クリミア半島のネアンデルタール人の学際的研究

 クリミア半島のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)に関する研究(Pigott et al., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、クリミア半島で発見された動物の骨を、新たな動物考古学的手法でヒト科と同定し、放射性炭素年代測定と遺伝学的解析を行なっています。その結果、スター1号(Star 1)と呼ばれるネアンデルタール人が同定され、他のネアンデルタール人や現生人類(Homo sapiens)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)との母系での遺伝的関係も特定されて、ヨーロッパからアルタイ地域へのネアンデルタール人の複数回の拡散の可能性が示されました。クリミア半島はイベリア半島とともに、ヨーロッパにおいて比較的遅くまでネアンデルタール人が生存していた可能性がある点や、中部旧石器時代から上部旧石器時代への移行期をより詳しく解明できそうな遺跡がある点でも、注目されます。以下、敬称は省略します。

 以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、MIS(Marine Isotope Stage、海洋酸素同位体ステージ)、ZooMS(Zooarchaeology by Mass Spectrometry、質量分光測定による動物考古学)、µCT(microcomputed tomography、微小計算断層写真術)、VIE(University of Vienna’s Higham Lab、ウィーン大学ハイアム研究室)です。

 本論文で取り上げられる主要な文化は、ミコッキアン(Micoquian)です。本論文で取り上げられる主要な人名は、アレクサンドル・アレクサンドロフィチ・フォルモゾフ(Aleksandr Aleksandrovich Formozov)、クラーク・ハウエル(Clark Howell)、オルガ・ソッファー(Olga Soffer)、ヴィクター・チャバイ(Victor Chabai)、アンソニー・E・マークス(Anthony E Marks)です。

 本論文で取り上げられる主要な遺跡は、クリミア半島のスタロゼーレ(Starosele)遺跡とカバジ2(Kabazi II)遺跡とシリェーナ1(Siuren I)遺跡とキーク・コバ(Kiik Koba)遺跡とザスカルナヤ6(Zaskalnaya VI、Kolosovskaya)岩陰遺跡、ポーランドのスタイニヤ洞窟(Stajnia Cave)、コーカサス北部のメズマイスカヤ(Mezmaiskaya)洞窟、ベルギーのゴイエ(Goyet)遺跡、ドイツのフェルトホーファー(Feldhofer)洞窟とホーレンシュタイン・シュターデル(Hohlenstein Stadel)洞窟、シベリア南部のアルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)とオクラドニコフ(Okladnikov)洞窟とデニソワ洞窟(Denisova Cave)、イスラエルのスフール(Skhul)遺跡とカフゼー(Qafzeh)遺跡、クロアチアのヴィンディヤ(Vindija)洞窟です。

 本論文で取り上げられる主要な非ヒト動物の分類は、ヨーロッパロバ(Equus hydruntinus)、シカ属種(Cervus sp.)、イノシシ属種(Sus sp.)、キツネ属種(Vulpes sp.)、クマ属種(Ursus sp.)、ブチハイエナ属種(Crocuta sp.)、シャモア(Rupicapra rupicapra)、シカ亜科(Cervid)、ゾウ科(Elephantidae)、ウシ属(Bos)/バイソン属(Bison)、サイガ属種(Saiga sp.)、ウマ属種(Equus sp. )、ウマ科(Equidae)、シカ科(Cervidae)、ウシ科(Bovidae)、ハイイロオオカミ(Canis lupus)、サイ科(Rhinocerotidae)です。


●要約

 クリミア半島には、スタロゼーレやカバジ2やシリェーナ1など、いくつかの重要な中部旧石器時代および上部旧石器時代の遺跡が含まれています。この地域は、現生人類による置換の前には、ネアンデルタール人にとって退避地だったかもしれない、と考えられてきました。しかし、これらどの後期ネアンデルタール人からも遺伝的データは得られておらず、一部は利用できないか、かなり悪い保存状態です。スタロゼーレは近年発掘調査が行われた、注目すべき遺跡です。コラーゲンペプチド質量鑑別法(ZooMS)を用いて、スタロゼーレ遺跡の断片的な数千点の骨から、ヒト遺骸の可能性のあるものが検査されました。分析された150点の骨片のうち、97.3%には分類学的同定に充分なコラーゲンが保存されていました。分析の結果は、旧石器時代のヒトがおもにウマを狩っていた、と示唆しています。

