現生人類の出現と最初期の拡散(追記有)

 人類進化に関する英語論文を日本語に訳してブログに掲載するだけではなく、これまでに得た知見をまとめ、独自の記事を掲載しよう、と昨年(2024年)後半から考えています。しかし、最新の研究を追いかけるのが精一杯で、独自の記事をほとんど執筆できておらず、そもそも最新の研究にしてもごく一部しか読めていません。この状況を多少なりとも改善するために、人類史における画期というか時代区分を意識して、人類進化史の現時点での私見について「人類進化史概略(以下、概略と表記します)」と題して述べました。概略で提示した各論点を中心に、さらに整理して当ブログに掲載していく予定で、今回は初期の現生人類(Homo sapiens)に関する現時点での私見をまとめます。


追記(2025年11月14日)
 現生人類と非現生人類ホモ属の関係について、この記事で述べ忘れていた遺伝学的知見や、それとも関連する人類の社会構造について新たな記事で述べました。



●人類進化史の画期としての5万年前頃以降の現生人類の世界規模の拡散

 概略で述べたように、人類進化史における転機として、現生人類の出現そのものよりも、5万年前頃以降となる、非アフリカ系現代人全員の主要な祖先集団の世界規模の拡散の方を私は重視しています。これは、少なくとも300万年間ほど続いたと思われる、人類進化史における複数系統の共存状態(異なる系統間の直接的な接触は少なかったとしても)が、5万年前頃以降の現生人類の拡散によって消滅し、現時点において、現生人類が5万年以上前に非現生人類ホモ属に決定的な負の影響を及ぼした明らかな痕跡はまだ確認されていない、との認識に基づいています。つまり、5万年前頃以降に現生人類が、それまで人類が到達していなかったアメリカ大陸なども含めて世界規模で拡散して大きく地理的範囲を広げ、非現生人類ホモ属の痕跡が消滅していったことから、少なくとも5万年前頃以降の非アフリカ系現代人全員の主要な祖先集団は、非現生人類ホモ属に対して何らかの点で決定的に優位に立っていたと考えられますが、5万年以上前の現生人類はそうではなかった、と私は考えています。

 もちろん、非アフリカ系現代人の主要な祖先集団が世界規模で拡散した前提として、アフリカにおける現生人類集団の生物学的進化および文化的(社会的)蓄積が基盤になっているでしょうから、この転機をもっとさかのぼらせるべきかもしれませんが、現時点の私の見識ではその見極めはとても無理なので、この記事では5万年前頃以降の非アフリカ系現代人の主要な祖先集団による世界規模での拡散をより重視します。ただ、この非アフリカ系現代人の主要な祖先集団の非現生人類ホモ属に対する決定的な優位が、同時代のサハラ砂漠以南のアフリカの現生人類集団にはなかったとしたら、非現生人類ホモ属に対する現生人類の優位を特定する重要な手がかりになるかもしれず、この記事ではそうした可能性も取り上げます。


●現生人類の形成過程

 現生人類の起源が唯一の起源地がアフリカであること(現生人類アフリカ単一起源説)は、今では広く受け入れられていますが(Bergström et al., 2021)、現生人類とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の最終共通祖先の起源地がアジア南西部だった可能性も指摘されています(Bermúdez de Castro, and Martinón-Torres., 2022)。現生人類は解剖学的に定義された分類群で、これは基本的にネアンデルタール人など他の人類も同様ですが、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)は例外です(関連記事)。アフリカは低緯度地域が多いため、とくに更新世人類の古代DNA研究には適していませんが、現生人類は解剖学的に定義された分類群なので、化石から特定することは可能です。

