コロンビアマンモスの進化史
メキシコで発見されたコロンビアマンモスのミトコンドリアゲノムを報告した研究(Arrieta-Donato et al., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。マンモスは寒冷な環境に生息していたため、古代DNA研究が盛んですが、メキシコのような温暖地域のマンモスの古代DNA研究は遅れていました。本論文は、メキシコの2ヶ所で見つかったコロンビアマンモスの遺骸から得られた、61点のミトコンドリアゲノムデータを報告しています。これらのミトコンドリアゲノムは北方のコロンビアマンモスおよびケナガマンモスと姉妹単系統群(クレード)を形成する、と分かり、ケナガマンモスから北方のコロンビアマンモスへの遺伝子流動に関する以前の仮説が裏づけられます。ミトコンドリアゲノムからは限定的な推測しかできませんが、これらの分析は、よく理解されていない南方のコロンビアマンモスの方の最初の遺伝的断面を提供します。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、CI(confidence interval、信頼区間)、C(carbon、炭素)、tMRCA(time of the most recent common ancestor、最新共通祖先の時間)、HPDI(highest probability density interval、最高確率密度区間)、Nₑ(有効個体群規模)、LGM(Last Glacial Maximum、最終氷期極大期)です。本論文で取り上げられるおもなマンモス属は、コロンビアマンモス(Mammuthus Columbi)、ケナガマンモス(Mammuthus primigenius)、ステップマンモス(Mammuthus trogontherii)です。本論文で取り上げられるメキシコの主要な遺跡(化石発見地)は、メキシコのトゥルテペック市(Tultepec municipality)とサンタ・ルシア(Santa Lucía)遺跡、ロシアのクレストフカ(Krestovka)とアディチャ(Adycha)です。
●要約
古ゲノム研究では、コロンビアマンモスはケナガマンモスとステップマンモスとの間の古代の交雑から生じた、と示唆されています。その生息域は北アメリカ大陸から中央アメリカ大陸へと広がっていましたが、利用可能な遺伝的データは温帯地域に限られており、この種のアメリカ大陸における個体群動態史の知識には空白が残っています。この研究では、メキシコ中央部に位置するメキシコ盆地のコロンビアマンモス61頭の捕獲濃縮ミトコンドリアゲノムが生成されました。分析の結果、これらのミトコンドリアゲノムは他の北アメリカ大陸のマンモスのミトコンドリアゲノムとは異なるミトコンドリア系統に属している、と明らかになります。これらの分岐したミトコンドリアゲノムは、その祖先における深い集団構造を示唆し、地理的に限られた標本に基づく以前の過程に疑問を呈します。本論文の調査結果は、マンモスの進化史を再構築するための、より広い空間の標本抽出の重要性を強調し、熱帯地方の大型動物研究の実行可能性を論証します。
●研究史
古ゲノムデータの学際的解釈は、いくつかの絶滅種の進化史のより深い理解に寄与してきており、マンモスはおそらく最も象徴的な存在です[1]。アメリカ大陸には2種のマンモスが生息しており、一方は、ユーラシア起源で、地理的範囲が全北区沿いに広がっていたケナガマンモスであり、もう一方は、アメリカ大陸起源の唯一の本土種だったコロンビアマンモスです。ケナガマンモスの古ゲノム研究は、より高い緯度の古代DNAの保存状態がより良好であるため、より包括的です[1、8]。対照的に、地理的範囲が北アメリカ大陸から中央アメリカ大陸だったコロンビアマンモスの研究は、カナダとアメリカ合衆国の温帯地域の標本に限られており、その進化史の理解に重要な空白が残っていました[1]。
コロンビアマンモスの進化的起源は、さまざまな分野で長きにわたる問題です[1]。古生物学的データでは、マンモスが最初にアメリカ大陸に到来した150万年前頃には、ステップマンモスがアメリカ大陸へと移動し、コロンビアマンモスに進化した、と示唆されています。この移動は、ベーリンジア(ベーリング陸橋)のクレストフカ遺跡から発掘された、120万~110万年前頃のステップマンモス的な大臼歯から回収された遺伝的データから推測されました[1]。ケナガマンモスが化石記録に初めて現れたのは、ベーリンジアからの移動後なる125000年前頃でした。
現時点で利用可能な地理的に限られたミトコンドリアおよび核ゲノムデータは、コロンビアマンモスの混合起源を示唆しています。北アメリカ大陸のコロンビアマンモスのミトコンドリアゲノムが、北アメリカ大陸のケナガマンモスのミトコンドリアゲノムと姉妹クレード(単系統群)を形成するのに対して、ワイオミング州のコロンビアマンモスの核ゲノムからは、コロンビアマンモスがケナガマンモスとステップマンモス的なクレストフカ系統との間の中期更新世初期(80万~40万年前頃)の交雑事象の産物である、と示唆されます[1]。これは、コロンビアマンモスのミトコンドリアゲノムがステップマンモスに由来する、との仮説と一致します。さらに、先行研究[1]は、後期更新世におけるケナガマンモスからコロンビアマンモスへの追加の遺伝子流動を提案しました。
しかし、これらの調査結果はコロンビアマンモスの地理的範囲の一部に限られているので、その進化史および個体群動態を完全に理解するには、より広い地理的範囲の標本抽出が必要です。コロンビアマンモスはメキシコの現在の領域の大半に生息していました。メキシコ盆地(メキシコシティー郊外)には、メキシコで最多のマンモスの古生物学敵遺骸が存在します。2019~2022年の間のメキシコシティー国際空港の建設中に、サンタ・ルシアの旧軍基地で、7万点以上の化石遺骸が発見されました(図1)。その資料の少なくとも2/3は、110個体以上のマンモスに属する、と予備的に特定されました。さらに、マンモス10個体が、サンタ・ルシアの20km南西のトゥルテペック市で2016年~2019年の間に発掘されました。サンタ・ルシアおよびトゥルテペックの両遺跡の年代は後期更新世です。以下は本論文の図1です。