 1点の約5cmの骨片から、ヒト科と一致するペプチド質量痕跡が得られました。放射性炭素年代測定から、ヨーロッパ西部におけるネアンデルタール人の消滅から現生人類の拡散の移行期に近い、46000~45000年前頃の年代範囲が明らかになりました。この骨から20倍の網羅率のミトコンドリアゲノムが配列決定され、ネアンデルタール人系統に属する個体と示唆されました。このミトコンドリアゲノムは、ロシアのアルタイ地域から以前に生成された他のネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムとまとまります。これと並行して、両地域【クリミア半島とアルタイ地域】の石器資料の分析から、ミコッキアン石器インダストリーと関連するより広範なネアンデルタール人の拡散が6万年前頃以後に起きた、と示唆されます。これらの地域間の古気候の関連(気温と降水量)が評価され、北緯55度沿いの高度な生息適合回廊が特定され、ネアンデルタール人の長距離移動は公的な気候期間によって促進された、と示唆されます。


●研究史

 中部旧石器時代から上部旧石器時代への移行は、ユーラシア西部が、ネアンデルタール人の優勢から現生人類のみが居住する、生物文化的変容を示します。この移行の正確な性質と時期については、最新の生体分子および年代測定手法の適用とともに、より広範な地域における多数の考古学的遺跡から発掘された遺骸の徹底した分析が必要です。正確な放射性炭素年代測定[1]と古代ゲノミクス[2~4]は、ネアンデルタール人の消滅に関する理解に大きく貢献してきました。しかし、人類遺骸はひじょうに稀で、これらの手法の効果を制約します。

 現時点で、ユーラシア全域の後期ネアンデルタール人および初期現生人類の遺骸はきわめて少ない、と知られています。旧石器時代の遺跡で発掘された動物遺骸の顕著な割合は、伝統的な動物考古学的手法を用いては同定できません。これはおもに、肉食動物の活動[6]、人為的断片化、堆積後の移動と侵食、化石生成論的影響に起因します。一部の遺跡では、同定できない骨の割合が95%以上で(たとえば、デニソワ洞窟)考古学的情報の多くが失われています。ZooMSとしても知られているコラーゲンペプチド質量鑑別によって、高率の情報量で種/属水準に同定できない骨の断片を同定できるようになります。この手法によって考古学者は、考古学的状況から動物遺骸の完全な範囲を調べることができるようになり、一部の事例では、稀な人類の骨片を特定できるようになりました[11、12]。

 ZooMSを用いて、クリミア半島のスタロゼーレ遺跡(図1)の旧石器時代の骨群が分析されました。その目的は3点で、第一に、ヒトの居住者の生計戦略の理解の深化、第二に、骨片の検査と、直接的な年代測定や遺伝的配列決定や古食性分析に使用でき、最終的にはクリミア半島における人類の居住の歴史を判断するのに使用できる、人骨かもしれない遺骸の発見です。以下は本論文の図1です。
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●スタロゼーレ考古学的遺跡

 クリミア半島には多数の保存状態良好な層序化された旧石器時代遺跡が含まれており、その多くは較正年代で47000~42000年前頃【以下、明示しない場合は基本的に較正年代です】の生物文化および人類の居住の観点では、移行期内にまたがっています。以前の放射性炭素年代に基づいて、クリミア半島は後期ネアンデルタール人の消滅直前の退避地として報告されてきました。しかし、化合物特化技術を用いた放射性炭素年代測定など新たな研究によって、以前の年代の一部は実際には、化合物特化の結果と比較してずっと新しいため、こうしたネアンデルタール人の退避地としてのクリミア半島との見解は修正される必要があるかもしれない、と示されてきました。

 スタロゼーレ遺跡は急峻な峡谷内に位置する岩陰で、異な根4文化層から構成されています。スタロゼーレの層序と遺跡平面図は補足情報付属のA項に示されています。第2層と第3層は落石事象によって隔てられており、第4層は短期間の居住だったことを示唆する証拠があります。以前には、第1層内のヒトの遺骸は、何十年もの議論と不確実性の後に、中世イスラム教徒の埋葬と推測されていました。

