アジア東部におけるウシ属の遺伝的混合
アジア東部におけるウシ属の遺伝的混合に関する解説(Ward, and MacHugh., 2025)が公表されました。ウシ属は家畜として完新世の人類史において重要な役割を果たしており、地域によって異なる遺伝的混合を示しているようで、本論文は、近年のアジア東部におけるウシ属の遺伝的混合について、古代ゲノム研究も含めて近年の研究を取り上げています。今も家畜として重要な役割を果たしているウシ属の古代ゲノム研究も含めて遺伝学的研究は、品種改良など「実用的な」側面でも今後も注目されます。
以下の略称は、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、WGS(whole-genome sequence、全ゲノム配列)、mtDNA(mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、QTP(Qinghai–Tibet Plateau、青海チベット高原)、GRE(genomic regulatory element、ゲノム調節因子)です。本論文で取り上げられる主要なウシ属は、オーロックス(Bos primigenius)、家畜ウシ(Bos taurus)、コブウシ(Bos indicus)、中国オーロックス(Bos primigenius sinensis)、西洋オーロックス(Bos primigenius primigenius)、北アフリカオーロックス(Bos primigenius opisthonomus)、南アジアオーロックス(Bos primigenius namadicus)です。本論文で取り上げられる主要な地名と遺跡は、松嫩平原(Songnen Plain)と石峁(Shimao)遺跡です。
●解説
家畜ウシの遺伝的起源および拡散は、他の家畜種と同様に、詳しく調べるほど複雑化しています。この傾向は過去10年間で、とくに、現代のウシ集団の祖先である絶滅した野生のオーロックスのWHSデータ一式(古ゲノム)の包括的分析を通じて加速しています[3、4、7]。家畜ウシのこれらおよび他の高解像度の集団ゲノム研究は、現代および古代のウシの母系継承のmtDNAの最初の調査から発展した、ウシの遺伝的起源と家畜化と多様性の理解に関する、単純なモデルの再評価につながりました。最近のヒトの進化に関するより詳細な理解や古代型人類からの遺伝子流動[11]と同様に、今では、完新世における野生のオーロックス集団からの核ゲノムの遺伝子移入が、現代のウシ品種の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)に大きな影響を及ぼしたことは明らかです。世界中のウシの遺伝的および表現型の多様性は、現代のコブ無ウシ(家畜ウシ)やコブ有ウシ(コブウシ)や家畜ウシとコブウシとの交雑集団を生み出した、アジア南西部における少数の家畜化の中心地のみに由来するわけではありません。
最近刊行された研究は、オーロックスの生物地理への重要な知見を提供し、アジア東部のウシにおけるオーロックスとの混合についての蓄積されつつある証拠を追加します[12]。中国北東部の松嫩平原およびQTPから収集された59点の標本を表しているウシ属の考古学的資料が使用され、37000~3700年前頃と放射性炭素年代測定された、異なる16個体のオーロックスの古ゲノムデータが生成されました。これらのデータ一式は74個体の野生および家畜ウシの以前に刊行された古ゲノムに加えて、ほぼ200個体の現代のウシ(家畜ウシ、コブウシ、交雑個体)および関連種のWGSデータと統合されました。古代および現代のウシといくつかの外群種の200点以上のミトコンドリアゲノムを用いて、ミトコンドリアゲノムの多様性と系統発生も調べられました。
アジア東部のオーロックスのミトコンドリアゲノムの比較系統発生分析から、松嫩平原およびQTPのオーロックスのmtDNAハプロタイプは「C」ハプログループ(mtHg)を表しており、これはすべてのコブウシではないオーロックスのmtHg(P、Q、R、T)に対して外群(mtHg-Kとともに)となり、これら他のmtDNA系統から15万年前頃に分岐した、と明らかになりました。先行研究[12]では、この観察は比較核ゲノム分岐と組み合わせると、オーロックスの亜種、つまり中国オーロックスとしてのアジア東部オーロックスの分類学的区分への裏づけを提供し、中国オーロックスは西洋オーロックスや北アフリカオーロックスや南アジアオーロックスを含む拡張分類群に当てはまり、家畜コブウシの祖先である可能性が高い、と提案されています。しかし、この分類群はおもに化石証拠に基づいており、オーロックスの古ゲノムデータがこれらの地域全体で収集されるにつれて、大きく改定される可能性が高い、と注意することが重要です。
アジア東部のオーロックス標本16点から生成されたWGSデータは、0.01~1.57倍の範囲の比較的控えめなゲノム網羅率を提供しましたが、少なくとも200万ヶ所のSNPのコンセンサスデータ一式が、核ゲノムに焦点を当てた高解像度の集団ゲノム解析のほとんどで利用可能です。この研究で最も注目すべき結果は、アジア東部のオーロックスはこの地域の家畜ウシ集団のゲノム祖先系統に寄与した、との観察で、これはユーラシアの他地域における観察を反映しており、まとめると、野生のオーロックスとヒトが管理するウシとの間の家畜化後の相互作用に関する新たな観点を提供します[7]。たとえば、完新世のアジア東部のオーロックスは古代の家畜ウシとの遺伝的類似性を示しており、陝西省の後期新石器時代の石峁遺跡の3900年前頃のウシに約7%のゲノム祖先系統を寄与しました。この結果は、4000年前頃までに中国北部で家畜集団と野生集団との間の遺伝子流動が起きた、との仮説を裏づけます[3]。
