サフルランドへの初期現生人類の拡散の検証

 サフルランドへの現生人類(Homo sapiens)の拡散を検証した研究(Allen, and O'Connell., 2025)が公表されました。更新世の寒冷期には、オーストラリア大陸とニューギニア島とタスマニア島は陸続きとなってサフルランドを形成していました。本論文は、サフルランド(サフル大陸)やユーラシア東部圏における5万年以上前とされているAMH(anatomically modern humans、解剖学的現代人、現生人類)の存在の考古学的証拠について、近年の目覚ましい古代ゲノム研究の進展を踏まえて検証しています。これらのユーラシア東方やオセアニアにおける初期現生人類の存在は、これまで議論になってきました。

 また本論文は、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)やホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)やホモ・ルゾネンシス(Homo luzonensis)やホモ・エレクトス(Homo erectus)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)といった非現生人類ホモ属(絶滅ホモ属、古代型人類)にも言及しています。これらの非現生人類ホモ属のうち、ネアンデルタール人とデニソワ人の遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)は低い割合ながら一部の現代人のゲノムに存在します。

 本論文で取り上げられている主要な遺跡は、ラオスのフアパン(Huà Pan)県にあるタムパリン(Tam Pà Ling)洞窟遺跡、インドネシアのスマトラ島のリダ・アジャー(Lida Ajer)洞窟、オーストラリアのマジェドベベ(Madjedbebe)岩陰遺跡、インドネシアのジャワ島の東側に位置するフローレス島のリアン・ブア(Liang Bua)洞窟、インドネシアのヌサ・トゥンガラ(Nusa Tenggara)諸島(小スンダ列島)のワイゲオ島(Waigeo Island)のモロコ洞窟(Mololo Cave)です。本論文の「中国」の指す範囲はよく分からず、現在の中華人民共和国の支配領域もしくはもっと狭くダイチン・グルン(大清帝国、清王朝)の18省かもしれませんが、この記事ではとりあえず「中国」と表記します。


●要約

 最近の報告は、5万年前頃以後の非アフリカ系ヒト集団におけるネアンデルタール人からの遺伝子移入の証拠を示しています。本論文は、サフルの歴史についてこの主張の意味を追跡します。この主張が正しければ、ネアンデルタール人のDNAを有するサフルの祖先集団は5万年前頃以後に到来したはずです。そうしたデータは、サフル大陸における65000年前頃とされているヒトの存在への裏づけを提供しません。


●分析

 アフリカ外のすべての現在のAMHはそのゲノムにネアンデルタール人由来のDNAを約2%有している、と今では確証されています(Tagore, and Akey., 2025)。さらに、デニソワ人祖先系統はアジア南東部とオーストラリアおよびパプアニューギニアの先住民集団に広がっており、オーストラリアとパプアニューギニアではデニソワ人祖先系統の割合は同様(2~5%)です(Tagore, and Akey., 2025)。しかし、矛盾する証拠がないことを考えると、これらの人口集団がホモ・エレクトス(Malaspinas et al., 2016)やホモ・ルゾネンシスやホモ・フロレシエンシス(Teixeira et al., 2021)に由来する顕著な混合は有していない、と推定されます。

 『Nature』誌(Sümer et al., 2025)と『Science』誌(Iasi et al., 2024)で最近刊行された二つの研究は、ネアンデルタール人とAMHとの間の【非アフリカ系現代人全員に共通するネアンデルタール人祖先系統をもたらした】交雑が起きたのは1回のみで、これはヨーロッパではアフリカを去った後に51500~43500年前頃の間のことだった【ヨーロッパの現生人類でも、非アフリカ系現代人全員に共通するネアンデルタール人祖先系統をもたらしたネアンデルタール人の交雑以外に、ネアンデルタール人との交雑があった可能性は高そうです(Hajdinjak et al., 2021)】、と主張する堅固な証拠を提供しています。ネアンデルタール人のDNAを有するサフルの先住民集団(サフル人)はおそらく、その祖先が東方へ移動したさいにデニソワ人からの遺伝的遺産を獲得したので、これらの現代人におけるデニソワ人からの遺伝子移入はネアンデルタール人からの遺伝子移入によって時間的に制約されている可能性が高そうです。他には、先行研究がサフルの現生人類を含めてデニソワ人からの2回の遺伝子移入を特定し、より古い遺伝子移入は46000年前頃です(Jacobs et al., 2019)。