本論文は、61点のメキシコ盆地のコロンビアマンモスのミトコンドリアゲノムを報告し、これは熱帯地域のコロンビアマンモスの最初の遺伝的データを表しています。このデータは、アメリカ大陸におけるマンモス種の起源および個体群動態の軌跡をより深く理解するために、カナダとアメリカ合衆国とユーラシアのコロンビアマンモスおよびケナガマンモスの利用可能なミトコンドリア参照配列とともに分析されました。
古代DNAについてマンモスの大臼歯83点(サンタ・ルシアが73点、トゥルテペックが10点)が検査され、77点の配列決定ライブラリからDNAが回収されました。そうした配列決定ライブラリのうち、66点には0.5%以上の内在性DNA断片があり、汚染推定値は0.01%未満と低く、遺伝的同一性は1~30%と低いものでした。分子学的性別が特徴づけられ、雌18個体と雄25個体が確実に同定されました。雌雄の観察された数は、統計的に差異はありません。
低い汚染推定値および遺伝的同一性推定値の66点の配列決定ライブラリで、mtDNA捕獲濃縮実験が実行されました。61点のミトコンドリアゲノムが回収され、サンタ・ルシアの53点とトゥルテペックの8点はゲノム網羅率が1倍超(1.05~122.29倍)でした。主要な系統発生分析は、系統発生推測の不確実性を減少させるため、網羅率10倍超のミトコンドリアゲノムに限定されました。5点の高網羅率の標本(標本識別番号が、23463と21762と9454と19041と9524)が放射性炭素年代測定され、後期更新世末に相当する推定値が得られました(95% CIでは、16037~12711年前)。
●メキシコ盆地のマンモスの遺伝的類似性はミトコンドリア水準における他の北アメリカ大陸マンモスとは異なる個体群動態の軌跡を明らかにします
ミトコンドリアベイズ系統発生再構築を通じて、メキシコ盆地のマンモスの、北アメリカ大陸およびユーラシアのコロンビアマンモスおよびケナガマンモスとの遺伝的類似性が調べられました。メキシコのマンモスのミトコンドリアゲノムが、マンモスの参照配列および外群としてのアジアゾウ(Elephas maximus)のミトコンドリアゲノムの一式と統合されました(図2)。マンモスのmtDNA系統発生は、以前に報告されたように[1]、大まかには単系統群1・2・3に区分されます(図2)。単系統群1は、単系統群1DE(ユーラシアのケナガマンモス)と単系統群1Cと単系統群1F(北アメリカ大陸のマンモス)に分かれます。北アメリカ大陸のマンモスのうち、アメリカ合衆国のコロンビアマンモスのミトコンドリアゲノム(単系統群1F)は、北アメリカ大陸のケナガマンモスのミトコンドリアゲノム(単系統群1C)と姉妹単系統群を形成します(図2)。先行研究によると、単系統群1はケナガマンモス起源で、この単系統群におけるコロンビアマンモスは、ケナガマンモスとステップマンモス的なクレストフカ系統との間の交雑の結果として、ケナガマンモス由来のミトコンドリアゲノムを有しています。アメリカ大陸における、コロンビアマンモスにおけるケナガマンモス由来のmtDNA系統の単純な南方への拡散を仮定すると、メキシコ盆地のマンモスのミトコンドリアゲノム配列は、単系統群1Fにおいて他のコロンビアマンモスのミトコンドリアゲノムとともにクラスタ化する(まとまる)、と予測されます。以下は本論文の図2です。
そうではなく、メキシコ盆地のマンモスはすべて、カナダおよびアメリカ合衆国のマンモスの遺伝的差異外で単系統群を形成しており、1C系統および1F系統の両方と姉妹集団を形成し(図2)、本論文はこれを一般に受け入れられる学名命名法に従って「単系統群1G」と呼びます。単系統群1Gの系統発生位置の事後確率は、低くなっています。この結果は、一部の単系統群1G個体群と他のmtDNA系統との分離が短い分岐時間だったこと由来するかもしれません(図3)。以下は本論文の図3です。
単系統群1G内の遺伝的差異は、下位3系統(1G.1~1G.3)へとさらに構造化されています。単系統群1G.1が22点のミトコンドリアゲノムから構成されているのに対して、1G.2系統には4点、1G.3系統には2点しか含まれていません(図2)。単系統群1Gで観察された低い分岐点(節)の裏づけ値が、単系統群1Gの下位3系統のうち1系統によって引き起こされたのかどうか、評価するために、各下位系統を独立して含めて、系統発生分析が繰り返されました。全事例で、単系統群1Gの下位系統は単系統群1Fおよび1Cとは別に位置づけられ、分岐点裏づけ値は、1G.1が0.93、1G.2が0.57、1G.3が0.39でした。単系統群1G.1は系統発生位置で堅牢な事後確率を示しましたが、単系統群1G.2および1G.3の事後確率値はより低くなりました。系統発生位置によって、低網羅率(1倍超で10倍未満)標本を、マンモスの系統発生の上部に位置づけることができました。28点の追加の標本の配置に成功し、そのうち、5点は下位系統の1G.3、9点は下位系統の1G.2、14点は下位系統の1G.1に属します。以後、分析は高網羅率のデータに限定されました。
単系統群1Gのマンモスのミトコンドリアゲノムの単系統群1マンモス系統との遺伝的つながり(図1)を特徴づけるために、ハプロタイプ網および遺伝的な対での最尤距離分析が実行されました(図3)。ハプロタイプ網分析は系統樹の遺伝的構造を再現し、主要な4ハプロタイプのまとまりは単系統群の1DEと1Gと1Fと1Cに相当します(図3A)。単系統群1Gは単系統群1DEと1Fと1Cの間に位置します。さらに、単系統群1Gと1Fと1Cは、現時点で遺伝学的に標本抽出されていない、予測される共通祖先(黒色の分岐点)に由来します。単系統群1Gは、単系統群1Fおよび1Cと分離する、ほぼ同じ数の変異を有しているようです。系統樹で見られる1Gの下部構造を表すハプロタイプのまとまりは、観察されませんでした。これらの結果から、単系統群1Gのマンモスは単系統群1Cおよび1Fのマンモスと異なる遺伝的類似性を有していることが裏づけられます。
