ディリング・ユリャフ遺跡

 最近、ユーラシアの旧石器時代について、当ブログの過去記事も含めて調べていると、以前気になっていたシベリアのディリング・ユリャフ(Diring Yuriakh、ディリング・ユアリク)遺跡を思い出し、その後の研究の進展を少し検索しました。ディリング・ユリャフ遺跡の下部旧石器文化は、320万~180万年前頃の可能性が指摘されていましたが、その後の研究(Waters et al., 1997)で26万年以上前と推測されていたことは、18年近く前(2007年9月25日)に当ブログで述べました(関連記事)。今回検索すると、同じ研究者によるその後の論文(Waters et al., 1999)で、ディリング・ユリャフ遺跡の下部旧石器文化は37万~26万年前頃と推定されています。

 ディリング・ユリャフ遺跡は、北緯61度12分、東経128度28分に位置しており、北極圏(北緯66度33分以北)にかなり近く、推定年代が妥当ならば、北緯60度以上の下部旧石器文化としては恐らく既知で最古の遺跡になるでしょう。砂漠や熱帯雨林や高地(海抜2500m以上)や北極圏といった「極限環境」に進出できた人類は現生人類(Homo sapiens)のみというような見解(Roberts, and Stewart., 2018)は今でも根強いかもしれませんが、今年(2025年)日本語訳が刊行された、異色とも言えるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)論を展開した一般向け書籍(Slimak., 2025)では、ネアンデルタール人の北極圏進出の可能性が強く主張されています。そこで、同書を再読しましたが、ディリング・ユリャフ遺跡への言及を見つけることはできませんでした。

 26万年以上前のシベリア、しかも北極圏に近い地域に現生人類が存在していたことを強く示唆するような、考古学的証拠も化石証拠もまだ確認されていないと思います。そこで注目されるのが種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)で、デニソワ人が北極圏かそのすぐ近くにまで拡散していたことを示唆する証拠はまだ得られていないでしょうが、極限環境の一つである高地に拡散していた証拠は得られていますし、さらに台湾付近やアジア南東部にまで拡散していたことも明らかになっています(Villalba-Mouco, and Sümer., 2025)。デニソワ人は、現生人類ほどではなかったかもしれないものの、多様な環境に適応できた可能性があり、30万年前頃に北極圏の近くにまで拡散していたとしても、不思議ではないように思います。

 もちろん、ディリング・ユリャフ遺跡の下部旧石器文化の年代が37万~26万年前頃だとして、ネアンデルタール人でもデニソワ人でも現生人類でもないホモ属が担い手だった可能性も考えられますが、デニソワ人の主要な分布範囲がユーラシア東部で、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)では、25万~17万年前頃にさかのぼるデニソワ人系統のミトコンドリアDNAが確認されており(Zavala et al., 2021)、30万年前頃までさかのぼる石器も確認されています(Jacobs et al., 2025)。

 ただ、こうしたデニソワ洞窟の30万年前頃までさかのぼる石器は中部旧石器文化で(Jacobs et al., 2025)、ディリング・ユリャフ遺跡の下部旧石器文化(Waters et al., 1997)とは異なります。しかし、デニソワ人がユーラシア東部において、現在の中国領も含めて広範に存在していたならば(Villalba-Mouco, and Sümer., 2025)、中国で発見された石器群からも、デニソワ人が下部旧石器文化の担い手でもあった可能性はきわめて高そうですから、ディリング・ユリャフ遺跡の下部旧石器文化の担い手がデニソワ人系統だとしても不思議ではないでしょう。

 ディリング・ユリャフ遺跡の下部旧石器文化についても、その後の大きな研究の進展を見つけることができず、私が見落としているだけかもしれないので、今後の課題となります。ディリング・ユリャフ遺跡の下部旧石器文化の37万~26万年前頃との推定年代が妥当だとしたら、時空間的にかなり孤立した例外的存在と言えそうで、どの人類系統が担い手だったのかも含めて、現時点では推測の難しいところです。それでも、現生人類ほどではないとしても、生態学的に多様な環境に適応できた可能性が高そうなデニソワ人が、その最有力候補とは言えそうです。


参考文献:
Jacobs Z. et al.(2025): Pleistocene chronology and history of hominins and fauna at Denisova Cave. Nature Communications, 16, 4738.
https://doi.org/10.1038/s41467-025-60140-6
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Roberts P, and Stewart BA.(2018): Defining the ‘generalist specialist’ niche for Pleistocene Homo sapiens. Nature Human Behaviour, 2, 8, 542–550.
https://doi.org/10.1038/s41562-018-0394-4
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Slimak L.著(2025)、野村真依子訳『裸のネアンデルタール人 人間という存在を解き明かす』(柏書房、原書の刊行は2022年)
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Villalba-Mouco V, and Sümer AP.(2025): Unmasking the Denisovans. Cell, 188, 15, 3917–3918.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.05.040
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Waters MR, Forman S, and Pierson JM.(1997): Diring Yuriakh: A Lower Paleolithic Site in Central Siberia. Science, 275, 5304, 1281-1284.
https://doi.org/10.1126/science.275.5304.1281

Waters MR, Forman S, and Pierson JM.(1999): Late Quaternary Geology and Geochronology of Diring Yuriakh, An Early Paleolithic Site in Central Siberia. Quaternary Research, 51, 2, 195-211.
https://doi.org/10.1006/qres.1998.2024

Zavala EI. et al.(2021): Pleistocene sediment DNA reveals hominin and faunal turnovers at Denisova Cave. Nature, 595, 7867, 399–403.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03675-0
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