中世フィンランドの人類遺骸のゲノムデータ
フィンランドで発見された中世以降の人類遺骸のゲノムデータを報告した研究(Nordfors et al., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、フィンランドの3ヶ所の墓地で発見された中世以降の人類遺骸のゲノムデータを報告し、その遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)と親族関係と伝染病への感染の可能性を調べました。その結果、現在のフィンランドでは、現代に至る少なくとも800年間にわたる人口連続性が明らかになりました。こうした歴史時代の古代ゲノム研究が、日本列島でも進展するよう、期待しています。以下は本論文の要約図です。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、YHg(Y-chromosome DNA haplogroup、Y染色体DNAハプログループ)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、ROH(runs of homozygosity、同型接合連続領域)、cM(centimorgan、センチモルガン)、IBD(identity-by-descent、同祖対立遺伝子)、READ(Relationship Estimation from Ancient DNA、古代DNAの関係推定)、BAM(Binary Alignment Map、二進数配列地図)、HOPS(Heuristic Operations for Pathogen Screening、病原体検査の発見的操作)、FECD(Fuchs endothelial corneal dystrophy、フックス角膜内皮ジストロフィ)6型、CI(confidence interval、信頼区間)です。
本論文で取り上げられる主要なフィンランドの地域は、タヴァスティア(Tavastia)州とも呼ばれるハメ(Häme)州サタクンタ(Satakunta)県、カンタ=ハメ(Kanta-Häme)県、パイヤト=ハメ県(Päijät-Häme)、サヴォニア(Savonia)とも呼ばれる南サヴォ(Southern Savo)県、ピルカンマー(Pirkanmaa、略してPKN)県、南オストロボスニア(Southern Ostrobothnia、Pohjanmaa、ポフヤンマー)州、ヴァプリイッキ中央博物館(Museum Center Vapriikki)です。本論文で取り上げられる主要なフィンランドの遺跡は、タンペレ・ヴィルセンハルジュー(Tampere Vilusenharju、略してTMP)墓地、パルカネ・リスティアンマキ(Pälkäne Ristiänmäki、略してPLK)墓地、聖ミカエル教会(St. Michael’s Church)のラウニオキルッコ(Rauniokirkko)墓地、レヴァリュタ(Leväluhta)遺跡です。
本論文で取り上げられる主要な細菌は、エルシニア属ではペスト菌(Yersinia pestis)仮性結核菌(Yersinia pseudotuberculosis)とエルシニア感染症の原因となるエルシニア・エンテロコリチカ(Yersinia enterocolitica)、ストレプトコッカス属ではストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)、ナイセリア属では髄膜炎菌(Neisseria meningitidis)、トレポネーマ属では梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)と梅毒トレポネーマ亜種エンデミクム(Treponema pallidum endemicum)と梅毒トレポネーマ亜種ペルテニュ(Treponema pallidum sub. pertenue)です。
●要約
本論文はフィンランドの3ヶ所の墓地の個体群の祖先系統と親族関係と健康を調べ、それはタンペレ・ヴィルセンハルジューとパルカネ・リスティアンマキ(11~12世紀)とラウニオキルッコ(13~19世紀)です。最古級の埋葬は、骨の保存状態の悪さのためよく知られていない、フィンランドの中世人口集団への知見を提供します。古代ゲノムデータと現在のフィンランド生物銀行のデータとIBD分析を用いて、中世と現代のフィンランドの人口集団間の強い地域的連続性、フィンランド内およびフィンランドとスカンジナビア半島との間の移動性の証拠が確認されました。親族関係分析は30km離れて埋葬された個体間のキョウダイ関係を特定し、3ヶ所の墓地の個体群で共有された遺伝的背景を示唆しました。しかし、ラウニオキルッコ墓地で身体が近接して埋葬された個体群は密接な親族関係ではなく、【生物学的な】家族関係ではなくて社会的つながりが埋葬慣行を形成していた、と示唆されます。このパターンは、キリスト教の埋葬規範の台頭および共同体に基づく埋葬組織化を反映しているかもしれません。病原体検査から、エルシニア属およびトレポネーマ属の感染の可能性が明らかになり、中世フィンランドにおける疾患負荷に光が当てられます。
●研究史
フィンランドの中世は1150~1257年となります。この時代を最もよく定義する特徴の一つは、フィンランドのキリスト教化でした。この宗教的変容は、スカンジナビア半島およびバルト海地域全体にわたる宗教的発展の一部で、火葬が廃止され、土葬が選ばれたような、新しい埋葬慣行につながりました。新たな統治構造と法的枠組みも、より広範なローマカトリック世界へのフィンランド統合の基礎を築きました。
中世初期には、フィンランドの推定人口規模は2万~4万人でした。この人口はおもに、南部および西部海岸沿いの恒久的な農耕集落と、ハメ州(タヴァスティア州)のサタクンタ県および南サヴォ(サヴォニアとも呼ばれます)の内陸部遺跡群に集中しており、そうした地域では気候および土壌条件が耕作に適していました。北部の内陸地域の特徴は季節単位の狩猟および漁撈に用いられた恒久的ではない集落で、遊動的なサーミ人集団は現在よりもさらな南方に存在していた可能性が高そうです。人口が16世紀後半までに約30万人に増加すると、土地需要の増加は、とくに南サヴォからより北方の地域への移住を促し、焼畑農耕がこの拡大を促進しました。
フィンランド人集団は、その相対的に小さな人口規模と相対的に孤立して包括的な国家人口登録のため、医学および集団遺伝学について広範に研究されてきました。こうした関心から、現在のフィンランド人の遺伝的データの情報源は増加しましたが、この地域の古代DNA研究は、フィンランドの国家の歴史的に小さな人口規模および骨の保存状態の悪さにつながる酸性土壌のため、少なくなっています。その結果、フィンランドの中世の遺跡の研究資料は通常、他のヨーロッパの遺跡と比較して限られています。
本論文では、フィンランドの中世の3ヶ所の埋葬遺跡の25個体が調べられ、それは、タンペレ・ヴィルセンハルジュー墓地、パルカネ・リスティアンマキ墓地、パルカネ・ラウニオキルッコ墓地(聖ミカエル教会)です(図1)。この3ヶ所の遺跡は、フィンランドで最長の連続的な集落のある地域にある、上サタクンタとハメの歴史的な境界地帯に位置しています。この地域は現在、ピルカンマー県の一部で、そのため本論文ではこの地域にピルカンマーとの名称が用いられます。本論文は、広範な現代のフィンランド生物銀行のデータを活用し、微細規模で中世ピルカンマーの遺伝的歴史が調べられました。その結果、中世から現在までの局所的な遺伝的連続性が見つかり、個体の移動の検出力における大規模な参照パネルとIBD分析の能力も論証されました。人口規模が推定され、親族関係パターンが推測されて、これらはこうした中世農耕共同体の生活と健康を示しました。個体の表現型形質と遺伝的疾病素質に影響を及ぼす既知の多様体も特定されました。この情報は、過去の人々を異なる個体として描くための追加の手段として、博物館の展示において活用できます。以下は本論文の図1です。
●中世およびその後のピルカンマーの祖先系統への知見
中世およびその後のピルカンマーの25個体の、古代DNAの保存状態が検査されました。少なくとも0.1%の内在性DNAのある標本が、120万ゲノム規模標識で濃縮されました。25点の標本のうち20点はゲノム規模疑似半数体を得るのに充分なDNAの保存状態で、濃縮パネルでは、120万のゲノム規模標識と重複する標識の数の範囲は17659~790569ヶ所でした。それら20点の標本のうち14点には充分な補完後の品質があり、IBD分析に使用できました。本論文の標本におけるDNAの保存状態の水準は、フィンランドの状況で予測されるより良好と考えられます。これは、標本が博物館の環境で保管されていたのではなく、発掘から直接的に採取された、との事実に影響された可能性が高そうです。
疑似半数体データは、探索的分析とF統計に用いられました。ユーラシア西部人のPCA空間では、ほとんどの古代ピルカンマー個体は現在のフィンランド人の間もしくはその近くでクラスタ化しました(まとまりました)。ADMIXTURE分析は古代の個体群と現在のフィンランド人との間で、類似した祖先系統組成を示しました。外群F₃統計では、古代人集団は現在のカレリア人やヴェプス人やフィンランド人と最も多くの遺伝的浮動を共有していました。フィンランド内の現在の遺伝的差異を捉えるPCAでは、古代の個体群は現在の南西部フィンランド人に位置します(図2A)。フィンランド南西部の状況では、個体の大半はその発見位置に対応して、現在のピルカンマーとハメとサタクンタ地域の人々の間で緊密にまとまりました。これは、地域的規模での遺伝的連続性を示唆しています。以下は本論文の図2です。
