海面下の人類史

 人類進化に関する英語論文を日本語に訳してブログに掲載するだけではなく、これまでに得た知見をまとめ、独自の記事を掲載しよう、と昨年(2024年)後半から考えていますが、最新の研究を追いかけるのが精一杯で、独自の記事をほとんど執筆できておらず、そもそも最新の研究にしてもごく一部しか読めていません。多少なりとも状況を改善しようと考えて思ったのは、ある程度まとまった記事を執筆しようとすると、怠惰な性分なので気力が湧かないため、思いつき程度の短い記事でも、少しずつ執筆していけばよいのではないか、ということです。今回は、海面下の人類史について思いつきを短く述べます。

 海面下の人類史については、当ブログでも19年近く前に言及したことがありますが(関連記事)、この問題については人類進化史に関心を抱いた当初より興味を抱いており、23年前にも取り上げました(関連記事)。その頃より門外漢ながら思っていたのは、後期更新世は初期を除けば、大半の時期は現在よりも寒冷、つまり現在より海面が低かったので、当時沿岸近くにいた人類の痕跡の確認はきわめて困難であり、非現実的ですが、そうした痕跡が多く発見されれば、後期更新世人類史の有力説が大きく修正されるかもしれない、ということです。仮に後期更新世人類の痕跡が多数発見されたとして、現在の有力説が大きく修正されることになるのか、現在では20年以上前よりもかなり懐疑的ですが、後期更新世人類史の研究には、今後も確認はきわめて困難な場所が少なからずあると考えられることは、念頭に置いておくべきと思います。

 この問題を取り上げたのは、私もTwitterで投稿しましたが、最近、広島県廿日市市の冠遺跡で、42500年前頃の石器が確認された、と報道されたからです。日本列島で4万年以上前の確実な人類の痕跡はほとんどなく、私は日本列島に4万年以上前に人類が存在していたとしても不思議ではない、と思っていますが、一方で、おそらく世界でも有数の更新世遺跡の発掘密度を誇るだろう日本列島において、4万年以上前となる人類の痕跡がきわめて少ないのは、仮に存在したとしても、散発的で、人口密度がきわめて低かったからで、多分38000年前頃以降の人類とは遺伝的にも文化的にも関わっておらず、日本列島で比較的短期間に絶滅したか、他地域的に移動したのだろう、と考えてきました。

 冠遺跡の年代が妥当だとすると、石器について報道だけでは詳しい評価が分からないものの、ユーラシア東部大陸部の4万年以上前の中部旧石器と類似しているとのことで、初期上部旧石器(Initial Upper Paleolithic、略してIUP)ではなさそうですから、現生人類(Homo sapiens)ではなく、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の可能性も充分考えられます。しかし、上述のように、日本列島では4万年以上前となる人類の痕跡がきわめて少ないため、この冠遺跡の人類集団も特殊例外的な存在で、38000年前頃以降の人類とは遺伝的にも文化的にも関わっておらず、短期間で絶滅したか他地域に移動したかもしれません。

 一方で、当時の日本列島の人類集団の主要な分布が、現在では海面下の沿岸地域だったとすると、4万年以上前の日本列島において、人類集団の存続期間も人口密度も一定以上あった可能性が考えられます。現生人類のみならず、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)も場合によっては海産資源を顕著に消費していたことが明らかになりつつあり(関連記事)、デニソワ人が多様な環境に適応していた可能性は低くないこと(関連記事)を考えると、日本列島の4万年以上前の人類集団が現在では海面下の沿岸地域でおもに遊動的に暮らしており、現時点での証拠から推測されるよりずっと、存在期間が長く、人口密度が高かった可能性も想定しておくべきと思います。

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