新石器時代ヨーロッパ北西部のブタ
取り上げるのが遅れてしまいましたが、ヨーロッパ北西部の中石器時代のイノシシ(Sus scrofa)と新石器時代のブタ(Sus domesticus、Sus scrofa domesticus)のゲノムデータを報告した研究(Erven et al., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。イヌを除くと最古級の家畜化動物と思われるブタのゲノム構成は、アジア南西部からヨーロッパへの導入後に急速に変化し、家畜化されたブタのアジア南西部的な遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)は、ほぼヨーロッパのイノシシ祖先系統に置換されました。しかし、この過程におけるヒトの役割は依然として理解しにくくなっています。
この問題に取り組むために、ヨーロッパ北西部の中石器時代のイノシシおよび新石器時代のブタが配列決定されました。新石器時代のブタの管理は一様ではなく、囲い込みの飼育から放し飼いの共生関係までありました。それにも関わらず、アジア南西部祖先系統は保存されており、遺伝的連続性が示唆されます。新石器時代のブタと現代のイノシシとの間のゲノム変化は、イノシシからの遺伝子流動に対する強い選択圧を示唆しています。まとめると、スウィフテルバントのヨーロッパ北西部最古級となる農耕集落から得られた本論文のデータは、共生経路での在来のイノシシの人為的な成体的地位への組み込みを示唆しています。以下、サス・スクロファ(Sus scrofa)との表記は、家畜化されたブタをイノシシ(Sus scrofa)の亜種(Sus scrofa domesticus)との認識において、野生のイノシシと家畜化されたブタの両方を指しています。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、ROH(runs of homozygosity、同型接合連続領域)、N(nitrogen、窒素)、Kb(kilo base、千塩基対)、Mb(megabase、百万塩基対)、MC1R(melanocortin-1 receptor、メラノコルチン1受容体)、KIT(Cytokine receptor、サイトカイン受容体)、KITLG(KIT ligand、KIT結合基)、MUC2(Mucin 2、ムチン2型)、GRIK2(glutamate ionotropic receptor kainate type subunit 2、グルタミン酸向イオン性受容体カイニン酸亜単位2型)、NRG1(Neuregulin 1、ニューレグリン1型)、PRKN(Parkin、パーキン)、THSD7B(Thrombospondin Type 1 Domain Containing 7B、トロンボスポンジン1型ドメイン7B含有)、RAPGEF2(Rap Guanine Nucleotide Exchange Factor 2、ラップグアニンヌクレオチド交換因子2)、NEDD4(neural precursor cell expressed developmentally down-regulated protein 4、神経前駆細胞発現発達下方制御タンパク質4)、N4BP1(NEDD4 Binding Protein 1、NEDD4結合タンパク質1)、Fst(fixation index、2集団の遺伝的分化の程度を示す固定指数)です。
本論文で取り上げられる主要な遺跡は、オランダでは、中石器時代のハルディンクスフェルト=ポルダーウェグ(Hardinxveld-Polderweg)遺跡とハルディンクスフェルト=デ・ブリュン(Hardinxveld-De bruin)遺跡、前期新石器時代ではスウィフテルバント(Swifterbant、略してSw)S2およびS3遺跡、新石器時代ではスヒプラウデン(Schipluiden、略してSch)遺跡、イギリスでは新石器時代のダーリントン・ウォールズ(Durrington Walls、略してDW)遺跡、フランスではラ・ボーメ・ドゥオーレン(la Baume d’Oulen、略してOul)遺跡、ドイツのハークスハイム(Herxheim、略してHerx)遺跡、トルコのチャタルヒュユク(Çatalhöyük、略してAHöyük)遺跡です。本論文で取り上げられる主要な文化は、線形陶器(Linear Pottery、Linearbandkeramik、略してLBK)文化、カルディウム(Cardial)文化です。
●要約
ヒトとブタとの間の関係は、アジア南西部における家畜化およびその後のヒトによるヨーロッパへの導入以来、劇的に変わってきました。移入されたアジア南西部のブタとヨーロッパのイノシシとの間の遺伝子移入は、ヨーロッパのブタにおけるアジア南西部祖先系統の漸進的な置換をもたらしました。しかし現時点では、この置換につながった、ヨーロッパのイノシシとブタとの間の地域的な軌跡や性質や程度や、この過程がヒトの活動によってどう促進されたのか、説明するのに必要なゲノムデータが不足しています。この研究は、中石器時代(紀元前5500年頃)から新石器時代(紀元前2500年頃)までの、オランダとイギリスの6ヶ所の考古学的遺跡から発見された、中石器時代のイノシシ4頭と新石器時代のブタ7頭の標本の配列決定によって、この不足に対処しました。
本論文のデータから、ヨーロッパのイノシシとの継続的な遺伝子流動にも関わらず、新石器時代ヨーロッパのブタはさまざまな水準のアジア南西部祖先系統を示す、と分かります。前期新石器時代オランダの集落であるスウィフテルバントから発見されたブタにおける低くさまざまな割合のアジア南西部祖先系統は、野生祖先系統の高度な寄与を示唆しています。スウィフテルバント遺跡のイノシシの遺伝的特性とδ¹⁵N値の増加と遺跡での存在と広範な大きさの分布は、共生関係を示唆しています。ROHから、閉鎖的繁殖および放牧管理が新石器時代の共同体では行なわれており、閉鎖的な繁殖ではROHの長い断片の極端な負かが示された、と示唆されます。さらに、繰り返しの野生種【イノシシ】からの遺伝子流動にも関わらず、新石器時代の群における毛色や行動と関連する選択の痕跡が示されます。まとめると、本論文の結果は新石器時代ヨーロッパにおける時空間的に異なる畜産慣行を示し、ヨーロッパ北西部では共生経路でのイノシシの導入に大きく依存していました。
●研究史
ヒトとブタの関係は、過去1万年間にわたって劇的に変化してきました。数千年にわたって、ユーラシア全域、とくにヨーロッパ北西部の狩猟採集民は、生計および儀式慣行でイノシシに依存していました。家畜化前のイノシシの利用戦略は時空間的に異なっており、たとえば対象は、大型個体から雌および若い政体の家族集団までありました。ヒトとイノシシとの間の繰り返しの共生的相互作用は、アジア南西部(紀元前8500年頃)、および中国(紀元前4000年頃)におけるブタの独立した家畜化につながりました。アジア南西部の家畜化されたブタは農耕共同体を伴って紀元前6500年頃にヨーロッパへともたらされ、パリ盆地には紀元前5000年頃までに到来しました。この拡大には、到来した家畜ブタと在来のヨーロッパのイノシシとの間の接触が含まれ、野生種【イノシシ】からの遺伝子流動が生じ、それによって管理された群ではアジア南西部祖先系統が次第に置換されました[14]。
ヨーロッパのイノシシと導入されたブタとの間の接触の頻度および範囲や、これらの過程の根底にある社会経済的要因について、ほとんど分かっていません。たとえば、ヨーロッパ北部(オランダ、ドイツ北部、デンマーク、ベルギー、紀元前5500~紀元前4500年頃)では、おもに狩猟採集民が居住しており、近隣の農耕共同体との継続的な接触[19]にも関わらず、イノシシ猟の慣行が約千年続きました。しかし、家畜化の痕跡(たとえば、アジア南西部のミトコンドリアハプロタイプや、黒い毛色をもたらす変異)がドイツ北部の中石器時代の状況で検出されてきており、家畜【ブタ】から野生種【イノシシ】への遺伝子移入が示唆されています。この過程は千年間続いたようで[14]、家畜個体群【ブタ】と野生個体群【イノシシ】両方の遺伝的構成を変えました。ある種の緩やかな管理が、家畜ブタとイノシシとの間の繰り返しの遺伝子流動の機会を提供した、との合意が得られています[14]。アジア南西部起源であるMC1R遺伝子における変異(ブタにおける毛色の迷彩色から黒色への変化と関連しています)の存続[14]から、ヒトによる選択と管理された繁殖が継続的な混合とともに起きた、と示唆されます。選択圧は、適応的であれ人為的であれ、先史時代と現代両方の家畜ブタを形成する重要な過程でした。
中石器時代ヨーロッパのイノシシと新石器時代ヨーロッパのブタにおける遺伝的差異が調べられ、人為的管理と継続的な混合がそのゲノム景観および選択的痕跡にどう影響を及ぼしたのか、評価されました。オランダの5ヶ所の考古学的遺跡(紀元前5540~紀元前3380年頃)およびイギリスの遺跡1ヶ所(紀元前2525~紀元前2470年頃)のサス・スクロファの考古学的標本11点からゲノム規模データが得られました(図1A)。これらの遺跡が理想的な事例研究となるのは、サス・スクロファへの経済的依存度が高く、近隣の農耕共同体と近くて接触しており、ヨーロッパ中央部における新石器文化の拡大以外で、作物栽培と家畜の最古級の証拠があるからです。選択された遺跡には、中石器時代の背景(ハルディンクスフェルト=ポルダーウェグ遺跡とハルディンクスフェルト=デ・ブリュン遺跡)、狩猟採集民と農耕の生計戦略の組み合わせがある前期新石器時代の背景(スウィフテルバントS2およびS3遺跡)、より新しい新石器時代の背景の2ヶ所の遺跡(スヒプラウデン遺跡とダーリントン・ウォールズ遺跡)が含まれます。以下は本論文の図1です。