1個体PLN003は、すべてのPCAで一貫して主要集団から離れていました(図2)。ユーラシア西部人のPCAでは、PLN003はヨーロッパ東部人口集団の近くに位置し、外群F₃統計ではフィンランド人とよりもチェコ人およびエストニア人の方と多くのアレル(対立遺伝子)を共有しており、これはおそらくフィンランド外の集団からの遺伝子流動を示唆しています。しかし、contamMix分析では、先行研究のミトコンドリアの汚染推定値は警戒するほどではなかったものの、この標本には6.5%のミトコンドリアの汚染がある、と推定され、この個体【PLN003】の祖先系統推定に汚染が影響を及ぼした可能性は除外できません。
●中世とその後のピルカンマーにおける人口連続性
経時的な祖先系統における変化の可能性を調べるために、標本は時間的な2クラスタ(まとまり)に区分され、それは中世と中世より後です。12~15世紀の墓地の個体群が中世と分類表示された一方で、16~19世紀の残りの個体群は中世より後と分類表示されました。まず、各集団内の個体の組み合わせについて外群F₃統計が計算されたものの、集団内平均外群F₃推定値間で有意な違いは見つからず、中世とその後の両集団内での同様の水準の遺伝的多様性が示唆されます。
次に、現在のフィンランド人との2集団【中世とその後】のアレル共有の差異が調べられました。そのために、f₄形式(ムブティ人、検証;時間別集団、フィンランド人)のF₄統計が計算され、ここでの検証対象は現在の非アフリカ系の162人口集団を、時間別集団は、ピルカンマーの中世もしくはその後の集団のいずれかを表しています。その結果、両集団【中世とその後】は現在のフィンランド人の場合よりもわずかに多くの現在のアジア東部人集団との類似性を示した、と分かりました。しかし、これらの計算において現在のフィンランド人を表す地理的起源に関する情報がないので、時間的差異ではなく空間的差異を回収する可能性があります。
局所的規模でのアレル共有における時間的パターンを調べるために、時間別の2集団【中世とその後】のそれぞれと12ヶ所の下位地域の現在のフィンランド人との間で外群F₃統計が計算されました。両集団【中世とその後】は4位だった現在のピルカンマーではなく現在のフィンランド中央部の人々と最も多くのアレルを共有していました。最後に、検証対象がフィンランドの12ヶ所の海地域の人々を表している、f₄形式(ムブティ人、検証;ピルカンマー_中世、ピルカンマー_中世より後)のF₄統計の計算によって、直接的に時間別集団が比較されました。その結果、12ヶ所のフィンランドの下位地域の人々と比較しての時間別の2集団【中世とその後】間では、統計的に有意な違いは見つかりませんでした。
中世および歴史時代から現在までの、人口連続性が調べられました。ピルカンマー古代人の近隣地域の現在の住民との対称的近縁性について検証するために、f₄形式(ムブティ人、検証;時間別集団、地域別集団)のF₄統計が計算され、ここでは、地域別集団は地理的に近い現在の集団が、検証対象は残りのフィンランドの地域集団が代理とされました。計算されたF₄推定値のどれも有意に負ではなく、中世および歴史時代と現在との間でピルカンマーへの他地域からの実質的な遺伝子流動はなかった、と示唆されます。
●現在のフィンランド人とのつながり
微細規模での人口連続性を調べるために、考古学的個体群と現在のフィンランド人との間のIBD共有が研究されました。これらの分析のため、ピルカンマーの古代人14個体の補完データが用いられました。時間的距離のため、考古学的個体群と現代の個体群との間の個体のIBDのつながりは、一般的な意味での親類と解釈すべきではありません。むしろ、これらのつながりの地理的分布は、人口集団水準の共通の祖先系統の証拠として使用できます。ピルカンマー古代人と現在のフィンランド人との間の遺伝的つながりを表す統計量として、IBD断片長の地方自治体水準の平均合計値が用いられ、次にこれらの統計量が、クリギング補間もしくは逆距離加重を用いて、フィンランド全域にわたるIBDのつながりの推定に使われました。その結果、現在のパルカネで最大となるIBDのつながりのひじょうに局所的なパターンが明らかになり、パルカネではIBD分析に含められたほぼすべての標本が発掘されました。これは、少なくとも800年間にわたる同じ地域での系統の強い存続を論証します。中世とその後の集団間のつながりで大きな変化は検出されず、これは、時間別の2集団【中世とその後】間の連続性を示唆した、上述のF統計と一致します。
考古学的個体群と現在の個体群によって共有されている一部の断片に同一の境界がある、つまり、古代の1個体と共有される断片は、現在の2個体以上にも共有されていたことが注目されました。断片の約5%が現在の人口集団に数十回現れました。これら「一般的な」断片が、フィンランドにおけるより深い共有された祖先系統を表している可能性が高いのに対して、稀な断片はより新しい系統を表しているかもしれない、と推測されます。したがって、稀な断片は、より地理的に層序化されるので、微細規模の人口構造の研究にとって一般的な差異より強力である、稀なアレル多様体に相当するパターンを明らかにできるかもしれません。これをさらに研究するために、「一般的な」断片と「稀な」断片の分類について上述の分析が別々に繰り返され、両方の断片の分類には独特な空間分布がある、と分かりました。つまり、一般的な断片はより広範に拡大したパターン(図3A)を示し、外群F₃統計のアレル共有のパターンにほぼ対応します。一方で、稀な断片はパルカネに著しく集中していました(図3B)。これらのパターンは、稀な断片が局所的でより新しいかもしれない系統を捉えている、との仮定と一致します。以下は本論文の図3です。
潜在的な外れ値および個体の移動性を特定するために、IBDの接続性が「稀」と「一般的」と「全体的」な区分で、各個体で別々に分析されました。個体の大半はピルカンマーかハメかより広く現在のフィンランド南西部で、稀なIBDの接続性が最高でした。しかし、1個体JK2285の接続性は、フィンランド南西部ではごくわずかで、中央オストロボスニアでは最高でした。別の個体PKN006は、フィンランド南西部との接続性に加えて、南サヴォと高い接続性を有していました。2個体TMP003およびPLK003は、ピルカンマーにおいて最高の稀なIBD共有を有していたにも関わらず、一般的なIBD接続性ではフィンランド南東部との接続性をさらに示しました。しかし、これらのパターンから移動の時期および方向性を推測することが簡単ではないのは、IBD共有の空間分布が子孫人口集団の移動に影響を受けるかもしれないからです。異なる人口統計学的状況下での個体の断片の起源と軌跡の理解には、本論文の範囲外である合着(合祖)時間の模擬実験と詳細な分析が必要でしょう。それにも関わらず、代理として固有の断片を用いて、微細規模の人口構造のパターンをすでに把握できます。
●社会的慣行と人口規模
パルカネ・ラウニオキルッコ墓地に埋葬された個体群の親族関係分析は、中世フィンランドにおける埋葬慣行および家族のつながりへの知見を提供します。疑似半数体データとREAD第2版を用いて、標本一式内での密接な遺伝的近縁性が分析されました。ラウニオキルッコ墓地から標本抽出された個体のうち、4個体(PLN001、PKN010、PKN013、PKN014)が子供だったのに対して、残り(17個体)は成人でした。興味深いことに、中世の成人のうち6個体(PKN002、PKN003、PKN005、PKN006、PKN008、PKN00)は、小さく限られた区域に埋葬されており、異なる4層で相互に重なっていました。放射性炭素年代測定によると、これらの埋葬のすべては13世紀で、空間の利用可能性にも関わらず、人々は意図的にこれらの成人を密集した層に埋葬することを選択している、と示唆されます。この埋葬は数年もしくは数十年の間隔で分離されており、例外は2個体(PKN005とPKN006)の墓で、この2個体は13世紀末に二重墓に同時に埋葬されました。
限られた区域における重なって層での13世紀の埋葬の配置は当初、家族墓の可能性として解釈されました。しかし、遺伝学的分析は、個体間の密接な生物学的関係を明らかにはしませんでした。二重墓1基には個体PKN005(性染色体がXX)とPKN006(性染色体がXY)が含まれており、その配置はとくに密接で、PKN006はPKN005の左側で横たわっており、片方の手をPKN005の肩に、もう一方の手をPKN005の肘に当てていました。そうした身体接触は、密接な個人間の関係を示唆している、と解釈されたことが多く、おそらくは夫婦を示唆しています。しかし、すべての重要な社会的関係が遺伝的関係に基づいているわけではありません。この事例では、このクラスタ(まとまり)における全個体間の親族関係の結びつきの欠如は、いくつかの他の社会的慣行が埋葬パターンの背後にあったこと可能性を提起します。可能性のある一つの解釈は、死者の共有された宗教的帰属意識です。13世紀までに、ハメ地域のキリスト教化は進み、それは最初の教区と墓地の建設によって示されます。この期間の文献は少ないものの、考古学的証拠から、標準化された身体の向きや遺物のない聖地での埋葬など、埋葬キリスト教の埋葬慣行が次第に広がっていった、と示唆されていいます。キリスト教の思想において、死者は家族の結びつきを超えた精神的共同体の構成員として概念化されていました。したがって、これらの埋葬の組み分けは、新興のキリスト教の信徒における構成員を反映しているかもしれず、そこでは、道徳的地位もしくは儀式への参加(「良きキリスト教徒」)によって埋葬の位置が決定されました。この観点では、ラウニオキルッコの埋葬はフィンランド内陸部における初期キリスト教共同体形成の稀な物質的証拠を提供するかもしれません。
