イングランド南西部の7世紀の人類のゲノムデータ
イングランド南西部で発見された7世紀頃の人類遺骸のゲノムデータを報告した研究(Foody et al., 2025)が公表されました。本論文は、イングランド南西部で発見された7世紀頃の人類遺骸のゲノムデータから、片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアと父系のY染色体)も使用してその親族関係を特定するとともに、若い女性1個体には近い過去に流入したアフリカ西部現代人集団的な祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)が見られることも示しており、中世初期のイングランド南西部における多様性が浮き彫りになっています。以下は本論文の地図です。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、YHg(Y-chromosome DNA haplogroup、Y染色体DNAハプログループ)、C(carbon、炭素)、N(nitrogen、窒素)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、K(系統構成要素数)、READ(Relationship Estimation from Ancient DNA、古代DNAの関係推定)です。本論文で言及される主要な人物は、エクハク王(King Echach)、聖パトリック(St Patrick)です。本論文で取り上げられる主要なイギリスの地域と地名は、ケント州イーストリー(Eastry)近郊のアップダウン(Updown)、ドーセット州のワース・マトラヴァーズ(Worth Matravers)、ウィンターボーン・キングストン(Winterbourne Kingston)、パーベック(Purbeck)島です。本論文で取り上げられる主要な文化は、ドゥロトリゲス式(Durotrigian)埋葬、鐘状ビーカー(Bell Beaker、鐘形杯、略してBB)文化です。
●要約
親族関係を考古学的記録から識別することは困難かもしれませんが、古代DNAの研究は親族関係の一形態である生物学的近縁性への有益な手段を提供します。本論文は、イングランド南西部のワース・マトラヴァーズのローマ期後の遺跡で、親族のつながりの可能性を調べます。遺伝的に親族関係にある個体群のまとまりは明らかですが、二重もしくは三重埋葬の親族関係にない個体群が含まれていることは、埋葬場所における社会的親族関係の要素を論証する、と分かりました。一部の個体は大陸祖先系統の遺伝的痕跡も有していて、若い女性1個体から近い過去のアフリカ西部祖先系統が明らかになり、中世初期ブリテン島の多様な遺産が浮き彫りになります。
●考古学的調査における親族関係の役割
親族関係は中世前期の社会組織の中心で、476年のローマ【西ローマ帝国】の崩壊後には、ヨーロッパの法律と政治と社会の景観の基礎となりました。誰と親族関係にあるかによって、その社会的地位や相対的な自由や結婚と出産の可能性さえ決まりました。親族関係によって提示される課題と機会は、多くの法的および文化的文書に記載されており、それには、父系を重視するイングランド法やアイルランド聖人伝が含まれます。しかし、親族関係は中世前期には父系関係にのみ限定されていたわけではなく、アイルランドでは、家系集団の創始者は男性でしたが、その後は双系的でした。たとえば、エクハク王は聖パトリックに、自分は「孫を儲けることによって娘から自分の系統を広げ」たくて、将来の婿には王室に加わることを期待している、と語りました。「親族」という言葉に包含される関係は文化によって異なり、同じ報告は、居住と親族関係の生きた経験が千年紀にはそれ以前の先史時代と同様に受け入れられていた、と示唆しており(Fowler et al., 2022)、状況に応じてさまざまな形態があり、社会的関係が生物学的近縁性に優先することは、とくに変化へ適応しなければならない共同体では多くありました。
考古学的研究は、親族関係ではなく社会的帰属意識および個性により多くの焦点を当てる傾向にありました。家族集団が埋葬状況内で提案される場合には、墓地の様式や副葬品や遺伝的な骨格形質の特定などの指標が、生物学的近縁性の証拠とみなされます。しかし、墓地の構成は、社会的であれ生物学的であれ、親族集団の重要性についての情報も明らかにできます。遺伝的家系に過度の負荷を課す危険性にも関わらず、古代DNA研究は、考古学的記録における関係の複雑さを浮き彫りにし、解明するのに役立つことができます(Fowler et al., 2022)。たとえば、複数埋葬の個体は生物学的に親族関係にあるかもしれませんが(Pajnič et al., 2023)、そうでない場合も多く(Dulias et al., 2022)、遺伝的関係とともに社会的親族関係の存在の可能性が強調されます(たとえば、紀元前5000年頃以降の新石器時代アナトリア半島)。遺跡内の比較は、新石器時代アイルランドのいくつかの巨石墓(紀元前4000~紀元前2500年頃)に埋葬された個体間の遺伝的近縁性を明らかにする、との提案(Cassidy et al., 2020)など、より多くの議論をもたらします。
頭蓋改変や歯の計測や安定同位体に基づく研究はおもに、女性族外婚と父方居住が中世前期(476~1000年頃)のヨーロッパで行なわれていた、と提案しています。遺伝学的研究も、後期新石器時代/青銅器時代(紀元前5300~紀元前1500年頃)のヨーロッパ(Knipper et al., 2017、Mittnik et al., 2019、Dulias et al., 2022)と中世初期(5世紀後半~6世紀初期)のバイエルン(Veeramah et al., 2018)におけるこれらの慣行を浮き彫りにしています。しかし、ドーセット州のウィンターボーン・キングストンのドゥロトリゲス式埋葬遺跡(紀元前1000~紀元後500年頃)に関する最近の研究(Cassidy et al., 2025)では、女系によって特徴づけられる共同体や、鉄器時代イングランド(紀元前800~紀元後43年頃)全域で見られる広範な母方居住が見つかりました。さらに、2022年の研究(Fowler et al., 2022)では、純粋な父系ではなく、1ヶ所の遺跡における遺伝的男系の共有が双系的な親族関係を示唆しており、そこでは関係が父親もしくは母親のいずれかを通じてたどられる、と指摘されています。これは、存在する男性が同じY染色体系統に属しておらず、したがって、安定した父系を代表していない事例にとくに当てはまります。