すべての単系統群1の配列にわたる遺伝的な対での距離を要約する視覚図は、本論文の系統樹およびハプロタイプ網分析を確証しました。マンモスのミトコンドリアゲノムは一般的に、地理的近さによって相互とより密接に関連しており、距離による孤立を示唆しています(図3B)。この例外はメキシコ盆地のマンモスです。これは、単系統群1G.1個体群と、単系統群1G.2の標本識別番号9454および19041が、すべての単系統群1G個体と高い遺伝的類似性を示している、との事実から明らかです。さらに、単系統群1Gの下位系統間の遺伝的距離は、単系統群1Fと単系統群1Cとの間の遺伝的距離とほぼ同じ長さである、と観察され、単系統群1Gのマンモス間の高度に分岐下系統の存在が明らかになります。
●単系統群1Gの下位系統内の深い遺伝的分岐
単系統群1Gの下位系統の分岐をより深く理解するために、そのtMRCAが他の単系統群1系統と比較されました。北アメリカ大陸のすべてのマンモス(単系統群1Gおよび1Fおよび1C)のtMRCAは、361000年前頃(95% HPDIでは416000~307000年前)です。単系統群1Gの全個体をまとめると、tMRCAは283000年前頃(95% HPDIでは285000~187000年前)で、単系統群1G.1のみでは、tMRCAは74000年前頃(95% HPDIでは91000~60000年前)です。比較として、単系統群1の全マンモス間のtMRCAは377000年前頃(95% HPDIでは436000~323000年前)で、単系統群1Fと1Cの間のtMRCAは247000年前頃(95% HPDIでは292000~205000年前)です。これらの推定値から、メキシコ盆地のマンモス内の分岐時間推定値は、単系統群1Fと1Cとの間の分岐と同じくらい大きい、と示唆されます。同様のtMRCA推定値は、各単系統群1Gの下位系統について独立してtMRCA分析を実行すると、観察されました。
●分子年代測定および有効個体群規模
メキシコ盆地のマンモス間の異なるミトコンドリアゲノムは、異なる年代に暮らしていた個体群か、もしくは相互に同年代だったならば、深い遺伝的構造に由来するかもしれません。分子時計が構築され、単系統群1Gの23個体が、先端較正参照データセットを用いて、放射性炭素年代なしで遺伝学的に年代測定されました。この参照データセットには、マンモスのmtDNA系統発生にわたる101点の放射性炭素年代測定されたミトコンドリアゲノムや、本論文の5点の高網羅率の¹⁴C年代測定されたミトコンドリア配列(標本識別番号が、23463と21762と9454と19041と9524)が含まれており、単系統群1Gの下位3系統の遺伝的差異を表しています。年代測定の結果から、単系統群1Gの全個体は後期更新世末にかけて生息しており(40000~12700年前頃)、相互に同年代だったかもしれない、と示唆されます。しかし、標本識別番号19041および9454の遺伝学的推定年代(95%HPDIではそれぞれ307000~79000年前頃と324000~152000年前)は、その放射性炭素年代(95%CIではそれぞれ138000~133000年前頃と160000~158000年前)よりかなり古くなっています。放射性炭素年代と遺伝学的年代との間のこの不一致は、そうした標本の分岐時間が単系統群1Gにおいて他のミトコンドリアゲノムと分離した短かったことや、より古い遺伝学的に推定された年代へと分子時計推定値が偏っていることによって説明できるかもしれません。
単系統群1G個体群のmtDNA配列でのベイズスカイライン分析を用いて、経時的なNₑが再構築されました。Nₑ推定値は個体群構造に影響を受けるかもしれないので[16]、各系統について独立して分析が実行されました。単系統群1Gの配列や単系統群1G.1の個体群のみの配列を用いて、Nₑが推定されました。単系統群1GのNₑ推定値が、単系統群1Fおよび1DEのマンモスの推測と比較されました(小さな標本規模のため、単系統群1Cの個体群については、結果が得られませんでした)。その結果、高網羅率の単系統群1Gの28個体を分析すると、6万年前頃の6000個体(36000~2500年前頃)から4000個体(9500~1800年前頃)へのNₑのわずかな減少が示唆されます。この観察が分岐した単系統群1G.2および1G.3下位系統によって影響を受けたのかどうか、評価するために、単系統群1G.1のみのミトコンドリアゲノムで分析が繰り返され、LGMの発生にも関わらず、個体群史の過去4万年間の一貫したNₑが観察されました(図4A)。以下は本論文の図4です。
参照標本に関しては、単系統群1Fのマンモスは単系統群1G.1の標本のような過去4万年間の同様の安定したNₑの軌跡を示しましたが(図4B)、わずかにより高いNₑ推定値となりました。対照的に、単系統群1DEのマンモスは、高いNₑの後で、LGM末以降(2万年前頃)にNₑの顕著な減少を示しました(図4C)。これらの観察から、北アメリカ大陸のコロンビアマンモスのNₑの軌跡は更新世末に向かって安定していたものの、単系統群1DE個体群より低いNₑ下で進化した、と示唆されます。しかし、単系統群1G.1および1Fのデータセットには完新世の個体群が欠けており(単系統群1DEには完新世の個体群が存在します)、これによってLGM末後のコロンビアマンモスにおけるNₑの軌跡の正確な計算が妨げられています。
●考察
本論文は、メキシコ盆地のマンモスにおける新しい高度に分岐したmtDNA系統を特徴づけました。本論文は、アメリカ大陸における温帯地域に生息する近縁集団との比較的深い分岐を説明するための、二通りの主要な個体群動態の状況を提案します。第一に、コロンビアマンモスを生み出したステップマンモス的なクレストフカ系統との交雑事象の前に、ケナガマンモスの祖先集団においてミトコンドリア水準で構造があったかもしれません。第二に、このパターンから、異なるケナガマンモスの親集団が異なる時期に同様のステップマンモス的なクレストフカ系統と混合し、コロンビアマンモスのミトコンドリアゲノムが生じた、と示唆されるかもしれません。
