デニソワ人研究の解説

 種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)に関する最近の研究の解説(Gross., 2025)が公表されました。今年(2025年)はデニソワ人に関する研究の進展が目覚ましく、当ブログでもデニソワ人研究の進展に関する解説を取り上げました(Marshall., 2025、Villalba-Mouco, and Sümer., 2025)。こうした研究の進展によって、デニソワ人と分類できる人類遺骸が増えて、これまでほとんど確認されていなかったデニソワ人の形態に関する情報も飛躍的に増えました。本論文は、当ブログで取り上げようとしてまだ読んでいなかったり、そもそも知らなかったりした研究にも言及しており、とくに形態に関する研究の解説は私にとってたいへん有益でした。こうしたデニソワ人研究の進展によって、ホモ・ロンギ(Homo longi)とも分類されている(Ni et al., 2021)デニソワ人の、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)やハイデルベルク人(Homo heidelbergensis)や現生人類(Homo sapiens)との系統関係も解明されていくのではないか、と期待されます。

 本論文で言及されている研究者は、イスラエルのレホヴォト(Rehovot)市にあるワイツマン科学研究所(Weizmann Institute)のデヴィッド・ゴックマン(David Gokhman)氏とナダフ・ミショル(Nadav Mishol)氏、中国科学院古脊椎動物古人類研究所(Institute of Vertebrate Paleontology and Paleoanthropology)の付巧妹(Qiaomei Fu)氏山西大学の馮小波(Xiaobo Feng)氏、デンマークのコペンハーゲン大学の蔦谷匠氏、ドイツのライプツィヒのマックス・プランク進化人類学研究所(Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology)のアレフ・シューマー(Arev Sümer)氏とレオナルド・イアシ(Leonardo Iasi)氏、スウェーデンのウプサラ大学のマクシミリアン・ラレーナ(Maximilian Larena)氏、アラブ首長国連邦のバーミンガム大学ドバイ校のマーク・ハーバー(Marc Haber)氏です。

 本論文で取り上げられる主要な中国の遺跡と人類遺骸は、甘粛省甘南チベット族自治州夏河(Xiahe)県のチベット高原北東端の海抜3280mに位置する白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave、略してBKC)、黒竜江省ハルビン市で1993年に松花江(Songhua River)における東江橋(Dongjiang Bridg)の建設中に発見された146000年以上前のホモ属頭蓋(ハルビン頭蓋)、陝西省渭南市の大茘(Dali)遺跡、湖北省十堰(Shiyan)市鄖陽(Yunyang)区の鄖県(Yunxian)遺跡です。本論文で取り上げられる主要な中国以外の遺跡は、ザンビアのカブウェ(Kabwe)遺跡、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)、台湾本島と澎湖諸島の間の水深60m~120mの澎湖海峡(Penghu Channel)で、他の脊椎動物とともに漁網にかかって発見された「澎湖1号(Penghu 1)」と呼ばれているホモ属の下顎骨です。


●要約

 古代型人類集団であるデニソワ人はそのゲノム配列によって定義されてきており、ネアンデルタール人の近縁であるデニソワ人の外見についての知識はありませんでした。古代ゲノムおよびプロテオームの新たな配列とともに表現型予測の新たな手法によって今や、研究者は遺伝学的証拠と形態学的証拠を結びつけ、デニソワ人の包括的な姿を構築できるようになるかもしれません。


●背景

 ネアンデルタール人のゲノムはおそらく、今世紀(21世紀)でこれまでに最大の進歩の一つでした。ネアンデルタール人のゲノムが刊行されたのは2010年でしたから、現代人のゲノム配列のわずか10年後だったことになります。ネアンデルタール人のゲノムは貴重でしばしば驚くべき知見を、ヒトの進化と現代人の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)にもたらしました。ネアンデルタール人は人口集団としては消滅したものの、サハラ砂漠以南のアフリカ外のすべてのヒトには1~4%のネアンデルタール人のDNAがあるので、現代人のゲノムに依然として存在している、と分かりました。