重要なことに、全キョウダイ(両親が同じキョウダイ)である唯一の1親等の親族関係が、30km離れた墓地の2個体間で検出され、一方はヴィルセンハルジュー墓地の成人女性1個体(TMP002)、もう一方はリスティアンマキ墓地の成人男性1個体(PLN004)です。この2個体はフィンランドでは比較的稀なmtHg-Z1a1aも共有しており、その近縁性がさらに確証されます。ヴィルセンハルジュー墓地とリスティアンマキ墓地の間の文化的類似性は、この地域の人々の間の相互作用と交流を示唆しています。この2ヶ所の遺跡はその間に伸びている長い隆起によってつながっており(図1)、この自然の経路は両地域間の移動を促進した可能性が高そうです。
古代ピルカンマー集団内のより遠い近縁性を研究するために、ancIBDが用いられ、補完に充分なデータのある14個体間のIBD断片が呼び出されました。この分析には、パルカネ・ラウニオキルッコ墓地の10個体、パルカネ・リスティアンマキ墓地の3個体、タンペレ・ヴィルセンハルジュー墓地から1個体(TMP003)のみの補完されたゲノムが含められました。その結果、これらの個体はすべて、このデータセットで少なくとも他の1個体とIBDのつながりを共有していたものの、密接な親族関係の個体はいなかった、と分かりました(図4)。近縁性の正確な程度からそうした遠い親族の判断はできず、人口集団における背景近縁性によってさらに影響を受けるかもしれません。重要なことに、14個体間の20通りのつながりのうち半分は、中世とその後の個体間で見つかりました。集団内IBD共有は、両時間別集団【中世とその後】で同様でした。以下は本論文の図4です。
ROH分析と、hapROHに実装された最尤枠組み[25]によって、ピルカンマー古代人の有効人口規模がモデル化されました。この分析のため、疑似半数体データが用いられましたが、40万ヶ所超のSNPのある個体のみが含められました。長いROHが両親の近縁性(近親婚)を示唆する一方で、ROHのより短い区画は通常、より遠い近縁性の痕跡で、これは比較的小さな人口規模によって引き起こされることが多くあります。分析された14個体のほぼすべで短いROHが検出れましたが、数世代以内の両親の近縁性を示唆する長いROH(20cM超)の合計量の多い個体はいませんでした。このパターンは、小さな人口規模で典型的な、より遠い背景の近縁性と一致します。
有効人口規模は1847個体(95% CIでは1228~2956個体)と推定されました。この推定値は数世紀にわたる平均で、この推定値に含まれる個体の平均年代は15世紀半ばです。歴史時代のハメ(現在のピルカンマー県とカンタ=ハメ県とパイヤト=ハメ県が含まれます)の有効人口規模に関する以前の推定値は現代人の遺伝的データに由来し、15世紀半ばにはこの地域の有効人口規模は約12000人だった、と示唆されています。しかし、この推定値がずっと大きな地域の有効人口規模を表している一方で、本論文の分析はほぼ1ヶ所の地方自治体に埋葬された個体に焦点を当てました。さらに、以前の推定値がIBD共有に基づいているのに対して、本論文ではROHが用いられ、これは人口規模推定でさほど正確ではないかもしれません。IBD共有での有効人口規模および経時的なその変化のモデル化には、より多くの古代人の標本が必要でしょう。
注目されるのは、全個体が同じIBD網の一部で、さまざまな水準の短いROHを有しているものの、近い過去の近親交配の結果だろう個体が検出されず、密接な親族関係が1組しか見つからなかったことです(図4)。これは、中世の共同体には積極的に近親婚を避ける慣行があったことを示唆しているかもしれません。そうした慣行は19世紀から20世紀初期のフィンランドの人口記録データから推測されてきており、そうした記録ではイトコ間の結婚は任意交配集団で予測されるより顕著に低頻度でした。あるいは、頻繁に見られるものの短いROHと高水準の遠いIBD共有ではあるものの密接な親族のいない観察刺されたパターンは、中世に起きた最近の人口増加によって説明できるかもしれません。
●スカンジナビア半島とのつながりの可能性
考古学的観点からは、フィンランドには鉄器時代を通じてのスウェーデンとの密接な接触がありました。これらの結びつきは、中世にはキリスト教の拡大およびスウェーデン王国へのフィンランドの政治的統合を通じて、さらに強化されました。1400年代の前には、スウェーデン人入植者がフィンランドの沿岸部地域へと移動し、地名と個人名に基づいて、スウェーデンとドイツの影響および恐らくは住民も、中世を通じてフィンランド地域に到来しました。
先行研究を用いて、本論文のデータセットにおける遺伝学的男性個体についてBAMファイルからYHgが呼び出され、全個体がI1aとN1aとR1aの主要な3系統に収まる、と分かりました。男性10個体のうち6個体はYHg-I1aでした。I1aは現代のフィンランドでは2番目に多いYHgで、フィンランド南西部沿岸では最も高頻度です。YHg-I1aの空間分布は一般的に、YHg-I1aが世界で最も高頻度であるスカンジナビア半島からの遺伝子流動の結果と見なされています。やや意外なことに、現代フィンランドで最も一般的なYHgであるN1a1だったのは1個体のみでしたが、別の低網羅率の個体もこの系統内に収まります(低解像度のYHgはN1aと決定されました)。残りの2個体は、現在のフィンランド人男性の約4%で見られる、YHg-R1aでした。
本論文のデータセットと比較すると、YHg-I1aの頻度はピルカンマーおやよびハメの現在の男性人口ではかなり低く、それぞれ28%と12%です。YHg-N1a1はこれらの地域で父系の60%以上を占めています。YHg-I1aの高頻度は、スカンジナビア半島からの影響と解釈できるかもしれませんが、フィンランドではYHg-N1a1が最も高頻度である東方からのその後の遺伝子流動も、現在の明らかな変化を説明できます。これら2通りの説明は、相互に排他的ではありません。しかし、パルカネ地域における強い局所的連続性を考えると、YHg-I1aもこの地域での歴史が長いかもしれないものの、YHg-I1aの推定される局所的な分布は、県水準の平均からは検出できません。現代の人口集団のより密な標本抽出が、父系の地方自治体水準の差異を研究するのに必要でしょう。さらに、父系の経時的変化の可能性について意味があり統計的に堅牢な説明をするためには、より多くの古代人の標本が必要でしょう。
しかし、ゲノム規模IBD共有は、スカンジナビア半島とのつながりの別の一片の証拠を提供します。ancIBD分析では、補完されたピルカンマー個体群とヴァイキング期のスカンジナビア半島の刊行されている12個体のゲノム[33]との間のつながりが見つかりました。中世の個体群のうち2個体(TMP003とPKN002)には、ゴットランド島のヴァイキング期の1個体IBDとのつながりがあり、2個体(TMP003とPKN007)はノルウェー北部のロフォーテン諸島の1個体とIBD断片を共有しています(図4)。重要なことに、上述のヴァイキング期の2個体は、特徴のない通常のヴァイキング期の考古学的背景にも関わらず、遺伝的には通常のスカンジナビア半島人ではありません。ロフォーテン諸島の1個体にはサーミ人関連祖先系統がある一方で、ゴットランド島の1個体は先行研究で遺伝学的に「フィンランド人」と報告されました。
先行研究では、海上移動性の増加が、ヴァイキング期には先行期間もしくはその後の期間と比較してより高い遺伝的多様性と、ヨーロッパ中央部やブリテン島関連やバルト海の祖先系統の遺伝的流入をもたらした、と論証されてきました[33、35、36]。したがって、スカンジナビア半島のヴァイキング期の個体群とフィンランドの中世の個体群との間で観察されたつながりは、ヴァイキング期におけるフィンランドからスカンジナビア半島への個体の移動を反映している可能性が高そうです。ヴァイキング期の移動は、スカンジナビア半島外の多くの地域にスカンジナビア半島祖先系統をもたらし、それには恐らくフィンランドが含まれるものの、本論文のIBD分析はそうした移動を把握できませんでした。フィンランドへのスカンジナビア半島からの遺伝子流動の適切な評価には、ヴァイキング期に先行するフィンランドの個体群からの古代DNAが必要でしょう。
●サーミ人関連祖先系統
中世フィンランド人とヴァイキング期のサーミ人関連個体群との間のIBDのつながりは、フィンランド人集団とサーミ人集団との間のつながりの可能性を明らかにします。現在のフィンランド人とバルト海地域のサーミ人と他のウラル語族話者人口集団は、タイミル半島の現在のガナサン人によって最適に表される顕著な割合のシベリア関連祖先系統を有している、と知られています[37、39]。シベリア関連祖先系統は、非ウラル語族話者の隣人にはほぼ存在しません。フィンランド北部では、フィンランド人とサーミ人との間の最近の通婚がよく知られていますが、フィンランド南部におけるフィンランド人とサーミ人関連集団との間の相互作用は曖昧です。フィンランド南部におけるサーミ人関連集団の存在は、南オストロボスニアのレヴァリュタ遺跡の鉄器時代個体群が有していたサーミ人関連祖先系統や、サーミ語に由来する地名によって証明されています。
サーミ人関連集団からの寄与は、古代のピルカンマー個体群の微妙な東方との類似性を説明できるかもしれません。ピルカンマー・ハメ地域の各古代人と現代人14個体について、f₃形式(検証、個体;ムブティ人)の外群F₃統計の計算によってこれが検証され、ここでの検証対象は現在のガナサン人かサーミ人かノルウェー北部のヴァイキング期の個体VK518です。F₃推定分布の視覚化比較は、古代と現在の集団におけるサーミ人関連祖先系統違いを示唆しませんでした。f₄形式(ムブティ人、サーミ人関連供給源;古代人集団、現代人集団)およびf₄形式(ムブティ人、サーミ人関連供給源;古ピルカンマー_中世、ピルカンマー_中世より後)のF₄統計の計算によって直接的に、サーミ人関連供給源との集団水準での類似性の差異が評価されました。推定値は統計的にどれも有意ではなかったものの、中世ピルカンマー個体群は中世より後の集団および現代人集団の場合よりも、サーミ人関連供給源との類似性を多く有する一貫した傾向を示した、と分かりました。