●考古学的なヨーロッパのサス・スクロファのゲノム配列決定
DNAが11点のサス・スクロファの錐体骨から抽出されました(図1A)。つまり、中石器時代のハルディンクスフェルト=ポルダーウェグ遺跡(紀元前5450~紀元前5300年頃)とハルディンクスフェルト=デ・ブリュン遺跡(紀元前5400~紀元前5120年頃)の最古級の居住段階からは標本4点が得られ、以後はまとめてハルディンクスフェルト(Hardinxveld、略してHar)と分類表示されます。さらに、前期新石器時代のスウィフテルバント遺跡S2(紀元前4300~紀元前4000年頃)およびS3(紀元前4220~紀元前4050年頃)から3点の標本が得られ、以後は「スウィフテルバント」と呼ばれ、後期新石器時代のスヒプラウデン遺跡(紀元前3630~紀元前3380年頃)からは3点の標本が得られました。
最後に、イギリスのダーリントン・ウォールズの後期新石器時代の土塁土塁から標本1点が得られました。これらの標本で分子的性別が決定され、9点は雌、2点は雄と同定されました。ゲノム網羅率の範囲は0.03~6.16倍で、中央値は0.8倍です。分子損傷および読み取り長分布は、回収されたゲノムの古代起源と一致します。このデータセットは、中程度の網羅率(1~6.2倍)の新石器時代ヨーロッパの【サス・スクロファの】ゲノムの数を2倍にし、0.1倍超の網羅率の中石器時代ヨーロッパのイノシシのゲノムをもたらします。これらの新たなデータ(11点)は、以前に刊行された古代(72点)および現代(78点)の配列[14、30]とともに分析されました。
●中石器時代ヨーロッパのイノシシは現代のオランダのイノシシとの遺伝的不連続性を示します
現代ヨーロッパのイノシシの差異は、イノシシおよびブタ個体群の集団統計学的個体群史の推定の使用によく用いられます。しかし、農耕の初期段階およびその前の中石器時代ヨーロッパのイノシシにおける遺伝的差異は、よく理解されていません。オランダから得られた中石器時代のハルディンクスフェルトのイノシシ4頭のゲノム(Har1~4、紀元前5450~紀元前5120年頃)は、北部平原ではヨーロッパ最初の農耕文化、つまりLBKと同年代の中石器時代の状況における遺伝的差異の調査の機会を提供します。
mtDNAの系統発生はヨーロッパの野生個体群と家畜個体群との間の混合を示しており、それは、ヨーロッパのミトコンドリア単系統群(クレード)には古代および現代の背景の野生と家畜両方の個体群が含まれるからです。中石器時代のハルディンクスフェルトのイノシシはヨーロッパのミトコンドリア単系統群内に収まり、イノシシから官吏された群への母系の導入と一致します。常染色体の近隣結合系統発生的再構築は、ヨーロッパの野生個体群と家畜個体群を区別し、ヨーロッパのイノシシの単系統群はヨーロッパの家畜単系統群から分離しており、中石器時代のハルディンクスフェルトのイノシシはヨーロッパのイノシシの単系統群とクラスタ(まとまり)を形成します。
PCAでは、ハルディンクスフェルトのイノシシ(図1B)は中石器時代のスイスのイノシシ(AA241、紀元前6000年頃)や新石器時代のイタリアのイノシシ(AA629、後期新石器時代)や現代のスペインおよびフランスおよびイタリア北部/スイスのイノシシとまとまっており、中石器時代(紀元前6000~紀元前5100年頃)から現在までの遺伝的連続性が示唆されます。興味深いことに、現代のオランダのイノシシは主成分2(PC2)上でどくじのまとまりを形成しており、中石器時代のハルディンクスフェルトおよび現代ヨーロッパ中央部のイノシシとは離れていて(図1B)、中石器時代以降に現代のオランダのイノシシで祖先系統の変化があった、と示唆されます。この変化を説明できるかもしれないあり得る出来事は、19世紀のオランダにおけるイノシシの(ほぼ)絶滅で、これは過剰狩猟および中世盛期以降に続いてきた森林伐採によって引き起こされた生息地の断片化が原因でした。20世紀初期におけるドイツからの再導入に続いて、それ以降、オランダにおけるイノシシ個体群の再導入は、減少と増加の繰り返しの周期を経ており、これはおもに直接的な人為的介入に起因します。これらの個体群の置換と強いボトルネック(瓶首効果)は、現代のオランダのイノシシで観察されたゲノムの差異や、中世の差異から離れた理由を説明できる可能性が最も高そうです。これは、現代のイノシシ個体群が先史時代の対照として不完全な類比であることを浮き彫りにしています。
混合モデル化(ADMIXTURE)では、ハルディンクスフェルトのゲノムは完全にヨーロッパのイノシシの祖先特性を有している、と示され、家畜個体群から野生個体群への遺伝子流動が完全に欠けていたか、紀元前六千年紀末のハルディンクスフェルト地域周辺のイノシシ個体群での検出に充分なほど強くなかった、と示唆されます。さらに、ハルディンクスフェルトのイノシシ(Har3)は、MC1R遺伝子のD124N変異では同型接合の野生型でした。この特異的変異は毛色を、自然の迷彩を提供する野生型の茶色から、派生的な黒色の表現型へと変える、色素沈着における変化と関連しています。黒色の表現型は固有の派生的アレル(対立遺伝子)と関連しており、家畜化の状態と関連することが多くなっています。ハルディンクスフェルトのイノシシ(Har3)の同型接合の野生状態から、Har3は外見ではイノシシと関連する茶色の迷彩の毛色を示していた、と示唆され、遺伝子流動の欠如が示唆されます。これが興味深いのは、考古学的証拠がハルディンクスフェルトの狩猟採集民と近隣の新石器時代共同体との間の接触を示しているからです。
●新石器時代ヨーロッパ北部のサス・スクロファは共生の痕跡を示します
前期新石器時代オランダのスウィフテルバント集落(S2およびS3、紀元前4300~紀元前4000年頃)は、オランダの湿地帯では最古級の既知の新石器時代集落で、野生と栽培および家畜両方の資源で構成される、混合生計戦略と説明されることが多くあります。骨計測および安定同位体分析から、スウィフテルバント遺跡の人々はウシを飼育していた、と示唆されていますが、耕作の痕跡は作物栽培の決定的証拠を示さず、豊富な魚類や水鳥やビーバーの遺骸から、周囲の湿地帯の資源も利用されていた、と示されます。しかし、哺乳類遺骸の(特定された標本数のうち)約60%はサス・スクロファに由来していた、との事実にも関わらず、スウィフテルバント遺跡におけるヒトとブタとの関係は依然として曖昧です。さらに、スウィフテルバント遺跡におけるイノシシ属は、大きさの分布が広範で、両端に外れ値がいます。スウィフテルバント遺跡におけるサス・スクロファの大きさの分布は、スヒプラウデン遺跡およびダーリントン・ウォールズ羽石のような家畜化された個体群から予測される、明確な野生個体群と管理された家畜個体群を示唆していません。オランダの湿地帯の最初の通年集落である、その後のスヒプラウデン遺跡(紀元前3630~紀元前3380年頃)から得られた考古学的証拠は、家畜ブタ個体群とイノシシ個体群との間のこの区分を示しています。スヒプラウデン遺跡の生計戦略はおもに家畜資源に重点を置いており、そこでは哺乳類遺骸においてウシが主要な種で、それに次ぐのがブタです。スヒプラウデン遺跡における生計戦略と文化は、同時代の新石器時代集落と類似しています。
スウィフテルバント遺跡の3個体(Sw1~3、紀元前4300~紀元前4000年頃)とスヒプラウデン遺跡の3個体(Sch1~3、紀元前3630~紀元前3380年頃)とダーリントン・ウォールズ遺跡の1個体(紀元前2525~紀元前2470年頃)はすべて、ヨーロッパのイノシシのミトコンドリアハプロタイプを有しており、以前に示された管理された群への母系の導入と一致します[14]。常染色体系統発生再構築では、スウィフテルバント遺跡個体群と中石器時代のイノシシは、より大きなオランダとスペインとフランスのイノシシ単系統群内で下位単系統群を形成する、と示されます。この系統発生では、スヒプラウデン遺跡の個体群をこの単系統群の基底部の姉妹群に位置づけます。スウィフテルバント遺跡の個体群が、単系統的分類を形成しないことは注目に値します。しかし、遺伝子流動は系統発生における基底部の関係の解釈を複雑にする可能性があり、新石器時代におけるヨーロッパのイノシシとアジア南西部の家畜ブタとの間の遺伝子流動が、以前に論証されました[14]。これは、スヒプラウデン個体群とハルディンクスフェルトのイノシシとの間で観察された傾向を説明できるかもしれません。新たに配列決定されたダーリントン・ウォールズの1個体(DW3)と以前に配列決定された[14]1個体(DW1)は、「イノシシ」単系統群の外側でともにクラスタ化しました(まとまりました)。
PCAは同様の傾向を示し、スウィフテルバント個体群が中石器時代のハルディンクスフェルト集団の外側に位置します(図1B)。しかし、後期新石器時代のスヒプラウデン個体群は、よりダーリントン・ウォールズや、前期新石器時代のLBKのハークスハイム(Herx2、紀元前5340~紀元前4900年頃)や、の方へと位置しています新石器時代の後のヨーロッパの個体群の方へと位置しています。スヒプラウデン個体群はヨーロッパのイノシシから離れて、地元の現代ヨーロッパの品種の方へと位置しています(図1B)。常染色体系統発生分析とPCAの位置は、明確な遺伝的差異と遺伝子流動の可能性を示唆していますが、これらのパターンの確証にはさらなる研究が必要です。
