スキタイの人口史

 スキタイ人の古代ゲノムデータを報告した研究(Andreeva et al., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、黒海北部沿岸からドン川中流域に広がる、古代ギリシアにおいて「大スキタイ」と呼ばれていた地域およびその近隣地域の、青銅器時代と鉄器時代の古代人131個体のゲノムデータや片親性遺伝標識となるミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)およびY染色体ハプログループ(YHg)を既知の古代人および現代人と比較し、スキタイの人口史を検証しています。スキタイ人の主要な遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)はヨーロッパ青銅器時代集団的構成要素に由来し、スキタイ人は時空間的に遺伝的には異質だった、と示されました。また、スキタイ人においてかなりの族内婚が行なわれていたことも推測されました。また、スキタイ人において果糖不耐症を引き起こす有害な遺伝子変異が見つかり、この変異はヨーロッパ現代人集団にも広がりました。

 略称は、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、AADR(The Allen Ancient DNA Resource、アレン古代DNA情報源)、ROH(runs of homozygosity、同型接合連続領域)、IBD(identity-by-descent、同祖対立遺伝子)、cM(centimorgan、センチモルガン)、WHG(Western hunter-gatherer、ヨーロッパ西方狩猟採集民)、EHG(Eastern hunter-gatherer、ヨーロッパ東方狩猟採集民)、AUC(the area under the receiver operating characteristics curve、受信者動作特性曲線下面積)、HERC2(HECT and RLD domain containing E3 ubiquitin protein ligase 2、HECTおよびRLDドメインE3含有ユビキチンタンパク質連結酵素2)、MC1R(melanocortin-1 receptor、メラノコルチン1受容体)、MCM6(minichromosome maintenance complex component 6、ミニ染色体維持タンパク質6)、LCT(Lactase、ラクターゼ、乳糖分解酵素)、ADH1B(Alcohol Dehydrogenase 1B、アルコール脱水素酵素1B)、ALDH2(Aldehyde dehydrogenase 2、アルデヒド脱水素酵素2型)、鉄(Ⅱ)イオン(Fe²⁺)、HFE(Human homeostatic iron regulator protein、High Fe²⁺、ヒト恒常性鉄制御タンパク質)、ALDOB(Aldolase, Fructose-Bisphosphate B、アルドラーゼ果糖二リン酸B)、ストロンチウム(Sr)、炭素(C)、窒素(N)です。

 時代区分の略称は、N(Neolithic、新石器時代)、BA(Bronze Age、青銅器時代)、EBA(Early Bronze Age、前期青銅器時代)、MBA(Middle Bronze Age、中期青銅器時代)、MLBA(Middle to Late Bronze Age、中期~後期青銅器時代)、LBA(Late Bronze Age、後期青銅器時代)、IA(Iron Age、鉄器時代)、EIA(Early Iron Age、前期鉄器時代)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、地下墓地(Catacomb)文化、コバン(Koban)文化、ピャノボルスカヤ(Pyanoborskaya)文化、スルブナヤ(Srubnaya、Zrubna、ズルブナ)文化、サカ(Saka)文化、タガール(Tagar)文化、パジリク(Pazyryk)文化、アルディ・ベル(Aldy Bell)文化、鐘状ビーカー(鐘形杯)文化(Bell Beaker Culture、略してBBC)、ユフノフスカヤ(Yukhnovskaya)文化、アファナシェヴォ(Afanasievo)、ヤムナヤ(Yamnaya)文化、アンドロノヴォ(Andronovo)文化です。

 本論文で取り上げられる主要な遺跡は、セミルク(Semiluk)土塁遺跡、アララハ(Alalakh)遺跡、シャマンカ(Shamanka)遺跡、ブスタン(Bustan)遺跡、グリノエ(Glinoe)遺跡、コルビノ1(Kolbino I)遺跡、デヴィツァ5(Devitsa V)遺跡、テルノヴォエ1(Ternovoe I)遺跡、ゴルキ1(Gorki I)遺跡、ロシア連邦スタヴロポリ地方(Stavropol Krai)キスロヴォツク市(Kislovodsk)のクリンヤール3(Klin-Yar 3)遺跡、コバンスカヤ(Kobanskaya)遺跡です。


●要約

 大スキタイは、黒海北部沿岸からドン川中流域に広がる地域の古代ギリシア名です。青銅器時代および鉄器時代の大スキタイと近隣地域の古代人131個体から生成された高品質なゲノムデータを用いて、スキタイ人の遺伝的構造が確証され、主要なヨーロッパ青銅器時代の祖先構成要素の起源と、移動および侵入の遺伝的痕跡が明らかになりました。上流階層を含めて、スキタイ人の間の関係が解明されました。スキタイ人氏族ではかなりの族内婚が見つかりました。スキタイ人の表現型と医療遺伝学的背景が調べられ、果糖不耐症を引き起こす有害な遺伝子変異が見つかりました。この古代の「スキタイ人」変異はユーラシア西部全域に広がり、現在のヨーロッパ人口集団において果糖不耐症の最も一般的な原因となりました。


●研究史

 ユーラシア草原地帯の前期鉄器時代は、東方では【現在は中華人民共和国の支配下にあり、行政区分では内モンゴル自治区とされている】モンゴル南部から西方では黒海北部地域に広がる、有名なスキタイ・シベリア文化地域と関連していました。「スキタイ世界」の遊牧民は鉄器時代における政治と経済と文化の動態に重要な役割を果たし、この人口集団は同様のもしくは共有された文化的特徴によって結合しており、古代ギリシア人によって記述されたヨーロッパの「古典的」スキタイ人と、スキタイ・シベリア遊牧民として知られているシベリアおよびアジア西部の部族の両方が含まれていました。紀元前5世紀には、ヘロドトスという名前のギリシアの歴史家が大スキタイの「古典的」スキタイ人の生活様式と食性と表現型を詳細に記述しました。ヘロドトスの大スキタイは黒海沿岸北部からドニエストル川上流域およびドン川中流域まで広がっており、その北東の周辺はドン川右岸の陸地で構成されています。スキタイ期(紀元前7世紀~紀元前3世紀初頭まで)に遊牧民によってここに残された多数の古墳は、古遺伝学的研究にとって独特な機会を提供します。

