中期更新世ホモ属頭蓋のプロテオーム解析

 中期更新世ホモ属頭蓋のプロテオーム(タンパク質の総体)解析結果を報告した研究(Fu et al., 2025A)が報道されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、中華人民共和国黒竜江省ハルビン市で1993年に松花江(Songhua River)における東江橋(Dongjiang Bridg)の建設中に発見された、と報告されている146000年以上前のホモ属頭蓋(ハルビン頭蓋)のプロテオーム解析結果を報告しています。このハルビン頭蓋が報告されたのは2021年で、新種ホモ・ロンギ(Homo longi)と分類されましたが、その形態から種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)系統に属する可能性が指摘されていました[16、18、19]。本論文は、プロテオーム解析によってこのハルビン頭蓋がデニソワ人系統であることを示しました。ハルビン頭蓋のミトコンドリアDNA(mtDNA)解析でも、ハルビン頭蓋はデニソワ人系統と示されており(Fu et al., 2025B)、ハルビン頭蓋がデニソワ人系統である可能性はきわめて高そうです。

 デニソワ人はこれまで、詳しい遺伝学的情報が明らかになっていた一方で、形態学的情報はほとんど得られておらず、一方でネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)でも現生人類(Homo sapiens)でもなさそうなホモ属については、形態学的情報はそれなりに得られているものの、チベット高原で発見された夏河下顎骨[9]と台湾沖の澎湖海峡(Penghu Channel)で発見された下顎骨(澎湖1号)に関する最近の報告[11]を除いて、デニソワ洞窟以外で発見された化石で分子生物学的情報はまったく得られていませんでした。そのため、ネアンデルタール人でも現生人類でもないホモ属遺骸のどれがデニソワ人に分類されるのか、照合できない状況が続いていました(関連記事)。しかし、ハルビン頭蓋がデニソワ人系統と確認されたことで、デニソワ人系統の形態学的情報は飛躍的に増加したとも言えそうですから、とくに中国で発見された中期~後期更新世の分類について議論のあるホモ属遺骸も、形態に基づいてより正確な判断ができるのではないか、と期待されます。その意味でも、ハルビン頭蓋がデニソワ人系統と確認された意義は大きいと思います。

 以下の略称は、PSM(peptide spectrum matches、ペプチド範囲一致)、MALDI(matrix-assisted laser desorption/ionization、マトリックス支援レーザー脱離/電離)、SAP(single–amino acid polymorphism、単一アミノ酸多型)、PTM(Post Translational Modification、翻訳後修飾)です。以下のタンパク質とアミノ酸の略称は、Q(glutamine、グルタミン酸)、N(asparagine、アスパラギン酸)、COL18A1(Collagen, type XVIII, alpha 1、18型コラーゲン α1)、COL26A1(Collagen, type XXVI, alpha 1、26型コラーゲン α1)、COL4A3(Collagen, type IV, alpha 3、4型コラーゲン α3)、COL1A2(Collagen, type I, alpha 2、1型コラーゲン α2)、COL2A1(Collagen, type II, alpha 1、2型コラーゲン α1)です。

 本論文で取り上げられる主要な遺跡は、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)遺跡、ラオスのフアパン(Huà Pan)県に位置するタム・グ・ハオ2(Tam Ngu Hao 2、略してTNH2)遺跡(コブラ洞窟)、中華人民共和国安徽省池州市(Chizhou)東至県(Dongzhi County)の華龍洞(Hualongdong)遺跡、中華人民共和国広東省韶関市(Shaoguan)曲江区(Qujiang)の馬壩(Maba)遺跡、中華人民共和国甘粛省甘南チベット族自治州夏河(Xiahe)県のチベット高原北東端の海抜3280mに位置する白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave、略してBKC)、中華人民共和国陝西省の大茘(Dali)遺跡、中華人民共和国河北省張家口(Zhangjiakou)市の陽原(Yangyuan)県の侯家窰(Xujiayao)遺跡、中華人民共和国遼寧省の金牛山(Jinniushan)遺跡、中華人民共和国湖北省の鄖県(Yunxian)遺跡、シベリア南部西方のウスチイシム(Ust’-Ishim)、インドのハツノラ(Hathnora)村で発見されたナルマダ(Narmada)遺跡、フランスのトナカイ洞窟(Grotte du Renne)遺跡、クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)遺跡です。本論文で取り上げられる主要な層序は、上部黄山層(Upper Huangshan Formation)です。