●中世前期イングランドとワース・マトラヴァーズ遺跡
中世前期イングランドでは、言語と政治と社会組織における顕著な変化がありました。歴史資料と考古学的研究はこの期間における北海大陸部地域から到来した移民の波を示唆していますが、この移住の大きさと規模は議論になっています。これに基づいて、最近の古代DNA研究は、5世紀および6世紀以降のヨーロッパ大陸部からの新たな集団の大規模な到来を論証しており、これは現在イングランドに居住する人々の祖先系統の約2/3を占めています(Gretzinger et al., 2022)。
イングランド南西部のドーセット州は、大陸からの影響を受けた初期アングロ・サクソン墓地の西端に位置しています。この地域の埋葬はむしろ、ローマ後期の慣行の継続を示しており、これには、域外の場所やキリスト教伝統の取り込みが含まれており、通常は副葬品のない、単純な東西方向の土葬で構成されています。考古学的証拠は、ドーセット州(およびその西側の地域)とアングロ・サクソンとの間の顕著な文化的区分を示唆しています。中世前期ドーセット州における親族関係を調べるために、パーベック島のワース・マトラヴァーズ遺跡の20個体が分析され、ここではブリテン島西部およびアイルランド祖先系統(77.4±8.4%)が以前に報告されました(Gretzinger et al., 2022)。ワース・マトラヴァーズはイングランド南部および東部で見られる初期アングロ・サクソンの家具付き埋葬の分布の西側に位置しており、アングロ・サクソンのウェセックスの一部になったのは7世紀半ば以降でした。本論文は、ローマ系ブリテン島人口集団の分析がほとんど行なわれていない、ブリテン島西部文化圏内の中世前期の親族関係および関係の自己認識の、考古学的および遺伝学的分析の組み合わせを提示します。
ワース・マトラヴァーズのローマ期後の墓地(3号遺跡)から発掘された26個体のうち18個体が標本抽出され(図1)、これには1基の三重埋葬と3基の二重埋葬の全個体が含まれます(表1)。1号および2号遺跡のローマ期の2個体(CE049およびCE050)も分析され、そのうち一方は以前に分析されました(Patterson et al., 2022)。以下は本論文の図1です。
1667号墓に埋葬された小さな銅合金の飾り留め金と、1633号墓の頭受けとして使用された石灰岩製の錨を除いて、この遺跡では副葬品は発見されませんでした。ローマ期もしくはローマ期以後もしくはローマ期後初期のブリテン島(5~6世紀)における共同体についてほとんど知られていませんが、この人工遺物の証拠の欠如は、ブリテン島文化圏の持続もしくは台頭と一致し、イングランド東部の家具付きのアングロ・サクソン墓地とは対照的です。以下は本論文の表1です。
ゲノムおよび食性同位体分析が実行され、刊行されたデータとのワース・マトラヴァーズ遺跡における、食性と墓地内の埋葬位置と生物学的親族関係対社会的親族関係との間のつながりの可能性が特定されて、共同体がこの地域およびより広範に他の共同体からどの程度孤立していたのか、もしくはつながっていたのか、調べられました。ワース・マトラヴァーズ遺跡における保存状態の悪さのため骨考古学的分析が妨げられたので、複数埋葬の使用の理解に役立てるために、各個体の遺伝学的性別が決定されました。ワース・マトラヴァーズ遺跡と墓地と地域的および全国的状況についてのこれ以上の詳細は、補足資料1項で見ることができます。
●ローマ期後の墓地の年代範囲
ワース・マトラヴァーズ遺跡のローマ期後の墓地における埋葬のうち6ヶ所で、放射性炭素年代が利用可能です。2点の放射性炭素年代がさらに得られ、一方は思春期の男性個体KD010から、もう一方は成人男性KD007からで、両者ともに1633号墓に埋葬されていました。刊行されていないデータも、ローマ期の個体群のうち1個体で利用可能です(1号遺跡、成人女性のCE049)。以前に報告された年代は、通常は海洋資源およびその消費者の人為的な年代繰り上がりを緩和するのに適用される、さまざまな海洋補正を採用しましたが、本論文の安定同位体データはそうした補正が不要であることを示唆しています。ワース・マトラヴァーズ遺跡の個体群のδ¹⁵N値は、食性におけるかなりの海洋構成要素を示唆するほど充分には上昇しておらず、δ¹³C値は通常の陸生の範囲を超えて濃縮されていませんでした。本論文の計算から、この墓地は約100年間使用された可能性が最も高く、年代は605~650年に集中している、と示され、これは海洋較正年代を用いて先行研究によって決定された年代と同様の調査結果です。
●食性の安定同位体分析
20個体のうち18個体で食性安定同位体分析が実行され、残りの2個体の標本は、古代DNAと安定同位体両方の分析を実行するには小さすぎました。δ¹³Cの範囲は多様でしたが、全個体の値はC₃植物に基づく陸生依存の食性と一致します。沿岸に近いにも関わらず、ローマ期後の個体には、海洋性タンパク質のかなりの寄与を示唆するδ¹⁵N値はなく、海魚に依存していなかったことが示唆されます。ローマ期の2個体のより高い窒素値は、経時的な食性もしくは農耕慣行における変化の可能性を示唆していますが、この可能性の解明にはさらなるデータ点が必要です。
●性別決定と片親性遺伝標識
DNA抽出とライブラリ調整と配列決定とデータ処理と分析の詳細な手法は補足資料4項において利用可能で、常染色体データの概要は表2で示されています。20個体全員の遺伝的性別を決定できました。ローマ期の2個体は両方とも女性でしたが、ローマ期後の墓地には男性13個体と女性5個体が含まれていました(表3)。3基の二重埋葬のうち、1633号墓と1722号墓の両方には男性2個体が、1678号墓には男性1個体と女性1個体が含まれていました。1685号墓の三重埋葬には、男性2個体と女性1個体が含まれていました。以下は本論文の表2です。
