アルプス地域の中石器時代~中期青銅器時代人類のゲノム
イタリアのアルプス地域の中石器時代~中期青銅器時代の人類遺骸のゲノムデータを報告した研究(Croze et al., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、1991年にアルプス山脈で発見されたアイスマン(Iceman)と呼ばれる銅器時代の有名なミイラの近隣の、イタリア東部のアルプス地域の中石器時代~中期青銅器時代人類集団のゲノムデータを新たに報告し、片親性遺伝標識のミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)とY染色体ハプログループ(YHg)も決定しました。
新たに分析された中石器時代の狩猟採集民1個体のゲノムは、ヨーロッパの東西の狩猟採集民間の紀元前13700~紀元前8300年頃に起きた遺伝的混合を反映しています。新石器時代以降の個体のほとんどはアイスマンと類似したゲノム構造を示しており、この地域における遺伝的連続性および在来狩猟採集民と新石器時代農耕民との間の遺伝的混合が裏づけられます。また、新たに分析された個体において、紀元前2400年頃に現れた草原地帯関連祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を有している割合は低いことも示されました。
略称は、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、MDS(multidimensional scaling、多次元尺度構成法)、cM(centimorgan、センチモルガン)、¹⁴C(放射性炭素)、ROH(runs of homozygosity、同型接合連続領域)、ₛROH(sum length of ROH、ROH合計長)、Nₑ(有効人口規模)、LGM(Last Glacial Maximum、最終氷期極大期)、EIAlp(The Eastern Italian Alps, including the Trentino-Alto Adige、トレンティーノ=アルト・アディジェ地域を含めてのイタリア東部アルプス)、HR(content of endogenous human DNA、内在性ヒトDNA含有量)、DATES(Distribution of Ancestry Tracts of Evolutionary Signals、進化兆候の祖先系統区域の分布)、AADR(The Allen Ancient DNA Resource、アレン古代DNA情報源)、MCM6(minichromosome maintenance complex component 6、ミニ染色体維持タンパク質6)、PLRP2(Phospholipid Recognition Protein 2、リン脂質認知タンパク質2)、NAT2(N-acetyltransferase 2、N-アセチルトランスフェラーゼ2)、HG(hunter gatherer、狩猟採集民)、WHG(Western European hunter–gatherer、ヨーロッパ西方狩猟採集民)、EHG(eastern hunter-gatherer、ヨーロッパ東方狩猟採集民)、CHG(Caucasus hunter-gatherer、コーカサス狩猟採集民)です。
時代区分の略称は、ME(Mesolithic、中石器時代)、NE(Neolithic、新石器時代)、IN(Iranian Neolithic、イラン新石器時代)、EN(Early Neolithic、前期新石器時代)、CA(Copper Age、銅器時代)、BA(Bronze Age、青銅器時代)、EBA(Early Bronze Age、前期青銅器時代)、MBA(Middle Bronze Age、中期青銅器時代)です。本論文で取り上げられている主要な地形は、アディジェ川流域(Adige Valley)、ブレンネロ峠(Passo del Brennero、Brennerpass)、ディナル・アルプス(Dinaric Alps)山脈、イザルコ(Isarco、Eisack)川、セナーレス(Schnals/Senales)渓谷です。
