縄文時代に関する備忘録

 人類進化に関する英語論文を日本語に訳してブログに掲載するだけではなく、これまでに得た知見をまとめ、独自の記事を掲載しよう、と昨年(2024年)後半から考えていますが、最新の研究を追いかけるのが精一杯で、独自の記事をほとんど執筆できておらず、そもそも最新の研究にしてもごく一部しか読めていません。多少なりとも状況を改善しようと考えて思ったのは、ある程度まとまった記事を執筆しようとすると、怠惰な性分なので気力が湧かないため、思いつき程度の短い記事でも、少しずつ執筆していけばよいのではないか、ということです。

 今回は、インターネット上で見かけた「縄文時代」に関する言説や、「縄文時代」について気になっていることについて現時点での私見を、備忘録としていくつか短く述べておきます。そもそも、「縄文時代」自体、前期新石器時代とまではいかずとも、時代区分としては問題があり、より適切な時代区分も可能かもしれませんが、私の知見ではとても無理なので、この記事ではとりあえず、「縄文文化」や「縄文時代」といった広く定着している枠組みを使用しますが、「縄文時代」としてまとめられる広範囲の時空間に、単一の文化的集団が存在していた、と安易に想定することはできない、と考えています。

 以下の略称は、LGM(Last Glacial Maximum、最終氷期極大期)、ANS(Ancient North Siberian、シベリア北部古代人)、K(系統構成要素数)です。以下で取り上げられる主要な文化は、趙宝溝(Zhaobaogou)文化、紅山(Hongshan)文化、仰韶(Yangshao)文化、大汶口(Dawenkou)文化です。以下で取り上げる主要な遺跡は、9000年前頃の「縄文時代」早期となる愛媛県久万高原町の上黒岩岩陰遺跡、5600年前頃の「縄文時代」前期となる岡山県倉敷市の船倉貝塚、3800年前頃の「縄文時代」後期となる愛媛県南宇和郡愛南町御荘の平城貝塚、「縄文時代」後期となる北海道の礼文島の船泊遺跡、山口県下関市豊北町の弥生時代前期~中期の墓地である土井ヶ浜遺跡、宮古島の長墓遺跡、佐賀県唐津市の弥生時代早期の大友遺跡、韓国南岸では慶尚南道の欲知島(Yokchido)遺跡と全羅南道の安島(Ando)遺跡と煙台島(Yŏndaedo)遺跡と長項(Changhang)遺跡、シベリア北部の32000年前頃となるヤナRHS(Yana Rhinoceros Horn Site、ヤナ犀角遺跡)、ロシア極東沿岸部のボイスマン(Boisman)遺跡およびレタチャヤ・ミシュ(Letuchaya Mysh)遺跡です。


●「縄文人」の遺伝的構造

 「縄文時代」の複数の人類遺骸のゲノムデータを報告した研究では、「縄文文化」関連もしくは「縄文人」個体は遺伝的に、既知の他の古代人および現代人集団と比較して、独特な一まとまりを形成する傾向にあります(Wang et al., 2021、Cooke et al., 2021、Robbeets et al., 2021、Jeong et al., 2023)。これらの「縄文人」は時空間的に区分されたさいに、ユーラシア大陸部人口集団との遺伝的差異でほぼ違いを示さず、「縄文人」集団が遺伝的には時空間的に比較的均一で、アジアの他地域からの数千年にわたるほぼ完全な遺伝的孤立との見解が裏づけられます(Cooke et al., 2021)。

 ただ、その後の研究(Jeong et al., 2023)では、「縄文人」における時空間的な差異がもう少し詳しく示されています。つまり、ゲノム解析されている最古級の「縄文人」である9000年前頃の上黒岩遺跡個体は、その後の「縄文人」全個体にとって共通の外群を形成する可能性がある、と推測されています。つまり、縄文時代において西日本では早期とその後の間に人口置換があったかもしれないわけです。ただ、上黒岩遺跡個体以降の西日本の「縄文人」でも、5600年前頃となる「縄文時代」前期の船倉貝塚個体や3800年前頃となる「縄文時代」後期の平城貝塚個体は、他の「縄文人」よりも上黒岩遺跡個体と高い遺伝的類似性を示しており、上黒岩遺跡個体的な祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)が西日本では「縄文時代」後期も部分的に存続していた可能性も考えられます。