サーミ人関連祖先系統の平均類似性における有意な時間的差異は見つかりませんでしたが、混合時期のより近い年代に生きていた個体群は、サーミ人関連祖先系統においてより多くの差異を示すかもしれません。これを評価するために、f₄形式(ムブティ人、サーミ人関連供給源;個体1、個体2)のF₄統計が計算され、ここでの個体1と個体2は、現代人もしくは古代人集団のどちらか両方です。サーミ人関連集団のどれかと統計的により差次的に関連していたのは、4組のみと分かりました。注目すべきことに、古代人集団と現代人集団の両方で2組が見つかり、古代の個体群は同じ地域の現在の個体群よりもサーミ人関連祖先系統の差異がより多い、と示唆されます。したがって、本論文では、ピルカンマー・ハメ地域におけるサーミ人関連もしくはシベリア関連祖先系統祖先系統は、中世初期のずっと前に起きた混合事象に由来する、と結論づけられます。
●病原体の発見は中世の共同体における健康を解明します
ヒトの病原体DNAについて、nf-core/eagerに実装されたメタゲノム検査パイプラインHOPSで、すべてのショットガン配列決定および捕獲配列決定データが検査されました。この分析では、5個体で感染症の可能性の兆候が得られました。この5個体のうち3個体、つまりPKN005(13世紀の二重墓の若い成人女性)とPKN010(16世紀の子供)とJK2287/PLK003(16世紀の成人男性)が、エルシニア属に分類できる細菌配列を示しました。エルシニア属には複数の病原性種が含まれ、最も有名なのは、ペストの病原体であるペスト菌です。ペスト感染の可能性を具体的に評価するために、先行研究の実施要綱に従って、いくつかのエルシニア属種と3種の毒性関連プラスミドに対して、競合マッピング(多少の違いを許容しつつ、ゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)が実行されました。全個体で競合的ペスト得点は陰性でした。PKN005を除いて、ペスト菌固有のプラスミドと一致する配列読み取りはありませんでした。PKN005では、わずか数点の配列が見つかりましたが、感染を示唆する水準ではありませんでした。まとめると、これらの結果から、分析された個体群はペストに感染していなかった、と強く示唆されます。この解釈は歴史的証拠によってさらに裏づけられ、15世紀後半前にフィンランドでペストの確証された存在はなく、13世紀の事例(PKN005)の可能性はきわめて低そうです。
むしろ、観察された配列はおそらく、仮性結核菌(個体PKN005)とエルシニア・エンテロコリチカ(個体PKN010およびJK2287/PLK003)に分類されます。この両種は、とくに家畜との密な接触もしくは悪い衛生状態によって人畜共通感染症が起きる環境において、ヒトの消化管および前身感染症を引き起こす可能性があります。これらの細菌は一般的にブタやウシと関連しており、通常は汚染された食料や水や動物との直接的接触を通じて感染します。中世の農耕社会では、衛生慣行が限られており、人々は家畜と近い住居を共有することが多かった、ペスト感染症の危険性は高かったでしょう。しかし、仮性結核菌とエルシニア・エンテロコリチカも土壌では一般的に見られ、これは環境汚染が完全には除外できないことを意味しています。
微生物の存在のさらなる証拠は、2個体で見つかりました。二重墓に埋葬された13世紀の男性(PKN006)と19世紀の子供(PKN013)から、ストレプトコッカス属種に分類される配列が得られました。両方の事例では、DNAは歯の組織から抽出されており、配列は口腔微生物叢に由来する可能性が高そうです。具体的には、PKN006は口腔に一般的に存在するストレプトコッカス・ミュータンスを示しました。この個体は、髄膜炎と敗血症を引き起こす能力があるヒト固有の病原体である、髄膜炎菌の証拠の可能性も示しました。しかし、現在の人口の最大10%が上咽頭にこの細菌を有しており、症状はほとんどありません。関連する配列はPKN006の歯石からのみ回収され、象牙質からは回収されなかったので、これらの細菌は無症状の保菌状態を表している可能性が高そうです。
最後に、19世紀の埋葬から発見された成人男性である個体PKN012は、トレポネーマ感染症の原因病原体である梅毒トレポネーマと一致する遺伝的痕跡を示しました。梅毒トレポネーマは梅毒の原因ですが、トレポネーマ亜種エンデミクムや梅毒トレポネーマ亜種ペルテニュなど他の亜種は、それぞれ梅毒とイチゴ腫を引き起こします。現在、これらの疾患は地理的に熱帯地域に限られていますが、以前のゲノム研究では、フィンランドにおける非梅毒型を含む多様なトレポネーマ属系統の歴史的存在が確証されてきました。
病原体の存在を確証し、関連する種から決定的に区別するには、病原体の捕獲が必要であることに要注意です。それにも関わらず、検査の結果から、パルカネの中世および歴史時代の人口集団を苦しめてきたかもしれない、多様な感染症を垣間見ることができます。
●個人の形質および遺伝的体質
2通りの手法、つまりHIrisPlexとPrometheaseを用いて、個体の表現型の形質と遺伝的体質が推測されました。HIrisPlexについてはBAMファイルに直接的に由来するアレル数データが、Prometheaseについては、補完データが用いられました。HIrisPlex分析から、【本論文で新たに分析された】個体のほとんどは中世ヨーロッパ北部人口集団と一致して金髪か暗い金髪と青い目だった可能性が高い、と示唆されます。2個体(PKN002とPLN002)はより濃い茶色の髪だった可能性が高いのに対して、年配の男性であるPKN006は赤毛だったかもしれません。子供の1個体PLN001は、茶色の目と黒髪だった可能性が高そうです。
Prometheaseの報告によると、【本論文で新たに分析された】個体の大半(少なくとも10個体のうち6個体)はある程度乳を消化できました。乳糖分解酵素持続は、フィンランドと他の北欧諸国でとくに高頻度で、現在のフィンランドでは80%超です。この高頻度は一般的に、酪農社会における乳消費の栄養上の利点と関連づけられていますが[54]、考古学的証拠から、乳産物は乳糖分解酵素持続がヨーロッパで広がったずっと前に消費されていた、と示されています[54、55]。先行研究[55]では、乳は飢饉や感染症疾患の時期には乳糖不耐性の個体にとって重要ではあるものの危険な食料源だったので、乳糖分解酵素持続を選好する自然選択を引き起こした、と主張されました。フィンランドでは、酪農と乳の消費は19世紀にやっと一般的なり、現在のフィンランド人集団における【乳糖分解酵素持続関連】アレルの高頻度はフィンランドにおける乳消費とは関連していない、と示唆されます。
病理学的には、個体PLN004は目の疾患であるFECD6型と関連する遺伝的多様体を有していたかもしれません。これは角膜内皮に影響を及ぼす最も一般的な疾患ですが、必ずしも個体に強い影響を及ぼすわけではないのは、症状が経度の眼痛から視力障害まで多様だからです。Prometheaseは、他の個体でも疾患危険性と関連するさまざまなアレル多様体を報告しました。そうした報告は時に古代DNA研究[59]で使われてきましたが、その結果には注意深い解釈が必要で、それは、表現型の発現への環境の影響と組み合わさった、ほとんどの遺伝子性疾患の高度に多遺伝子性の基盤のためです。個体水準での予測能力は低い可能性が高いため、どの形質でも多遺伝子危険性得点は計算されませんでした。古代DNAに特徴的な低網羅率と死後のDNA損傷は、計算可能な多遺伝子危険性得点にさらなる不確実さを追加します。
小さな標本規模は疾患関連形質の堅牢な分析を妨げますが、古代の病原体の発見と組み合わされたより大きなデータセットは、フィンランドにおける免疫関連の選択および感染症の歴史的流行への貴重な洞察を提供できます。さらに、個体の遺伝的形質に関する情報は、たとえば博物館の展示で、考古遺伝学の大衆化に使用でき、ヒトの関心の側面を追加し、古代の個体群を個体の形質でより身近な人々として描くのに役立つかもしれません。
●ヒトの過去への学際的知見
フィンランドはヨーロッパの古代DNA研究において長く過小評価されたままで、これはおもに酸性土壌における有機物の保存状態の悪さに起因します。本論文は、中世フィンランド人口集団の遺伝的組成と健康と親族関係パターンの新たな情報の提供によって、稀な寄与を提示します。考古学的証拠と統合すると、分析結果はフィンランドの歴史の形成期における埋葬慣行やキリスト教の拡大や地域的な社会網にも光を当てます。分析された個体の比較的新しい年代のため、フィンランド生物銀行参照データを利用でき、古代と現代の人口集団間の直接的な比較が可能になりました。その結果は、博物館の展示「古代DNA:過去への鍵(フィンランドのヴァプリイッキ中央博物館)」でも使用され、古代の個体群やその研究への大衆の関心を高める上で、学際的手法の価値が浮き彫りになりました。
●この研究の限界
本論文は、フィンランドのピルカンマー地域の中世およびその後の人口集団の遺伝的歴史と移動と健康への洞察を提供します。しかし、いくつかの限界を認識せねばなりません。まず、フィンランドの酸性土壌における保存状態の良好な骨格遺骸の少なさによって余儀なくされた小さな標本規模が、分析の統計的検出力を制約します。古代の個体群をフィンランド生物銀行の現在の個体群と比較した本論文の分析は、元々の現代人の標本の選択とデータ生成に影響を受けるかもしれません。フィンランド生物銀行についての標本抽出は、現代の北カレリアと北サヴォと北オストロボスニアの地域が重点的に対象とされてきました。さらに、本論文におけるIBD分析で用いられたフィンランド生物銀行のデータは、ヒト中核エクソームチップによって生成され、これは古代DNAデータ生成に用いられた124万捕獲パネルとの重複が限られていました。遺伝子標識の限定的な数は、IBD断片検出の能力を低下させる可能性が高そうです。