 クリミア半島のミコッキアンは、最終間氷期から4万年前頃まで続いていました。ミコッキアン技術複合体は、両面石器を製作するための、軟らかい鎚によって両面を削り、再加工することによって特徴づけられます。ミコッキアン石器群はユーラシア全域でネアンデルタール人のみと関連づけられており、それは、ミコッキアン石器群が、キーク・コバやザスカルナヤ6やスタイニヤ洞窟[26]やメズマイスカヤ洞窟[27]やチャギルスカヤ洞窟やオクラドニコフ洞窟[29]など、さまざまな遺跡でネアンデルタール人遺骸と共伴していることによって証明されているからです。スタロゼーレ遺跡では、第1層と第2層と第4層がクリミア半島ミコッキアンに分類されている一方で、第3層は既知の石器インダストリーに依然として分類されていません(スタロゼーレ第3層インダストリー)。両面石器は第3層を除く全層に存在し、第3層では原形製作手法が見られます。これは、ネアンデルタール人の別集団が当時スタロゼーレ遺跡に存在したことを示唆しているかもしれません。しかし、この石器群を完全に特徴づけるには、さらなる分析が必要です。

 動物考古学的分析が、以前にスタロゼーレ遺跡で行なわれてきました。動物相の範囲の大きな割合が、形態学的調査のみでは種に同定できませんでした。同定された動物相のうち、ヨーロッパロバが化石群では優占します。第1層は約75%のウマ科で構成されています。シカ属種やさまざまな肉食動物や数種の鳥類も、全層で同定されました。動物遺骸の多くは人為的な切創痕を示しており、スタロゼーレ遺跡では屠殺活動が起きていたことを示唆しています。第1層には巨大な動物相資料群があり、動物の屠殺の広範な証拠があります。しかし、同定されたいがいでは高度な断片化もあり、それには、イノシシ属種、キツネ属種、クマ属種、ブチハイエナ属種、シャモア、シカ亜科、ゾウ科、ウシ属/バイソン属、サイガ属種が含まれています。本論文は、断片化した動物遺骸群が人骨である可能性を調べ、古プロテオーム(タンパク質の総体)解析をスタロゼーレ遺跡の同定されていない動物相に適用します。その後、DNAおよび放射性炭素分析が少数の骨に適用されます。


●古プロテオミクス

 形態学的および保存状態の特徴、つまり焼けておらず2cm以上の大きさの骨に基づいて、スタロゼーレ遺跡の全層の150点の骨片にZooMSが適用されました。これらの骨について、146点のZooMSの同定(97.3%の成功率)が得られました。これらの大半は【非ヒト】動物の骨と同定されました。全体的に、ZooMSの結果はおおむね、従来の動物考古学的分析で知られていたことを確証し、6分類群が同定の多くを形成し、ウマ属種が優占します(93%)。しかし、第3層の区画F21内では、他の層序状況と比較して、ウシ科もしくはシカ科/ウシ科のより高い割合が観察されます。ZooMSを用いて見つかった動物相は、サイ科とハイイロオオカミの2種だけでした。分類学的同定は、亜氷期と亜間氷期においてより温暖な環境とより寒冷な環境の変動を特徴とする、古典的なMOIS3古環境と一致します。


●スタロゼーレ遺跡のヒト遺骸

 ZooMSで分析された骨のうち、ヒト科の骨片が特定され(図2A・B)、それは、自然に同定されたヒトの埋葬の近くに位置する、第1層(ミコッキアン)の区画I23に由来します。この新たな標本はスター1号と呼ばれ、補足情報付属のB項に安定同位体情報が示されています。スター1号のZooMS(Z00113と呼ばれます)の範囲はヒト科と関連する6点ペプチド標識(A~DとFおよびG)を示しており、1235.71と1478.74と1580.86と2115.19と2869.56と2957.68が含まれます。ペプチド標識Eは欠けており、これはコラーゲンの分解およびヒトには稀にしか存在しないことに起因するかもしれません。人骨には明確な認識出る形態学的特徴もしくは人為的改変がなく、これが発掘および動物考古学的分析において見過ごされた理由です(図2A)。以下は本論文の図2です。
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 骨片はµCTで検査され、さらなる侵襲的調査の前に仮想分析が行なわれました。この骨片は、最大長が49.8mm、最大幅が18.8mmです。比較的平坦な2面が、ほぼ直角で接しています(図2A・B)。この骨片は最小限の化石化の痕跡しか示しておらず、おもに皮質骨で構成されており、残存する海綿骨が内面全体を覆っています。皮質骨の断面測定から、最大の厚さは角度のある中央部で6.21mmでした。厚さは角から伸びる両面に沿って次第に減少し、最も薄い部分は2.78mmでした。2013年の研究によると、この骨片が属する個体は、思春期以上だった可能性が高そうです。表面のデータは、リンク先で見ることができます。