本論文は、3点の観察に基づいて、前者【コロンビアマンモスを生み出したステップマンモス的なクレストフカ系統との交雑事象の前に、ケナガマンモスの祖先集団においてミトコンドリア水準で構造があった】の状況を支持します。第一に、単系統群1G個体群のtMRCA推定値の95%HPDI(333000~232000年前)と、単系統群1Fおよび1C個体群のtMRCA推定値の95%HPDI(292000~205000年前)の間の広範な重複から、これら2ミトコンドリア系統の共通祖先は同年代だった可能性が高い、と示唆されます。第二に、単系統群1の全マンモスの同様の分岐時間推定値(95%HPDIで436000~307000年前)から、北アメリカ大陸のマンモスのmtDNA系統の分離は単系統群1マンモスの最初の分岐事象の直後に起きたかもしれない、と示唆され、これはミトコンドリア水準での祖先の遺伝的構造の状況を示唆しているかもしれません。第三、単系統群1Fおよび1C系統は他の同種単系統群(1Gもしくは1DE)とよりも相互と遺伝的に近い、との事実には重要な意味があります。先行研究では、そうした遺伝的類似性のパターンは、より北方のコロンビアマンモスから侵入してきた北アメリカ大陸のケナガマンモスへの雌を媒介とした遺伝子流動によって説明できるかもしれない、と示唆されました。しかし、核ゲノムデータを用いて、別の先行研究[1]では、この相互作用はケナガマンモスからコロンビアマンモスへの一方向だったかもしれない、と示唆されました。この不一致を調和させる状況は、個体群構造がじっさいにアメリカ大陸におけるマンモスの祖先に存在したならば、その後で、北アメリカ大陸における生息範囲の重複に沿って両種【ケナガマンモスとコロンビアマンモス】間の局所的混合が起きた、というものです。
この仮説下では、系統1Gと1Fと1Cの共通祖先はすでに構造化されていたので、単系統群1Cは偶然、単系統群1Gとよりも単系統群1Fの方と密接に遺伝的に類似していたのでしょう。この仮説の可能性は、ケナガマンモスとコロンビアマンモスとの間の交雑事象が起きた場所に依拠します。その場所がベーリンジアだったならば、重度の経時的な個体群構造が、北アメリカ大陸のマンモスのmtDNA系統間やそうしたmtDNA系統と単系統群1DEの祖先との間の遺伝的差異の分離に必要でしょう。交雑が北アメリカ大陸で起きたならば、ケナガマンモスが、北アメリカ大陸へとすでに構造化した状態(単系統群1Fおよび1G)で移動し、アメリカ大陸における更新世末のその後のケナガマンモスの移動は、単系統群1Fとひじょうに類似した個体群に由来せねばならないでしょう。単一の遺伝子座の軌跡は核ゲノムを表していないかもしれないので、ミトコンドリアの系統発生からの個体群動態の推測には不確実性があるかもしれないことに要注意です。核ゲノムを含めてより大きなデータセットが、コロンビアマンモスの交雑の起源のあり得る場所と動態(北アメリカ大陸もしくはベーリンジア)のより正確な推測には必要です。
さらに、先端較正遺伝学的年代測定から、メキシコ盆地のマンモスは更新世末にかけて(30000~11000年前頃)生息していた、と示唆されます。温帯の近縁個体群と比較しての亜熱帯および熱帯の標本における分岐したミトコンドリアの存在は、アメリカグマやアメリカマストドンなど、北アメリカ大陸の他の後期更新世種でも報告されてきました。これらの観察は、異なる大型動物種が熱帯地域へと南方へ拡散するにつれて起きた、遺伝的多様化と一致します。
本論文の結果は、メキシコ盆地のマンモスの個体群動態史への重要な知見も提供し、その社会構造の一端を垣間見せます。有効個体群規模分析は、近い過去におけるコロンビアマンモスの静的な個体群動態の軌跡を示唆しており、12000年前頃となる更新世末の単系統群1DEのマンモスで推測されている、顕著なボトルネック(瓶首効果)とは対照的です(図3)。しかしこれには、絶滅前の年代における個体群動態の軌跡への変化を完全に把握するめに、完新世標本を含めて、コロンビアマンモスのより広い時間的な標本抽出で裏づけられねばなりません。コロンビアマンモスの社会構造に関して、先行研究は保存されたマンモス化石において雌より雄がかなり上回っていることを特定しました。これは、おそらく長鼻類の母系的な社会行動を反映して、雄が自然の罠でより多く死んでいた、と解釈されてきました。本論文では、単系統群1Gのマンモスにおける分子的性別の雌雄の同じ割合が確認され、これは、メキシコ盆地のそうした特定の場所における、遊動的な雄ではなく、完全な社会集団の保存状態を反映しているかもしれません。メキシコにおけるコロンビアマンモスの社会的行動の正確な推測には、より多くの個体と他の遺跡からのデータが必要です。
本論文では、メキシコ中央部のメキシコ盆地から61点のミトコンドリアゲノムを回収することによって、利用可能なコロンビアマンモスのミトコンドリアゲノムを2倍にしました。その遺伝的データは、カナダおよびアメリカ合衆国のマンモスとは異なる、単系統群1Gのマンモスでのミトコンドリア水準での異なる個体群動態史を示唆しています。分子年代測定の結果は、更新世末にかけて共存していたかもしれない、メキシコ盆地のマンモスにおける高度に分岐したミトコンドリア系統の存在を示唆しています。本論文は、絶滅種の進化の軌跡を完全に理解しするための、より広範な地域からの古代ゲノムデータ回収の重要性を強調し、熱帯地域の後期更新世標本からのDNA回収の実行可能性を論証します。
参考文献:
Arrieta-Donato E. et al.(2025): Columbian mammoth mitogenomes from Mexico uncover the species’ complex evolutionary history. Science, 390, 6768, 47–52.
