堀川晃菜「台湾にもいたデニソワ人 ごつい化石が語る独自の進化」
『日経サイエンス』2025年12月号に掲載された表題の記事を読みました。この記事では、台湾本島と澎湖諸島の間の水深60m~120mの澎湖海峡(Penghu Channel)で、他の脊椎動物とともに漁網にかかって発見された「澎湖1号(Penghu 1)」と呼ばれているホモ属の下顎骨のプロテオーム(タンパク質の総体)解析(Tsutaya et al., 2025)を中心に、今年(2025年)になって飛躍的に進展した、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)に関する研究が取り上げられています。当ブログでも、今年になってのデニソワ人研究の飛躍的な進展を反映して、近年のデニソワ人研究の解説を5本(Gross., 2025、Marshall., 2025、Zhang S, and Zhang Y., 2025、Villalba-Mouco, and Sümer., 2025、Nakagome., 2025)取り上げています。この記事では、目だった新情報はありませんが、この記事で言及されていない研究も含めて、2023年9月に当ブログに掲載したデニソワ人に関するまとめ(関連記事)の今後の更新のため、今年に入って公表されたデニソワ人に関する研究をそれぞれ短く取り上げます。
デニソワ人は、形態学的分析に基づいて同定された分類群ではなく、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見された断片的な遺骸から遺伝学的に同定された分類群である点で、古人類としては異例の存在です。デニソワ人について、これまで遺伝学的情報は、高品質なデータは1個体のみとはいえ、複数個体から得られていましたが、遺伝学的にデニソワ人と同定された遺骸はほとんどが断片的なため、形態学的情報はきわめて少なく、デニソワ人が特定された当初からデニソワ人の有力候補と推測されてきた、中国で発見された分類に議論のある中期~後期更新世のホモ属遺骸からは、遺伝学的情報が得られていないため、デニソワ人がどのような形態だったのか、どの地理的範囲にまで分布していたのか、確認するのが困難でした。
この状況は、今年に入ってデニソワ洞窟以外のホモ属遺骸がデニソワ人系統と確認されたことで、大きく改善されました。まず、この記事でも大きく取り上げられている、澎湖海峡(澎湖水道)で発見されたホモ属の下顎骨が、プロテオーム解析によってデニソワ人系統と示されました(Tsutaya et al., 2025)。次に、黒竜江省ハルビン市で1993年に松花江(Songhua River)における東江橋(Dongjiang Bridg)の建設中に発見された146000年以上前のホモ属頭蓋(ハルビン頭蓋)が、プロテオーム解析(Fu et al., 2025A)と歯石のmtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)解析(Fu et al., 2025B)によってデニソワ人系統と示されました。すでに、甘粛省甘南チベット族自治州夏河(Xiahe)県のチベット高原北東端の海抜3280mに位置する白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave)で発見されたホモ属化石がプロテオーム解析によってデニソワ人系統と示されており(Xia et al., 2024)、白石崖溶洞の堆積物からデニソワ人系統のmtDNAが確認されているので(Zhang et al., 2020)、デニソワ人はアジア東部の南北両方の沿岸付近にまで広がっていたことが示されました。
この他に、分子生物学的にはまだ確認されていないものの、形態学的にデニソワ人系統の可能性がすでに指摘されていたのは、ラオスのフアパン(Huà Pan)県に位置するタム・グ・ハオ2(Tam Ngu Hao 2、略してTNH2)で発見された人類の歯(TNH2-1)です(Demeter et al.,2022)。この分析が妥当ならば、デニソワ人はアジア南東部にまで拡散していたことになり、これはオセアニアとアジア南東部島嶼部の一部の現代人集団において他の現代人集団よりも高い割合のデニソワ人由来のゲノム領域がある、との遺伝学的知見(Gross., 2025)と整合的です。
今年に入って、同様に、分子生物学的にはまだ確認されていないものの、形態学的にハルビン頭蓋とともにデニソワ人系統の可能性がある、と指摘されたのは、湖北省十堰(Shiyan)市鄖陽(Yunyang)区の鄖県(Yunxian)遺跡で発見された100万年前頃のホモ属頭蓋(鄖県頭蓋)です(Feng et al., 2025)。ただ、デニソワ人とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と現生人類(Homo sapiens)の遺伝的関係について、常染色体ゲノムでは、デニソワ人とネアンデルタール人が近縁で、母系のmtDNAと父系のY染色体DNAではネアンデルタール人と現生人類が近縁と示されているのに対して、鄖県頭蓋とハルビン頭蓋は形態学的にはネアンデルタール人よりも現生人類の方と近縁と示されており(Feng et al., 2025)、ネアンデルタール人系統とデニソワ人および現生人類の共通祖先の系統の分岐が138万年前頃と推定されていること(Feng et al., 2025)も含めて、この形態学的分析を直ちに有力説と判断するのは躊躇われます。
