色素沈着の進化史
現生人類(Homo sapiens)の色素沈着の進化史に関する研究(Perretti et al., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は古代ゲノムデータに基づいて、現生人類の色素沈着関連の遺伝的多様体の頻度の変遷を検証しています。かつては「人種」区分の最重要の根拠ともされた皮膚の色への関心は今でも高いようで、皮膚の色を決める色素沈着関連の遺伝的多様体の研究は今でも盛んに行なわれており、近年では古代ゲノム研究の飛躍的な発展に基づいて、そうした色素沈着関連の遺伝的多様体の頻度の変遷が解明されつつあります。本論文はおもに皮膚と目と髪(もしくは体毛)の色に着目し、色素沈着関連の遺伝的多様体の進化を検証しています。
本論文はユーラシアの上部旧石器時代~鉄器時代の現生人類を対象としていますが、おもにユーラシア西部、とくにヨーロッパが対象となっており、ヨーロッパにおいて古代ゲノム研究が最も進んでいることを、改めて思い知らされます。ユーラシアにおいて、上部旧石器時代~鉄器時代により明るい(薄い)色素沈着と関連するアレル(対立遺伝子)の頻度が増加したことは改めて示されましたが、個体の半数は青銅器時代および鉄器時代でも濃い若しくは中間の皮膚の色と推定されました。こうした研究が、日本列島も含めてユーラシア東部圏で今後進展するよう、期待しています。
略称は、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、SLC24A5(solute carrier family 24 member 5、溶質保因者族24構成員5)、SLC45A2(solute carrier family 45 member 2、溶質保因者族45構成員2)、HERC2(HECT and RLD domain containing E3 ubiquitin protein ligase 2、HECTおよびRLDドメインE3含有ユビキチンタンパク質連結酵素2)、TYRP1(Tyrosinase-related protein 1、チロシナーゼ関連タンパク質1)、ANKRD11(Ankyrin Repeat Domain Containing 11、アンキリン反復ドメイン含有11)、BNC2(Basonuclin-2、ヒト亜鉛含有DNA結合タンパク2)、OCA2(oculocutaneous albinism II、眼皮膚白皮症2)、DEF8(Differentially Expressed In FDCP 8 Homolog、FDCP8相同体の差次的発現)、TYR(チロシン)、A(adenine、アデニン)、G(guanine、グアニン)、T(thymine、チミン)、C(cytosine、シトシン)、AI(artificial intelligence、人工知能)です。
本論文で取り上げられる重要な個体は、シベリア南部西方のウスチイシム(Ust’ Ishim)近郊のイルティシ川(Irtysh River)の土手で発見された44000年前頃となる上部旧石器時代の現生人類1個体(ウスチイシム個体)、ロシアのコステンキ・ボルシェヴォ(Kostenki-Borshchevo)遺跡群の一つであるコステンキ14(Kostenki 14)遺跡で発見された38000年前頃の個体であるコステンキ14号、イベリア半島北部のラ・ブラナ(La Brana)遺跡の中石器時代個体、スウェーデンのゴットランド島の新石器時代個体(SF12)、ブリテン島のチェダー人(Cheddar Man)、ハンガリーのスゾラッド(Szólád)遺跡の1個体(SZ1)です。
●要約
明るい目と髪と皮膚の色はおそらく、現生人類がアフリカから拡散したさいに数回進化しました。紫外線の少ない地域では、適応的利点および移動や浮動など他の偶発的な要因のため、明るい色素沈着のアレルの頻度が増加しました。しかし、その拡大の速度と様相は不明です。古代DNAからの表現型推定が複雑なのは、それらの形質が多遺伝子であることと、低い配列深度であることの両方のためです。本論文は、高網羅率の古代人3個体の標本、つまりロシアの上部旧石器時代のウスチイシム個体、スウェーデンの中石器時代の個体SF12、現在のクロアチアの新石器時代個体I5077において、無作為な読み取り除去によって、低い配列深度の影響を評価しました。したがって、色素沈着推定に対する3通りの手法の比較が可能となり、網羅率の最適以下の水準(8倍未満)については、遺伝子型尤度を推定する確率論的手法が最も堅牢な予測につながる、と結論づけられました。次に、この実施要綱がユーラシアの古代人348個体のゲノムに適用され、皮膚と目と髪の色が過去45000年間にどう進化したのか、報告します。より明るい色素沈着への変化は時空間的にほぼ直線的で、予測より遅く、個体の半数は青銅器時代および鉄器時代でも濃い若しくは中間の皮膚の色を示しました。中石器時代における明るい目の色素沈着の頂点と、ユーラシア西部全域への新石器時代農耕民の拡大期における変化の加速も観察されましたが、遺伝子流動および遺伝的混合の局所的過程もしくはその欠如も、重要な役割を果たしました。
●研究史
皮膚は化石に保存されませんが、初期人類の表皮が毛に覆われ、軽く色素沈着していたことは、ほぼ疑いがありません。日光への曝露は、DNA合成と細胞増殖に必要な分子である葉酸の分解を誘発し、進化の過程で毛による保護が失われたため、皮膚の色をより濃くするだろうアレルを選好する、選択的一層の証拠があります。逆に、明るい皮膚の色はビタミンDの光化学的に制御された合成を促進します。ホモ属がアフリカからユーラシアへと北方へ拡大したさいに、その選択の枠組みが変わり、より明るい表現型が出現しました。両方の段階において、紫外線が最も可能性の高い選択要因と考えられるのは、気温や降水量や湿度など他の環境要因は皮膚の色とのより低水準の相関を示すからです。これらの主要な傾向に加えて、局所的条件への適応と遺伝的浮動と移動が過去とヒトの色素沈着の現在のパターンに寄与しました。
皮膚と目と髪の色は、多遺伝子遺伝での複雑な表現型です。そのすべては、ヒトのメラニン細胞によって生成される2種類の色素、つまりユーメラニン(赤褐色)およびフェオメラニン(黄褐色)の量と種類と分布に依存しています。青色と緑色の虹彩は追加の目の色素ではなく、角膜実質のさまざまな細胞密度によって生じる光の散乱に起因します。
メラニン生合成経路にはすくつかの酵素段階が含まれており、少なくとも26個の関連する遺伝子が関連研究で特定されてきました。他の複雑な形質と同様に、人工知能に基づく演算法が、DNA情報から皮膚と目と髪の色を予測するよう、設計されてきました。最も広範な検証体系の一つであるHIrisPlex-Sは、3種類の目、4種類の髪、5種類の皮膚の色の分類について、41ヶ所のSNPから個体の確率を推定します。高品質なゲノムデータに基づくと、HIrisPlex-Sの誤差は小さくなります。しかし、使用される推定手法に関わらず、表現型が通常は低網羅率で決定されている古代ゲノムから推測される場合、問題が発生するかもしれません。
HIrisPlex-Sは、対象の遺伝子座のアレルと遺伝子型の状態が既知であることを前提としており、多くの古代の標本ではこれは保証されていません。じっさい、そうしたデータからの直接的な遺伝子型多様体の呼び出しは、DNAの断片化や外因性汚染や分解のため困難です。多くの場合、これらすべての要因が低い配列決定深度をもたらし、今度はそれが確実な遺伝子型、したがって表現型の特定の可能性に影響を及ぼします。したがって、古代の標本に適用する場合、先行研究でも指摘されているように、表現型予測手法の堅牢性は、その特性を考慮して検証されねばなりません。