スウィフテルバントおよびスヒプラウデンにおけるアジア南西部祖先系統について家司的に検証するために、D形式(外群、新石器時代アナトリア半島野生個体群;X、ハルディンクスフェルト野生個体群)のD統計が実行され、ここでのXは中石器時代および新石器時代個体群を表しています。D統計(有意閾値は3超)から、検証された新石器時代ヨーロッパ個体はすべて、アジア南西部祖先系統を有していた、と示唆されました。この類似性はスウィフテルバント個体群(Sw1~3)で最も顕著ではなく、前期新石器時代LBKのハークスハイムの1個体(Herx1、紀元前5340~紀元前4900年頃)において最も顕著でした。スイスのイノシシ(AA241、紀元前6000年頃)を含む中石器時代個体群のD統計は予測されたように有意ではなく、この個体におけるアジア南西部祖先系統の欠如が示唆されますが、中石器時代のスイスのイノシシの網羅率は低いものです。将来、他の高網羅率の中石器時代のイノシシが、この仮説を検証するために配列決定されるべきです。
アジア南西部のブタへの遺伝子流動および遺伝的類似性をさらに調べるために、在来のイノシシとアジア南西部アジア南西部のブタへの遺伝子流動および遺伝的類似性をさらに調べるために、ADMIXTURE分析で在来のイノシシとアジア南西部の祖先系統の量が推測され、ここではスウィフテルバント遺跡の個体はすべて、高水準のヨーロッパ祖先系統と、さまざまな少量のアジア南西部祖先系統を有しています(Sw1は7.5%、Sw2は5.4%、Sw3は3.3%)。スヒプラウデン個体群におけるアジア南西部祖先系統は、スウィフテルバント個体群よりも高く、差異は小さくなっています(10.9~11.5%、図2B)。qpGraph分析はスウィフテルバント個体群およびスヒプラウデン個体群におけるアジア南西部祖先系統を裏づけ、最適な混合事象は5回と分かりました(図2A)。小さな標本規模のため、これらの混合図には継続的もしくは繰り返しの波動を把握するのに充分な検出力はありませんが、新石器時代ヨーロッパのイノシシ属個体群における複雑な遺伝子流動網と、スウィフテルバントおよびスヒプラウデン個体群におけるアジア南西部祖先系統の存在が示唆されます。以下は本論文の図2です。
重要な遺跡および地域からの高解像度のデータが、ヒトとブタの関係がこの遺伝子移入をどのように形成したのか、理解するのに重要です。ヨーロッパ北部で最古級のよく年代測定された新石器時代集落であるスウィフテルバント遺跡は、ここから回収されたサス・スクロファ以外の高頻度による、理想的な事例研究を提供します。スウィフテルバント遺跡のサス・スクロファがおもに在来のイノシシ祖先系統を有しているのに対して、約3.3~7.5%のアジア南西部祖先系統の存在と、3個体すべてで中石器時代のイノシシから離れていることは、スウィフテルバント遺跡のサス・スクロファが純粋にイノシシの祖先個体群から派生しなかったことを示唆しています。生物測定と安定同位体と共伴する糞石データは、この解釈を裏づけます。約5.4%のアジア南西部祖先系統があるSw2は、+9.22‰と高いδ¹⁵N値を示し、小柄なサス・スクロファおよび同様の高いδ¹⁵N値を有する形態学的に家畜化されているウシとまとまります。高いδ¹⁵N値は一般的に、ヒトが介在する食性の痕跡と解釈されています。スウィフテルバント遺跡の堆積物のサス・スクロファの糞石には、魚類と穀類の微細遺骸やヒツジの体毛が含まれており、サス・スクロファがこの定住的な人為的生態的地位から恩恵を受けていた、と強く示唆されます。
PCAにおける価値間の範囲へと向かう中石器時代のイノシシから離れる、さまざまなアジア南西部祖先系統や、遺跡もしくはその近くの存在の高頻度(哺乳類遺骸で同定された標本数の60%)、ヒトが介在した食性、サス・スクロファの中間的な大きさの分布はすべて、スウィフテルバント遺跡における複雑なヒトとブタの関係を示しています。スウィフテルバント遺跡におけるサス・スクロファとヒトとの間の関係は、共生の本質だった可能性が最も高く、そうした関係では、イノシシは人為的環境と潜在的に家畜化された近縁種に惹きつけられ、新しい人為的な生態的地位に適応しました。この行動はイノシシにとって珍しくはなく、戦時時代や現在でさえ起きる、と示されてきました。
その意味で、スウィフテルバント遺跡およびその周辺におけるヒトとブタの相互作用は、アジア南西部における最初のブタの家畜化の過程と似ていなかったわけではなく、アジア南西部では、ブタは次第に新しい人為的な生態的地位に適応し、集落の内外を自由に徘徊し、イノシシと交雑しました。スウィフテルバント遺跡では、共同体は農耕を行ない、ウシを管理して、家畜化したブタを放し飼いで維持していた可能性が高そうです。この環境におけるヒトとブタの正確な動態は、推測が困難です。あり得る仮説は、集落周辺のサス・スクロファ家畜化したブタを放し飼いで維持していた可能性が高そうです。この環境におけるヒトとブタの正確な動態は、推測が困難です。あり得る仮説は、集落周辺のサス・スクロファ自由な徘徊とイノシシの家畜化されたコホート(特定の性質が一致する個体で構成される集団)への取り込みが、ニューギニアの先住民集団で観察された慣行と類似している、意図的な管理戦略だった、というものです。しかし、家畜化された雌ブタが雄のイノシシと配偶した、ニューギニアで見られた性別の偏った相互作用とは異なり、ヨーロッパにおけるミトコンドリアと急速なゲノム置換から、スウィフテルバント遺跡における相互作用には雌雄のイノシシが含まれていた、と示唆されます。
より近いところでは、ヨーロッパの民族誌研究では、イノシシ属種の移動と繁殖に対する制御は管理戦略に応じて変わる、と示されています。イベリア半島とイタリアとセルビアとギリシアにおけるブタの放し飼いは、イノシシと家畜の交雑の防止に重点を置いており、これは望ましくない影響(たとえば、低い成長率や肉質の低下)に起因します。しかし、ギリシアではブタの放し飼いがより寛容になりつつあり、家畜ブタが自由に徘徊し、イノシシと交雑することができます。この変化は、局所的な農耕への依存度減少は、商業生産ではなく自給自足的農耕への重点に起因する可能性が高そうです。スペインにおける都市部のイノシシに関する民族誌的研究は、ヒトとイノシシの関係の可塑性を浮き彫りにし、イノシシが現代社会でさえどのように人為的な生態的地位を利用し続けているのか、示しています。注目すべきことに、ブタへの依存はヨーロッパ中央部および北部で紀元前五千年紀末と紀元前四千年紀諸島に向かって増加し、家畜ブタの平均的な大きさの増加が組み合わさっていました。これは、スウィフテルバント遺跡で観察された共生関係が孤立した事象ではなく、ヨーロッパ中央部および北部でヒトとブタの関係を形成した、と示唆しています。
対照的に、PCAにおけるスヒプラウデン個体群(紀元前3630~紀元前3380年頃)の密集と、そのADMIXTUREでの祖先構成要素と、異なる大きさの分布は、より制御された管理環境を示唆しています。これは、以前の動物考古学的研究と一致しており、ダーリントン・ウォールズのような新石器時代集落を反映しています。しかし、スヒプラウデン遺跡のブタはMC1Rの変異で多様性を示し、Schは異型セ号、Sch2は家畜型の同型接合、Sch3は野生型の同型接合です。Sch3は野生の茶色の迷彩色を示していますが、Sch1とSch2は家畜型の黒い毛色を示します。これは動物考古学的証拠とともに、イノシシが依然として利用されており、スヒプラウデン遺跡では家畜に組み込まれた可能性が最も高いものの、以前の千年紀よりも範囲はずっと限定的だったことを示唆しています。
●ROHは新石器時代ヨーロッパにおける固有の管理戦略を示唆します
ROHは個体群動態と近親交配の可能性の評価に、適切な代理を提供します。小規模から中規模のROH(1.0~4.0Mb)が瓶首効果もしくは長い小さな個体群規模を示唆するのに対して、大規模なROH(4.0Mb超)は近い過去の近親交配を示唆することが多くなります。ROH分析は、古代ゲノム研究で通常行なわれる単一読み取り標本抽出では実行できない、異型接合型呼び出しを可能とするために二倍型遺伝子型で実行されました。ROH分析は現代62点および古代11点の標本のデータセットで実行されました。配列決定網羅率の中石器時代の違いによって起きるアレル脱落を軽減するために、全個体が網羅率4.4倍に低解像度処理されました。ROHの検出は複数の補完的手法を用いて実行され、滑動解析単位ごとに異型接合体がないか単一であることを許容する設定であるplink、解析単位に基づく異型接合率分析、ROHanです。解析単位に基づく異型接合率分析とROHanには、異型接合率の閾値があります。詳細な考察は付録SIのROH分析の項目にあります。
新石器時代アナトリア半島のイノシシ(AHöyük1、紀元前8350~紀元前8050年頃)におけるROHの少ない数および総数から、アジア南西部で家畜化されたイノシシ個体群は相対的に非近交系(外交系)個体群由来だった可能性が高い、と示唆されます(図3)。対照的に、前期新石器時代のヨーロッパ中央部および南部のブタは、新石器時代アナトリア半島のイノシシよりも、ROHの数と総数がより多いことを示しています。常染色体の21.5%(Oul1、カルディウム文化、紀元前5450~紀元前4950年頃)から26.1%(Herx1、LBK文化、紀元前5340~紀元前4900年頃)は1Mb以上のROHで構成されており、4.7%(Oul1)と3.7%(Herx1)は4Mb超のROHで構成されています。フランスのラ・ボーメ・ドゥオーレン遺跡(Oul1)のカルディウム文化のブタとドイツのハークスハイムの新石器時代のLBKのブタで観察された小規模から中規模のROHの数の多さは瓶首効果を示唆しており(図3B)、近親交配の歴史を示唆しています。近親交配の妥当性は、より寛容な手法下でさえより明らかです(図3C)。瓶首効果は、小さな人口規模と孤立と近親婚を経たヒト集団で以前に観察されました。複数の研究では、瓶首効果がおもに小規模と中規模のROHで観察されるのに対して、近親交配はおもに大規模なROHで観察される、と示されてきました。さらに、非ヒトでの研究も、ROHへの個体群史の影響を明らかにしており、小規模から中規模のROHのより多い総数と数が、大きな個体群規模の集団と比較して、瓶首効果を経たか孤立している個体群で見つかりました。この潜在的な瓶首効果は、比較的少数のブタがアジア南西部からヨーロッパへと導入された結果だったかもしれず、これは、元々の拡大地帯(アナトリア半島とヨーロッパ南東部)に近い集落ではブタが少なかったかいなかったことを示す、動物考古学的研究によって裏づけられる可能性です。以下は本論文の図3です。
