湖北省の100万年前頃の頭蓋

 中華人民共和国湖北省で発見された100万年前頃の頭蓋を報告した研究(Feng et al., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は湖北省の100万年前頃の頭蓋を既知の他のホモ属頭蓋と比較し、この頭蓋が種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)とクレード(単系統群)を形成する、と示しています。一方で、本論文の提示したホモ属の系統樹は分子生物学で示された系統樹と異なっており、化石形態のみで動物の系統関係の解明が困難であることも示しているように思います。この問題は、最後に「私見」の項目で改めて述べます。

 以下の略称は、CT(computed tomography、計算断層写真術)、bgPCA(between-group principal components analysis、集団間主成分分析)、M(molar、大臼歯)、M2(第二大臼歯)、M3(第三大臼歯)、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)です。本論文で取り上げられる主要な人類種の区分は、サヘラントロプス・チャデンシス(Sahelanthropus tchadensis)、アルディピテクス属(Ardipithecus)、パラントロプス属(Paranthropus)、ホモ・ハビリス(Homo habilis)、ホモ・エルガスター(Homo ergaster)、ホモ・エレクトス(Homo erectus)、ホモ・アンテセッサー(Homo antecessor)、ホモ・ハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis、ハイデルベルク人)、ホモ・ロンギ(Homo longi)、ホモ・ネアンデルターレンシス(Homo neanderthalensis、ネアンデルタール人)、ホモ・サピエンス(Homo sapiens、現生人類)です。

 本論文で取り上げられる主要な中国の遺跡(化石の発見場所)は、湖北省十堰(Shiyan)市鄖陽(Yunyang)区の鄖県(Yunxian)遺跡、陝西省渭南市の大茘(Dali)遺跡、遼寧省営口市の金牛山(Jinniushan)遺跡、河南省許昌市(Xuchang)の霊井(Lingjing)遺跡、安徽省池州市東至県の華龍洞(Hualongdong)遺跡、広東省韶関市(Shaoguan)曲江区(Qujiang)の馬壩(Maba)遺跡、河北省張家口市陽原県の許家窯(Xujiayao)遺跡、甘粛省甘南チベット族自治州夏河(Xiahe)県の白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave、略してBKC)遺跡、黒竜江省ハルビン市で1993年に松花江(Songhua River)における東江橋(Dongjiang Bridg)の建設中に発見された146000年以上前のホモ属頭蓋(ハルビン頭蓋)です。

 本論文で取り上げられる中国以外の主要な遺跡(化石の発見場所)は、台湾本島と澎湖諸島の間の水深60m~120mの澎湖海峡(Penghu Channel)、フィリピンのルソン島のカラオ洞窟(Callao Cave)、インドネシアのやジャワ島のサンギラン(Sangiran)遺跡、南アフリカ共和国のライジングスター洞窟(Rising Star Cave)、ザンビアのカブウェ(Kabwe)遺跡、エチオピアのボド(Bodo)遺跡、モロッコのジェベル・イルード(Jebel Irhoud)遺跡、ロシアのシベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)遺跡、ドイツのシュタインハイム(Steinheim)遺跡、イタリアのチェプラーノ(Ceprano)遺跡、ギリシアのペトラローナ(Petralona)遺跡、スペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)、フランスのトータヴェル(Tautavel)のアラゴ洞窟(Caune de l'Arago)遺跡です。


●要約

 中期更新世には多様なホモ属が共存していました。れらのヒト化石が異なる種もしくは単系統群を表していたのかどうか、議論になっています。中国の100万年前頃の鄖県2号化石は、ホモ属の分岐進化および現生人類の起源の理解に重要です。本論文では、最近導入された技術を用いて、鄖県2号頭蓋が修復され、再構築されました。その結果、鄖県2号頭蓋は祖先的特徴と派生的特徴の混在を示す、と分かりました。形態計測および系統発生分析から、鄖県2号頭蓋は、デニソワ人を含み、現生人類単系統群の姉妹群の主要な一部である、ホモ・ロンギ単系統群の初期の構成員と示唆されます。現生人類およびホモ・ロンギの両単系統群には、中期更新世を超える深い起源があり、おそらくは急速な初期の多様化を経ました。鄖県2号は現生人類とホモ・ロンギの2単系統群の起源に近い、過渡期的な特徴を保存しているかもしれません。


