山野浩一『サラブレッドの誕生』第3刷
朝日選書の一冊として、朝日新聞社より1991年7月に刊行されました。第1刷の刊行は1990年7月です。当ブログを始める前に読んでおり、まだ当ブログで取り上げておらず、最近再読した本も今後当ブログに掲載していくことにしましたが、本書もその一環です。本書によって著者の山野浩一先生には1990年度のJRA馬事文化賞が授けられました。当ブログでは「先生」という呼称を原則的には使っていませんが、ほぼ唯一の例外が山野浩一先生で、直接的に教えを受けたわけではないものの、競馬観のみならず、広く一般的な視点や文体でも大きな影響を受けました。
本書は、サラブレッドの前史としてのウマの進化史から、サラブレッドと近代競馬の形成過程、さらには各地域の現代(20世紀後半)に競馬の特色までを取り上げていますが、30年以上前に刊行されただけに、その後の研究の伸展によって修正されるべき見解もあるとは思います。そもそも、
多くの記述がいわゆる科学的常識や教科書的歴史とは異なったものとはなっているが、それを実証するためにくだくだとさまざまな実験例や観察記録を引用したり、個個の歴史的事実を分析したり、ありうる反論に対応するためにエンカウンターを試みるというようなことをするつもりもない。たとえ個々の例に対する考え方が違っても、本書で論じようとした主題そのものに大きな影響を与えることはないだろうし、厳密に正確でなくても概念としてそういう考え方が成り立つというように理解していただければありがたいが、一つの例が納得できないために、書かれていることのすべてを認めがたいという人もいることは事実で、それはそれで仕方のないことであろう。
と「あとがきに」あるように(P194〜195)、刊行当時でも本書の見解への批判は少なくなかったかもしれませんが、だからといって本書の価値が大きく下がるものではなく、現在でも有益な考えるための視点が提示されているのではないか、と思います。本書を「古典」と考える人は少ないでしょうが、「古典」とは、個々の具体的な見解が否定されたり修正されたりしても、長く重要な視点を提供し続ける故に読まれ続けられるもので、本書は私にとっての「古典」となるわけです。私は人類進化史を追いかけていますが、とくに古代ゲノム研究の最新の論文を読むので手一杯なところがあり、人類学、さらには進化学の古典をもっと読む必要がある、と常々思っているものの、怠惰な性分のため、ほぼ実行できていません。本書を再読して、少しずつでも古典を読んでいかねばならない、と改めて思った次第ですが、それができるならすでにやっているはず、と自分をつい冷ややかに見てしまうところもあり、やはり気力の充実している若い頃に古典をできるだけ多く読んでおくべきだった、と後悔もしています。
本書で提示されている視点でとくに大きな影響を受けたのは、
サラブレッドは品種として固定されて以来の三百年もの間の、すべての個体の血統とパフォーマンスが完全に保存されている唯一の動物でもある。現代のテクノロジーは実験科学という短期決戦的な方法によって飛躍的な発展を遂げたが、今もって宇宙の本質とか、生命の謎といった巨大なもの、微小なもの、長い時間を経て解明できるものに関しては観察と記録という昔ながらの博物的研究を積み重ねる以外に方法はない。大型動物の遺伝という人間存在の本質的テーマに結びつく重要な問題は遺伝子というものの微小さ、その情報量の巨大さ、ライフサイクルの長さという三つの難題をかかえていておよそ試験管や実験室の設備で解明できるものではなく、長い時間をかけた観察によって少しずつ理解されてきたものである。馬は大型の知的動物としては比較的ライフサイクルが短く、例えば私が競馬を観るようになってからでもすでに五世代や六世代の交代が行われている。そうした馬の競馬場や牧場での生態にはさまざまに動物の遺伝の特性や例外を知ることもできる。
との指摘です(P4)。現在では、本書刊行当時よりも遺伝学は飛躍的に発展しており、本書の認識に大きな修正が必要かもしれませんが、遺伝子と表現型との対応関係、さらには表現型の発現における遺伝子と環境の関係などは、現在でもごく一部しか把握できていないでしょうし、気候変動や生態系の変化なども含めて、長期の観察を必要とする分野が、現在でも科学にとって比較的苦手であることは否定できないように思います。
