進化系統樹の問題
人類進化に関する英語論文を日本語に訳してブログに掲載するだけではなく、これまでに得た知見をまとめ、独自の記事を掲載しよう、と昨年(2024年)後半から考えていますが、最新の研究を追いかけるのが精一杯で、独自の記事をほとんど執筆できておらず、そもそも最新の研究にしてもごく一部しか読めていません。多少なりとも状況を改善しようと考えて思ったのは、ある程度まとまった記事を執筆しようとすると、怠惰な性分なので気力が湧かないため、思いつき程度の短い記事でも、少しずつ執筆していけばよいのではないか、ということです。
そこで今回は、以前にも当ブログで述べましたが(関連記事1および関連記事2および関連記事3)、進化系統樹というか、集団もしくは分類群の分岐関係を示した図について、一般層で見かける認識の問題点を整理します。たとえば、現代人にとって身近というか現代人も属するヒト科の系統関係は、公益財団法人テルモ生命科学振興財団の生命科学DOKIDOKI研究室のサイトの「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」の第64回の記事の、以下の系統樹に示されています。
この系統樹を見て、オランウータンはチンパンジーやゴリラより先に生まれたとか、オランウータンからヒトが進化した、と判断する人をネット上でたまに見かけるのですが、当然これは明らかな間違いで、ヒトとチンパンジーとゴリラとオランウータンの共通祖先から、まずオランウータンの祖先の系統とヒトやチンパンジーやゴリラの共通祖先の系統が分岐し、次にゴリラの祖先の系統とヒトおよびチンパンジーの共通祖先の系統が分岐し、その後でヒトの祖先の系統とチンパンジーの祖先の系統とが分岐したことを意味します。
重要なのは、オランウータン系統もヒトやチンパンジーやゴリラの系統と同じ時間だけ進化してきたのであり、オランウータンとヒトとチンパンジーとゴリラの最終共通祖先の形態や遺伝的特徴が、現生オランウータンに最も近かったとは限らないわけです。オランウータンとヒトとチンパンジーとゴリラが、その最終共通祖先とどの程度似ているのか(あるいは異なっているのか)は、各系統の1世代の時間や人口動態によっても変わってくるので、判断は困難です。たとえば、ボトルネック(瓶首効果)を経ると、祖先集団とは大きく異なる傾向の特徴が進化する可能性は高くなります。具体的に挙げると、高身長化もしくは低身長化などです。もちろん、気候による環境の変化やそれとも関連する捕食圧の変化なども選択圧となり、祖先の一般的な特徴と異なる形質の進化を促すことがあります。
このように、複数の現生系統というか分類群の形態からその最終共通祖先の形態を推測するのは困難ですが、仮にオランウータンとヒトとチンパンジーとゴリラの最終共通祖先にきわめて近い個体の化石が発見されても、その個体が最終共通祖先集団の一般的な傾向を代表しているのか、あるいは外れ値なのかなど、問題があります。一般論として、ある集団もしくは分類群の個体が化石として発見される可能性はきわめて低く、一般的な傾向を代表している可能性が高いとは言えますが、断定はできません。
さらに難しいのは、系統樹は遠い遺伝的関係の分類群もしくは集団同士の関係の図示には適しているものの、近い遺伝的関係の分類群同士では複雑な関係を適切に表せるとは限らないことです。それは、近い遺伝的関係の分類群同士で交雑が起きることも珍しくないからです。チンパンジー系統とヒト系統でも、その分岐の初期には両系統間の交雑を伴っていた可能性が指摘されています(Hobolth et al., 2007)。現生人類(Homo sapiens)やネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)といった後期ホモ属間でも、複雑な交雑関係が示されています(Reilly et al., 2022)。以下は後期ホモ属間の複雑な交雑関係を示したReilly et al., 2022の図2です。
遺伝的分化による生殖不適合が示唆されている現生人類とネアンデルタール人との間(Harris et al., 2023)でさえ、こうした複雑な交雑が推測されているわけですから、現代人の各地域集団間の系統関係が単純な分岐として適切に表せる可能性はずっと低いでしょう。しかし、大まかな地域集団間の関係の把握として系統樹が有益なことも確かで、たとえば、以下に示す、タイ南部の狩猟採集民マニ人(Maniq)の人口史に関する研究(Göllner et al., 2022)の図6に、現代人の各地域集団間の系統関係が示されています。
上述のヒト科の系統樹と同様に、このGöllner et al., 2022の図6も解釈しなければなりません。つまり、アフリカのムブティ人がアフリカのヨルバ人や、日本人も含めて非アフリカ系現代人の祖先というわけではなく、現代人の各地域集団の最終共通祖先集団(混合があったでしょうから、実際にそうした集団を想定することには問題があるわけですが)と形質が最も近いとも限らないわけです。もちろん、ムブティ人の言語が現代人の各地域集団の最終共通祖先集団が話していた言語により近いとも限りません。これは、日本列島の古代人のゲノムデータを報告した研究(Cooke et al., 2021)における、現代人と古代の現生人類も含めた系統樹を示した図3も同様です。
当然、このCooke et al., 2021の図3から、ホアビニアン(Hòabìnhian、ホアビン文化)関連個体によって表される集団が「縄文人」の祖先である、と解釈してはなりません。また、上述の交雑の問題もあり、「縄文人」が他のユーラシア東部系現生人類集団との単純な分岐で形成されたのかどうかも、現時点では不明です。まだ詳しい研究内容が公表されていませんが、石垣島の白保竿根田原洞穴遺跡で発見された27000年前頃の男性人類遺骸(4号人骨、白保4号)から、「縄文人」の遺伝的構成の約半分は白保4号的な集団に、残り半分はアジア北東部の古代人集団に由来する、と推測されています(関連記事)。その意味で、「縄文人」の形成に関しては、Cooke et al., 2021の図3よりも、遺伝的に大きく異なる構成要素の混合で形成された、と推測した研究(Huang et al., 2022)の図4の方が、実際の人口史により近いかもしれません。
