Gwynne Dyer『戦争と人類』

 グウィン・ダイヤー(Gwynne Dyer)著、月沢李歌子訳で、ハヤカワ新書の一冊として、早川書房より2023年10月に刊行されました。原書の刊行は2021年です。電子書籍での購入です。本書は戦争の視点からの人類史です。全体的にヨーロッパを中心にユーラシア西部とアメリカ合衆国に偏っている感は否めませんが、漢字文化圏も含めて多様な地域や、国家を形成していない集団と時代も対象になっており、視野が広いと思います。私は、戦争の起源というか、更新世もしくは完新世初期の戦争あるいは紛争についての見解を得る目的で読み始めましたが、本書はこの問題も詳しく取り上げており、参考になりました。

 本書は、現代の国家を形成していない集団や、チンパンジーの事例から、人類が太古より戦ってきたことを指摘します。人類の「原始」社会は「平和」で、戦争は「文明」もしくは「国家」の出現後に始まったのではない、というわけです。ただ、本書は、現代人にとって最近縁の現生分類群であるチンパンジーの暴力性から、現代人とチンパンジーの最終共通祖先の時点で、小規模とはいえ集団間の激しい暴力があったことを認めていますが、そうした暴力性や集団間の戦いが現代人系統とチンパンジー系統でそれぞれ独自に進化した可能性も考えられます。とはいえ、本書でも取り上げられている更新世の人類間の暴力と考えられる事例からは、化石として発見される個体が当時存在した個体のごく一部であることを考えると、人類間の暴力は更新世の頃よりありふれていた可能性が高そうです。更新世の人口密度は完新世よりずっと低かったでしょうから、その意味で「戦争」というか「戦い」の頻度は、完新世、とくに農耕や国家の始まり以降と比較して低頻度だった、と考えられますが、更新世人類において戦争と深く関連するような暴力が存在したことは、とても無視できないでしょう。

 本書は、人類が戦争を行なう前提として、捕食性であることと、集団規模が変化することを挙げています。捕食行動に伴う暴力は人類を対象に発動することも可能ですし、規模が変化する集団は、より小規模な集団で行動することも多く、攻撃側に勝算の高い襲撃の機会を与える、というわけです。本書は、人類に限らず捕食性で集団を形成する動物でこうした行動が進化した背景には、環境収容力の限界があった、と指摘します。一方で本書は、人類史において戦争が更新世から現代まで続いてきたものの、農耕開始以前の社会では強い平等主義志向が貫かれていたことは、農耕社会および農耕に基づく国家とは大きく異なることも指摘します。「戦争」と言えるような集団間の戦いは更新世からあったとしても、本格的な「軍隊」による戦いについては、5500年前頃以降、シュメールで始まったのではないか、と本書は推測します。武器を用いて人間を殺害することもその武器も、一部の武器の素材を別とすれば、更新世も5500年前頃以降の完新世も変わりませんでしたが、その規模は完新世の方が10倍以上大きくなり、完新世には一人の指揮官に従って少なくとも数分間は敵と戦ったことに、本書は更新世とある時期以降の完新世との「戦争」の違いを見いだしています。この背景として、農耕開始による人口急増がありました。

 こうして戦争の在り様が変わっていく中で、本書が重視しているのは、牧畜民や遊牧民と定住農耕民との軋轢で、そこから軍事化とそれに伴う階層化がさらに進展したのではないか、というわけです。本書は最初の「軍事帝国」としてアッカドを挙げており、自国を遠く離れて遠征できた最初の軍隊であり、サルゴン大王はアレクサンドロスやナポレオンやヒトラーといった、世界もしくは少なくとも当時重要と考えられていた地域の征服を試みたものの原型だった、と評価しています。なお、殷(商)の起源について、建国者がインド・ヨーロッパ語族話者の遊牧民だった、と本書は推測していますが、インド・ヨーロッパ語族がユーラシア東方まで拡散していたのは確かとしても、さすがに殷の中核集団だった可能性は低いように思います。

 国家形成と軍事化の過程が、大規模要塞やファランクス(密集陣形)やチャリオット(戦車)や騎馬隊などの軍事的革新が進みましたが、これらの「古典的」戦争の要素が紀元前1500年頃にほぼ出揃うと、戦争は常に起きていたものの、変化は遅くなった、と本書は評価しています。鉄器時代になって鉄製武器へと移行しても、軍事戦術に大きな変化はなかった、というわけです。紀元前500年頃の有能な指揮官が率いるよく訓練された軍隊は、紀元後1400年頃の同様の軍隊と互角に戦えるかもしれないし、鉄製武器を有していれば、紀元前1500年頃の軍隊でも紀元後1400年頃の同様の軍隊と互角に戦えるだろう、と本書は評価しています。

 こうした「古典的」戦争の変容の契機として火器の出現があったわけですが、初期の銃器は17世紀まで戦闘の脇役にすぎなかった、と本書は評価しています。本書が戦争の変容の契機として重視しているのは三十年戦争で、それは武器の改良ではなく戦術の変化だった、と本書は指摘します。このグスタフ・アドルフによる戦術革命の結果として、犠牲者が激増したため、戦争を限定的にする志向が強くなります。この傾向が大きく変わったのはフランス革命で、愛国主義による士気の高い大規模な軍隊が、ヨーロッパで旧来型の軍隊を圧倒していきます。この間、大きく変わったのは武器ではなく戦闘の回数が激増したことです。ただ、この間に武器や装備生産に限界があり、ナポレオン没落後の19世紀前半~半ばのヨーロッパでは大きな戦争が長期にわたって避けられました。一方、アメリカ合衆国では、19世紀半ばの南北戦争で、銃器の性能向上や初期のマシンガンや元込め式大砲や装甲艦など、近代兵器が出現し、後の総力戦につながるような発想も、北軍将軍のウィリアム・テカムセ・シャーマンには見られました。ただ、これら新たな兵器の信頼性と数は第一次世界大戦と比較するとずっと劣っていました。

 その第一次世界大戦は、主要参戦国の当初の思惑とは反対に長期の消耗戦となり、この最初の本格的な総力戦では多数の犠牲者が出ました。しかし、全面戦争で犠牲者が激増したことで、敵国への憎悪を煽ることで戦争というか政治体制の継続が維持され、曖昧というか小さな戦勝の果実では人々はもはや納得せず、交戦国(陣営)のいずれかが完全降伏するまで、戦争が続きました。第二次世界大戦では、空爆とともに、東部戦線での激しい前線の移動で、多数の民間犠牲者が出ました。第二次世界大戦末期に核兵器が日本で使用され、第二次世界大戦後の戦争をめぐる認識では、核兵器の存在が中心的になります。核兵器の破壊力の大きさから、核兵器は抑止力であって現実的な使用は無謀と考える政治家や軍人もいましたが、一方で、核戦争になりかねなかったキューバ危機の後でさえ、限定核戦争は可能と考える人々も依然として存在していました。ただ、第二次世界大戦後には、大国間の直接的戦争はまだ行なわれていません(朝鮮戦争は、実質的に中華人民共和国とアメリカ合衆国の戦争だった、と言えるかもしれませんが)。本書は現代世界の問題としてのテロリズムに対して、過剰な反応をしないよう、提言しています。


参考文献:
Dyer G.著(2023)、月沢李歌子訳『戦争と人類』(早川書房、原書の刊行は2021年)

この記事へのコメント