片親性遺伝標識は両親の一方のみから継承されるDNAの構成要素で、組換えがなく、mtDNAとY染色体DNAが含まれます。ブリテン島鉄器時代(紀元前800~紀元後43年頃)における在来と分類されている片親性遺伝標識系統はワース・マトラヴァーズで支配的ですが、mtHgとYHgの両方の多様な配列が墓地では観察され、国際的遺産が示唆されます(表3)。13のY染色体系統が特定されており、9系統は下位単系統群のYHg-R1b1a1b(M269)、2系統はYHg-I1a2a1a1b~(A9128)、1系統はYHg-I2a1a2a(L161.1)、1系統はYHg-E1b1b1a1(M78)に属しています。YHg-R1b系統は、紀元前2450年頃の鐘形杯文化伝統の到来と関連する人口移動後のブリテン島のY染色体景観の特徴ですが(Olalde et al., 2018)、個体KD008およびPJ007で見られるYHg-I1a系統は、中世前期にヨーロッパ北部大陸部から到来した可能性が最も高そうです(Gretzinger et al., 2022)。以下は本論文の表3です。
興味深いことに、個体KD010によって示されるYHg-E1b系統は、アフリカ西部起源の可能性が高そうです。これは個体KD010のゲノム規模分析(後述)で見られるアフリカ西部系断片と一致し、まとめて、Y染色体がこの家系において数世代前のアフリカ西部の祖先から継承されたことを示唆しています。同様のアフリカ由来のゲノム規模祖先系統は、イングランド南東部のアップダウン(ケント州のイーストリー)の同時代の墓地から発掘された若い女性1個体(EAS003)で特定されています(Sayer et al., 2025)。
女系では多様性がわずかに低くなっています(表3)。ローマ期の2個体(両方女性)は在来のブリテン島西部およびアイルランドの母方祖先系統を有しているようで、これらの母系とローマ期後の18個体の母系との間で連続性は見られませんが、ゲノム規模分析は、ワース・マトラヴァーズの3ヶ所の埋葬遺跡間の遺伝的関係が、ローマ期後のワース・マトラヴァーズと同時代のイングランド東部の埋葬との間よりも、遺伝的に密接な関係であることを示しています(Gretzinger et al., 2022)。ワース・マトラヴァーズで特定されたミトコンドリア系統のほとんどは、ブリテン島鉄器時代には在来と考えられるかもしれず、母系でのアフリカ祖先系統の兆候はありません。しかし、いくつかの【ミトコンドリアの】ハプロタイプから、一部の個体にはヨーロッパ北部大陸部祖先系統(HV6と、おそらくはH11aとU5b1)があるのに対して、他の個体は鉄器時代フランスの系統(K1a2a)にたどれるかもしれない、と示唆されます。したがって、在来祖先系統の有意にも関わらず、母系と父系の両方が多様な祖先系統を示しており、ワース・マトラヴァーズに埋葬された共同体は、中世前期の前とおそらくは中世前期において、在来の遺伝的連続性とヨーロッパ大陸部からの男女の流入の両方を反映している、と示唆されます。
●親族関係の推定
READ第2版を用いて、4組の1親等(親子もしくはキョウダイ)と2組の2親等(祖父母と孫か、オバ/オジとメイ/オイか、両親の一方のみを共有するキョウダイ)と2組の3親等(曾祖父母と曽孫もしくはイトコ)の親族関係が特定されました(図1、表3)。偽陽性の結果の影響(低網羅率のデータでREAD第2版を用いいる場合に生じます)を軽減するために、結果が骨考古学的情報および非組換えの片親性遺伝標識と組み合わされ墓地内の家系のつながりが判断され、裏づけられました。これらの結果から、墓地における4組の家系単位の可能性が特定されます。
家系Aでは、KD009(25~35歳くらいの女性、1649号墓)とKD020(成人女性、1715号墓)が固有のT2a1aミトコンドリアハプロタイプと1親等の関係を共有しているので、両者はおそらく姉妹です。両者は個体KD022(16~17歳くらいの男性、1778号墓)と3親等の親族関係にあり、KD022はKD009とKD020の父方のイトコかもしれません。KD020はKD011(35~45歳くらいの女性、1664号墓)とも3親等の親族関係です。
家系Bでは、三重埋葬1685号内で、KD016(25~35歳くらいの女性)とKD018(15~16歳くらいの男性)との間で1親等の関係が見つかりました。この2個体は同じmtHg-H1bbを共有しているので、キョウダイか母親と息子のどちらかでした。三重埋葬の第三の個体であるKD017(45~49歳くらいの男性)は墓地の他の個体と密接な家族のつながりを示しませんが、KD018や家系Dの男性2個体と同じ高頻度のYHgを有しています(表3)。
家系Cは、異なる墓の男性3個体から構成されます。PJ007(35~45歳くらい、1722号墓)はKD008(17~25歳くらい、1640号墓)と1親等の関係を共有しており、両者ともYHg-I1a2a1a1b~(A9128)を有しているものの、ミトコンドリアゲノムでは異なるので、この2個体は異父兄弟もしくはオイとオジだったかもしれない、と示唆されます。
家系Dは別々ではあるものの近くの墓に埋葬された、男性4個体から構成されます。KD012(25~35歳くらい、1667号墓)とKD014(40~45歳くらい、二重墓1678号)とPJ006(25~35歳くらい、1660号墓)は全員、1親等の関係を共有しており、おそらくは兄弟でした。KD013(17~25歳くらい、1670号墓)は、この3個体【KD012とKD014とPJ006】全員と2親等の親族関係で、この3個体の半兄弟(両親の一方のみを共有する兄弟)かオジかオイのいずれかでした。
これらの結果すべてを考慮すると、異例なパターンが浮かび上がります。標本抽出された男性の約70%(13個体のうち9個体)は他の個体との生物学的親族関係を示しますが、この親族関係はおもに母系に関わっており、唯一の例外は父親と息子の関係であるKD008とPJ007です。女性間の直接的な関係は特定されていませんが、これは小さな女性の標本規模によって説明できるかもしれず、それは、家系AおよびBにおいて、女性と男性の直接的な関係が2組(あるいは、恐らく3組)しか見られないからでもあります。この2家系【AとB】のそれぞれの女性と男性はmtDNAハプロタイプを共有しており、再び、父系の娘と父親の関係ではなく、母系の関係関係(母親と息子もしくは男女のキョウダイ)が示唆されます。