もう一つの説明は、ヨーロッパ在来のイノシシの個体数が完新世最初期には少なかったことです。じっさい、個体群統計学的歴史から、ヨーロッパのイノシシ個体群は後期更新世に個体数減少を経ており、それが最終氷期極大期まで続いた、と示されています。さらに、ヨーロッパの考古学的記録におけるイノシシの出現から、47000~11000年前頃までイノシシの考古学的記録は比較的少なかった、と示されています。しかし、ヨーロッパのイノシシの増加は11000年前頃から始まっている、と観察されており、4Mb超のROHは組換えのため壊れ、3000年前頃以後の野生個体群では一般的ではなかった可能性が最も高い、と示唆されます。したがって、観察されたROHのパターンについて最も可能性の高い説明は、アジア南西部からの最初の移動と関連する瓶首効果です。
本論文で検証された現代ヨーロッパのイノシシ個体群は、ROHの数と総累積の水準増加を示しており、これはオランダのイノシシ個体群において最も極端で、それは以前には繰り返しの瓶首効果を経ていた、と示されました。さらに、異なる地理的地域のヨーロッパ(オランダ、スイス/イタリア北部、ギリシア)のイノシシは、多量の近親交配と近い過去のブタとの交雑を示しており、これは自然選択ではなく近い過去の人為的影響と関連している、と示唆されました。したがって、本論文の現代のイノシシ個体群で観察されたROHパターンは、より近い過去の人為的要因と関連している可能性が最も高そうです。これはまた、現代ヨーロッパのイノシシ個体群が先史時代の対照集団の不完全な類似であることを浮き彫りにしています。
ハークスハイム遺跡のもう一方の新石器時代LBKのブタであるHerx2は、8Mb超の最多の総累積を示しています(図3A)。Herx1およびOul1と比較してのROHの数の少なさとより具体的には小規模から中規模のROHの数の少なさは、過去の瓶首効果事象がなかったことを示唆しています。代わりに、Herx2には3ヶ所の8Mb超の長いROHがあり、最大では14Mbとなり、これはHerx2が過去の近い世代に血縁の祖先がいたことを示唆しています。さらに、Herx2は図3Bの右側に位置し、これはROHの数と比較してのROHのより長い累積長を示唆しており、それは近親交配を示唆し、重度の近親婚のヒト集団や家畜種や野生個体群でも観察されます。さらに、解析単位ごとの1ヶ所の異型接合部位を許容する、ROH検出のより寛容な手法が採用される場合、Herx2は5ヶ所の16Mb超のROH断片(範囲は24.71~43.55Mb)を示します。この観察は、密接な血縁関係の個体間の近親交配事象もしくは配偶を強く示唆しています。
前期新石器時代(ラ・ボーメ・ドゥオーレン遺跡とハークスハイム遺跡)とは対照的に、後期新石器時代のスヒプラウデン遺跡のブタはROHの数が少なく、検証された古代の個体ではROHの総累積が最低で、4Mb超のROHはほとんどないか皆無でした(図3)。これは、ヨーロッパのイノシシとの継続的な混合か、家畜へのイノシシの潜在的取り込みに起因するかもしれず、継続的な大規模な供給源個体群が生じました。さまざまな祖先系統の個体群間の混合は、ウシやヤギやシャチやヒトでは、大規模および中規模のROHを減少させる、と観察されてきました。より寛容な手法でさえ、スヒプラウデン個体群は最低のROH総累積を示し、4Mb超のROHが加わりました(図3C)。ダーリントン・ウォールズ遺跡のブタのROH特性にはわずかな違いがあり、DW1はDW3と比較してわずかに多いROHの数と総累積を示します(図3A・B)。小さな標本規模のため、これが確率性に起因するのかどうか、判断は困難です。さらに、ダーリントン・ウォールズ遺跡のブタ間のこの違いは、より寛容な手法では小さくなります(図3C)。全体的に、ROH特性はスヒプラウデン個体群では類似しています(図3)。ROHの少ない数と総累積は鉄器時代のオランダのブタ(Bunn1)で推測されており、厳格な手法とより寛容な手法の両方でスヒプラウデン個体群と同様の特性を示しています(図3)。
これらの近親交配のパターンは、前期新石器時代のヨーロッパ南部/中央部におけるヒトによる制御されたブタの管理のゲノムへの影響と、ヨーロッパ北部の後期新石器時代におけるその後のより緩やかな管理への移行を論証します。前期新石器時代のカルディウム文化およびLBK文化のブタにおける長いROH(4Mb超)は、近親交配の強い痕跡を示唆しており、これら前期新石器時代共同体はブタの繁殖をある程度制御していた、と示唆されます。繁殖へのこの制御の詳細についてさほど分かっておらず、つまり、この制御は特定の表現型のブタの直接的な意図的繁殖を必要としたのかどうか、あるいは、意図的ではなく継続的な小さな個体群規模の結果だったのかどうか、ということです。さらに、イノシシはラ・ボーメ・ドゥオーレン遺跡とハークスハイム遺跡では狩られており、ヒトとイノシシとの間で接触があった、と示されます。最も妥当な状況は、これらの個体がより閉鎖的な形態の管理の一部で、新石器時代でその後に見られた(紀元前3600~紀元前2500年頃)放し飼いの緩やか管理と比較してより制御されていた、というものです。
●新石器時代ヨーロッパ全域での選択圧はゲノムの変化をもたらします
野生近縁集団とのかなりの遺伝子流動を経た、先史時代の家畜個体群で起きたゲノム変化は、さほど理解されていません。本論文は、新石器時代ヨーロッパのゲノム8点とヨーロッパ(24点)およびアジア南西部(3点)の現代のイノシシのゲノム27点との間で、外れ値の領域(0.1%のFst値)を特定しました。46ヶ所の外れ値領域は、その最高点もしくはその近くに位置する、57個の遺伝子を示唆しました(図4)。以下は本論文の図4です。
2個の外れ値遺伝子が、毛色の差異と関連しています。これらのうち1個が、現代のブタやヤギウシにおいて毛のパターンの差異と関連しているKITLGで、新石器時代のヤギ個体群の同様の分析でも特定されました[84]。別の遺伝子であるRAPGEF2はブタにおける毛色と関連しており、KITとはゲノム上で近く、同じ分子毛色に位置しています。毛色の差異は家畜化と関連することが多い表現型の形質で、古代の家畜に関するいくつかの研究で発見されてきました[14、84、88]。ブタでは、MC1R遺伝子の変異は、茶色の迷彩の毛色と比較して黒い毛色をもたらし、新石器時代の開始以降存在していました。MC1Rの変異は本論文のデータセットでは異質的で、これは新石器時代のイノシシのとの隷属的な混合の影響であり、Fst分析における強い兆候の欠如を説明できるかもしれません。まとめると、これはブタの形質が初期農耕民によって選択され、維持されてきたことを示唆しており、実用的理由(ブタ/群の区別)か、審美的理由のどちらかだったかもしれません。
6個の外れ値の遺伝子のうち、GRIK2とNRG1とPRKNは、ヒトが介在する侵襲要因に対する、動物における行動反応(たとえば、不安、華夷部刺激への反応、社会的相互作用)と関連しています、とくに、GRIK2はウサギやアヒルやイヌの家畜化において大きな役割を果たした、と示唆されてきました。2個の外れ値遺伝子は、ブタにおける微生物叢特性と関連しており(MUC2とTHSD7B)、両遺伝子は腸内微生物群集における宿主制御と関わっています。さらに、N4BP1遺伝子は抗ウイルス反応と関連しています。新石器時代ヨーロッパのブタと現代のイノシシとの間のこれらの遺伝子の差次的な遺伝的差異は、ヒトやその微生物およびウイルス群集との近さの程度と関連しているかもしれません。サルモネラ菌(Salmonella enterica)など病原体の進化は、ヒトとブタとの間の長期の相互作用によって形成されてきた可能性が高く、新石器時代のブタにおいてその相互の影響の可能性が見られます。
●まとめ
ヨーロッパにおける新石器時代への移行は、とくにヒトとブタとの間の関係は、一般化できず、むしろ複雑な過程の混在です。本論文の調査結果は、多様なヒトとブタとイノシシの関係を伴う、時空間的に異なる慣行を示唆しています。前期新石器時代のヨーロッパ中央部/南部の共同体(紀元前5450~紀元前4900年頃)では、小さな群れだった可能性の最も高いブタの閉鎖的な繁殖慣行が観察され、それは近親交配をもたらしました。一方で、前期新石器時代のスウィフテルバント共同体(紀元前4300~紀元前4000年頃)では、ヒトとイノシシとの間の共生関係が観察されます。スウィフテルバントの農耕集落は、この共生関係について重要な要素のある生態的地位を提供します。ゲノムと安定同位体と動物考古学と糞石のデータは、ヒトの行動と組み合わさっての定住農耕と関連する人為的活動から出た廃棄物が、この共生関係を可能とした、社会経済的状況を生み出しました。後期新石器時代ヨーロッパ北西部のブタ(紀元前3630~紀元前2500年頃)は、これらの共同体における繁殖への管理を示唆しており、ヒトとブタの関係がよりヒト中心になった、と示唆されますが、この変化にも関わらず、イノシシとの交雑が依然として観察されます。イノシシとの継続的な遺伝子流動にも関わらず、毛色や行動や病原体と関連する明確な選択圧も観察されます。共生関係もしくはより管理された畜産慣行へのイノシシへの依存は、ヨーロッパの家畜ブタにおけるアジア南西部祖先系統の完全に近いゲノム置換の最大の要因である可能性が最も高い、と本論文は主張します。
