カザフスタン東部の古代ゲノムデータ

 カザフスタン東部の前期新石器時代および中期~後期青銅器時代の人類の新たなゲノムデータを報告した研究(Gill et al., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、カザフスタン東部の前期新石器時代および中期~後期青銅器時代の人類の新たなゲノムデータを解析し、おもに時空間的に近い古代人との比較を通じてその祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を解明して、ユーラシア内陸部の動的な人口史を明らかにしています。

 以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、YHg(Y-chromosome DNA haplogroup、Y染色体DNAハプログループ)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、ROH(runs of homozygosity、同型接合連続領域)、IAMC(Inner Asian Mountain Corridor、内陸アジア山地回廊)、IBD(identity-by-descent、同祖対立遺伝子)、cM(centimorgan、センチモルガン)、o(outlier、外れ値)、PMR(pairwise mismatch rate、不適正塩基対率)、HG(hunter gatherer、狩猟採集民)、APS(Ancient Paleo-Siberian、旧シベリア古代人)、ANE(Ancient North Eurasian、古代北ユーラシア人)、EEHG(Eastern European hunter-gatherer、ヨーロッパ東部狩猟採集民)、Klo(Khvalynsk with low affinity、フヴァリンスク文化個体との低い類似性)、Kmed(Khvalynsk with medium affinity、フヴァリンスク文化個体との中程度の類似性)、Khi(Khvalynsk with high affinity、フヴァリンスク文化個体との中程度の類似性)、KKBR(Koken Burial、コケン遺跡埋葬地)、小河(Xiaohe)墓地遺跡、古墓溝(Gumugou)遺跡です。

 以下の時代区分の略称は、M(Mesolithic、中石器時代)、N(Neolithic、新石器時代)、EN(Early Neolithic、前期新石器時代)、EL(Eneolithic、金石併用時代)、BA(Bronze Age、青銅器時代)、EBA(Early Bronze Age、前期青銅器時代)、EMBA(Early to Middle Bronze Age、前期~中期青銅器時代)、MBA(Middle Bronze Age、中期青銅器時代)、、MBA(Middle Bronze Age、中期青銅器時代)、MLBA(Middle to Late Bronze Age、中期~後期青銅器時代)、LBA(Late Bronze Age、後期青銅器時代)、IA(Iron Age、鉄器時代)です。

 本論文で取り上げられる主要な地域と地名は、エルティシ(Irtysh)川、トボル(Tobol)川、エシム(Ishim)川、オビ(Ob)川、コリマ(Kolyma)川、プロトカ(Protoka)川、カザフスタンのカラガンダ(Karaganda)州、ロシアのノヴォシビルスク(Novosibirsk)州のチャノフスキー(Chanovsky)地区です。本論文で取り上げられる主要な文化は、チェムルチェグ(Chemurchek、Khemtseg、Qiemu’erqieke)文化、アンドロノヴォ(Andronovo、Fedorovka、フェドロフカ)文化、ボタイ(Botai)文化、フヴァリンスク(Khvalynsk)文化、、シンタシュタ(Sintashta)文化、スルブナヤ・アラクル(Srubnaya-Alakul)文化、ペトロフカ(Petrovka)文化、スルブナヤ(Srubnaya)文化、マイタン(Maitan)文化、縄目文土器文化(Corded Ware culture、略してCWC)、オイ・ヅハイラウ(Oy-Dzhaylau)文化、です。

 本論文で取り上げられる主要な遺跡は、カザフスタンのコケン(Koken、略してKKN)遺跡、ヅィリンダ(Dzhylinda)遺跡、ウスチキャフタ3(Ust-Kyakhta-3、略してUKY)、ユズニー・オレニー・オストロフ(Yuzhniy Oleniy Ostrov、略してUOO)遺跡、ソスノヴィ(Sosnoviy)遺跡、メルゲン6(Mergen 6)遺跡、フェンゲロホ2(Vengerovo-2)遺跡とオムスカヤ・ストヤンカ2(Omskaya Stoyanka II)遺跡、ボロフジャンカ17(Borovjanka XVII)遺跡、ドルゴエ・オゼロ(Dolgoe Ozero)遺跡、バザイハ(Bazaikha、略してBZK)遺跡、アフォントヴァ・ゴラ(Afontova Gora、略してAG)遺跡、ウスチ・イシャ(Ust’-Isha)遺跡、イトゥクル(Itkul)遺跡、エカテリノフスキー・ミス(Ekaterinovskiy-Mys、Ekaterinovska)遺跡、ベレジェニウカ2(Berezhnovka-2)遺跡、プログレス2(Progress-2)遺跡、ムルジハ2(Murzikha-2)遺跡、サハティシュ(Sakhtysh)遺跡、アラクル(Alakul)遺跡、カリアン1(Kairan 1)遺跡、アクトガイ(Aktogai)遺跡、ショエンディコル(Shoendykol)遺跡、クラノヤルスク・クランスク(Krasnoyarsk Kansk)遺跡のオラク埋葬地(Orak Burial place)、ジオクシュール(Geoksyur)遺跡、カメンニー・アンバー5(Kamennyi Ambar 5)遺跡、ゼヴァキンスキー(Zevakinskiy)遺跡、デュヴァニ・ヤー(Duvanny Yar)遺跡、プリオブラズヘンカ3(Priobrazhenka 3)埋葬地遺跡、悪魔の門洞窟(Devil’s Gate Cave、Chertovy Vorota、略してDGC)遺跡です。


●要約

 古代ゲノムの限られた利用可能性のため、先史時代アジア内陸部の遺伝的歴史は、とくに、草原地帯がアジア内陸部の山岳森林地帯と接するカザフスタン東部について依然として不完全です。本論文は、カザフスタン東部のエルティシ川地域のコケン遺跡から発掘された、前期新石器時代(EN)の狩猟採集民2個体と中期~後期青銅器時代(MLBA)牧畜民19個体のゲノム規模データを報告します。ENの2個体はその遺伝的特性が異なっていたものの、2親等の親族だった、と分かりました。この2個体は遺伝的にエルティシ川地域のその後の新石器時代個体群と最も類似していましたが、トボル・エシム地域およびオビ川上流域の同時代の狩猟採集民は異なる遺伝的特性を有しており、河川地理の影響を受けた可能性が高そうです。コケン遺跡のMLBA個体群は遺伝的に他のMLBA草原地帯牧畜民と類似していましたが、遺伝的外れ値は在来狩猟採集民人口集団との混合の二つの異なる軌跡の証拠を提供します。これらの調査結果は、アジア内陸部狩猟採集民の動的な人口構造およびその後の牧畜民人口集団におけるその遺伝的遺産を明らかにします。