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以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、YHg(Y-chromosome DNA haplogroup、Y染色体DNAハプログループ)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、ROH(runs of homozygosity、同型接合連続領域)、cM(centimorgan、センチモルガン)、IBD(identity-by-descent、同祖対立遺伝子)、READ(Relationship Estimation from Ancient DNA、古代DNAの関係推定)、BAM(Binary Alignment Map、二進数配列地図)、HOPS(Heuristic Operations for Pathogen Screening、病原体検査の発見的操作)、FECD(Fuchs endothelial corneal dystrophy、フックス角膜内皮ジストロフィ)6型、CI(confidence interval、信頼区間)です。
本論文で取り上げられる主要なフィンランドの地域は、タヴァスティア(Tavastia)州とも呼ばれるハメ(Häme)州サタクンタ(Satakunta)県、カンタ=ハメ(Kanta-Häme)県、パイヤト=ハメ県(Päijät-Häme)、サヴォニア(Savonia)とも呼ばれる南サヴォ(Southern Savo)県、ピルカンマー(Pirkanmaa、略してPKN)県、南オストロボスニア(Southern Ostrobothnia、Pohjanmaa、ポフヤンマー)州、ヴァプリイッキ中央博物館(Museum Center Vapriikki)です。本論文で取り上げられる主要なフィンランドの遺跡は、タンペレ・ヴィルセンハルジュー(Tampere Vilusenharju、略してTMP)墓地、パルカネ・リスティアンマキ(Pälkäne Ristiänmäki、略してPLK)墓地、聖ミカエル教会(St. Michael’s Church)のラウニオキルッコ(Rauniokirkko)墓地、レヴァリュタ(Leväluhta)遺跡です。
本論文で取り上げられる主要な細菌は、エルシニア属ではペスト菌(Yersinia pestis)仮性結核菌(Yersinia pseudotuberculosis)とエルシニア感染症の原因となるエルシニア・エンテロコリチカ(Yersinia enterocolitica)、ストレプトコッカス属ではストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)、ナイセリア属では髄膜炎菌(Neisseria meningitidis)、トレポネーマ属では梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)と梅毒トレポネーマ亜種エンデミクム(Treponema pallidum endemicum)と梅毒トレポネーマ亜種ペルテニュ(Treponema pallidum sub. pertenue)です。
●要約
本論文はフィンランドの3ヶ所の墓地の個体群の祖先系統と親族関係と健康を調べ、それはタンペレ・ヴィルセンハルジューとパルカネ・リスティアンマキ(11~12世紀)とラウニオキルッコ(13~19世紀)です。最古級の埋葬は、骨の保存状態の悪さのためよく知られていない、フィンランドの中世人口集団への知見を提供します。古代ゲノムデータと現在のフィンランド生物銀行のデータとIBD分析を用いて、中世と現代のフィンランドの人口集団間の強い地域的連続性、フィンランド内およびフィンランドとスカンジナビア半島との間の移動性の証拠が確認されました。親族関係分析は30km離れて埋葬された個体間のキョウダイ関係を特定し、3ヶ所の墓地の個体群で共有された遺伝的背景を示唆しました。しかし、ラウニオキルッコ墓地で身体が近接して埋葬された個体群は密接な親族関係ではなく、【生物学的な】家族関係ではなくて社会的つながりが埋葬慣行を形成していた、と示唆されます。このパターンは、キリスト教の埋葬規範の台頭および共同体に基づく埋葬組織化を反映しているかもしれません。病原体検査から、エルシニア属およびトレポネーマ属の感染の可能性が明らかになり、中世フィンランドにおける疾患負荷に光が当てられます。
●研究史
フィンランドの中世は1150~1257年となります。この時代を最もよく定義する特徴の一つは、フィンランドのキリスト教化でした。この宗教的変容は、スカンジナビア半島およびバルト海地域全体にわたる宗教的発展の一部で、火葬が廃止され、土葬が選ばれたような、新しい埋葬慣行につながりました。新たな統治構造と法的枠組みも、より広範なローマカトリック世界へのフィンランド統合の基礎を築きました。
中世初期には、フィンランドの推定人口規模は2万~4万人でした。この人口はおもに、南部および西部海岸沿いの恒久的な農耕集落と、ハメ州(タヴァスティア州)のサタクンタ県および南サヴォ(サヴォニアとも呼ばれます)の内陸部遺跡群に集中しており、そうした地域では気候および土壌条件が耕作に適していました。北部の内陸地域の特徴は季節単位の狩猟および漁撈に用いられた恒久的ではない集落で、遊動的なサーミ人集団は現在よりもさらな南方に存在していた可能性が高そうです。人口が16世紀後半までに約30万人に増加すると、土地需要の増加は、とくに南サヴォからより北方の地域への移住を促し、焼畑農耕がこの拡大を促進しました。
フィンランド人集団は、その相対的に小さな人口規模と相対的に孤立して包括的な国家人口登録のため、医学および集団遺伝学について広範に研究されてきました。こうした関心から、現在のフィンランド人の遺伝的データの情報源は増加しましたが、この地域の古代DNA研究は、フィンランドの国家の歴史的に小さな人口規模および骨の保存状態の悪さにつながる酸性土壌のため、少なくなっています。その結果、フィンランドの中世の遺跡の研究資料は通常、他のヨーロッパの遺跡と比較して限られています。
本論文では、フィンランドの中世の3ヶ所の埋葬遺跡の25個体が調べられ、それは、タンペレ・ヴィルセンハルジュー墓地、パルカネ・リスティアンマキ墓地、パルカネ・ラウニオキルッコ墓地(聖ミカエル教会)です(図1)。この3ヶ所の遺跡は、フィンランドで最長の連続的な集落のある地域にある、上サタクンタとハメの歴史的な境界地帯に位置しています。この地域は現在、ピルカンマー県の一部で、そのため本論文ではこの地域にピルカンマーとの名称が用いられます。本論文は、広範な現代のフィンランド生物銀行のデータを活用し、微細規模で中世ピルカンマーの遺伝的歴史が調べられました。その結果、中世から現在までの局所的な遺伝的連続性が見つかり、個体の移動の検出力における大規模な参照パネルとIBD分析の能力も論証されました。人口規模が推定され、親族関係パターンが推測されて、これらはこうした中世農耕共同体の生活と健康を示しました。個体の表現型形質と遺伝的疾病素質に影響を及ぼす既知の多様体も特定されました。この情報は、過去の人々を異なる個体として描くための追加の手段として、博物館の展示において活用できます。以下は本論文の図1です。
●中世およびその後のピルカンマーの祖先系統への知見
中世およびその後のピルカンマーの25個体の、古代DNAの保存状態が検査されました。少なくとも0.1%の内在性DNAのある標本が、120万ゲノム規模標識で濃縮されました。25点の標本のうち20点はゲノム規模疑似半数体を得るのに充分なDNAの保存状態で、濃縮パネルでは、120万のゲノム規模標識と重複する標識の数の範囲は17659~790569ヶ所でした。それら20点の標本のうち14点には充分な補完後の品質があり、IBD分析に使用できました。本論文の標本におけるDNAの保存状態の水準は、フィンランドの状況で予測されるより良好と考えられます。これは、標本が博物館の環境で保管されていたのではなく、発掘から直接的に採取された、との事実に影響された可能性が高そうです。
疑似半数体データは、探索的分析とF統計に用いられました。ユーラシア西部人のPCA空間では、ほとんどの古代ピルカンマー個体は現在のフィンランド人の間もしくはその近くでクラスタ化しました(まとまりました)。ADMIXTURE分析は古代の個体群と現在のフィンランド人との間で、類似した祖先系統組成を示しました。外群F₃統計では、古代人集団は現在のカレリア人やヴェプス人やフィンランド人と最も多くの遺伝的浮動を共有していました。フィンランド内の現在の遺伝的差異を捉えるPCAでは、古代の個体群は現在の南西部フィンランド人に位置します(図2A)。フィンランド南西部の状況では、個体の大半はその発見位置に対応して、現在のピルカンマーとハメとサタクンタ地域の人々の間で緊密にまとまりました。これは、地域的規模での遺伝的連続性を示唆しています。以下は本論文の図2です。
1個体PLN003は、すべてのPCAで一貫して主要集団から離れていました(図2)。ユーラシア西部人のPCAでは、PLN003はヨーロッパ東部人口集団の近くに位置し、外群F₃統計ではフィンランド人とよりもチェコ人およびエストニア人の方と多くのアレル(対立遺伝子)を共有しており、これはおそらくフィンランド外の集団からの遺伝子流動を示唆しています。しかし、contamMix分析では、先行研究のミトコンドリアの汚染推定値は警戒するほどではなかったものの、この標本には6.5%のミトコンドリアの汚染がある、と推定され、この個体【PLN003】の祖先系統推定に汚染が影響を及ぼした可能性は除外できません。