 スキタイ人の埋葬は特定の考古学的指標によって識別できます。これらには、さまざまな人工遺物における「動物様式」の芸術的伝統、複合弓やアキナケス(acinaces)短剣や独特な馬具(たとえば、馬勒や銜や鞍)など特定の種類の武器が含まれています。これら3点の独特な文化的構成要素は、まとめて「スキタイ三要素」と呼ばれています。本論文は、ドナウ川下流域(北ポントス草原地帯)からドン川に至る草原地帯および森林草原地帯やコーカサス北部地域に居住していたスキタイの部族の遺伝学的研究を行ないました。スキタイ文化には土葬儀式およびおもに古墳の形となる埋葬が含まれます。これらの埋葬地は、スキタイ社会の準軍事区域とつながっています。

 紀元前8世紀もしくは紀元前7世紀の北ポントス地域における遊牧スキタイ人の出現に関して、主要な二つの仮説があります。第一の仮説によると、スキタイ人は在来の農耕部族と後期青銅器時代のスルブナヤ文化の移民部族の両方を基盤に形成されました。第二の仮説では、アジアからの移民として、発展した形でスキタイ人が出現した、と想定されます。アジア中央部地域は、スキタイ人と他の鉄器時代ユーラシア遊牧民の最も可能性の高い故地と考えられています。

 スキタイ人に先行する期間には、ヨーロッパの草原地帯はヨーロッパとアジアの人口集団間の接触地帯としても機能し、さまざまな文化が経時的に相互によって置換された地域を表しています。中期青銅器時代(紀元前三千年紀)には、地下墓地文化史の共同体が西方ではドナウ川河口から東方ではヴォルガ川まで、南方では北コーカサスから北方ではドン川上流域まで広がりました。後期青銅器時代(紀元前19世紀~紀元前13世紀)には、スルブナヤ文化史の共同体がユーラシアの広範な草原地帯の領域で見られ、いくつかの局所的異形によって表されます。これまでに、中期および後期青銅器時代の刊行されている古代人のゲノムデータはヨーロッパ草原地帯から利用可能ですが[10~13]、この地域のその後の鉄器時代集団への影響についてのデータはありません。青銅器時代から鉄器時代の移行に関する理解の大きな空白は、ヨーロッパ東部の埋葬遺跡の以前には知られていなかったゲノムデータで対処できるかもしれません。これまでに、ヒトの目と髪と皮膚の色を予測するために、HIrisPlex-S体系が開発されてきました。一般的な遺伝的つながりもしくは多様性に加えて、表現型の差異が同じ場所の青銅器時代から鉄器時代の集団で変化したのかどうか、調べるのは興味深いことです。

 鉄器時代遊牧民のこれまでに刊行されているゲノムデータのほとんどが東方の「スキタイ世界」部族に由来している一方で、大スキタイの「古典的」スキタイ人のデータは乏しくなっています[11、16]。したがって、紀元前7世紀頃のコーカサスおよびカスピ海草原地帯の歴史的部隊におけるイラン語群話者のスキタイ人部族の起源と出現は、依然として理解が不充分です。紀元前3世紀初頭の大スキタイの消滅も、依然として解明されていません。赤みがかった茶色の皮膚や赤みがかった髪や肉食習慣など古代の著述家によるスキタイ人とされる特定の表現型は、依然として神話の領域に留まっています。男女の身体的状態の類似性は、言及されているスキタイ人での低い生殖能力および肥満とともに、内分泌疾患の存在を示唆しているかもしれません。ほとんどの古代の著述家は、魅力を高めるために、その歴史物語に民間伝承や説話を取り入れました。しかし、スキタイ人の歴史と一部の神話は、ゲノム手法を通じて検証できる、と考えられます。


●標本

 スキタイ人の起源と歴史を解明するために、ヘロドトスの大スキタイに相当するユーラシア西部地域の青銅器時代および鉄器時代の考古学的資料から標本が収集され、全ゲノム配列決定が実行されました(図1)。289点のゲノムライブラリの品質検査を通じて、85%の個体(131個体)からデータを取得でき、網羅率は最大で20倍です。これらのデータは、ミトコンドリアゲノムのみが再構築されていた古代人18個体を含んでいます。初期と古典期スキタイの古墳と後期スキタイの埋葬の個体群で、全ゲノムデータが得られました(78個体、資料は紀元前7世紀~紀元後1世紀の遺跡から得られました)。これらの標本はスキタイ地域全体の4ヶ所の異なる場所に由来し、北方から南方まで、つまりドン川中流域と北ポントス草原地帯とクリミアとコーカサス北部草原地帯にまたがっています(図1および表1)。以下は本論文の図1です。
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 さらに、「スキタイ期」の「ドン川中流域の同じ地理的地域におけるセミルク集落の非スキタイ地上埋葬が分析されました(8個体、紀元前4~紀元前3世紀)。非スキタイ人個体の配列決定も実行され、その内訳は、(1)以前には遺伝学的手法で特徴づけられていなかったスキタイ地域の北東側のピャノボルスカヤ文化の人口集団(11個体、紀元前3世紀~紀元後2世紀)、(2)コバン文化集団(7個体、紀元前8~紀元前4世紀)、(3)スキタイ世界の南側の境界に位置するコーカサス北部草原地帯の非スキタイ人鉄器時代個体(9個体、アラン人とサルマティア人とマエオティア人、紀元前7世紀~紀元後1世紀)です。本論文のゲノムデータは、以前に刊行された鉄器時代の東西の遊牧民の間の空間的な南北の標本抽出の空白を埋め、スキタイの全期間を網羅します。

 さらに、スキタイ人に先行する同じ地理的地域の標本が収集されて配列決定され、スキタイ人部族の地域的起源に関する仮説が検証されました。ゲノムデータは中期青銅器時代(紀元前三千年紀)のドン川中流域の地下墓地文化の個体群と、後期青銅器時代(紀元前二千年紀)のドン川の森林草原地帯のスルブナヤ文化の個体群(12個体)で生成されました。ユーラシアの人口動態のより広範な時間的状況内でスキタイ人を研究するために、新たに配列決定された青銅器時代および鉄器時代のゲノムが、AADRデータベース第54.1版を用いて、以前に刊行された古代人および現代人のゲノムデータと組み合わされました。


