最近のアジア東部人類集団の重要な古代ゲノム研究
最近のアジア東部人類集団の重要な古代ゲノム研究に関する解説(Peng et al., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文はおもに、今年(2025年)公表された、中華人民共和国雲南省で発見された古代人のゲノムデータを報告した研究[12]と、黄河および長江流域の新石器時代人類のゲノムデータを報告した研究[10]に関する解説です。この二つの研究は、日本列島も含めてユーラシア東部圏における現代人集団の遺伝的形成過程の解明にとってきわめて重要と思われます。
本論文は、新石器時代が始まった時点において、アジア東部には複数の遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)が存在し、その混合によって現代人集団が形成されていったことを指摘します。新石器時代のアジア東部においては、黄河流域で雑穀、長江流域でイネ(Oryza sativa)の栽培化が始まり、家畜ブタブタ(Sus domesticus、Sus scrofa domesticus)が飼育されるようになりました。ただ、当ブログでもたびたび「雑穀」と表記してきましたが、「雑草という植物はない」に倣えば、「雑穀という穀物はない」と言うべきで、「雑穀」という表記が不適切なのは否定できませんが、便利な分類ではあるので、当ブログでは今後も使い続けるつもりです。本論文の「雑穀」は、おもにキビ(Panicum miliaceum)とアワ(Setaria italica)を対象としています。
本論文は、古代ゲノム研究から推測される人口移動と言語拡散との関連も取り上げており、古代ゲノム研究と伝統的な言語学や考古学や自然人類学(形質人類学)とを組み合わせることで、「先史時代」の解明に大きく寄与するでしょうし、「歴史時代(有史時代)」については、さらに文字資料と組み合わせることで、伝統的な歴史学では判断の困難な問題がさらに詳しく解明されていくのではないか、と期待されます。また本論文は、現代チベット人集団に見られる高地適応についても取り上げており、これは種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)からの遺伝子移入と推測されています。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、EPAS1(Endothelial PAS Domain Protein 1、内皮PASドメインタンパク質1)です。以下の時代区分の略称は、N(Neolithic、新石器時代)、EN(Early Neolithic、前期新石器時代)、MN(Middle Neolithic、中期新石器時代)、LN(Late Neolithic、後期新石器時代)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、仰韶(Yangshao)文化、大汶口(Dawenkou)文化、ホアビニアン(Hòabìnhian、ホアビン文化)、大地湾(Dadiwan)文化です。本論文で取り上げられる主要な遺跡は、中華人民共和国雲南省の中央部の玉渓(Yuxi)市の通海(Tonghai)県に位置する興義(Xingyi)遺跡、チベット高原のゾングリ(Zongri)遺跡です。なお、当ブログでは原則として「文明」という用語を使いませんが、以下の翻訳では本論文の「civilization」を「文明」と訳します。
●要約
雑穀農耕および稲作の拡大、アジアと太平洋においてヒトの社会に大きな影響を及ぼしてきました。最近の古代ゲノム研究[10、12]は、中期新石器時代におけるアジア東部農耕民の主要な3祖先系統と移動を明らかにしています。これらの多様な祖先系統間の相互作用を強調し、農耕/言語拡散仮説を更新します。
●解説
第一次農業革命の開始は新石器時代革命とも呼ばれており、植物の栽培化と動物の家畜化が特徴で、複雑な社会の発展の基盤を築きました。アジア東部では、黄河および長江流域がそれぞれ、雑穀(キビとアワ)とイネの栽培化の主要な中心地となりました。さらに、ブタの家畜化がアジア西部とは独立して起きました。中期新石器時代(7000~5000年前頃)における広範で集約的な雑穀およびイネの栽培は、黄河および長江流域全体およびそれを越えた、多様な考古学的文化の拡散につながりました。この期間における人口および/もしくは文化的拡散は、アジア東部における農耕/言語拡散仮説の再評価を促しました[4~6]。
過去5年間における古代ゲノム研究の進歩によって、アジア東部人口史の理解は大きく更新されました[7~9]。アジア北東部古代人やアジア東部南北沿岸人口集団やアジア南東部ホアビニアン集団など祖先狩猟採集民人口集団は、古代の狩猟採集民から農耕民への移行を通じて存続している、と示されてきました。仰韶文化関連祖先系統を有する黄河中流域からの雑穀農耕民の人口拡散は、中国北部全域に拡大し、さらには中国南西部に達しました[4、6、7]。それにも関わらず、長江流域の稲作農耕民に関する利用可能な古代ゲノムデータには、依然として空白があります。