 現時点で最古級とされる現生人類は、モロッコのジェベルイルード(Jebel Irhoud)遺跡で発見された315000年前頃の人類化石(イルード1号および2号)です(Hublin et al., 2017、Richter et al., 2017)。しかし、イルード1号とネアンデルタール人との形態学的類似性も指摘されています(Mounier, and Lahr., 2019)。過去50万年間のアフリカとユーラシアのホモ属の頭蓋形態に基づく研究(Neves et al., 2024)でも、イルード2号が現生人類の範囲内に近いのに対して、イルード1号はネアンデルタール人に近い、と示されています。エチオピアのオモ・キビシュ(Omo-Kibish)で発見されたオモ1号は、現生人類との分類が広く受け入れられており、その年代は233000±22000年以上前と推定されています(Vidal et al., 2022)。時空間的に広範囲のホモ属頭蓋の比較でも、オモ1号は現生人類の変異内に収まっています(Neves et al., 2024)。しかし、同じくオモ・キビシュで発見され、年代がオモ1号ほど確定的ではないオモ2号は、他のホモ属頭蓋との比較で現生人類とネアンデルタール人の中間に位置します(Neves et al., 2024)。このように、現生人類に分類される最古級の化石はアフリカで発見されており、それは現生人類アフリカ単一起源説と整合的ですが、現生人類の起源地についてアジア南西部も視野に入れる必要はあるかもしれません(Bermúdez de Castro, and Martinón-Torres., 2022)。

 しかし、アジア南西部よりさらに東方のユーラシア地域、とくに中国では、これらアフリカの最古級の現生人類(候補)化石と同年代の、現生人類的特徴を有する、と主張されている化石も発見されています。たとえば、中華人民共和国安徽省池州市東至県の華龍洞(Hualongdong、略してHLD)で発見された30万年前頃のホモ属遺骸について、頭蓋や下顎は祖先的で、顔面は現生人類に近く、歯は祖先的特徴と派生的特徴が混在している、と指摘されており(Wu et al., 2025)、中国の報道機関はこの華龍洞遺骸の現代的特徴を伝えており、日本語でも発信しています。ただ、中国では今でも自然人類学(形質人類学)において現生人類多地域進化説、とくに中国での過去100万年以上にわたる人類集団の遺伝的連続性が強調されており、「西側」の貢献が無視され、一般層では人類進化史について時に「西側」が敵視される傾向にあること(Cheng., 2017)を考えると、中国の報道機関が示唆するような、現生人類の起源地(の1ヶ所)としての「中国」といった見解は警戒すべきでしょう。じっさい、華龍洞のホモ属化石の祖先的特徴が指摘されており(Wu et al., 2025)、その頭蓋はネアンデルタール人の変異内に収まるわけです(Neves et al., 2024)。現生人類の起源に関して、「中国」まで視野に入れる必要は、少なくとも現時点ではない、と私は考えていますし、将来も現生人類の「中国」起源を確実に裏づけるような証拠が見つかる可能性は皆無に近いでしょう。

 では、これらの化石証拠も踏まえて、アジア南西部も視野に入れつつ、アフリカにおける現生人類の形成過程をどう考えるべきかというと、なかなか難しいところがあります。化石証拠は散発的で、個々には断片的であることがほとんどです。そもそも、現生分類群でさえ、形態学的証拠のみでは系統関係の把握が難しく、遺伝学的証拠より精度が劣る、と指摘されています(Harris.,2016,第1章)。しかし、アフリカにおいて最古級の人類遺骸のゲノムデータは現時点で18000年前頃までしかさかのぼらず(Lipson et al., 2022)、現生人類の形成過程において重要となる60万~10万年前頃のアフリカ(およびアジア南西部)の人類遺骸からのゲノムデータ取得は現実的ではありません。

 そうした限界を踏まえつつ、古代人と現代人のゲノムデータから現生人類の起源を検証した研究(Bergström et al., 2021)では、100万~30万年前頃の非現生人類ホモ属系統(ネアンデルタール人やデニソワ人など)と現生人類系統との分岐に続く、30万~6万年前頃のアフリカにおける、単一起原ではない現生人類の形成過程が示唆されています。その後の研究(Meneganzin et al., 2022)では、古代的特徴と派生的特徴の混在によって特徴づけられる祖先のメタ個体群(アレルの交換といった、ある水準で相互作用をしている、空間的に分離している同種の個体群の集団)が、特徴的な形態の集団の異所的で断続的な出現をもたらし、初めて現生人類の重要な派生的特徴(球状の脳頭蓋)を示して、その後の拡大および親種系統との混合を経て、拡大地域集団内で他の進化的新規性が組み込まれて安定化した、と想定されています(拡張単一アフリカ起源)。少なくとも現時点では、現生人類の派生的特徴は、アフリカにおいて単一の局所的地域で比較的短期間に一括して出現したわけではなく、長い過程と複雑な相互作用を想定するのが妥当なようです。そもそも、現生人類系統とネアンデルタール人系統の分岐にしても、単純ではなく複雑だった可能性が、ゲノム研究から指摘されています(Ragsdale et al., 2023)。現生人類の形成過程は複雑だったものの、6万年前頃までにはアフリカにおいて明確に形成されており、非アフリカ系現代人全員の主要な祖先集団は、すでにアフリカからアジア南西部にまで拡散していたかもしれません。