●要約

 デニソワ人はゲノムもしくはタンパク質を通じておもに知られている人類集団ですが、その正確な形態学的特徴は、発見された化石の断片的な性質のため依然として曖昧です。本論文は、年代が146000年前頃で、以前には新種ホモ・ロンギと分類された、中国のハルビンのほぼ完全な頭蓋から回収された、95点の内在性タンパク質を報告します。この個体は3ヶ所のデニソワ人の派生的アミノ酸多様体を有し、デニソワ3号とまとまり、このハルビン個体がデニソワ人集団に属することを示唆しています。本論文は、形態学的証拠と分子的証拠との間の空白を埋め、デニソワ人の時空間的拡散および進化史についての理解を深めます。


●研究史

 デニソワ人はアジアに分布した古代の人類集団で、シベリアのデニソワ人の古代DNAおよび現代人における遺伝子移入領域から、遺伝的に異なる2人口集団が特定されてきました[1~4]。デニソワ人の現時点で知られている身体遺骸には、シベリアのデニソワ洞窟から発見された歯と骨の断片と指骨と部分的な頭蓋断片の疎らな化石群が含まれ[1~4、6]、これが異なる人類集団の同定のための診断的特徴を制約しています。したがって、デニソワ人はおもにDNAの証拠で同定されてきました。質量分析技術における最近の進歩[7~11]によって、前期更新世の状況からの古代人類のタンパク質の回収が可能となり(図1A)、デニソワ人の研究はゲノムだけではなくプロテオームにも拡張されました。以下は本論文の図1です。
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 プロテオーム解析の利点の一つは、タンパク質の保存状態がDNAより良好なため、古代DNAが残存しないと考えられている期間にも分子研究を拡張できることです。プロテオーム解析によってシベリア以外のより多くのデニソワ人関連標本同定が可能となり、それには、中国のBKCの部分的な下顎骨および肋骨[9、10]や、台湾の澎湖海峡のデニソワ人下顎骨[12]や、ラオスのTNH2の石灰岩洞窟(コブラ洞窟)から得られたデニソワ人かもしれない大臼歯のプロテオームデータ[11]の収集が含まれます。16万年前頃までさかのぼる中国のデニソワ人的標本の同定は、この絶滅人口集団の地質学的および時間範囲の知識を広げてきました。しかし、デニソワ人的なゲノムもしくはプロテオーム資料が回収された化石人類標本はすべて断片的です。したがって、デニソワ人がネアンデルタール人および現生人類と比較して異なるヒト系統と2010年に同定されたにも関わらず、デニソワ人の外見は依然として分かりません。

 先行研究では、デニソワ人は、かなりの中期更新世人類標本が発掘されてきたアジア東部に広く分布していたかもしれない[13、14]、と推測されてきました。侯家窰化石やハルビン化石[16]などこれらの化石の一部は、ほぼ完全な頭蓋と情報をもたらす形態学的特徴があり、その年代と地理と古代的な特徴を考えると、デニソワ人かもしれない、と示唆されてきました。しかし、これらの人類化石とデニソワ人との間につながり存在するのかどうかは、依然として不明です。これらの化石からの古代DNAもしくはタンパク質の回収は、これらの化石がデニソワ人だったのかどうか、特定するのに役立つでしょうし、そうならば、デニソワ人のゲノムおよびプロテオーム資料を情報が得られる形態学的特徴と最終的に関連づけられます。デニソワ人の形態の解明はアジア全域にデニソワ人の同定を大きく拡張し、アジアの中期更新世人類の系統分類学の較正に役立ち、アジアにおける人類集団の時空間的分散におよび最近のアジアの人口集団とのデニソワ人の関係に関する理解をさらに深めるでしょう。