https://doi.org/10.1126/science.adt9651
[1]Valk T. et al.(2021): Million-year-old DNA sheds light on the genomic history of mammoths. Nature, 591, 7849, 265–269.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03224-9
関連記事
[8]Dehasque M. et al.(2024): Temporal dynamics of woolly mammoth genome erosion prior to extinction. Cell, 187, 14, 3531–3540.E13.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2024.05.033
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[16]Li H, and Durbin R.(2011): Inference of human population history from individual whole-genome sequences. Nature, 592, 7357, 493–496.
https://doi.org/10.1038/nature10231
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以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、CI(confidence interval、信頼区間)、C(carbon、炭素)、tMRCA(time of the most recent common ancestor、最新共通祖先の時間)、HPDI(highest probability density interval、最高確率密度区間)、Nₑ(有効個体群規模)、LGM(Last Glacial Maximum、最終氷期極大期)です。本論文で取り上げられるおもなマンモス属は、コロンビアマンモス(Mammuthus Columbi)、ケナガマンモス(Mammuthus primigenius)、ステップマンモス(Mammuthus trogontherii)です。本論文で取り上げられるメキシコの主要な遺跡(化石発見地)は、メキシコのトゥルテペック市(Tultepec municipality)とサンタ・ルシア(Santa Lucía)遺跡、ロシアのクレストフカ(Krestovka)とアディチャ(Adycha)です。
●要約
古ゲノム研究では、コロンビアマンモスはケナガマンモスとステップマンモスとの間の古代の交雑から生じた、と示唆されています。その生息域は北アメリカ大陸から中央アメリカ大陸へと広がっていましたが、利用可能な遺伝的データは温帯地域に限られており、この種のアメリカ大陸における個体群動態史の知識には空白が残っています。この研究では、メキシコ中央部に位置するメキシコ盆地のコロンビアマンモス61頭の捕獲濃縮ミトコンドリアゲノムが生成されました。分析の結果、これらのミトコンドリアゲノムは他の北アメリカ大陸のマンモスのミトコンドリアゲノムとは異なるミトコンドリア系統に属している、と明らかになります。これらの分岐したミトコンドリアゲノムは、その祖先における深い集団構造を示唆し、地理的に限られた標本に基づく以前の過程に疑問を呈します。本論文の調査結果は、マンモスの進化史を再構築するための、より広い空間の標本抽出の重要性を強調し、熱帯地方の大型動物研究の実行可能性を論証します。
●研究史
古ゲノムデータの学際的解釈は、いくつかの絶滅種の進化史のより深い理解に寄与してきており、マンモスはおそらく最も象徴的な存在です[1]。アメリカ大陸には2種のマンモスが生息しており、一方は、ユーラシア起源で、地理的範囲が全北区沿いに広がっていたケナガマンモスであり、もう一方は、アメリカ大陸起源の唯一の本土種だったコロンビアマンモスです。ケナガマンモスの古ゲノム研究は、より高い緯度の古代DNAの保存状態がより良好であるため、より包括的です[1、8]。対照的に、地理的範囲が北アメリカ大陸から中央アメリカ大陸だったコロンビアマンモスの研究は、カナダとアメリカ合衆国の温帯地域の標本に限られており、その進化史の理解に重要な空白が残っていました[1]。
コロンビアマンモスの進化的起源は、さまざまな分野で長きにわたる問題です[1]。古生物学的データでは、マンモスが最初にアメリカ大陸に到来した150万年前頃には、ステップマンモスがアメリカ大陸へと移動し、コロンビアマンモスに進化した、と示唆されています。この移動は、ベーリンジア(ベーリング陸橋)のクレストフカ遺跡から発掘された、120万~110万年前頃のステップマンモス的な大臼歯から回収された遺伝的データから推測されました[1]。ケナガマンモスが化石記録に初めて現れたのは、ベーリンジアからの移動後なる125000年前頃でした。
現時点で利用可能な地理的に限られたミトコンドリアおよび核ゲノムデータは、コロンビアマンモスの混合起源を示唆しています。北アメリカ大陸のコロンビアマンモスのミトコンドリアゲノムが、北アメリカ大陸のケナガマンモスのミトコンドリアゲノムと姉妹クレード(単系統群)を形成するのに対して、ワイオミング州のコロンビアマンモスの核ゲノムからは、コロンビアマンモスがケナガマンモスとステップマンモス的なクレストフカ系統との間の中期更新世初期(80万~40万年前頃)の交雑事象の産物である、と示唆されます[1]。これは、コロンビアマンモスのミトコンドリアゲノムがステップマンモスに由来する、との仮説と一致します。さらに、先行研究[1]は、後期更新世におけるケナガマンモスからコロンビアマンモスへの追加の遺伝子流動を提案しました。
しかし、これらの調査結果はコロンビアマンモスの地理的範囲の一部に限られているので、その進化史および個体群動態を完全に理解するには、より広い地理的範囲の標本抽出が必要です。コロンビアマンモスはメキシコの現在の領域の大半に生息していました。メキシコ盆地(メキシコシティー郊外)には、メキシコで最多のマンモスの古生物学敵遺骸が存在します。2019~2022年の間のメキシコシティー国際空港の建設中に、サンタ・ルシアの旧軍基地で、7万点以上の化石遺骸が発見されました(図1)。その資料の少なくとも2/3は、110個体以上のマンモスに属する、と予備的に特定されました。さらに、マンモス10個体が、サンタ・ルシアの20km南西のトゥルテペック市で2016年~2019年の間に発掘されました。サンタ・ルシアおよびトゥルテペックの両遺跡の年代は後期更新世です。以下は本論文の図1です。