●青銅器時代におけるドン川中流域人口集団の遺伝的構造

 ドン川中流域の地下墓地文化およびドン川の森林草原地帯のスルブナヤ文化の、スキタイ人の前となる青銅器時代個体群の研究が提示されます。古代の個体のデータは、現在のヨーロッパ人口集団の遺伝的差異に投影されました。PCA図(図2A)から、ドン川中流域の地下墓地文化とドン川の森林草原地帯のスルブナヤ文化の個体群は異なる二つの遺伝的クラスタ(まとまり)を形成し(それぞれドン川中流_MBAおよびドン川中流_LBAと命名されます)、ADMIXTURE分析によって示唆されるように(図2B)、両者は遺伝的に均質である、と明らかになりました。ドン川中流_MBAの祖先構成要素の相対的な割合は、以前に刊行されたEBAおよびMBA人口集団とは異なっていた、と分かりました。しかし、f3統計によると、ドン川中流_MBA集団は他のEBAおよびMBA集団とよりもヤムナヤ文化およびアファナシェヴォ文化集団の方と多くのアレル(対立遺伝子)を共有していました。以下は本論文の図2です。
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 さまざまな地理的地域のドン川中流_LBAおよび他のLBA標本とのドン川中流_MBAの比較分析を通じて、ドン川中流_MBAは他のLBA人口集団とよりも異なる場所のLBAスルブナヤ文化集団の方と大きな遺伝的類似性を有している、と分かりました。ドン川中流_LBAは他地域のEBAおよびMBA集団と比較して、地元のドン川中流_MBAとずっと多くのアレルを共有していたわけではありません。さらに、ドン川中流_MBA集団とドン川中流_LBA集団との間で、mtHgとYHgの違いが観察されました(図3)。mtHg-U(U2およびU5)はドン川中流_MBA集団とドン川中流_LBA集団の両方に存在しましたが、両者の間で直接的な母系の連続性はありませんでした(図3C)。これらの調査結果と一致して、表現型の特性は両人口集団間【ドン川中流_MBA集団とドン川中流_LBA集団】で異なっていました。HIrisPlex-S体系を用いると、ドン川中流_MBAの検証された5個体は全員、濃い色の髪および目と予測されました。対照的に、検証されたドン川中流_MBAの8個体のうち6個体は明るい色の髪だった可能性が高く、少なくとも3個体の目は青色でした。まとめると、これらの結果は、青銅器時代のドン川中流域における遺伝的変化を示唆しており、これは青銅器時代のユーラシア草原地帯における報告された地域間の移住[18]と一致し、ドン川中流域の地下墓地文化人口集団が遺伝的に異なる森林草原地帯のスルブナヤ文化人口集団に置換されたことを示唆しています。以下は本論文の図3です。
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●ヨーロッパのスキタイ人の遺伝的に多様な鉄器時代集団

 本論文で配列決定されたスキタイ人はPCA図では少なくとも四つの異なるクラスタ(まとまり)を形成し、さらにスキタイ_主要とスキタイ_南方とスキタイ_クリミアとスキタイ期_西方と命名され(図2a)、現代のコーカサスとヨーロッパ北部と西ポントス草原地帯の人口集団間で、現在のヨーロッパの個体群の近くに位置しました。もう一つの遺伝的まとまりには、スキタイ人集団から遠い、ハンガリーの以前に刊行されたスキタイ期個体群が含まれています。この集団はスキタイの物質文化を採用しましたが、伝統的なスキタイの埋葬慣行を欠いています。モルドバの領域の鉄器時代集団(グリノエ遺跡)は、本論文のスキタイ_クリミアのまとまりおよびスキタイ人の遺伝的に遠い個体群と遺伝的背景を共有している個体群で構成されています(図2)。グリノエ遺跡は、西方の物質文化によって影響を受けたスキタイ人の埋葬地として報告されました。まとめると、これらの結果はヨーロッパのスキタイ人集団間のかなりの遺伝的変異性を強調しており、ヨーロッパのスキタイ人集団を、PCA図ではアジアの人口集団の方へと動いているスキタイ・シベリア世界の以前に研究されたIA遊牧民集団(サカ人、タガール人、パジリク人、アルディ・ベル文化のEIA個体群)から分離します。注目すべきことに、配列決定されたピャノボルスカヤ文化およびマエオティア文化の定住したIA個体群も、PCA図ではスキタイ人の遠くに位置しました。セミルク遺跡個体群はPCA図において大スキタイ地域内に位置し、スキタイ_主要クラスタ(まとまり)と部分的に重複しており、全体的にこれらの定住人口集団はスキタイ人集団の近くに位置しています。

 ADMIXTURE分析は本論文の鉄器時代コホート(特定の性質が一致する個体で構成される集団)の各スキタイ人および非スキタイ人クラスタ(まとまり)内の個体間における異なる遺伝的特性を明らかにしました(図2B)。スキタイ_主要とスキタイ_クリミアとスキタイ_南方とスタヴロポリ_IA集団の遊牧民個体群や、コバンスカヤ(Kobanskaya)遺跡人口集団とは対照的に、スキタイ期_西方とピャノボルスカヤ遺跡とセミルク遺跡とマエオティア文化の個体群には、新石器時代イラン農耕民と関連する古代の構成要素が検出されませんでした。検証された個体のほとんどは、古代のシベリアおよび/もしくはアジア東部の2祖先系統に由来する低い割合の東方遺伝的構成要素を示しました。これらの祖先構成要素はそれぞれ、現在のガナサン人および漢人集団において最大化されています。ピャノボルスカヤ遺跡人口集団の個体群のみが、顕著な古代シベリア遺伝的構成要素を示しました。これらの東方祖先構成要素は鉄器時代において大スキタイ地域に現れ、青銅器時代にはヨーロッパ草原地帯人口集団には存在しませんでした。ADMIXTURE分析では、セミルク遺跡個体およびスキタイ期_西方は一部のヨーロッパおよびバルト海地域の鉄器時代人口集団と同様に少量のWHG構成要素を有しており、WHG構成要素はより東方の集団では存在しなかった、と明らかになりました。この構成要素の割合は、個体において新石器時代イラン農耕民の構成要素が増加するにつれて減少しました。スキタイ人および非スキタイ人集団では、外群f3統計はPCAおよびADMIXTUREのパターンと一致し、青銅器時代および鉄器時代ヨーロッパ人口集団によって共有されているものの、アジアの人口集団には共有されていない、かなりの数のアレル(対立遺伝子)が明らかになりました(図4A)。以下は本論文の図4です。
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 スキタイ人部族および非スキタイ人集団における混合供給源のより包括的な理解を得るために、qpAdmモデルを用いて青銅器時代の祖先構成要素の可能性がモデル化されました。分析によって複数の有効な2もしくは3方向モデルが得られ、そのモデルでは、鉄器時代集団の祖先系統の最大で90~95%はさまざまな青銅器時代人口集団に由来する混合に起因した、と示されました(図4A)。スキタイ_クリミアとスキタイ期_西方とセミルク遺跡個体群(標本15点のうち13点)のほとんどで最適なモデルにはバルト海地域BA祖先系統が含まれており、スキタイ_主要(親族関係にない22個体のうち18個体は草原地帯関連BA供給源でおもにモデル化されました)とは対照的です。残りの祖先(最大30%)は高い割合の古代の構成要素のあるBA人口集団に由来し、その起源は新石器時代イラン農耕民およびヨーロッパ/アナトリア半島農耕民人口集団です。古代のシベリアおよびアジア東部祖先系統からの小さな寄与もありました。平均的に、これらの古代東方構成要素はIA集団の祖先系統の10%未満を占めています。しかし、ピャノボルスカヤ遺跡個体群は、30~40%の範囲のより顕著な古代シベリア祖先系統を示しました(図4A・D)。