黄河流域と長江流域との間の関係および相互作用とその拡大の解明に役立てるために、最近の研究[10]は74点の中期新石器時代のゲノムを分析し、アジア東部にまたがる大きな標本規模の時間横断区を構築しました。長江中下流域の3ヶ所の考古学的遺跡の古代人7個体は、遺伝的にアジア東部南方沿岸人口集団に近かったものの、黄河流域からの識別可能な遺伝的影響も示しました。注目すべきことに、長江中流域と下流域の間で共有されている長江農耕民祖先系統は、台湾島における現代のオーストロネシア語族話者への主要な1遺伝的寄与者として現れました。これらの調査結果は、オーストロネシア語族祖語の故地を、さらに北方となる中期新石器時代の長江流域と特定します(図1)。以下は本論文の図1です。
最近の研究[10]は、黄河の上流域と中流域と下流域ぞいの拡張データセットを活用し、仰韶文化関連祖先系統の優勢を確証しました。雑穀農耕民における人口構造は、さまざまな文化間の相互作用期における混合の複雑な歴史を明らかにしました(図1)。仰韶文化の東方と南方へは、大汶口文化と関連する人口集団と南陽盆地の人口集団が長江稲作農耕民からの遺伝子流動を受け取りました。アジア北東部古代人関連祖先系統は、黄河中流域の北側と西側の人口集団に大きな影響を及ぼしました。興味深いことに、双方向の遺伝的交流が黄河上流域とチベット高原との間で確認されました。5800年前頃となる大地湾文化関連の1個体は、デニソワ人と関連する高地適応のEPAS1ハプロタイプを有していました。これは、5100年前頃となるゾングリ遺跡の高地古代人におけるデニソワ人的なEPAS1ハプロタイプの以前の発見[11]に先行します。これらの結果は、チベット高原および周辺の低地におけるデニソワ人的なEPAS1ハプロタイプの最初の導入およびその後の拡散について、複数の想定を示唆します。
中国南西部の雲南省から得られた古代ゲノムは、中期新石器時代の移住への追加の知見を提供します[12]。この独立した研究では、雲南中央部の興義遺跡の7100年前頃の前期新石器時代の女性1個体である興義_ENが、ゾングリ遺跡個体を含めてチベット高原の高地個体群に寄与した以前には特定されていなかった基底部アジア祖先系統を表していた、と分かりました。興味深いことに、興義_ENはデニソワ人的なEPAS1ハプロタイプを有していませんでした。しかし、この興義_EN関連基底部祖先系統は、興義遺跡のより新しい層から発掘された個体群では見つかりませんでした。後期新石器時代人口集団である興義_LN(5500~4300年前頃、中期新石器時代と重複します)は、アジア東部南北両方の沿岸部人口集団とは異なる、雲南中央部祖先系統として特定されました。この雲南中央部祖先系統は、その後の雲南人口集団のみならず、アジア南東部からアジア南部にまたがる現在のオーストロアジア語族話者にも大きな影響を及ぼしました(図1)。
アジア東部および南東部におけるシナ・チベット語族とオーストロネシア語族とオーストロアジア語族の分岐と拡散は、在来狩猟採集民が居住していた広範な地域への、農耕民の拡大のためと考えられています。これら二つの最近の古代ゲノム研究[10、12]は、これら主要な3語族の祖先系統を特徴づけました。その結果から、シナ・チベット語族(祖語)の故地は黄河流域に、オーストロネシア語族(祖語)の故地は長江流域に、オーストロアジア語族(祖語)の故地は中国南西部にあった、と示唆されます。注目すべきことに、長江稲作農耕民祖先系統と雲南中央部祖先系統との間の関係は、さらなる解明を必要とします。これらの研究では、農耕の起源である前期新石器時代ではなく、農耕の強化によって特徴づけられる中期新石器時代が、農耕民とその言語の拡散にとって点転換だったことも示唆されています。具体的には、雲南西部における黄河雑穀農耕民祖先系統および雲南東部におけるアジア東部南方沿岸部祖先系統との雲南中央部祖先系統の遺伝的混合は、後期新石器時代と青銅器時代に起きました[12]。これらは、アジア東部からアジア南東部へのチベット・ビルマ語派およびクラ・ダイ語族話者の移動を示している可能性が高そうです。したがって、チベット・ビルマ語派とオーストロアジア語族とクラ・ダイ語族の話者の広範な雲南中央部祖先系統は、現代のアジア南東部人口集団における複雑な遺伝的関係に寄与したかもしれません。
より広く、古代ゲノムの分析は多くの遺伝的つながりを明らかにしてきており、アジア東部の中期新石器時代におけるさまざまなヒトの移動による広範な文化的相互作用を示唆しています。これらの相互作用は、一連の考古学的調査結果を反映しています。たとえば、長江祖先系統は代表的な文化とともに、アジア東部の南北沿岸と台湾島との間の架け橋として機能しました。農耕民の文化的一括の拡大は、その栽培化植物と家畜化動物を含めて、これらの結果の説明力を高めることができるでしょう。重要なことに、中期新石器時代はそれぞれ、黄河流域における雑穀/ブタと長江流域におけるイネ/ブタの農耕の強化によって特徴づけられました。家畜化されたブタとイヌは、農耕民の複数の移動に関わっていた可能性が高そうです。学際的研究の統合は、アジア東部における人口多様性の進化と農耕文明の台頭をさらに解明するだろう、と期待されます。
