. Nature, 631, 8022, 814–818.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07541-7
関連記事

Slimak L. et al.(2018): Comment on “U-Th dating of carbonate crusts reveals Neandertal origin of Iberian cave art”. Science, 361, 6408, eaau1371.
https://doi.org/10.1126/science.aau1371
関連記事

Sutikna T. et al.(2016): Revised stratigraphy and chronology for Homo floresiensis at Liang Bua in Indonesia. Nature, 532, 7599, 366–369.
https://doi.org/10.1038/nature17179
関連記事

この記事へのコメント