 qpAdmモデル化はスキタイ_南方集団の個体群について異なる混合特性を示し、これにはBA草原地帯関連祖先系統が欠けていましたが、すべてのスキタイ_南方の個体には、トルコ_アララハ_MLBAやイタリア_サルデーニャ島_EBA、さらにはエチオピア_4500年前など、半分以上の「南方」祖先系統供給源が含まれています(図4A)。統合されたBA供給源を用いると、IA個体のほとんどは、草原地帯LBA(ドン川中流_MBA)および古代シベリア/アジア東部(ロシア_シャマンカ_EBA)供給源と、追加の新石器時代イラン関連(ウズベキスタン_ブスタン_BA)供給源の2もしくは3方向混合としてモデル化できます(図4B・C)。

 本論文の調査結果は、(1)地理や(2)祖先や(3)時間の違いと関連する、ヨーロッパのスキタイ人およびその近隣人口集団における遺伝的異質性のいくつかの側面を浮き彫りにします。まず、明確な地理と遺伝の特定性はヨーロッパのスキタイ人では見つかりませんでした。たとえば、スキタイ_主要クラスタは遠方の3ヶ所の地域のスキタイ人を結びつけており、それは北ポントス草原地帯とドン川中流域とクリミアです。同様に、北ポントス草原地帯とコーカサス北部草原地帯の地理的に遠いスキタイ人は、スキタイ_南方クラスタ内に分類されます。地理的にスキタイ人と近いマエオティア文化個体群は後者【スキタイ_南方】とは異なる遺伝的特性を示しており、草原地帯関連集団とではなく、コーカサス地域の古代の人口集団とより近くなっています(図2)。

 PCA図上のまとまりと関連する遺伝的に異なるスキタイ人および非スキタイ人集団の祖先系統の文脈で、f4統計および外群f3分析を用いて、単系統群性検定でのアレル頻度相関パターンによる混合が評価されました。EBAおよびMBA以降、つまりスキタイ人以前のユーラシアに存在する祖先系統を表していたかもしれない人口集団の一式が検証されました。その結果、研究対象のIA集団は、主要な祖先基層として機能する複数のBA人口集団を有していた、と示唆されます。注目すべきことに、同じドン川中流域のBAとIAの人口集団間の連続性は検出されませんでした。本論文で研究対象の全スキタイ人のうち、初期のスキタイ_南方集団のみが、ほとんどの他の検証BA人口集団とよりもドン川中流_LBAの方と有意に多くのアレルを共有していました。スキタイ期_西方とスキタイ_クリミアとセミルク遺跡個体群は、BAスルブナヤ文化個体群的な集団と類似した祖先を有していた可能性が高そうです。対照的に、BA、アンドロノヴォ文化祖先系統は、それ以前のスキタイ人であるスキタイ_南方と地理的に遠いピャノボルスカヤ遺跡集団に寄与したようです。

 本論文の結果は、ドン川中流域のIA社会の2構成要素(スキタイ人と定住したセミルク遺跡個体群)間の異なる起源および直接的な遺伝子流動の欠如を明らかに示唆しています。これらの違いと一致して、以前の人類学的研究はセミルク遺跡で埋葬された個体群の頭蓋の華奢さを浮き彫りにしてきました。これは頭蓋冠のより大きなサイズとは対照的で、その頭蓋冠は、スキタイ人の古墳の個体群で観察される広い前額部および後頭部によって特徴づけられ、人骨のコラーゲンの炭素(δ¹³C)および窒素(δ¹⁵N)の安定同位体組成やストロンチウム同位体比(⁸⁷Sr/⁸⁶Sr)の差異とともに、これら2集団【スキタイ人と定住したセミルク遺跡個体群】間で記録されてきました。さらに、セミルク遺跡個体群は、同時代のスキタイ_主要のスキタイ人および全ての草原地帯BA集団とよりも、バルト海地域とヨーロッパ南部および西部の先行するBA人口集団の方と大きな類似性を示しました。したがって、主要なBA草原地帯祖先に加えて、スキタイ人および非スキタイ人IA部族の遺伝的構造は、他のBA人口集団の影響から推測できます。

 スキタイ人は、イラン語群を話していたことから、イランもしくはアジア中央部祖先系統を有していた、と一般的に推測されています。本論文の結果から、古典期(スキタイ_主要、スキタイ期_西方)およびそれ以前(スキタイ_南方)の個体群は、新石器時代イラン祖先系統とよりも、新石器時代アナトリア半島祖先系統を高い割合で有するBA集団の方と多くのアレルを共有していた、と示されます(図4E)。IA標本との比較から、スキタイ人は現代のイランおよびトルコの領域のIA集団とよりも、IA地中海人口集団の方との大きな遺伝的類似性を示した、と明らかになりました。しかし、中東地域の高い割合の新石器時代イラン祖先系統を有するBA人口集団の影響は、後期スキタイ人(スキタイ_クリミア)にたどることができるものの、それ以前のスキタイ_南方には存在しない、と論証され、スキタイ人の遺伝的異質性の時間的側面が浮き彫りになりました。