●中世とその後のピルカンマーにおける人口連続性
経時的な祖先系統における変化の可能性を調べるために、標本は時間的な2クラスタ(まとまり)に区分され、それは中世と中世より後です。12~15世紀の墓地の個体群が中世と分類表示された一方で、16~19世紀の残りの個体群は中世より後と分類表示されました。まず、各集団内の個体の組み合わせについて外群F₃統計が計算されたものの、集団内平均外群F₃推定値間で有意な違いは見つからず、中世とその後の両集団内での同様の水準の遺伝的多様性が示唆されます。
次に、現在のフィンランド人との2集団【中世とその後】のアレル共有の差異が調べられました。そのために、f₄形式(ムブティ人、検証;時間別集団、フィンランド人)のF₄統計が計算され、ここでの検証対象は現在の非アフリカ系の162人口集団を、時間別集団は、ピルカンマーの中世もしくはその後の集団のいずれかを表しています。その結果、両集団【中世とその後】は現在のフィンランド人の場合よりもわずかに多くの現在のアジア東部人集団との類似性を示した、と分かりました。しかし、これらの計算において現在のフィンランド人を表す地理的起源に関する情報がないので、時間的差異ではなく空間的差異を回収する可能性があります。
局所的規模でのアレル共有における時間的パターンを調べるために、時間別の2集団【中世とその後】のそれぞれと12ヶ所の下位地域の現在のフィンランド人との間で外群F₃統計が計算されました。両集団【中世とその後】は4位だった現在のピルカンマーではなく現在のフィンランド中央部の人々と最も多くのアレルを共有していました。最後に、検証対象がフィンランドの12ヶ所の海地域の人々を表している、f₄形式(ムブティ人、検証;ピルカンマー_中世、ピルカンマー_中世より後)のF₄統計の計算によって、直接的に時間別集団が比較されました。その結果、12ヶ所のフィンランドの下位地域の人々と比較しての時間別の2集団【中世とその後】間では、統計的に有意な違いは見つかりませんでした。
中世および歴史時代から現在までの、人口連続性が調べられました。ピルカンマー古代人の近隣地域の現在の住民との対称的近縁性について検証するために、f₄形式(ムブティ人、検証;時間別集団、地域別集団)のF₄統計が計算され、ここでは、地域別集団は地理的に近い現在の集団が、検証対象は残りのフィンランドの地域集団が代理とされました。計算されたF₄推定値のどれも有意に負ではなく、中世および歴史時代と現在との間でピルカンマーへの他地域からの実質的な遺伝子流動はなかった、と示唆されます。
●現在のフィンランド人とのつながり
微細規模での人口連続性を調べるために、考古学的個体群と現在のフィンランド人との間のIBD共有が研究されました。これらの分析のため、ピルカンマーの古代人14個体の補完データが用いられました。時間的距離のため、考古学的個体群と現代の個体群との間の個体のIBDのつながりは、一般的な意味での親類と解釈すべきではありません。むしろ、これらのつながりの地理的分布は、人口集団水準の共通の祖先系統の証拠として使用できます。ピルカンマー古代人と現在のフィンランド人との間の遺伝的つながりを表す統計量として、IBD断片長の地方自治体水準の平均合計値が用いられ、次にこれらの統計量が、クリギング補間もしくは逆距離加重を用いて、フィンランド全域にわたるIBDのつながりの推定に使われました。その結果、現在のパルカネで最大となるIBDのつながりのひじょうに局所的なパターンが明らかになり、パルカネではIBD分析に含められたほぼすべての標本が発掘されました。これは、少なくとも800年間にわたる同じ地域での系統の強い存続を論証します。中世とその後の集団間のつながりで大きな変化は検出されず、これは、時間別の2集団【中世とその後】間の連続性を示唆した、上述のF統計と一致します。
考古学的個体群と現在の個体群によって共有されている一部の断片に同一の境界がある、つまり、古代の1個体と共有される断片は、現在の2個体以上にも共有されていたことが注目されました。断片の約5%が現在の人口集団に数十回現れました。これら「一般的な」断片が、フィンランドにおけるより深い共有された祖先系統を表している可能性が高いのに対して、稀な断片はより新しい系統を表しているかもしれない、と推測されます。したがって、稀な断片は、より地理的に層序化されるので、微細規模の人口構造の研究にとって一般的な差異より強力である、稀なアレル多様体に相当するパターンを明らかにできるかもしれません。これをさらに研究するために、「一般的な」断片と「稀な」断片の分類について上述の分析が別々に繰り返され、両方の断片の分類には独特な空間分布がある、と分かりました。つまり、一般的な断片はより広範に拡大したパターン(図3A)を示し、外群F₃統計のアレル共有のパターンにほぼ対応します。一方で、稀な断片はパルカネに著しく集中していました(図3B)。これらのパターンは、稀な断片が局所的でより新しいかもしれない系統を捉えている、との仮定と一致します。以下は本論文の図3です。
潜在的な外れ値および個体の移動性を特定するために、IBDの接続性が「稀」と「一般的」と「全体的」な区分で、各個体で別々に分析されました。個体の大半はピルカンマーかハメかより広く現在のフィンランド南西部で、稀なIBDの接続性が最高でした。しかし、1個体JK2285の接続性は、フィンランド南西部ではごくわずかで、中央オストロボスニアでは最高でした。別の個体PKN006は、フィンランド南西部との接続性に加えて、南サヴォと高い接続性を有していました。2個体TMP003およびPLK003は、ピルカンマーにおいて最高の稀なIBD共有を有していたにも関わらず、一般的なIBD接続性ではフィンランド南東部との接続性をさらに示しました。しかし、これらのパターンから移動の時期および方向性を推測することが簡単ではないのは、IBD共有の空間分布が子孫人口集団の移動に影響を受けるかもしれないからです。異なる人口統計学的状況下での個体の断片の起源と軌跡の理解には、本論文の範囲外である合着(合祖)時間の模擬実験と詳細な分析が必要でしょう。それにも関わらず、代理として固有の断片を用いて、微細規模の人口構造のパターンをすでに把握できます。
●社会的慣行と人口規模
パルカネ・ラウニオキルッコ墓地に埋葬された個体群の親族関係分析は、中世フィンランドにおける埋葬慣行および家族のつながりへの知見を提供します。疑似半数体データとREAD第2版を用いて、標本一式内での密接な遺伝的近縁性が分析されました。ラウニオキルッコ墓地から標本抽出された個体のうち、4個体(PLN001、PKN010、PKN013、PKN014)が子供だったのに対して、残り(17個体)は成人でした。興味深いことに、中世の成人のうち6個体(PKN002、PKN003、PKN005、PKN006、PKN008、PKN00)は、小さく限られた区域に埋葬されており、異なる4層で相互に重なっていました。放射性炭素年代測定によると、これらの埋葬のすべては13世紀で、空間の利用可能性にも関わらず、人々は意図的にこれらの成人を密集した層に埋葬することを選択している、と示唆されます。この埋葬は数年もしくは数十年の間隔で分離されており、例外は2個体(PKN005とPKN006)の墓で、この2個体は13世紀末に二重墓に同時に埋葬されました。
限られた区域における重なって層での13世紀の埋葬の配置は当初、家族墓の可能性として解釈されました。しかし、遺伝学的分析は、個体間の密接な生物学的関係を明らかにはしませんでした。二重墓1基には個体PKN005(性染色体がXX)とPKN006(性染色体がXY)が含まれており、その配置はとくに密接で、PKN006はPKN005の左側で横たわっており、片方の手をPKN005の肩に、もう一方の手をPKN005の肘に当てていました。そうした身体接触は、密接な個人間の関係を示唆している、と解釈されたことが多く、おそらくは夫婦を示唆しています。しかし、すべての重要な社会的関係が遺伝的関係に基づいているわけではありません。この事例では、このクラスタ(まとまり)における全個体間の親族関係の結びつきの欠如は、いくつかの他の社会的慣行が埋葬パターンの背後にあったこと可能性を提起します。可能性のある一つの解釈は、死者の共有された宗教的帰属意識です。13世紀までに、ハメ地域のキリスト教化は進み、それは最初の教区と墓地の建設によって示されます。この期間の文献は少ないものの、考古学的証拠から、標準化された身体の向きや遺物のない聖地での埋葬など、埋葬キリスト教の埋葬慣行が次第に広がっていった、と示唆されていいます。キリスト教の思想において、死者は家族の結びつきを超えた精神的共同体の構成員として概念化されていました。したがって、これらの埋葬の組み分けは、新興のキリスト教の信徒における構成員を反映しているかもしれず、そこでは、道徳的地位もしくは儀式への参加(「良きキリスト教徒」)によって埋葬の位置が決定されました。この観点では、ラウニオキルッコの埋葬はフィンランド内陸部における初期キリスト教共同体形成の稀な物質的証拠を提供するかもしれません。
重要なことに、全キョウダイ(両親が同じキョウダイ)である唯一の1親等の親族関係が、30km離れた墓地の2個体間で検出され、一方はヴィルセンハルジュー墓地の成人女性1個体(TMP002)、もう一方はリスティアンマキ墓地の成人男性1個体(PLN004)です。この2個体はフィンランドでは比較的稀なmtHg-Z1a1aも共有しており、その近縁性がさらに確証されます。ヴィルセンハルジュー墓地とリスティアンマキ墓地の間の文化的類似性は、この地域の人々の間の相互作用と交流を示唆しています。この2ヶ所の遺跡はその間に伸びている長い隆起によってつながっており(図1)、この自然の経路は両地域間の移動を促進した可能性が高そうです。