これらの事例において大事な要因は、遺伝子型の不確実性を考慮する可能性です。本論文の前半では、色素沈着推定に対する3通りの手法が比較され、最適以下の水準の網羅率(8倍未満)については、遺伝子型尤度を推定する確率論的手法が最も堅牢な予測につながる、と結論づけられます。次に本論文の広範では、その実施要綱がユーラシアの古代人348個体のゲノムの広範なデータセットに適用され、過去45000年間に皮膚と目と髪の色がどのように進化したのか、報告します。
●古代DNAデータについての表現型推定の堅牢性の検証
本論文のおもな目的は、低網羅率の古代DNA研究の状況における、さまざまな水準のゲノム網羅率の表現型推定への影響の評価でした。HIrisPlex-Sは法医学で開発されましたが、最近では古代DNA研究の状況でさえ使用されてきました。HIrisPlex-S実施要綱はさまざまな古代標本に適用されてきており、それには、たとえば中世の標本、リチャード3世とされる1485年頃の遺骸、「チェダー人」[13]、中石器時代の「ラ・ブラナ」標本[14]、ヒトDNAが抽出された5700年前頃の噛まれたシラカバの樹脂[15]さえ含まれます。しかしこれまで、その実施要綱が低網羅率で配列決定された標本に有効なのかどうか、あるいは、異なる呼び出し演算法が用いられるさいに、堅牢な推定につながるのかどうか、検証されていませんでした。
図1に詳しく示されているように、HIrisPlex-Sの推定の堅牢性が、3通りの異な根呼び出し手順を用いて生成された遺伝子型で評価されました。その3通りの手法とは、遺伝子型がGATKのUnifiedGenotyper第3.5版を用いて直接的に呼び出される直接的手法、GLIMPSE第1.1.1版を用いて実行される古代DNAの状況で一般的に用いられる補完実施要綱、遺伝子型尤度が計算され、1000点の異なる遺伝子型が標本抽出されて、尤度に従って表現型推定への影響を重み付けする確率論的手法です。41ヶ所のHIrisPlex-S部位の分析によって表現型予測が得られ、直接的および補完的遺伝子型がHIrisPlex-Sのウェブサイトに直接的に入力されたのに対して、確率論的予測は尤度に基づく遺伝子型標本抽出を組み込みました。次に、R環境第4.3.3版で得られた予測ファイルの後工程で、すべての手法での表現型の結果の抽出と解釈と比較が行なわれました。以下は本論文の図1です。
網羅率が低い場合の情報の損失を測定するために、反復的にウスチイシム個体(較正年代で45045年前頃[20])とSF12個体(較正年代で9033±8757年前[21])と個体I5077(較正年代で6110±25年前[22])の標本の読み取りが反復的に低解像度処理されました。これらの標本が選択されたのは、重要な歴史期間と地理的位置(旧石器時代のシベリア西部、中石器時代のスウェーデン、新石器時代のバルカン半島)を表しており、分析の時点では41ヶ所のHIrisPlex-S部位で最良の網羅率の標本だったからです。その後、41ヶ所のHIrisPlex-S部位全体で最小限の網羅率が特定され、つまり、ウスチイシム標本では17倍、SF12標本では33倍、I5077標本では14倍で、これらの網羅率水準から始めて漸次低解像度処理が実行されました。ウスチイシム標本(28倍)とSF12標本(44倍)のみで、堅牢な表現型予測を得ることができました。一方で、いくつかの部位における低網羅率とアレルの組み合わせのために、I5077標本では確実な皮膚の色の閾値に達しませんでした。
そこで、2点の高網羅率のゲノムから得られた表現型予測が、10もしくは11の異なる網羅率の段階を考慮した予測と比較され、それは、ウスチイシム標本では網羅率が17・15・12・10・8・5・4・3・2・1倍、SF12標本では33・20・15・12・10・8・5・4・3・2・1倍です。各網羅率の段階について、10回の独立した低解像度処理のデータセットが検証されました。図2は、さまざまな呼び出し演算法下での、各網羅率の段階の推定された表現型と頻度を示しています。以下は本論文の図2です。
●ウスチイシム標本
真の表現型を呼び出せるのは、平均網羅率段階が28倍の直接的手法で評価され、つまりは茶色の目と黒髪と濃い色から黒色の皮膚です。図2Aで示されるように、3通りの推定手法は目と髪の色について、網羅率段階に関わらず全回で正確に100%予測された、堅牢な推定値を返しました。一方で、皮膚間予測では異なる結果が得られました。真の表現型は確率論的手法のみの場合で全回認識され、直接的手法では最低の網羅率段階で推定に10%の誤差があったのに対して、補完実施要綱は網羅率3倍で誤った推定値(10%の誤差)をもたらし始め、網羅率2倍と1倍では間違った予測が50%に達しました。
●SF12標本
平均網羅率44倍での真の表現型は、青色の目と茶色の髪と濃い皮膚でした(図2B)。直接的手法では、この体系は網羅率8倍で始まる一部の低解像度処理されたデータセットについて目の色を予測できませんでしたが、確率論的手法で予測できなかったのは、目の色が網羅率1倍のデータセットのわずか10%でした。すべての他の低解像度処理されたデータセットでは、青色の目の表現型が正確に特定されました。補完手法では、この体系は網羅率が4・2・1倍で真の表現型を特定できず、そのうち10%未満では茶色の目が推定されました。この標本では、髪の色は3通りの手法すべてで、より困難ではあるものの正確に予測されました。じっさい、網羅率8倍で始まると間違った推定が観察され、一部の網羅率段階では誤割り当て率が80%に達しました。確率論的手法が最低の誤割り当て率を示した一方で、誤差の最高率は補完手法で観察されました(網羅率8倍未満では68%の誤割り当て率)。皮膚の色は、網羅率段階が10倍以上の場合に、3通りの手法で100%正確に予測されました。網羅率が8倍で始まる場合、この体系は真の表現型の正確な予測でいくつかの問題を示し、それはとくに、遺伝子型が直接的手法もしくは補完手法で定義された場合です。とくに、補完手法で生成されたデータセットは、網羅率段階が8倍未満では、ほぼ100%間違って割り当てられました。確率論的手法はわずかに性能がよく、網羅率が8%未満では、表現型は平均的に23%間違って割り当てられました。
この分析は、遺伝子型が、DNAが古代の標本に由来する場合に一般的に遭遇する状況である、網羅率8倍未満のデータから呼び出される場合に、HIrisPlex-Sの表現型推定手順がいかに容易に失敗するのか、浮き彫りにします。この網羅率の閾値を超えると、直接的手法と確率論的手法と補完手法は真の表現型を100%復元します。逆に網羅率段階が8倍未満では、3通りの手法の実行性能は異なります。そのうち、確率論的手法が最も高頻度で完全な網羅率での推定と同じ表現型を返します。最悪の実行性能は補完手法によるもので、すべての欠落したHIrisPlex-Sの補完で得られた推定表現型は、注意深く検証されるべきです。
●旧石器時代から鉄器時代までのユーラシア標本の表現型推定
さまざまな網羅率段階で判定された個体群からの刊行されている348点の古代DNA(すべて網羅率は1倍超、図3)の大規模なデータセットが収集され、その年代範囲は45000~1700年前頃です。標本は、年代のみではなくも考古学的証拠に基づいて分類表示されました。以前の分析において特定の網羅率段階でより堅牢な結果を提供した、推論的手法を適用して、各標本の目と皮膚と髪が推定されました。以下は本論文の図3です。
図4と補足表S22~S33は、異なる期間に属する標本で推定された色素沈着の形質を示しています。呼び出し手法が確実に予測できる表現型のみが報告され、確率論的手法については、遺伝子型尤度によって生成された1000回の複製の少なくとも90%で予測された場合のみ、表現型の状態が報告されました。以下は本論文の図4です。
●旧石器時代