デニソワ人の分布範囲の拡大を証明したわけではありませんが、今年に入って、デニソワ洞窟の3ヶ所の空洞(主空洞と東空洞と南空洞)のうち、主空洞と東空洞より調査が進んでいなかった南空洞の詳細な分析結果が報告されており、デニソワ人におけるmtDNA系統の置換については、南空洞でも主空洞および東空洞と類似の結果が得られました(Jacobs et al., 2025)。その他に、ユーラシア東部の古代および現代の現生人類におけるデニソワ人からの遺伝的影響では「縄文人」が最も小さいことを報告した論文(Yang et al., 2025)や、20万年前頃のデニソワ人男性(デニソワ25号)の高品質なゲノムデータを報告した査読前論文(Peyrégne et al., 2025)が今年になって公表されており、デニソワ人の遺伝学的研究も大きく進展しています。このデニソワ25号は、近い年代のデニソワ8号とともに、10万年前頃以降のデニソワ5号および8号と遺伝的に直接的にはつながっていない、示されており(Peyrégne et al., 2025)、デニソワ人集団内の遺伝的差異に関する研究の進展も大いに期待されます。デニソワ人研究の進展が速く、追いついていくのは困難ですが、今後もできるだけデニソワ人に関する最新の研究を把握していきたいものです。
参考文献:
Demeter F. et al.(2022): A Middle Pleistocene Denisovan molar from the Annamite Chain of northern Laos. Nature Communications, 13, 2557.
https://doi.org/10.1038/s41467-022-29923-z
関連記事
Feng X. et al.(2025): The phylogenetic position of the Yunxian cranium elucidates the origin of Homo longi and the Denisovans. Science, 389, 6767, 1320–1324.
https://doi.org/10.1126/science.ado9202
関連記事
Fu Q. et al.(2025A): The proteome of the late Middle Pleistocene Harbin individual. Science, 389, 6761, 704–707.
https://doi.org/10.1126/science.adu9677
関連記事
Fu Q. et al.(2025B): Denisovan mitochondrial DNA from dental calculus of the >146,000-year-old Harbin cranium. Cell, 188, 15, 3919–3926.E9.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.05.040
関連記事
Gross M(2025): Finding Denisovans. Current Biology, 35, 19, R897–R899.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.09.044
関連記事
Jacobs Z. et al.(2025): Pleistocene chronology and history of hominins and fauna at Denisova Cave. Nature Communications, 16, 4738.
https://doi.org/10.1038/s41467-025-60140-6
関連記事
Marshall M.(2025): Who were the ancient Denisovans? Fossils reveal secrets about the mysterious humans. Nature, 641, 8064, 840–842.
https://doi.org/10.1038/d41586-025-01549-3
関連記事
Nakagome S.(2025): Human evolution: Tracing ancient journeys through Denisovan DNA. Current Biology, 35, 20, R944–R946.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.09.025
関連記事
Peyrégne S. et al.(2025): A high-coverage genome from a 200,000-year-old Denisovan. bioRxiv.
https://doi.org/10.1101/2025.10.20.683404
Sümer AP. et al.(2025): Earliest modern human genomes constrain timing of Neanderthal admixture. Nature, 638, 8051, 711–717.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-08420-x
関連記事
Tsutaya T. et al.(2025): A male Denisovan mandible from Pleistocene Taiwan. Science, 388, 6743, 176–180.