 骨片の大きさと形態と湾曲やZooMS分類に基づいて、この骨片は人類の大腿骨もしくは上腕骨に由来するかもしれない、と示唆されます。実行された比較分析によると、この骨片は大腿骨の遠位骨幹全部に由来する可能性が最も高く、それは、この骨片が、断面角度や表面の連続性や皮質の厚さにおいて本論文の比較標本と一致する一方で、こうした特徴に関して上腕骨とは一致しないからです。しかし、これらの結果は小さな比較比較標本に基づいていることに要注意です。

 ウィーン大学ハイアム研究室で標準的な限外濾過法を用いて、骨で放射性炭素年代測定が行なわれました。その結果は、非較正で39858±736年前でした(VIE-1203)。較正年代の範囲は43860~42690年前(68.3%の確率)と44390~42450年前(95.4%の確率)で、これは第1層の以前の放射性炭素年代と一致する結果です。限外濾過後にこの骨標本からコラーゲンが酸加水分解で処理され、XAD(アミノ酸集合体)-2樹脂色層分析を用いてアミノ酸が精製されました。これによって、43212±295年前(VIE-1541)の非較正放射性炭素年代が狩られました。較正年代の範囲は、45910~45340年前(68.3%の確率)と46130~44990年前(95.4%の確率)です。本論文では、XAD放射性炭素年代が2通りの手法の内最も正確で、それは、XAD放射性炭素年代が過去に、環境および博物館由来の汚染の除去に成功し、それ故にバルクコラーゲンの判定と比較してより正確な結果が得られるからである、と結論づけられます。

 骨はDNA抽出および配列決定のために処理され、40mg(STS1.1)と10mg(STS1.2)の骨の粉末を用いて、2点のライブラリが作成されました。第二次標本の一方については、漂白処理が行なわれました。古代DNAに最適な手法を用いて、2点の1本鎖DNAライブラリが構築されました。現生人類と比較して派生的なネアンデルタール人のアレル(対立遺伝子)の診断部位から、この標本にはネアンデルタール人のアレルと一致するDNAが含まれる(ネアンデルタール人の読み取りの診断部位は、STS1.1では10/22、STS1.2では11/52)、と示唆されました。構築されたライブラリにおけるひじょうに低い内在性DNA含有量(STS1.1では0.038%、STS1.2では0.043%)のため、ミトコンドリアを対象とする濃縮が実行され、ミトコンドリアゲノムについて平均網羅率2.28倍が得られました。

 このミトコンドリアゲノムから、この骨はネアンデルタール人系統に属することと一致し、現生人類系統やデニソワ人的な系統[44~46]には属さない、と確証されます。比較的低い網羅率のため系統樹における位置づけは完全には解明できませんが、スター1号はヨーロッパのネアンデルタール人(ゴイエQ305-4/フェルトホーファー2号)の基底部で、シベリアのネアンデルタール人(デニソワ11号、オクラドニコフAおよび2号)から派生するようです。スター1号のmtDNA配列を完全なネアンデルタール人のmtDNAデータと比較すると(図3B)、スター1号は3ヶ所の遺跡の人類5個体と最も密接に関連しているようで、それは、デニソワ11号、チャギルスカヤE号、オクラドニコフ2およびAおよびB号です[12、47、48]。注目すべきことに、これら3ヶ所の遺跡は、スタロゼーレ遺跡とは約3000km離れているにも関わらず、ロシアのシベリアのアルタイ地域に位置しています。以下は本論文の図3です。
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●考察