この墓地における母系のつながりの優勢は、埋葬における男性の偏りを考慮すると驚くべきで、分析された18個体のうち5個体(28%)のみが女性でした。男性のこの過剰な代表を考えると、男系の把握の機会が増える、と予測されますが、これはワース・マトラヴァーズでは当てはまらないようです。確かに、ワース・マトラヴァーズにおける母方居住としてこのパターンの重要性を解釈するのには慎重であるべきで、標本規模と生物学的親族関係のつながりの数の両方が小さく、1親等に偏っており、墓地には本論文では分析されなかった8個体が依然として存在します。それにも関わらず、ワース・マトラヴァーズは、とくに常染色体の生物学的親族関係の判断と組み合わせた場合の、片親性遺伝標識の詳細な分析の可能性を浮き彫りにし、中世前期の埋葬慣行における生物学的および社会的両方の親族関係の重要性を明らかにします。
●全ゲノム分析とアフリカ祖先系統
ワース・マトラヴァーズにおけるゲノム規模祖先系統パターンの分析は、1点の明確な遺伝的外れ値を明らかにし、それは二重埋葬1633号の個体KD010です(図2および図3)。KD010はカナリア諸島の11世紀のグアンチェス人(Guanches)と一致し(図2、Rodríguez-Varela et al., 2017)、ADMIXTURE分析ではかなりのアフリカ西部祖先系統(図3の黄色)を示します。以下は本論文の図2です。
KD010は汎ヨーロッパの母系mtHg-U5b1と、アフリカ西部祖先系統と一致する、YHg-E1b1b1a1(M78)に属する父系ハプロタイプを有しています。母系および父系とゲノム規模祖先系統パターンのこの組み合わせは、祖父母の頃の代における、ヨーロッパ系の女性とアフリカ西部系の男性との間の混合の結果である可能性が最も高そうです。この混合は比較的近い過去のことなので、ローマ期の遺産である可能性は低いものの、代わりに、ヨーロッパ北部大陸部祖先系統の流入(YHg-I1a2の優勢によって示されます、表3)に限られなかった、ローマ期後における進行中の世界主義を示唆します。以下は本論文の図3です。
遺伝的違いにも関わらず、KD010は明らかに遺跡の他の個体と同様の死後の処置を受けており、その生涯において同様の食事を摂っていました。注目すべきことに、この個体【KD010】は在来の遺伝的祖先系統を有する年長の成人男性(KD007、家系Cの構成威信)とともに二重埋葬(1633号墓)に埋葬されており、KD007の頭部はパーベック島の石灰岩製の錨に横たわっていました。この種の頭部の向きは、ローマ期ブリテン島および中世前期で確認されていますが、とくに厳密に年代測定された状況ではきわめて稀です。KD010とKD007との間には密接な生物学的親族関係はなかったので、その二重埋葬は職業(徒弟と師匠としてなど)もしくは社会的親族関係の可能性を示唆しているかもしれません。錨の存在は海との関連をさらに示唆しており、その大きさは小型の舟の上か、より大きな船の上の複数の錨の一つとしての使用を示唆しています。この地域のこの期間には、公開のつながりと沿岸漁業の両方が論証されています。KD010の祖先系統のさらなる考察は、補足資料で見ることができます。
KD010によって示されるアフリカ祖先系統は、アングロ・サクソン初期のアップダウンの個体EAS003のアフリカ祖先系統(Sayer et al., 2025)や、ローマ期のヨークの1個体(3DRIF-26)の中東祖先系統(Martiniano et al., 2016)でも見られるように、地理的に遠い人口集団の遺伝的影響を記録しています。イングランドにおけるそうした地理的に遠い祖先系統の到来は、カルタゴ経由でのアフリカ西部の金の輸送と関連しており、金はローマ帝国およびビザンツ帝国(東ローマ帝国)によってブリテン島へと交易されました(Sayer et al., 2025)。じっさい、ローマ帝国の国際的な影響は、533~534年におけるアフリカ北部のビザンツ帝国による征服に続く、ローマ期後のブリテン島において再出現したようで、KD010とEAS003両方の遺伝的遺産は、大陸間の交流とのきわめて人間的なつながりを提供します。ひじょうにヒト
●まとめ
生物学的および社会的両方の親族関係は、中世前期イングランドにおいて生活の基本的な一部でした。ドーセット州のワース・マトラヴァーズに埋葬された20個体のゲノムデータの調査において、比較的短期間の墓地使用における局所的な共同体での男女両方の親族の重要性が確認され、おそらくは、関係が父親と母親の両方を通じてたどられた、適応的な双系の形態を示唆しています。ローマ期後のワース・マトラヴァーズ墓地における埋葬の多くには、密接な親族関係の男性(家系CおよびD)が含まれていましたが、母方の関係も共有されたミトコンドリアハプロタイプで証明されます。
ワース・マトラヴァーズにおける片親性遺伝標識と常染色体の親族関係データの詳細な分析から、生物学的関係は埋葬の位置に情報をもたらし、家族集団は墓の構成で特定できる、と示されます。墓地における遺伝的親族の近さが強調されていることを考えると、複数の埋葬における親族関係にない個体の包摂は、社会的親族関係もしくは親族関係の文化的認識の重要性も浮き彫りにします。ワース・マトラヴァーズ個体群の多様な遺伝的遺産は、中世前期におけるイングランドの国際的な性質を強調し、遠方の祖先とのつながりがある統合された人口集団を示しています。
ブリテン島におけるローマ期から中世前期にかけての移行は複雑で、地域によって異なっていました。まとめると、ワース・マトラヴァーズから得られた遺伝学的および文化的証拠は、この共同体を創出して維持した、多元的な家系史と社会的つながりを示しています。そうした家族の柔軟さによって、この小さく農村で沿岸部の共同体が、大変動期に親族関係の概念を取り決め、新たな関係を構築できた一方で、墓地で特定された遺伝的関係は、そうした共同体の行為がより広範な政治的および文化的世界とどのようにつながっていたのか、明らかにします。
参考文献:
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https://doi.org/10.1038/s41586-021-04241-4
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Knipper C. et al.(2017): Female exogamy and gene pool diversification at the transition from the Final Neolithic to the Early Bronze Age in central Europe. PNAS, 114, 38, 10083–10088.