https://doi.org/10.1126/science.ads3888
関連記事
Villalba-Mouco V, and Sümer AP.(2025): Unmasking the Denisovans. Cell, 188, 15, 3917–3918.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.05.040
関連記事
Zhang D. et al.(2020): Denisovan DNA in Late Pleistocene sediments from Baishiya Karst Cave on the Tibetan Plateau. Science, 370, 6516, 584–587.
https://doi.org/10.1126/science.abb6320
関連記事
Zhang S, and Zhang Y.(2025): Behavioral adaptation facilitated Denisovans persistent occupation of the Tibetan Plateau. Science Bulletin, 70, 11, 1716-1718.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2025.03.048
関連記事
堀川晃菜 (2025)「台湾にもいたデニソワ人 ごつい化石が語る独自の進化」『日経サイエンス』2025年12月号P70-77
国武貞克、佐藤宏之(2025)『南回り、北回りの遭遇、列島のホモ・サピエンス 新・日本旧石器文化の成立』(朝日新聞出版)
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デニソワ人は、形態学的分析に基づいて同定された分類群ではなく、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見された断片的な遺骸から遺伝学的に同定された分類群である点で、古人類としては異例の存在です。デニソワ人について、これまで遺伝学的情報は、高品質なデータは1個体のみとはいえ、複数個体から得られていましたが、遺伝学的にデニソワ人と同定された遺骸はほとんどが断片的なため、形態学的情報はきわめて少なく、デニソワ人が特定された当初からデニソワ人の有力候補と推測されてきた、中国で発見された分類に議論のある中期~後期更新世のホモ属遺骸からは、遺伝学的情報が得られていないため、デニソワ人がどのような形態だったのか、どの地理的範囲にまで分布していたのか、確認するのが困難でした。
この状況は、今年に入ってデニソワ洞窟以外のホモ属遺骸がデニソワ人系統と確認されたことで、大きく改善されました。まず、この記事でも大きく取り上げられている、澎湖海峡(澎湖水道)で発見されたホモ属の下顎骨が、プロテオーム解析によってデニソワ人系統と示されました(Tsutaya et al., 2025)。次に、黒竜江省ハルビン市で1993年に松花江(Songhua River)における東江橋(Dongjiang Bridg)の建設中に発見された146000年以上前のホモ属頭蓋(ハルビン頭蓋)が、プロテオーム解析(Fu et al., 2025A)と歯石のmtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)解析(Fu et al., 2025B)によってデニソワ人系統と示されました。すでに、甘粛省甘南チベット族自治州夏河(Xiahe)県のチベット高原北東端の海抜3280mに位置する白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave)で発見されたホモ属化石がプロテオーム解析によってデニソワ人系統と示されており(Xia et al., 2024)、白石崖溶洞の堆積物からデニソワ人系統のmtDNAが確認されているので(Zhang et al., 2020)、デニソワ人はアジア東部の南北両方の沿岸付近にまで広がっていたことが示されました。
この他に、分子生物学的にはまだ確認されていないものの、形態学的にデニソワ人系統の可能性がすでに指摘されていたのは、ラオスのフアパン(Huà Pan)県に位置するタム・グ・ハオ2(Tam Ngu Hao 2、略してTNH2)で発見された人類の歯(TNH2-1)です(Demeter et al.,2022)。この分析が妥当ならば、デニソワ人はアジア南東部にまで拡散していたことになり、これはオセアニアとアジア南東部島嶼部の一部の現代人集団において他の現代人集団よりも高い割合のデニソワ人由来のゲノム領域がある、との遺伝学的知見(Gross., 2025)と整合的です。
今年に入って、同様に、分子生物学的にはまだ確認されていないものの、形態学的にハルビン頭蓋とともにデニソワ人系統の可能性がある、と指摘されたのは、湖北省十堰(Shiyan)市鄖陽(Yunyang)区の鄖県(Yunxian)遺跡で発見された100万年前頃のホモ属頭蓋(鄖県頭蓋)です(Feng et al., 2025)。ただ、デニソワ人とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と現生人類(Homo sapiens)の遺伝的関係について、常染色体ゲノムでは、デニソワ人とネアンデルタール人が近縁で、母系のmtDNAと父系のY染色体DNAではネアンデルタール人と現生人類が近縁と示されているのに対して、鄖県頭蓋とハルビン頭蓋は形態学的にはネアンデルタール人よりも現生人類の方と近縁と示されており(Feng et al., 2025)、ネアンデルタール人系統とデニソワ人および現生人類の共通祖先の系統の分岐が138万年前頃と推定されていること(Feng et al., 2025)も含めて、この形態学的分析を直ちに有力説と判断するのは躊躇われます。
デニソワ人の分布範囲の拡大を証明したわけではありませんが、今年に入って、デニソワ洞窟の3ヶ所の空洞(主空洞と東空洞と南空洞)のうち、主空洞と東空洞より調査が進んでいなかった南空洞の詳細な分析結果が報告されており、デニソワ人におけるmtDNA系統の置換については、南空洞でも主空洞および東空洞と類似の結果が得られました(Jacobs et al., 2025)。その他に、ユーラシア東部の古代および現代の現生人類におけるデニソワ人からの遺伝的影響では「縄文人」が最も小さいことを報告した論文(Yang et al., 2025)や、20万年前頃のデニソワ人男性(デニソワ25号)の高品質なゲノムデータを報告した査読前論文(Peyrégne et al., 2025)が今年になって公表されており、デニソワ人の遺伝学的研究も大きく進展しています。このデニソワ25号は、近い年代のデニソワ8号とともに、10万年前頃以降のデニソワ5号および8号と遺伝的に直接的にはつながっていない、示されており(Peyrégne et al., 2025)、デニソワ人集団内の遺伝的差異に関する研究の進展も大いに期待されます。デニソワ人研究の進展が速く、追いついていくのは困難ですが、今後もできるだけデニソワ人に関する最新の研究を把握していきたいものです。