●研究史

 中期更新世(チバニアン)のヒト化石は高度な形態学的多様性を示します。フィリピンのカラオ洞窟や南アフリカ共和国のライジングスター洞窟や中国のハルビンなど、最近発見されたそうした化石の一部は、他のヒト化石とは大きく異なっているので、新種と提案され[1~3]、現生人類やネアンデルタール人やハイデルベルク人やホモ・エレクトスやホモ・ハビリスなど以前に特定された分類群とは異なっています。これら形態的に多様な古代型のヒトが複数の進化的単系統群を表しているのかどうか、あるいは現生人類へとつながる過渡的変異体なのかどうか、依然として激しい議論になっています。中国のチバニアンのヒト化石は「古代型ホモ・サピエンス」と呼ばれることもあり、長年にわたり現生人類との関係について激しい議論の的となってきました。

 中国の湖北省十堰市鄖陽区(以前には鄖県市)の漢江の台地上にある遺跡から発見された2点の化石、つまり鄖県1号および2号は、【中期更新世よりさらに】古いことや、おそらくホモ・エレクトスの祖先的な特徴と現生人類の派生的な特徴の両方を明らかに有しているため、中国におけるチバニアンの記録の解釈およびより一般的にホモ属の進化の再構築に重要です。2点の頭蓋のうち保存状態がより良好な鄖県2号は、それでも歪んでいるため、系統発生的位置を推測する試みが妨げられてきました。本論文では、鄖県1号の要素も取り入れて鄖県2号が復元され、その系統発生的位置が調べられました。その110万~94万年前頃との地質学的年代および混在した祖先的特徴と派生的特徴の存在を考えると、鄖県2号はおそらく、現生人類とホモ・ロンギを含む単系統群(以後それぞれ、サピエンス単系統群、ロンギ単系統群と呼ばれます)の最終共通祖先の近くに位置しデニソワ人の進化史も解明できるかもしれません。

 ヒト進化に関する理解はおもに化石頭蓋標本に基づいていますが、これらの多くは保存状態が不完全および/もしくは歪んでいます。したがって、これら不完全な標本の適切な復元は、系統発生的関係の研究にとって重要です。サヘラントロプス属やアルディピテクス属やパラントロプス属やホモ・ハビリスやチバニアンのシュタインハイムおよびチェプラーノ頭蓋など、そうした資料はすでにヒト進化の初期段階について重要な証拠を提供してきました[12]。

 鄖県のヒト化石遺跡からは、これまでに3点の頭蓋が発見されてきました(細菌発見され、まだ公表準備段階の鄖県3号を含みます)。以前から知られている鄖県の頭蓋1号および2号は、両方とも歪んでいます。鄖県1号は、明らかな塑性変形があり、押し潰されているのに対して、鄖県2号の歪みはずっと少なくなっています。高解像度のCTの評価から、主要な歪みは、継続的な力もしくは移力を受けたさいの、曲面の捻じれや帯状化や平坦化を含む塑性変形ではなく、断片化に起因する、と示唆されています。先行研究では、この頭蓋は標識に基づく再調整と対照頭蓋の鏡映を通じて、仮想的に復元されました。本論文で報告される新たな復元は、最も歪みの少ない鄖県2号に基づいていますが、鄖県1号の一部のデータも使用しています。CT走査から、鄖県2号の歪みはおもに大きな断片の小さな割れ目とずれから構成される、と示されました。CT画像分割(化石骨を基質からデジタル的に分離します)や断片の分離および再配置を含む、近年開発された手法[12]を用いて、歪みが補正されました。


