『卑弥呼』第153話「捨て身の策」
『ビッグコミックオリジナル』2025年8月20日号掲載分の感想です。前回は、山社(ヤマト)にて、ミマアキがヤノハの考える、魏を倭の同盟国とする秘策について、魏への使節派遣と関連しているのではないか、と考えているところで終了しました。今回は、ヤノハとは旧知の何(カ)と配下のトヒコおよびノヅナが幽州刺史の毌丘倹とともに、洛陽に向かって魏の領内を進んでいる場面から始まります。毌丘倹が司馬懿(司馬仲達)に上表文を送ることですまさず、なぜわざわざ謁見を求めたのか、配下のノヅナに問われた何は、事の重大さを伝えるのに手紙では不充分と考えたのだろう、と答えます。配下のトヒコから、公孫淵は燕国樹立を宣言したので、魏への明確な謀叛ではないか、と問われた何は、魏は現在、戦や天災やだいきぼな土木工事で疲弊し、国家財政は逼迫しているので、天子も重鎮も辺境の地の反逆は放置しておけと言いかねない、と答えます。戦は起きないかもしれないのか、とノヅナに問われた何は、絶対に起こさねばならない、と答えます。魏の警戒すべき敵は呉と蜀の二国なので、あえて公孫淵を攻めないことにも一理あるのではないか、とノヅナに問われた何は、公孫淵の真の野望を分かっていない、と指摘します。公孫淵が新国家の燕の年号を紹漢としたのは、「漢を継ぐ」という意味で、漢の次に建国した魏は後継者ではなく、燕こそ正当な後継者なので、魏を成敗する、という意味であることを何は説明します。何は、毌丘倹が公孫淵の軍を、せいぜい3万~4万人で、辺境の鮮卑を味方にしても7万人がいいところなのに、15万人と言っているのは、それだけの大軍ならば天子も驚くからだ、と何は配下に説明します。
日下(ヒノモト)国の穿邑(ウカチノムラ)では、厲鬼(レイキ)、つまり疫病が出ており、布で口を覆った人々が都から様子を見に来ていました。穿邑の長は、死者がすでに20人出ており、様子のおかしい者は毎日出ている、と都から来た者に伝えます。患者の厲鬼は裳瘡(モカサ、天然痘)の症状を示していました。山社国の庵戸宮(イオトノミヤ)では、伊賀(イガ)国との国境にあるサヌ王(記紀の神武天皇と思われます)ゆかりの穿という集落で裳瘡が発生した、と吉備津彦(キビツヒコ)がモモソに伝えていました。裳瘡では数年以上前の被害が出る、と案ずる姉のモモソに、穿邑は山奥に位置するので都まで蔓延するには最低でも1年は要する、と吉備津彦は指摘します。するとモモソは、それでも厲鬼なので、日下の民が何人祟られるのか案じ、自分は民のため一心に祈る、と吉備津彦に伝えます。吉備津彦はつい、祈祷で効果があればよいが、と呟いてしまい、日下の日見子であるモモソに窘められます。吉備津彦は、この厲鬼を口実に、事代主(コトシロヌシ)を日下に招聘できないだろうか、との妙な策が浮かんだことをモモソに伝えます。吉備津彦は、日下の存亡を賭けた捨て身の奇策だが、日下には時間がない、とモモソに打ち明けます。吉備津彦はこれまでモモソたちに、山社(ヤマト)が中土(中華地域のことでしょう)に使者を送っても大したことはない、対等な同盟国にでもならない限り、どの国が倭まで何万人もの戦人を援軍として送ってくれるだろう、と伝えていました。しかし、吉備津彦は山社の日見子(モモソ)のことが不安になり、魏か呉か蜀のどこかが戦になったら筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)戦人を送らずとも、使節団を送れば倭の諸国は恐れるだろう、と指摘します。モモソは、そんな話があるわけない、と否定しますが、吉備津彦は、山社の日見子ならやりかねない、と指摘します。故に、日下に早急に事代主を招き、八百万の神々の統一を倭全域に宣言したい、というわけです。つまり、一番上の神は出雲の大穴牟遅神(オオアナムチノカミ)ではなく、日下(山社も同様ですが)が祀る天照大御神である、というわけです。そうすれば、倭の諸国が日下に従い、山社が中土から使節団を迎えても時すでに遅しだ、と吉備津彦は指摘します。捨て身の策についてモモソに問われた吉備津彦は、大勢の人が死ぬ、と答えます。
魏の帯方郡では、トメ将軍一行が帯方郡太守の劉昕と交渉していました。劉昕は、トメ将軍の二番目の希望は受け入れられない、とトメ将軍に伝えます。トメ将軍一行の女王、つまり日見子(ヒミコ)であるヤノハは、1年以内に戦が終わると預言しているので、倭国からの使節団を洛陽には派遣するのは、戦が終わるまで待てばよいのではないか、というわけです。しかしトメ将軍は、どうしても公孫淵との戦場を抜けて、洛陽に使節を派遣したい、と主張します。そんな危険なことに兵士を貸すことはできない、と劉昕はトメ将軍に伝え、劉昕の息子の劉夏から、戦争の最中の使節派遣に拘る理由を問われたトメ将軍は、実は我々にも分からないが、それが日見子様のたっての希望だ、と答えます。