参考文献:
Peng MS, Ji X, and Zhang YP.(2025): Unveiling East Asian ancestry through Middle Neolithic genomes. Trends in Ecology & Evolution, 40, 11, 1048–1050.
https://doi.org/10.1016/j.tree.2025.09.012
[4]Robbeets M. et al.(2021): Triangulation supports agricultural spread of the Transeurasian languages. Nature, 599, 7886, 616–621.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-04108-8
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[5]Zhang M. et al.(2019): Phylogenetic evidence for Sino-Tibetan origin in northern China in the Late Neolithic. Nature, 569, 7754, 112–115.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1153-z
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[6]Tao L. et al.(2023): Ancient genomes reveal millet farming-related demic diffusion from the Yellow River into southwest China. Current Biology, 33, 22, 4995–5002.E7.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.09.055
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[7]Wang CC. et al.(2021): Genomic insights into the formation of human populations in East Asia. Nature, 591, 7850, 413–419.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03336-2
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[8]Yang MA. et al.(2020): Ancient DNA indicates human population shifts and admixture in northern and southern China. Science, 369, 6501, 282–288.
https://doi.org/10.1126/science.aba0909
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[9]Wang T. et al.(2021): Human population history at the crossroads of East and Southeast Asia since 11,000 years ago. Cell, 184, 14, 3829–3841.E21.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.05.018
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[10]Xiong J. et al.(2025): The genomic history of East Asian Middle Neolithic millet- and rice-agricultural populations. Cell Genomics, 5, 10, 100976.
https://doi.org/10.1016/j.xgen.2025.100976
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[11]Wang H. et al.(2023): Human genetic history on the Tibetan Plateau in the past 5100 years. Science Advances, 9, 11, eadd5582.