 本論文で同定されたネアンデルタール人の骨片は、スタロゼーレ遺跡で行なわれた先行研究を踏まえると、重要な調査結果です。スタロゼーレ遺跡は、元々は1950年代にアレクサンドル・アレクサンドロフィチ・フォルモゾフによって発掘された、「スタロゼーレの子供」と広く引用されている発見で、長年知られていました。この遺骸は推定18~19ヶ月の子供で、物議を醸し、議論となりました。この遺骸は当初、レヴァントのスフール遺跡で見つかった遺骸との類似性を見いだしたフォルモゾフたちによって、「移行的ネアンデルタール人」もしくは現生人類個体と同定されました。クラーク・ハウエルは、スタロゼーレ遺跡の子供をスフール遺跡やカフゼー遺跡やロシアの現代人と比較して、この見解に同意しました。その後、1990年代に、オルガ・ソッファーはこの子供が解剖学的現代人の子供だった、と示唆しました。

 生物学的同定に関する混乱は、その遺骸および状況の年代の不確実性に反映されており、これは、堅牢な性質ではなかった発掘調査手法と、以外の正確な位置を確証できる、写真もしくは詳細な現場調査記録の欠如に起因します。しかし、1993~1995年の間に行なわれたウクライナとアメリカ合衆国の合同研究団による新たな発掘調査で、この遺骸はずっと後の埋葬で、おそらくは中世後期である、と示されました。アンソニー・E・マークスとヴィクター・チャバイは1993~1994年にスタロゼーレ遺跡で他の2点の埋葬を発見し、1点は区画I22の乳児、1点は区画H25の成人でした。マークスとチャバイは、埋葬穴の層序や遺骸の配置と方向や埋葬穴からの土器片の類型に基づいて、これらの遺骸がおそらくは17/18世紀のイスラム教徒の埋葬だった、と示唆しました。したがって、スタロゼーレ遺跡の子供の埋葬はおそらく同様の期間に由来する、と推測されました。しかし、新たなヒト遺骸について年代測定が行なわれておらず、その遅い年代の論証は興味深いものの、この研究ではそれができませんでした。最も可能性の高い説明は、この埋葬が遅い年代のもので、スター1号の人骨が見つかった中部旧石器時代の文化層準へと埋まった、というものです。第1層は、さまざまな手法と実施要綱を用いて年代測定されました。第1層の限外濾過実施要綱を用いての最新の3点の放射性炭素年代の較正年代の範囲は、47710~42490年前(68.3%の確率)と51010~44280年前(95.4%の確率)です。新たな化合物特化実施要綱が、現在他の骨の年代測定に適用されつつあります。

 内在性DNA含有量がきわめて低く、核DNAが欠如しているにも関わらず、標的捕獲後の2.28倍の網羅率から、スター1号はホーレンシュタイン・シュターデル遺跡の分岐系統[52]には属していなかった、と示されます。代わりにこの配列から、スター1号は、すべてアルタイ地域のデニソワ11号やチャギルスカヤE号やオクラドニコフ2号・A号・B豪と最も類似している、と位置づけられます。スター1号のゲノムは、とくにDループおよび超可変領域の一部において不完全なので、スター1号がこのシベリアのネアンデルタール人の系統に分類されるのか、あるいは姉妹系統を表しているのかどうか、確証できません。しかし、ネアンデルタール人の多様性に関する現時点で利用可能な記録では、シベリアのネアンデルタール人が【スター1号と】最も密接に関連している個体群です。オクラドニコフ洞窟およびチャギルスカヤ洞窟は、ネアンデルタール人が居住した短期間の季節的な狩猟野営地として報告されてきました。これらネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムの密接な類似性に基づく一つの提案は、そうしたネアンデルタール人がネアンデルタール人集団の広範な移動を表しており、最も可能性が高いのは、71000~57000年前頃のMIS4のある時点における東方への移動である、ということです。