●研究史

 アジア内陸部の人口集団は著しく多様でではあるものの、地理と生物地理区を反映した、少なくとも3系統の異な根主要な混合勾配に構造化されています[1]。最近の考古ゲノム研究は、この地域の現在の遺伝的多様性に寄与した、多くの主要な事象と人口統計学的過程を再構築してきました(2~7)。しかし、青銅器時代以降のアジア内陸部の学的遺跡遺伝的歴史へと今では焦点が当てられつつある一方で、この地域の狩猟採集民の過去およびその後の人口集団における狩猟採集民の遺伝的遺産は、ずっと理解されていません。ユーラシア草原地帯および隣接する森林地帯における主要な経済生活様式としての牧畜の台頭前の狩猟採集民人口集団の遺伝的多様性の地図化の広範な試みは、複数の異なる狩猟採集民祖先系統を特定し、更新世末以降の狩猟採集民の移動性および遺伝的混合の複雑な歴史を垣間見せます[4、8~13]。しかし、在来狩猟採集民の多様性の低解像度によって、アルタイ・サヤン地域およびジュンガル盆地のEBAチェムルチェグ文化など、その後の混合人口集団の人口モデル化は困難になっており、その遺伝的歴史の矛盾するモデルにつながりました[4、7~12]。したがって、アジア内陸部狩猟採集民の遺伝的景観の高解像度の再構築は、この地域の人口史とユーラシアおよびアメリカ大陸全域の長期の遺伝的遺産の理解に重要です。

 アジア内陸部の埋葬記録は青銅器時代以降、土葬を巨大な古墳もしくは石像建築物で示す、おもに牧畜民の伝統のためよく証明されています。遠隔計測および歩行調査の両方で容易に視認できるそうした目立つ埋葬は、強い考古学的関心を集めてきたので、先史時代アジア内陸部の報告されている考古学的記録の大半を占めています。対照的に、それ以前の狩猟採集民の埋葬は考古学的にはずっと視認が難しく、古ゲノム研究で利用可能なヒト遺骸のごく一部を表しています。現時点で知られている狩猟採集民の埋葬遺跡はこの地域全体で散在しており、そうした埋葬地間では多くの場合に大きな時空間的空白があります。利用可能な狩猟採集民の埋葬遺跡はロシア南部のアルタイ・サヤン地域およびバイカル湖の周辺地域に集中しており[9~11、13、17]とモンゴル[18]に集中しており、ユーラシア草原地帯およびIAMCのほとんどはごくわずかな狩猟採集民のゲノムによって表されています[4、9]。ユーラシア草原地帯とIAMCは青銅器時代におけるアジアへの牧畜拡大の主要な二つの地理的経路だったので[19]、これらの地域の在来狩猟採集民のゲノムの不足のため、アジア内陸部の牧畜社会の台頭および遊牧帝国のその後の発展につながった、社会的および人口統計学的過程の再構築が困難になっています。

 本論文は、IAMC北東部のアルタイ山脈の山麓に接する、ユーラシア草原地帯の半乾燥草原のカザフスタン東部のエルティシ川上流域に位置する、狩猟採集民と牧畜民の両方が居住した複数の期間および構成要素である、コケン遺跡の21個体から得られた新たなゲノムデータを報告します(図1A)。コケン遺跡には続旧石器時代(紀元前12000年頃)以降断続的にヒトが居住し、70ヶ所以上の青銅器時代の埋葬(紀元前1870~紀元前1400年頃)とともに構成される集落1ヶ所の近隣の墓地が含まれており、埋葬パターンと人工遺物群は、西方では華夷備海から東方ではアルタイ・サヤン地域にまで広がる、牧畜民の広範なMLBA考古学的層準と一致します。ほぼアンドロノヴォ文化群に含まれるこの埋葬地は考古学的には充分に記録されていますが、家族もしくは親族関係に関する内部構造、もしくはそれ以前の狩猟採集民の遺産(遺伝的および/もしくは文化的)遺産がMLBAの埋葬状況にどのように反映されているかもしれないのかについて、ほとんど分かっていません。新石器時代などそれ以前の期間については、アジア内陸部の河川環境における集落と狩猟採集民の相互作用の歴史を追跡する能力は、とくにカザフスタンにおける、層序化した新石器時代の遺跡およびヒトの埋葬の不足によって妨げられています。最近、コケン遺跡の青銅器時代集落の建築遺物の下で、2個体の遺骸が偶然に発見されました。このコケン遺跡から報告された2個体はENとなる紀元前六千年紀と直接的に年代測定され、カザフスタンでこれまでに発見された最古級のヒト遺骸となり、親族関係および埋葬慣行の文化的表現と組み合わせて、この地域の狩猟採集民のゲノムの過去の調査の稀な機会を提示します。以下は本論文の図1です。
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 全体的に、コケン遺跡の狩猟採集民は西方のトボル・エシム川地域から東方のオビ川上流域までの他の狩猟採集民人口集団とは異なる遺伝的特性を有している、と分かり、アジア内陸部狩猟採集民集団における高度な局所的人口構造が示唆されます。注目すべきことに、コケン遺跡の狩猟採集民2個体自体は、異なる祖先系統特性を示したものの、2親等の親族で、在来の狩猟採集民人口集団間のつながりと相互作用が示唆されます。コケン遺跡に埋葬されたその後のMLBA個体群は、地域的な牧畜民集団と遺伝および文化の両方で類似性を示しましたが、これらの個体のうち遺伝的外れ値は、カザフスタン東部における青銅器時代牧畜民共同体の形成における、以前の在来人口集団との混合の少なくとも2通りの異なる軌跡を示唆します。