本論文で取り上げられている主要な文化は、続グラヴェティアン(Epigravettian、続グラヴェット文化)、ソーヴェテリアン(Sauveterrian、ソーヴェテル文化)、カステルノヴィアン(Castelnovian、カステルノヴ文化)、線形陶器(Linear Pottery、Linearbandkeramik、略してLBK)文化、パダーノ・アルプス(Padano-Alpine)文化、四角口土器文化(Square-Mouthed Pottery Culture、Vasi a Bocca Quadrata、略してVBQ)、ヤムナヤ(Yamnaya)文化、鐘状ビーカー(鐘形杯)文化(Bell Beaker Culture、略してBBC)、ケレス(Körös、Koros)文化、スタルチェヴォ(Starčevo)文化、クリス(Criş)文化、ソポト(Sopot)文化、ポラダ(Polada)文化、インプレッサ土器(Impressed Wares)文化です。
本論文で取り上げられているイタリアのアルプス地域の主要な遺跡は、ベルサグリオ・ディ・モーリ(Bersaglio di Mori、略してBRR)遺跡、カステルコルノ・コルノ洞窟(Grotte di Castelcorno Corno、略してCOR)遺跡、イセラ・ラ・トレッタ(Isera La Torretta、略してISE)遺跡、ラ・ヴェラ(La Vela、略してVEL)遺跡、ラ・ヴェラ・ヴゥルブサ(La Vela Valbusa、略してVAL)遺跡、マドンナ・ビアンカ(Madonna Bianca、略してMAD)遺跡、メッゾコロナ・ボルゴヌオヴォ(Mezzocorona Borgonuovo、略してMEZ)遺跡、モレッタ・パトーネ(Moletta Patone、略してMOL)遺跡、モーリ・コルノ(Mori Corno、MOR)遺跡、ノガローレ(Nogarole、略してNOG)遺跡、パルデイ・ディ・ヴォラーノ(Paludei di Volano、略してPAL)遺跡、ロマグナノ(Romagnano、略してROM)遺跡、ソルテリ(Solteri、略してSOL)遺跡、ラシーノ(Lasino、略してLAS)遺跡、ステニコ・カルフェリ(Stenico Calferi、略してSTE)遺跡、ヴォラーノ・サン・ロッコ(Volano San Rocco、略してVOL)遺跡、オーラ(Ora、略してORA)遺跡、シウシ(Siusi、Seis、略してSIU)遺跡です。
本論文で取り上げられているその他の主要な遺跡は、イタリアではアルコ・ヴィア・セラフィニ(Arco via Serafini)遺跡とダルメリ岩陰(Riparo Dalmeri)遺跡とヴィッラブルーナ岩陰(Riparo Villabruna)遺跡とフィオラーノ(Fiorano)遺跡とヴホー(Vhó)遺跡とイソリーノ(Isolino)遺跡とギャバン(Gaban)遺跡とレメデッロ(Remedello)遺跡とスピランベルト(Spilamberto)遺跡とグロッティチェッレ(Grotticelle)遺跡とブロイオン岩陰(Riparo Broion)遺跡とモンデヴァル・デ・ソーラ(Mondeval de Sora)遺跡、フランスではフルノル(Fournol)遺跡、ドイツではボン・オーバーカッセル(Bonn-Oberkassel)遺跡、クロアチアではヴェラ・スピラ(Vela Spila)遺跡、セルビアとルーマニアでは鉄門(Iron Gates)地域遺跡、ロシアでは西部のサマラ(Samara)のシデルキノ(Sidelkino)遺跡、トルコではボンクル(Boncuklu)遺跡です。
●要約
イタリア東部のアルプスは先史時代以来、地中海とアルプス北方の人口集団間の重要な架け橋の役割を担いました。しかし、これまでにゲノムが分析されたこの地域の個体はほとんどいませんでした。そのうち、アイスマン(銅器時代、紀元前3368~紀元前3108年頃)は、相対的に高い割合のアナトリア半島新石器時代関連祖先系統と低い割合の狩猟採集民関連祖先系統を示しました。アルプス集団のゲノム構造が経時的にどのように変わったのか調べ、アイスマンを位置づけるために、中石器時代(紀元前6380~紀元前6107年頃)から中期青銅器時代(紀元前1601~紀元前1295年頃)の年代のアルプスの47個体が分析されました。中石器時代個体のゲノムは、紀元前13700~紀元前8300年頃に起きたWHGとEHGとの間の遺伝的混合を明らかにします。新石器時代以降の個体のほとんどはアイスマンと類似したゲノム構造を示し、遺伝的連続性が裏づけられます。紀元前2400年頃に現れた草原地帯関連祖先系統など、異なる祖先系統を有している個体はほとんどいません。最後に本論文は、このアルプス地域の狩猟採集民と新石器時代農耕民との間の、在来個体群と外来個体群の混合事象を示唆します。