 ハルビン化石は、中国の黒竜江省のハルビン地域で発見され、歪みのないほぼ完全な頭蓋[16、18]です(図1A)。ハルビン頭蓋の直接的なウラン系列年代測定から146000年前頃との下限年代が得られましたが、地域的な層序相関は上部黄山層の上部(309000~138000年前頃)に由来する可能性が示唆されています[19]。ある論文では、ハルビン頭蓋は人類の新種ホモ・ロンギ(竜人)の模式標本とされました[16]。2021年におけるこのハルビン頭蓋の最初の報告以来、その分類学的帰属について激しい議論が起きました。ハルビン頭蓋は、形態学および系統発生分析を用いて、プロテオーム解析でデニソワ人関連集団と以前に同定されたチベット高原のBKCの夏河1号[9]とともに分類されました[18]。さらに、大茘遺跡や華龍洞遺跡や金牛山遺跡など広範な他の中期更新世の中国の化石が、これらの形態学的分析ではハルビン頭蓋とともに分類されました[18]。

 ハルビン頭蓋に関する研究はそれ以降、ホモ・エレクトス(Homo erectus)と分類されることが多い前期更新世の鄖県2号頭蓋や、デニソワ洞窟の化石群を含むよう拡張され、その研究では、デニソワ洞窟の化石群はハルビン頭蓋と同じ単系統群内に分類され、ネアンデルタール人より現生人類の方と密接に関連している、と判断されました。しかし、他の最近の形態学的研究[21]は、ハルビン頭蓋と夏河下顎は密接に関連していない、と示唆されました。これらの研究は異なる3集団を主張しており、それは、(1)より大きな頭蓋容量およびネアンデルタール人との一部の共有形質によって特徴づけられるホモ・ジュルエンシス(Homo juluensis)/デニソワ人集団(侯家窰頭蓋や夏河下顎や澎湖1号)、(2)竜人集団(ハルビン頭蓋、大茘化石、金牛山化石)、(3)ナルマダ化石や馬壩化石や華龍洞化石で構成される第三の集団です。

 これらの研究全体で、情報をもたらす形態のある中期更新世標本のゲノムもしくはプロテオーム資料の欠如は、とくにデニソワ人について決定的な分類を妨げてきました。ハルビン頭蓋のほぼ完全な形態を考えると、ハルビン個体からの古代DNAもしくはタンパク質は、分子資料と形態をつなぐ、重要な証拠を提供し、それによってアジアの中期更新世におけるヒトの進化系統の理解が深まるでしょう。


●標本

 ハルビン頭蓋の系統発生的位置づけを理解するために、まずハルビン個体の錐体骨と歯の6点の標本(それぞれ4.8~9.5mg)からの古代DNA回収が試みられました。標本は古代のヒトDNAの証拠を示しませんでした。その後、古代タンパク質の保存状態を評価するために、錐体骨の標本2点からタンパク質が抽出されました。アミノ酸配列の網羅率を最大化するために異なる断片が収集され、それには、アンモニウム重炭酸塩1断片、酸可溶性断片3点、酸不溶性断片2点が含まれています。