年代は45000~13000年前頃で、標本は12点です。そのうち、目の色では10点、髪の色では10点、皮膚の色では12点の標本で結果が得られました。標本のうち1点はウスチイシムの検証標本です。分析された標本のほぼすべてで、全形質について濃い色の表現型が推定されます。唯一の例外は38700~36200年前頃の間のコステンキ14号[23]で、中間的な皮膚の色を示します。
●中石器時代
年代は14000~4000年前頃で、標本は66点です。目の色では35点、髪の色では63点、皮膚の色では53点の標本で結果が得られました。明るい目の色は11点の標本で推定され、ヨーロッパ北部とフランスとセルビアに由来します。対照的に、最東部地域の標本2点はすべて、濃い色の表現型のみを示します。セルビアでは両方の表現型が共存しており、1点が青色の目、4点が茶色の目です。61点の標本は濃い色の髪の表現型を示し、例外であるスウェーデンの1点とセルビアの1点は両方とも、金髪の特徴を示します。皮膚の色はより広範囲の表現型を示しており、おもに濃い色で(43点の標本)、ヨーロッパ地域では中間的な表現型も示し(デンマークとフランスとジョージアとロシア西部とセルビアとスペインの7点)、本論文で最初の明るい表現型が観察されました(スウェーデンとフランスの3点)。この時間横断区では、青色の目と金髪と明るい肌と推定される最初の個体が観察され、その個体NEO27は、12000年前頃に生きていたスウェーデンの狩猟採集民でした[24]。
●新石器時代
年代は10000~4000年前頃で、標本は132点です。目の色では93点、髪の色では120点、皮膚の色では93点の標本で結果が得られました。標本のうち1点はI5077の検証標本です。依然として、ほとんどの個体(81点の標本)は濃い色の目の表現型を示す。と観察され、これには以前に明るい表現型のみが見つかったフランスも含まれます。濃い色と明るい色の目の表現型はヨーロッパの北部および中央東部で観察され、オーストリアとデンマークとギリシアとアイルランドとラトビアとセルビアとスウェーデンの12点の標本は明るい色の表現型でした。髪の色はほぼ全ての標本で濃い色と予測され、オーストリアから発見された例外となる1点とは中間的な表現型を、デンマークとギリシアとアイルランドとセルビアの5点は明るい色の表現型を示します。さらに、トルコの初期農耕民である赤毛の1点の標本が、本論文のデータセットでは初めて観察されました。皮膚の表現型はより多様で、ヨーロッパの一部地域(ポルトガルとイタリアとオーストリアとドイツとハンガリーとエストニアとロシア)とアジア西部(イランとトルコ)が濃い色の表現型のみを示すのに対して、他地域は濃い色と中間的な色両方の表現型(クロアチアとデンマークとフランスとギリシアとアイルランドとマルタとポーランドとセルビアとスウェーデンとウクライナの25点の標本は中間的な色を示します)か、あるいは明るい色の皮膚の表現型(チェコ共和国とイギリスとラトビアとスウェーデンとウクライナの5点の標本)さえ示します。
●銅器時代
年代は6000~3500年前頃で、標本は42点です。目の色では31点、髪の色では33点、皮膚の色では28点の標本で結果が得られました。銅器時代でさえ、濃い色の表現型が一般的です。ほとんどの標本(26点)は濃い色の目を示し、明るい色の表現型はデンマークとハンガリーとイタリアとルーマニアの5点の標本に存在します。髪の表現型はほぼ濃い色のままで、1点の標本(デンマーク)が中間的な髪の色を、1点の標本(ルーマニア)が明るい髪の色を示しているだけです。皮膚の色はヨーロッパ東部とイベリア半島では依然としておもに濃い色(17点の標本)ですが、中間的な皮膚の色合いがスペインカザフスタンとヨーロッパ中央部(ハンガリーとイタリアとオランダとポーランドとルーマニアの7点の標本)で、明るい色の皮膚がデンマークとイギリスとルーマニア(4点の標本)で観察されます。
●青銅器時代
年代は7000~3000年前頃で、標本は71点です。目の色では55点、髪の色では64点、皮膚の色では43点の標本で結果が得られました。青銅器時代には、明るい色の目の表現型の割合増加が観察されました。ヨーロッパとアジア全域の39点の標本は依然として濃い色の目を示していますが、16点の標本は明るい色の表現型を示します。これら明るい色の表現型は依然としておもにヨーロッパで見られますが、ロシア西部とヨルダンや遠く東方ではカザフスタンなど他の地域でも出現しつつあります。濃い髪の色の表現型はヨーロッパとアジアのほとんどにおいて依然として優勢で(49点の標本)、中間的な色の表現型はデンマークとハンガリーの2点の標本に存在します。しかし、明るい色の表現型の割合は、とくにイタリアとロシア西部とヨルダンとカザフスタンにおいてより大きな割合(12点の標本)になっています。ギリシアの1点の標本は赤毛を示します。ヨーロッパ西部および南部とロシアとアジア南西部のほとんどの標本(22点)は依然として濃い色の皮膚を示しますが、ヨーロッパ中央部および中央東部では中間的な色の表現型の増加が、ロシアでは中間的な色の表現型の最初の出現も観察されます(合計では15点の標本)。明るい色の表現型は、チェコ共和国とデンマークとエストニアとフランスとイギリスとハンガリーの6点の標本で出現しました。青銅器時代には、推定される青色の目と金髪と明るい色の皮膚の共存の増加が観察され、4点の標本はこの組み合わせの表現型を示しており、それは、チェコ共和国のI7198[14]、エストニアのEKA1[25]、イングランドのI2445[14]、ハンガリーのSZ1[26]です。
●鉄器時代
年代は3000~1700年前頃で、標本は25点です。目の色では15点、髪の色では19点、皮膚の色では11点の標本で結果が得られました。鉄器時代には、濃い色の目の表現型(10点の標本)がイギリスとスペインとロシア中央部および東部に存在する一方で、明るい色の目(3点の標本)はデンマークとフィンランドに存在します。両方の表現型が、イタリアとカザフスタンでは共存しています。皮膚の色の分析はロシア中央部および東部とカザフスタンとイタリアでは、濃い色の表現型(6点の標本)を示します。中間的な色の表現型がデンマークとカザフスタンとスペインの3点の標本に存在する一方で、明るい色の表現型(2点の標本)は依然としてヨーロッパ北部に存在します。青色の目と金髪と薄い色の皮膚の組み合わせは2点の標本で観察され、デンマークのVK521[27]とフィンランドのDA236[28]です。補足図S34とデータセットS2では、推定された表現型は、低網羅率段階について確率論的手法ではなく直接的手法を用いて呼び出したならば、異なるだろう、と示されています。とくに、直接的な呼び出しは検証された全期間で、濃い色の皮膚の表現型のより高い頻度につながるでしょう。
●考察
古代DNAの証拠からのヒト色素沈着の推定は、近年では大きな注目を得てきました。しかしこれまで、すべての利用可能な手法は、多型部位における標本のアレル状態が正確に知られている、との仮定に依拠しており、これは必ずしも保証されていません。じっさい、古代ゲノムデータは低網羅率で生成されることが多く、それが意味するのは、しばしば数ヶ所の読み取り(あるならば)が特定の領域をマッピング(多少の違いを許容しつつ、ゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)していることで、結果として、これらの標本での遺伝子型の直接的な呼び出しは、下流分析においてかなりの偏りをもたらしているかもしれません。補完については、現在のゲノムにおけるアレルの関連に基づいており、古代ゲノムにおける連鎖不平衡の水準が同じと仮定すると、分析において定量化困難な偏りをもたらすでしょう。本論文の低解像度処理実験では、HIrisPlex-S体系は41ヶ所の推定部位における網羅率段階が、古代の標本では珍しい少なくとも8倍の場合にのみ、現時点では利用可能な経路(直接的手法)で安全に利用できます。