●古代コケン遺跡個体群の遺伝的特性

 コケン考古学的遺跡から発見された古代人21個体のゲノム規模データが生成され(図2)、ENの2個体(紀元前5477~紀元前5222年頃)とMLBAの19個体(紀元前1875~紀元前1407年頃)から構成されます(図1B)。コケン遺跡の古代の個体群は、溶液内濃縮パネル(124万パネル)において1233013ヶ所の祖先系統の情報をもたらすSNP[17、25]のうち、33767~1231988ヶ所を網羅しており、ヒトDNAの汚染はごく低水準で、全21個体のミトコンドリア汚染は4%以下、男性8個体のX染色体に基づく核御背かは4%以下です。とくに保存状態の良好なENの1個体(KKN001、75.6%の内在性DNA)についてさらに、高網羅率(29.8倍)の全ゲノムが生成され、ゲノム全体で二倍体遺伝子型呼び出しが作成されました。以下は本論文の図2です。
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 コケン遺跡個体群の遺伝的特性を他の古代の個体群と比較するために、ユーラシアとアメリカ大陸の現代人2270個体のPCAが実行され、コケン遺跡および以前に刊行された古代の個体群が上位の主成分(PC)に投影されました(図2)。PC1(x軸)がユーラシアの東西の人々を区別するのに対して、PC2(y軸)はユーラシア人からアメリカ大陸先住民を分離します。予測されたように、コケン遺跡EN個体群とMLBA個体群は明確に区別できる遺伝的特性を有している、と観察されます。ENの2個体は、小河および古墓溝考古学的遺跡の4000年前頃の青銅器時代のタリム盆地個体群(タリム_EMBA1)によって表される、ANEとつながる青銅器時代の前のシベリア狩猟採集民と、以下の刊行されている古代の4個体を含むAPSの遺伝的勾配上に位置し、その4個体とは、バイカル湖に近いウスチキャフタ3考古学的遺跡の14000年前頃の1個体(UKY)[11]、シベリア北部の、デュヴァニ・ヤー遺跡の9800年前頃の1個体(コリマ_M)[27]と、東バイカルの8500年前頃の1個体(ヅィリンダ1号)と、6100年前頃となる新石器時代西バイカルの1個体(irk030)[28]です。対照的に、ほとんどのMLBAのコケン遺跡の個体は、フェドロフカ(アンドロノヴォ)文化層準と関連する考古学的背景から回収されたアジア中央部のMLBA個体群(たとえば、クラノヤルスクMLBA)[29]と重なるクラスタ(まとまり)を形成します。注目すべきことに、コケン_MLBAの外れ値は、PCA図では観察されませんでした。1個体(コケン_MLBA_o1、個体KKN094)がANE人口集団に向かう主要なクラスタからわずかに逸れていたのに対して、もう一方の個体(コケン_MLBA_o2、個体KKN099)はPC1に沿って主要なコケン_MLBAクラスタから右側に動いていました。コケン_MLBA個体群における比較的初期の年代と組み合わせると、これらの外れ値個体は在来の狩猟採集民と侵入してきたユーラシア西部牧畜民との間の混合の歴史を反映しているかもしれません。


●ENコケン遺跡の2個体の遺伝的祖先系統

 コケン遺跡のENの2個体は2親等の親族で、PMRとYHg-nの共有と異なるmtHgとIBD断片の共有パターンに基づくと[30]、オジとオイか半兄弟(両親の一方のみを共有する兄弟)の関係のどちらかである可能性が高く(祖父と孫息子もしくは二重従兄弟の可能性は低そうです)、と分かりました。IBD断片分布における不適正のため祖父と孫息子の組み合わせが、IBD2断片の欠如と異なるmtHgのため二重従弟は除外されました。コケン遺跡のENの2個体は最近の祖先における近親婚の証拠も示しませんでした。その密接な家族関係にも関わらず、コケン遺跡のENの2個体はPC空間では異なる位置に収まるので(図2)、まずこの2個体(本論文ではコケン_EN1およびコケン_EN2と呼ばれます)が個々に分析されました。

 外群f3統計[10]は、コケン遺跡のENの2個体と、タリム_EMBA1やアルタイ狩猟採集民(アルタイ_HG)などANE~APS沿いで以前に報告された古代の人口集団[13]との間の密接な遺伝的類似性を明らかにしました。PC空間における異なる位置から予測されるように、コケン_EN1とコケン_EN2はANE~APS勾配に沿った他の古代の人口集団と異なって関連しており、それはf4形式(ムブティ人、DGC_N;コケン_EN1、コケン_EN2)のf4対称性検定分析によって測定される、と確証されます。全体的に、たとえば、f4(ムブティ人、世界中の集団;コケン_EN1、コケン_EN2)でコケン_EN1がアジア東部人と過剰な遺伝的類似性を示すのに対して、コケン_EN2はたとえばf4(ムブティ人、タリム_EMBA1;コケン_EN1、コケン_EN2)でANE祖先系統を有する集団とより密接です。同様に、コケン_EN1とコケン_EN2はqpWaveによる単系統群性検定[33]で失敗します。コケン_EN1とコケン_EN2が2親等の近縁性であることを考えると、異なる遺伝的特性の個体間の家族関係が示唆されます。

 密接な親族関係ではあるものの、異なる遺伝的特性を反映して、qpAdm[3]を用いると、コケン_EN1とコケン_EN2は相互の混合モデル化の主要な供給源の適切な代理を提供する、と分かりました。コケン_EN1はコケン_EN2(75.7%の寄与)とAPS個体irk030との間の混合によって適切に表されます。相互に同様に、コケン_EN2はコケン_EN1(78.0%の寄与)と、ノヴォシビルスク州のソスノヴィ島遺跡の6000年前頃の狩猟採集民1個体であるソスノヴィ_HGの混合によって表されます。


●シベリア森林草原地帯狩猟採集民の人口動態

 より広い背景でコケン遺跡のENの2個体の遺伝的歴史を理解するために、シベリアの森林草原地帯の青銅器時代の前の個体群の刊行されているゲノム[8、9、11、13、29]が収集され、地理的場所と期間とPC空間における位置に基づいて異なる分析集団に分類されました(図2)。これらの個体のほとんどは、ANE祖先系統とAPS祖先系統をつなぐ遺伝的勾配沿いに位置し、その相対的な地理的位置を反映しています。これらの個体は、連続的な分布を形成するのではなく、ANEとAPSの勾配上の少なくとも四つの異なる遺伝的集団を形成するように観察され、これは異なる河川系との関連を反映しているように見えるパターンです。第1集団は以後「トボル_HG」と呼ばれ、シベリア西部のトボル川およびエシム川地域の個体群が含まれ、具体的には、メルゲン6_HG(エシム川下流域のメルゲン6遺跡の紀元前6500~紀元前5500年頃の2個体)、ソスノヴィ_HG(紀元前4000年頃の1個体)、ボタイ_EL(カザフスタン掘北部の金石併用時代のボタイ遺跡の紀元前3500~紀元前3000年頃の3個体)です。この集団は地理的には研究対象個体の最西端で、PC空間ではEEHGへと向かう遺伝的変化も示します。本論文では、EEHGの代表として、カレリアの中石器時代となるユズニー・オレニー・オストロフ遺跡の古代の15個体(以後、UOO_Mと呼ばれます)が用いられます。