●混在する形態

 復元された鄖県2号頭蓋は大きくて長く、横方向から見ると広くて平坦な(平坦な頭部)脳頭蓋です(図1)。鄖県2号頭蓋はハルビン頭蓋(ホモ・ロンギ)や許昌頭蓋より小さく、カブウェやペトラローナやボドや金牛山やサンギランとほぼ同じ大きさで、全体的な面積ではジェベル・イルード1号や大茘や馬壩の標本より大きくなります。復元後、鄖県2号頭蓋化石には頬骨弓のごく一部が欠けており、中切歯が欠損していました。鄖県2号頭蓋は全体的な形態では明らかに祖先的で、厚い眼窩上隆起、広い頭蓋底部および口蓋、横方向から見ると長くて低い頭蓋冠、後退している前頭輪郭、かなり平らな頭頂輪郭など、それ以前の人類によって共有されていた祖先的特徴を示します。しかし、鄖県2号頭蓋には、ホモ・エレクトスやチバニアンのアフリカおよびヨーロッパのホモ属頭蓋で見られる、顕著な横方向の隆起を伴う強く突出した後頭骨と、ネアンデルタール人に典型的な中央イニオン上窩のある突出した後頭部(後頭隆起)の両方が欠けています。以下は本論文の図1です。
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 後方から見ると(図1B)、わずかに竜骨突起状の頭蓋は乳突領域で最も広く、その下では大きな乳様突起が内側に傾斜しています。さらに、側頭骨と頭頂骨は上方で収束していますが、ホモ・エレクトス化石ほど強くはなく、最近の現生人類で見られる上部頭頂骨の拡大も、ネアンデルタール人に典型的な「爆弾のような(en bombe)」形態もありません。側面から見ると(図1E・F)、顔面はホモ・エレクトスやチバニアンのアフリカおよびヨーロッパのホモ属化石と同様に、高く前方に突出していますが、その程度はより小さくなっています。鼻骨も強く前方に突出していますが、中顔面はネアンデルタール人のように前方には引っ張られていません。上顔面と鼻孔は広くなっています。頬骨上顎領域は横方向に平坦で前方を向いており、現生人類および、ヨーロッパのホモ・アンテセッサーとアジアのハルビンや大茘や金牛山や華龍洞の化石とより類似しています。しかし、頬骨は大きく、高くなっています。