進化系統樹は視覚的で理解しやすいと言えるかもしれませんが、上述のように、遠い遺伝的関係の分類群もしくは集団同士の関係の図示には適しているものの、近い遺伝的関係の分類群同士では、交雑も考慮すると、複雑な関係を適切に表せるとは限らず、その解釈には慎重であるべきとは思います。また、系統樹は視覚的なだけに、最初に分岐した系統がより古い形質や文化を保持している、などといった直感的な誤解を招くかもしれず、この点も要注意とは思います。私もつい分かりやすさを求めてしまいますが、安易に依存しないよう、自戒せねばなりません。
参考文献:
Cooke NP. et al.(2021): Ancient genomics reveals tripartite origins of Japanese populations. Science Advances, 7, 38, eabh2419.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abh2419
関連記事
Göllner T. et al.(2022): Unveiling the Genetic History of the Maniq, a Primary Hunter-Gatherer Society. Genome Biology and Evolution, 14, 4, evac021.
https://doi.org/10.1093/gbe/evac021
関連記事
Harris DN. et al.(2023): Diverse African genomes reveal selection on ancient modern human introgressions in Neanderthals. Current Biology, 33, 22, 4905–4916.E5.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.09.066
関連記事
Hobolth A. et al.(2007): Genomic Relationships and Speciation Times of Human, Chimpanzee, and Gorilla Inferred from a Coalescent Hidden Markov Model. PLoS Genet 3(2): e7.
https://doi.org/10.1371/journal.pgen.0030007
関連記事
Huang X. et al.(2022): Genomic Insights Into the Demographic History of the Southern Chinese. Frontiers in Ecology and Evolution, 10:853391.
https://doi.org/10.3389/fevo.2022.853391
関連記事
Reilly PF. et al.(2022): The contribution of Neanderthal introgression to modern human traits. Current Biology, 32, 18, R970–R983.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.08.027
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そこで今回は、以前にも当ブログで述べましたが(関連記事1および関連記事2および関連記事3)、進化系統樹というか、集団もしくは分類群の分岐関係を示した図について、一般層で見かける認識の問題点を整理します。たとえば、現代人にとって身近というか現代人も属するヒト科の系統関係は、公益財団法人テルモ生命科学振興財団の生命科学DOKIDOKI研究室のサイトの「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」の第64回の記事の、以下の系統樹に示されています。
この系統樹を見て、オランウータンはチンパンジーやゴリラより先に生まれたとか、オランウータンからヒトが進化した、と判断する人をネット上でたまに見かけるのですが、当然これは明らかな間違いで、ヒトとチンパンジーとゴリラとオランウータンの共通祖先から、まずオランウータンの祖先の系統とヒトやチンパンジーやゴリラの共通祖先の系統が分岐し、次にゴリラの祖先の系統とヒトおよびチンパンジーの共通祖先の系統が分岐し、その後でヒトの祖先の系統とチンパンジーの祖先の系統とが分岐したことを意味します。
重要なのは、オランウータン系統もヒトやチンパンジーやゴリラの系統と同じ時間だけ進化してきたのであり、オランウータンとヒトとチンパンジーとゴリラの最終共通祖先の形態や遺伝的特徴が、現生オランウータンに最も近かったとは限らないわけです。オランウータンとヒトとチンパンジーとゴリラが、その最終共通祖先とどの程度似ているのか(あるいは異なっているのか)は、各系統の1世代の時間や人口動態によっても変わってくるので、判断は困難です。たとえば、ボトルネック(瓶首効果)を経ると、祖先集団とは大きく異なる傾向の特徴が進化する可能性は高くなります。具体的に挙げると、高身長化もしくは低身長化などです。もちろん、気候による環境の変化やそれとも関連する捕食圧の変化なども選択圧となり、祖先の一般的な特徴と異なる形質の進化を促すことがあります。
このように、複数の現生系統というか分類群の形態からその最終共通祖先の形態を推測するのは困難ですが、仮にオランウータンとヒトとチンパンジーとゴリラの最終共通祖先にきわめて近い個体の化石が発見されても、その個体が最終共通祖先集団の一般的な傾向を代表しているのか、あるいは外れ値なのかなど、問題があります。一般論として、ある集団もしくは分類群の個体が化石として発見される可能性はきわめて低く、一般的な傾向を代表している可能性が高いとは言えますが、断定はできません。
さらに難しいのは、系統樹は遠い遺伝的関係の分類群もしくは集団同士の関係の図示には適しているものの、近い遺伝的関係の分類群同士では複雑な関係を適切に表せるとは限らないことです。それは、近い遺伝的関係の分類群同士で交雑が起きることも珍しくないからです。チンパンジー系統とヒト系統でも、その分岐の初期には両系統間の交雑を伴っていた可能性が指摘されています(Hobolth et al., 2007)。現生人類(Homo sapiens)やネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)といった後期ホモ属間でも、複雑な交雑関係が示されています(Reilly et al., 2022)。以下は後期ホモ属間の複雑な交雑関係を示したReilly et al., 2022の図2です。
