出村政彬「縄文人の祖先を探る 3万年より前にいたゴースト集団」

 『日経サイエンス』2025年12月号に掲載された表題の記事を読みました。この記事は査読前論文(Watanabe et al., 2024)を取り上げており、私も昨年(2024年)5月にTwitterでこの論文について言及しました。Watanabe et al., 2024はざっと読んだだけですが、「縄文人」42個体のゲノム解析から、「縄文人」の直接的祖先である上部旧石器時代狩猟採集民は、ユーラシア東部大陸部集団と分岐し、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)の頃となる27000~190000年前頃に日本列島に居住し、寒冷適応を受けていた、と推測されていたように認識しています。Watanabe et al., 2024では、「縄文人」が既知の集団と比較して遺伝的に独特な一まとまりを形成することも改めて示されていました。

 この記事では、Watanabe et al., 2024の内容が私の把握よりずっと詳しく紹介されており、「縄文人」42個体は、北海道と関東と東海と北陸と中国と四国から出土したそうで、大半の個体の年代は6000~2500年前頃です。Watanabe et al., 2024では、「縄文人」集団において正の選択によって広がった変異を検索し、その候補として、中性脂肪の代謝と関わるAPOA5(Apolipoprotein A-V、アポリポタンパク質A-V)遺伝子の変異が見つかりました。この変異は、脂肪代謝を活性化し、エネルギー源となるトリグリセリド(中性脂肪)の血中濃度を高めます。FTO(Fat mass and obesity-associated protein、脂肪量および肥満関連タンパク質)遺伝子でも、肥満度を高める変異が見られました。

 これらの変異についてWatanabe et al., 2024はまず、飢餓的状況への対処で有利なため、「縄文人」集団に広がった、との仮説を立てました。しかし、同様の状況は他の狩猟採集民でも経験していた可能性は高く、Watanabe et al., 2024はUCP1(Uncoupling Protein 1、非結合タンパク質1型)遺伝子に注目します。胸部や鎖骨の付近には、脂肪を蓄えて熱に変換する褐色脂肪組織があり、UCP1はそこで機能します。UCP1遺伝子では、「GGTA型」において熱を生み出す反応が活発になります。GGTA型のUCP1遺伝子の割合は寒冷な現生人類(Homo sapiens)集団ほど増加し、たとえば現代日本では約40%、フィンランドやイギリスでは60%以上です。UCP1が担う熱生成反応はNST(nonshivering thermogenesis、非震え熱産生)と呼ばれており、体を震わせずに体温を上げることができ、寒冷地に適した機能です。Watanabe et al., 2024では、「縄文人」集団におけるGGTA型のUCP1遺伝子の割合が66%に達し、「縄文人」集団で見られるAPOA5やFTOの変異は、NSTの機能を高めることが分かりました。

 これらの変異は寒冷適応を反映しているのではないか、と推測したWatanabe et al., 2024はイヌイットと「縄文人」で共通の変異を調べ、FAD(fatty acid desaturase、脂肪酸不飽和化酵素)関連のFADS1およびFADS2およびFADS3遺伝子で共通の変異を見つけました。これらの変異は、不飽和脂肪酸の代謝と関わる遺伝子の作用を弱めます。この変異は、海生哺乳類を主食とするイヌイット集団に適した変異で、正の選択が作用して広まった、と分かっています。この食性も、効率的に食事から脂肪を摂取し、NSTを助けます。こうしたことからWatanabe et al., 2024では、「縄文人」(の祖先)集団が寒冷環境を経た可能性は高い、と推測されました。

 Watanabe et al., 2024では、「縄文人」(の祖先)集団が寒冷適応を経た時期について、「縄文人」(の祖先)集団におけるAPOA5の変異の割合は、25000年前頃には約50%、2万年前頃には75%に達した、と推測されています。これはLGMに相当し、「縄文時代」の前にNSTを促進する体質が獲得され始めていたようです。「縄文人」の食性はイヌイット集団とは大きく異なる、と推測されていますが、「縄文人」の祖先集団が寒冷環境を経たならば、同様の選択圧が作用した可能性は高いわけです。

 もちろん、LGMとはいっても、地球全体が寒冷適応を促進するような低温環境だったわけではないので、これは「縄文人」の祖先集団の日本列島へと到来の経路および時期の手がかりとなります。Watanabe et al., 2024では、「縄文人」の系統と漢人などの系統の分岐は27000~190000年前頃と推定され、この頃には、北海道がユーラシア北東部と陸続きで、陸続きの本州と四国と九州は現在より狭い対馬海峡で朝鮮半島と隔てられていました。Watanabe et al., 2024では、この頃にユーラシア大陸部から日本列島へと人類集団が到来し、その後の温暖化による海面上昇で往来が困難になったことで、集団の遺伝的独立状態が維持されたのではないか、と推測されています。