本論文は、61点のメキシコ盆地のコロンビアマンモスのミトコンドリアゲノムを報告し、これは熱帯地域のコロンビアマンモスの最初の遺伝的データを表しています。このデータは、アメリカ大陸におけるマンモス種の起源および個体群動態の軌跡をより深く理解するために、カナダとアメリカ合衆国とユーラシアのコロンビアマンモスおよびケナガマンモスの利用可能なミトコンドリア参照配列とともに分析されました。
古代DNAについてマンモスの大臼歯83点(サンタ・ルシアが73点、トゥルテペックが10点)が検査され、77点の配列決定ライブラリからDNAが回収されました。そうした配列決定ライブラリのうち、66点には0.5%以上の内在性DNA断片があり、汚染推定値は0.01%未満と低く、遺伝的同一性は1~30%と低いものでした。分子学的性別が特徴づけられ、雌18個体と雄25個体が確実に同定されました。雌雄の観察された数は、統計的に差異はありません。
低い汚染推定値および遺伝的同一性推定値の66点の配列決定ライブラリで、mtDNA捕獲濃縮実験が実行されました。61点のミトコンドリアゲノムが回収され、サンタ・ルシアの53点とトゥルテペックの8点はゲノム網羅率が1倍超(1.05~122.29倍)でした。主要な系統発生分析は、系統発生推測の不確実性を減少させるため、網羅率10倍超のミトコンドリアゲノムに限定されました。5点の高網羅率の標本(標本識別番号が、23463と21762と9454と19041と9524)が放射性炭素年代測定され、後期更新世末に相当する推定値が得られました(95% CIでは、16037~12711年前)。
●メキシコ盆地のマンモスの遺伝的類似性はミトコンドリア水準における他の北アメリカ大陸マンモスとは異なる個体群動態の軌跡を明らかにします
ミトコンドリアベイズ系統発生再構築を通じて、メキシコ盆地のマンモスの、北アメリカ大陸およびユーラシアのコロンビアマンモスおよびケナガマンモスとの遺伝的類似性が調べられました。メキシコのマンモスのミトコンドリアゲノムが、マンモスの参照配列および外群としてのアジアゾウ(Elephas maximus)のミトコンドリアゲノムの一式と統合されました(図2)。マンモスのmtDNA系統発生は、以前に報告されたように[1]、大まかには単系統群1・2・3に区分されます(図2)。単系統群1は、単系統群1DE(ユーラシアのケナガマンモス)と単系統群1Cと単系統群1F(北アメリカ大陸のマンモス)に分かれます。北アメリカ大陸のマンモスのうち、アメリカ合衆国のコロンビアマンモスのミトコンドリアゲノム(単系統群1F)は、北アメリカ大陸のケナガマンモスのミトコンドリアゲノム(単系統群1C)と姉妹単系統群を形成します(図2)。先行研究によると、単系統群1はケナガマンモス起源で、この単系統群におけるコロンビアマンモスは、ケナガマンモスとステップマンモス的なクレストフカ系統との間の交雑の結果として、ケナガマンモス由来のミトコンドリアゲノムを有しています。アメリカ大陸における、コロンビアマンモスにおけるケナガマンモス由来のmtDNA系統の単純な南方への拡散を仮定すると、メキシコ盆地のマンモスのミトコンドリアゲノム配列は、単系統群1Fにおいて他のコロンビアマンモスのミトコンドリアゲノムとともにクラスタ化する(まとまる)、と予測されます。以下は本論文の図2です。
そうではなく、メキシコ盆地のマンモスはすべて、カナダおよびアメリカ合衆国のマンモスの遺伝的差異外で単系統群を形成しており、1C系統および1F系統の両方と姉妹集団を形成し(図2)、本論文はこれを一般に受け入れられる学名命名法に従って「単系統群1G」と呼びます。単系統群1Gの系統発生位置の事後確率は、低くなっています。この結果は、一部の単系統群1G個体群と他のmtDNA系統との分離が短い分岐時間だったこと由来するかもしれません(図3)。以下は本論文の図3です。
単系統群1G内の遺伝的差異は、下位3系統(1G.1~1G.3)へとさらに構造化されています。単系統群1G.1が22点のミトコンドリアゲノムから構成されているのに対して、1G.2系統には4点、1G.3系統には2点しか含まれていません(図2)。単系統群1Gで観察された低い分岐点(節)の裏づけ値が、単系統群1Gの下位3系統のうち1系統によって引き起こされたのかどうか、評価するために、各下位系統を独立して含めて、系統発生分析が繰り返されました。全事例で、単系統群1Gの下位系統は単系統群1Fおよび1Cとは別に位置づけられ、分岐点裏づけ値は、1G.1が0.93、1G.2が0.57、1G.3が0.39でした。単系統群1G.1は系統発生位置で堅牢な事後確率を示しましたが、単系統群1G.2および1G.3の事後確率値はより低くなりました。系統発生位置によって、低網羅率(1倍超で10倍未満)標本を、マンモスの系統発生の上部に位置づけることができました。28点の追加の標本の配置に成功し、そのうち、5点は下位系統の1G.3、9点は下位系統の1G.2、14点は下位系統の1G.1に属します。以後、分析は高網羅率のデータに限定されました。
単系統群1Gのマンモスのミトコンドリアゲノムの単系統群1マンモス系統との遺伝的つながり(図1)を特徴づけるために、ハプロタイプ網および遺伝的な対での最尤距離分析が実行されました(図3)。ハプロタイプ網分析は系統樹の遺伝的構造を再現し、主要な4ハプロタイプのまとまりは単系統群の1DEと1Gと1Fと1Cに相当します(図3A)。単系統群1Gは単系統群1DEと1Fと1Cの間に位置します。さらに、単系統群1Gと1Fと1Cは、現時点で遺伝学的に標本抽出されていない、予測される共通祖先(黒色の分岐点)に由来します。単系統群1Gは、単系統群1Fおよび1Cと分離する、ほぼ同じ数の変異を有しているようです。系統樹で見られる1Gの下部構造を表すハプロタイプのまとまりは、観察されませんでした。これらの結果から、単系統群1Gのマンモスは単系統群1Cおよび1Fのマンモスと異なる遺伝的類似性を有していることが裏づけられます。
すべての単系統群1の配列にわたる遺伝的な対での距離を要約する視覚図は、本論文の系統樹およびハプロタイプ網分析を確証しました。マンモスのミトコンドリアゲノムは一般的に、地理的近さによって相互とより密接に関連しており、距離による孤立を示唆しています(図3B)。この例外はメキシコ盆地のマンモスです。これは、単系統群1G.1個体群と、単系統群1G.2の標本識別番号9454および19041が、すべての単系統群1G個体と高い遺伝的類似性を示している、との事実から明らかです。さらに、単系統群1Gの下位系統間の遺伝的距離は、単系統群1Fと単系統群1Cとの間の遺伝的距離とほぼ同じ長さである、と観察され、単系統群1Gのマンモス間の高度に分岐下系統の存在が明らかになります。