●アフリカ外の最初期現生人類

 アフリカ外で最古級の現生人類かもしれない遺骸は、ギリシア南部のマニ半島のアピディマ(Apidima)洞窟で1970年代に発見された頭蓋アピディマ1号および2号で、アピディマ1号の推定年代は21万年以上前、アピディマ2号の推定年代は17万年以上前です(Harvati et al., 2019)。アピディマ2号は早期ネアンデルタール人系統に、祖先的特徴と現生人類のような派生的特徴が混在するアピディマ1号は初期現生人類系統に位置づけられました(Harvati et al., 2019)。この分析が妥当ならば、ヨーロッパには20万年以上前に現生人類系統に位置づけられる集団が存在したことになりますが、そうだとしても、その後6万年前頃まで、ヨーロッパに現生人類が拡散したことを示す確実な証拠はまだないと思います。つまり、20万年以上前にヨーロッパに現生人類が拡散したとしても、ヨーロッパで絶滅したか、ネアンデルタール人集団に吸収され、その形態学的痕跡はほとんど残らなかった、と考えられます。ただ、現生人類系統からネアンデルタール人系統への25万~20万年前頃の遺伝子流動の可能性が推定されており(Li et al., 2024)、アピディマ1号はこの遺伝子流動に関わった現生人類系統を表しているかもしれません。

 アピディマ1号に続いて古いアフリカ外の現生人類候補遺骸は、カルメル山にあるミスリヤ洞窟(Misliya Cave)で発見された194000~177000年前頃の上顎です(Hershkovitz et al., 2018)。レヴァントでは、スフール(Skhul)洞窟において13万~10万年前頃、カフゼー(Qafzeh)洞窟では10万~9万年前頃の初期現生人類化石が発見されています(Abbas et al., 2023)。レヴァントにおいて、ネアンデルタール人の明確な存在が確認されるのはこのミスリヤ洞窟の初期現生人類以後となり、5万年前頃以降ではまだ確認されていません(門脇.,2020)。レヴァントのタブン(Tabun)洞窟では17万年前頃のネアンデルタール人遺骸が発見されており(西秋.,1997)、レヴァントにおいて、ネアンデルタール人が存在していた17万~5万年前頃に、現生人類もしくはネアンデルタール人がレヴァントから完全に消滅した期間はあったのか、現生人類とネアンデルタール人の共存期間がどの程度あったのか、定かではありませんが、ともかく、アフリカからユーラシアへの重要な拡散経路の一方となりそうなレヴァント(もう一方は、アフリカ東部からバブ・エル・マンデブ海峡を横断してアラビア半島南西部への経路)において、現生人類がネアンデルタール人を消滅させることは5万年前頃までなかったわけです。

 レヴァントより東方でも、6万年以上前の現生人類の存在が主張されています。たとえば、オーストラリア北部のマジェドベベ(Madjedbebe)岩陰遺跡では65000年前頃の石器(Clarkson et al., 2017)、スマトラ島のリダ・アジャー(Lida Ajer)洞窟では73000~63000年前頃の2点の現生人類的な歯(Westaway et al., 2017)、中華人民共和国湖南省永州市道県の福岩洞窟(Fuyan Cave)では12万~6万年前頃となる47点の現生人類的な歯(Liu et al., 2015)が発見されています。しかし、6万年以上前とされるこれらの年代については古すぎるとの疑問が呈されており(O'Connell et al., 2018)、とくに福岩洞窟の現生人類的な歯の年代は完新世である可能性が高い、と示されており、中国における5万年以上前の現生人類の存在に関する確実な証拠はない、と指摘されています(Sun et al., 2021)。この他に、ラオスでは77000年前頃までさかのぼる現生人類の存在の可能性が指摘されています(Freidline et al., 2023)。