 仮に、主張されているように、AMHによって、中国が7万年以上前に(Liu et al., 2015)、オーストラリアが65000年前頃までに(Clarkson et al., 2017)植民されたならば、それは【非アフリカ系現代人全員に共通する】ネアンデルタール人のDNAを有していない人類によってのみ可能で、そうした人類は現代の人口集団に識別可能な遺伝的痕跡を残さずに絶滅し、これまで特徴的な考古学的痕跡も残っていません。

 とくにサフルについては、現代の先住民集団は、さまざまな仮定に応じて、より古いおよびより新しいAMHの到来の遺伝子移入を反映している可能性も、そうでない可能性もあります。たとえば、より古い集団の遺伝的寄与がひじょうに小さければ、検出できない可能性が高そうです(Prüfer et al., 2021)。その逆が真で、有意な遺伝的寄与があれば、遺伝子移入はサフル人において、他の非アフリカ系AMH集団と比較して、ネアンデルタール人祖先系統量の希釈によって検出できるかもしれません。しかし、先行研究(Mallick et al., 2016)が主張するように、サフル人は「現生人類の初期拡散に由来する実質的な祖先系統はなく、むしろその現生人類祖先系統が他の非アフリカ人と同じ起源に由来することと一致します」。

 代替的な説明は、オーストラリアと中国の最初のAMHは5万年前頃のずっと前に到来しなかった、というものです。考古学的および遺伝学的証拠は、ますますこの見解に傾きつつあります(後述)。中国におけるAMH化石の7万年以上前との主張は、それらの化石が、堆積物と化石の両方が経時的に移動したかもしれない状況で、囲んでいる堆積物との関連ではなく、直接的に年代測定された場合(Sun et al., 2021)には弱まりました(たとえば、O’Connell et al., 2018)。

 2ヶ所の例外は、AMHと特定された1個体の化石が他の場所から洞窟にもたらされたように見えるラオスのタムパリン(Freidline et al., 2023)と、2点の歯の化石が現生人類に分類され、海洋酸素同位体ステージ(Marine Isotope Stage、略してMIS)4(74000~60000年前頃)と年代測定された、スマトラ島のリダ・アジャー(Westaway et al., 2017)の2ヶ所の洞窟遺跡です。先行研究(O’Connell et al., 2018)では、この両方のデータ一式は慎重に扱われるべきである、と示唆されました。リダ・アジャー遺跡については、現支店で手元にあるデータは、この主張への限定的な裏づけをさらに提供する一方で、洞窟遺跡の攪乱された性質と年代測定の逆転が現在の解釈を不確実にしています。リダ・アジャー遺跡の歯は直接的に年代測定されるべきである、との一般的な合意があります。

 これらの主張がなければ、アジア南東部のデータは、アジア南東部もしくはもっと遠いサフルのどちらかにおける5万年以上前のAMHの存在のさらに確かな裏づけを示唆しておらず、サフルでは65000年前頃におけるヒトの居住に関する主張は、単一のノーザンテリトリー準州の考古学的遺跡であるマジェドベベに依拠しています(Clarkson et al., 2017)。その研究は考古学と地形学と年代測定と遺伝学的背景の詳細な批判を受けており(O’Connell et al., 2018)、発掘の詳細な報告まで問題は解決されないようです。

 古代型人類は200万年前頃~100万年前頃の間にユーラシア東部に到達して広がり、さまざまなアジアン頭部島嶼部で記録されています(O’Connell et al., 2018)フィリピンのホモ・ルゾネンシスとフローレス島のホモ・フロレシエンシスではいくらかの航海が推測できるかもしれませんが、その分布は他の大型哺乳類で主張されているように、偶発的移動である可能性がより高そうです。フローレス島では、ホモ・フロレシエンシスはホモ・エレクトスの子孫である可能性が高く(Kaifu et al., 2024)、リアン・ブア遺跡で見つかった骨格遺骸と道具は19万年前頃~5万年前頃の間でした(Sutikna et al., 2016)。この同時期に起きた終焉年代は、現生人類の到来による競争的排除を反映しているかもしれません(Kaifu et al., 2024)。