●単系統群1Gの下位系統内の深い遺伝的分岐
単系統群1Gの下位系統の分岐をより深く理解するために、そのtMRCAが他の単系統群1系統と比較されました。北アメリカ大陸のすべてのマンモス(単系統群1Gおよび1Fおよび1C)のtMRCAは、361000年前頃(95% HPDIでは416000~307000年前)です。単系統群1Gの全個体をまとめると、tMRCAは283000年前頃(95% HPDIでは285000~187000年前)で、単系統群1G.1のみでは、tMRCAは74000年前頃(95% HPDIでは91000~60000年前)です。比較として、単系統群1の全マンモス間のtMRCAは377000年前頃(95% HPDIでは436000~323000年前)で、単系統群1Fと1Cの間のtMRCAは247000年前頃(95% HPDIでは292000~205000年前)です。これらの推定値から、メキシコ盆地のマンモス内の分岐時間推定値は、単系統群1Fと1Cとの間の分岐と同じくらい大きい、と示唆されます。同様のtMRCA推定値は、各単系統群1Gの下位系統について独立してtMRCA分析を実行すると、観察されました。
●分子年代測定および有効個体群規模
メキシコ盆地のマンモス間の異なるミトコンドリアゲノムは、異なる年代に暮らしていた個体群か、もしくは相互に同年代だったならば、深い遺伝的構造に由来するかもしれません。分子時計が構築され、単系統群1Gの23個体が、先端較正参照データセットを用いて、放射性炭素年代なしで遺伝学的に年代測定されました。この参照データセットには、マンモスのmtDNA系統発生にわたる101点の放射性炭素年代測定されたミトコンドリアゲノムや、本論文の5点の高網羅率の¹⁴C年代測定されたミトコンドリア配列(標本識別番号が、23463と21762と9454と19041と9524)が含まれており、単系統群1Gの下位3系統の遺伝的差異を表しています。年代測定の結果から、単系統群1Gの全個体は後期更新世末にかけて生息しており(40000~12700年前頃)、相互に同年代だったかもしれない、と示唆されます。しかし、標本識別番号19041および9454の遺伝学的推定年代(95%HPDIではそれぞれ307000~79000年前頃と324000~152000年前)は、その放射性炭素年代(95%CIではそれぞれ138000~133000年前頃と160000~158000年前)よりかなり古くなっています。放射性炭素年代と遺伝学的年代との間のこの不一致は、そうした標本の分岐時間が単系統群1Gにおいて他のミトコンドリアゲノムと分離した短かったことや、より古い遺伝学的に推定された年代へと分子時計推定値が偏っていることによって説明できるかもしれません。
単系統群1G個体群のmtDNA配列でのベイズスカイライン分析を用いて、経時的なNₑが再構築されました。Nₑ推定値は個体群構造に影響を受けるかもしれないので[16]、各系統について独立して分析が実行されました。単系統群1Gの配列や単系統群1G.1の個体群のみの配列を用いて、Nₑが推定されました。単系統群1GのNₑ推定値が、単系統群1Fおよび1DEのマンモスの推測と比較されました(小さな標本規模のため、単系統群1Cの個体群については、結果が得られませんでした)。その結果、高網羅率の単系統群1Gの28個体を分析すると、6万年前頃の6000個体(36000~2500年前頃)から4000個体(9500~1800年前頃)へのNₑのわずかな減少が示唆されます。この観察が分岐した単系統群1G.2および1G.3下位系統によって影響を受けたのかどうか、評価するために、単系統群1G.1のみのミトコンドリアゲノムで分析が繰り返され、LGMの発生にも関わらず、個体群史の過去4万年間の一貫したNₑが観察されました(図4A)。以下は本論文の図4です。
参照標本に関しては、単系統群1Fのマンモスは単系統群1G.1の標本のような過去4万年間の同様の安定したNₑの軌跡を示しましたが(図4B)、わずかにより高いNₑ推定値となりました。対照的に、単系統群1DEのマンモスは、高いNₑの後で、LGM末以降(2万年前頃)にNₑの顕著な減少を示しました(図4C)。これらの観察から、北アメリカ大陸のコロンビアマンモスのNₑの軌跡は更新世末に向かって安定していたものの、単系統群1DE個体群より低いNₑ下で進化した、と示唆されます。しかし、単系統群1G.1および1Fのデータセットには完新世の個体群が欠けており(単系統群1DEには完新世の個体群が存在します)、これによってLGM末後のコロンビアマンモスにおけるNₑの軌跡の正確な計算が妨げられています。
●考察
本論文は、メキシコ盆地のマンモスにおける新しい高度に分岐したmtDNA系統を特徴づけました。本論文は、アメリカ大陸における温帯地域に生息する近縁集団との比較的深い分岐を説明するための、二通りの主要な個体群動態の状況を提案します。第一に、コロンビアマンモスを生み出したステップマンモス的なクレストフカ系統との交雑事象の前に、ケナガマンモスの祖先集団においてミトコンドリア水準で構造があったかもしれません。第二に、このパターンから、異なるケナガマンモスの親集団が異なる時期に同様のステップマンモス的なクレストフカ系統と混合し、コロンビアマンモスのミトコンドリアゲノムが生じた、と示唆されるかもしれません。
本論文は、3点の観察に基づいて、前者【コロンビアマンモスを生み出したステップマンモス的なクレストフカ系統との交雑事象の前に、ケナガマンモスの祖先集団においてミトコンドリア水準で構造があった】の状況を支持します。第一に、単系統群1G個体群のtMRCA推定値の95%HPDI(333000~232000年前)と、単系統群1Fおよび1C個体群のtMRCA推定値の95%HPDI(292000~205000年前)の間の広範な重複から、これら2ミトコンドリア系統の共通祖先は同年代だった可能性が高い、と示唆されます。第二に、単系統群1の全マンモスの同様の分岐時間推定値(95%HPDIで436000~307000年前)から、北アメリカ大陸のマンモスのmtDNA系統の分離は単系統群1マンモスの最初の分岐事象の直後に起きたかもしれない、と示唆され、これはミトコンドリア水準での祖先の遺伝的構造の状況を示唆しているかもしれません。第三、単系統群1Fおよび1C系統は他の同種単系統群(1Gもしくは1DE)とよりも相互と遺伝的に近い、との事実には重要な意味があります。先行研究では、そうした遺伝的類似性のパターンは、より北方のコロンビアマンモスから侵入してきた北アメリカ大陸のケナガマンモスへの雌を媒介とした遺伝子流動によって説明できるかもしれない、と示唆されました。しかし、核ゲノムデータを用いて、別の先行研究[1]では、この相互作用はケナガマンモスからコロンビアマンモスへの一方向だったかもしれない、と示唆されました。この不一致を調和させる状況は、個体群構造がじっさいにアメリカ大陸におけるマンモスの祖先に存在したならば、その後で、北アメリカ大陸における生息範囲の重複に沿って両種【ケナガマンモスとコロンビアマンモス】間の局所的混合が起きた、というものです。