 フローレス島のホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)が少なくとも5万年前頃まで(Sutikna et al., 2016)、チベット高原においてデニソワ人が48000~32000年前頃まで存在し、チベット高原においてデニソワ人の痕跡が消滅する前に現生人類も到来していた、と考えられること(Xia et al., 2024)から、現生人類が仮にユーラシア東部からワラセアを経てオセアニアまで6万年以上前に到達していたとしても、非現生人類ホモ属が絶滅したわけではありません。また、非アフリカ系現代人におけるネアンデルタール人からの比較的均一な遺伝的影響が、おそらくはイラン高原(Guran et al., 2024)やレヴァントなどアジア南西部における50500~43500年前頃に起きた遺伝子流動の単一の共有された長い期間に由来する(Iasi et al., 2024)ならば、以前から指摘されていたように(Bergström et al., 2021)、6万年以上前にユーラシア東部やオセアニアにまで拡散した初期現生人類は、非アフリカ系現代人にほとんど遺伝的影響を残さなかったでしょう。

 フランス地中海地域のマンドラン(マンドリン)洞窟(Grotte Mandrin)では、ネアンデルタール人が担い手と考えられるムステリアン(Mousterian、ムスティエ文化)の後に(上層で)、56800~51700年前頃のネロニアン(Neronian、ネロン文化)インダストリーが確認されており、その担い手はネロニアンと関連して発見された歯の形態から現生人類と考えられており(Slimak et al., 2022)、ネロニアンは現生人類の所産と考えられるレヴァントのIUP(Initial Upper Paleolithic、初期上部旧石器)と石器技術的に類似している、と指摘されています(Slimak., 2023)。マンドラン洞窟におけるネロニアンと現生人類との関連は、古代DNA解析やプロテオーム(タンパク質の総体)解析など分子人類学で証明されたわけではないので、確定的ではないかもしれませんが、その可能性はかなり高そうです。

 マンドラン洞窟ではその後の層(上層)においてムステリアン石器群が44000年前頃まで確認されており(Slimak et al., 2022)、このムステリアン石器群と共伴した人類の歯顎化石は、ゲノム解析によってネアンデルタール人と特定されましたが、近い過去での現生人類からの遺伝子流動は確認されていません(Slimak et al., 2024)。マンドラン洞窟ではその後、現生人類の所産と考えられるプロトオーリナシアン(Proto-Aurignacian、先オーリニャック文化)が確認されています(Slimak et al., 2022)。つまり、マンドラン洞窟の居住(使用)者は、ネアンデルタール人(57000年前頃以前)→現生人類(56800~51700年前頃)→ネアンデルタール人(51700年前頃~44000年前頃)→現生人類(44000~41550年前頃)と変わった可能性が高いわけで、ヨーロッパに現生人類が侵入してきた後には、ネアンデルタール人は現生人類に置換されていくだけだった、とは言えないわけです。ヨーロッパの考古学的証拠から、ネロニアンの担い手と考えられる現生人類集団は、絶滅したかレヴァントに撤退したと考えられますが、現在は水没しているだろう地中海沿岸部でより内陸部のネアンデルタール人集団と共存していた可能性も、想定しておくべきかもしれません。

 マンドラン洞窟ではムステリアンからネロニアンへの移行がわずか1年間程度で起きた、と推定されており(Slimak et al., 2022)、マンドラン洞窟周辺で、当時ネアンデルタール人と現生人類が共存しており、接触していた可能性は高そうです。この時、現生人類との競合の末にネアンデルタール人が追い払われたのか、定かではありませんが、ミスリヤ洞窟やスフール洞窟やカフゼー洞窟といった19万~9万年前頃の現生人類集団は、非アフリカ系現代人全員の主要な直接的祖先集団の系統に属していたとしても、まだ他のサハラ砂漠以南のアフリカの一部の現生人類集団と明確には遺伝的に分岐していなかったでしょうが(Bergström et al., 2021)、マンドラン洞窟のネロニアンの担い手は、遺伝的には非アフリカ系現代人全員の主要な祖先集団の系統の一部だったかもしれません(現代人には遺伝的影響を残していないもしれませんが)。そうだとすると、マンドラン洞窟のネロニアン集団は、認知能力の点で現代人の変異内に収まっていたでしょう。