 鄖県2号の頭蓋内腔を囲む基質はひじょうに密で、CT走査の骨の器質対照性は低くなっています。結果として、鄖県2号の頭蓋骨の内面上の頭蓋血管の痕跡など、解剖学的詳細はまだ復元できません。しかし、28点の標識を設定し、骨の厚さを測定することで、大きな頭蓋内欠陥の痕跡を復元でき(図2)、鄖県2号は、大茘や華龍洞やアラゴ21号やペトラローナやチェプラーノと類似した、約1143cm³の中程度の頭蓋内容量を有していた、と示されます。鄖県2号の前頭葉は小さくて狭く、ホモ・エレクトスやチバニアンのアフリカおよびヨーロッパのホモ属の頭蓋よりもわずかに広がっており、ネアンデルタール人(SH化石群を含みます)よりもかなり広がりが小さくなっています。頭頂葉と後頭葉の後部は、カブウェやペトラローナや大茘や金牛山や許昌やネアンデルタール人と同程度に、側方および後方に広がっています。鄖県2号の頭頂葉の背側の広がりは、ネアンデルタール人および現生人類よりずっと小さくなっています。以下は本論文の図2です。
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 鄖県2号頭蓋は、形質の独特な組み合わせを示します。鄖県2号は体系的な比較に新たな解剖学的詳細を提供し、系統発生的位置を推測して、全般的にホモ属の系統発生モデルを検証します。533点の標識および半標識に基づく幾何学的形態計測分析から、鄖県2号と比較された26点の最も完全なヒト化石および153点の最近のヒト標本は、bgPCA1およびbgPCA2の形態空間で数集団にクラスタ化した(まとまった)、と示されます(図3)。形状の両極が示唆するように、より低いbgPCA1値がより後退してより小さな顔面を表しているのに対して、より高いbgPCA1値は、より大きくてより突出した顔面、低くて小さな神経頭蓋、より強い眼窩上隆起、より強い後頭隆起を表しています。より低いbgPCA2値が、より狭い顔面とより高い神経頭蓋を表しているのに対して、より高いbgPCA2値は、より広くてより低い顔面、より強い眼窩上隆起、より低いもののより長い神経頭蓋、より突出した後頭部を表しています。大茘と金牛山とハルビンと鄖県2号はすべて、中程度のbgPCA1値を示しますが、bgPCA2値はより高く、これらの個体は独特な位置に分類されます。以下は本論文の図3です。
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 bgPCA1沿いでは、鄖県2号はホモ・エレクトス/ホモ・エルガスターの範囲内に収まり、ペトラローナの近くにも位置します。ネアンデルタール人とカブウェとハルビンと大茘と金牛山とジェベル・イルード1号は、ホモ・エレクトス/ホモ・エルガスターと後期更新世および現代の現生人類集団の間に位置します。しかし、bgPCA2沿いでは、鄖県2号は明らかに、現生人類やホモ・エレクトス/ホモ・エルガスターやネアンデルタール人やペトラローナやカブウェより高く、金牛山の近くに位置します。全体的に、形態空間における鄖県2号の位置は、ホモ・エレクトス/ホモ・エルガスター、カブウェ、ペトラローナ、ハルビンや大茘や金牛山を含む集団の中間的形態を反映しています。鄖県2号の系統発生的関係を形態空間に地図化すると(図3の灰色)、鄖県2号はハルビンや大茘や金牛山と密接な関係を示し、これらの化石とともに分類することが裏づけられます。


●ロンギ単系統群

 分岐年代推定のために節約基準とベイズ先端年代測定を用いた、鄖県2号を含む系統発生分析は、以前の結果[19]と同様の系統発生関係を明らかにします。鄖県2号に関する本論文の復元及び再構築に基づく系統発生推測の堅牢性を評価するために、ブートストラップ手法を用いて、その特徴得点が再標本抽出されました。その結果、鄖県2号に関する本論文の復元及び再構築、および本論文の離散および計量的特徴得点における潜在的誤差は、本論文の系統発生推測にほとんど影響を及ぼさない、と示唆されます。系統発生分析の結果(図4)から、大茘や金牛山や許家窯や華龍洞含めて以前には「古代型ホモ・サピエンス」と呼ばれることの多かったアジアのチバニアン人類は、夏河および澎湖下顎とともに分類され、単系統群を形成する、と示されます。この単系統群は、ホモ・アンテセッサーを含めて、単系統性のサピエンス単系統群の姉妹単系統群です。最近、許家窯や許昌や夏河や澎湖やデニソワ人が、ホモ属の新種と提案されました[20]。本論文の系統発生分析では、これらホモ属標本(許昌は除きます)は代わりに単系統性のロンギ単系統群に属する、と示されます。鄖県2号はロンギ単系統群内で最古級の年代ですが、本論文の結果からは、ロンギ単系統群において最も基底部の化石ではありません。以下は本論文の図4です。
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 アルタイ山脈のデニソワ洞窟からは、現生人類およびネアンデルタール人とは異なる単系統群を表す、と遺伝学的に特定されてきた、断片的なヒト化石が発見されてきました[21、22]。mtDNAの分析は、デニソワ人をSH化石群とともに、現生人類とネアンデルタール人の分岐外に位置づけていますが[23~25]、核ゲノム配列から、デニソワ人はネアンデルタール人の姉妹集団と示唆されています[25、26]。3単系統群(現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人)のみで、系統樹の形態(図4)に反映されているように、両方の系統発生関係は等しく論理的で、系統樹の根源の選択に依存します。つまり、別々に継承されるmtDNAと常染色体DNAの分析は、異なる結果をもたらすかもしれません。デニソワ人について点数化された限定的な情報数に基づく本論文の節約分析から、デニソワ人はロンギ単系統群に属する可能性が最も高い、と示唆されます。