 主要なBA草原地帯祖先系統に加えて、スキタイ_主要とスキタイ_クリミアとスキタイ期_西方は先行するBAヨーロッパ西部人口集団(BA_イングランド_BBCやイングランド_EIAなど)およびバルト海地域BA人口集団とも遺伝的類似性を示しましたが、BAコーカサス集団もしくはアジア西部集団とは遺伝的類似性を示しませんでした。バルト海東部地域のBA集団とのセミルク遺跡個体群の遺伝的つながりは、外群f3およびf4分析でも確証されました(図4A)。まとめると、これらの結果は、スキタイ人とヨーロッパ西部のBA人口集団との間の遺伝的関係を論証します。

 PCA図では、スキタイ_主要クラスタの数個体はサルマティア人と重複していましたが、他のスキタイ人集団の個体は重複しませんでした(図2)。一部のスキタイ人とサルマティア人は遺伝的関連する集団かもしれない、との仮説が検証されました。ADMIXTURE分析は、サルマティア人や東方「スキタイ世界」の他の人々と比較してのスキタイ人における、より顕著な新石器時代ヨーロッパ/アナトリア半島農耕民構成要素を示し、ほとんどのサルマティア人個体はスキタイ_主要のスキタイ人と比較して、より多くの東方的(シベリアおよび/もしくはアジア東部)もしくは新石器時代イラン祖先系統を示しました。f4統計分析によると、検証されたサルマティア人集団は検証されたどのスキタイ人集団とも単系統群ではありませんでした。f3混合統計は、サルマティア人がスキタイ人と検証されたIA集団の混合だった証拠を示しませんでした。外群f3統計の分析では、PCA図でサルマティア人と重複したスキタイ_主要のスキタイ人を含めて、すべてのスキタイ_主要の個体は、サルマティア人とではなく、ヨーロッパIA集団およびスキタイ人と最大の遺伝的浮動を共有している、と明らかになりました。

 さらに、スキタイ人およびサルマティア人の個体間の遺伝子流動の可能性を検証するために、ancIBDプログラムを用いて、スキタイ人と他のIA個体群との間の共通のIBD染色体断片が検索されました。密接な関係が、本論文のスキタイ人集団内や、東方の「スキタイ世界」の以前に刊行された集団内で明らかになりましたが、長い共有IBD断片は、スキタイ人と適切なゲノム網羅率データのある検証されたIA個体群との間で検出されませんでした。ドン川中流域のスキタイ人氏族のスキタイ人とカザフスタン西部地域のサルマティア人の2個体(SGZ001とSGZ002)との間では、長さ約16cMの短い共通のIBD断片のみが見つかりました。全体的に、本論文の調査結果はこれらの遊牧的な2集団の遠い遺伝的背景を示唆しています。あるいは、一部のスキタイ人とサルマティア人個体との間の関係の存在は、これら遊牧民部族間の混合の痕跡かもしれません。これらのつながりは、高網羅率のサルマティア人のゲノムの包括的な一式での、さらなる調査を必要とします。

 本論文の結果は、ほぼさまざまなヨーロッパ草原地帯BA人口集団からの、大スキタイ地域の最初の配列決定されたIA集団の複数起源を明らかにし、地理と遺伝の相関はヨーロッパのスキタイ人部族では見つかりませんでした。「スキタイ人・サルマティア人世界」における遺伝的違いはおもに地理によって説明できる、との以前の仮説は、本論文の調査結果では裏づけられません。さらに、東方のスキタイ・シベリア部族とは異なり、ヨーロッパのスキタイ人は主要な遺伝的基層として古代シベリア祖先系統を有していません。古代シベリアおよびアジア東部構成要素は、低水準でスキタイ人のヨーロッパ人口集団に存在します(図4D)。さらに、クリミアの後期スキタイ人はこれらの祖先遺伝的構成要素を示しません。古代シベリア構成要素はスキタイ人の北方の隣人、具体的にはピャノボルスカヤ文化人口集団において高い割合で見つかりました。

 常染色体データの分析に加えて、mtHgおよびYHgが調べられ、スキタイ人と他のIA集団の祖先の母系および父系が追跡されました。スキタイ人はmtDNA系統で顕著な多様性を示し(図3)、これは本論文のスキタイ人部族における社会的もしくは結婚慣行を反映しているかもしれません。IAとBAの標本間のつながりの可能性を特定するために、完全なmtDNA配列と共有ハプロタイプが比較されました。IAとBAの個体間で6点の一致するハプロタイプが見つかりましたが、これらのハプロタイプを有する個体の完全なmtDNA配列では、1個もしくは複数の不一致がありました(図3C)。結果として、これらの関連するmtDNA系統は共通の起源を有しているものの、現時点では、これらBAからIAの個体群の直接的な母系遺伝を裏づける証拠は不充分です。新たに配列決定されたIA標本におけるmtHgの過半数は、BAのユーラシアの複数地域に分布していました。しかし、高い割合(1/3以上)はヨーロッパの人口集団のみで、さらに11%は新石器時代イランもしくはアナトリア半島祖先系統と関連する集団のみで見つかりました。これらの調査結果は本論文の常染色体標識の分析の調査結果と一致し、ミトコンドリアと常染色体の遺伝的標識間の強い相関を示唆しています。

 さらに、さまざまな地域と年代期間の研究対象のスキタイ人集団では、YHgの顕著な多様性が明らかになりました。ドン川中流域のIA男性個体における主要なY染色体系統は、YHg-R1a1a1b2a2b2b1(Y2631)およびYHg-R1a1a1b2a1(Y2)というYHg-R1aの異なる2下位単系統群によって表されます。YHg-G2a2b2a1a1a1b1b1(S9409)とYHg-J2a1(Y26650およびFT72594)とYHg-N1a1a1a1a2a(Z1934)とYHg-Q1b2b(L940)の系統は、本論文の検証対象のスキタイ人に存在した他の父系で、そのすべては大スキタイ領域のさまざまな地域で見つかりました。ほとんどの以前に刊行されたYHgデータは不完全なハプログループ割り当てと低網羅率なので、スキタイ人の父系の正確な起源の追跡は現時点では困難です。しかし、本論文の結果は、ドン川中流域におけるBAとIAの人口集団間や、時空間的にさまざまなスキタイ人集団間の直接的な父系の遺伝的連続性の欠如を明らかに論証します。スキタイ人と定住したセミルク遺跡個体群のY染色体系統は、ドン川中流域のスルブナヤ文化人口集団で見られたYHgの直接的な下位系統ではありません。