この問題に対処するため、本論文では、直接的な遺伝子型呼び出しが正確ではない場合に有用な、表現型推定における確率論的手法を統合する枠組みが提案されます。この枠組みが、尤度を反映している、41ヶ所のHIrisPlex-S部位における遺伝子型の各標本の1000回の組み合わせで検証された表現型推定によって、検証されました。このように、表現型推定とその信頼性の基準の両方が得られました。ウスチイシムおよびSF12標本に適用された網羅率低解像度処理手順では、確率論的手法が低網羅率(8倍未満)もしくは超低網羅率(1~2倍)段階でさえ真の色素沈着形質の推測において堅牢である、と証明されたものの、SF12標本では、低網羅率段階である程度の不確実性があります。低網羅率で、古ゲノミクスにおいて広く用いられている手法の一つが遺伝子型状態の補完で、これが使っている演算法は、隣接する遺伝子座からの情報および参照データベースを活用して、欠落部位を埋めています。しかし本論文では、いくつかのHIrisPlex-S部位はとくに超低網羅率で表現型推定を偏らせるかもしれないので、補完手法は注意深く扱われるべきである、と示されました。連続形質が離散形質として説明される場合には、すべての表現型がHIrisPlex-sによって同水準の信頼性で推定されるわけではありません。これは皮膚の表現型の分類にとくに当てはまり、その限界は確かにやや恣意的です。
確率論的手法によって、目と髪と皮膚の色はユーラシアで経時的に大きく変わった、と示されました。より温暖な気候から到来した最初の狩猟採集の入植者がおもに濃い色素沈着を有していた、と考えるのは合理的です。本論文では、鉄器時代まで濃い色の色素沈着の表現型が存続した、と示されます。スウェーデンの中石器時代において明るい肌の色の最初の事例が見つかりましたが、50点以上の標本のうち1点に由来するにすぎません。状況はその後に変わりましたが、ひじょうに遅かったので、ヨーロッパでは青銅器時代にやっと、明るい色の肌の頻度が濃い色の肌の頻度と同等になり、先史時代の大半において、ヨーロッパのほとんどのヒトは濃い色の肌でした。濃い色の色素沈着が、増加しているもののまだ相対的には低い割合のより明るい色の形質と長期間共存していた同様の傾向は、髪と目と髪の色で観察されますが、明るい色の目の頻度の時間的な最盛期は中石器時代で、この時には35点の標本のうち11点で明るい色素沈着が推定されました。
選択に加えて、遺伝子流動が色素沈着形質の変化を引き起こした主因だったことについて、疑いはほぼありません。先行研究[29]は、時間的に中石器時代から現在に移行するにつれて、人口集団間の遺伝的相違の減少を観察しました。本論文では、色素沈着形質の人口集団内の相違の平衡した増加が報告されました。両方の結果は、遺伝子流動の影響が遺伝的浮動の影響を上回る進化的状況の予測される結果です。
ユーラシア西部の先史時代で記録されている遺伝子流動事象のうち、アナトリア半島からの初期新石器時代農耕民の拡大は、人口集団の遺伝的構成を大きく変えた、と分かっており[30]、一部の研究者は、たとえばブリテン諸島[13]やデンマーク[24]における「人口置換」と言っているくらいです。式楚についての観察は、部分的にはその大量移住の結果のようです。じっさい、食料生産への以降は感染症のぞうかとより貧しい食性の増加にもつながりましたが、新たな領域では、移住してきた農耕民が狩猟採集民に対して二つの進化的利点を有していました。初期農耕民は農耕と牧畜によって利用可能な食料の量が増加し、より低水準の紫外線に適した肌の表現型を有していました。両要因が初期農耕民(のみ)に人口成長の可能性を与え、最終的にはヨーロッパの人々のゲノムにおける大きな変化につながりました。
しかし、これらや他の古代DNAデータでは、その過程はほぼ直線的で、完了までに新石器時代よりも長くかかった、と示されています。本論文で特定された明るい色の表現型の最初の事例は中石器時代(皮膚と目)もしくは新石器時代(髪)に遡りますが、明るい色の皮膚がおそらくは適応的価値のため経時的に着実に頻度が増加したのに対して、髪と目の色は変動を示しており、その主なものは明るい色の目の頻度の局所的な中石器時代の増加です。結果として、本論文で報告された変化は、一定の速度で進行する移住の波の影響とみなすことができる、とは考えられません。むしろ、観察されているのは、ユーラシア西部の大半における主要な新石器時代の人口拡散以外に、移住と混合の局所的過程もしくはその欠如が重要な役割を果たした過程です。その後、紫外線減少下でさえ、食料の入手可能性が要因でした。一部の狩猟採集人口集団は依然として、食資源から魚類や獲物など充分なビタミンDを摂取できました。農耕集落がより拡大し、動物相が枯渇した場合に初めて、薄い肌の色が永久に濃い色の表現型に取って代わりました。
観察された傾向の原因となる遺伝子の特定は、低い平均網羅率のため容易ではなく、それによっていくつかの遺伝子座のアレル状態は多くの場合で曖昧になっています。しかし、上部旧石器時代のウスチイシム標本(目と髪と皮膚の3点の形質すべてで濃い色の表現型)とハンガリーの青銅器時代の標本SZ1(3点の形質すべてで明るい色)は、経時的に変化があった、と分かっているいくつかの遺伝子座(SLC45A2、LOC105374875、HERC2、PIGU、TYRP1、ANKRD11、BNC2、HERC2、OCA2、DEF8)や、2ヶ所の新規の遺伝子座であるTYR(rs1042602)およびSLC24A5(rs1426654)で異なっており、この2ヶ所の遺伝子座はSZ1標本では両方ともAA遺伝子型です。先行研究からのつよい裏づけは、rs1042602のAアレルをそばかすの欠如と関連づけています。さらに、をメラニン生合成と関わっているチロシナーゼをエンコードしているTYR遺伝子に局在するrs1042602多様体は、Cアレルで同型接合の場合に、TYR遺伝子のrs4547091内の別の遺伝的多様体と組み合わさって、とくにAアレルの同型接合である個体群で白皮症と関連しています。
SLC24A5遺伝子のrs1426654における非同義置換(G→A)は、ヒトにおけるメラニン生成の減少およびより明るい皮膚の色素沈着と強く関連しています。祖先型アレルのGがアフリカ人およびアジア東部人で固定されている一方で、派生的アレルのAはヨーロッパの人口集団でほぼ固定されており(98.7~100%)、近東およびアジア南部において高頻度で存在します。さらに、rs1426654は最近のヨーロッパ祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を有する混合人口集団においてやアジア南部人内の皮膚の色素沈着の差異と関連づけられてきました。アジア東部およびサハラ砂漠以南のアフリカの人口集団におけるその希少性は、rs1426654は過去35000~10000年前以内のヨーロッパもしくは近東には減がある、との仮説を裏づけます。先行研究で指摘されているように、SLC24A5遺伝子座はヒトの歴史における強い最近の適応を例証しており、色素沈着関連の遺伝子座における適応的遺伝子の1事例となっています。
HIrisPlex-Sは、ヨーロッパの人口集団ではとくに誤差が少なくなっています。この体系は堅牢な推定を提供しますが、その精度は、とくに中間的な色の表現型と皮膚の色について、近い過去の混合人口集団で影響を受けるかもしれません。これは、ブラジル南東部の人々で観察されたように、主観的な皮膚の色合いの認識から生じる表現型の誤分類などの要因に起因するかもしれません。本論文で提案された推論手順など、表現型推定の推論手順の開発とともに、高品質な古代ゲノムデータの生成の増加によって、現生人類における色素沈着関連表現型の進化への深い洞察が得られるでしょう。これは、現代人の表現型の差異を引き起こして形成した、進化および人口統計学的力の理解を深めながら、先史時代の重要な段階の包括的で詳細な状況の再構築に役立つでしょう。