 さらに、マンドラン洞窟のネロニアン集団は弓矢技術も有していた可能性が高そうです(Metz et al., 2023)。ネアンデルタール人ではまだ弓矢技術は確認されていないでしょうから、飛び道具によって現生人類はネアンデルタール人に対して優位に立ち、ネアンデルタール人は絶滅に追い込まれ、それはネアンデルタール人と現生人類との生得的な認知能力の違いを反映している、との見解は大衆媒体で人気があるように思われます(関連記事)。しかし、マンドラン洞窟では、弓矢技術を有していたと思われる現生人類集団からネアンデルタール人集団へと居住(使用)者が代わっており、飛び道具を有していた現生人類がネアンデルタール人に対して優位に立った、との仮説を前提とすることには慎重であるべきと思います。

 このように、5万年以上前の現生人類は、仮にユーラシア東部やオセアニアにまで拡散していたとしても、非現生人類ホモ属を最終的に絶滅に追いやったわけではありませんし、レヴァントでも、実際の共存期間がどの程度だったかはともかく、大きく見れば17万~5万年前頃まで共存しており、フランス地中海沿岸でもネアンデルタール人と共存し、現生人類側が撤退するか絶滅した可能性は低くありません。5万年以上前の現生人類は、地理的分布範囲を大きく拡大したわけではなく、砂漠や熱帯雨林や高地(海抜2500m以上)や北極圏といった人類にとっての極限環境(Roberts, and Stewart., 2018)にも、15万年前頃のアフリカ西部の熱帯林の事例(Arous et al., 2025)などに見られるように、熱帯雨林には10万年以上前から居住していた可能性はあるものの、5万年前頃以降の現生人類のように極限環境に広く拡散していたわけではありません。なお、極限環境に拡散できた人類は現生人類のみとの見解(Roberts, and Stewart., 2018)もありますが、デニソワ人は現生人類よりもずっと早く、遅くとも16万年前頃までには高地環境に拡散していた可能性が高そうで(Chen et al., 2019)、ネアンデルタール人が北極圏にまで拡散していた可能性も指摘されています(Slimak., 2025)。5万年以上前の現生人類は、地理的分布範囲を大きく広げたわけでも、非現生人類ホモ属に決定的な負の影響を及ぼしたわけでもなさそうです。

 考古学的には、現生人類の形成過程において重要な期間(60万~10万年前頃)の大半を含む、50万~3万年前頃までのアフリカを包括的に検証した研究(Scerri, and Will., 2023)において、この期間に「現代性」と呼ばれるような「革新的」要素がある時点で一括して出現したわけでも、アフリカ全域で漸進的に複雑さが増加したわけでもない、と指摘されています。この期間のアフリカにおける行動的な複雑さの出現パターンは、空間的に別々で、時間的に違いがあり、歴史的に偶発的な軌跡により特徴づけられる複雑な寄せ集めと一致し、認知能力の変化よりも人口動態の方が重要な役割を果たしたのではないか、と示唆されています(Scerri, and Will., 2023)。現生人類はその出現以降、技術や社会規模および構造の点で、飛躍的に「発展」したわけでも、漸進的に安定して「発展」したわけでもなさそうで、言わば一進一退を繰り返していたようです。現生人類は、人口動態も含めて何らかの要因によって、5万年前頃まで若しくはその前のある時点まで、非現生人類ホモ属に対して圧倒的に優位な社会的蓄積を備えていなかった可能性が高そうです。


●5万年前頃以降の現生人類の世界規模の拡散とその背景

 5万年前頃以降の現生人類は、非現生人類ホモ属の存在に関する確実な証拠がないオセアニアやアメリカ大陸も含めて、世界規模で拡散しました。この過程で、非現生人類ホモ属はまず間違いなく完新世の開始前までに、一部の集団が現生人類集団にわずかな遺伝的影響を残したものの、基本的には絶滅した、と言って大過ないと思います。ただ、実のところ、現生人類が非現生人類ホモ属を絶滅に追いやった、と直接的に証明できるわけではなく、現時点で確認できる時空間的な分布範囲からの推測にすぎません。