参考文献:
Demeter F. et al.(2022): A Middle Pleistocene Denisovan molar from the Annamite Chain of northern Laos. Nature Communications, 13, 2557.
https://doi.org/10.1038/s41467-022-29923-z
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Feng X. et al.(2025): The phylogenetic position of the Yunxian cranium elucidates the origin of Homo longi and the Denisovans. Science, 389, 6767, 1320–1324.
https://doi.org/10.1126/science.ado9202
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Fu Q. et al.(2025A): The proteome of the late Middle Pleistocene Harbin individual. Science, 389, 6761, 704–707.
https://doi.org/10.1126/science.adu9677
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Fu Q. et al.(2025B): Denisovan mitochondrial DNA from dental calculus of the >146,000-year-old Harbin cranium. Cell, 188, 15, 3919–3926.E9.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.05.040
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Gross M(2025): Finding Denisovans. Current Biology, 35, 19, R897–R899.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.09.044
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Jacobs Z. et al.(2025): Pleistocene chronology and history of hominins and fauna at Denisova Cave. Nature Communications, 16, 4738.
https://doi.org/10.1038/s41467-025-60140-6
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https://doi.org/10.1038/d41586-025-01549-3
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https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.09.025
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Peyrégne S. et al.(2025): A high-coverage genome from a 200,000-year-old Denisovan. bioRxiv.
https://doi.org/10.1101/2025.10.20.683404
Sümer AP. et al.(2025): Earliest modern human genomes constrain timing of Neanderthal admixture. Nature, 638, 8051, 711–717.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-08420-x
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https://doi.org/10.1126/science.ads3888
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https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.05.040
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Zhang D. et al.(2020): Denisovan DNA in Late Pleistocene sediments from Baishiya Karst Cave on the Tibetan Plateau. Science, 370, 6516, 584–587.
https://doi.org/10.1126/science.abb6320
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Zhang S, and Zhang Y.(2025): Behavioral adaptation facilitated Denisovans persistent occupation of the Tibetan Plateau. Science Bulletin, 70, 11, 1716-1718.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2025.03.048
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