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本論文はユーラシアの上部旧石器時代~鉄器時代の現生人類を対象としていますが、おもにユーラシア西部、とくにヨーロッパが対象となっており、ヨーロッパにおいて古代ゲノム研究が最も進んでいることを、改めて思い知らされます。ユーラシアにおいて、上部旧石器時代~鉄器時代により明るい(薄い)色素沈着と関連するアレル(対立遺伝子)の頻度が増加したことは改めて示されましたが、個体の半数は青銅器時代および鉄器時代でも濃い若しくは中間の皮膚の色と推定されました。こうした研究が、日本列島も含めてユーラシア東部圏で今後進展するよう、期待しています。
略称は、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、SLC24A5(solute carrier family 24 member 5、溶質保因者族24構成員5)、SLC45A2(solute carrier family 45 member 2、溶質保因者族45構成員2)、HERC2(HECT and RLD domain containing E3 ubiquitin protein ligase 2、HECTおよびRLDドメインE3含有ユビキチンタンパク質連結酵素2)、TYRP1(Tyrosinase-related protein 1、チロシナーゼ関連タンパク質1)、ANKRD11(Ankyrin Repeat Domain Containing 11、アンキリン反復ドメイン含有11)、BNC2(Basonuclin-2、ヒト亜鉛含有DNA結合タンパク2)、OCA2(oculocutaneous albinism II、眼皮膚白皮症2)、DEF8(Differentially Expressed In FDCP 8 Homolog、FDCP8相同体の差次的発現)、TYR(チロシン)、A(adenine、アデニン)、G(guanine、グアニン)、T(thymine、チミン)、C(cytosine、シトシン)、AI(artificial intelligence、人工知能)です。
本論文で取り上げられる重要な個体は、シベリア南部西方のウスチイシム(Ust’ Ishim)近郊のイルティシ川(Irtysh River)の土手で発見された44000年前頃となる上部旧石器時代の現生人類1個体(ウスチイシム個体)、ロシアのコステンキ・ボルシェヴォ(Kostenki-Borshchevo)遺跡群の一つであるコステンキ14(Kostenki 14)遺跡で発見された38000年前頃の個体であるコステンキ14号、イベリア半島北部のラ・ブラナ(La Brana)遺跡の中石器時代個体、スウェーデンのゴットランド島の新石器時代個体(SF12)、ブリテン島のチェダー人(Cheddar Man)、ハンガリーのスゾラッド(Szólád)遺跡の1個体(SZ1)です。
●要約
明るい目と髪と皮膚の色はおそらく、現生人類がアフリカから拡散したさいに数回進化しました。紫外線の少ない地域では、適応的利点および移動や浮動など他の偶発的な要因のため、明るい色素沈着のアレルの頻度が増加しました。しかし、その拡大の速度と様相は不明です。古代DNAからの表現型推定が複雑なのは、それらの形質が多遺伝子であることと、低い配列深度であることの両方のためです。本論文は、高網羅率の古代人3個体の標本、つまりロシアの上部旧石器時代のウスチイシム個体、スウェーデンの中石器時代の個体SF12、現在のクロアチアの新石器時代個体I5077において、無作為な読み取り除去によって、低い配列深度の影響を評価しました。したがって、色素沈着推定に対する3通りの手法の比較が可能となり、網羅率の最適以下の水準(8倍未満)については、遺伝子型尤度を推定する確率論的手法が最も堅牢な予測につながる、と結論づけられました。次に、この実施要綱がユーラシアの古代人348個体のゲノムに適用され、皮膚と目と髪の色が過去45000年間にどう進化したのか、報告します。より明るい色素沈着への変化は時空間的にほぼ直線的で、予測より遅く、個体の半数は青銅器時代および鉄器時代でも濃い若しくは中間の皮膚の色を示しました。中石器時代における明るい目の色素沈着の頂点と、ユーラシア西部全域への新石器時代農耕民の拡大期における変化の加速も観察されましたが、遺伝子流動および遺伝的混合の局所的過程もしくはその欠如も、重要な役割を果たしました。
●研究史
皮膚は化石に保存されませんが、初期人類の表皮が毛に覆われ、軽く色素沈着していたことは、ほぼ疑いがありません。日光への曝露は、DNA合成と細胞増殖に必要な分子である葉酸の分解を誘発し、進化の過程で毛による保護が失われたため、皮膚の色をより濃くするだろうアレルを選好する、選択的一層の証拠があります。逆に、明るい皮膚の色はビタミンDの光化学的に制御された合成を促進します。ホモ属がアフリカからユーラシアへと北方へ拡大したさいに、その選択の枠組みが変わり、より明るい表現型が出現しました。両方の段階において、紫外線が最も可能性の高い選択要因と考えられるのは、気温や降水量や湿度など他の環境要因は皮膚の色とのより低水準の相関を示すからです。これらの主要な傾向に加えて、局所的条件への適応と遺伝的浮動と移動が過去とヒトの色素沈着の現在のパターンに寄与しました。
皮膚と目と髪の色は、多遺伝子遺伝での複雑な表現型です。そのすべては、ヒトのメラニン細胞によって生成される2種類の色素、つまりユーメラニン(赤褐色)およびフェオメラニン(黄褐色)の量と種類と分布に依存しています。青色と緑色の虹彩は追加の目の色素ではなく、角膜実質のさまざまな細胞密度によって生じる光の散乱に起因します。
メラニン生合成経路にはすくつかの酵素段階が含まれており、少なくとも26個の関連する遺伝子が関連研究で特定されてきました。他の複雑な形質と同様に、人工知能に基づく演算法が、DNA情報から皮膚と目と髪の色を予測するよう、設計されてきました。最も広範な検証体系の一つであるHIrisPlex-Sは、3種類の目、4種類の髪、5種類の皮膚の色の分類について、41ヶ所のSNPから個体の確率を推定します。高品質なゲノムデータに基づくと、HIrisPlex-Sの誤差は小さくなります。しかし、使用される推定手法に関わらず、表現型が通常は低網羅率で決定されている古代ゲノムから推測される場合、問題が発生するかもしれません。
HIrisPlex-Sは、対象の遺伝子座のアレルと遺伝子型の状態が既知であることを前提としており、多くの古代の標本ではこれは保証されていません。じっさい、そうしたデータからの直接的な遺伝子型多様体の呼び出しは、DNAの断片化や外因性汚染や分解のため困難です。多くの場合、これらすべての要因が低い配列決定深度をもたらし、今度はそれが確実な遺伝子型、したがって表現型の特定の可能性に影響を及ぼします。したがって、古代の標本に適用する場合、先行研究でも指摘されているように、表現型予測手法の堅牢性は、その特性を考慮して検証されねばなりません。
これらの事例において大事な要因は、遺伝子型の不確実性を考慮する可能性です。本論文の前半では、色素沈着推定に対する3通りの手法が比較され、最適以下の水準の網羅率(8倍未満)については、遺伝子型尤度を推定する確率論的手法が最も堅牢な予測につながる、と結論づけられます。次に本論文の広範では、その実施要綱がユーラシアの古代人348個体のゲノムの広範なデータセットに適用され、過去45000年間に皮膚と目と髪の色がどのように進化したのか、報告します。