本書では、単なるサラブレッドおよび競馬の歴史ではなく、それらも含めて現代へと至るウマの在り様から、現代(20世紀末)社会の問題点と解決の方向性を浮き彫りにすることが主題となっています。本書はその前提として、現生人類の「文明」発展の基盤に「スペキュレーション」があったことを指摘します。そうした「文明」社会に生きる現代人にとって、ウマの恒常的な自然と平穏が大きな指針になる、というわけです。スペキュレーション(speculation)は、日本語では投機や思索や推測などと訳されますが、本書ではその基本が未知に対する試行と把握されています。本書では、占いや賭けも広く「スペキュレーション」の一環とされ、占いが「文明」発達の発端になったとか、占いと賭けの権利こそ「デモクラシー」の基本である、と主張されています。占いが「文明」発達の発端になった、との主張について、本書では「スペキュレーション」の能力がある点で現生人類はネアンデルタール人と決定的に異なっており、両者の運命の違いにつながった、との見通しを提示しています。本書を初めて読んだのは、人類進化史に関心を抱く前でしたが、今改めて読むと、現生人類とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)との違いを、象徴的思考能力や「虚構」の構築能力の有無もしくは強弱に求める、最近の広く浸透している見解と、本書の主張には通ずるところもあり、本書の指摘も念頭に置きつつ、人類進化史について調べていくつもりです。
また、野生ウマについて、現生の唯一の野生種とされるプシバルスキーウマ(Equus ferus przewalskiiもしくはEquus przewalskii、タヒ、モウコノウマ)について、野生種であることを疑問視する見解も取り上げられており(P34)、これは近年の研究(Gaunitz et al., 2018、Librado et al., 2024)とも整合的です。今回の再読で気づかなかったことも、今後の再読で気づくかもしれず、今後も本書をできるだけ多く再読していきたいものです。本書を再読して、百年後に誰か1人でもよいので、「古典」と考えてもらえるような文章の執筆を、今後の人生の目標と決めましたが、私にとって分不相応な目標であることは否定できません。ただ、分不相応でも壮大な目標を掲げるのは生きがいになるかな、とも思います。
参考文献:
Gaunitz C. et al.(2018): Ancient genomes revisit the ancestry of domestic and Przewalski’s horses. Science, 360, 6384, 111-114.
https://doi.org/10.1126/science.aao3297
関連記事
Librado P. et al.(2024): Widespread horse-based mobility arose around 2,200 BCE in Eurasia. Nature, 631, 8022, 819–825.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07597-5
関連記事
山野浩一(1991)『サラブレッドの誕生』第3刷(朝日新聞社、第1刷の刊行は1990年)
本書は、サラブレッドの前史としてのウマの進化史から、サラブレッドと近代競馬の形成過程、さらには各地域の現代(20世紀後半)に競馬の特色までを取り上げていますが、30年以上前に刊行されただけに、その後の研究の伸展によって修正されるべき見解もあるとは思います。そもそも、
多くの記述がいわゆる科学的常識や教科書的歴史とは異なったものとはなっているが、それを実証するためにくだくだとさまざまな実験例や観察記録を引用したり、個個の歴史的事実を分析したり、ありうる反論に対応するためにエンカウンターを試みるというようなことをするつもりもない。たとえ個々の例に対する考え方が違っても、本書で論じようとした主題そのものに大きな影響を与えることはないだろうし、厳密に正確でなくても概念としてそういう考え方が成り立つというように理解していただければありがたいが、一つの例が納得できないために、書かれていることのすべてを認めがたいという人もいることは事実で、それはそれで仕方のないことであろう。
と「あとがきに」あるように(P194〜195)、刊行当時でも本書の見解への批判は少なくなかったかもしれませんが、だからといって本書の価値が大きく下がるものではなく、現在でも有益な考えるための視点が提示されているのではないか、と思います。本書を「古典」と考える人は少ないでしょうが、「古典」とは、個々の具体的な見解が否定されたり修正されたりしても、長く重要な視点を提供し続ける故に読まれ続けられるもので、本書は私にとっての「古典」となるわけです。私は人類進化史を追いかけていますが、とくに古代ゲノム研究の最新の論文を読むので手一杯なところがあり、人類学、さらには進化学の古典をもっと読む必要がある、と常々思っているものの、怠惰な性分のため、ほぼ実行できていません。本書を再読して、少しずつでも古典を読んでいかねばならない、と改めて思った次第ですが、それができるならすでにやっているはず、と自分をつい冷ややかに見てしまうところもあり、やはり気力の充実している若い頃に古典をできるだけ多く読んでおくべきだった、と後悔もしています。