●研究史
本論文で検証されるEIAlp(トレンティーノ=アルト・アディジェ地域を含めてのイタリア東部アルプス)は、先史時代および、ヨーロッパで起きて現在のヨーロッパ人口集団の遺伝子プールの形成に寄与した大きな人口統計学的事象[1]に関する知識の拡大に重要です。狩猟採集民と関連する最初の事象には主要な2集団が含まれており、それはヴィッラブルーナクラスタ(まとまり)と関連するWHG[2]と、現在のロシアおよびウクライナのEHG[3]です。第二の事象はアナトリア半島の前期新石器時代農耕民の移住(紀元前7000年頃以降)と関わっており[1]、このアナトリア半島前期新石器時代農耕民は在来の狩猟採集民集団と混合し、それは地域に応じてさまざまでした[1]。最後の事象はポントス・カスピ海草原地帯(黒海とカスピ海に挟まれた、ユーラシア中央部西北からヨーロッパ東部南方までの草原地帯)牧畜民の拡大(紀元前3000年頃以降)と関連しています[7、8]。じっさい、広い渓谷(たとえば、アディジェ渓谷)や峠(たとえば、ブレンネロ峠)の存在のため、EIAlpは南北のアルプス領域の人口集団間の架け橋として重要な役割を果たし、文化的交流および接触を促進しました。しかし、山岳環境もアルプス集団間のそうした交換および相互作用に影響を及ぼしたかもしれません。
ヨーロッパの初期人口史はLGM(30000~16500年前頃)に強い影響を受けており、LGMにおいてアルプスは厚い氷河におおわれ、ヨーロッパ大陸はおもにバルカン半島からイタリアを経て行きやすくなっており、アドリア海から陸橋が出現しました。巨大な更新世の氷河が後退すると(18000年前頃)、EIAlpは上部旧石器時代の最終段階の狩猟採集民集団が進入し、この狩猟採集民集団はおそらくより南方の地域(たとえば、ポー平原地域)から到来しました。温暖な気候の檀家(後期氷期の段階間、14500~12500年前頃)には、続グラヴェット文化に分類される多くの遺跡(たとえば、開地遺跡や岩陰や洞窟)が証明されており(たとえば、アルコ・ヴィア・セラフィニ遺跡、ダルメリ岩陰遺跡、ヴィッラブルーナ岩陰遺跡)、完新世の始まりとともに、温暖な気候条件が前期(紀元前9000年頃、ソーヴェテル文化)のおよび後期中石器時代(紀元前6500年頃、カステルノヴ文化)狩猟採集民集団の谷底(トレンティーノ地域)への定住を促し、その後でより高い標高へと拡大しました。EIAlpでは、中石器時代の生計経済(狩猟と採集に基づいています)から新たな新石器時代生産背経済(農耕と畜産に基づいています)への移行が、紀元前5100~紀元前4800年頃の間に証明されています(トレンティーノ地域)。
ヨーロッパにおいて、前期新石器時代農耕民の移住がさまざまな地理的地域で複雑で多面的な動態をたどったとしても、一般的に、主要な2経路が報告されてきました[22]。一方は、インプレッサ土器文化と関連する地中海沿岸経由で、もう一方はバルカン半島経由となり、これはヨーロッパ中央部におけるLBK文化の形成につながり、部分的にはイタリア北東部における最初の新石器時代集団の形成に寄与しました。EIAlpとアルプスの南側のポー川流域を含めてイタリア北東部では、新石器時代の経済と文化両方の革新が定着し、さまざまなパダーノ・アルプス文化集団(たとえば、フィオラーノ遺跡やヴホー遺跡やイソリーノ遺跡やギャバン遺跡)が形成されました。この期間の土器は、イタリア中央部のインプレッサ土器集団からの影響も示しています。紀元前4800年頃以降、考古学的遺跡(トレンティーノ地域)に因んで命名された「ギャバン集団」の文化的特徴集団が、イタリア北部および中央部(トスカーナ)におもに分布していたVBQの拡散によって次第に置換され始めました。紀元前四千年紀半ば以降に、銅器時代(紀元前3500~紀元前2200年頃)において、重要な社会的変化がEIAlpで起き、身体を左側に置く単純な土坑での埋葬(レメデッロ集団のように)や仰向けの土葬(スピランベルト遺跡集団)やヒト遺骸の細工や火葬(グロッティチェッレ遺跡集団)など、おもに葬儀慣行の違いによって区別される文化集団が形成されました。