●古代DNAデータについての表現型推定の堅牢性の検証
本論文のおもな目的は、低網羅率の古代DNA研究の状況における、さまざまな水準のゲノム網羅率の表現型推定への影響の評価でした。HIrisPlex-Sは法医学で開発されましたが、最近では古代DNA研究の状況でさえ使用されてきました。HIrisPlex-S実施要綱はさまざまな古代標本に適用されてきており、それには、たとえば中世の標本、リチャード3世とされる1485年頃の遺骸、「チェダー人」[13]、中石器時代の「ラ・ブラナ」標本[14]、ヒトDNAが抽出された5700年前頃の噛まれたシラカバの樹脂[15]さえ含まれます。しかしこれまで、その実施要綱が低網羅率で配列決定された標本に有効なのかどうか、あるいは、異なる呼び出し演算法が用いられるさいに、堅牢な推定につながるのかどうか、検証されていませんでした。
図1に詳しく示されているように、HIrisPlex-Sの推定の堅牢性が、3通りの異な根呼び出し手順を用いて生成された遺伝子型で評価されました。その3通りの手法とは、遺伝子型がGATKのUnifiedGenotyper第3.5版を用いて直接的に呼び出される直接的手法、GLIMPSE第1.1.1版を用いて実行される古代DNAの状況で一般的に用いられる補完実施要綱、遺伝子型尤度が計算され、1000点の異なる遺伝子型が標本抽出されて、尤度に従って表現型推定への影響を重み付けする確率論的手法です。41ヶ所のHIrisPlex-S部位の分析によって表現型予測が得られ、直接的および補完的遺伝子型がHIrisPlex-Sのウェブサイトに直接的に入力されたのに対して、確率論的予測は尤度に基づく遺伝子型標本抽出を組み込みました。次に、R環境第4.3.3版で得られた予測ファイルの後工程で、すべての手法での表現型の結果の抽出と解釈と比較が行なわれました。以下は本論文の図1です。
網羅率が低い場合の情報の損失を測定するために、反復的にウスチイシム個体(較正年代で45045年前頃[20])とSF12個体(較正年代で9033±8757年前[21])と個体I5077(較正年代で6110±25年前[22])の標本の読み取りが反復的に低解像度処理されました。これらの標本が選択されたのは、重要な歴史期間と地理的位置(旧石器時代のシベリア西部、中石器時代のスウェーデン、新石器時代のバルカン半島)を表しており、分析の時点では41ヶ所のHIrisPlex-S部位で最良の網羅率の標本だったからです。その後、41ヶ所のHIrisPlex-S部位全体で最小限の網羅率が特定され、つまり、ウスチイシム標本では17倍、SF12標本では33倍、I5077標本では14倍で、これらの網羅率水準から始めて漸次低解像度処理が実行されました。ウスチイシム標本(28倍)とSF12標本(44倍)のみで、堅牢な表現型予測を得ることができました。一方で、いくつかの部位における低網羅率とアレルの組み合わせのために、I5077標本では確実な皮膚の色の閾値に達しませんでした。
そこで、2点の高網羅率のゲノムから得られた表現型予測が、10もしくは11の異なる網羅率の段階を考慮した予測と比較され、それは、ウスチイシム標本では網羅率が17・15・12・10・8・5・4・3・2・1倍、SF12標本では33・20・15・12・10・8・5・4・3・2・1倍です。各網羅率の段階について、10回の独立した低解像度処理のデータセットが検証されました。図2は、さまざまな呼び出し演算法下での、各網羅率の段階の推定された表現型と頻度を示しています。以下は本論文の図2です。
●ウスチイシム標本
真の表現型を呼び出せるのは、平均網羅率段階が28倍の直接的手法で評価され、つまりは茶色の目と黒髪と濃い色から黒色の皮膚です。図2Aで示されるように、3通りの推定手法は目と髪の色について、網羅率段階に関わらず全回で正確に100%予測された、堅牢な推定値を返しました。一方で、皮膚間予測では異なる結果が得られました。真の表現型は確率論的手法のみの場合で全回認識され、直接的手法では最低の網羅率段階で推定に10%の誤差があったのに対して、補完実施要綱は網羅率3倍で誤った推定値(10%の誤差)をもたらし始め、網羅率2倍と1倍では間違った予測が50%に達しました。
●SF12標本
平均網羅率44倍での真の表現型は、青色の目と茶色の髪と濃い皮膚でした(図2B)。直接的手法では、この体系は網羅率8倍で始まる一部の低解像度処理されたデータセットについて目の色を予測できませんでしたが、確率論的手法で予測できなかったのは、目の色が網羅率1倍のデータセットのわずか10%でした。すべての他の低解像度処理されたデータセットでは、青色の目の表現型が正確に特定されました。補完手法では、この体系は網羅率が4・2・1倍で真の表現型を特定できず、そのうち10%未満では茶色の目が推定されました。この標本では、髪の色は3通りの手法すべてで、より困難ではあるものの正確に予測されました。じっさい、網羅率8倍で始まると間違った推定が観察され、一部の網羅率段階では誤割り当て率が80%に達しました。確率論的手法が最低の誤割り当て率を示した一方で、誤差の最高率は補完手法で観察されました(網羅率8倍未満では68%の誤割り当て率)。皮膚の色は、網羅率段階が10倍以上の場合に、3通りの手法で100%正確に予測されました。網羅率が8倍で始まる場合、この体系は真の表現型の正確な予測でいくつかの問題を示し、それはとくに、遺伝子型が直接的手法もしくは補完手法で定義された場合です。とくに、補完手法で生成されたデータセットは、網羅率段階が8倍未満では、ほぼ100%間違って割り当てられました。確率論的手法はわずかに性能がよく、網羅率が8%未満では、表現型は平均的に23%間違って割り当てられました。
この分析は、遺伝子型が、DNAが古代の標本に由来する場合に一般的に遭遇する状況である、網羅率8倍未満のデータから呼び出される場合に、HIrisPlex-Sの表現型推定手順がいかに容易に失敗するのか、浮き彫りにします。この網羅率の閾値を超えると、直接的手法と確率論的手法と補完手法は真の表現型を100%復元します。逆に網羅率段階が8倍未満では、3通りの手法の実行性能は異なります。そのうち、確率論的手法が最も高頻度で完全な網羅率での推定と同じ表現型を返します。最悪の実行性能は補完手法によるもので、すべての欠落したHIrisPlex-Sの補完で得られた推定表現型は、注意深く検証されるべきです。
●旧石器時代から鉄器時代までのユーラシア標本の表現型推定
さまざまな網羅率段階で判定された個体群からの刊行されている348点の古代DNA(すべて網羅率は1倍超、図3)の大規模なデータセットが収集され、その年代範囲は45000~1700年前頃です。標本は、年代のみではなくも考古学的証拠に基づいて分類表示されました。以前の分析において特定の網羅率段階でより堅牢な結果を提供した、推論的手法を適用して、各標本の目と皮膚と髪が推定されました。以下は本論文の図3です。
図4と補足表S22~S33は、異なる期間に属する標本で推定された色素沈着の形質を示しています。呼び出し手法が確実に予測できる表現型のみが報告され、確率論的手法については、遺伝子型尤度によって生成された1000回の複製の少なくとも90%で予測された場合のみ、表現型の状態が報告されました。以下は本論文の図4です。
●旧石器時代
年代は45000~13000年前頃で、標本は12点です。そのうち、目の色では10点、髪の色では10点、皮膚の色では12点の標本で結果が得られました。標本のうち1点はウスチイシムの検証標本です。分析された標本のほぼすべてで、全形質について濃い色の表現型が推定されます。唯一の例外は38700~36200年前頃の間のコステンキ14号[23]で、中間的な皮膚の色を示します。
●中石器時代