本書で提示されている視点でとくに大きな影響を受けたのは、
サラブレッドは品種として固定されて以来の三百年もの間の、すべての個体の血統とパフォーマンスが完全に保存されている唯一の動物でもある。現代のテクノロジーは実験科学という短期決戦的な方法によって飛躍的な発展を遂げたが、今もって宇宙の本質とか、生命の謎といった巨大なもの、微小なもの、長い時間を経て解明できるものに関しては観察と記録という昔ながらの博物的研究を積み重ねる以外に方法はない。大型動物の遺伝という人間存在の本質的テーマに結びつく重要な問題は遺伝子というものの微小さ、その情報量の巨大さ、ライフサイクルの長さという三つの難題をかかえていておよそ試験管や実験室の設備で解明できるものではなく、長い時間をかけた観察によって少しずつ理解されてきたものである。馬は大型の知的動物としては比較的ライフサイクルが短く、例えば私が競馬を観るようになってからでもすでに五世代や六世代の交代が行われている。そうした馬の競馬場や牧場での生態にはさまざまに動物の遺伝の特性や例外を知ることもできる。
との指摘です(P4)。現在では、本書刊行当時よりも遺伝学は飛躍的に発展しており、本書の認識に大きな修正が必要かもしれませんが、遺伝子と表現型との対応関係、さらには表現型の発現における遺伝子と環境の関係などは、現在でもごく一部しか把握できていないでしょうし、気候変動や生態系の変化なども含めて、長期の観察を必要とする分野が、現在でも科学にとって比較的苦手であることは否定できないように思います。
本書では、単なるサラブレッドおよび競馬の歴史ではなく、それらも含めて現代へと至るウマの在り様から、現代(20世紀末)社会の問題点と解決の方向性を浮き彫りにすることが主題となっています。本書はその前提として、現生人類の「文明」発展の基盤に「スペキュレーション」があったことを指摘します。そうした「文明」社会に生きる現代人にとって、ウマの恒常的な自然と平穏が大きな指針になる、というわけです。スペキュレーション(speculation)は、日本語では投機や思索や推測などと訳されますが、本書ではその基本が未知に対する試行と把握されています。本書では、占いや賭けも広く「スペキュレーション」の一環とされ、占いが「文明」発達の発端になったとか、占いと賭けの権利こそ「デモクラシー」の基本である、と主張されています。占いが「文明」発達の発端になった、との主張について、本書では「スペキュレーション」の能力がある点で現生人類はネアンデルタール人と決定的に異なっており、両者の運命の違いにつながった、との見通しを提示しています。本書を初めて読んだのは、人類進化史に関心を抱く前でしたが、今改めて読むと、現生人類とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)との違いを、象徴的思考能力や「虚構」の構築能力の有無もしくは強弱に求める、最近の広く浸透している見解と、本書の主張には通ずるところもあり、本書の指摘も念頭に置きつつ、人類進化史について調べていくつもりです。
また、野生ウマについて、現生の唯一の野生種とされるプシバルスキーウマ(Equus ferus przewalskiiもしくはEquus przewalskii、タヒ、モウコノウマ)について、野生種であることを疑問視する見解も取り上げられており(P34)、これは近年の研究(Gaunitz et al., 2018、Librado et al., 2024)とも整合的です。今回の再読で気づかなかったことも、今後の再読で気づくかもしれず、今後も本書をできるだけ多く再読していきたいものです。本書を再読して、百年後に誰か1人でもよいので、「古典」と考えてもらえるような文章の執筆を、今後の人生の目標と決めましたが、私にとって分不相応な目標であることは否定できません。ただ、分不相応でも壮大な目標を掲げるのは生きがいになるかな、とも思います。
参考文献:
Gaunitz C. et al.(2018): Ancient genomes revisit the ancestry of domestic and Przewalski’s horses. Science, 360, 6384, 111-114.
https://doi.org/10.1126/science.aao3297
関連記事
Librado P. et al.(2024): Widespread horse-based mobility arose around 2,200 BCE in Eurasia. Nature, 631, 8022, 819–825.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07597-5
関連記事
山野浩一(1991)『サラブレッドの誕生』第3刷(朝日新聞社、第1刷の刊行は1990年)
この記事へのコメント