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https://doi.org/10.1038/ncomms10326
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Olalde I. et al.(2018): The Beaker phenomenon and the genomic transformation of northwest Europe. Nature, 555, 7695, 190–196.
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https://doi.org/10.1038/s41586-021-04287-4
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Rodríguez-Varela R. et al.(2017): Genomic Analyses of Pre-European Conquest Human Remains from the Canary Islands Reveal Close Affinity to Modern North Africans. Current Biology, 27, 21, 3396–3402.e5.
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Sayer D. et al.(2025): West African ancestry in seventh-century England: two individuals from Kent and Dorset. Antiquity, 99, 407, 1341–1355.
https://doi.org/10.15184/aqy.2025.10139
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●要約
親族関係を考古学的記録から識別することは困難かもしれませんが、古代DNAの研究は親族関係の一形態である生物学的近縁性への有益な手段を提供します。本論文は、イングランド南西部のワース・マトラヴァーズのローマ期後の遺跡で、親族のつながりの可能性を調べます。遺伝的に親族関係にある個体群のまとまりは明らかですが、二重もしくは三重埋葬の親族関係にない個体群が含まれていることは、埋葬場所における社会的親族関係の要素を論証する、と分かりました。一部の個体は大陸祖先系統の遺伝的痕跡も有していて、若い女性1個体から近い過去のアフリカ西部祖先系統が明らかになり、中世初期ブリテン島の多様な遺産が浮き彫りになります。
●考古学的調査における親族関係の役割
親族関係は中世前期の社会組織の中心で、476年のローマ【西ローマ帝国】の崩壊後には、ヨーロッパの法律と政治と社会の景観の基礎となりました。誰と親族関係にあるかによって、その社会的地位や相対的な自由や結婚と出産の可能性さえ決まりました。親族関係によって提示される課題と機会は、多くの法的および文化的文書に記載されており、それには、父系を重視するイングランド法やアイルランド聖人伝が含まれます。しかし、親族関係は中世前期には父系関係にのみ限定されていたわけではなく、アイルランドでは、家系集団の創始者は男性でしたが、その後は双系的でした。たとえば、エクハク王は聖パトリックに、自分は「孫を儲けることによって娘から自分の系統を広げ」たくて、将来の婿には王室に加わることを期待している、と語りました。「親族」という言葉に包含される関係は文化によって異なり、同じ報告は、居住と親族関係の生きた経験が千年紀にはそれ以前の先史時代と同様に受け入れられていた、と示唆しており(Fowler et al., 2022)、状況に応じてさまざまな形態があり、社会的関係が生物学的近縁性に優先することは、とくに変化へ適応しなければならない共同体では多くありました。
考古学的研究は、親族関係ではなく社会的帰属意識および個性により多くの焦点を当てる傾向にありました。家族集団が埋葬状況内で提案される場合には、墓地の様式や副葬品や遺伝的な骨格形質の特定などの指標が、生物学的近縁性の証拠とみなされます。しかし、墓地の構成は、社会的であれ生物学的であれ、親族集団の重要性についての情報も明らかにできます。遺伝的家系に過度の負荷を課す危険性にも関わらず、古代DNA研究は、考古学的記録における関係の複雑さを浮き彫りにし、解明するのに役立つことができます(Fowler et al., 2022)。たとえば、複数埋葬の個体は生物学的に親族関係にあるかもしれませんが(Pajnič et al., 2023)、そうでない場合も多く(Dulias et al., 2022)、遺伝的関係とともに社会的親族関係の存在の可能性が強調されます(たとえば、紀元前5000年頃以降の新石器時代アナトリア半島)。遺跡内の比較は、新石器時代アイルランドのいくつかの巨石墓(紀元前4000~紀元前2500年頃)に埋葬された個体間の遺伝的近縁性を明らかにする、との提案(Cassidy et al., 2020)など、より多くの議論をもたらします。
頭蓋改変や歯の計測や安定同位体に基づく研究はおもに、女性族外婚と父方居住が中世前期(476~1000年頃)のヨーロッパで行なわれていた、と提案しています。遺伝学的研究も、後期新石器時代/青銅器時代(紀元前5300~紀元前1500年頃)のヨーロッパ(Knipper et al., 2017、Mittnik et al., 2019、Dulias et al., 2022)と中世初期(5世紀後半~6世紀初期)のバイエルン(Veeramah et al., 2018)におけるこれらの慣行を浮き彫りにしています。しかし、ドーセット州のウィンターボーン・キングストンのドゥロトリゲス式埋葬遺跡(紀元前1000~紀元後500年頃)に関する最近の研究(Cassidy et al., 2025)では、女系によって特徴づけられる共同体や、鉄器時代イングランド(紀元前800~紀元後43年頃)全域で見られる広範な母方居住が見つかりました。さらに、2022年の研究(Fowler et al., 2022)では、純粋な父系ではなく、1ヶ所の遺跡における遺伝的男系の共有が双系的な親族関係を示唆しており、そこでは関係が父親もしくは母親のいずれかを通じてたどられる、と指摘されています。これは、存在する男性が同じY染色体系統に属しておらず、したがって、安定した父系を代表していない事例にとくに当てはまります。