 全体的に、スキタイ人における大きな遺伝的多様性は、主要な祖先と少数の祖先の両方によって形成され、混合に寄与した多くの古代の移住集団における複雑で現時点では研究されていない接触パターンの存在を浮き彫りにします。LBA草原地帯の部族の遺伝的データにおける空白は、今や文化的共通性を共有する多様なスキタイ人共同体の起源に関する、全体的な曖昧さを増加させています。


●スキタイの遺伝的親族関係と社会構造

 古代の歴史家は、特定のスキタイ人部族の独特な社会構造を記述しており、スキタイ社会内の階層的な相互作用が浮き彫りになっています。スキタイの王族はとくに言及されており、本論文では、スキタイ社会の一部の上流階層構成員が調べられました。ドン川中流域のデヴィツァ5遺跡の古墳9号には、儀式用頭飾りの金細工が含まれています(Dev1)。そうした儀式用頭飾り(金の籠)は最も裕福なスキタイの古墳にのみ見られます。籠(calathus)を身に着けた女性1個体はスキタイの巫女と関連づけられており、Dev1はドン川中流域スキタイ人集団の最高位の上流階層の一員だった、と示唆されています。

 墓の大きさと古墳内で発見された多数の人口遺物を考えると、もう一方の個体(DS93)がドン川中流域人口集団内で上流階層の有力な構成員だったことは明らかです。副葬品には、馬具や金銀の額や擬人化された神々やスキタイ動物様式での空想上の動物の絵で装飾された板が含まれていました。古病理学的証拠から、DS93が、フォレスター病やびまん性特発性脊椎骨増殖症や2型糖尿病や肥満など、修道生活や禁欲と一般的関連する特徴の併発を示していた、と示唆されます。

 この歴史的洞察は、大スキタイ領域を越えて世代にまたがって持続したかもしれない、地域のスキタイ人における血縁関係の可能性の解明の探求の契機となりました。異なる地域のスキタイ人の祖先系統で共有性が見つかりましたが、全ゲノム解析ではそうした個体間の密接な遺伝的親族関係は明らかになりませんでした。しかし、ドン川中流域のスキタイ人集団内では多くの遺伝的に親族関係にある個体が検出され、そうした個体は1親等および2親等の家族のつながりを示しました。追加のmtHgデータと遺伝学的性別推定と考古学的データを用いて、いくつかの小さな家系が再構築されました(図5A)。これらの家系は大きなスキタイ人の1氏族を構成しており、コルビノ1遺跡とデヴィツァ5遺跡とテルノヴォエ1遺跡とゴルキ1遺跡の51個体のうち少なくとも27個体が含まれます。注目すべきことに、遺伝学的証拠は最も豊かな古墳の上流階層のスキタイ人であるDev1とDS93の両個体間の密接な関係を示唆しています。数十以上のミトコンドリア系統が優勢な母系の存在しないこの氏族で均等に分散していましたが、この家族の男性は全員、同じYHg-R1a1a1b2a2b2b1(Y2631)の系統に属している、と分かりました。この調査結果は、少なくともドン川中流域における、このスキタイ社会における単一の父系の重要性を強調し、さまざまな他の父系および牧畜社会から得られた同様のデータ[30]に照らして予測されます。以下は本論文の図5です。
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 ドン川中流域スキタイ古墳におけるほとんどの埋葬(80%超)は、2個体以上の遺骸を含む集団埋葬でした。本論文の結果から、集団埋葬と遺伝的に密接な親族関係にある個体との間の関連は明らかになりませんでした。子供は両親と埋葬されなかったものの、両親の古墳の近くに埋葬される傾向にあり、それはより小さな古墳であることが多かったものの、これは厳密な規則ではありませんでした。

 スキタイ人氏族の構成員間のROHから推定されたように、スキタイ社会における高水準の近親婚が明らかになりました(図5B・C)。検証された個体の過半数が長いROH(20cM以上)を示し、全体的なROH分布は、両親がマタイトコもしくはさらに近い親族、つまりオバ/オジとオイ/メイや半キョウダイ(両親の一方のみが同じキョウダイ)やそれ以上に近い親族であることと同等でした。注目すべきことに、上流階層のスキタイ人であるDev1とDS93は近親婚による子供ではありませんでした。族内婚は以前には、一部の古代の人口集団で報告されてきました。この社会的慣行はBAにおいて先史時代エーゲ海社会では一般的で[32]、カルタゴ人(紀元前700~紀元前400年頃)とサルマティア人とサカ人で報告されてきました[33]。本論文の調査結果から、スキタイ人のドン川中流域の少なくとも1社会は、父系親族集団によって創設された可能性が最も高い族内婚共同体だった、と示唆されます。他地域のスキタイ人の分析からは、族内婚の痕跡が明らかになりませんでした。


●その後の人口集団におけるスキタイ人の遺伝的痕跡

 その後の歴史の舞台からのスキタイ人の消滅は、その後および現在の人口集団におけるスキタイ人の遺伝的遺産の程度に関する未解決の問題を残しました。一部の歴史家は、スキタイ人はユーラシア草原地帯のその後の住民、つまりサルマティア人によって完全に根絶された、と提案しています。一部の研究者は、スキタイの崩壊の原因が草原地帯における大きな生態系と気候の変化だった、と指摘しました。