本論文の調査結果は、重要な地域におけるヒトとブタの関係への貴重な知見を提供し、新石器時代のヨーロッパ全域での異なる軌跡を明らかにします。しかし、本論文のデータセットには、地理的および年代的空白が含まれています。古ゲノム研究および(生物)考古学的分析の新石器時代の家畜個体群および野生個体群におけるより広範な標本抽出は、ヨーロッパで共生経路を通じて再発した、ブタの家畜化の年代と地理の範囲の理解に必須です。
参考文献:
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この問題に取り組むために、ヨーロッパ北西部の中石器時代のイノシシおよび新石器時代のブタが配列決定されました。新石器時代のブタの管理は一様ではなく、囲い込みの飼育から放し飼いの共生関係までありました。それにも関わらず、アジア南西部祖先系統は保存されており、遺伝的連続性が示唆されます。新石器時代のブタと現代のイノシシとの間のゲノム変化は、イノシシからの遺伝子流動に対する強い選択圧を示唆しています。まとめると、スウィフテルバントのヨーロッパ北西部最古級となる農耕集落から得られた本論文のデータは、共生経路での在来のイノシシの人為的な成体的地位への組み込みを示唆しています。以下、サス・スクロファ(Sus scrofa)との表記は、家畜化されたブタをイノシシ(Sus scrofa)の亜種(Sus scrofa domesticus)との認識において、野生のイノシシと家畜化されたブタの両方を指しています。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、ROH(runs of homozygosity、同型接合連続領域)、N(nitrogen、窒素)、Kb(kilo base、千塩基対)、Mb(megabase、百万塩基対)、MC1R(melanocortin-1 receptor、メラノコルチン1受容体)、KIT(Cytokine receptor、サイトカイン受容体)、KITLG(KIT ligand、KIT結合基)、MUC2(Mucin 2、ムチン2型)、GRIK2(glutamate ionotropic receptor kainate type subunit 2、グルタミン酸向イオン性受容体カイニン酸亜単位2型)、NRG1(Neuregulin 1、ニューレグリン1型)、PRKN(Parkin、パーキン)、THSD7B(Thrombospondin Type 1 Domain Containing 7B、トロンボスポンジン1型ドメイン7B含有)、RAPGEF2(Rap Guanine Nucleotide Exchange Factor 2、ラップグアニンヌクレオチド交換因子2)、NEDD4(neural precursor cell expressed developmentally down-regulated protein 4、神経前駆細胞発現発達下方制御タンパク質4)、N4BP1(NEDD4 Binding Protein 1、NEDD4結合タンパク質1)、Fst(fixation index、2集団の遺伝的分化の程度を示す固定指数)です。
本論文で取り上げられる主要な遺跡は、オランダでは、中石器時代のハルディンクスフェルト=ポルダーウェグ(Hardinxveld-Polderweg)遺跡とハルディンクスフェルト=デ・ブリュン(Hardinxveld-De bruin)遺跡、前期新石器時代ではスウィフテルバント(Swifterbant、略してSw)S2およびS3遺跡、新石器時代ではスヒプラウデン(Schipluiden、略してSch)遺跡、イギリスでは新石器時代のダーリントン・ウォールズ(Durrington Walls、略してDW)遺跡、フランスではラ・ボーメ・ドゥオーレン(la Baume d’Oulen、略してOul)遺跡、ドイツのハークスハイム(Herxheim、略してHerx)遺跡、トルコのチャタルヒュユク(Çatalhöyük、略してAHöyük)遺跡です。本論文で取り上げられる主要な文化は、線形陶器(Linear Pottery、Linearbandkeramik、略してLBK)文化、カルディウム(Cardial)文化です。
●要約
ヒトとブタとの間の関係は、アジア南西部における家畜化およびその後のヒトによるヨーロッパへの導入以来、劇的に変わってきました。移入されたアジア南西部のブタとヨーロッパのイノシシとの間の遺伝子移入は、ヨーロッパのブタにおけるアジア南西部祖先系統の漸進的な置換をもたらしました。しかし現時点では、この置換につながった、ヨーロッパのイノシシとブタとの間の地域的な軌跡や性質や程度や、この過程がヒトの活動によってどう促進されたのか、説明するのに必要なゲノムデータが不足しています。この研究は、中石器時代(紀元前5500年頃)から新石器時代(紀元前2500年頃)までの、オランダとイギリスの6ヶ所の考古学的遺跡から発見された、中石器時代のイノシシ4頭と新石器時代のブタ7頭の標本の配列決定によって、この不足に対処しました。
本論文のデータから、ヨーロッパのイノシシとの継続的な遺伝子流動にも関わらず、新石器時代ヨーロッパのブタはさまざまな水準のアジア南西部祖先系統を示す、と分かります。前期新石器時代オランダの集落であるスウィフテルバントから発見されたブタにおける低くさまざまな割合のアジア南西部祖先系統は、野生祖先系統の高度な寄与を示唆しています。スウィフテルバント遺跡のイノシシの遺伝的特性とδ¹⁵N値の増加と遺跡での存在と広範な大きさの分布は、共生関係を示唆しています。ROHから、閉鎖的繁殖および放牧管理が新石器時代の共同体では行なわれており、閉鎖的な繁殖ではROHの長い断片の極端な負かが示された、と示唆されます。さらに、繰り返しの野生種【イノシシ】からの遺伝子流動にも関わらず、新石器時代の群における毛色や行動と関連する選択の痕跡が示されます。まとめると、本論文の結果は新石器時代ヨーロッパにおける時空間的に異なる畜産慣行を示し、ヨーロッパ北西部では共生経路でのイノシシの導入に大きく依存していました。
●研究史
ヒトとブタの関係は、過去1万年間にわたって劇的に変化してきました。数千年にわたって、ユーラシア全域、とくにヨーロッパ北西部の狩猟採集民は、生計および儀式慣行でイノシシに依存していました。家畜化前のイノシシの利用戦略は時空間的に異なっており、たとえば対象は、大型個体から雌および若い政体の家族集団までありました。ヒトとイノシシとの間の繰り返しの共生的相互作用は、アジア南西部(紀元前8500年頃)、および中国(紀元前4000年頃)におけるブタの独立した家畜化につながりました。アジア南西部の家畜化されたブタは農耕共同体を伴って紀元前6500年頃にヨーロッパへともたらされ、パリ盆地には紀元前5000年頃までに到来しました。この拡大には、到来した家畜ブタと在来のヨーロッパのイノシシとの間の接触が含まれ、野生種【イノシシ】からの遺伝子流動が生じ、それによって管理された群ではアジア南西部祖先系統が次第に置換されました[14]。
ヨーロッパのイノシシと導入されたブタとの間の接触の頻度および範囲や、これらの過程の根底にある社会経済的要因について、ほとんど分かっていません。たとえば、ヨーロッパ北部(オランダ、ドイツ北部、デンマーク、ベルギー、紀元前5500~紀元前4500年頃)では、おもに狩猟採集民が居住しており、近隣の農耕共同体との継続的な接触[19]にも関わらず、イノシシ猟の慣行が約千年続きました。しかし、家畜化の痕跡(たとえば、アジア南西部のミトコンドリアハプロタイプや、黒い毛色をもたらす変異)がドイツ北部の中石器時代の状況で検出されてきており、家畜【ブタ】から野生種【イノシシ】への遺伝子移入が示唆されています。この過程は千年間続いたようで[14]、家畜個体群【ブタ】と野生個体群【イノシシ】両方の遺伝的構成を変えました。ある種の緩やかな管理が、家畜ブタとイノシシとの間の繰り返しの遺伝子流動の機会を提供した、との合意が得られています[14]。アジア南西部起源であるMC1R遺伝子における変異(ブタにおける毛色の迷彩色から黒色への変化と関連しています)の存続[14]から、ヒトによる選択と管理された繁殖が継続的な混合とともに起きた、と示唆されます。選択圧は、適応的であれ人為的であれ、先史時代と現代両方の家畜ブタを形成する重要な過程でした。
中石器時代ヨーロッパのイノシシと新石器時代ヨーロッパのブタにおける遺伝的差異が調べられ、人為的管理と継続的な混合がそのゲノム景観および選択的痕跡にどう影響を及ぼしたのか、評価されました。オランダの5ヶ所の考古学的遺跡(紀元前5540~紀元前3380年頃)およびイギリスの遺跡1ヶ所(紀元前2525~紀元前2470年頃)のサス・スクロファの考古学的標本11点からゲノム規模データが得られました(図1A)。これらの遺跡が理想的な事例研究となるのは、サス・スクロファへの経済的依存度が高く、近隣の農耕共同体と近くて接触しており、ヨーロッパ中央部における新石器文化の拡大以外で、作物栽培と家畜の最古級の証拠があるからです。選択された遺跡には、中石器時代の背景(ハルディンクスフェルト=ポルダーウェグ遺跡とハルディンクスフェルト=デ・ブリュン遺跡)、狩猟採集民と農耕の生計戦略の組み合わせがある前期新石器時代の背景(スウィフテルバントS2およびS3遺跡)、より新しい新石器時代の背景の2ヶ所の遺跡(スヒプラウデン遺跡とダーリントン・ウォールズ遺跡)が含まれます。以下は本論文の図1です。
●考古学的なヨーロッパのサス・スクロファのゲノム配列決定