 上述のように、「縄文人」とユーラシア大陸部の現代人集団との関係で、既知の「縄文人」は時空間的に区分されたさいに、ユーラシア大陸部人口集団との遺伝的差異でほぼ違いを示しませんが、現代人集団では、エスキモーと樺太島のウリチ人(Ulchi)が、上黒岩遺跡個体よりも北海道の船泊遺跡個体の方と近い、と示されています(Jeong et al., 2023)。これは、オホーツク文化関連個体のゲノム解析(Sato et al., 2021)で示唆されている、北海道の擦文文化期に先行するオホーツク海周辺集団と北海道の「縄文時代」以降の在来集団との遺伝的混合や、縄文時代晩期もしくは弥生時代早期よりさらに前となる、日本列島とユーラシア北東部大陸部の人類集団間のわずかな遺伝子流動を反映しているかもしれません。

 また、ユーラシア東部圏の古代ゲノム研究の総説(Bennett et al., 2024)でも今後の大きな課題の一つに挙げられていた、「縄文人」と32000年前頃のヤナRHS個体によって表されるANSとの間の遺伝的つながりも注目されます(Cooke et al., 2021)。ANS系統は、ユーラシアの東西の系統の分離から4000~5000年後にユーラシア西部系統から分岐し、その後にアジア東部系統から約20%の遺伝的祖先系統を受け取った、と考えられています(Bennett et al., 2024)。この遺伝的つながりを報告した研究(Cooke et al., 2021)では、これが「縄文人」の祖先とANSとの遺伝子流動と解釈されています。つまり、北海道から西日本までの「縄文時代」の人類遺骸のゲノムにおいて、ANSとの遺伝的つながりで有意な差はない、と解釈すべきと思います。

 エスキモーや樺太島のウリチ人が、上黒岩遺跡個体よりも北海道の船泊遺跡個体の方と遺伝的に近いとか、「縄文人」とANSとの遺伝的つながりとか、「縄文人」と他の人類集団との遺伝的関係は興味深いものの、これらの研究のその後で公表された査読前論文(Ishiya et al., 2024)でも、「縄文時代」の早期~後期までの日本列島の人類と他のユーラシア人口集団との遺伝的関係は大きく変わらなかった、と指摘されており、現時点では、日本列島の「縄文人」は少なくとも1万年間程度遺伝的には孤立した集団で、遺伝的には時空間的な差もあるものの他の現代人および古代人集団と比較して均一で、ユーラシア大陸部の人口集団からの大きな遺伝的影響はなかった、と考えるのが妥当でしょう。その意味で、北海道ではなく本州・四国・九州とそのごく近隣の島々を中心とする日本列島「本土」の「縄文人」で計算しても、「本土」現代人に占める「縄文人」由来要素の割合(約10%)が大きく変わることはないだろう、との指摘(篠田.,2022,P212)はおおむね妥当だろう、と考えています。

 ユーラシア東部現代人のゲノムにおける主要な祖先系統はアムール川関連と黄河関連と華南関連になるでしょうが(Ning et al., 2020)、日本列島「本土」現代人集団は、地域差はもちろんあるとしても、おもに「縄文人」とアムール川と黄河の関連祖先系統でモデル化できるようです(Yamamoto et al., 2024、Kim et al., 2025)。このうち、アムール川および黄河関連祖先系統が「縄文時代」の日本列島にすでに到来していた可能性も否定できませんが、「縄文人」関連祖先系統が弥生時代の西日本の他地域よりも高い割合で残っていたかもしれない九州西北部とはいえ、大友遺跡で発見された弥生時代早期の女性1個体が既知の「縄文人」と遺伝的に一まとまりを形成することから、「縄文時代」の日本列島でアムール川および黄河関連祖先系統が、少なくとも広範に高い割合で定着していた可能性はひじょうに低い、と考えています。