後期銅器時代(紀元前2700~紀元前2400年頃)および銅器時代から前期青銅器時代(紀元前2400~紀元前2200年頃)の移行期には、銅鉱石の利用がトレンティーノ=アルト・アディジェ地域で始まり、前期青銅器時代にはポラダ文化で続きました。アディジェ渓谷では、アルプスの両側(ヨーロッパ北部および中央部から、アルプスを越えてのドナウ川中流域とポー川流域)の集団間の接触が、この渓谷での、多くの遺物(たとえば、バルト海の琥珀のビーズ)やそうした地域武器の発見によって明確に記録されています。
先史時代のEIAlpに存在するさまざまな文化に関する豊富な考古学的情報にも関わらず、この地域および周辺のアルプス地域の先史時代アルプス個体群のゲノム多様性および構造については、ほとんど分かっていません。じっさい、本論文の前にゲノムが解析された先史時代の個体はごくわずかでした。これらには、ヴィッラブルーナ遺伝的クラスタ(まとまり)の名称の由来であるヴィッラブルーナ遺跡(14000年前頃、ヴェネト州)の後期上部旧石器時代の1個体[2]と、後にアイスマンとのみ呼ばれるチロルのアイスマンなど、銅器時代の3個体が含まれています[37、38]。さらに、現在のイタリアの先史時代の標本に関する古ゲノムデータは依然として限られており、アルプスの南側から回収された標本のみです[7、39~47]。
アイスマン(紀元前3368~紀元前3108年頃)の高網羅率のゲノムに基づく最近の研究[37]では、アイスマンはアナトリア半島のEN(前期新石器時代)農耕民と関連する高い割合の祖先系統(90±2.5%)と低い割合のWHG関連祖先系統を有していた、と分かりました。そのEN農耕民関連祖先系統は、同時代のヨーロッパの個体群では最高と分かりました。これはむしろ、狩猟採集民祖先系統関連人口集団からの限定的な遺伝子流動の孤立したアルプス集団、もしくは紀元前五千年紀および紀元前四千年紀のこの地域における狩猟採集民集団のより小さな人口規模[37]を示唆しているかもしれません。さらに、その研究では、以前の報告に加えて、アイスマンのいくつかの表現型の形質についてさらなる情報を報告しました。しかし、その研究は先史時代EIAlpの遺伝的歴史に重要な最初の洞察を提供しているものの、単一個体に基づいており、その調査結果と解釈はこのアルプス地域のより多くの標本からのゲノムデータによる裏づけが必要です。
銅器時代および青銅器時代の個体群に関してイタリアの北東部で行なわれた研究[7、41、42]は、アイスマンと同様に銅器時代個体群のEN農耕民とのゲノム類似性を示しています。さらに、これらの研究では、草原地帯の牧畜民と関連する遺伝的構成要素(草原地帯関連祖先系統)はイタリア北部にお遅くとも紀元前2000年頃までに到来した、と示唆されています[42]。さらに、イタリア北部の中石器時代もしくは新石器時代の個体群に関して利用可能なゲノムデータは、mtDNAと低解像度のデータ[46]のみが利用可能な初期MEの1個体(イタリア北西部)以外にはありません。
EIAlpの17ヶ所の考古学的遺跡で発見された、先史時代/原史時代(以後、先史時代と呼ばれます)の47個体から新たな古ゲノムデータ(ショットガンおよび捕獲)が生成されました。さらに、34点の¹⁴C年代が報告され、これによって、すでに利用可能なもの以外に、後期ME(紀元前6380~紀元前6107年頃)からMBA(紀元前1601~紀元前1295年頃)の個体群を含めて、データセットが得られました(図1)。このデータは、アルプス先史時代個体群のゲノム構造が経時的にどう変わったのか、理解するのに用いられました。これによって、中石器時代および新石器時代の移住事象と関連する遺伝的影響、新石器時代農耕民と在来の狩猟採集民との間の混合の程度、この地域における草原地帯関連祖先系統の到来の影響と時期の可能性の調査が可能となりました。さらに、アイスマンと同時代の多数の標本へとゲノム解析を拡張することによって、銅器時代における先史時代アルプス個体群のゲノム構造のより包括的な全体像の提供が目指されます。最後に、過去のアルプス集団のあり得る社会的慣行への最初の洞察の提供と、アイスマンでも調査されてきたいくつかの表現型形質に関する情報の提供が目指されます。以下は本論文の図1です。