遺伝的分化による生殖不適合が示唆されている現生人類とネアンデルタール人との間(Harris et al., 2023)でさえ、こうした複雑な交雑が推測されているわけですから、現代人の各地域集団間の系統関係が単純な分岐として適切に表せる可能性はずっと低いでしょう。しかし、大まかな地域集団間の関係の把握として系統樹が有益なことも確かで、たとえば、以下に示す、タイ南部の狩猟採集民マニ人(Maniq)の人口史に関する研究(Göllner et al., 2022)の図6に、現代人の各地域集団間の系統関係が示されています。
上述のヒト科の系統樹と同様に、このGöllner et al., 2022の図6も解釈しなければなりません。つまり、アフリカのムブティ人がアフリカのヨルバ人や、日本人も含めて非アフリカ系現代人の祖先というわけではなく、現代人の各地域集団の最終共通祖先集団(混合があったでしょうから、実際にそうした集団を想定することには問題があるわけですが)と形質が最も近いとも限らないわけです。もちろん、ムブティ人の言語が現代人の各地域集団の最終共通祖先集団が話していた言語により近いとも限りません。これは、日本列島の古代人のゲノムデータを報告した研究(Cooke et al., 2021)における、現代人と古代の現生人類も含めた系統樹を示した図3も同様です。
当然、このCooke et al., 2021の図3から、ホアビニアン(Hòabìnhian、ホアビン文化)関連個体によって表される集団が「縄文人」の祖先である、と解釈してはなりません。また、上述の交雑の問題もあり、「縄文人」が他のユーラシア東部系現生人類集団との単純な分岐で形成されたのかどうかも、現時点では不明です。まだ詳しい研究内容が公表されていませんが、石垣島の白保竿根田原洞穴遺跡で発見された27000年前頃の男性人類遺骸(4号人骨、白保4号)から、「縄文人」の遺伝的構成の約半分は白保4号的な集団に、残り半分はアジア北東部の古代人集団に由来する、と推測されています(関連記事)。その意味で、「縄文人」の形成に関しては、Cooke et al., 2021の図3よりも、遺伝的に大きく異なる構成要素の混合で形成された、と推測した研究(Huang et al., 2022)の図4の方が、実際の人口史により近いかもしれません。
進化系統樹は視覚的で理解しやすいと言えるかもしれませんが、上述のように、遠い遺伝的関係の分類群もしくは集団同士の関係の図示には適しているものの、近い遺伝的関係の分類群同士では、交雑も考慮すると、複雑な関係を適切に表せるとは限らず、その解釈には慎重であるべきとは思います。また、系統樹は視覚的なだけに、最初に分岐した系統がより古い形質や文化を保持している、などといった直感的な誤解を招くかもしれず、この点も要注意とは思います。私もつい分かりやすさを求めてしまいますが、安易に依存しないよう、自戒せねばなりません。
参考文献:
Cooke NP. et al.(2021): Ancient genomics reveals tripartite origins of Japanese populations. Science Advances, 7, 38, eabh2419.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abh2419
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Göllner T. et al.(2022): Unveiling the Genetic History of the Maniq, a Primary Hunter-Gatherer Society. Genome Biology and Evolution, 14, 4, evac021.
https://doi.org/10.1093/gbe/evac021
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Harris DN. et al.(2023): Diverse African genomes reveal selection on ancient modern human introgressions in Neanderthals. Current Biology, 33, 22, 4905–4916.E5.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.09.066
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Hobolth A. et al.(2007): Genomic Relationships and Speciation Times of Human, Chimpanzee, and Gorilla Inferred from a Coalescent Hidden Markov Model. PLoS Genet 3(2): e7.
https://doi.org/10.1371/journal.pgen.0030007
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Huang X. et al.(2022): Genomic Insights Into the Demographic History of the Southern Chinese. Frontiers in Ecology and Evolution, 10:853391.
https://doi.org/10.3389/fevo.2022.853391
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Reilly PF. et al.(2022): The contribution of Neanderthal introgression to modern human traits. Current Biology, 32, 18, R970–R983.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.08.027
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