 ネアンデルタール人に属する、と推測されていた、シベリアのデニソワ洞窟で発見された小さな骨片から研究者がDNAを配列決定すると、別のさらに予期せぬ発見がありました。この骨片は、現代人よりもネアンデルタール人の方と密接に関連するものの、明確に異なる独自の人類種と明らかになりました。これによってデニソワ人を新たな人類種と定義することになり、今では、デニソワ人はネアンデルタール人44万~39万年前頃に分岐した、と考えられています。

 デニソワ人はヒト進化の分野で特異な地位を占めています。現代人にとっての他のすべての古代の近縁種はまず、解剖学的構造の少なくとも一部を表す化石の形態に基づいて特定され、定義されました。対照的に、デニソワ人はまず、どのような外見なのか語ることのできる既知の化石がありませんでしたが、デニソワ人がアジア南東部とオセアニアの現代人集団の残した遺伝的痕跡から、デニソワ人がかつて反映した人口集団だった、と示唆されます。デニソワ洞窟の歯と骨片以外に、2019年に報告されたチベット高原の夏河県の白石崖溶洞の下顎1点が、長く意味のある大きさの唯一の既知のデニソワ人化石で、夏河県の白石崖溶洞のより新しいデニソワ人の肋骨が、2024年にやっと報告されました(Xia et al., 2024)。しかし、行方不明の化石が、他の人類種に割り当てたられた分類表示で、博物館に所蔵されている可能性は充分にあるかもしれません。ほとんどの更新世の化石には利用可能なDNAがないので、研究者は、そうした化石がデニソワ人なのかそうでないのか、解明するための大きな課題に直面しています。新たな手法は今や、この不可解な近縁種【デニソワ人】をより多く明らかにする、道を開きました。


●表現型予測

 古代型人類【絶滅ホモ属、非現生人類ホモ属】のゲノムは、その外見のいくつかの側面に手がかりをもたらしますが、化石を特定し、遺伝的特徴と結びつけることができる程ではありません。イスラエルのレホヴォト市にあるワイツマン科学研究所のデヴィッド・ゴックマン氏とその同僚は、表現型の差異の方向性を予測するための、遺伝子制御データ(メチル化)を用いる手法の開発によって、この問題に取り組んできました。この着想は、多くの目的について、表現型変数の絶対値(たとえば、最初に配列決定されたデニソワ人の身長)を必要としませんが、方向性の違いは興味深い(たとえば、デニソワ人が同時代のネアンデルタール人もしくは現生人類よりも身長が高かったのか)、というものです。

 現在および古代のヒトおよび【非ヒト】動物両方の遺伝的データで開発されたこの手法を用いて、レホヴォトの研究者が試みたのは、デニソワ人はネアンデルタール人と外見がどのように異なっていたかもしれないのか、アジア全域で見つかった更新世の多くの人類化石のうちデニソワ人かもしれない化石を認識することで、予測することです。ナダフ・ミショル氏とその同僚は、デニソワ人をネアンデルタール人および/もしくは現代人の古代の祖先と区別する可能性が高い、32点の頭蓋表現型を特定しました。

 デニソワ人の頭蓋形態の予測される傾向との類似性について、既知の人類の頭蓋化石の体系的走査後に、研究者はデニソワ人もしくはその密接に関連する集団かもしれない3点の化石を特定しました。これらのうち2点はアジア東部のハルビン頭蓋および大茘頭蓋で、ネアンデルタール人もしくは現生人類とよりもデニソワ人の特徴の方と密接に一致します。第三の、ホモ・ハイデルベルゲンシスと一般的に分類されているザンビアのカブウェ1号頭蓋は、デニソワ人とネアンデルタール人両方の形態の要素を示し、両系統【デニソワ人とネアンデルタール人】が出現した母集団と関連するのに充分なほど古い年代です。この論文(Feng et al., 2025)が査読中【最近、『Science』誌で刊行されました】の間に、他の研究者がハルビン個体をデニソワ人と特定する、分子証拠を報告し、それによってこれら3個体の予測のうち1個体が確証されました。