遺伝子流動と混合の追加の分析は、QTPで発掘された紀元前四千年紀中期のウシ属3個体の以前の研究[3]も含んでおり、成都(Changdu)や鼎傑(Dingjie)やデチェン(Diqing)や玉樹(Yushu)など、現代のQTPウシ品種におけるかなりのオーロックス祖先系統についての、複数の一連の統計的証拠を提供しました。これは、共有された遺伝的浮動の検証や系統発生網分析や混合の形式的検証やモデルに基づく祖先系統推定を含めて、補完的手法で論証されました。まとめると、これらの分析から、アジア東部のオーロックスからの遺伝子移入は家畜ウシがアジア南西部から東方へと移動した直後に始まった、と示唆されます。図1は、オーロックスの分類群と、初期完新世のヨーロッパやアフリカ北部やアジアのオーロックス集団における、核およびミトコンドリアゲノムの多様性に関する現在の知識の単純化された図を提供します[3、4、7、12]。以下は本論文の図1です。
アジア東部のオーロックスとQTPおよびアジア東部の他地域の家畜ウシとの間の混合過程の程度と動態は、野生ウシおよび家畜ウシの古ゲノムデータが今後蓄積されるにつれて、より深く理解されるようになるでしょう。性的に偏った遺伝子流動(たとえば、おもに雄によるオーロックスの流入)を含む遺伝子移入のモデルは、Y染色体のハプロタイプを用いて検証でき、より詳細な水準では、X染色体と常染色体の祖先系統の比較分析を用いて検証可能です。さらに、遺伝子移入したSNPアレル(対立遺伝子)の予備的分析は、免疫や神経生物学や代謝と関連するアジア東部のオーロックスの遺伝子多様体を特定しました。しかし、オーロックスの混合に関するこれらの機能的な集団ゲノム研究は最終的には、他の家畜や伴侶動物種における並行研究に拡張可能で、そうした研究は、野生近縁種から遺伝子移入された遺伝子やGREを明らかにしており、そうした遺伝子やGREは、感染症への抵抗性や、高地および低酸素水準など特定の環境条件への適応を含めて、多くの重要な形質に影響を及ぼしています[16]。家畜ウシのこれら適応的形質のゲノム構造における遺伝子移入されたオーロックスの遺伝子やGREの役割の理解は、ゲノム選択および遺伝子編集を活用する将来の育種計画にとって重要となるでしょう。
参考文献:
Ward JA, and MacHugh DE.(2025): Cattle Genomics: Aurochs Admixture in East Asia. Animal Research and One Health, 3, 3, 341–343.
https://doi.org/10.1002/arco.70002
[3]Chen S. et al.(2024): Evidence of hybridization of cattle and aurochs on the Tibetan Plateau ∼3750 years ago. Science Bulletin, 69, 18, 2825-2828.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.06.035
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[4]Rossi C. et al.(2024): The genomic natural history of the aurochs. Nature, 635, 8037, 136–141.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-08112-6
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[7]Verdugo MP. et al.(2019):Ancient cattle genomics, origins, and rapid turnover in the Fertile Crescent. Science, 365, 6449, 173–176.
https://doi.org/10.1126/science.aav1002
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[11]Bergström A. et al.(2021): Origins of modern human ancestry. Nature, 590, 7845, 229–237.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03244-5
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[12]Hou J. et al.(2024): Evolution and legacy of East Asian aurochs. Science Bulletin, 69, 21, 3425-3433.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.09.016
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[16]Frantz LAF. et al.(2015): Evidence of long-term gene flow and selection during domestication from analyses of Eurasian wild and domestic pig genomes. Nature Genetics, 47, 10, 1141–1148.