山社では、魏への出立しようとする使節団に、ヤノハが無事を祈願し、団長のミマアキが、魏の皇帝に謁見して必ずよい答えをいただく、とヤノハに誓っていました。ミマアキの父親であるミマト将軍も、息子の出立を見送ります。そこへミマアキの姉であるイクメが、日下の覗見(ウカガミ、間者、内通者)からの密書が届いたことを、ヤノハに伝えます。その報告によると、日下の国境の邑で以前よりも厄介な疫病である裳瘡が発生しました。ヤノハはその報告に衝撃を受け、日下は倭統一のため、自分が魏から倭王の印綬を受け取る前に、出雲の事代主殿を傘下に入れようと躍起になっている、とイクメに説明します。吉備津彦はずる賢い男なので、この厲鬼の発生を事代主殿招聘に利用しないはずがない、とヤノハ推測します。どのように事代主殿を日下に招聘するのか、とイクメに問われたヤノハが、悪い目が出れば日下は滅亡するが、それでも吉備津彦ならば捨て身の策に打って出るだろう、と答えるところで今回は終了です。
今回は、山社連合の魏への遣使と、疫病が発生した日下の対応を中心に、話が展開しました。ヤノハが、魏と燕との戦争中に洛陽に使者を派遣することにこだわった理由は、作中ではまだ明示されていません。これは、魏が倭国(山社連合)を同盟国と認めるためのヤノハの秘策なのでしょうが、どのような意図があるのか、推測が難しく、近いうちに明かされるでしょうから楽しみです。日下の吉備津彦がヤノハを警戒し、日下の疫病を利用して事代主を日下に招聘しようと考えていることも注目されます。吉備津彦もこれが危険な策であることを承知しており、ヤノハは吉備津彦の策を見抜いているようですが、これも推測が難しいところです。筑紫島の山社連合および暈(クマ)と日下連合との関係がどう決着するのか、まだ分かりませんが、本作における日下の系図や事象が、基本的には記紀に反映されているようです。その意味で、暈国が熊襲としてヤノハの死後も日下連合と対立するとしても、最終的には日下連合が「勝者」となるのかもしれません。纏向遺跡一帯と思われる日下の放棄された都を中心とした地域が「ヤマト」と呼ばれるようになるのも、日下連合が山社連合を征服したからなのかもしれません。ただ、日下が吉備津彦の捨て身の策によって大打撃を受けるのだとしたら、単純に日下が作中での最終的な「勝者」になるとも限らず、予測の難しいところです。ヤノハによる魏への使節派遣、それに対する日下の吉備津彦の捨て身の策、ヤノハの実子でヤノハへの強い恨みがあるニニギ(ヤエト)を次の日見彦(ヒミヒコ)として抱えている暈国と、今後も話は多元的に進んでいきそうですし、司馬懿がどのように描かれるのかも気になるところで、今後の展開もたいへん楽しみです。
日下(ヒノモト)国の穿邑(ウカチノムラ)では、厲鬼(レイキ)、つまり疫病が出ており、布で口を覆った人々が都から様子を見に来ていました。穿邑の長は、死者がすでに20人出ており、様子のおかしい者は毎日出ている、と都から来た者に伝えます。患者の厲鬼は裳瘡(モカサ、天然痘)の症状を示していました。山社国の庵戸宮(イオトノミヤ)では、伊賀(イガ)国との国境にあるサヌ王(記紀の神武天皇と思われます)ゆかりの穿という集落で裳瘡が発生した、と吉備津彦(キビツヒコ)がモモソに伝えていました。裳瘡では数年以上前の被害が出る、と案ずる姉のモモソに、穿邑は山奥に位置するので都まで蔓延するには最低でも1年は要する、と吉備津彦は指摘します。するとモモソは、それでも厲鬼なので、日下の民が何人祟られるのか案じ、自分は民のため一心に祈る、と吉備津彦に伝えます。吉備津彦はつい、祈祷で効果があればよいが、と呟いてしまい、日下の日見子であるモモソに窘められます。吉備津彦は、この厲鬼を口実に、事代主(コトシロヌシ)を日下に招聘できないだろうか、との妙な策が浮かんだことをモモソに伝えます。吉備津彦は、日下の存亡を賭けた捨て身の奇策だが、日下には時間がない、とモモソに打ち明けます。吉備津彦はこれまでモモソたちに、山社(ヤマト)が中土(中華地域のことでしょう)に使者を送っても大したことはない、対等な同盟国にでもならない限り、どの国が倭まで何万人もの戦人を援軍として送ってくれるだろう、と伝えていました。