●宮古島

 「縄文人」の遺伝学的側面で注目されるのは、「縄文文化」に由来すると考えられる土器などがひじょうに低い割合で出土するものの、「縄文文化」自体は定着しなかった、とされる地域の古代人のゲノムがさまざまな割合の「縄文人」的祖先系統でモデル化できることです。宮古島は「縄文文化」の影響が及ばなかった、とされる先島諸島に位置していますが、その長墓遺跡では、紀元前千年紀前半の個体が100%の「縄文人」的祖先系統でモデル化できます(Robbeets et al., 2021)。さらに、長墓遺跡の4000年前頃の個体(NAG016)は、K=3のADMIXTURE分析では、60%以上の「縄文人」的な構成要素と30%弱のシベリア北東部現代人的な構成要素の混合と示されています(Kim et al., 2025)。NAG016のゲノムデータは低網羅率で、重度の汚染があるため(Jeong et al., 2023)、NAG016は、高品質なゲノムデータが得られれば、100%の「縄文人」的祖先系統でモデル化できるかもしれません。3000年前もしくは4000年前頃から、長墓遺跡に100%の「縄文人」的祖先系統でモデル化できる集団が存在したとして、これが宮古島、さらには先島諸島全体に当てはまるのか、九州の「縄文文化」集団とまでいかずとも、たとえば「縄文文化」の影響を受けているとされる沖縄本島の貝塚文化集団と言語などでつながりがあったのか、現時点では不明で、ひじょうに興味深い事例です。


●ユーラシア北東部沿岸地域

 「縄文文化」が定着した痕跡の見つからない朝鮮半島南岸地域でも、新石器時代の人類遺骸のゲノムがさまざまな割合の「縄文人」的祖先系統でモデル化できます(Robbeets et al., 2021)。朝鮮半島南岸地域では「縄文系土器」が見つかっているので、「縄文人」が朝鮮半島南岸まで渡海した可能性は低くなさそうですが、「縄文時代」の九州と同時代の朝鮮半島南岸との「交流」は過大評価されていた、との見解が現在の考古学では有力なようです(水ノ江., 2022)。朝鮮半島南岸では、確かに九州の「縄文系土器」が見つかるものの、見つからない遺跡の方が圧倒的に多く、出土しても1ヶ所の遺跡に占める土器の割合は0.1%程度にすぎず、「縄文時代」の日本列島と同時代の朝鮮半島との間にでは対馬海峡が明確な文化的境界があり、言語も違っていただろう、と考古学的見地から指摘されています(水ノ江., 2022)。そのため、朝鮮半島新石器時代に「縄文人」の遺伝的影響が強く残るほどの事態が想定される考古学的な証拠は存在しないことから、朝鮮半島南岸の複数の新石器時代の複数個体の遺伝的構成要素として、「縄文人」ではなく「古代アジア東部沿岸集団」を想定する見解もあります(藤尾.,2023)。

 これは、ロシア極東沿岸の新石器時代の遺跡で発見された個体のゲノム研究を踏まえると、興味深い見解です。ロシア極東沿岸部のボイスマン遺跡で発見された中期新石器時代のゲノムは、モンゴル新石器時代集団関連祖先系統87%と「縄文人」関連祖先系統13%でモデル化されました(Wang et al., 2021)。しかし、ボイスマン遺跡の中期新石器時代集団のゲノムは、「縄文人」からの直接的影響を想定せずとも、モデル化できます(Huang et al., 2022)。さまざまな割合の「縄文人」的祖先系統でモデル化できる朝鮮半島南岸の新石器時代個体も、「縄文人」からの直接的影響を想定する必要はないかもしれません。