 第2集団は以後、「エルティシ_HG_1」と呼ばれ、エルティシ川地域からトボル/エシム川の東側の個体群で構成され、具体的には、オムスカヤ_HG(ENのオムスカヤ・ストヤンカ2遺跡の紀元前5200~紀元前4700年頃の2個体)と、ボロフジャンカ17_HG(金石併用時代のボロフジャンカ17遺跡の紀元前3600年頃の1個体)です。第3集団は以後、「エルティシ_HG_2」と呼ばれ、エルティシ_HG_1とはわずかに異なる遺伝的特性を示す、エルティシ川地域の残りの個体が含まれており、具体的には、プロトカ_HG(プロトカ遺跡の紀元前3800年頃の1個体)、フェンゲロホ2_HG(フェンゲロホ2遺跡の紀元前5700~紀元前3300年頃の7個体)、コケン_EN(2個体)です。地理を反映して、エルティシ川の両集団もPCAではタリム_EMBAとコケン_EN1との間のANEとAPSの勾配上で中間的位置を占めています。

 最後の集団は以後、「オビ川上流_HG」と呼ばれ、アルタイ・サヤン山脈のオビ川上流域の個体群で構成され、具体的には、アルタイ狩猟採集民(紀元前5500~紀元前3400年頃のアルタイ_7500/6500/5500年前、1個体)、イトゥクル_HG(イトゥクル遺跡の紀元前5200~紀元前4800年頃の1個体)、アフォントヴァゴラ_HG(アフォントヴァ・ゴラ遺跡の紀元前3900~紀元前3600年頃の1個体)です。これらの個体は、そのより東方の地理的位置を再び反映して、PC空間ではPC1沿いにさらに右側に位置します。エニセイ川上流域のEBAの1個体BZK002(バザイハ遺跡の紀元前2800~紀元前2600年頃の個体)もこのクラスタ(まとまり)に位置します。最後に、アルタイ狩猟採集民の遺跡の東側では、ドルゴエオゼロ_HG(エニセイ川上流域のドルゴエ・オゼロ遺跡の紀元前4200~紀元前3900年頃の1個体)は、PC空間ではオビ川上流_HGとAPS個体群との間に位置します。

 シベリア森林草原地帯狩猟採集民の遺伝的特性を形式的に特徴づけるために、qpAdmを用いて遠位混合モデル化が実行され、各個体がANE祖先系統とEEHG祖先系統とAPS祖先系統の混合としてモデル化されました(図3)。各祖先構成要素について最適な機能する代理を選択するために、まず集団に基づくqpAdm分析が実行され、潜在的供給源として複数の候補人口集団が評価されました。ANE構成要素については、ANE関連人口集団のうち相対的に大きな標本規模の唯一の人口集団であるタリム_EMBA1(12個体)が選択されました。EEHG祖先系統については、元となる研究[35]にしたがって、UOO_Mと、「ヨーロッパ狩猟採集民」および「ヴォルガ」勾配を形成するドン川およびヴォルガ川地域の他の新石器時代狩猟採集民8集団が比較されました。これら8集団のうち、ウクライナの新石器時代狩猟採集民(ウクライナ_N、35個体)[35~37]、ヴォルガ川上流のサハティシュ遺跡の個体群(ヴォルガ川上流、24個体)[35、38]、ヴォルガ川とカマ川の合流点近くのムルジハ2遺跡の個体群(ムルジハ、11個体)[38]が「ヨーロッパ狩猟採集民勾配」を形成し、UOO_Mとウクライナ_Nの間に位置しています。以下は本論文の図3です。
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 残りの5集団はUOO_Mからイラン/コーカサス人口集団に以下の順番で離れて位置しており、その順番は、エカテリノフスキー・ミス遺跡の個体群(エカテリノフスカ、25個体)[35]、ベレジェニウカおよびプログレス2(Progress-2)遺跡の個体群(BP集団、5個体)との遺伝的類似性に応じた、フヴァリンスク文化の低い個体群(Klo、10個体)[25、35]、中程度の個体群(Kmed、9個体)[25、35]、高い個体群(Khi、9個体)[25、35]です。UOO_Mは他のEEHGの候補と比較して、一貫してより高いqpAdmのP値に基づく最適な代理として現れます。APS祖先系統については、利用可能なAPS代理4個体すべて(UKY、コリマ_M、ヅィリンダ1、irk030)で、同様のモデル適合が得られました。これを解決するために、循環外群手法が適用され、外群一式に各APS候補が順次位置づけられました。この分析は最も適切な代理としてirk030を特定し、irk030が外群に位置づけられると、他のAPS候補を用いたモデルではかなり低いqpAdmのP値が得られ、irk030がAPS祖先系統を最も効果的に捉えている、と示唆されます。

 これらの選択された代理、つまりタリム_EMBA1(ANE)とUOO_M(EEHG)とirk030(APS)を用いて、次に個体水準で3方向混合モデル化が適用されました。この手法は27個体のうち26個体の祖先系統の説明に成功し、堅牢なモデル適合が示唆されます。注目すべきことに、推定された祖先系統の割合は地理的勾配に従っており、EEHGの寄与(UOO_M)が、トボル_HG(21.3~39.3%、集団としては29.8±2.6%)から、エルティシ_HG_1(14.8~23.4%、集団としては18.8±3.2%)、エルティシ_HG_2(2.3~14.5%、集団としては11.3±2.6%)、オビ川上流_HG(4.2~18.6%、集団としては6.5±3.2%)へと次第に減少したのに対して、APS祖先系統(irk030)は対応する増加を示し、トボル_HG(-9.1~13.6%、集団としては8.0±2.6%)、エルティシ_HG_1(7.6~26.0%、集団としては20.3±3.3%)、エルティシ_HG_2(30.9~52.5%、集団としては43.0±2.9%)、オビ川上流_HG(47.7~63.2%、集団としては54.4±3.3%)となります。これらの結果は明確に、東方へと向かうユーラシア東部との類似性増加の勾配を示します。