https://doi.org/10.1126/sciadv.add5582
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[12]Wang T. et al.(2025): Prehistoric genomes from Yunnan reveal ancestry related to Tibetans and Austroasiatic speakers. Science, 388, 6750, eadq9792.
https://doi.org/10.1126/science.adq9792
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本論文は、新石器時代が始まった時点において、アジア東部には複数の遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)が存在し、その混合によって現代人集団が形成されていったことを指摘します。新石器時代のアジア東部においては、黄河流域で雑穀、長江流域でイネ(Oryza sativa)の栽培化が始まり、家畜ブタブタ(Sus domesticus、Sus scrofa domesticus)が飼育されるようになりました。ただ、当ブログでもたびたび「雑穀」と表記してきましたが、「雑草という植物はない」に倣えば、「雑穀という穀物はない」と言うべきで、「雑穀」という表記が不適切なのは否定できませんが、便利な分類ではあるので、当ブログでは今後も使い続けるつもりです。本論文の「雑穀」は、おもにキビ(Panicum miliaceum)とアワ(Setaria italica)を対象としています。
本論文は、古代ゲノム研究から推測される人口移動と言語拡散との関連も取り上げており、古代ゲノム研究と伝統的な言語学や考古学や自然人類学(形質人類学)とを組み合わせることで、「先史時代」の解明に大きく寄与するでしょうし、「歴史時代(有史時代)」については、さらに文字資料と組み合わせることで、伝統的な歴史学では判断の困難な問題がさらに詳しく解明されていくのではないか、と期待されます。また本論文は、現代チベット人集団に見られる高地適応についても取り上げており、これは種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)からの遺伝子移入と推測されています。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、EPAS1(Endothelial PAS Domain Protein 1、内皮PASドメインタンパク質1)です。以下の時代区分の略称は、N(Neolithic、新石器時代)、EN(Early Neolithic、前期新石器時代)、MN(Middle Neolithic、中期新石器時代)、LN(Late Neolithic、後期新石器時代)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、仰韶(Yangshao)文化、大汶口(Dawenkou)文化、ホアビニアン(Hòabìnhian、ホアビン文化)、大地湾(Dadiwan)文化です。本論文で取り上げられる主要な遺跡は、中華人民共和国雲南省の中央部の玉渓(Yuxi)市の通海(Tonghai)県に位置する興義(Xingyi)遺跡、チベット高原のゾングリ(Zongri)遺跡です。なお、当ブログでは原則として「文明」という用語を使いませんが、以下の翻訳では本論文の「civilization」を「文明」と訳します。
●要約
雑穀農耕および稲作の拡大、アジアと太平洋においてヒトの社会に大きな影響を及ぼしてきました。最近の古代ゲノム研究[10、12]は、中期新石器時代におけるアジア東部農耕民の主要な3祖先系統と移動を明らかにしています。これらの多様な祖先系統間の相互作用を強調し、農耕/言語拡散仮説を更新します。
●解説
第一次農業革命の開始は新石器時代革命とも呼ばれており、植物の栽培化と動物の家畜化が特徴で、複雑な社会の発展の基盤を築きました。アジア東部では、黄河および長江流域がそれぞれ、雑穀(キビとアワ)とイネの栽培化の主要な中心地となりました。さらに、ブタの家畜化がアジア西部とは独立して起きました。中期新石器時代(7000~5000年前頃)における広範で集約的な雑穀およびイネの栽培は、黄河および長江流域全体およびそれを越えた、多様な考古学的文化の拡散につながりました。この期間における人口および/もしくは文化的拡散は、アジア東部における農耕/言語拡散仮説の再評価を促しました[4~6]。
過去5年間における古代ゲノム研究の進歩によって、アジア東部人口史の理解は大きく更新されました[7~9]。アジア北東部古代人やアジア東部南北沿岸人口集団やアジア南東部ホアビニアン集団など祖先狩猟採集民人口集団は、古代の狩猟採集民から農耕民への移行を通じて存続している、と示されてきました。仰韶文化関連祖先系統を有する黄河中流域からの雑穀農耕民の人口拡散は、中国北部全域に拡大し、さらには中国南西部に達しました[4、6、7]。それにも関わらず、長江流域の稲作農耕民に関する利用可能な古代ゲノムデータには、依然として空白があります。