https://doi.org/10.1038/ng.3394
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以下の略称は、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、WGS(whole-genome sequence、全ゲノム配列)、mtDNA(mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、QTP(Qinghai–Tibet Plateau、青海チベット高原)、GRE(genomic regulatory element、ゲノム調節因子)です。本論文で取り上げられる主要なウシ属は、オーロックス(Bos primigenius)、家畜ウシ(Bos taurus)、コブウシ(Bos indicus)、中国オーロックス(Bos primigenius sinensis)、西洋オーロックス(Bos primigenius primigenius)、北アフリカオーロックス(Bos primigenius opisthonomus)、南アジアオーロックス(Bos primigenius namadicus)です。本論文で取り上げられる主要な地名と遺跡は、松嫩平原(Songnen Plain)と石峁(Shimao)遺跡です。
●解説
家畜ウシの遺伝的起源および拡散は、他の家畜種と同様に、詳しく調べるほど複雑化しています。この傾向は過去10年間で、とくに、現代のウシ集団の祖先である絶滅した野生のオーロックスのWHSデータ一式(古ゲノム)の包括的分析を通じて加速しています[3、4、7]。家畜ウシのこれらおよび他の高解像度の集団ゲノム研究は、現代および古代のウシの母系継承のmtDNAの最初の調査から発展した、ウシの遺伝的起源と家畜化と多様性の理解に関する、単純なモデルの再評価につながりました。最近のヒトの進化に関するより詳細な理解や古代型人類からの遺伝子流動[11]と同様に、今では、完新世における野生のオーロックス集団からの核ゲノムの遺伝子移入が、現代のウシ品種の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)に大きな影響を及ぼしたことは明らかです。世界中のウシの遺伝的および表現型の多様性は、現代のコブ無ウシ(家畜ウシ)やコブ有ウシ(コブウシ)や家畜ウシとコブウシとの交雑集団を生み出した、アジア南西部における少数の家畜化の中心地のみに由来するわけではありません。
最近刊行された研究は、オーロックスの生物地理への重要な知見を提供し、アジア東部のウシにおけるオーロックスとの混合についての蓄積されつつある証拠を追加します[12]。中国北東部の松嫩平原およびQTPから収集された59点の標本を表しているウシ属の考古学的資料が使用され、37000~3700年前頃と放射性炭素年代測定された、異なる16個体のオーロックスの古ゲノムデータが生成されました。これらのデータ一式は74個体の野生および家畜ウシの以前に刊行された古ゲノムに加えて、ほぼ200個体の現代のウシ(家畜ウシ、コブウシ、交雑個体)および関連種のWGSデータと統合されました。古代および現代のウシといくつかの外群種の200点以上のミトコンドリアゲノムを用いて、ミトコンドリアゲノムの多様性と系統発生も調べられました。
アジア東部のオーロックスのミトコンドリアゲノムの比較系統発生分析から、松嫩平原およびQTPのオーロックスのmtDNAハプロタイプは「C」ハプログループ(mtHg)を表しており、これはすべてのコブウシではないオーロックスのmtHg(P、Q、R、T)に対して外群(mtHg-Kとともに)となり、これら他のmtDNA系統から15万年前頃に分岐した、と明らかになりました。先行研究[12]では、この観察は比較核ゲノム分岐と組み合わせると、オーロックスの亜種、つまり中国オーロックスとしてのアジア東部オーロックスの分類学的区分への裏づけを提供し、中国オーロックスは西洋オーロックスや北アフリカオーロックスや南アジアオーロックスを含む拡張分類群に当てはまり、家畜コブウシの祖先である可能性が高い、と提案されています。しかし、この分類群はおもに化石証拠に基づいており、オーロックスの古ゲノムデータがこれらの地域全体で収集されるにつれて、大きく改定される可能性が高い、と注意することが重要です。
アジア東部のオーロックス標本16点から生成されたWGSデータは、0.01~1.57倍の範囲の比較的控えめなゲノム網羅率を提供しましたが、少なくとも200万ヶ所のSNPのコンセンサスデータ一式が、核ゲノムに焦点を当てた高解像度の集団ゲノム解析のほとんどで利用可能です。この研究で最も注目すべき結果は、アジア東部のオーロックスはこの地域の家畜ウシ集団のゲノム祖先系統に寄与した、との観察で、これはユーラシアの他地域における観察を反映しており、まとめると、野生のオーロックスとヒトが管理するウシとの間の家畜化後の相互作用に関する新たな観点を提供します[7]。たとえば、完新世のアジア東部のオーロックスは古代の家畜ウシとの遺伝的類似性を示しており、陝西省の後期新石器時代の石峁遺跡の3900年前頃のウシに約7%のゲノム祖先系統を寄与しました。この結果は、4000年前頃までに中国北部で家畜集団と野生集団との間の遺伝子流動が起きた、との仮説を裏づけます[3]。