年代は14000~4000年前頃で、標本は66点です。目の色では35点、髪の色では63点、皮膚の色では53点の標本で結果が得られました。明るい目の色は11点の標本で推定され、ヨーロッパ北部とフランスとセルビアに由来します。対照的に、最東部地域の標本2点はすべて、濃い色の表現型のみを示します。セルビアでは両方の表現型が共存しており、1点が青色の目、4点が茶色の目です。61点の標本は濃い色の髪の表現型を示し、例外であるスウェーデンの1点とセルビアの1点は両方とも、金髪の特徴を示します。皮膚の色はより広範囲の表現型を示しており、おもに濃い色で(43点の標本)、ヨーロッパ地域では中間的な表現型も示し(デンマークとフランスとジョージアとロシア西部とセルビアとスペインの7点)、本論文で最初の明るい表現型が観察されました(スウェーデンとフランスの3点)。この時間横断区では、青色の目と金髪と明るい肌と推定される最初の個体が観察され、その個体NEO27は、12000年前頃に生きていたスウェーデンの狩猟採集民でした[24]。
●新石器時代
年代は10000~4000年前頃で、標本は132点です。目の色では93点、髪の色では120点、皮膚の色では93点の標本で結果が得られました。標本のうち1点はI5077の検証標本です。依然として、ほとんどの個体(81点の標本)は濃い色の目の表現型を示す。と観察され、これには以前に明るい表現型のみが見つかったフランスも含まれます。濃い色と明るい色の目の表現型はヨーロッパの北部および中央東部で観察され、オーストリアとデンマークとギリシアとアイルランドとラトビアとセルビアとスウェーデンの12点の標本は明るい色の表現型でした。髪の色はほぼ全ての標本で濃い色と予測され、オーストリアから発見された例外となる1点とは中間的な表現型を、デンマークとギリシアとアイルランドとセルビアの5点は明るい色の表現型を示します。さらに、トルコの初期農耕民である赤毛の1点の標本が、本論文のデータセットでは初めて観察されました。皮膚の表現型はより多様で、ヨーロッパの一部地域(ポルトガルとイタリアとオーストリアとドイツとハンガリーとエストニアとロシア)とアジア西部(イランとトルコ)が濃い色の表現型のみを示すのに対して、他地域は濃い色と中間的な色両方の表現型(クロアチアとデンマークとフランスとギリシアとアイルランドとマルタとポーランドとセルビアとスウェーデンとウクライナの25点の標本は中間的な色を示します)か、あるいは明るい色の皮膚の表現型(チェコ共和国とイギリスとラトビアとスウェーデンとウクライナの5点の標本)さえ示します。
●銅器時代
年代は6000~3500年前頃で、標本は42点です。目の色では31点、髪の色では33点、皮膚の色では28点の標本で結果が得られました。銅器時代でさえ、濃い色の表現型が一般的です。ほとんどの標本(26点)は濃い色の目を示し、明るい色の表現型はデンマークとハンガリーとイタリアとルーマニアの5点の標本に存在します。髪の表現型はほぼ濃い色のままで、1点の標本(デンマーク)が中間的な髪の色を、1点の標本(ルーマニア)が明るい髪の色を示しているだけです。皮膚の色はヨーロッパ東部とイベリア半島では依然としておもに濃い色(17点の標本)ですが、中間的な皮膚の色合いがスペインカザフスタンとヨーロッパ中央部(ハンガリーとイタリアとオランダとポーランドとルーマニアの7点の標本)で、明るい色の皮膚がデンマークとイギリスとルーマニア(4点の標本)で観察されます。
●青銅器時代
年代は7000~3000年前頃で、標本は71点です。目の色では55点、髪の色では64点、皮膚の色では43点の標本で結果が得られました。青銅器時代には、明るい色の目の表現型の割合増加が観察されました。ヨーロッパとアジア全域の39点の標本は依然として濃い色の目を示していますが、16点の標本は明るい色の表現型を示します。これら明るい色の表現型は依然としておもにヨーロッパで見られますが、ロシア西部とヨルダンや遠く東方ではカザフスタンなど他の地域でも出現しつつあります。濃い髪の色の表現型はヨーロッパとアジアのほとんどにおいて依然として優勢で(49点の標本)、中間的な色の表現型はデンマークとハンガリーの2点の標本に存在します。しかし、明るい色の表現型の割合は、とくにイタリアとロシア西部とヨルダンとカザフスタンにおいてより大きな割合(12点の標本)になっています。ギリシアの1点の標本は赤毛を示します。ヨーロッパ西部および南部とロシアとアジア南西部のほとんどの標本(22点)は依然として濃い色の皮膚を示しますが、ヨーロッパ中央部および中央東部では中間的な色の表現型の増加が、ロシアでは中間的な色の表現型の最初の出現も観察されます(合計では15点の標本)。明るい色の表現型は、チェコ共和国とデンマークとエストニアとフランスとイギリスとハンガリーの6点の標本で出現しました。青銅器時代には、推定される青色の目と金髪と明るい色の皮膚の共存の増加が観察され、4点の標本はこの組み合わせの表現型を示しており、それは、チェコ共和国のI7198[14]、エストニアのEKA1[25]、イングランドのI2445[14]、ハンガリーのSZ1[26]です。
●鉄器時代
年代は3000~1700年前頃で、標本は25点です。目の色では15点、髪の色では19点、皮膚の色では11点の標本で結果が得られました。鉄器時代には、濃い色の目の表現型(10点の標本)がイギリスとスペインとロシア中央部および東部に存在する一方で、明るい色の目(3点の標本)はデンマークとフィンランドに存在します。両方の表現型が、イタリアとカザフスタンでは共存しています。皮膚の色の分析はロシア中央部および東部とカザフスタンとイタリアでは、濃い色の表現型(6点の標本)を示します。中間的な色の表現型がデンマークとカザフスタンとスペインの3点の標本に存在する一方で、明るい色の表現型(2点の標本)は依然としてヨーロッパ北部に存在します。青色の目と金髪と薄い色の皮膚の組み合わせは2点の標本で観察され、デンマークのVK521[27]とフィンランドのDA236[28]です。補足図S34とデータセットS2では、推定された表現型は、低網羅率段階について確率論的手法ではなく直接的手法を用いて呼び出したならば、異なるだろう、と示されています。とくに、直接的な呼び出しは検証された全期間で、濃い色の皮膚の表現型のより高い頻度につながるでしょう。
●考察
古代DNAの証拠からのヒト色素沈着の推定は、近年では大きな注目を得てきました。しかしこれまで、すべての利用可能な手法は、多型部位における標本のアレル状態が正確に知られている、との仮定に依拠しており、これは必ずしも保証されていません。じっさい、古代ゲノムデータは低網羅率で生成されることが多く、それが意味するのは、しばしば数ヶ所の読み取り(あるならば)が特定の領域をマッピング(多少の違いを許容しつつ、ゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)していることで、結果として、これらの標本での遺伝子型の直接的な呼び出しは、下流分析においてかなりの偏りをもたらしているかもしれません。補完については、現在のゲノムにおけるアレルの関連に基づいており、古代ゲノムにおける連鎖不平衡の水準が同じと仮定すると、分析において定量化困難な偏りをもたらすでしょう。本論文の低解像度処理実験では、HIrisPlex-S体系は41ヶ所の推定部位における網羅率段階が、古代の標本では珍しい少なくとも8倍の場合にのみ、現時点では利用可能な経路(直接的手法)で安全に利用できます。