 ただ、朝鮮半島南岸のゲノムが解析されている新石器時代個体(Robbeets et al., 2021)のうち、中期の紅山文化集団的祖先系統100%でモデル化できる安島遺跡個体は当然として、低い割合の「縄文人」的祖先系統でモデル化できる中期の煙台島遺跡および長項遺跡個体も、「縄文人」からの直接的な遺伝的影響の想定が不要としても、95%の「縄文人」的祖先系統でモデル化できる後期の欲知島遺跡個体については、「縄文人」からの直接的な遺伝的影響を想定すべきかもしれません。また、ロシア極東沿岸部中期新石器時代のボイスマン遺跡の外れ値個体およびレタチャヤ・ミシュ遺跡の個体は、約30%と比較的高い割合の「縄文人」的祖先系統でモデル化できるので(Wang et al., 2023)、これらの個体も、朝鮮半島経由などでの「縄文人」からの直接的な遺伝的影響を想定しておくべきかもしれません。

 朝鮮半島南岸の「縄文人」的祖先系統でモデル化できる新石器時代の複数の個体をどう解釈すべきなのか、現時点ではまだよく分からず、とても断定はできません。朝鮮半島では、LGM後に南部で人口が激減し、8200年前頃以降に急増した、と推測されています(Seong, and Kim., 2022)。ここで要注意なのは、LGM後の人口激減と8200年前頃以降の人口急増があくまでも朝鮮半島南部のことであり、朝鮮半島北部(現在の北朝鮮領)についても当てはまるのか、確証はないことです。これは、北朝鮮の考古学的情報を私がほとんど把握していないためなので、今後の課題です。また、朝鮮半島南部でさえ8200年前頃には人口急増が推測されているわけで、7300年前頃の九州南方沖の鬼界アカホヤ噴火後に「無人」の朝鮮半島に西日本の「縄文人」が避難して拡散した、との「縄文国粋派」の間で「確定した事実」であるかのうように語られている言説が成立する可能性は皆無に近い、と考えています。なお、LGM後から8200年前頃までの期間においても朝鮮半島南部では遺跡が確認されていますが、継続的な居住ではなさそうなことから、「無人」と評価されているものの(Seong, and Kim., 2022)、現在は海面下の地域に人類集団が継続して居住していた可能性も想定しておくべきかもしれません。

 LGMの前後での朝鮮半島南部の人口激減および急増は、まだ朝鮮半島南部の新石器時代最初期人類のゲノムデータが公表されていないので、どう解釈すべきか、現時点では難しいところです。朝鮮半島南部の新石器時代文化は、その生業や土器や近隣沿岸地域の遺跡の出現状況から、アムール川中下流域起原だった可能性が高そうです(Kim, Conte, and Oh., 2025)。おそらく、朝鮮半島南部の最初期新石器時代集団はアムール川中下流域から西遼河地域などを経由して朝鮮半島南部に到来したのでしょう。朝鮮半島南部の新石器時代で最古級の個体群は、上述のように高い割合の紅山文化集団的祖先系統でモデル化でき、安島遺跡個体では100%となり、煙台島遺跡および長項遺跡個体では低い割合の追加の「縄文人」的祖先系統が伴います。

 紅山文化集団は、ユーラシア東部現代人のゲノムにおける主要な祖先系統のうち、おもにアムール川関連祖先系統と黄河(仰韶文化)関連祖先系統でモデル化できますが(Robbeets et al., 2021)、この黄河関連祖先系統は大汶口文化集団経由でもたらされ、大汶口文化集団は、山東半島の現在ではほぼ遺伝的影響を残していない前期新石器時代狩猟採集民関連祖先系統を有していた、と推測されており(Wang et al., 2025)、複雑な人口史が想定されます。単純化すると、紅山文化集団はおもにアムール川関連祖先系統と黄河関連祖先系統でモデル化でき、朝鮮半島南岸の新石器時代の最初期個体群も紅山文化集団的祖先系統でモデル化できるわけですから(Robbeets et al., 2021)、考古学的知見も踏まえると、朝鮮半島南部の最初期新石器時代集団は、アムール川中下流域から西遼河地域などを経由して朝鮮半島南部に到来した可能性が高そうです。なお、西遼河地域で紅山文化の前の趙宝溝文化の担い手のゲノムは、アムール川関連祖先系統でモデル化できる可能性が指摘されています(Wang et al., 2025)。