 ロンギ単系統群は、より大きな頭蓋容量、より低くてより長い前頭鱗、より狭い眼窩幅、より深い眉間屈曲など、9点の派生的特徴を共有していました。これらの特徴は、鄖県2号の復元された形態に明らかです。ホモ・ロンギとホモ・アンテセッサーと現生人類のクレードの単系統性も、充分に裏づけられます。このより大きな集団の共有派生形質には31点の特徴が含まれ、それは、より狭い眼窩上隆起の幅、より狭い眼窩間の幅、より小さな口蓋、より低い頬骨の高さ、上顎屈曲の存在、冠状に向いた眼窩下板、爪結節の拡張のない華奢な指骨などです。デニソワ人は、ごく少ない標本で知られています。ロンギ単系統群の他のヒト化石で共有されており、保存されている標本で示されるデニソワ人の派生的特徴には、上顎M3の咬頭の縮小、M2幅の縮小、M2下錐および先端5の大きさの増加、M3斜内襞の発達が含まれます。デニソワ人の指骨の形態学的研究では、その面積と形態は現生人類の範囲内にある、と示唆されました[27]。爪結節の拡張のない華奢な指骨は、本論文の分析ではロンギ単系統群の構成員である金牛山にも存在します。


●深い分岐

 ネアンデルタール人と現生人類との間の分岐時期の以前の推定値は、70万~50万年前頃でした[29~31]。しかし、多数の現生人類の現代人および古代人とネアンデルタール人とデニソワ人に基づく最近の進化遺伝学的研究は、現生人類におけるずっと深い祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)および人口分岐を示唆しました[32]。本論文のベイズ先端年代測定分析でも、ホモ属の多様化と現生人類の起源にはずっと深い時間深度がある、と明らかになりました(図4)。ロンギ単系統群の起源は120万年前頃と推測でき、鄖県化石群よりわずかに古くなります。ロンギ単系統群とサピエンス単系統群との間の分岐は、132万年前頃です。現生人類とは姉妹集団と広く考えられている、単系統性のネアンデルタール人単系統群は、本論文の分析ではロンギおよびサピエンス単系統群から138万年前頃に分岐しました。

 鄖県2号は、地質年代が110万~94万年前頃であることを考えると、ロンギおよびサピエンス単系統群の起源の理論的年代の近くとなります。系統発生的には、鄖県2号はロンギ単系統群内に収まります。しかし、ホモ・エレクトス/ホモ・エルガスターやカブウェやペトラローナで見られる祖先形質を保持しながら、ホモ・ロンギや現生人類と共有される派生形質を発達させた、鄖県2号の混在した形態は、ロンギ単系統群の起源に近い過渡的特徴を保存しているかもしれません。鄖県2号とより深いホモ・ロンギの節(分岐点)との間の狭い時間的間隙は、サピエンスおよびネアンデルタール人単系統群で見られるように、ロンギ単系統群の急速な初期の多様化を示唆しています。


●私見

 以上、本論文についてざっと見てきました。本論文は化石形態に基づいて、湖南省で発見された100万年前頃の鄖県2号を、プロテオーム(タンパク質の総体)解析によってデニソワ人と特定された夏河下顎骨も含む、単系統群に位置づけます。この単系統群には、ホモ属の新種ホモ・ロンギと分類された146000年以上前のハルビン頭蓋[3、19]や、澎湖下顎骨も含まれ、本論文ではロンギ単系統群と呼ばれています。最近、澎湖下顎骨(Tsutaya et al., 2025)とハルビン頭蓋(Fu et al., 2025B)はプロテオーム解析によってデニソワ人系統と確認され、ハルビン頭蓋はさらにmtDNAでもデニソワ人系統と示されました(Fu et al., 2025A)から、デニソワ人系統と本論文のロンギ単系統群が重なる可能性も考えられます。このロンギ単系統群には、分類が曖昧で、デニソワ人系統の可能性も指摘されていた[20]、中国で発見された中期更新世のホモ属遺骸(馬壩、許家窯、金牛山、華龍洞)も含まれます。デニソワ人系統は本論文のロンギ単系統群と一致し、鄖県2号の年代と位置を考えると、その起源は100万年以上前までさかのぼり、ユーラシア東部で長期間存続していたのではないか、というわけです。