古代ピルカンマー集団内のより遠い近縁性を研究するために、ancIBDが用いられ、補完に充分なデータのある14個体間のIBD断片が呼び出されました。この分析には、パルカネ・ラウニオキルッコ墓地の10個体、パルカネ・リスティアンマキ墓地の3個体、タンペレ・ヴィルセンハルジュー墓地から1個体(TMP003)のみの補完されたゲノムが含められました。その結果、これらの個体はすべて、このデータセットで少なくとも他の1個体とIBDのつながりを共有していたものの、密接な親族関係の個体はいなかった、と分かりました(図4)。近縁性の正確な程度からそうした遠い親族の判断はできず、人口集団における背景近縁性によってさらに影響を受けるかもしれません。重要なことに、14個体間の20通りのつながりのうち半分は、中世とその後の個体間で見つかりました。集団内IBD共有は、両時間別集団【中世とその後】で同様でした。以下は本論文の図4です。
ROH分析と、hapROHに実装された最尤枠組み[25]によって、ピルカンマー古代人の有効人口規模がモデル化されました。この分析のため、疑似半数体データが用いられましたが、40万ヶ所超のSNPのある個体のみが含められました。長いROHが両親の近縁性(近親婚)を示唆する一方で、ROHのより短い区画は通常、より遠い近縁性の痕跡で、これは比較的小さな人口規模によって引き起こされることが多くあります。分析された14個体のほぼすべで短いROHが検出れましたが、数世代以内の両親の近縁性を示唆する長いROH(20cM超)の合計量の多い個体はいませんでした。このパターンは、小さな人口規模で典型的な、より遠い背景の近縁性と一致します。
有効人口規模は1847個体(95% CIでは1228~2956個体)と推定されました。この推定値は数世紀にわたる平均で、この推定値に含まれる個体の平均年代は15世紀半ばです。歴史時代のハメ(現在のピルカンマー県とカンタ=ハメ県とパイヤト=ハメ県が含まれます)の有効人口規模に関する以前の推定値は現代人の遺伝的データに由来し、15世紀半ばにはこの地域の有効人口規模は約12000人だった、と示唆されています。しかし、この推定値がずっと大きな地域の有効人口規模を表している一方で、本論文の分析はほぼ1ヶ所の地方自治体に埋葬された個体に焦点を当てました。さらに、以前の推定値がIBD共有に基づいているのに対して、本論文ではROHが用いられ、これは人口規模推定でさほど正確ではないかもしれません。IBD共有での有効人口規模および経時的なその変化のモデル化には、より多くの古代人の標本が必要でしょう。
注目されるのは、全個体が同じIBD網の一部で、さまざまな水準の短いROHを有しているものの、近い過去の近親交配の結果だろう個体が検出されず、密接な親族関係が1組しか見つからなかったことです(図4)。これは、中世の共同体には積極的に近親婚を避ける慣行があったことを示唆しているかもしれません。そうした慣行は19世紀から20世紀初期のフィンランドの人口記録データから推測されてきており、そうした記録ではイトコ間の結婚は任意交配集団で予測されるより顕著に低頻度でした。あるいは、頻繁に見られるものの短いROHと高水準の遠いIBD共有ではあるものの密接な親族のいない観察刺されたパターンは、中世に起きた最近の人口増加によって説明できるかもしれません。
●スカンジナビア半島とのつながりの可能性
考古学的観点からは、フィンランドには鉄器時代を通じてのスウェーデンとの密接な接触がありました。これらの結びつきは、中世にはキリスト教の拡大およびスウェーデン王国へのフィンランドの政治的統合を通じて、さらに強化されました。1400年代の前には、スウェーデン人入植者がフィンランドの沿岸部地域へと移動し、地名と個人名に基づいて、スウェーデンとドイツの影響および恐らくは住民も、中世を通じてフィンランド地域に到来しました。
先行研究を用いて、本論文のデータセットにおける遺伝学的男性個体についてBAMファイルからYHgが呼び出され、全個体がI1aとN1aとR1aの主要な3系統に収まる、と分かりました。男性10個体のうち6個体はYHg-I1aでした。I1aは現代のフィンランドでは2番目に多いYHgで、フィンランド南西部沿岸では最も高頻度です。YHg-I1aの空間分布は一般的に、YHg-I1aが世界で最も高頻度であるスカンジナビア半島からの遺伝子流動の結果と見なされています。やや意外なことに、現代フィンランドで最も一般的なYHgであるN1a1だったのは1個体のみでしたが、別の低網羅率の個体もこの系統内に収まります(低解像度のYHgはN1aと決定されました)。残りの2個体は、現在のフィンランド人男性の約4%で見られる、YHg-R1aでした。
本論文のデータセットと比較すると、YHg-I1aの頻度はピルカンマーおやよびハメの現在の男性人口ではかなり低く、それぞれ28%と12%です。YHg-N1a1はこれらの地域で父系の60%以上を占めています。YHg-I1aの高頻度は、スカンジナビア半島からの影響と解釈できるかもしれませんが、フィンランドではYHg-N1a1が最も高頻度である東方からのその後の遺伝子流動も、現在の明らかな変化を説明できます。これら2通りの説明は、相互に排他的ではありません。しかし、パルカネ地域における強い局所的連続性を考えると、YHg-I1aもこの地域での歴史が長いかもしれないものの、YHg-I1aの推定される局所的な分布は、県水準の平均からは検出できません。現代の人口集団のより密な標本抽出が、父系の地方自治体水準の差異を研究するのに必要でしょう。さらに、父系の経時的変化の可能性について意味があり統計的に堅牢な説明をするためには、より多くの古代人の標本が必要でしょう。
しかし、ゲノム規模IBD共有は、スカンジナビア半島とのつながりの別の一片の証拠を提供します。ancIBD分析では、補完されたピルカンマー個体群とヴァイキング期のスカンジナビア半島の刊行されている12個体のゲノム[33]との間のつながりが見つかりました。中世の個体群のうち2個体(TMP003とPKN002)には、ゴットランド島のヴァイキング期の1個体IBDとのつながりがあり、2個体(TMP003とPKN007)はノルウェー北部のロフォーテン諸島の1個体とIBD断片を共有しています(図4)。重要なことに、上述のヴァイキング期の2個体は、特徴のない通常のヴァイキング期の考古学的背景にも関わらず、遺伝的には通常のスカンジナビア半島人ではありません。ロフォーテン諸島の1個体にはサーミ人関連祖先系統がある一方で、ゴットランド島の1個体は先行研究で遺伝学的に「フィンランド人」と報告されました。
先行研究では、海上移動性の増加が、ヴァイキング期には先行期間もしくはその後の期間と比較してより高い遺伝的多様性と、ヨーロッパ中央部やブリテン島関連やバルト海の祖先系統の遺伝的流入をもたらした、と論証されてきました[33、35、36]。したがって、スカンジナビア半島のヴァイキング期の個体群とフィンランドの中世の個体群との間で観察されたつながりは、ヴァイキング期におけるフィンランドからスカンジナビア半島への個体の移動を反映している可能性が高そうです。ヴァイキング期の移動は、スカンジナビア半島外の多くの地域にスカンジナビア半島祖先系統をもたらし、それには恐らくフィンランドが含まれるものの、本論文のIBD分析はそうした移動を把握できませんでした。フィンランドへのスカンジナビア半島からの遺伝子流動の適切な評価には、ヴァイキング期に先行するフィンランドの個体群からの古代DNAが必要でしょう。
●サーミ人関連祖先系統
中世フィンランド人とヴァイキング期のサーミ人関連個体群との間のIBDのつながりは、フィンランド人集団とサーミ人集団との間のつながりの可能性を明らかにします。現在のフィンランド人とバルト海地域のサーミ人と他のウラル語族話者人口集団は、タイミル半島の現在のガナサン人によって最適に表される顕著な割合のシベリア関連祖先系統を有している、と知られています[37、39]。シベリア関連祖先系統は、非ウラル語族話者の隣人にはほぼ存在しません。フィンランド北部では、フィンランド人とサーミ人との間の最近の通婚がよく知られていますが、フィンランド南部におけるフィンランド人とサーミ人関連集団との間の相互作用は曖昧です。フィンランド南部におけるサーミ人関連集団の存在は、南オストロボスニアのレヴァリュタ遺跡の鉄器時代個体群が有していたサーミ人関連祖先系統や、サーミ語に由来する地名によって証明されています。
サーミ人関連集団からの寄与は、古代のピルカンマー個体群の微妙な東方との類似性を説明できるかもしれません。ピルカンマー・ハメ地域の各古代人と現代人14個体について、f₃形式(検証、個体;ムブティ人)の外群F₃統計の計算によってこれが検証され、ここでの検証対象は現在のガナサン人かサーミ人かノルウェー北部のヴァイキング期の個体VK518です。F₃推定分布の視覚化比較は、古代と現在の集団におけるサーミ人関連祖先系統違いを示唆しませんでした。f₄形式(ムブティ人、サーミ人関連供給源;古代人集団、現代人集団)およびf₄形式(ムブティ人、サーミ人関連供給源;古ピルカンマー_中世、ピルカンマー_中世より後)のF₄統計の計算によって直接的に、サーミ人関連供給源との集団水準での類似性の差異が評価されました。推定値は統計的にどれも有意ではなかったものの、中世ピルカンマー個体群は中世より後の集団および現代人集団の場合よりも、サーミ人関連供給源との類似性を多く有する一貫した傾向を示した、と分かりました。