●中世前期イングランドとワース・マトラヴァーズ遺跡
中世前期イングランドでは、言語と政治と社会組織における顕著な変化がありました。歴史資料と考古学的研究はこの期間における北海大陸部地域から到来した移民の波を示唆していますが、この移住の大きさと規模は議論になっています。これに基づいて、最近の古代DNA研究は、5世紀および6世紀以降のヨーロッパ大陸部からの新たな集団の大規模な到来を論証しており、これは現在イングランドに居住する人々の祖先系統の約2/3を占めています(Gretzinger et al., 2022)。
イングランド南西部のドーセット州は、大陸からの影響を受けた初期アングロ・サクソン墓地の西端に位置しています。この地域の埋葬はむしろ、ローマ後期の慣行の継続を示しており、これには、域外の場所やキリスト教伝統の取り込みが含まれており、通常は副葬品のない、単純な東西方向の土葬で構成されています。考古学的証拠は、ドーセット州(およびその西側の地域)とアングロ・サクソンとの間の顕著な文化的区分を示唆しています。中世前期ドーセット州における親族関係を調べるために、パーベック島のワース・マトラヴァーズ遺跡の20個体が分析され、ここではブリテン島西部およびアイルランド祖先系統(77.4±8.4%)が以前に報告されました(Gretzinger et al., 2022)。ワース・マトラヴァーズはイングランド南部および東部で見られる初期アングロ・サクソンの家具付き埋葬の分布の西側に位置しており、アングロ・サクソンのウェセックスの一部になったのは7世紀半ば以降でした。本論文は、ローマ系ブリテン島人口集団の分析がほとんど行なわれていない、ブリテン島西部文化圏内の中世前期の親族関係および関係の自己認識の、考古学的および遺伝学的分析の組み合わせを提示します。
ワース・マトラヴァーズのローマ期後の墓地(3号遺跡)から発掘された26個体のうち18個体が標本抽出され(図1)、これには1基の三重埋葬と3基の二重埋葬の全個体が含まれます(表1)。1号および2号遺跡のローマ期の2個体(CE049およびCE050)も分析され、そのうち一方は以前に分析されました(Patterson et al., 2022)。以下は本論文の図1です。
1667号墓に埋葬された小さな銅合金の飾り留め金と、1633号墓の頭受けとして使用された石灰岩製の錨を除いて、この遺跡では副葬品は発見されませんでした。ローマ期もしくはローマ期以後もしくはローマ期後初期のブリテン島(5~6世紀)における共同体についてほとんど知られていませんが、この人工遺物の証拠の欠如は、ブリテン島文化圏の持続もしくは台頭と一致し、イングランド東部の家具付きのアングロ・サクソン墓地とは対照的です。以下は本論文の表1です。
ゲノムおよび食性同位体分析が実行され、刊行されたデータとのワース・マトラヴァーズ遺跡における、食性と墓地内の埋葬位置と生物学的親族関係対社会的親族関係との間のつながりの可能性が特定されて、共同体がこの地域およびより広範に他の共同体からどの程度孤立していたのか、もしくはつながっていたのか、調べられました。ワース・マトラヴァーズ遺跡における保存状態の悪さのため骨考古学的分析が妨げられたので、複数埋葬の使用の理解に役立てるために、各個体の遺伝学的性別が決定されました。ワース・マトラヴァーズ遺跡と墓地と地域的および全国的状況についてのこれ以上の詳細は、補足資料1項で見ることができます。
●ローマ期後の墓地の年代範囲
ワース・マトラヴァーズ遺跡のローマ期後の墓地における埋葬のうち6ヶ所で、放射性炭素年代が利用可能です。2点の放射性炭素年代がさらに得られ、一方は思春期の男性個体KD010から、もう一方は成人男性KD007からで、両者ともに1633号墓に埋葬されていました。刊行されていないデータも、ローマ期の個体群のうち1個体で利用可能です(1号遺跡、成人女性のCE049)。以前に報告された年代は、通常は海洋資源およびその消費者の人為的な年代繰り上がりを緩和するのに適用される、さまざまな海洋補正を採用しましたが、本論文の安定同位体データはそうした補正が不要であることを示唆しています。ワース・マトラヴァーズ遺跡の個体群のδ¹⁵N値は、食性におけるかなりの海洋構成要素を示唆するほど充分には上昇しておらず、δ¹³C値は通常の陸生の範囲を超えて濃縮されていませんでした。本論文の計算から、この墓地は約100年間使用された可能性が最も高く、年代は605~650年に集中している、と示され、これは海洋較正年代を用いて先行研究によって決定された年代と同様の調査結果です。
●食性の安定同位体分析
20個体のうち18個体で食性安定同位体分析が実行され、残りの2個体の標本は、古代DNAと安定同位体両方の分析を実行するには小さすぎました。δ¹³Cの範囲は多様でしたが、全個体の値はC₃植物に基づく陸生依存の食性と一致します。沿岸に近いにも関わらず、ローマ期後の個体には、海洋性タンパク質のかなりの寄与を示唆するδ¹⁵N値はなく、海魚に依存していなかったことが示唆されます。ローマ期の2個体のより高い窒素値は、経時的な食性もしくは農耕慣行における変化の可能性を示唆していますが、この可能性の解明にはさらなるデータ点が必要です。
●性別決定と片親性遺伝標識
DNA抽出とライブラリ調整と配列決定とデータ処理と分析の詳細な手法は補足資料4項において利用可能で、常染色体データの概要は表2で示されています。20個体全員の遺伝的性別を決定できました。ローマ期の2個体は両方とも女性でしたが、ローマ期後の墓地には男性13個体と女性5個体が含まれていました(表3)。3基の二重埋葬のうち、1633号墓と1722号墓の両方には男性2個体が、1678号墓には男性1個体と女性1個体が含まれていました。1685号墓の三重埋葬には、男性2個体と女性1個体が含まれていました。以下は本論文の表2です。