 一方、朝鮮半島南部の最初期新石器時代も含めて「縄文時代」の日本列島では、紅山文化集団的祖先系統でモデル化できる個体はまだ確認されておらず、そうした個体が少数日本列島に到来した可能性は高そうではあるものの、おそらく定着しなかったため、古代ゲノム研究で検出できる可能性は低そうです。ただ、対馬島北西部では、朝鮮半島の新石器時代早期の隆起文土器などが多数を占め、縄文時代前期の西唐津式土器や曽畑式土器がごく少ない遺跡もあり、こうした朝鮮半島系土器の形式変化が連続的であることから、朝鮮半島南岸の新石器時代集団が一定期間継続的に居住していた、と推測されます(水ノ江., 2022)。そのため、対馬には縄文時代に一時期朝鮮半島新石器時代集団が定着していたかもしれません。ただ、対馬島におけるほぼ完全に朝鮮半島新石器時代系と言える遺跡は現時点で2ヶ所だけで、周辺の縄文時代遺跡からは、朝鮮半島系土器はほとんど出土しておらず、これは文化、さらには言語の大きな違いを反映しているかもしれません(水ノ江., 2022)。現時点ではとても断定できませんが、朝鮮半島南岸の初期~中期新石器時代集団は現代の日本列島「本土」現代人集団や朝鮮半島現代人集団の主要な遺伝的祖先ではなく(藤尾.,2023)、その言語は日本語系統とも朝鮮語系統とも「縄文時代」の西日本の言語系統とも異なっており、その後の日本列島や朝鮮半島の文化に大きな影響を残さなかっただろう、と考えています。


参考文献:
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https://doi.org/10.1017/9781009246675
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Cooke H. et al.(2021): Ancient genomics reveals tripartite origins of Japanese populations. Science Advances, 7, 38, eabh2419.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abh2419
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Huang X. et al.(2022): Genomic Insights Into the Demographic History of the Southern Chinese. Frontiers in Ecology and Evolution, 10:853391.
https://doi.org/10.3389/fevo.2022.853391
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Ishiya K. et al.(2024): High-coverage genome sequencing of Yayoi and Jomon individuals shed light on prehistoric human population history in East Eurasian. bioRxiv.
https://doi.org/10.1101/2024.08.09.606917
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Jeong G. et al.(2023): An ancient genome perspective on the dynamic history of the prehistoric Jomon people in and around the Japanese archipelago. Human Population Genetics and Genomics, 3, 4, 0008.
https://doi.org/10.47248/hpgg2303040008
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Kim J. et al.(2025): Genetic analysis of a Yayoi individual from the Doigahama site provides insights into the origins of immigrants to the Japanese Archipelago. Journal of Human Genetics, 70, 1, 47–57.
https://doi.org/10.1038/s10038-024-01295-w
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Kim J, Conte M, and Oh Y.(2025): Community Formation in the Chulmun (Neolithic) and Mumun (Bronze Age) Periods of Korea. Journal of Archaeological Research.
https://doi.org/10.1007/s10814-024-09204-7

Robbeets M. et al.(2021): Triangulation supports agricultural spread of the Transeurasian languages. Nature, 599, 7886, 616–621.
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Sato T. et al.(2021): Whole-Genome Sequencing of a 900-Year-Old Human Skeleton Supports Two Past Migration Events from the Russian Far East to Northern Japan. Genome Biology and Evolution, 13, 9, evab192.
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Seong C, and Kim J.(2022): Moving in and moving out: Explaining final Pleistocene-Early Holocene hunter-gatherer population dynamics on the Korean Peninsula. Journal of Anthropological Archaeology, 66, 101407.
https://doi.org/10.1016/j.jaa.2022.101407