遺伝子流動と混合の追加の分析は、QTPで発掘された紀元前四千年紀中期のウシ属3個体の以前の研究[3]も含んでおり、成都(Changdu)や鼎傑(Dingjie)やデチェン(Diqing)や玉樹(Yushu)など、現代のQTPウシ品種におけるかなりのオーロックス祖先系統についての、複数の一連の統計的証拠を提供しました。これは、共有された遺伝的浮動の検証や系統発生網分析や混合の形式的検証やモデルに基づく祖先系統推定を含めて、補完的手法で論証されました。まとめると、これらの分析から、アジア東部のオーロックスからの遺伝子移入は家畜ウシがアジア南西部から東方へと移動した直後に始まった、と示唆されます。図1は、オーロックスの分類群と、初期完新世のヨーロッパやアフリカ北部やアジアのオーロックス集団における、核およびミトコンドリアゲノムの多様性に関する現在の知識の単純化された図を提供します[3、4、7、12]。以下は本論文の図1です。
アジア東部のオーロックスとQTPおよびアジア東部の他地域の家畜ウシとの間の混合過程の程度と動態は、野生ウシおよび家畜ウシの古ゲノムデータが今後蓄積されるにつれて、より深く理解されるようになるでしょう。性的に偏った遺伝子流動(たとえば、おもに雄によるオーロックスの流入)を含む遺伝子移入のモデルは、Y染色体のハプロタイプを用いて検証でき、より詳細な水準では、X染色体と常染色体の祖先系統の比較分析を用いて検証可能です。さらに、遺伝子移入したSNPアレル(対立遺伝子)の予備的分析は、免疫や神経生物学や代謝と関連するアジア東部のオーロックスの遺伝子多様体を特定しました。しかし、オーロックスの混合に関するこれらの機能的な集団ゲノム研究は最終的には、他の家畜や伴侶動物種における並行研究に拡張可能で、そうした研究は、野生近縁種から遺伝子移入された遺伝子やGREを明らかにしており、そうした遺伝子やGREは、感染症への抵抗性や、高地および低酸素水準など特定の環境条件への適応を含めて、多くの重要な形質に影響を及ぼしています[16]。家畜ウシのこれら適応的形質のゲノム構造における遺伝子移入されたオーロックスの遺伝子やGREの役割の理解は、ゲノム選択および遺伝子編集を活用する将来の育種計画にとって重要となるでしょう。
参考文献:
Ward JA, and MacHugh DE.(2025): Cattle Genomics: Aurochs Admixture in East Asia. Animal Research and One Health, 3, 3, 341–343.
https://doi.org/10.1002/arco.70002
[3]Chen S. et al.(2024): Evidence of hybridization of cattle and aurochs on the Tibetan Plateau ∼3750 years ago. Science Bulletin, 69, 18, 2825-2828.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.06.035
関連記事
[4]Rossi C. et al.(2024): The genomic natural history of the aurochs. Nature, 635, 8037, 136–141.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-08112-6
関連記事
[7]Verdugo MP. et al.(2019):Ancient cattle genomics, origins, and rapid turnover in the Fertile Crescent. Science, 365, 6449, 173–176.
https://doi.org/10.1126/science.aav1002
関連記事
[11]Bergström A. et al.(2021): Origins of modern human ancestry. Nature, 590, 7845, 229–237.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03244-5
関連記事
[12]Hou J. et al.(2024): Evolution and legacy of East Asian aurochs. Science Bulletin, 69, 21, 3425-3433.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.09.016
関連記事
[16]Frantz LAF. et al.(2015): Evidence of long-term gene flow and selection during domestication from analyses of Eurasian wild and domestic pig genomes. Nature Genetics, 47, 10, 1141–1148.
https://doi.org/10.1038/ng.3394
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