●内在性タンパク質の回収

 ハルビン個体についてより多くの包括的情報を得るために、現代人のプロテオームと、古代型人類【絶滅ホモ属、非現生人類ホモ属】のゲノムから翻訳された共通の骨および象牙質のタンパク質配列で構成されるデータベースの検索によって、プロテオームが回収されました。PEAKSオンラインによって、合計308458点のPSMと20455点のペプチドが同定されました。複数の遺伝子と一致するペプチドは固有ではないとみなされ、その後の分析から除外されました。次に、古代人類のタンパク質がハルビン個体に存在するのかどうか、少なくとも2個のQ/N(グルタミン酸/アスパラギン酸)を必要とするペプチド強度に基づいて、検出されたタンパク質におけるQとNの脱アミノ化値の計算によって評価されました。QもしくはNの脱アミノ化値がより高い場合は、関連するタンパク質のより広範な分解を示唆するので、回収された古代プロテオームの真正性の証明に使用できます[7~9]。確実なQおよびN両方の脱アミド化値のあるタンパク質は59個、QもしくはNいずれかの確実な脱アミド化値のあるタンパク質は48個です。確実なQおよびN両方の脱アミド化値のあるタンパク質はクラスタ(まとまり)分析に含められ、汚染タンパク質から内在性タンパク質が区別されました(図2A)。以下は本論文の図2です。
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 QおよびNの低い脱アミド化値(Qの脱アミド化値は平均で1.07±3.04%、Nの脱アミド化値は平均で2.58±5.86%)の8点のタンパク質(ケラチンとトリプシンが含まれます)は汚染として除外され(図2Aの黒色の1群)、これは以前に刊行された共通の汚染と一致します[8]。残りの51点のタンパク質は脱アミド化値の上昇(Qの脱アミド化の範囲は22.56~100%、Nの脱アミド化の範囲は17.97~100%)を示し(図2Aの赤色の2群と青色の3群と茶色の4群)、真正の古代タンパク質とみなされました。さらに、48点のタンパク質のうち44点は確実なQもししくはNの脱アミド化値の増加を示しました(Qの脱アミド化の範囲は30~100%、Nの脱アミド化の範囲は44.77~100%)。脱アミド化値の上昇のある合計で95点のタンパク質が検出され、ハルビン個体の内在性タンパク質に属する、とみなされました。これら95点のタンパク質の主要な組成は細胞外の器質基質タンパク質(54点の細胞外の器質基質タンパク質と、11点の細胞外の器質基質タンパク質関連タンパク質)と12.6%の細胞外の器質基質ではない血漿タンパク質が含まれており、これは保存状態の良好な骨標本から報告されたものに匹敵します。

 ハルビン頭蓋(146000年以上前)からの19299個ものペプチドを有する95点のタンパク質の回収によって(図1B)、10万年以上前の人類から回収されたプロテオームの限られた蓄積を増加させただけではなく、すべての他の古代の個体群よりずっと高い割合のヒトプロテオームも配列決定されました(タンパク質数は5~51個、ペプチド数は1575~7186個)。以前に刊行されたプロテオームデータと比較すると、同時代の夏河1号(16万年以上前)下顎象牙質のプロテオーム[9]に対して、ペプチド数では11.25倍の大きな増加がありました。より新しい夏河2号[10]およびトナカイ洞窟[8]の断片と比較しても、ペプチド量はずっと多くなりました(図1B)。これらの結果から、ハルビン錐体骨からの多くの情報をもたらす人類のプロテオームの回収が論証されます。


●種の確認

 プロテオーム規模でハルビン個体の人口集団帰属を判断するために、ハルビン個体から得られた95点の内在性タンパク質すべての中で、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人とチンパンジーとゴリラとオランウータンに固有のアミノ酸置換を網羅する数が計算されました。各部位では、少なくとも2個のペプチドが要求されました。合計で122ヶ所のSAPがこの内在性プロテオームから回収され、ハルビン頭蓋とデニソワ人との間の明確なつながりを示しています。まず、ゴリラとチンパンジーとオランウータンで派生的な部位はハルビン個体ではすべて祖先的で、一致頻度は100%でした(102ヶ所の部位で2025個のペプチド)。ハルビン頭蓋はホモ属に分類される15個の派生的なアミノ酸多様体も示し、その一致頻度は100%です(74個のペプチド)。これらのSAPは確実にハルビン個体をホモ属に分類し、これはMALDI範囲に基づく予備的な種確認およびコラーゲンデータベース検索と一致します。以下は本論文の図3です。
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●人口集団の帰属と生理学的知見の可能性