 外群f3統計での地中海人口集団に関する本論文の分析から、すべてのスキタイ人集団は、ヨーロッパ南部およびコーカサス人口集団とよりも、バルト海地域集団やサクソン/ブリテン諸島集団やスラブ人の祖先系統を有する集団の方と多くのアレルを共有していた、と論証されました。同様に、現在のヨーロッパ人のうち、スキタイ人とバルト海東部地域(リトアニア人とエストニア人)とロシア北西部人口集団との間で、最高水準のアレル共有が観察されました。ゲノムデータと一致して、スキタイ人のmtDNA配列の現代の保有者はおもにヨーロッパ、とくにポーランドとデンマークとロシア北西部で見つかります。YHgによって示されるスキタイ人の父系は、YHg-R1a1a1b2a2b2b1(Y2631)とYHg-R1a1a1b2a1(Y2)とYHg-G2a2b2a1a1a1b1b1(S9409)とYHg-J2a1(Y26650およびFT72594)についてはおもにロシア南部地域とコーカサスと中東に暮らす現代の人口集団に、YHg-N1a1a1a1a2a(Z1934)についてはヨーロッパ北部とスカンジナビア半島の現代の人口集団に分布しています。全体的に、ゲノム解析から、スキタイ人の祖先系統はおもに、アジアではなくヨーロッパの中世および現在の人口集団に存在する、と明らかになりました。


●スキタイ人のゲノムと表現型予測

 ヘロドトスや他の古代の著述家は、スキタイ人の身体的外見や伝統や食性を記述しました。たとえば、スキタイ人は金髪もしくは赤毛で、灰色か黄色の目と赤みがかっているか赤みがかった茶色の皮膚と記述されました。ギリシア人の著述家も、ブドウ酒を飲むことがスキタイ人では広く行なわれていた、と記述しており、スキタイ人に影響を及ぼした上述の「女性病」に言及しました。遊牧民としてのスキタイ人は、おそらく乳製品や肉を食べていました。病原性遺伝的多様体や色素沈着および食性と関連する多様体について、高品質のスキタイ人のゲノムが調べられました。ゲノム機能と表現型への遺伝的多様体の影響は、浸透度の違いや個体の年齢と性別と祖先系統などの要因によって大きく変わるかもしれません。そこで、高精度の予測が可能な、一遺伝子性形質や多遺伝子性の表現型の調査に焦点が当てられました。さらに、古代DNAの標的の表現型の遺伝子型について、PyroMarkのパイロ配列決定(DNA合成時の放出ピロリン酸量の測定による配列決定)技術と超短波増幅産物を用いて、分析評価が開発されました。この技術からは、補完された二倍体遺伝子型ではなく直接的な二倍体遺伝子型が得られ、古代DNAの多様体の検証と確証に適用できるかもしれません。

 これまで、ヒトの目と髪と皮膚の色を予測するHIrisPlex体系は、さまざまなヒトの表現型形質もしくは多遺伝子性疾患の予測に開発されてきたさまざまなモデルのうち、最も優れた予測能力(AUCとして発現する最高の制度は、多くの民族集団において0.95超です)があります。高品質の全ゲノムデータのある標本からHIrisPlex-S標識を抽出し、本論文の標本すべてのHERC2遺伝子内でrs12913832標的分析評価検定が開発されました。HERC2遺伝子のrs12913832は、HIrisPlex体系を用いての目と髪の色の表現型予測に必要です。標本抽出された個体のほとんどは、茶色の髪か金髪を有しており、青色の目の個体の割合が顕著だった、と予測されました。スキタイ人の数個体は、髪やシミや皮膚やと関連するMC1R遺伝子多様体を有しており、日焼け傾向がありました。全体的に、これらの結果は歴史資料によって提供されているスキタイ人の記述と一致します。

 食物およびアルコール摂取と関連する遺伝的側面について、ほとんどのスキタイ人には、アルコール不耐性(ADH1B遺伝子とALDH2遺伝子)および乳糖耐性(MCM6/LCT遺伝子座)と関連するアジアとヨーロッパ両方のそれぞれの多様体が欠けていました。遺伝的データを考えると、スキタイ人はアルコール摂取後に何らかの悪影響を経験しなかった可能性が最も高そうです。スキタイ人における乳消費の文化やこれらの慣行の根底にある遺伝的要因や乳糖耐性の機序に関して、依然として不確実性は残っており、さらに乳はアルコールとしての消費のため発酵されていたかもしれません。それにも関わらず、本論文の結果から、スキタイ人は、ヨーロッパ農耕民から乳糖耐性の遺伝的多様体の顕著な割合を獲得せず、ヨーロッパ農耕民ではこれらの多様体がより強い選択下にある、と示唆されます[42]。

 本論文では、スキタイ人のゲノムの病原性の遺伝的多様体の検査では、一遺伝子性の肥満や糖尿病やホルモン異常や性機能障害について決定的な遺伝的原因は明らかになりませんでした。しかし、これらの形質の一般的形態は複雑な病因を示し、その遺伝的要因の特定はとくに困難であることへの注意が重要です。本論文の基準に従い、検証されたIA個体群において。37個の病原性もしくはその可能性の高い多様体が検出されました。ドン川中流域とクリミア地域のスキタイ人やセミルク遺跡およびコバン文化人口集団の個体群には、HFE遺伝子のp.His63Asp多様体がありました。この多様体は浸透率の低い臨床的血色素症および現代人の鉄分代謝に影響する状態と関連しています。p.His63Asp多様体について同型接合の現在の個体のうち、21%のみが血色素症の特徴を示しました。肉類の豊富な食性は、この変異の臨床症状の危険性要因を示しているかもしれないので、この食性と変異の組み合わせは、古代の著述家によって報告された、スキタイ人の赤いか赤みがかった茶色の皮膚の原因かもしれません。

 本論文で最も興味深い調査結果は、スキタイ人に分布する医学的な遺伝的多様体です。具体的には、果糖不耐症と関連する稀なALDOB変異p.Ala150Proが特定され、既知の最高の浸透率が予測されました。この多様体の同型接合の保因者が果実や蜂蜜や果糖およびフランの含まれる他の産物を避けるべきなのは、致命的となるかもしれないからです(図6A・B)。同位体分析では、イネ科の草やスゲや動物でおもに構成されるC4植物食性が、スキタイ人およびスキタイ人氏族のALDOB同型接合個体で一般的だった、と明らかになりました。さらに、虫歯の兆候はありませんでした。p.Ala150Pro多様体が同型接合の個体によって消費される肉類と乳製品に基づく低糖の食性は、これらの個体が世人に達する能力に寄与した可能性が高そうです。以下は本論文の図6です。
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 位相化されたゲノムデータが利用可能な1000人ゲノムデータベースの現代人13人は全員、p.Ala150Pro変異で同じ「スキタイ人型」ハプロタイプを共有していました(図6)。ガンマ法を用いて、変異の年代が推定されました。紀元前千年紀初頭に存在したp.A150Pを有するスキタイ人と現代人との間の共通祖先は、直接的な祖先か、ドン川中流域スキタイ人で出現し、現在のヨーロッパの人口集団に広がりました(図6C)。