DNAが11点のサス・スクロファの錐体骨から抽出されました(図1A)。つまり、中石器時代のハルディンクスフェルト=ポルダーウェグ遺跡(紀元前5450~紀元前5300年頃)とハルディンクスフェルト=デ・ブリュン遺跡(紀元前5400~紀元前5120年頃)の最古級の居住段階からは標本4点が得られ、以後はまとめてハルディンクスフェルト(Hardinxveld、略してHar)と分類表示されます。さらに、前期新石器時代のスウィフテルバント遺跡S2(紀元前4300~紀元前4000年頃)およびS3(紀元前4220~紀元前4050年頃)から3点の標本が得られ、以後は「スウィフテルバント」と呼ばれ、後期新石器時代のスヒプラウデン遺跡(紀元前3630~紀元前3380年頃)からは3点の標本が得られました。
最後に、イギリスのダーリントン・ウォールズの後期新石器時代の土塁土塁から標本1点が得られました。これらの標本で分子的性別が決定され、9点は雌、2点は雄と同定されました。ゲノム網羅率の範囲は0.03~6.16倍で、中央値は0.8倍です。分子損傷および読み取り長分布は、回収されたゲノムの古代起源と一致します。このデータセットは、中程度の網羅率(1~6.2倍)の新石器時代ヨーロッパの【サス・スクロファの】ゲノムの数を2倍にし、0.1倍超の網羅率の中石器時代ヨーロッパのイノシシのゲノムをもたらします。これらの新たなデータ(11点)は、以前に刊行された古代(72点)および現代(78点)の配列[14、30]とともに分析されました。
●中石器時代ヨーロッパのイノシシは現代のオランダのイノシシとの遺伝的不連続性を示します
現代ヨーロッパのイノシシの差異は、イノシシおよびブタ個体群の集団統計学的個体群史の推定の使用によく用いられます。しかし、農耕の初期段階およびその前の中石器時代ヨーロッパのイノシシにおける遺伝的差異は、よく理解されていません。オランダから得られた中石器時代のハルディンクスフェルトのイノシシ4頭のゲノム(Har1~4、紀元前5450~紀元前5120年頃)は、北部平原ではヨーロッパ最初の農耕文化、つまりLBKと同年代の中石器時代の状況における遺伝的差異の調査の機会を提供します。
mtDNAの系統発生はヨーロッパの野生個体群と家畜個体群との間の混合を示しており、それは、ヨーロッパのミトコンドリア単系統群(クレード)には古代および現代の背景の野生と家畜両方の個体群が含まれるからです。中石器時代のハルディンクスフェルトのイノシシはヨーロッパのミトコンドリア単系統群内に収まり、イノシシから官吏された群への母系の導入と一致します。常染色体の近隣結合系統発生的再構築は、ヨーロッパの野生個体群と家畜個体群を区別し、ヨーロッパのイノシシの単系統群はヨーロッパの家畜単系統群から分離しており、中石器時代のハルディンクスフェルトのイノシシはヨーロッパのイノシシの単系統群とクラスタ(まとまり)を形成します。
PCAでは、ハルディンクスフェルトのイノシシ(図1B)は中石器時代のスイスのイノシシ(AA241、紀元前6000年頃)や新石器時代のイタリアのイノシシ(AA629、後期新石器時代)や現代のスペインおよびフランスおよびイタリア北部/スイスのイノシシとまとまっており、中石器時代(紀元前6000~紀元前5100年頃)から現在までの遺伝的連続性が示唆されます。興味深いことに、現代のオランダのイノシシは主成分2(PC2)上でどくじのまとまりを形成しており、中石器時代のハルディンクスフェルトおよび現代ヨーロッパ中央部のイノシシとは離れていて(図1B)、中石器時代以降に現代のオランダのイノシシで祖先系統の変化があった、と示唆されます。この変化を説明できるかもしれないあり得る出来事は、19世紀のオランダにおけるイノシシの(ほぼ)絶滅で、これは過剰狩猟および中世盛期以降に続いてきた森林伐採によって引き起こされた生息地の断片化が原因でした。20世紀初期におけるドイツからの再導入に続いて、それ以降、オランダにおけるイノシシ個体群の再導入は、減少と増加の繰り返しの周期を経ており、これはおもに直接的な人為的介入に起因します。これらの個体群の置換と強いボトルネック(瓶首効果)は、現代のオランダのイノシシで観察されたゲノムの差異や、中世の差異から離れた理由を説明できる可能性が最も高そうです。これは、現代のイノシシ個体群が先史時代の対照として不完全な類比であることを浮き彫りにしています。
混合モデル化(ADMIXTURE)では、ハルディンクスフェルトのゲノムは完全にヨーロッパのイノシシの祖先特性を有している、と示され、家畜個体群から野生個体群への遺伝子流動が完全に欠けていたか、紀元前六千年紀末のハルディンクスフェルト地域周辺のイノシシ個体群での検出に充分なほど強くなかった、と示唆されます。さらに、ハルディンクスフェルトのイノシシ(Har3)は、MC1R遺伝子のD124N変異では同型接合の野生型でした。この特異的変異は毛色を、自然の迷彩を提供する野生型の茶色から、派生的な黒色の表現型へと変える、色素沈着における変化と関連しています。黒色の表現型は固有の派生的アレル(対立遺伝子)と関連しており、家畜化の状態と関連することが多くなっています。ハルディンクスフェルトのイノシシ(Har3)の同型接合の野生状態から、Har3は外見ではイノシシと関連する茶色の迷彩の毛色を示していた、と示唆され、遺伝子流動の欠如が示唆されます。これが興味深いのは、考古学的証拠がハルディンクスフェルトの狩猟採集民と近隣の新石器時代共同体との間の接触を示しているからです。
●新石器時代ヨーロッパ北部のサス・スクロファは共生の痕跡を示します
前期新石器時代オランダのスウィフテルバント集落(S2およびS3、紀元前4300~紀元前4000年頃)は、オランダの湿地帯では最古級の既知の新石器時代集落で、野生と栽培および家畜両方の資源で構成される、混合生計戦略と説明されることが多くあります。骨計測および安定同位体分析から、スウィフテルバント遺跡の人々はウシを飼育していた、と示唆されていますが、耕作の痕跡は作物栽培の決定的証拠を示さず、豊富な魚類や水鳥やビーバーの遺骸から、周囲の湿地帯の資源も利用されていた、と示されます。しかし、哺乳類遺骸の(特定された標本数のうち)約60%はサス・スクロファに由来していた、との事実にも関わらず、スウィフテルバント遺跡におけるヒトとブタとの関係は依然として曖昧です。さらに、スウィフテルバント遺跡におけるイノシシ属は、大きさの分布が広範で、両端に外れ値がいます。スウィフテルバント遺跡におけるサス・スクロファの大きさの分布は、スヒプラウデン遺跡およびダーリントン・ウォールズ羽石のような家畜化された個体群から予測される、明確な野生個体群と管理された家畜個体群を示唆していません。オランダの湿地帯の最初の通年集落である、その後のスヒプラウデン遺跡(紀元前3630~紀元前3380年頃)から得られた考古学的証拠は、家畜ブタ個体群とイノシシ個体群との間のこの区分を示しています。スヒプラウデン遺跡の生計戦略はおもに家畜資源に重点を置いており、そこでは哺乳類遺骸においてウシが主要な種で、それに次ぐのがブタです。スヒプラウデン遺跡における生計戦略と文化は、同時代の新石器時代集落と類似しています。
スウィフテルバント遺跡の3個体(Sw1~3、紀元前4300~紀元前4000年頃)とスヒプラウデン遺跡の3個体(Sch1~3、紀元前3630~紀元前3380年頃)とダーリントン・ウォールズ遺跡の1個体(紀元前2525~紀元前2470年頃)はすべて、ヨーロッパのイノシシのミトコンドリアハプロタイプを有しており、以前に示された管理された群への母系の導入と一致します[14]。常染色体系統発生再構築では、スウィフテルバント遺跡個体群と中石器時代のイノシシは、より大きなオランダとスペインとフランスのイノシシ単系統群内で下位単系統群を形成する、と示されます。この系統発生では、スヒプラウデン遺跡の個体群をこの単系統群の基底部の姉妹群に位置づけます。スウィフテルバント遺跡の個体群が、単系統的分類を形成しないことは注目に値します。しかし、遺伝子流動は系統発生における基底部の関係の解釈を複雑にする可能性があり、新石器時代におけるヨーロッパのイノシシとアジア南西部の家畜ブタとの間の遺伝子流動が、以前に論証されました[14]。これは、スヒプラウデン個体群とハルディンクスフェルトのイノシシとの間で観察された傾向を説明できるかもしれません。新たに配列決定されたダーリントン・ウォールズの1個体(DW3)と以前に配列決定された[14]1個体(DW1)は、「イノシシ」単系統群の外側でともにクラスタ化しました(まとまりました)。
PCAは同様の傾向を示し、スウィフテルバント個体群が中石器時代のハルディンクスフェルト集団の外側に位置します(図1B)。しかし、後期新石器時代のスヒプラウデン個体群は、よりダーリントン・ウォールズや、前期新石器時代のLBKのハークスハイム(Herx2、紀元前5340~紀元前4900年頃)や、の方へと位置しています新石器時代の後のヨーロッパの個体群の方へと位置しています。スヒプラウデン個体群はヨーロッパのイノシシから離れて、地元の現代ヨーロッパの品種の方へと位置しています(図1B)。常染色体系統発生分析とPCAの位置は、明確な遺伝的差異と遺伝子流動の可能性を示唆していますが、これらのパターンの確証にはさらなる研究が必要です。
スウィフテルバントおよびスヒプラウデンにおけるアジア南西部祖先系統について家司的に検証するために、D形式(外群、新石器時代アナトリア半島野生個体群;X、ハルディンクスフェルト野生個体群)のD統計が実行され、ここでのXは中石器時代および新石器時代個体群を表しています。D統計(有意閾値は3超)から、検証された新石器時代ヨーロッパ個体はすべて、アジア南西部祖先系統を有していた、と示唆されました。この類似性はスウィフテルバント個体群(Sw1~3)で最も顕著ではなく、前期新石器時代LBKのハークスハイムの1個体(Herx1、紀元前5340~紀元前4900年頃)において最も顕著でした。スイスのイノシシ(AA241、紀元前6000年頃)を含む中石器時代個体群のD統計は予測されたように有意ではなく、この個体におけるアジア南西部祖先系統の欠如が示唆されますが、中石器時代のスイスのイノシシの網羅率は低いものです。将来、他の高網羅率の中石器時代のイノシシが、この仮説を検証するために配列決定されるべきです。