 次に、ホモ属内のSAPのすべてが評価され、充分なペプチドと確実なPSMのある保持された部位のみが保持されました。ネアンデルタール人において派生的である確実なSAPは検出されませんでしたが、螻蛄婆に派生的な1ヶ所のSAPはハルビン個体で祖先的なアミノ酸多様体を示し、一致頻度は100%でした(1ヶ所の部位で2個のペプチド)。最後に、デニソワ人に固有の4ヶ所の部位が特定され、そのうち3ヶ所は派生的なデニソワ人のアミノ酸多様体を示し、一致頻度は86.57%で(3ヶ所の部位それぞれでペプチドは、4個すべて、126個のうち109個、4個のうち3個一致しました)、残りの部位は2個のペプチドおよび13ヶ所のPSMで網羅される祖先型のアミノ酸多様体を保持していました。

 さらに、これら4ヶ所のデニソワ人の派生的部位が、夏河の2個体[9、10]と澎湖1号とデニソワ3号[3]でどのよアミノ酸を示すのか、調べられました(表1)。ハルビン個体における1個のデニソワ人由来のアレル(COL1A2の多様体R996K)はすでに夏河の2個体と澎湖1号で、さらにはデニソワ3号のゲノムで特定されており、デニソワ3号は対応するゲノム部位で同型接合の派生的アレル(対立遺伝子)を示しました。COL1A2の多様体R996KはPSMの低い割合(4.5%)および関連する強度(0.6%)で観察されましたが、この部位における異型接合性の可能性を除外できません。夏河の2個体と澎湖1号とデニソワ3号で網羅されていない残りの3ヶ所の部位については、デニソワ3号がすべての対応するゲノム領域で異型接合だったのに対して、ハルビン頭蓋は、1ヶ所の部位では派生的な同型接合(COL18A1のG1033R多様体)、第二の部位(COL26A1のR196G多様体)では異型接合、第三の部位(COL4A3のR368H多様体)では同型接合でした。しかし、これらのアミノ酸アレルは高品質ではありません(表1)。現時点のプロテオーム検索機関はPTM部位、とくにコラーゲンの部位では正確な同定ではさほど正確に機能しないかもしれず、これら3ヶ所の部位がpFindで検出されなかったので、将来の研究は、検証の確実性のための補完的手法の使用によって、データから追加の知見を解明できるかもしれません。しかし、1個の高度に確実な、および2個の潜在的なデニソワ人の派生的アミノ酸多様体の同定は、ハルビン個体がデニソワ人集団に由来する、との結論を裏づけます。

 関連するタンパク質多様体の病原性予測は、AlphaMissenseデータセットから得られました。すべてのSAPのうち、ハルビン頭蓋における異型接合のCOL2A1のG1170S多様体は病原性と予測され、以前には、大腿骨頭壊死やレッグ-カルベ-ペルテス(Legg-Calvé-Perthes)症や早期骨関節炎など骨格異常を発症するかもしれない、と報告されました。ハルビン個体の形態および健康への異型接合状態の具体的な影響は不明で、古代の表現型データおよび変異表現度研究を用いたさらなる分析が必要です。


●系統発生再構築

 ハルビン頭蓋のより具体的な分類学的帰属を判断するために、系統発生分析についてハルビン頭蓋の内在性タンパク質の一致配列が再構築されました。ハルビン頭蓋の各内在性タンパク質について、PSM数が2ヶ所以上、PSM比が10%以上、強度比が10%以上の要件を満たす場合に、確実なアレルが保持されました。複数のアミノ酸アレルが確実な範囲で保持された、信頼性の高い部位がハルビン頭蓋で同定されました(表1)。一致タンパク質晴れいつが生成され、1個の多様体は異型接合部位で無作為に選択され、単一のペプチド網羅率があるか、区別できないか、確実ではないか、さほど確実ではないSAPのある部位が、「X」として示されました。デニソワ人と関連するさほど確実ではない部位(COL18Aの1033多様体、COL26A1の196多様体、COL4A3の368多様体)も、「X」に分類されました。ハルビン頭蓋について88個のタンパク質から9422ヶ所のアミノ酸部位が得られ、これは連結されたタンパク質配列整列全体の11.37%です。系統発生分析のための参照データセットは、以前に刊行された高網羅率のゲノムから翻訳されたタンパク質配列を用いて構築され、それには、デニソワ3号[3]とデニソワ洞窟[32]およびヴィンディヤ洞窟[33]のネアンデルタール人2個体とウスチイシムの初期現生人類1個体[34]と現代人個体群[35]とチンパンジー1個体[36]が含まれます。現代人の個体群の異なる2点の一式が使用され、一方は世界規模の現代人58個体、もう一方はアフリカ全域の64個体です。