 これら3供給源すべてが個体の祖先系統の説明に必要だったのかどうか検証するために、除外した第三の供給源を外群一式に動かし、入れ子状の2方向モデルが実行されました。3方向モデルの祖先系統の割合の推定値と一致して、3構成要素すべてが27個体のうち17個体で必要でした。2方向モデルが適語下個体は明確な地理的パターンを示し、つまり、irk030(APS)なしで適合する5個体が西方由来(トボル_HGの6個体のうち4個体とエルティシ_HG_1の3個体のうち1個体)だったのに対して、UOO_M(EEHG)なとで適合する他の5個体は東方由来でした(エルティシ_HG_2の10個体のうち3個体とオビ川上流_HGの8個体のうち2個体)。基準として入れ子状の3方向モデルと入れ子状の2方向モデルとの間のモデル適合度を比較する入れ子状のP値を用いると、27個体のうち25個体では3方向モデルが必要だったのに対して、オビ川上流_HGの残りの2個体はUOO_Mを必要としませんでした。全体的にこれらの結果は、シベリア森林草原地帯狩猟採集民の遺伝的特性とその連続変異的な人口構造を形成する、3祖先系統構成要素を浮き彫りにしており、西方から東方にかけて、EEHG祖先系統が減少し、APS祖先系統が増加します。

 コケン_EN1はエルティシ_HG_2においてEEHG祖先系統のない最古級のゲノムで、メルゲン6_HGはトボル_HGにおいて最古級のゲノムなので、その後のトボル_HGおよびエルティシ_HG個体群が祖先の代理としてコケン_EN1とメルゲン6_HGを用いてモデル化できるのかどうか、検証されました(図3)。この近位混合モデルは、遠位供給源UOO_Mとタリム_EMBA1が外群一式に含められた場合でさえ、すべてのトボル/エルティシ個体群について適切な結果を提供します。近位混合モデルも、対象個体群が人口集団水準で分類されて分析された場合でも、適切な結果を提供します。


●牧畜民のMLBAの拡散における二つの異なる混合の軌跡

 以前の考古遺伝学的研究[29]は、MLBA牧畜民(草原地帯_MLBA)のユーラシア西部および中央部草原地帯への人口移動を報告し、これは、シンタシュタ文化およびその後のアンドロノヴォ文化共同体の考古学的文化の資料群によって裏づけられる過程です。その遺伝的類似性は、共有される分類表示である草原地帯_MLBA下での分類につながりましたが、微妙な遺伝的文化と明確な考古学的帰属性の両方が、「西方草原地帯_MLBA」と「中央草原地帯_MLBA」の2下位クラスタの認識に寄与しました。この枠組みに基づいて、コケン_MLBA個体群の遺伝的類似性が調べられ、これら下位集団との関係が評価されました。ユーラシア西部の現在の個体群から計算されたPC空間では、コケン_MLBA個体群は草原地帯_MLBA個体群、とくに中央草原地帯勾配(たとえば、クラノヤルスクMLBA)沿いの個体群とともにクラスタ化する(まとまる)、と確証されます。同様に、外群f3分析は、コケン_MLBA人口集団と他の草原地帯_MLBA人口集団との間の強い類似性を示します。

 qpWaveを用いての分析では、コケン_MLBAは中央草原地帯_MLBA人口集団と単系統群(クレード)を形成しますが、それ以前の期間の西方草原地帯_MLBA人口集団とは区別できる、と示され、西方草原地帯_MLBA集団と中央草原地帯_MLBA集団との間の微妙な遺伝的分化を反映する、以前に報告されたパターンが繰り返されます。具体的には、少なくとも3個体のいる以前に刊行された人口集団一式が分析され、それに含まれるのは、カザフ_ミス_MLBA(4個体)とクラノヤルスクMLBA(16個体)とオイ・ヅハイラウ_MLBA(6個体)とショエンディコル_MLBA_フェドロフカ(3個体)で構成される中央草原地帯_MLBA、およびアクトガイ_MLBA(5個体)とCWC_チェコ_EN(5個体)とCWC_ドイツ(11個体)とカリアン_MLBA(6個体)とマイタン_MLBA_アラクル(7個体)とペトロフカ(3個体)とシンタシュタ_MLBA(37個体)とスルブナヤ(11個体)で構成される西方草原地帯_MLBA集団です[29]。コケン_MLBAは中央草原地帯_MLBA人口集団と一貫して単系統群を形成するものの、遺伝的には西方草原地帯_MLBA人口集団とは異なる、と分かりました。このパターンをさらに裏づけて、f4形式(ムブティ人、世界中の集団;シンタシュタ_MLBA、クラノヤルスクMLBA/コケン_MLBA)のf4統計から、中央草原地帯_MLBA集団は、西方草原地帯_MLBA集団と比較して、さまざまなシベリアおよびアジア東部人口集団と余分な類似性を有している、と示され、侵入してきた西方草原地帯_MLBA集団と在来の狩猟採集民集団との間の混合が示唆されます。

 qpAdmを用いると、中央草原地帯_MLBA集団はシンタシュタ_MLBA+在来狩猟採集民(約5%の寄与)によって適切にモデル化できます。検証対象の供給源のうち、オムスカヤ_HGやコケン_EN2などエルティシ_HG集団は、充分に適合するモデルを提供しました。注目すべきことに、コケン_EN1はコケン_EN2よりも適合度が低く、この原因は、EEHG祖先系統とのより低い遺伝的類似性およびAPS祖先系統とのより高い遺伝的類似性です。これを検証するために、第三の供給源であるUOO_MがqpAdmモデル(シンタシュタ_MLBA+コケン_EN1+UOO_M)に導入され、より高い適合度が得られ、0~6%の有意なUOO_Mの寄与が推測されました。同様の改善はモデル(シンタシュタ_MLBA+コケン_EN1+irk030)に第三の供給源としてirk030を用いると観察され、qpAdmのP値は5人口集団のうち4人口集団で増加しました。この場合、irk030は負の係数(0~−4%)を受け取り、これはコケン_EN1とirk030との間の過剰な類似性による可能性が高そうです。コケン_EN1を用いてのこれら3方向モデルは対象人口集団の祖先系統を適切には示しませんが、一貫した改善から、青銅器時代に存在し、エルティシ_HGメタ個体群【アレルの交換といった、ある水準で相互作用をしている、空間的に分離している同種の個体群の集団】の子孫だった真の供給源は、コケン_EN2もしくはオムスカヤ_HGとより密接に一致するものの、コケン_EN1とは異なる遺伝的特性を有していた、と示唆されます。