しかし、吉備津彦は山社の日見子(モモソ)のことが不安になり、魏か呉か蜀のどこかが戦になったら筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)戦人を送らずとも、使節団を送れば倭の諸国は恐れるだろう、と指摘します。モモソは、そんな話があるわけない、と否定しますが、吉備津彦は、山社の日見子ならやりかねない、と指摘します。故に、日下に早急に事代主を招き、八百万の神々の統一を倭全域に宣言したい、というわけです。つまり、一番上の神は出雲の大穴牟遅神(オオアナムチノカミ)ではなく、日下(山社も同様ですが)が祀る天照大御神である、というわけです。そうすれば、倭の諸国が日下に従い、山社が中土から使節団を迎えても時すでに遅しだ、と吉備津彦は指摘します。捨て身の策についてモモソに問われた吉備津彦は、大勢の人が死ぬ、と答えます。
魏の帯方郡では、トメ将軍一行が帯方郡太守の劉昕と交渉していました。劉昕は、トメ将軍の二番目の希望は受け入れられない、とトメ将軍に伝えます。トメ将軍一行の女王、つまり日見子(ヒミコ)であるヤノハは、1年以内に戦が終わると預言しているので、倭国からの使節団を洛陽には派遣するのは、戦が終わるまで待てばよいのではないか、というわけです。しかしトメ将軍は、どうしても公孫淵との戦場を抜けて、洛陽に使節を派遣したい、と主張します。そんな危険なことに兵士を貸すことはできない、と劉昕はトメ将軍に伝え、劉昕の息子の劉夏から、戦争の最中の使節派遣に拘る理由を問われたトメ将軍は、実は我々にも分からないが、それが日見子様のたっての希望だ、と答えます。
山社では、魏への出立しようとする使節団に、ヤノハが無事を祈願し、団長のミマアキが、魏の皇帝に謁見して必ずよい答えをいただく、とヤノハに誓っていました。ミマアキの父親であるミマト将軍も、息子の出立を見送ります。そこへミマアキの姉であるイクメが、日下の覗見(ウカガミ、間者、内通者)からの密書が届いたことを、ヤノハに伝えます。その報告によると、日下の国境の邑で以前よりも厄介な疫病である裳瘡が発生しました。ヤノハはその報告に衝撃を受け、日下は倭統一のため、自分が魏から倭王の印綬を受け取る前に、出雲の事代主殿を傘下に入れようと躍起になっている、とイクメに説明します。吉備津彦はずる賢い男なので、この厲鬼の発生を事代主殿招聘に利用しないはずがない、とヤノハ推測します。どのように事代主殿を日下に招聘するのか、とイクメに問われたヤノハが、悪い目が出れば日下は滅亡するが、それでも吉備津彦ならば捨て身の策に打って出るだろう、と答えるところで今回は終了です。
今回は、山社連合の魏への遣使と、疫病が発生した日下の対応を中心に、話が展開しました。ヤノハが、魏と燕との戦争中に洛陽に使者を派遣することにこだわった理由は、作中ではまだ明示されていません。これは、魏が倭国(山社連合)を同盟国と認めるためのヤノハの秘策なのでしょうが、どのような意図があるのか、推測が難しく、近いうちに明かされるでしょうから楽しみです。日下の吉備津彦がヤノハを警戒し、日下の疫病を利用して事代主を日下に招聘しようと考えていることも注目されます。吉備津彦もこれが危険な策であることを承知しており、ヤノハは吉備津彦の策を見抜いているようですが、これも推測が難しいところです。筑紫島の山社連合および暈(クマ)と日下連合との関係がどう決着するのか、まだ分かりませんが、本作における日下の系図や事象が、基本的には記紀に反映されているようです。その意味で、暈国が熊襲としてヤノハの死後も日下連合と対立するとしても、最終的には日下連合が「勝者」となるのかもしれません。纏向遺跡一帯と思われる日下の放棄された都を中心とした地域が「ヤマト」と呼ばれるようになるのも、日下連合が山社連合を征服したからなのかもしれません。ただ、日下が吉備津彦の捨て身の策によって大打撃を受けるのだとしたら、単純に日下が作中での最終的な「勝者」になるとも限らず、予測の難しいところです。ヤノハによる魏への使節派遣、それに対する日下の吉備津彦の捨て身の策、ヤノハの実子でヤノハへの強い恨みがあるニニギ(ヤエト)を次の日見彦(ヒミヒコ)として抱えている暈国と、今後も話は多元的に進んでいきそうですし、司馬懿がどのように描かれるのかも気になるところで、今後の展開もたいへん楽しみです。
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