サーミ人関連祖先系統の平均類似性における有意な時間的差異は見つかりませんでしたが、混合時期のより近い年代に生きていた個体群は、サーミ人関連祖先系統においてより多くの差異を示すかもしれません。これを評価するために、f₄形式(ムブティ人、サーミ人関連供給源;個体1、個体2)のF₄統計が計算され、ここでの個体1と個体2は、現代人もしくは古代人集団のどちらか両方です。サーミ人関連集団のどれかと統計的により差次的に関連していたのは、4組のみと分かりました。注目すべきことに、古代人集団と現代人集団の両方で2組が見つかり、古代の個体群は同じ地域の現在の個体群よりもサーミ人関連祖先系統の差異がより多い、と示唆されます。したがって、本論文では、ピルカンマー・ハメ地域におけるサーミ人関連もしくはシベリア関連祖先系統祖先系統は、中世初期のずっと前に起きた混合事象に由来する、と結論づけられます。
●病原体の発見は中世の共同体における健康を解明します
ヒトの病原体DNAについて、nf-core/eagerに実装されたメタゲノム検査パイプラインHOPSで、すべてのショットガン配列決定および捕獲配列決定データが検査されました。この分析では、5個体で感染症の可能性の兆候が得られました。この5個体のうち3個体、つまりPKN005(13世紀の二重墓の若い成人女性)とPKN010(16世紀の子供)とJK2287/PLK003(16世紀の成人男性)が、エルシニア属に分類できる細菌配列を示しました。エルシニア属には複数の病原性種が含まれ、最も有名なのは、ペストの病原体であるペスト菌です。ペスト感染の可能性を具体的に評価するために、先行研究の実施要綱に従って、いくつかのエルシニア属種と3種の毒性関連プラスミドに対して、競合マッピング(多少の違いを許容しつつ、ゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)が実行されました。全個体で競合的ペスト得点は陰性でした。PKN005を除いて、ペスト菌固有のプラスミドと一致する配列読み取りはありませんでした。PKN005では、わずか数点の配列が見つかりましたが、感染を示唆する水準ではありませんでした。まとめると、これらの結果から、分析された個体群はペストに感染していなかった、と強く示唆されます。この解釈は歴史的証拠によってさらに裏づけられ、15世紀後半前にフィンランドでペストの確証された存在はなく、13世紀の事例(PKN005)の可能性はきわめて低そうです。
むしろ、観察された配列はおそらく、仮性結核菌(個体PKN005)とエルシニア・エンテロコリチカ(個体PKN010およびJK2287/PLK003)に分類されます。この両種は、とくに家畜との密な接触もしくは悪い衛生状態によって人畜共通感染症が起きる環境において、ヒトの消化管および前身感染症を引き起こす可能性があります。これらの細菌は一般的にブタやウシと関連しており、通常は汚染された食料や水や動物との直接的接触を通じて感染します。中世の農耕社会では、衛生慣行が限られており、人々は家畜と近い住居を共有することが多かった、ペスト感染症の危険性は高かったでしょう。しかし、仮性結核菌とエルシニア・エンテロコリチカも土壌では一般的に見られ、これは環境汚染が完全には除外できないことを意味しています。
微生物の存在のさらなる証拠は、2個体で見つかりました。二重墓に埋葬された13世紀の男性(PKN006)と19世紀の子供(PKN013)から、ストレプトコッカス属種に分類される配列が得られました。両方の事例では、DNAは歯の組織から抽出されており、配列は口腔微生物叢に由来する可能性が高そうです。具体的には、PKN006は口腔に一般的に存在するストレプトコッカス・ミュータンスを示しました。この個体は、髄膜炎と敗血症を引き起こす能力があるヒト固有の病原体である、髄膜炎菌の証拠の可能性も示しました。しかし、現在の人口の最大10%が上咽頭にこの細菌を有しており、症状はほとんどありません。関連する配列はPKN006の歯石からのみ回収され、象牙質からは回収されなかったので、これらの細菌は無症状の保菌状態を表している可能性が高そうです。
最後に、19世紀の埋葬から発見された成人男性である個体PKN012は、トレポネーマ感染症の原因病原体である梅毒トレポネーマと一致する遺伝的痕跡を示しました。梅毒トレポネーマは梅毒の原因ですが、トレポネーマ亜種エンデミクムや梅毒トレポネーマ亜種ペルテニュなど他の亜種は、それぞれ梅毒とイチゴ腫を引き起こします。現在、これらの疾患は地理的に熱帯地域に限られていますが、以前のゲノム研究では、フィンランドにおける非梅毒型を含む多様なトレポネーマ属系統の歴史的存在が確証されてきました。
病原体の存在を確証し、関連する種から決定的に区別するには、病原体の捕獲が必要であることに要注意です。それにも関わらず、検査の結果から、パルカネの中世および歴史時代の人口集団を苦しめてきたかもしれない、多様な感染症を垣間見ることができます。
●個人の形質および遺伝的体質
2通りの手法、つまりHIrisPlexとPrometheaseを用いて、個体の表現型の形質と遺伝的体質が推測されました。HIrisPlexについてはBAMファイルに直接的に由来するアレル数データが、Prometheaseについては、補完データが用いられました。HIrisPlex分析から、【本論文で新たに分析された】個体のほとんどは中世ヨーロッパ北部人口集団と一致して金髪か暗い金髪と青い目だった可能性が高い、と示唆されます。2個体(PKN002とPLN002)はより濃い茶色の髪だった可能性が高いのに対して、年配の男性であるPKN006は赤毛だったかもしれません。子供の1個体PLN001は、茶色の目と黒髪だった可能性が高そうです。
Prometheaseの報告によると、【本論文で新たに分析された】個体の大半(少なくとも10個体のうち6個体)はある程度乳を消化できました。乳糖分解酵素持続は、フィンランドと他の北欧諸国でとくに高頻度で、現在のフィンランドでは80%超です。この高頻度は一般的に、酪農社会における乳消費の栄養上の利点と関連づけられていますが[54]、考古学的証拠から、乳産物は乳糖分解酵素持続がヨーロッパで広がったずっと前に消費されていた、と示されています[54、55]。先行研究[55]では、乳は飢饉や感染症疾患の時期には乳糖不耐性の個体にとって重要ではあるものの危険な食料源だったので、乳糖分解酵素持続を選好する自然選択を引き起こした、と主張されました。フィンランドでは、酪農と乳の消費は19世紀にやっと一般的なり、現在のフィンランド人集団における【乳糖分解酵素持続関連】アレルの高頻度はフィンランドにおける乳消費とは関連していない、と示唆されます。
病理学的には、個体PLN004は目の疾患であるFECD6型と関連する遺伝的多様体を有していたかもしれません。これは角膜内皮に影響を及ぼす最も一般的な疾患ですが、必ずしも個体に強い影響を及ぼすわけではないのは、症状が経度の眼痛から視力障害まで多様だからです。Prometheaseは、他の個体でも疾患危険性と関連するさまざまなアレル多様体を報告しました。そうした報告は時に古代DNA研究[59]で使われてきましたが、その結果には注意深い解釈が必要で、それは、表現型の発現への環境の影響と組み合わさった、ほとんどの遺伝子性疾患の高度に多遺伝子性の基盤のためです。個体水準での予測能力は低い可能性が高いため、どの形質でも多遺伝子危険性得点は計算されませんでした。古代DNAに特徴的な低網羅率と死後のDNA損傷は、計算可能な多遺伝子危険性得点にさらなる不確実さを追加します。
小さな標本規模は疾患関連形質の堅牢な分析を妨げますが、古代の病原体の発見と組み合わされたより大きなデータセットは、フィンランドにおける免疫関連の選択および感染症の歴史的流行への貴重な洞察を提供できます。さらに、個体の遺伝的形質に関する情報は、たとえば博物館の展示で、考古遺伝学の大衆化に使用でき、ヒトの関心の側面を追加し、古代の個体群を個体の形質でより身近な人々として描くのに役立つかもしれません。
●ヒトの過去への学際的知見
フィンランドはヨーロッパの古代DNA研究において長く過小評価されたままで、これはおもに酸性土壌における有機物の保存状態の悪さに起因します。本論文は、中世フィンランド人口集団の遺伝的組成と健康と親族関係パターンの新たな情報の提供によって、稀な寄与を提示します。考古学的証拠と統合すると、分析結果はフィンランドの歴史の形成期における埋葬慣行やキリスト教の拡大や地域的な社会網にも光を当てます。分析された個体の比較的新しい年代のため、フィンランド生物銀行参照データを利用でき、古代と現代の人口集団間の直接的な比較が可能になりました。その結果は、博物館の展示「古代DNA:過去への鍵(フィンランドのヴァプリイッキ中央博物館)」でも使用され、古代の個体群やその研究への大衆の関心を高める上で、学際的手法の価値が浮き彫りになりました。
●この研究の限界
本論文は、フィンランドのピルカンマー地域の中世およびその後の人口集団の遺伝的歴史と移動と健康への洞察を提供します。しかし、いくつかの限界を認識せねばなりません。まず、フィンランドの酸性土壌における保存状態の良好な骨格遺骸の少なさによって余儀なくされた小さな標本規模が、分析の統計的検出力を制約します。古代の個体群をフィンランド生物銀行の現在の個体群と比較した本論文の分析は、元々の現代人の標本の選択とデータ生成に影響を受けるかもしれません。フィンランド生物銀行についての標本抽出は、現代の北カレリアと北サヴォと北オストロボスニアの地域が重点的に対象とされてきました。さらに、本論文におけるIBD分析で用いられたフィンランド生物銀行のデータは、ヒト中核エクソームチップによって生成され、これは古代DNAデータ生成に用いられた124万捕獲パネルとの重複が限られていました。遺伝子標識の限定的な数は、IBD断片検出の能力を低下させる可能性が高そうです。
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