アジア南西部のブタへの遺伝子流動および遺伝的類似性をさらに調べるために、在来のイノシシとアジア南西部アジア南西部のブタへの遺伝子流動および遺伝的類似性をさらに調べるために、ADMIXTURE分析で在来のイノシシとアジア南西部の祖先系統の量が推測され、ここではスウィフテルバント遺跡の個体はすべて、高水準のヨーロッパ祖先系統と、さまざまな少量のアジア南西部祖先系統を有しています(Sw1は7.5%、Sw2は5.4%、Sw3は3.3%)。スヒプラウデン個体群におけるアジア南西部祖先系統は、スウィフテルバント個体群よりも高く、差異は小さくなっています(10.9~11.5%、図2B)。qpGraph分析はスウィフテルバント個体群およびスヒプラウデン個体群におけるアジア南西部祖先系統を裏づけ、最適な混合事象は5回と分かりました(図2A)。小さな標本規模のため、これらの混合図には継続的もしくは繰り返しの波動を把握するのに充分な検出力はありませんが、新石器時代ヨーロッパのイノシシ属個体群における複雑な遺伝子流動網と、スウィフテルバントおよびスヒプラウデン個体群におけるアジア南西部祖先系統の存在が示唆されます。以下は本論文の図2です。
重要な遺跡および地域からの高解像度のデータが、ヒトとブタの関係がこの遺伝子移入をどのように形成したのか、理解するのに重要です。ヨーロッパ北部で最古級のよく年代測定された新石器時代集落であるスウィフテルバント遺跡は、ここから回収されたサス・スクロファ以外の高頻度による、理想的な事例研究を提供します。スウィフテルバント遺跡のサス・スクロファがおもに在来のイノシシ祖先系統を有しているのに対して、約3.3~7.5%のアジア南西部祖先系統の存在と、3個体すべてで中石器時代のイノシシから離れていることは、スウィフテルバント遺跡のサス・スクロファが純粋にイノシシの祖先個体群から派生しなかったことを示唆しています。生物測定と安定同位体と共伴する糞石データは、この解釈を裏づけます。約5.4%のアジア南西部祖先系統があるSw2は、+9.22‰と高いδ¹⁵N値を示し、小柄なサス・スクロファおよび同様の高いδ¹⁵N値を有する形態学的に家畜化されているウシとまとまります。高いδ¹⁵N値は一般的に、ヒトが介在する食性の痕跡と解釈されています。スウィフテルバント遺跡の堆積物のサス・スクロファの糞石には、魚類と穀類の微細遺骸やヒツジの体毛が含まれており、サス・スクロファがこの定住的な人為的生態的地位から恩恵を受けていた、と強く示唆されます。
PCAにおける価値間の範囲へと向かう中石器時代のイノシシから離れる、さまざまなアジア南西部祖先系統や、遺跡もしくはその近くの存在の高頻度(哺乳類遺骸で同定された標本数の60%)、ヒトが介在した食性、サス・スクロファの中間的な大きさの分布はすべて、スウィフテルバント遺跡における複雑なヒトとブタの関係を示しています。スウィフテルバント遺跡におけるサス・スクロファとヒトとの間の関係は、共生の本質だった可能性が最も高く、そうした関係では、イノシシは人為的環境と潜在的に家畜化された近縁種に惹きつけられ、新しい人為的な生態的地位に適応しました。この行動はイノシシにとって珍しくはなく、戦時時代や現在でさえ起きる、と示されてきました。
その意味で、スウィフテルバント遺跡およびその周辺におけるヒトとブタの相互作用は、アジア南西部における最初のブタの家畜化の過程と似ていなかったわけではなく、アジア南西部では、ブタは次第に新しい人為的な生態的地位に適応し、集落の内外を自由に徘徊し、イノシシと交雑しました。スウィフテルバント遺跡では、共同体は農耕を行ない、ウシを管理して、家畜化したブタを放し飼いで維持していた可能性が高そうです。この環境におけるヒトとブタの正確な動態は、推測が困難です。あり得る仮説は、集落周辺のサス・スクロファ家畜化したブタを放し飼いで維持していた可能性が高そうです。この環境におけるヒトとブタの正確な動態は、推測が困難です。あり得る仮説は、集落周辺のサス・スクロファ自由な徘徊とイノシシの家畜化されたコホート(特定の性質が一致する個体で構成される集団)への取り込みが、ニューギニアの先住民集団で観察された慣行と類似している、意図的な管理戦略だった、というものです。しかし、家畜化された雌ブタが雄のイノシシと配偶した、ニューギニアで見られた性別の偏った相互作用とは異なり、ヨーロッパにおけるミトコンドリアと急速なゲノム置換から、スウィフテルバント遺跡における相互作用には雌雄のイノシシが含まれていた、と示唆されます。
より近いところでは、ヨーロッパの民族誌研究では、イノシシ属種の移動と繁殖に対する制御は管理戦略に応じて変わる、と示されています。イベリア半島とイタリアとセルビアとギリシアにおけるブタの放し飼いは、イノシシと家畜の交雑の防止に重点を置いており、これは望ましくない影響(たとえば、低い成長率や肉質の低下)に起因します。しかし、ギリシアではブタの放し飼いがより寛容になりつつあり、家畜ブタが自由に徘徊し、イノシシと交雑することができます。この変化は、局所的な農耕への依存度減少は、商業生産ではなく自給自足的農耕への重点に起因する可能性が高そうです。スペインにおける都市部のイノシシに関する民族誌的研究は、ヒトとイノシシの関係の可塑性を浮き彫りにし、イノシシが現代社会でさえどのように人為的な生態的地位を利用し続けているのか、示しています。注目すべきことに、ブタへの依存はヨーロッパ中央部および北部で紀元前五千年紀末と紀元前四千年紀諸島に向かって増加し、家畜ブタの平均的な大きさの増加が組み合わさっていました。これは、スウィフテルバント遺跡で観察された共生関係が孤立した事象ではなく、ヨーロッパ中央部および北部でヒトとブタの関係を形成した、と示唆しています。
対照的に、PCAにおけるスヒプラウデン個体群(紀元前3630~紀元前3380年頃)の密集と、そのADMIXTUREでの祖先構成要素と、異なる大きさの分布は、より制御された管理環境を示唆しています。これは、以前の動物考古学的研究と一致しており、ダーリントン・ウォールズのような新石器時代集落を反映しています。しかし、スヒプラウデン遺跡のブタはMC1Rの変異で多様性を示し、Schは異型セ号、Sch2は家畜型の同型接合、Sch3は野生型の同型接合です。Sch3は野生の茶色の迷彩色を示していますが、Sch1とSch2は家畜型の黒い毛色を示します。これは動物考古学的証拠とともに、イノシシが依然として利用されており、スヒプラウデン遺跡では家畜に組み込まれた可能性が最も高いものの、以前の千年紀よりも範囲はずっと限定的だったことを示唆しています。
●ROHは新石器時代ヨーロッパにおける固有の管理戦略を示唆します
ROHは個体群動態と近親交配の可能性の評価に、適切な代理を提供します。小規模から中規模のROH(1.0~4.0Mb)が瓶首効果もしくは長い小さな個体群規模を示唆するのに対して、大規模なROH(4.0Mb超)は近い過去の近親交配を示唆することが多くなります。ROH分析は、古代ゲノム研究で通常行なわれる単一読み取り標本抽出では実行できない、異型接合型呼び出しを可能とするために二倍型遺伝子型で実行されました。ROH分析は現代62点および古代11点の標本のデータセットで実行されました。配列決定網羅率の中石器時代の違いによって起きるアレル脱落を軽減するために、全個体が網羅率4.4倍に低解像度処理されました。ROHの検出は複数の補完的手法を用いて実行され、滑動解析単位ごとに異型接合体がないか単一であることを許容する設定であるplink、解析単位に基づく異型接合率分析、ROHanです。解析単位に基づく異型接合率分析とROHanには、異型接合率の閾値があります。詳細な考察は付録SIのROH分析の項目にあります。
新石器時代アナトリア半島のイノシシ(AHöyük1、紀元前8350~紀元前8050年頃)におけるROHの少ない数および総数から、アジア南西部で家畜化されたイノシシ個体群は相対的に非近交系(外交系)個体群由来だった可能性が高い、と示唆されます(図3)。対照的に、前期新石器時代のヨーロッパ中央部および南部のブタは、新石器時代アナトリア半島のイノシシよりも、ROHの数と総数がより多いことを示しています。常染色体の21.5%(Oul1、カルディウム文化、紀元前5450~紀元前4950年頃)から26.1%(Herx1、LBK文化、紀元前5340~紀元前4900年頃)は1Mb以上のROHで構成されており、4.7%(Oul1)と3.7%(Herx1)は4Mb超のROHで構成されています。フランスのラ・ボーメ・ドゥオーレン遺跡(Oul1)のカルディウム文化のブタとドイツのハークスハイムの新石器時代のLBKのブタで観察された小規模から中規模のROHの数の多さは瓶首効果を示唆しており(図3B)、近親交配の歴史を示唆しています。近親交配の妥当性は、より寛容な手法下でさえより明らかです(図3C)。瓶首効果は、小さな人口規模と孤立と近親婚を経たヒト集団で以前に観察されました。複数の研究では、瓶首効果がおもに小規模と中規模のROHで観察されるのに対して、近親交配はおもに大規模なROHで観察される、と示されてきました。さらに、非ヒトでの研究も、ROHへの個体群史の影響を明らかにしており、小規模から中規模のROHのより多い総数と数が、大きな個体群規模の集団と比較して、瓶首効果を経たか孤立している個体群で見つかりました。この潜在的な瓶首効果は、比較的少数のブタがアジア南西部からヨーロッパへと導入された結果だったかもしれず、これは、元々の拡大地帯(アナトリア半島とヨーロッパ南東部)に近い集落ではブタが少なかったかいなかったことを示す、動物考古学的研究によって裏づけられる可能性です。以下は本論文の図3です。