この仮説下では、系統1Gと1Fと1Cの共通祖先はすでに構造化されていたので、単系統群1Cは偶然、単系統群1Gとよりも単系統群1Fの方と密接に遺伝的に類似していたのでしょう。この仮説の可能性は、ケナガマンモスとコロンビアマンモスとの間の交雑事象が起きた場所に依拠します。その場所がベーリンジアだったならば、重度の経時的な個体群構造が、北アメリカ大陸のマンモスのmtDNA系統間やそうしたmtDNA系統と単系統群1DEの祖先との間の遺伝的差異の分離に必要でしょう。交雑が北アメリカ大陸で起きたならば、ケナガマンモスが、北アメリカ大陸へとすでに構造化した状態(単系統群1Fおよび1G)で移動し、アメリカ大陸における更新世末のその後のケナガマンモスの移動は、単系統群1Fとひじょうに類似した個体群に由来せねばならないでしょう。単一の遺伝子座の軌跡は核ゲノムを表していないかもしれないので、ミトコンドリアの系統発生からの個体群動態の推測には不確実性があるかもしれないことに要注意です。核ゲノムを含めてより大きなデータセットが、コロンビアマンモスの交雑の起源のあり得る場所と動態(北アメリカ大陸もしくはベーリンジア)のより正確な推測には必要です。
さらに、先端較正遺伝学的年代測定から、メキシコ盆地のマンモスは更新世末にかけて(30000~11000年前頃)生息していた、と示唆されます。温帯の近縁個体群と比較しての亜熱帯および熱帯の標本における分岐したミトコンドリアの存在は、アメリカグマやアメリカマストドンなど、北アメリカ大陸の他の後期更新世種でも報告されてきました。これらの観察は、異なる大型動物種が熱帯地域へと南方へ拡散するにつれて起きた、遺伝的多様化と一致します。
本論文の結果は、メキシコ盆地のマンモスの個体群動態史への重要な知見も提供し、その社会構造の一端を垣間見せます。有効個体群規模分析は、近い過去におけるコロンビアマンモスの静的な個体群動態の軌跡を示唆しており、12000年前頃となる更新世末の単系統群1DEのマンモスで推測されている、顕著なボトルネック(瓶首効果)とは対照的です(図3)。しかしこれには、絶滅前の年代における個体群動態の軌跡への変化を完全に把握するめに、完新世標本を含めて、コロンビアマンモスのより広い時間的な標本抽出で裏づけられねばなりません。コロンビアマンモスの社会構造に関して、先行研究は保存されたマンモス化石において雌より雄がかなり上回っていることを特定しました。これは、おそらく長鼻類の母系的な社会行動を反映して、雄が自然の罠でより多く死んでいた、と解釈されてきました。本論文では、単系統群1Gのマンモスにおける分子的性別の雌雄の同じ割合が確認され、これは、メキシコ盆地のそうした特定の場所における、遊動的な雄ではなく、完全な社会集団の保存状態を反映しているかもしれません。メキシコにおけるコロンビアマンモスの社会的行動の正確な推測には、より多くの個体と他の遺跡からのデータが必要です。
本論文では、メキシコ中央部のメキシコ盆地から61点のミトコンドリアゲノムを回収することによって、利用可能なコロンビアマンモスのミトコンドリアゲノムを2倍にしました。その遺伝的データは、カナダおよびアメリカ合衆国のマンモスとは異なる、単系統群1Gのマンモスでのミトコンドリア水準での異なる個体群動態史を示唆しています。分子年代測定の結果は、更新世末にかけて共存していたかもしれない、メキシコ盆地のマンモスにおける高度に分岐したミトコンドリア系統の存在を示唆しています。本論文は、絶滅種の進化の軌跡を完全に理解しするための、より広範な地域からの古代ゲノムデータ回収の重要性を強調し、熱帯地域の後期更新世標本からのDNA回収の実行可能性を論証します。
参考文献:
Arrieta-Donato E. et al.(2025): Columbian mammoth mitogenomes from Mexico uncover the species’ complex evolutionary history. Science, 390, 6768, 47–52.
https://doi.org/10.1126/science.adt9651
[1]Valk T. et al.(2021): Million-year-old DNA sheds light on the genomic history of mammoths. Nature, 591, 7849, 265–269.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03224-9
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[8]Dehasque M. et al.(2024): Temporal dynamics of woolly mammoth genome erosion prior to extinction. Cell, 187, 14, 3531–3540.E13.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2024.05.033
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[16]Li H, and Durbin R.(2011): Inference of human population history from individual whole-genome sequences. Nature, 592, 7357, 493–496.
https://doi.org/10.1038/nature10231
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