 可能性のある拡散回廊をさらに論証し、古気候および古環境的選好を特定するために、15万~3万年前頃となるMIS6~MIS3の間を網羅するマハラノビス距離生息地適合モデルが構築されました。この手法は以前に、ネアンデルタール人とデニソワ人との間の生息地重複を調べるために用いられました[54]。本論文の生息地適合モデルでは、ユーラシア中央部(アルタイ)とヨーロッパ東部を結びつける気候条件は間氷期に最も好適だった、と示唆され、MIS5eがこの経路沿いの拡散にとって最も魅力的な時期だったことを裏づけます(図4)。最も可能性の高い経路として特定されたのは、北緯55度沿いのクリミア半島とアルタイ地域との間です(図4A・E)。この年代測定推定値は、遺伝学的および年代測定的証拠ではネアンデルタール人が13万~10万年前頃に位置づけられるデニソワ洞窟におけるネアンデルタール人の存在について、アルタイにおける証拠に適合するようです。デニソワ洞窟の17万年前頃の堆積物におけるmtDNAに基づいて、これ以前にネアンデルタール人が存在したかもしれない、と示唆されていますが、この古さのヒト遺骸はまだ発見されていません[56]。以下は本論文の図4です。
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 その後、ネアンデルタール人はオクラドニコフ洞窟などの遺跡に出現します。オクラドニコフ洞窟でのネアンデルタール人遺骸の最初期の放射性炭素年代測定から広範囲の結果が明らかになり、それには4万年前頃以降も含まれます。オクラドニコフ2・11・15号は堅牢な単一化合物ヒドロキシプロリン年代測定を用いて、42000年以上前と年代測定されました。チャギルスカヤ洞窟など他のアルタイ地域の遺跡では、ネアンデルタール人の最も可能性の高い年代はより正確で、59000~51000年前頃の間です[47]。これは、17万年前頃と12万~10万年前頃と6万年前頃における、西方からアルタイ地域へのネアンデルタール人の2回、おそらくは3回の拡散を示唆しています。この仮説は遺伝学的データによって裏づけられており、チャギルスカヤ洞窟とオクラドニコフ洞窟のネアンデルタール人は、それ以前のアルタイ地域のネアンデルタール人とよりもヴィンディヤ洞窟の33.19号個体の方と密接に関連していた[59]、と示唆されています。同様に、デニソワ11号のネアンデルタール人の母親も遺伝学的には、ヴィンディヤ33.19号によって表されるネアンデルタール人のヨーロッパ集団とより密接に関連しており、アルタイ地域のネアンデルタール人に存在る12.4%のアレル(対立遺伝子)と比較して、19.6%のアレルを有していました[60]。したがって、西方から東方へと、好適な気候時期[61]、とくにMIS5eにおいて移動が起きた、と結論づけるのが最も節約的なようです。しかし、チャギルスカヤ洞窟とオクラドニコフ洞窟のネアンデルタール人を考慮すると、その後の潜在的な移動が、さほど好適ではない気候時期、おそらくMIS4に起きた可能性がより高いようです。

 スタロゼーレ遺跡とチャギルスカヤ洞窟とオクラドニコフ洞窟の間の遺伝的つながりに加えて、これらのネアンデルタール人集団は同様の生計戦略を有していたようで、おもに、草原地帯や山麓環境に特徴的なウマやバイソンや小型有蹄類に重点を置いていました。これらの期間と年代測定された遺跡は、大型草食動物と有蹄類に重点を置いた、狩猟および屠殺遺跡として解釈されてきました。オクラドニコフ洞窟とチャギルスカヤ洞窟とスタロゼーレ遺跡から発掘された石器群もひじょうに類似しており、ミコッキアン技術複合体の人工遺物によって特徴づけられます。チャギルスカヤ洞窟の石器構成要素を調べ、それを他のミコッキアン石器群と比較した統計的研究では、クリミア半島のミコッキアンはデニソワ洞窟よりもチャギルスカヤ洞窟の方とはるかに近かった、と示されました。同様に、チャギルスカヤ洞窟の石器群はオクラドニコフ洞窟の石器群と密接に類似しており、アルタイ地域における固有の異形で、おそらくは小さなネアンデルタール人集団を表しています。デニソワ洞窟におけるネアンデルタール人は完全に異なる石器群を有しており、ネアンデルタール人の異なる集団が、ずっと早い時期に存在したことを示唆しています[29、66]。

 したがって、考古学的および遺伝学的証拠から、ネアンデルタール人はアルタイ地域に2回、おそらくは3回にわたってさえ異なる期間に存在した可能性が高い、と結論づけることができるかもしれません。本論文の結果から、スタロゼーレ遺跡は、遺伝子と石器と行動によって結びついていた、ネアンデルタール人の広範囲の拡散網の一部だった、と示されます。


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