Wang CC. et al.(2021): Genomic insights into the formation of human populations in East Asia. Nature, 591, 7850, 413–419.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03336-2
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Wang K. et al.(2023): Middle Holocene Siberian genomes reveal highly connected gene pools throughout North Asia. Current Biology, 33, 3, 423–433.E5.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.11.062
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Wang R. et al.(2025): Genetic formation of Neolithic Hongshan people and demic expansion of Hongshan culture inferred from ancient human genomes. Molecular Biology and Evolution, 42, 6, msaf139.
https://doi.org/10.1093/molbev/msaf139
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Yamamoto K. et al.(2024): Genetic legacy of ancient hunter-gatherer Jomon in Japanese populations. Nature Communications, 15, 9780.
https://doi.org/10.1038/s41467-024-54052-0
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神澤秀明、角田恒雄、安達登、篠田謙一(2021)「佐賀県唐津市大友遺跡第5次調査出土弥生人骨の核DNA分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第228集P385-393
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篠田謙一(2022)『人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』(中央公論新社)
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藤尾慎一郎(2023)「弥生人の成立と展開2 韓半島新石器時代人との遺伝的な関係を中心に」『国立歴史民俗博物館研究報告』第242集P35-60
https://rekihaku.repo.nii.ac.jp/records/2000021
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水ノ江和同(2022)『縄文人は海を越えたか 言葉と文化圏』(朝日新聞出版)
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この記事へのコメント

熊笹
2025年09月09日 21:03
 縄文時代論に関しては、国粋主義やスピリチュアル系が考古学や人類学を無視した荒唐無稽な主張(アイヌ侵略説、縄文文明説など)を繰り返す一方、こうした主張に反論する層も明治~大正期の古い学説(天孫民族渡来説、石器時代人=アイノ説)を彷彿とさせる人類学の認識を持っている事例もみられます。
 後者に関しては考古学や人類学の知見に疎い一般層の見解をそのまま反映している可能性が高いと考えられるため、現代日本社会の先史時代観が百年以上前を引きずったままなのは少し心配にもなりますね。
管理人
2025年09月10日 07:14
自戒を込めて言うと、一般層が最新の研究状況を的確に把握するのは難しく、昔得た少ない知識を、一般向けの誤解を招くような報道や記事からの断片的な知識と組み合わせて、都合よく解釈することを防ぐのは難しいように思います。

科学部の記者が多くいるだろう大手紙やNHKが、的確な解説をヤフーニュースやYouTuberなどにも提供していけばよいのかな、とも考えていますが、科学部の記者でもない素人の思いつきにすぎず、この御時世にどこまで効果があるか分かりません。
熊笹
2025年09月14日 00:52
 返信ありがとうございます。”縄文時代”に関して「農耕や牧畜を伴わない特殊な定住文化」と言われていた頃もありましたよね。
 しかし沿海州や韓半島の”新石器時代”も定住を志向しながら、農耕や牧畜が未発達のため”縄文文化の特殊性”に関しては私は懐疑的です。
 また、現代の日本社会は”縄文”はおろか8~10世紀以前(弥生・古墳など)とも断絶があると考えます。ただし、現代でも対馬の住民が九州本島と文化を共有する一方で韓半島は異族の領域と認識されるなど、アイデンティティは”縄文時代”から断片的に受け継がれているのかもしれませんね。
管理人
2025年09月14日 08:25
日本に限らず一般的に、特定の地域や文化や時代の「特殊性」が他でも見られることは珍しくないように思います。

「縄文文化」の西方の境界が現在の日韓の国境とほぼ一致しているように見えることも、「縄文ナショナリズム」の一因としてあるように思います。ただ、そもそも「縄文文化」や「縄文時代」といった区分の妥当性自体が今後は問われていきそうですが。

日本における8~10世紀の変容と関連することは最近執筆したので、そのうちブログに掲載する予定です。