この問題に対処するため、本論文では、直接的な遺伝子型呼び出しが正確ではない場合に有用な、表現型推定における確率論的手法を統合する枠組みが提案されます。この枠組みが、尤度を反映している、41ヶ所のHIrisPlex-S部位における遺伝子型の各標本の1000回の組み合わせで検証された表現型推定によって、検証されました。このように、表現型推定とその信頼性の基準の両方が得られました。ウスチイシムおよびSF12標本に適用された網羅率低解像度処理手順では、確率論的手法が低網羅率(8倍未満)もしくは超低網羅率(1~2倍)段階でさえ真の色素沈着形質の推測において堅牢である、と証明されたものの、SF12標本では、低網羅率段階である程度の不確実性があります。低網羅率で、古ゲノミクスにおいて広く用いられている手法の一つが遺伝子型状態の補完で、これが使っている演算法は、隣接する遺伝子座からの情報および参照データベースを活用して、欠落部位を埋めています。しかし本論文では、いくつかのHIrisPlex-S部位はとくに超低網羅率で表現型推定を偏らせるかもしれないので、補完手法は注意深く扱われるべきである、と示されました。連続形質が離散形質として説明される場合には、すべての表現型がHIrisPlex-sによって同水準の信頼性で推定されるわけではありません。これは皮膚の表現型の分類にとくに当てはまり、その限界は確かにやや恣意的です。
確率論的手法によって、目と髪と皮膚の色はユーラシアで経時的に大きく変わった、と示されました。より温暖な気候から到来した最初の狩猟採集の入植者がおもに濃い色素沈着を有していた、と考えるのは合理的です。本論文では、鉄器時代まで濃い色の色素沈着の表現型が存続した、と示されます。スウェーデンの中石器時代において明るい肌の色の最初の事例が見つかりましたが、50点以上の標本のうち1点に由来するにすぎません。状況はその後に変わりましたが、ひじょうに遅かったので、ヨーロッパでは青銅器時代にやっと、明るい色の肌の頻度が濃い色の肌の頻度と同等になり、先史時代の大半において、ヨーロッパのほとんどのヒトは濃い色の肌でした。濃い色の色素沈着が、増加しているもののまだ相対的には低い割合のより明るい色の形質と長期間共存していた同様の傾向は、髪と目と髪の色で観察されますが、明るい色の目の頻度の時間的な最盛期は中石器時代で、この時には35点の標本のうち11点で明るい色素沈着が推定されました。
選択に加えて、遺伝子流動が色素沈着形質の変化を引き起こした主因だったことについて、疑いはほぼありません。先行研究[29]は、時間的に中石器時代から現在に移行するにつれて、人口集団間の遺伝的相違の減少を観察しました。本論文では、色素沈着形質の人口集団内の相違の平衡した増加が報告されました。両方の結果は、遺伝子流動の影響が遺伝的浮動の影響を上回る進化的状況の予測される結果です。
ユーラシア西部の先史時代で記録されている遺伝子流動事象のうち、アナトリア半島からの初期新石器時代農耕民の拡大は、人口集団の遺伝的構成を大きく変えた、と分かっており[30]、一部の研究者は、たとえばブリテン諸島[13]やデンマーク[24]における「人口置換」と言っているくらいです。式楚についての観察は、部分的にはその大量移住の結果のようです。じっさい、食料生産への以降は感染症のぞうかとより貧しい食性の増加にもつながりましたが、新たな領域では、移住してきた農耕民が狩猟採集民に対して二つの進化的利点を有していました。初期農耕民は農耕と牧畜によって利用可能な食料の量が増加し、より低水準の紫外線に適した肌の表現型を有していました。両要因が初期農耕民(のみ)に人口成長の可能性を与え、最終的にはヨーロッパの人々のゲノムにおける大きな変化につながりました。
しかし、これらや他の古代DNAデータでは、その過程はほぼ直線的で、完了までに新石器時代よりも長くかかった、と示されています。本論文で特定された明るい色の表現型の最初の事例は中石器時代(皮膚と目)もしくは新石器時代(髪)に遡りますが、明るい色の皮膚がおそらくは適応的価値のため経時的に着実に頻度が増加したのに対して、髪と目の色は変動を示しており、その主なものは明るい色の目の頻度の局所的な中石器時代の増加です。結果として、本論文で報告された変化は、一定の速度で進行する移住の波の影響とみなすことができる、とは考えられません。むしろ、観察されているのは、ユーラシア西部の大半における主要な新石器時代の人口拡散以外に、移住と混合の局所的過程もしくはその欠如が重要な役割を果たした過程です。その後、紫外線減少下でさえ、食料の入手可能性が要因でした。一部の狩猟採集人口集団は依然として、食資源から魚類や獲物など充分なビタミンDを摂取できました。農耕集落がより拡大し、動物相が枯渇した場合に初めて、薄い肌の色が永久に濃い色の表現型に取って代わりました。
観察された傾向の原因となる遺伝子の特定は、低い平均網羅率のため容易ではなく、それによっていくつかの遺伝子座のアレル状態は多くの場合で曖昧になっています。しかし、上部旧石器時代のウスチイシム標本(目と髪と皮膚の3点の形質すべてで濃い色の表現型)とハンガリーの青銅器時代の標本SZ1(3点の形質すべてで明るい色)は、経時的に変化があった、と分かっているいくつかの遺伝子座(SLC45A2、LOC105374875、HERC2、PIGU、TYRP1、ANKRD11、BNC2、HERC2、OCA2、DEF8)や、2ヶ所の新規の遺伝子座であるTYR(rs1042602)およびSLC24A5(rs1426654)で異なっており、この2ヶ所の遺伝子座はSZ1標本では両方ともAA遺伝子型です。先行研究からのつよい裏づけは、rs1042602のAアレルをそばかすの欠如と関連づけています。さらに、をメラニン生合成と関わっているチロシナーゼをエンコードしているTYR遺伝子に局在するrs1042602多様体は、Cアレルで同型接合の場合に、TYR遺伝子のrs4547091内の別の遺伝的多様体と組み合わさって、とくにAアレルの同型接合である個体群で白皮症と関連しています。
SLC24A5遺伝子のrs1426654における非同義置換(G→A)は、ヒトにおけるメラニン生成の減少およびより明るい皮膚の色素沈着と強く関連しています。祖先型アレルのGがアフリカ人およびアジア東部人で固定されている一方で、派生的アレルのAはヨーロッパの人口集団でほぼ固定されており(98.7~100%)、近東およびアジア南部において高頻度で存在します。さらに、rs1426654は最近のヨーロッパ祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を有する混合人口集団においてやアジア南部人内の皮膚の色素沈着の差異と関連づけられてきました。アジア東部およびサハラ砂漠以南のアフリカの人口集団におけるその希少性は、rs1426654は過去35000~10000年前以内のヨーロッパもしくは近東には減がある、との仮説を裏づけます。先行研究で指摘されているように、SLC24A5遺伝子座はヒトの歴史における強い最近の適応を例証しており、色素沈着関連の遺伝子座における適応的遺伝子の1事例となっています。
HIrisPlex-Sは、ヨーロッパの人口集団ではとくに誤差が少なくなっています。この体系は堅牢な推定を提供しますが、その精度は、とくに中間的な色の表現型と皮膚の色について、近い過去の混合人口集団で影響を受けるかもしれません。これは、ブラジル南東部の人々で観察されたように、主観的な皮膚の色合いの認識から生じる表現型の誤分類などの要因に起因するかもしれません。本論文で提案された推論手順など、表現型推定の推論手順の開発とともに、高品質な古代ゲノムデータの生成の増加によって、現生人類における色素沈着関連表現型の進化への深い洞察が得られるでしょう。これは、現代人の表現型の差異を引き起こして形成した、進化および人口統計学的力の理解を深めながら、先史時代の重要な段階の包括的で詳細な状況の再構築に役立つでしょう。
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