片親性遺伝標識は両親の一方のみから継承されるDNAの構成要素で、組換えがなく、mtDNAとY染色体DNAが含まれます。ブリテン島鉄器時代(紀元前800~紀元後43年頃)における在来と分類されている片親性遺伝標識系統はワース・マトラヴァーズで支配的ですが、mtHgとYHgの両方の多様な配列が墓地では観察され、国際的遺産が示唆されます(表3)。13のY染色体系統が特定されており、9系統は下位単系統群のYHg-R1b1a1b(M269)、2系統はYHg-I1a2a1a1b~(A9128)、1系統はYHg-I2a1a2a(L161.1)、1系統はYHg-E1b1b1a1(M78)に属しています。YHg-R1b系統は、紀元前2450年頃の鐘形杯文化伝統の到来と関連する人口移動後のブリテン島のY染色体景観の特徴ですが(Olalde et al., 2018)、個体KD008およびPJ007で見られるYHg-I1a系統は、中世前期にヨーロッパ北部大陸部から到来した可能性が最も高そうです(Gretzinger et al., 2022)。以下は本論文の表3です。
興味深いことに、個体KD010によって示されるYHg-E1b系統は、アフリカ西部起源の可能性が高そうです。これは個体KD010のゲノム規模分析(後述)で見られるアフリカ西部系断片と一致し、まとめて、Y染色体がこの家系において数世代前のアフリカ西部の祖先から継承されたことを示唆しています。同様のアフリカ由来のゲノム規模祖先系統は、イングランド南東部のアップダウン(ケント州のイーストリー)の同時代の墓地から発掘された若い女性1個体(EAS003)で特定されています(Sayer et al., 2025)。
女系では多様性がわずかに低くなっています(表3)。ローマ期の2個体(両方女性)は在来のブリテン島西部およびアイルランドの母方祖先系統を有しているようで、これらの母系とローマ期後の18個体の母系との間で連続性は見られませんが、ゲノム規模分析は、ワース・マトラヴァーズの3ヶ所の埋葬遺跡間の遺伝的関係が、ローマ期後のワース・マトラヴァーズと同時代のイングランド東部の埋葬との間よりも、遺伝的に密接な関係であることを示しています(Gretzinger et al., 2022)。ワース・マトラヴァーズで特定されたミトコンドリア系統のほとんどは、ブリテン島鉄器時代には在来と考えられるかもしれず、母系でのアフリカ祖先系統の兆候はありません。しかし、いくつかの【ミトコンドリアの】ハプロタイプから、一部の個体にはヨーロッパ北部大陸部祖先系統(HV6と、おそらくはH11aとU5b1)があるのに対して、他の個体は鉄器時代フランスの系統(K1a2a)にたどれるかもしれない、と示唆されます。したがって、在来祖先系統の有意にも関わらず、母系と父系の両方が多様な祖先系統を示しており、ワース・マトラヴァーズに埋葬された共同体は、中世前期の前とおそらくは中世前期において、在来の遺伝的連続性とヨーロッパ大陸部からの男女の流入の両方を反映している、と示唆されます。
●親族関係の推定
READ第2版を用いて、4組の1親等(親子もしくはキョウダイ)と2組の2親等(祖父母と孫か、オバ/オジとメイ/オイか、両親の一方のみを共有するキョウダイ)と2組の3親等(曾祖父母と曽孫もしくはイトコ)の親族関係が特定されました(図1、表3)。偽陽性の結果の影響(低網羅率のデータでREAD第2版を用いいる場合に生じます)を軽減するために、結果が骨考古学的情報および非組換えの片親性遺伝標識と組み合わされ墓地内の家系のつながりが判断され、裏づけられました。これらの結果から、墓地における4組の家系単位の可能性が特定されます。
家系Aでは、KD009(25~35歳くらいの女性、1649号墓)とKD020(成人女性、1715号墓)が固有のT2a1aミトコンドリアハプロタイプと1親等の関係を共有しているので、両者はおそらく姉妹です。両者は個体KD022(16~17歳くらいの男性、1778号墓)と3親等の親族関係にあり、KD022はKD009とKD020の父方のイトコかもしれません。KD020はKD011(35~45歳くらいの女性、1664号墓)とも3親等の親族関係です。
家系Bでは、三重埋葬1685号内で、KD016(25~35歳くらいの女性)とKD018(15~16歳くらいの男性)との間で1親等の関係が見つかりました。この2個体は同じmtHg-H1bbを共有しているので、キョウダイか母親と息子のどちらかでした。三重埋葬の第三の個体であるKD017(45~49歳くらいの男性)は墓地の他の個体と密接な家族のつながりを示しませんが、KD018や家系Dの男性2個体と同じ高頻度のYHgを有しています(表3)。
家系Cは、異なる墓の男性3個体から構成されます。PJ007(35~45歳くらい、1722号墓)はKD008(17~25歳くらい、1640号墓)と1親等の関係を共有しており、両者ともYHg-I1a2a1a1b~(A9128)を有しているものの、ミトコンドリアゲノムでは異なるので、この2個体は異父兄弟もしくはオイとオジだったかもしれない、と示唆されます。
家系Dは別々ではあるものの近くの墓に埋葬された、男性4個体から構成されます。KD012(25~35歳くらい、1667号墓)とKD014(40~45歳くらい、二重墓1678号)とPJ006(25~35歳くらい、1660号墓)は全員、1親等の関係を共有しており、おそらくは兄弟でした。KD013(17~25歳くらい、1670号墓)は、この3個体【KD012とKD014とPJ006】全員と2親等の親族関係で、この3個体の半兄弟(両親の一方のみを共有する兄弟)かオジかオイのいずれかでした。
これらの結果すべてを考慮すると、異例なパターンが浮かび上がります。標本抽出された男性の約70%(13個体のうち9個体)は他の個体との生物学的親族関係を示しますが、この親族関係はおもに母系に関わっており、唯一の例外は父親と息子の関係であるKD008とPJ007です。女性間の直接的な関係は特定されていませんが、これは小さな女性の標本規模によって説明できるかもしれず、それは、家系AおよびBにおいて、女性と男性の直接的な関係が2組(あるいは、恐らく3組)しか見られないからでもあります。この2家系【AとB】のそれぞれの女性と男性はmtDNAハプロタイプを共有しており、再び、父系の娘と父親の関係ではなく、母系の関係関係(母親と息子もしくは男女のキョウダイ)が示唆されます。