黄河流域と長江流域との間の関係および相互作用とその拡大の解明に役立てるために、最近の研究[10]は74点の中期新石器時代のゲノムを分析し、アジア東部にまたがる大きな標本規模の時間横断区を構築しました。長江中下流域の3ヶ所の考古学的遺跡の古代人7個体は、遺伝的にアジア東部南方沿岸人口集団に近かったものの、黄河流域からの識別可能な遺伝的影響も示しました。注目すべきことに、長江中流域と下流域の間で共有されている長江農耕民祖先系統は、台湾島における現代のオーストロネシア語族話者への主要な1遺伝的寄与者として現れました。これらの調査結果は、オーストロネシア語族祖語の故地を、さらに北方となる中期新石器時代の長江流域と特定します(図1)。以下は本論文の図1です。
最近の研究[10]は、黄河の上流域と中流域と下流域ぞいの拡張データセットを活用し、仰韶文化関連祖先系統の優勢を確証しました。雑穀農耕民における人口構造は、さまざまな文化間の相互作用期における混合の複雑な歴史を明らかにしました(図1)。仰韶文化の東方と南方へは、大汶口文化と関連する人口集団と南陽盆地の人口集団が長江稲作農耕民からの遺伝子流動を受け取りました。アジア北東部古代人関連祖先系統は、黄河中流域の北側と西側の人口集団に大きな影響を及ぼしました。興味深いことに、双方向の遺伝的交流が黄河上流域とチベット高原との間で確認されました。5800年前頃となる大地湾文化関連の1個体は、デニソワ人と関連する高地適応のEPAS1ハプロタイプを有していました。これは、5100年前頃となるゾングリ遺跡の高地古代人におけるデニソワ人的なEPAS1ハプロタイプの以前の発見[11]に先行します。これらの結果は、チベット高原および周辺の低地におけるデニソワ人的なEPAS1ハプロタイプの最初の導入およびその後の拡散について、複数の想定を示唆します。
中国南西部の雲南省から得られた古代ゲノムは、中期新石器時代の移住への追加の知見を提供します[12]。この独立した研究では、雲南中央部の興義遺跡の7100年前頃の前期新石器時代の女性1個体である興義_ENが、ゾングリ遺跡個体を含めてチベット高原の高地個体群に寄与した以前には特定されていなかった基底部アジア祖先系統を表していた、と分かりました。興味深いことに、興義_ENはデニソワ人的なEPAS1ハプロタイプを有していませんでした。しかし、この興義_EN関連基底部祖先系統は、興義遺跡のより新しい層から発掘された個体群では見つかりませんでした。後期新石器時代人口集団である興義_LN(5500~4300年前頃、中期新石器時代と重複します)は、アジア東部南北両方の沿岸部人口集団とは異なる、雲南中央部祖先系統として特定されました。この雲南中央部祖先系統は、その後の雲南人口集団のみならず、アジア南東部からアジア南部にまたがる現在のオーストロアジア語族話者にも大きな影響を及ぼしました(図1)。
アジア東部および南東部におけるシナ・チベット語族とオーストロネシア語族とオーストロアジア語族の分岐と拡散は、在来狩猟採集民が居住していた広範な地域への、農耕民の拡大のためと考えられています。これら二つの最近の古代ゲノム研究[10、12]は、これら主要な3語族の祖先系統を特徴づけました。その結果から、シナ・チベット語族(祖語)の故地は黄河流域に、オーストロネシア語族(祖語)の故地は長江流域に、オーストロアジア語族(祖語)の故地は中国南西部にあった、と示唆されます。注目すべきことに、長江稲作農耕民祖先系統と雲南中央部祖先系統との間の関係は、さらなる解明を必要とします。これらの研究では、農耕の起源である前期新石器時代ではなく、農耕の強化によって特徴づけられる中期新石器時代が、農耕民とその言語の拡散にとって点転換だったことも示唆されています。具体的には、雲南西部における黄河雑穀農耕民祖先系統および雲南東部におけるアジア東部南方沿岸部祖先系統との雲南中央部祖先系統の遺伝的混合は、後期新石器時代と青銅器時代に起きました[12]。これらは、アジア東部からアジア南東部へのチベット・ビルマ語派およびクラ・ダイ語族話者の移動を示している可能性が高そうです。したがって、チベット・ビルマ語派とオーストロアジア語族とクラ・ダイ語族の話者の広範な雲南中央部祖先系統は、現代のアジア南東部人口集団における複雑な遺伝的関係に寄与したかもしれません。
より広く、古代ゲノムの分析は多くの遺伝的つながりを明らかにしてきており、アジア東部の中期新石器時代におけるさまざまなヒトの移動による広範な文化的相互作用を示唆しています。これらの相互作用は、一連の考古学的調査結果を反映しています。たとえば、長江祖先系統は代表的な文化とともに、アジア東部の南北沿岸と台湾島との間の架け橋として機能しました。農耕民の文化的一括の拡大は、その栽培化植物と家畜化動物を含めて、これらの結果の説明力を高めることができるでしょう。重要なことに、中期新石器時代はそれぞれ、黄河流域における雑穀/ブタと長江流域におけるイネ/ブタの農耕の強化によって特徴づけられました。家畜化されたブタとイヌは、農耕民の複数の移動に関わっていた可能性が高そうです。学際的研究の統合は、アジア東部における人口多様性の進化と農耕文明の台頭をさらに解明するだろう、と期待されます。
参考文献:
Peng MS, Ji X, and Zhang YP.(2025): Unveiling East Asian ancestry through Middle Neolithic genomes. Trends in Ecology & Evolution, 40, 11, 1048–1050.