●考察

 大規模な古ゲノム研究は、ヨーロッパのスキタイ人部族の歴史の始まりから終焉までの、起源と生活様式と遺伝的遺産への包括的な概括を提供します。本論文で論証されたのは、時空間的に異なるスキタイ人共同体の遺伝的異質性と、スキタイ人の祖先系統がおもにさまざまな草原地帯関連BA集団に由来し、古代のシベリアおよび/もしくはアジア東部構成要素からの寄与は最小限だったことです。これらの調査結果は、後半な草原地帯全域のIA人口集団が、文化的要素を共有しているものの、民族性は共有していない、との仮説を確証します。ヨーロッパのスキタイ人集団における、経時的な遺伝的変化が検出されました。具体的には、紀元前7~紀元前5世紀頃となる最古級の調べられたスキタイ人は、古典期のその後のスキタイ人部族および後期のクリミアのスキタイ人集団の場合よりも、アンドロノヴォ文化人口集団との大きな遺伝的類似性を示しました。さらに、北ポントス草原地帯のそれ以前のスキタイ人個体群(スキタイ_南方)は、高い遺伝的均一性、および先行する南方人口集団(アナトリア半島もしくはシナイ半島集団)との類似性を示しました。この調査結果は、より北方の先行する草原地帯関連集団とのより多くの共有アレルを示す、その後のスキタイ人集団の遺伝的特性とは対照的です。この調査結果から、より古いスキタイ人もしくはその両親は、遠くて南方かもしれない地理的地域からの移民だった可能性が高い、と示唆されます。まとめると、この観察された遺伝的変化は、紀元前6~紀元前5世紀の変わり目となるスキタイ国家の最盛期の始まりにおける、スキタイの物質文化および葬送儀礼において記録された変化と一致します。

 本論文の結果は、ドン川中流域人口集団と北ポントス草原地帯のスキタイ人との間の遺伝的類似性の証拠を提供し、それは考古学的データによる確証された文化的つながりと一致します。しかし、同時代のドン川中流域のセミルク遺跡個体群とスキタイ人集団は、異なる文化的および人類学的特徴を示しました。ヘロドトスによると、ブディノイ人はスキタイ期の集団で、スキタイ人の北側に居住していました。定住したセミルク遺跡人口集団はブディノイ人に帰属させることができるかもしれず、スキタイ人集団とは遺伝的に異なっています。セミルク遺跡集団はバルト海東部地域BA集団との遺伝的類似性を有しています。祖型バルト海地域文化の属性は、考古学的データによるとドン川中流域人口集団とひじょうに密な接触があったかもしれない、ユフノフスカヤ文化人口集団の特徴です。

 深いミトコンドリアおよびY染色体ハプロタイプと常染色体混合構成要素の比較によって、スキタイ人に先行する古代の考古学的文化の人々や、現代人集団を含めてスキタイ文化の消滅後にユーラシアに居住した集団との、スキタイ人の遠いつながりが詳しく調べられました。以前の仮説とは対照的に、スキタイ人と同じ地域のBA人口集団との間の直接的なつながりは見つからず、紀元前千年紀のユーラシア草原地帯における高い移動率が示唆されます。本論文の結果は、現代の民族集団へのスキタイ人の遺伝的寄与に関する重要な問題、つまり、スキタイ人がどの現代人集団と最も密接に関連しているのか、あるいは、どの現代人集団に最も寄与したのか、ということには完全には取り組んでいません。しかし、その後に出現したヨーロッパの部族とのIA草原地帯人口集団の類似性が明らかになり、それは現在のヨーロッパの南部人口集団ではなく北部人口集団においてより顕著に残っています。

 おもに古代ギリシア人によって、スキタイ人について多くの広範な神話や固定観念が確立しました。本論文の調査結果は、神話的なスキタイ人部族に関するいくつかの記述の正確さの証拠をいくつか提供します。たとえば本論文は、金髪および赤みがかった髪、赤みがかった茶色の皮膚の可能性、古代の歴史家によって報告された特定のスキタイ人の食性表現型に関する、遺伝学的証拠を提供します。注目すべきことに、現代人集団において果糖不耐症の最も一般的な遺伝的原因であるALDOB遺伝子で、スキタイ人では古代の病原性多様体が見つかりました。この多様体は古典的な一遺伝子性のメンデル形質である遺伝性果糖不耐症の、高い浸透率の変異です。この変異の同型接合状態は致命的かもしれませんが、蜂蜜や果実など果糖を含む食料を回避する個体には無害で、少なくともドン川中流域スキタイ人における肉消費やC4植物に基づく食性への選好と一致します。いくつかの病原性形質および表現型の発現は、遺伝的不確定要素と環境条件、とくにスキタイ人の食習慣でとの間の相互作用に影響を受けるかもしれません。ALDOB遺伝子の病原性多様体は、果糖を含む食物が避けられなければ、若い頃には致命的かもしれません。スキタイ人の食性には砂糖と果糖がおそらく欠けていたため(図6)、同型接合でのALDOB変異の保因者は高齢(最大で45歳)に達しました。この変異はスキタイ人のその後の世代に持続し、最終的にはユーラシア西部全域に広がりました。

 ヘロドトスによって大スキタイと呼ばれた領域は歴史的には動的な地域で、厳格な政治的もしくは文化的境界によって特徴づけられていなかった可能性が高そうです。全体的に、本論文の調査結果は、スキタイ人と、コバン文化やマエオティア文化やピャノボルスカヤ文化などその定住した隣人の両方の、検証されたIA集団の人口史の包括的な理解を提供します。しかし、本論文の結果は、最終的には現在のヨーロッパ人口集団を形成した、BAおよびIAのユーラシア草原地帯における集団間の相互作用に関する問題を提起します。


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