 フローレス島のホモ・フロレシエンシスにしても、現時点でその痕跡は5万年前頃以降には確認されていませんが(Sutikna et al., 2016)、今後見つかる可能性はありますし、ホモ・フロレシエンシスの絶滅に現生人類が関わっていた、と推測できる根拠はさほど強くないかもしれません。ただ、フローレス島では、41000年前頃の人為的な燃焼の痕跡が現生人類の所産と推測され(Morley et al., 2017)、5万年前頃を境に石材選好性の顕著な変化が示されており(Sutikna et al., 2018)、これがフローレス島への現生人類の到来を反映しているならば、ホモ・フロレシエンシスの絶滅に現生人類が直接的に関わっていた可能性は高いように思います。同じく低緯度地帯では、スリランカにおいて48000年前頃までさかのぼる現生人類と推測される痕跡が確認されています(Langley et al., 2020)。

 チベット高原では、上述のようにデニソワ人が48000~32000年前頃まで存在し、チベット高原においてデニソワ人の痕跡が消滅する前に現生人類も到来していた、と考えられること(Xia et al., 2024)から、ヨーロッパのように現生人類とデニソワ人が一定期間共存していたかもしれませんが、チベット高原とはいっても広いので、実際の接触頻度はかなり低かった可能性も考えられます。中華人民共和国山西省では45000年前頃のIUP石器群が発見されており(Yang et al., 2024)、この頃までに現生人類はユーラシア東部まで広範に拡散していた可能性が高そうです。山西省より西方のアルタイ山脈でも、45000年前頃にIUPと現生人類の遺伝的痕跡が確認されており、45000年前頃前後までネアンデルタール人とデニソワ人が存在していた可能性も指摘されていますから(Zavala et al., 2021)、非現生人類ホモ属の消滅に現生人類が直接的に関わっていた可能性は高そうです。

 現生人類とネアンデルタール人との相互作用およびネアンデルタール人の痕跡の消滅過程が最も解明されている地域はやはりヨーロッパで、イベリア半島南部で4万年前頃以降もネアンデルタール人が生存していた可能性は低くないかもしれませんが(Zilhão et al., 2017)、ヨーロッパの大半においてネアンデルタール人の痕跡は4万年前頃までに消滅し、すでにその前からヨーロッパには現生人類が広範に存在していました(Higham et al., 2014)。ネアンデルタール人集団が気候変動によって局所的に絶滅したことは珍しくなかったでしょうし、それは現生人類も同様と思われますが、ネアンデルタール人はヨーロッパにおいて数十万年間の気候変動を耐えて存続してきた系統で、その究極的な消滅要因は現生人類との競合と考えるべきでしょう。アルタイ山脈やヨーロッパなどに存在したこれら5万年頃以降のユーラシアの現生人類は、遺伝学的に分析されている個体はすべて、現代人に直接的な遺伝的影響を残しているか否かはともかく、広い意味で非アフリカ系現代人全員の主要な祖先集団の系統に属します。

 こうして現生人類が非現生人類ホモ属を絶滅に追いやった理由として、現生人類が非現生人類ホモ属に対して認知能力の点で優位に立ち、それが技術面では弓矢などの飛び道具、社会面では他集団との関係強化につながり、ネアンデルタール人などの非現生人類ホモ属は現生人類との競合に敗れて絶滅した、との見解が有力なように思います。しかし、上述のフランス地中海地域のマンドラン洞窟の事例からも、飛び道具が非現生人類ホモ属に対する現生人類の優位をもたらした局面はあったとしても、決定的要因になったのか、強い疑問が残ります。さらに、5万年前頃以降に世界規模で拡散した、広い意味でアフリカ系現代人全員の主要な祖先集団の系統である現生人類集団が、新たな拡散先で非現生人類ホモ属を短期間で置換した、といった単純な想定に疑問を呈するような証拠もあります。

 そうした経緯が最も明らかになっているのはやはりヨーロッパで、マンドリン洞窟の後にヨーロッパにおいて現生人類の確実な痕跡が確認されているのは、現在のブルガリアとチェコ共和国とドイツです。ブルガリアのバチョキロ洞窟(Bacho Kiro Cave)では、IUPと関連する45000年前頃の現生人類遺骸が発見されており、遺伝的に現代人ではヨーロッパ集団よりもアジア東部集団の方に近い、と示されています(Hajdinjak et al., 2021)。ここでは、バチョキロ洞窟のIUP現生人類集団および遺伝的に近縁な集団をバチョキロIUP集団と呼びます。バチョキロIUP集団には、非アフリカ系現代人全員に共通するネアンデルタール人からの遺伝子流入以外に、6世代前未満か7世代前頃の追加のネアンデルタール人からの遺伝子流動が確認されています(Hajdinjak et al., 2021)。