https://doi.org/10.1016/j.tree.2025.09.012
[4]Robbeets M. et al.(2021): Triangulation supports agricultural spread of the Transeurasian languages. Nature, 599, 7886, 616–621.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-04108-8
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[5]Zhang M. et al.(2019): Phylogenetic evidence for Sino-Tibetan origin in northern China in the Late Neolithic. Nature, 569, 7754, 112–115.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1153-z
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[6]Tao L. et al.(2023): Ancient genomes reveal millet farming-related demic diffusion from the Yellow River into southwest China. Current Biology, 33, 22, 4995–5002.E7.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.09.055
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[7]Wang CC. et al.(2021): Genomic insights into the formation of human populations in East Asia. Nature, 591, 7850, 413–419.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03336-2
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[8]Yang MA. et al.(2020): Ancient DNA indicates human population shifts and admixture in northern and southern China. Science, 369, 6501, 282–288.
https://doi.org/10.1126/science.aba0909
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[9]Wang T. et al.(2021): Human population history at the crossroads of East and Southeast Asia since 11,000 years ago. Cell, 184, 14, 3829–3841.E21.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.05.018
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[10]Xiong J. et al.(2025): The genomic history of East Asian Middle Neolithic millet- and rice-agricultural populations. Cell Genomics, 5, 10, 100976.
https://doi.org/10.1016/j.xgen.2025.100976
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[11]Wang H. et al.(2023): Human genetic history on the Tibetan Plateau in the past 5100 years. Science Advances, 9, 11, eadd5582.
https://doi.org/10.1126/sciadv.add5582
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[12]Wang T. et al.(2025): Prehistoric genomes from Yunnan reveal ancestry related to Tibetans and Austroasiatic speakers. Science, 388, 6750, eadq9792.
https://doi.org/10.1126/science.adq9792
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