 デニソワ人系統のみで見ると、鄖県2号の年代が突出して古いことを除くと、この推測には納得できるところが多いものの、他の系統との関係を考えると、直ちに本論文の結果を受け入れるのには慎重になります。本論文では、まずネアンデルタール人単系統群が(デニソワ人を含む)ロンギ単系統群およびサピエンス単系統群(サピエンス現生人類)と138万年前頃に分岐し、ロンギ単系統群とサピエンス単系統群は132万年前頃に分岐した、と推定されています。つまり、デニソワ人はネアンデルタール人よりも現生人類の方と類似していることになるわけですが、これは分子生物学的手法と一致しません。

 mtDNAに基づくと、デニソワ人の系統がネアンデルタール人および現生人類の共通祖先の系統と分岐した後で、ネアンデルタール人の系統と現生人類の系統が分岐したことになります[21、23]。一方、核DNAに基づくと、現生人類の系統とデニソワ人およびネアンデルタール人の系統が分岐した後で、デニソワ人の系統とネアンデルタール人の系統が分岐したことになります。Y染色体でもmtDNAと同じ系統関係が示されており、この不一致については、デニソワ人型だったネアンデルタール人のmtDNAとY染色体が、現生人類に近い系統によって置換された可能性が指摘されています(Petr et al., 2020)。系統プロテオーム解析に基づく系統関係は、2019年に公表された夏河下顎骨(Chen et al., 2019)でも、今年(2025年)公表された澎湖下顎骨(Tsutaya et al., 2025)とハルビン頭蓋(Fu et al., 2025B)でも、核DNAの結果と一致します。さらに、本論文ではロンギ単系統群にホモ・アンテセッサーが含まれていますが、ホモ・アンテセッサーはプロテオーム解析では、デニソワ人とネアンデルタール人と現生人類の系統に対して外群を形成します(Welker et al., 2020)。

 形態学的分析では、ネアンデルタール人もしくはホモ・エレクトスの可能性さえ指摘されていた、モンゴル北東部のサルキート渓谷(Salkhit Valley)形態で発見されたホモ属頭蓋が、核ゲノム解析によって出アフリカ現生人類系統に位置づけられたこと(Massilani et al., 2020)などからも、形態のみに基づく系統関係の判断が難しいことは窺えるように思います(関連記事)。やはり、発見されている人類化石に限りがあり、しかもその多くは断片的なので、祖先的特徴と派生的特徴の厳密な区分に限界があることは否定できないでしょう。一方、ゲノム解析の可能な更新世の人類遺骸は人類化石全体でごく一部とはいえ、DNAの保存状態が良好ならば、全てに近い遺伝情報を得ることができます。プロテオーム解析だと、遺伝情報の点でDNAの直接的な解析よりずっと劣るものの、それでも、断片的な化石からも多くの情報が得られる利点はあります。やはり、分岐年代も含めて系統関係の判断においては、形態学より分子生物学の方を重視すべきで、現時点では、現生人類の系統とデニソワ人およびネアンデルタール人の共通祖先の系統が分岐した後で、デニソワ人の系統とネアンデルタール人の系統が分岐した、と想定する方が無難と思います。


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[31]Meyer M. et al.(2016): Nuclear DNA sequences from the Middle Pleistocene Sima de los Huesos hominins. Nature, 531, 7595, 504–507.
https://doi.org/10.1038/nature17405
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[32]Wohns AW. et al.(2022): A unified genealogy of modern and ancient genomes. Science, 375, 6583, eabi8264.
https://doi.org/10.1126/science.abi8264
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