 チェコのコニェプルシ(Koněprusy)洞窟群で発見された洞窟群の頂上の丘にちなんでズラティクン(Zlatý kůň)と呼ばれる成人女性1個体(ズラティクン個体)は、非アフリカ系現代人全員の主要な共通祖先である出アフリカ現生人類集団の系統において初期に分岐し、現代人にはほぼ遺伝的痕跡が残っていない集団を表している、と示されました(Prüfer et al., 2021)。ドイツのテューリンゲン州(Thuringia)のオーラ川(Orla River)流域に位置するラニス(Ranis)のイルゼン洞窟(Ilsenhöhle)で発見された初期現生人類6個体は、遺伝的にズラティクン個体と近く、そのうち2個体はズラティクン個体と5~6親等の親族関係にあり、年代は45000年前頃と示されました(Sümer et al., 2025)。ズラティクン個体と関連する石器技術の分類は確定していませんが(Prüfer et al., 2021)、イルゼン洞窟の初期現生人類集団と関連する技術複合体はLRJ(Lincombian–Ranisian–Jerzmanowician、リンコンビアン・ラニシアン・エルツマノウィッチ)で、LRJはヨーロッパ北西部および中央部にかけて広く存在していました(Sümer et al., 2025)。ズラティクン個体およびイルゼン洞窟のLRJと関連する初期現生人類個体群を、ここではズラティクン集団と呼びます。ズラティクン集団には、非アフリカ系現代人全員に共通するネアンデルタール人からの遺伝子流動以外に、追加のネアンデルタール人からの遺伝子流動は確認されませんでした(Sümer et al., 2025)。

 45000年前頃のヨーロッパには、バチョキロIUP集団とズラティクン集団という遺伝的に明確に異なる現生人類2集団と、ネアンデルタール人集団が共存していました。バチョキロIUP集団において、6世代前未満か7世代前頃と比較的近い過去のネアンデルタール人からの遺伝子流入が推定されていること(Hajdinjak et al., 2021)も、当時ヨーロッパでネアンデルタール人と現生人類が共存していた可能性を示しています。一方で、ズラティクン集団には追加の近い過去でのネアンデルタール人からの遺伝子流動は確認されておらず(Sümer et al., 2025)、これは当時のヨーロッパにおいてネアンデルタール人も現生人類も人口密度が低かったことを示唆しているとともに、バチョキロIUP集団とズラティクン集団のヨーロッパへの拡散経路推定の手がかりともなりそうです。

 注目されるのは、ズラティクン集団は現代人集団のみならず、現在ゲノムが解析されているその後の古代人集団にも遺伝的影響を残さなかった、と推測されており(Sümer et al., 2025)、絶滅した初期現生人類集団を表している可能性が高いことです。一方で、バチョキロIUP集団は、低い割合ながらもその後のヨーロッパ狩猟採集民集団に遺伝的痕跡を残したものの(Posth et al., 2023)、ヨーロッパにおける新石器時代と青銅器時代の大規模な人類集団の遺伝的構成の変容(Allentoft et al., 2024)によって、ヨーロッパ現代人集団において、その遺伝的痕跡は検出が困難なまでに希釈されたようです。つまり、ヨーロッパの大半において4万年前頃までにネアンデルタール人は消滅したものの(Higham et al., 2014)、45000年前頃までにヨーロッパに拡散してきた現生人類集団も、少なくともズラティクン集団とバチョキロIUP集団は絶滅したかその遺伝的影響が劇的に低下したわけです。

 こうした知見は、ネアンデルタール人と現生人類との間に生得的な認知能力の違いがあり、それがネアンデルタール人の消滅と現生人類の存続を決定づけた、との見解を否定する根拠としては弱いものの、少なくともそうした見解を肯定する根拠にはなりません。むしろ、こうした知見は、ヨーロッパにおいてネアンデルタール人が消滅し、現生人類が存続した理由として、50万~3万年前頃のアフリカの考古学的証拠(Scerri, and Will., 2023)から示唆されるように、生得的な認知能力の違いというよりも、気候や資源など環境に制約された後天的な人口規模や社会構造の違いの方が大きかった、との仮説も検証価値があることを示唆しているように思います。もちろん、上述のように、ネアンデルタール人と現生人類との間に生得的な認知能力の違いがあった可能性は高そうで、それがネアンデルタール人の絶滅と現生人類の生存につながった、と想定することに妥当性があるとは思いますが、まだその想定を大前提とすべき段階ではない、と考えています。