もう一つの説明は、ヨーロッパ在来のイノシシの個体数が完新世最初期には少なかったことです。じっさい、個体群統計学的歴史から、ヨーロッパのイノシシ個体群は後期更新世に個体数減少を経ており、それが最終氷期極大期まで続いた、と示されています。さらに、ヨーロッパの考古学的記録におけるイノシシの出現から、47000~11000年前頃までイノシシの考古学的記録は比較的少なかった、と示されています。しかし、ヨーロッパのイノシシの増加は11000年前頃から始まっている、と観察されており、4Mb超のROHは組換えのため壊れ、3000年前頃以後の野生個体群では一般的ではなかった可能性が最も高い、と示唆されます。したがって、観察されたROHのパターンについて最も可能性の高い説明は、アジア南西部からの最初の移動と関連する瓶首効果です。
本論文で検証された現代ヨーロッパのイノシシ個体群は、ROHの数と総累積の水準増加を示しており、これはオランダのイノシシ個体群において最も極端で、それは以前には繰り返しの瓶首効果を経ていた、と示されました。さらに、異なる地理的地域のヨーロッパ(オランダ、スイス/イタリア北部、ギリシア)のイノシシは、多量の近親交配と近い過去のブタとの交雑を示しており、これは自然選択ではなく近い過去の人為的影響と関連している、と示唆されました。したがって、本論文の現代のイノシシ個体群で観察されたROHパターンは、より近い過去の人為的要因と関連している可能性が最も高そうです。これはまた、現代ヨーロッパのイノシシ個体群が先史時代の対照集団の不完全な類似であることを浮き彫りにしています。
ハークスハイム遺跡のもう一方の新石器時代LBKのブタであるHerx2は、8Mb超の最多の総累積を示しています(図3A)。Herx1およびOul1と比較してのROHの数の少なさとより具体的には小規模から中規模のROHの数の少なさは、過去の瓶首効果事象がなかったことを示唆しています。代わりに、Herx2には3ヶ所の8Mb超の長いROHがあり、最大では14Mbとなり、これはHerx2が過去の近い世代に血縁の祖先がいたことを示唆しています。さらに、Herx2は図3Bの右側に位置し、これはROHの数と比較してのROHのより長い累積長を示唆しており、それは近親交配を示唆し、重度の近親婚のヒト集団や家畜種や野生個体群でも観察されます。さらに、解析単位ごとの1ヶ所の異型接合部位を許容する、ROH検出のより寛容な手法が採用される場合、Herx2は5ヶ所の16Mb超のROH断片(範囲は24.71~43.55Mb)を示します。この観察は、密接な血縁関係の個体間の近親交配事象もしくは配偶を強く示唆しています。
前期新石器時代(ラ・ボーメ・ドゥオーレン遺跡とハークスハイム遺跡)とは対照的に、後期新石器時代のスヒプラウデン遺跡のブタはROHの数が少なく、検証された古代の個体ではROHの総累積が最低で、4Mb超のROHはほとんどないか皆無でした(図3)。これは、ヨーロッパのイノシシとの継続的な混合か、家畜へのイノシシの潜在的取り込みに起因するかもしれず、継続的な大規模な供給源個体群が生じました。さまざまな祖先系統の個体群間の混合は、ウシやヤギやシャチやヒトでは、大規模および中規模のROHを減少させる、と観察されてきました。より寛容な手法でさえ、スヒプラウデン個体群は最低のROH総累積を示し、4Mb超のROHが加わりました(図3C)。ダーリントン・ウォールズ遺跡のブタのROH特性にはわずかな違いがあり、DW1はDW3と比較してわずかに多いROHの数と総累積を示します(図3A・B)。小さな標本規模のため、これが確率性に起因するのかどうか、判断は困難です。さらに、ダーリントン・ウォールズ遺跡のブタ間のこの違いは、より寛容な手法では小さくなります(図3C)。全体的に、ROH特性はスヒプラウデン個体群では類似しています(図3)。ROHの少ない数と総累積は鉄器時代のオランダのブタ(Bunn1)で推測されており、厳格な手法とより寛容な手法の両方でスヒプラウデン個体群と同様の特性を示しています(図3)。
これらの近親交配のパターンは、前期新石器時代のヨーロッパ南部/中央部におけるヒトによる制御されたブタの管理のゲノムへの影響と、ヨーロッパ北部の後期新石器時代におけるその後のより緩やかな管理への移行を論証します。前期新石器時代のカルディウム文化およびLBK文化のブタにおける長いROH(4Mb超)は、近親交配の強い痕跡を示唆しており、これら前期新石器時代共同体はブタの繁殖をある程度制御していた、と示唆されます。繁殖へのこの制御の詳細についてさほど分かっておらず、つまり、この制御は特定の表現型のブタの直接的な意図的繁殖を必要としたのかどうか、あるいは、意図的ではなく継続的な小さな個体群規模の結果だったのかどうか、ということです。さらに、イノシシはラ・ボーメ・ドゥオーレン遺跡とハークスハイム遺跡では狩られており、ヒトとイノシシとの間で接触があった、と示されます。最も妥当な状況は、これらの個体がより閉鎖的な形態の管理の一部で、新石器時代でその後に見られた(紀元前3600~紀元前2500年頃)放し飼いの緩やか管理と比較してより制御されていた、というものです。
●新石器時代ヨーロッパ全域での選択圧はゲノムの変化をもたらします
野生近縁集団とのかなりの遺伝子流動を経た、先史時代の家畜個体群で起きたゲノム変化は、さほど理解されていません。本論文は、新石器時代ヨーロッパのゲノム8点とヨーロッパ(24点)およびアジア南西部(3点)の現代のイノシシのゲノム27点との間で、外れ値の領域(0.1%のFst値)を特定しました。46ヶ所の外れ値領域は、その最高点もしくはその近くに位置する、57個の遺伝子を示唆しました(図4)。以下は本論文の図4です。
2個の外れ値遺伝子が、毛色の差異と関連しています。これらのうち1個が、現代のブタやヤギウシにおいて毛のパターンの差異と関連しているKITLGで、新石器時代のヤギ個体群の同様の分析でも特定されました[84]。別の遺伝子であるRAPGEF2はブタにおける毛色と関連しており、KITとはゲノム上で近く、同じ分子毛色に位置しています。毛色の差異は家畜化と関連することが多い表現型の形質で、古代の家畜に関するいくつかの研究で発見されてきました[14、84、88]。ブタでは、MC1R遺伝子の変異は、茶色の迷彩の毛色と比較して黒い毛色をもたらし、新石器時代の開始以降存在していました。MC1Rの変異は本論文のデータセットでは異質的で、これは新石器時代のイノシシのとの隷属的な混合の影響であり、Fst分析における強い兆候の欠如を説明できるかもしれません。まとめると、これはブタの形質が初期農耕民によって選択され、維持されてきたことを示唆しており、実用的理由(ブタ/群の区別)か、審美的理由のどちらかだったかもしれません。
6個の外れ値の遺伝子のうち、GRIK2とNRG1とPRKNは、ヒトが介在する侵襲要因に対する、動物における行動反応(たとえば、不安、華夷部刺激への反応、社会的相互作用)と関連しています、とくに、GRIK2はウサギやアヒルやイヌの家畜化において大きな役割を果たした、と示唆されてきました。2個の外れ値遺伝子は、ブタにおける微生物叢特性と関連しており(MUC2とTHSD7B)、両遺伝子は腸内微生物群集における宿主制御と関わっています。さらに、N4BP1遺伝子は抗ウイルス反応と関連しています。新石器時代ヨーロッパのブタと現代のイノシシとの間のこれらの遺伝子の差次的な遺伝的差異は、ヒトやその微生物およびウイルス群集との近さの程度と関連しているかもしれません。サルモネラ菌(Salmonella enterica)など病原体の進化は、ヒトとブタとの間の長期の相互作用によって形成されてきた可能性が高く、新石器時代のブタにおいてその相互の影響の可能性が見られます。
●まとめ
ヨーロッパにおける新石器時代への移行は、とくにヒトとブタとの間の関係は、一般化できず、むしろ複雑な過程の混在です。本論文の調査結果は、多様なヒトとブタとイノシシの関係を伴う、時空間的に異なる慣行を示唆しています。前期新石器時代のヨーロッパ中央部/南部の共同体(紀元前5450~紀元前4900年頃)では、小さな群れだった可能性の最も高いブタの閉鎖的な繁殖慣行が観察され、それは近親交配をもたらしました。一方で、前期新石器時代のスウィフテルバント共同体(紀元前4300~紀元前4000年頃)では、ヒトとイノシシとの間の共生関係が観察されます。スウィフテルバントの農耕集落は、この共生関係について重要な要素のある生態的地位を提供します。ゲノムと安定同位体と動物考古学と糞石のデータは、ヒトの行動と組み合わさっての定住農耕と関連する人為的活動から出た廃棄物が、この共生関係を可能とした、社会経済的状況を生み出しました。後期新石器時代ヨーロッパ北西部のブタ(紀元前3630~紀元前2500年頃)は、これらの共同体における繁殖への管理を示唆しており、ヒトとブタの関係がよりヒト中心になった、と示唆されますが、この変化にも関わらず、イノシシとの交雑が依然として観察されます。イノシシとの継続的な遺伝子流動にも関わらず、毛色や行動や病原体と関連する明確な選択圧も観察されます。共生関係もしくはより管理された畜産慣行へのイノシシへの依存は、ヨーロッパの家畜ブタにおけるアジア南西部祖先系統の完全に近いゲノム置換の最大の要因である可能性が最も高い、と本論文は主張します。
本論文の調査結果は、重要な地域におけるヒトとブタの関係への貴重な知見を提供し、新石器時代のヨーロッパ全域での異なる軌跡を明らかにします。しかし、本論文のデータセットには、地理的および年代的空白が含まれています。古ゲノム研究および(生物)考古学的分析の新石器時代の家畜個体群および野生個体群におけるより広範な標本抽出は、ヨーロッパで共生経路を通じて再発した、ブタの家畜化の年代と地理の範囲の理解に必須です。
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