 これら2点のデータセットの系統樹は核ゲノムでも見られる一般的に受け入れられている系統樹の樹形とひじょうに類似しており、つまり、現生人類はネアンデルタール人とデニソワ人を含む単系統群と姉妹集団です(図4)。これは、ハルビン頭蓋はネアンデルタール人とではなく現生人類単系統群と姉妹集団をだった、と示唆する形態に基づく系統発生分析[18]と対照的です。ハルビン頭蓋とデニソワ3号は、高い裏づけ(事後確率は、アフリカ全域のデータセットでは100%、地球規模のデータセットでは98%)で単系統群を形成します。この結果は、ハルビン個体がデニソワ人集団に分類された、上述のSAPを用いて人口集団の分類と一致します。以下は本論文の図4です。
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●考察と結論

 最近の研究は、ヒト進化史の追跡における古プロテオーム解析の高い可能性を論証してきており、実質的な遺伝的情報のない地理的地域および期間へと知見を拡張しています[7、9、38]。本論文では、ハルビン頭蓋の錐体骨と歯における保存された古代ヒトDNAの欠如にも関わらず、豊富なタンパク質が発見され、高品質な古代型人類のプロテオームが得られました。プロテオーム解析を通じて、ハルビン個体をデニソワ人と決定的に同定できました。

 プロテオーム解析を用いて、ハルビン個体のほぼ完全な頭蓋をデニソワ人と結びつけることによって、今やデニソワ人集団の最初の包括的な形態学的青写真を有したことは、デニソワ人の外見についての過去10年間にわたって続いた未解決の問題に取り組むのに役立ちます。さらに、本論文の古代プロテオーム解析の調査結果は、先行研究で推測されてきたように[12~14、18]、デニソワ人がアジア東部全域に広く分布していた、との確固たる証拠を提供します。ハルビン頭蓋は、夏河1号や夏河2号や澎湖1号とともにすべて、プロテオーム解析を通じてデニソワ人に分類され、地理的範囲は中国ほくとうぶからチベット高原および台湾へと拡張され、年代範囲は中期更新世後期から後期更新世にまたがります。本論文はより完全なデニソワ人の形態を以前に研究されたゲノムおよびプロテオームデータと最終的に結びつけ、デニソワ人の時空間的拡散および進化史に関する理解をさらに深めます。

 さらに、ハルビン頭蓋のプロテオームでの同定は、アジアの中期更新世人類の系統分類学の再考を促します。アジア東部のデニソワ人集団は、低地平野や高地や亜熱帯林を含めて広範な環境に居住していました。さらに、鄖県2号や大茘や金牛山や華龍洞などアジア東部全域の多くの人類化石は、ハルビン頭蓋で見られる形態と類似した形態学的特徴を示します[18]。本論文の調査結果から、この集団がデニソワ人と関連する夏河の2個体とより形態学的に類似している化石と区別できるかもしれない(たとえば、侯家窰や澎湖1号)、と示唆する研究にも関わらず、これらの人類もデニソワ人集団に属している可能性が示唆されます。アジア東部におけるデニソワ人集団の文化と拡散のパターンや、これらアジア東部の古代型人類がどのように、他の古代型人類集団と相互作用し、より新しいアジアの人類集団に影響を及ぼしたのか、判断するためには、アジア東部における中期および後期更新世のとくに古代DNAでの追加の分子標本抽出が必要でしょう。


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関連記事

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