 MLBAコケン遺跡個体群における遺伝的外れ値の2個体から、草原地帯_MLBA牧畜民はその拡散経路にそって小規模、在来人口集団と混合した、と示されます。f4形式(ムブティ人、世界中の集団;コケン_MLBA、コケン_MLBA_o1/o2)での主要クラスタ(まとまり)と外れ値との間のf4対称性検定から、コケン_MLBA_o1がANE祖先系統との強い余分な遺伝着てつながりを有しているのに対して、コケン_MLBA_o2はアジア東部祖先系統と余分な類似性を有している、と確証されます。これは、侵入してきた主要なコケン_MLBAクラスタと在来狩猟採集民のさまざまな集団との間の混合事象の可能性を示唆しています。コケン_MLBA_o1については、メルゲン6_HGなどより高い割合のEEHG祖先系統を示す在来狩猟採集民が、そうした可能性のある1混合対象である(qpAdmのP値は0.266、コケン_MLBAから78.7%、メルゲン6_HGから21.3%の寄与)、と分かりました。対照的に、BZK002などより多くのAPS祖先系統を有する狩猟採集民は、ケン_MLBA_o2のより妥当な混合対象です(qpAdmのP値は0.801、コケン_MLBAから38.9、BZK002から61.1%の寄与)。

 ユーラシア草原地帯全域の牧畜民と狩猟採集民との間の相互作用のより広範な背景でこれらの外れ値2個体を理解するために、PCA上で同様のパターンを示す、以前に刊行された草原地帯_MLBAの外れ値[29]が再検討されました。PCA上に外れ値を投影すると、草原地帯_MLBAをシベリアの狩猟採集民集団と結びつける二つの異なる遺伝的勾配が特定され、一方はトボル_HGなどANEとの高い類似性を有する勾配、もう一方はオビ川上流_HGなどAPSとの高い類似性を有する勾配です。ANEとの高い類似性を有する勾配には、MBAのカメンニー・アンバー5遺跡の外れ値(シンタシュタ_MLBA_o、7個体)やカザフスタン中央部のマイタン埋葬地の2個体(マイタン_MLBA_アラクル_o、2個体)やコケン_MLBA_o1が含まれます。PCAから予測されるように、ANEとの高い類似性を有する混合勾配の外れ値は、草原地帯_MLBAとトボル_HGとの間の混合によって適切にモデル化されるか、第三の構成要素としてジオクシュール_ENによって表されるアジア中央部祖先系統を必要とします(図4A)。以下は本論文の図4です。
画像

 第二の混合勾配の外れ値には以下の集団が含まれ、それは、カザフスタンのカラガンダ地域に位置する埋葬地であるカリアン1遺跡で発見された外れ値2個体(カリアン_MLBA_oも2個体)、クラノヤルスク地域のオラク埋葬地の1個体(クラノヤルスクMLBA_o、1個体)、ノヴォシビルスク地域のチャノフスキー地区のプリオブラズヘンカ3埋葬地の1個体(プリオブラズヘンカ_LBA、1個体)、カザフスタン東部のゼヴァキンスキー埋葬地遺跡個体群(ゼヴァキンスキー_LBA、7個体)、コケン_MLBA_o2です。シベリア狩猟採集民のゲノムの限られた利用可能性のため、元となる研究[29]はこれらの個体について実行可能な金絵モデルを示唆しませんでした。ANEとの高い類似性を有する勾配における外れ値とは著しく対照的に、第二の混合勾配の外れ値個体群は、コケン_MLBAとメルゲン6_HGの混合によってモデル化できません。そこで、エルティシ_HG_2およびオビ川上流_HG集団を表す代替的な供給源としてそれぞれ、コケン_EN1とBZK002が検証されました。コケン_MLBA+コケン_EN1とコケン_MLBA+ BZK002は外れ値12個体のうちそれぞれ、5個体と8個体を適切にモデル化する、と観察されます。ジオクシュール_ENを第三の供給源として追加すると、両供給源【コケン_MLBA+コケン_EN1とコケン_MLBA+ BZK002】は12個体のうち11個体を説明します。残りの唯一の個体であるゼヴァキンスキー遺跡のI3772は、ドルゴエオゼロ_HGや西バイカルの後期新石器時代個体であるirk030などさらに東方の狩猟採集民[28]との混合によってのみ説明できます(両モデルでqpAdmのP値は0.05超で、ドルゴエオゼロ_HGからの寄与は42%、irk030からの寄与と39%です)。これらの結果は、多様な東方供給源との独立した複数の混合事象に起因するかもしれませんが、中間的な遺伝的特性の1人口集団存在は除外できません。

 最後に、中央草原地帯_MLBA集団と両混合勾配【ANEとの高い類似性を有する勾配、およびAPSとの高い類似性を有する勾配】の外れ値について、混合年代が推定されました。混合年代測定の解像度を向上させるために、エルティシ_HG_2とオビ川上流_HGが1集団(エルティシ_オビ川上流_HG)として分類されました。シンタシュタ_MLBAとエルティシ_オビ川上流_HGをユーラシア東西の供給源の代理として用いると、中央草原地帯_MLBA集団やほとんどの外れ値については紀元前2000~紀元前1500年頃の混合年代が得られ、これはこの地域全体の草原地帯牧畜民の遺跡の放射性炭素年代と一致します(図4B)。主要な中央草原地帯_MLBA集団における混合年代は、コケン_MLBA_o2との勾配では外れ値よりわずかに古いようで、この勾配内の狩猟採集民の混合が単一の波動事象である可能性は低く、むしろより多くの集団が接触するにつれて一定期間継続した、と示唆されます。対照的に、コケン_MLBA_o1勾配の混合年代は紀元前2500年頃と推定され、この勾配における混合は草原地帯ではMBAの最初期段階にのみ起きた、と示唆されます。