この墓地における母系のつながりの優勢は、埋葬における男性の偏りを考慮すると驚くべきで、分析された18個体のうち5個体(28%)のみが女性でした。男性のこの過剰な代表を考えると、男系の把握の機会が増える、と予測されますが、これはワース・マトラヴァーズでは当てはまらないようです。確かに、ワース・マトラヴァーズにおける母方居住としてこのパターンの重要性を解釈するのには慎重であるべきで、標本規模と生物学的親族関係のつながりの数の両方が小さく、1親等に偏っており、墓地には本論文では分析されなかった8個体が依然として存在します。それにも関わらず、ワース・マトラヴァーズは、とくに常染色体の生物学的親族関係の判断と組み合わせた場合の、片親性遺伝標識の詳細な分析の可能性を浮き彫りにし、中世前期の埋葬慣行における生物学的および社会的両方の親族関係の重要性を明らかにします。
●全ゲノム分析とアフリカ祖先系統
ワース・マトラヴァーズにおけるゲノム規模祖先系統パターンの分析は、1点の明確な遺伝的外れ値を明らかにし、それは二重埋葬1633号の個体KD010です(図2および図3)。KD010はカナリア諸島の11世紀のグアンチェス人(Guanches)と一致し(図2、Rodríguez-Varela et al., 2017)、ADMIXTURE分析ではかなりのアフリカ西部祖先系統(図3の黄色)を示します。以下は本論文の図2です。
KD010は汎ヨーロッパの母系mtHg-U5b1と、アフリカ西部祖先系統と一致する、YHg-E1b1b1a1(M78)に属する父系ハプロタイプを有しています。母系および父系とゲノム規模祖先系統パターンのこの組み合わせは、祖父母の頃の代における、ヨーロッパ系の女性とアフリカ西部系の男性との間の混合の結果である可能性が最も高そうです。この混合は比較的近い過去のことなので、ローマ期の遺産である可能性は低いものの、代わりに、ヨーロッパ北部大陸部祖先系統の流入(YHg-I1a2の優勢によって示されます、表3)に限られなかった、ローマ期後における進行中の世界主義を示唆します。以下は本論文の図3です。
遺伝的違いにも関わらず、KD010は明らかに遺跡の他の個体と同様の死後の処置を受けており、その生涯において同様の食事を摂っていました。注目すべきことに、この個体【KD010】は在来の遺伝的祖先系統を有する年長の成人男性(KD007、家系Cの構成威信)とともに二重埋葬(1633号墓)に埋葬されており、KD007の頭部はパーベック島の石灰岩製の錨に横たわっていました。この種の頭部の向きは、ローマ期ブリテン島および中世前期で確認されていますが、とくに厳密に年代測定された状況ではきわめて稀です。KD010とKD007との間には密接な生物学的親族関係はなかったので、その二重埋葬は職業(徒弟と師匠としてなど)もしくは社会的親族関係の可能性を示唆しているかもしれません。錨の存在は海との関連をさらに示唆しており、その大きさは小型の舟の上か、より大きな船の上の複数の錨の一つとしての使用を示唆しています。この地域のこの期間には、公開のつながりと沿岸漁業の両方が論証されています。KD010の祖先系統のさらなる考察は、補足資料で見ることができます。
KD010によって示されるアフリカ祖先系統は、アングロ・サクソン初期のアップダウンの個体EAS003のアフリカ祖先系統(Sayer et al., 2025)や、ローマ期のヨークの1個体(3DRIF-26)の中東祖先系統(Martiniano et al., 2016)でも見られるように、地理的に遠い人口集団の遺伝的影響を記録しています。イングランドにおけるそうした地理的に遠い祖先系統の到来は、カルタゴ経由でのアフリカ西部の金の輸送と関連しており、金はローマ帝国およびビザンツ帝国(東ローマ帝国)によってブリテン島へと交易されました(Sayer et al., 2025)。じっさい、ローマ帝国の国際的な影響は、533~534年におけるアフリカ北部のビザンツ帝国による征服に続く、ローマ期後のブリテン島において再出現したようで、KD010とEAS003両方の遺伝的遺産は、大陸間の交流とのきわめて人間的なつながりを提供します。ひじょうにヒト
●まとめ
生物学的および社会的両方の親族関係は、中世前期イングランドにおいて生活の基本的な一部でした。ドーセット州のワース・マトラヴァーズに埋葬された20個体のゲノムデータの調査において、比較的短期間の墓地使用における局所的な共同体での男女両方の親族の重要性が確認され、おそらくは、関係が父親と母親の両方を通じてたどられた、適応的な双系の形態を示唆しています。ローマ期後のワース・マトラヴァーズ墓地における埋葬の多くには、密接な親族関係の男性(家系CおよびD)が含まれていましたが、母方の関係も共有されたミトコンドリアハプロタイプで証明されます。
ワース・マトラヴァーズにおける片親性遺伝標識と常染色体の親族関係データの詳細な分析から、生物学的関係は埋葬の位置に情報をもたらし、家族集団は墓の構成で特定できる、と示されます。墓地における遺伝的親族の近さが強調されていることを考えると、複数の埋葬における親族関係にない個体の包摂は、社会的親族関係もしくは親族関係の文化的認識の重要性も浮き彫りにします。ワース・マトラヴァーズ個体群の多様な遺伝的遺産は、中世前期におけるイングランドの国際的な性質を強調し、遠方の祖先とのつながりがある統合された人口集団を示しています。
ブリテン島におけるローマ期から中世前期にかけての移行は複雑で、地域によって異なっていました。まとめると、ワース・マトラヴァーズから得られた遺伝学的および文化的証拠は、この共同体を創出して維持した、多元的な家系史と社会的つながりを示しています。そうした家族の柔軟さによって、この小さく農村で沿岸部の共同体が、大変動期に親族関係の概念を取り決め、新たな関係を構築できた一方で、墓地で特定された遺伝的関係は、そうした共同体の行為がより広範な政治的および文化的世界とどのようにつながっていたのか、明らかにします。
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