●デニソワ人の頭蓋

 ハルビン頭蓋(図1)は2021年に記載されて年代測定されましたが、発見されたのは、中国北東部の名称の由来となった都市(ハルビン市)において1933年のことだった可能性が高そうです(Ni et al., 2021)。ウラン系列年代測定に基づいて、ハルビン頭蓋は少なくとも146000年前頃と推定されましたが、地質学的状況は309000~138000年前頃の時間枠を示唆しています。ハルビン頭蓋は容量が1420mlで、現代人の大きさの範囲内に収まりますが、広範な古代型および派生的な形態学的特徴から、現生人類とは区別されます。ハルビン頭蓋は、中期更新世の最良に保存された人類化石の一つです。ハルビン頭蓋に唯一残っていた歯は大臼歯で、これはデニソワ洞窟の対応する歯の形態と一致します。以下は本論文の図1です。
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 ハルビン頭蓋を報告した論文(Ni et al., 2021)は、ハルビン頭蓋がヒト進化の別の系統と呼び、デニソワ人とのいくつかの類似性を指摘するに留めていましたが、著者の一部は同じ雑誌で別の論評も刊行し、「竜人」と公表されたハルビン頭蓋は新たな人類種であるホモ・ロンギの模式標本である、と提案しました。これらの著者が、この新種を大茘頭蓋とは意図的に区別し、大茘頭蓋をホモ・ダリエンシス(Homo daliensis)と呼んでいることに要注意です。ゴックマン氏とその同僚の結果によると、両者【ハルビン頭蓋と大茘頭蓋】はデニソワ人である可能性が高いことになります。

 10万年以上前の化石からは通常、配列決定に適したDNAは得られず、例外は、デニソワ洞窟とヨーロッパ西部のネアンデルタール人の3ヶ所の遺跡のみです。したがって、歯と骨からのDNAの分離の試みが失敗したことは、意外ではありませんでした。そこで、中国の北京の中国科学院古脊椎動物古人類研究所の付巧妹氏とその同僚は他の方法を試み、2通りの異なる方法で遺伝的情報の取得に成功しました。研究者は、頭蓋の錐体骨の2点の標本からタンパク質を分離し、95点のタンパク質を特徴づけることができました(Fu et al., 2025A)。錐体骨は、内耳の一部がある頭蓋のとくに密度の高い部分で、他の部分よりも古代の分子を良好に保存している、と知られています。研究者は、3点のデニソワ人に関係的な配列多様体を発見しました。この結果は、デニソワ洞窟の個体群のうち1個体であるデニソワ3号と最も密接に一致します。

 別の試みで、付巧妹氏とその同僚ははニソワ人のミトコンドリアDNAを、ハルビン頭蓋の唯一残っている歯と関連する歯石(硬化した歯垢)から分離できました(Fu et al., 2025B)。これらの結果も、デニソワ洞窟から得られた配列との類似性を示します。したがって、ホモ・ロンギの模式標本は2通りの独立した調査によって、明確にデニソワ人と特定されました。

 新たな形態学的分析において、中国の山西大学の馮小波氏とその同僚は、中国中央部の100万年前頃の鄖県2号頭蓋を、ホモ・ロンギおよびデニソワ人化石と同じ単系統群(クレード)に位置づけ、この集団の100万年以上前の起源を示唆し、ネアンデルタール人および現生人類系統も同等の古い起源となります(Feng et al., 2025)。