 現在の私の知見では、5万年前頃以降の非アフリカ系現代人全員の主要な祖先集団が非現生人類ホモ属を圧倒するに至った理由について、さらに具体的に指摘することは無理なので、抽象的に述べると、技術と人口規模およびそれに伴う集団間のつながりの強化など社会的蓄積がある水準の閾値を超えたことで、少なくとも一部の非アフリカ系現代人の主要な祖先集団は非現生人類ホモ属を圧倒するに至ったのではないか、と考えています。上述の4万年以上前のヨーロッパの事例から、非アフリカ系現代人の主要な祖先集団の系統に属する集団のすべてがこの閾値を超えたわけではなさそうで、これは非現生人類ホモ属に対する現生人類の優位が、究極的には認知能力の違いに起因するとしても、少なくとも至近要因としては、認知能力よりも人口動態などの社会的蓄積の方が重要だったことを示唆しているようです。

 もしそうならば、これは、ユーラシアに拡散した非アフリカ系現代人全員の主要な祖先集団と、サハラ砂漠以南のアフリカの現生人類集団との間で、社会的蓄積の違いにつながった可能性も考えられます。とくに完新世以降の歴史で、人口規模や社会的複雑さや経済や技術の「発展度」において、ユーラシアがサハラ砂漠以南のアフリカに対して優位に立つ傾向にあった基盤は、すでに5万~4万年前頃に築かれつつあったのではないか、というわけです。これはまだ思いつきにすぎませんし、ユーラシアに拡散した非アフリカ系現代人全員の主要な祖先集団の社会的蓄積が「閾値」を超えた理由として、ネアンデルタール人との遺伝的混合も含めた交流があったのではないか、とまで言うと現時点では妄想に他なりませんが、サハラ砂漠以南のアフリカの現生人類集団と非アフリカ系現代人全員の主要な祖先集団との社会的蓄積の違いが、更新世にまでさかのぼる可能性を想定してもよいのではないか、と考えています。もっとも、完新世におけるサハラ砂漠以南のアフリカとユーラシアとの歴史的展開の違いの要因としては、東西に長いユーラシア大陸においては、南北に長いアフリカ大陸(およびアメリカ大陸)と比較して、栽培化植物や家畜化動物の交換が容易で、草原地帯などを介しての交流がずっと密になったことを挙げるべきかもしれません。


●まとめ

 60万~10万年前頃にかけての現生人類の形成は、アフリカもしくはアジア南西部の一部を含めた地域のみで起きた可能性が高いこと以外はまだよく分からず、現生人類の派生的特徴は、アフリカにおいて単一の局所的地域で比較的短期間に一括して出現したわけではなく、長い過程と複雑な相互作用を想定するのが妥当なようです。現生人類は、非アフリカ系現代人全員の主要な祖先集団が5万年前頃以降に世界規模で拡散する前には、非現生人類ホモ属に対して最終的に絶滅に追い込むほどの優位を確立していなかった可能性が高そうです。5万年前頃以降の非アフリカ系現代人全員の主要な祖先集団が非現生人類ホモ属を絶滅に追い込んだ背景として、人口規模や技術などの社会的蓄積が「閾値」を超えたことにある、と私は考えていますが、ヨーロッパの事例からも、5万年前頃以降の非アフリカ系現代人全員の主要な祖先集団すべてが、「閾値」以上の社会的蓄積を獲得もしくは維持できたわけではない、と示唆され、それは現代に至るまでの現生人類集団においても同様なのでしょう。5万年前頃以降の非アフリカ系現代人全員の主要な祖先集団による世界規模の拡散は、アメリカ大陸や高緯度地域など非現生人類ホモ属が到達していなかった地域に広く拡散し、少なくとも300万年間にわたって続いてきた複数系統の人類が存在していた状況から、現生人類系統のみの存在へと大きく状況が変わった点でも、人類史における大きな画期と言えるように思います。


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