 日本列島には38000年前頃以降に現生人類が到来した、と推測されていますが、それ以前から現生人類が存在した可能性も指摘されています(国武・佐藤.,2025)。それはともかく、35000年以上前に日本列島に現生人類が存在した可能性は高いわけで、Watanabe et al., 2024の知見を踏まえると、日本列島における3万年以上前の初期現生人類は、現代人と遺伝的につながらなかった可能性が示唆されます。この記事では、38000~30000年前頃の日本列島の石器が、おもに台形様石器とそれに1000~2000年ほど遅れた、石刃による先端の尖った「基部加工尖頭形石器」だったのに対して、3万年前頃以降には入念に加工された石刃の狩猟具が見つかるようになり、そうした石器はユーラシア北部の草原地帯や針葉樹林を伴う開けた環境で開発されたと考えられ、これはその頃にユーラシア大陸のそうした地域を起源とする人類集団が日本列島に到来したことを示唆しており、Watanabe et al., 2024の知見と整合的ではないか、と指摘されています。この記事では出穂雅実氏の見解が紹介されており、3万年以上前に日本列島に存在した「亡霊集団」は南方から到来したのではないか、と推測されています。また、この「亡霊集団」が絶滅したとは限らず、日本列島から他地域へと移動し、その子孫が世界のどこかに現在存在している可能性も指摘されています。このように、旧石器時代の人類集団がその地域で遺伝的に継続しなかったと思われる地域として、ユーラシアの事例がこの記事では紹介されており、この視点は重要と思います(関連記事)。おそらく、日本列島もその例外ではなかったのでしょう。

 Watanabe et al., 2024では、「縄文人」内部の人口構造も検証されており、南方から順に分岐が進み、最後に北海道集団が分岐した、と推測されています。つまり、「縄文人」は日本列島の南部から北上していったのではないか、というわけですが、だからといって、「縄文人」の祖先集団が南方から日本列島に到来したとは限らないことも指摘されています。「縄文人」は遺伝的にアンダマン諸島の現代人とよく似ているものの、シベリア北東部の32000年前頃となるヤナRHS(Yana Rhinoceros Horn Site、ヤナ犀角遺跡)の2個体とも部分的に共通しており、「縄文人」の祖先集団の日本列島へと到来の経路および時期については、依然として推測に難しいところがあります。石垣島の白保竿根田原洞穴遺跡で発見された27000年前頃の男性人類遺骸(4号人骨、白保4号)のゲノム解析に成功し、縄文人の遺伝的構成要素の約半分は、白保4号によって表される集団とは異なる集団に由来する、と明らかにされているので(関連記事)、詳細な研究結果が公表されれば、「縄文人」起源論の解明が大きく進展するのではないか、と期待されます。


参考文献:
Watanabe Y. et al.(2024): Cold adaptation in Upper Paleolithic hunter-gatherers of eastern Eurasia. bioRxiv.
https://doi.org/10.1101/2024.05.03.591810

出村政彬 (2025)「縄文人の祖先を探る 3万年より前にいたゴースト集団」『日経サイエンス』2025年12月号P52-61

国武貞克、佐藤宏之(2025)『南回り、北回りの遭遇、列島のホモ・サピエンス 新・日本旧石器文化の成立』(朝日新聞出版)
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この記事へのコメント

熊笹
2025年10月28日 11:45
 本記事で紹介された25000年前に”縄文人”が渡来したとする仮説には、他の大陸集団とデニソワ人との混血率に差異がある理由を説明できず疑問が残ります(デニソワ人が27000年~19000年前に残存していたと想定し難いから)。
 そのため、38ka以降に古本州島に渡来した集団(Ⅿ7a)と20ka以降に北海道から南下した細石刃集団(N9b)が本州で混血し、”縄文人”が成立したと個人的に想定しています。
管理人
2025年10月28日 19:03
「縄文人」の遺伝的起源については、当ブログで度々述べてきましたが、この記事で参照されている査読前論文や現代日本人集団の三重構造説を提唱した研究で想定されているような、ユーラシア東部の主流系統との単純な分岐ではなく、遺伝的に大きく異なる複数系統の混合の方が実際の人口史により近く、公開情報が少ないものの、白保4号のゲノム解析からもその可能性が高いように思います。

この記事で参照されている査読前論文では、公開時期からして当然のことながら白保4号のゲノムデータが用いられておらず、白保4号のゲノムデータを報告した研究が刊行されれば、「縄文人」起源論に関する遺伝学的研究は大きく変わるのではないか、と期待しています。
アクアムーン
2025年11月09日 11:48
いつも古人類学の論文について紹介してくださりありがとうございます。
韓国三国時代の遺跡から出土した78体の人骨のゲノム解析を行った、大規模な古代DNA研究が発表されました。
出土人骨の中にはY染色体ハプログループO1b2(O1b2a1a1を含む)に属すものも非常に多く、現代韓国人や現代日本人の起源の解明にもつながる重要な研究であると思いますので取り上げていただけると幸いです。
また、論文は英語ですので翻訳もお願いします。
管理人
2025年11月10日 07:17
その研究はTwitterで知ったので、時間を作れたら取り上げる予定です。
あくあむーん
2025年11月10日 13:22
ありがとうございます。
お待ちしております。