●一部のENおよびMLBA頭蓋の非一次埋葬の背景

 発掘中に、コケン遺跡の2点の頭蓋が非一次埋葬の状況で見つかり、それはENの1個体(KKN001)とMLBAの1個体(KKN091)です。コケン遺跡のENのヒト遺骸は単一の埋葬から回収され、それには頭蓋1点(KKN001)と頭蓋後方(首から下)遺骸(KKN002)が含まれており、これらのヒト遺骸には副葬品や地下もしくは地上の構造物はありませんでした。これらの遺骸は当初、単一個体を構成すると思われましたが、骨端融合および歯の発達パターンで判断された死亡時年齢特性の違いから、頭蓋と頭蓋後方遺骸は異なる2個体に由来する可能性が高い、と示唆されました。KKN001の頭蓋は思春期のものですが、KKN002の頭蓋後方遺骸はより年長の思春期もしくは若い成人に属します。KKN001頭蓋はKKN002の胸郭の隣に位置し、顔は北西に向いていましたが、KKN002は極度に屈曲した姿勢で右側に安置されており、縛られていたか包まれていたことが示唆され、北東に向いていました。KKN002の左側の骨格要素のほんどは失われていましたが、残りの要素は最小限の移動の解剖学的位置で回収され、その後の侵入活動の証拠はありません。遺伝学的分析から、頭蓋と頭蓋後方遺骸は父方の2親等の親族に由来し、おそらくはオジ/オイか半兄弟の関係だった、と確証されました。まとめると、男性親族の遺骸は収集され、意図的にともに埋葬されたものの、共同埋葬や骨格の不完全な性質の背景は不明です。

 非一次埋葬の状況で見つかった第二の頭蓋は、古代の略奪の結果のようです。コケン遺跡のMLBA埋葬はおもに土葬で構成されており、火葬は1事例です。ヒト遺骸は通常、石板の棺内に安置され、土器製容器や金属製装身具類や動物の供物などの副葬品が共伴します。埋葬坑の深さはさまざまで(30~150cm)、地表の環状列石もしくは長方形の石垣が特徴です。景観における高度な可視性のため、コケン遺跡や他の遺跡の両方のそうした埋葬は略奪状態で発見されることが多く、頭蓋はとくに略奪者の標的だったようです。コケン遺跡では、調査された22ヶ所のMLBA埋葬のうち20ヶ所が略奪されていました。2ヶ所の無傷の埋葬のうち、略奪者は1ヶ所(KKBR13)を開けようと試みたものの、成人女性KKN090を含んでいた150cmの墓穴の底部の棺に到達する前に注視しました。頭蓋1点(KKBR12)は完全に略奪されており、完全な頭蓋後方骨格(KKN089)を含んでいるものの、頭蓋を含んでいない状態で見つかりました。KKN089とKKN091は同一の遺伝的特性を有している、と分かり、KKN091をKKBR12から除去された頭蓋特定できました。頭蓋の移動につながった出来事の再構築は、この地域の考古学的調査を困難にしてきた、略奪行為へのいくつかの知見を提供します。


●考察

 本論文では、コケン遺跡のENおよびMLBA個体群を、ユーラシア草原地帯全域の狩猟採集民と牧畜民の遺伝的多様性のより広い背景に位置づける、ゲノム規模祖先系統分析が提供されます。狩猟採集民の遺伝的特性における動的な変化が、西バイカル地域では集中的に研究されてきた[9~11、17、28]一方で、時空間的な狩猟採集民の遺伝的特性の多様性とその分布は、ユーラシア中央部草原地帯およびシベリア西部の広大な地域では散発的にしか調べられてきませんでした。エルティシ川上流域のENゲノムの再構築と、それをシベリア西部の森林草原地帯の牧畜民以前の個体の最近刊行されたゲノム[8]とともに共同分析することによって、この地域における狩猟採集民人口集団の構造が特徴づけられ、河川流域による層別化が明らかになります。具体的には、EEHGおよびAPS祖先系統からの遺伝的影響が勾配パターンに従っており、それぞれ西方地域と東方地域で最高になる、と示されます。たとえば、西端のトボル_HG集団がおもにAPS祖先系統なしでのANE+EEHGとしてモデル化されるのに対して、エルティシ_HG_2やオビ川上流_HGといった東方集団の個体の大半は、EEHG祖先系統なしのANE+APS祖先系統としてモデル化されました(図3)。トボル_HGとエルティシ_HG_2の初期構成員によって表される狩猟採集民2集団(それぞれ、メルゲン6_HGとコケン_EN1)間の混合は、その後のトボル_HGとエルティシ_HG_1集団の形成につながり、それにはカザフスタン北部の金石併用時代の有名なボタイ遺跡人口集団が含まれます(図3B)。アジア内陸部内の河川流域による狩猟採集民の遺伝的層別化との本論文の観察は、重要な淡水および陸生資源を含んでいた、草原地帯の河川流域および支流系内の季節的な居住を好んだ、との狩猟採集民の移動性および生活様式に関する現在の考古学的理解とも一致します。新たに形成された人口集団がこれらの景観の使用を強化したのは、青銅器時代になってからでした。牧畜と移動の新たな手段の出現によって、新たな居住パターンが草原地帯およびタイガ全域で出現しました。

 コケン遺跡のEN埋葬と同年代の埋葬はカザフスタン内にはないので、埋葬の考古学的背景は依然として曖昧です。放射性炭素年代ではコケン遺跡のENの2個体は紀元前六千年紀半ばに位置づけられる一方で、その死亡時期には世代間の違いの可能性も明らかになっていますが(図1B)、同時代人だった可能性も除外できません。この2個体は2親等の親族で、比較的若い年代で死亡しており、KKN001(コケン_EN1)は思春期、KKN002(コケン_EN2)は思春期もしくは成人初期に死亡しました。その異なる放射性炭素年代と唯一の部分的に完全な埋葬から、この埋葬は再び開けられ、経時的に要素が追加されたか、除去されて再移動させられたことを示唆しているかもしれません。この2個体が親族だった、との知識から、共有された親族関係は、そうした埋葬活動がどのように誰に行なわれたのか、という要因だった、とさらに示唆されます。埋葬は、この2個体が死亡した親族だったことを知っている人々によって、数年間隔で段階的に行なわれたかもしれません。コケン遺跡のENの2個体間の密接な家系のつながりは、親族関係こそ、人々がどのように誰と埋葬されたのか、という点で役割を果たした、と示唆しているかもしれません。