 古代型人類の東方への拡大は、南方のフローレス島と北方のスラウェシ島とサフルの間に存在する水の障壁によって阻まれた可能性が高そうです。北方でスラウェシ島を通ってニューギニア西部へと至るか、南方でジャワ島からティモールおよびサフル大陸棚へとヌサ・トゥンガラ諸島沿いに移動する、どちらかの実行可能な経路には、最大で約90kmの長距離渡航が含まれます。

 AMHのみがこの障壁を克服した、と知られています。先行研究(Pagani et al., 2016)は主要な出アフリカより古いサフルにおけるAMH系統を示唆しましたが、この主張は他地域では再現されず、遺伝学者によってほぼ無視されました(たとえば、Mallick et al., 2016、Malaspinas et al., 2016、Bergström et al., 2021)。主要な出アフリカより古いサフルにおけるAMH系統が存在したとしても、この亡霊(ゴースト)人口集団はサフルの先住民の祖先ではなく、それは、現代の子孫全員が他の非アフリカ系AMH集団と同等の割合でネアンデルタール人のDNAを有しているからです。

 それでも、他のサフルの考古学的証拠は遺伝学的証拠とある程度矛盾しており、ヨーロッパにおけるネアンデルタール人からの遺伝子移入【非アフリカ系現代人全員のゲノムに共通するネアンデルタール人祖先系統をもたらした現生人類とネアンデルタール人との交雑が起きた場所は、ヨーロッパよりもアジア南西部の方がずっと可能性は高いと思います】とサフルにおける到来との間に、殆どもしくは全く時間差がないことを示唆しています。マジェドベベ遺跡を除いて、最古級の既知のサフルの遺跡は、95.4%の確率で54000~43000年前頃の間でまとまっています(図1)。これらの年代はホモ・フロレシエンシスの消滅と一致し(Kaifu et al., 2024)、これはサフル人口集団との最古級のデニソワ人からの遺伝子移入の時期であり(Jacobs et al., 2019)、ニューギニアとオーストラリアの人口集団は5万年前頃に分岐しました(Taufik et al., 2022)。これらはすべて、サフルにおけるAMHの出現の直後に起きた可能性が高そうです。以下は本論文の図1です。
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 さらに、ニューギニアのすぐ西側に位置するワイゲオ島のモロコ洞窟における最近の発掘は、樹脂製人工遺物について51100±2700年前のAMS(accelerator mass spectrometry、加速器質量分析法)年代を提供し、この年代は95.4%の確率で49620年前が55000年前に構成されており、その上限はIntCal20の較正曲線を超えています。また、スラウェシ島では世界最古の物語的な洞窟芸術が51200年前頃までに存在した、と主張されています(Oktaviana et al., 2024)。サフルへの北方の入植経路にこの裏づけは南方経路とは対照的で、南方経路では、とくにティモールについて、研究はこれまで44000年前頃より古いAMHの証拠の発見に失敗してきました。

 ここで重要な示唆の一つは、時期や経路ではなく、むしろ行動の変化に関するものです。5万年前頃に始まる短い期間に、AMHは古代型人類の置換の過程と、ヨーロッパおよびアジアにおける多様な環境の居住を始めました。これには、たとえば、ヨーロッパにおける中部旧石器時代から上部旧石器時代の技術変化や、顕著な社会的および知的発展を反映している壮大な洞窟芸術の発展や、研磨されたか丁寧に作られた道具および装飾品など、行動の根本的革新が含まれていました。

 ユーラシアを越えて、AMHはどの人類も居住していなかった大陸を占拠し、初期入植者を多数輸送したと思われる、新たな海洋技術を用いてサフルに到達しました。ヨーロッパ内の初期AMHの移動と比較してのこの移動の明らかな速さは、サフルのデータが世界規模の全体像にもたらし、その説明のための仮説の開発と検証に困難も齎す、例外の一つを反映しています。この地域における過去のヒト集団の遺伝的相互作用は、本論文で示されている以上に複雑と証明されるだろう、と本論文は依然として認識しています。とはいえ、将来のサフルの発見に5万年以上前の遺跡が含まれる可能性は充分あるものの、65000年前頃もしくはそれ以前のサフルにおけるヒトの到来は、現時点では同様の世界規模の相関を欠いています。


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