●地理的拡大

 ハルビン頭蓋の発見は、デニソワ人についての最初の頭蓋形態を明らかにしただけではなく、今やその範囲もアジアの大半といくつかの気候帯に広げました。この曖昧な種の範囲を広げたもう一つの重要な発見は、現代の台湾の澎湖海峡から発見された更新世の下顎(図2)のプロテオーム解析に由来しました。この化石は、台湾西岸近くの海底から浚渫された多くの動物遺骸から2015年に発見【報告】されました。海水におけるウランの存在のため、正確なウラン年代測定はできませんでした。地質学的証拠と過去の海水面の組み合わせから、この下顎は45万年前頃より新しく、7万~1万年前頃か19万~13万年前頃のどちらかかもしれない、と示唆されます。以下は本論文の図2です。
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 デンマークのコペンハーゲン大学の蔦谷匠氏とその同僚は、この下顎とともに発見された他の動物遺骸で機能した抽出技術の最適化後に、この下顎の骨と歯のエナメル質からタンパク質を取得することに成功しました(Tsutaya et al., 2025)。4241点のアミノ酸残基に基づいて、その研究はデニソワ人固有の2点の多様体を発見しました。さらに、顎骨の形態と大臼歯の大きさは、チベット高原のデニソワ人の下顎とも一致します。これら最近の発見によって、デニソワ人は今や、シベリアの寒冷地帯から台湾の亜熱帯まで、さまざまな気候の広く離れた4ヶ所の場所に暮らしていた、と分かっています。アジアとオセアニアの人々で依然として見られる、デニソワ人の遺伝的痕跡の状況では、この広がりは妥当です。


●現代人の中のデニソワ人

 ネアンデルタール人とデニソワ人の両方は、現在のヒト集団に遺伝的痕跡を残しましたが、その在り様は顕著に異なっていました。現代人の祖先はアフリカから移住したさいに、初期にはネアンデルタール人と遭遇し、その後でさまざまな方向へと拡散し、他の大陸へと広がったに違いありません。この想定は、近い過去のアフリカ祖先系統を有さないすべての現代人における、ネアンデルタール人の均質な存在を説明します。二つの別々の調査が最近、この初期の混合の時間枠を提供しました。ドイツのライプツィヒのマックス・プランク進化人類学研究所のアレフ・シューマー氏とその同僚の研究(Sümer et al., 2025)では、この初期の混合が49000~45000年前頃に起きた、と分かったのに対して、同じくマックス・プランク進化人類学研究所のレオナルド・イアシ氏とその同僚の研究(Iasi et al., 2024)では、この初期の混合の時間枠は47000~40000年前頃でした。

 対照的に、デニソワ人祖先系統はユーラシア人口集団において不均一に散在しています。デニソワ人祖先系統は、オセアニアおよびアジア南東部島嶼部の人口集団では、4%にも達します。スウェーデンのウプサラ大学のマクシミリアン・ラレーナ氏とその同僚は、フィリピンの先住民人口集団である、マリヴェレニョのネグリートであるアエタ人(Ayta Magbukon Negrito)における、きわめて高い割合のデニソワ人のDNAを報告しました(Larena et al., 2021)。オーストラロ・パプア人(図3)と直接的に比較すると、マリヴェレニョのアエタ人のゲノムにおけるデニソワ人由来の割合は、30~40%高くなります。ラレーナ氏たちは、デニソワ人は現生人類の到来前にフィリピンに居住しており、フィリピンでの混合はアジアおよびオセアニアの他地域での混合事象とは独立して起きた、と結論づけています。以下は本論文の図3です。
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 デニソワ人のDNAの痕跡は、アジアの他地域ではずっと少ないかもしれませんが、特定のデニソワ人の形質が、高地に居住するデニソワ人の能力と関連づけられてきており、アラブ首長国連邦のバーミンガム大学ドバイ校のマーク・ハーバー氏などの研究団は最近、多様なヒマラヤ人口集団の全ゲノム配列決定でこれを確証しました。現生人類との相互作用のさまざまな物語が、アジアおよびオセアニア全域で起きたようです。デニソワ人との複雑な家族関係の解明には、より多くの化石およびゲノムデータが必要でしょう。


参考文献:
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