 シベリアのバイカル地域とモンゴル北部では、ENコケン遺跡と類似した特徴のEN埋葬地が存在します。強く屈曲した姿勢での埋葬と単一および2個体以上の共同埋葬の存在は、注目すべき二つの類似点です。バイカル地域とのさらなる類似点は、頭蓋骨なしでの骨格埋葬の慣行や、墓からの頭蓋骨の二次的な除去や、頭蓋骨の別々の埋葬や、他の人骨もしくは個体の身体の一部の二次的でその後の埋葬です。とくに、頭蓋骨の欠如は、頭蓋後方骨格の攪乱の欠如とともに、バイカル湖のEN埋葬を特徴づける主要な特徴の一つです。全体的に、埋葬前後の身体のこれらの意図的な死後の処置は、コケン遺跡のEN埋葬で観察された埋葬の特徴と一致します。コケン遺跡のENの2個体は異なる時期に死亡した可能性が高く、各個体は不完全な骨格によって表され、一方は頭部、もう一方は身体がないので、墓が再び開けられ、新たな要素が追加されたか、除去された、2回の埋葬事象を表しているようです。

 MLBAのユーラシア中央部草原地帯における牧畜の拡大と出現は、可視的な人口統計学的および文化的変化をもたらし、紀元前二千年紀における西方から東方への遺伝子流動[2、12、29、54]によって証明されるように、かなりの人口移動と局所的な相互作用を含む、複雑な過程を反映しています。MLBAコケン遺跡個体群の本論文の分析はこの見解を裏づけており、MLBAコケン遺跡のうち2個体以外はすべて、以前に報告されたMLBAユーラシア中央部草原地帯個体群と単系統群である均質なクラスタ(まとまり)を形成します。密接な親族関係(最大3親等)は、コケン遺跡のMLBA個体群では、二重墓や三重墓や密集墓にともに埋葬された個体間でさえ見つかりませんでした。性別に関しても、空間的パターンはないようです。女性と男性の比率は5:2ですが、男女は墓地領域の研究対象区域すべてに存在し、約1歳から60歳超まで、全年齢の個体が存在します。単一墓地内のこの個体の多様な配置は、MLBAコケン遺跡における動的な社会構造を示唆しています。ほとんどの歯かは略奪されていましたが、数基の墓は略奪されていないか、さほど攪乱していなかったので、コケン遺跡における発掘では、地上の石垣内の地下の石棺の使用や、東部を西側に向けての屈曲姿勢で横向きの個体群の配置や、通常は装身具類や土器製容器で構成される副葬品の配置など、この期間の典型的な埋葬慣行を記載できました。

 しかし、MLBA草原地帯人口集団の遺伝的データの増加にも関わらず、依然として不明な一つの問題は、どのEMBAの牧畜民および狩猟採集民が新たな人口集団の流入の前にユーラシア草原地帯に居住しており、その新たに流入した人口集団との遭遇からどのような人口統計学的および文化的動態が出現したのか、ということです。MLBA遺跡群で見つかった遺伝的外れ値がこれらの問題の解決の手がかりを提供するかもしれないのは、そうした遺伝的外れ値が、おそらくはこの地域におけるEMBA人口集団の少なくとも部分的な子孫だからです。本論文のMLBAのコケン遺跡個体群では、遺伝的外れ値の2個体が存在し、両者はKKN094(コケン_MLBA_o1)とKKN099(コケン_MLBA_o2)の成人の女性です。この遺伝的外れ値の2個体は中央部および東部草原地帯の牧畜民の埋葬と一致する方法で、主要なコケン_MLBAクラスタ(まとまり)とともに他の個体とともに埋葬されており、以前に報告されたMLBAの遺伝的外れ値[29]を反映し、そうした外れ値個体も非外れ値個体群と同じ埋葬伝統に従って埋葬されました。そうした観察から、広範な規模の人口移動よりも注目を集めてこなかった、草原地帯における人口統計学的統合のより小規模な過程の存在に注目が集まります。多様な遺伝的背景が文化的統合の障壁ではなかったのは、複数の異なる人口集団がコケン遺跡の地域では遺伝子を交換し、共存していたようだからです。コケン遺跡では、各外れ値個体には、主要な草原地帯MLBAの遺伝的特性から分岐した、異なる混合勾配を反映する祖先系統特性がありました(図4)。

 アジア内陸部狩猟採集民の遺伝的特性の詳細な特徴づけの生成後に、今やこれら遺伝的外れ値2個体における狩猟採集民祖先系統の可能性の高い供給源を絞り込むことができます。コケン_MLBA_o1にはより高い割合のANE祖先系統があり、トボル川もしくはエシム川の近くなど、より西方の人口集団を示しているのに対して、コケン_MLBA_o2には、エルティシ川やオビ川やエニセイ川の近くで見られる祖先系統など、より高い割合のアジア東部祖先系統があります。侵入してきた人口集団と在来人口集団との間の混合は侵入してきた人口集団と在来人口集団との間の混合は限定的な程度で起きたようですが(子孫の人口集団には少量のDNAが寄与されました)、それは長期にわたって継続して起きたようで、これはコケン_MLBA_o1とコケン_MLBA_o2それぞれの西方および東方とのより多くの遺伝的類似性に反映されている傾向です。これらの相互作用の長期にわたる性質は、放射性炭素年代にも反映されており、外れ値個体は紀元前二千年紀の初期四半期(たとえば、シンタシュタ_MLBAやマイタン_MLBA)から、、紀元前二千年紀半ば(カリアン_MLBA、コケン_MLBA_o1、コケン_MLBA_o2)を経て紀元前千年紀(たとえば、ゼヴァキンスキー埋葬地とゼヴァキンスキー_LBA)までの考古学的背景に由来します。特定のEMBA供給源人口集団の正確な特定は、この期間の古代ゲノムの限られた標本抽出のため依然として曖昧ですが、本論文は、そうした人口集団を牧畜民の前の祖先と関連づける、貴重な情報を提供します。

 カザフスタン東部のコケンの複数期間の遺跡から、ユーラシア中央部草原地帯の狩猟採集民人口集団の遺伝的構造や、この地域における千年後のMLBA牧畜民人口集団における狩猟採集民の遺伝的遺産を解明する、貴重な情報が得られました。コケン遺跡に関するこの研究は、アジア内陸部における生物地理や大きな文化的変容と絡み合ったヒトの移動と混合の豊富な歴史の解明における、古代ゲノムの増加する目録の可能性を示します。とくにEMBA期に焦点を当てた、この地域の将来の研究は、接続されたユーラシア草原地帯全域における、多様な人口集団間の人口統計学的統合の小規模な過程の解明と、その最も重大な変容の一つである牧畜の導入に光を当てるのに役立つでしょう。


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