本論文では、中石器時代アルプスの1個体は13700~8300年前頃に起きたWHGとEHGとの間の遺伝的混合を示す、と明らかになります。さらに、中石器時代から新石器時代にかけてのかなりの遺伝的変化、および狩猟採集民からの低く一貫した寄与だった新石器時代以降(少なくとも紀元前4600~紀元前4400年頃以降)の遺伝的連続性が見つかりました。本論文はさらに、新石器時代アナトリア半島農耕民と中石器時代集団との間の混合の推定時期(紀元前6100~紀元前5100年頃)を報告し、ElAlpにおける在来と外来両方の混合を裏づけます。本論文は、アルプス集団における草原地帯からの牧畜民の移動と関連する低い遺伝的影響も見つけますが、草原地帯関連祖先系統はElAlpにイタリア北部を含めて他のイタリア地域より早くに出現した、と示唆されます。最後に、アイスマンは表現型形質において銅器時代から標本抽出され他の個体および分析された他のアルプス個体のほとんどと同じ祖先ゲノムモデルを示す、と分かり、以前の結果が確証されて拡張されます。しかし、アイスマンは母系および父系では他の分析されたアルプスの全個体と異なっており、わずかに異なる遺伝的歴史が示唆されます。
●アルプスのデータセット
52点の標本(錐体部もしくは歯)からのペアエンドゲノムライブラリが、ショットガン配列決定を用いて、内在性ヒトDNA含有量(HR)のおよび真正性のため検証されました。1%超のHRの標本が、ヒトゲノム全体の124万SNPやY染色体やmtDNAでさらに濃縮されました。品質基準を満たさなかった5個体は研究から除外されました。最終的に分析に成功したアルプス古代人のゲノム(捕獲が45点、ショットガンが2点)は、低い汚染率と典型的な古代DNA損傷パターンで、平均網羅率の範囲は0.012~0.587倍で、124万パネルのSNPの数の範囲は33981~1046042ヶ所でした。他のアルプスの銅器時代の3個体(アイスマンとオーラ遺跡の2個体)から利用可能なデータが含められ、EIAlpの50個体のデータセットに達し、その構成は、後期中石器時代が1個体、中期新石器時代が8個体、銅器時代が16個体、銅器時代/前期青銅器時代が16個体、前期~中期青銅器時代が9個体です。このデータセットには、数人の未成年など男女の同様の数が含まれます。親族関係にある16個体(少なくとも2種類の適用された手法間の完全な一貫性に基づきます)のうち、SNPの最多数を示した親族関係の組み合わせのうち標本1点のみが集団遺伝学的分析に保持され、アルプスの親族関係にない41個体の最終的なデータセットが得られました。
●EIAlpのMEゲノムにおけるWHGとEHGとの間の混合事象
後期ME(中石器時代)のアルプスの1個体(MAD01、紀元前6380~紀元前6107年頃)は、PCAおよびクラスタ化(まとまること)分析では、すべでの他の最新のアルプス個体とは異なっています(図2A)。MAD01はWHGおよびヴィッラブルーナ遺跡の上部旧石器時代の1個体と強いゲノム類似性を示しており、ヴィッラブルーナ遺跡個体は、ヴィッラブルーナ遺伝的クラスタとの名前の由来になり、これまでに分析されたユーラシア西部の狩猟採集民のほとんどを構成します[2]。以下は本論文の図2です。
さらに、先行研究[44]のデータセットを用いて実行された対での外群f₃統計でのMDSでは、個体MAD01はWHG集団(ヴィッラブルーナおよびオーバーカッセル遺跡個体クラスタ)とともにまとまる、と確証されます。さらに、MAD01は図では現在のロシア(シデルキノ遺跡)のEHG個体群の方へと動いています(図2B)。MAD01における単系遺伝標識の分析では、MAD01はYHgがI*(I2a1b1a2b)で、mtHgがU5*(U5b2b3)で、両者ともにWHG関連祖先系統で通常は見つかること[2、44]も示されました。
●経時的なアルプス集団のゲノムにおける少ない変化を伴う高い割合の初期アナトリア半島農耕民関連祖先系統
PCA図(図2A)では、中期新石器時代から中期青銅器時代のアルプス個体の大半は相互およびサルデーニャ島現代人とゲノム類似性を有している、と示されます。これらの結果と一致して、対でのqpWave分析では、本論文の標本抽出された個体のほとんど(ROM303、ROM307、ROM402、NOG302、LAS01、VOL01、SIU01の7個体を除きます)は類似した祖先系統を共有し、ともに分類できる、と明らかになりました(図3)。さらに、PCA図では、ほとんどのアルプス個体のゲノムはアナトリア半島の前期新石器時代農耕民の方へと動いており、アナトリア半島農耕民と同様の遺伝的パターンを共有しています。具体的には、アルプス個体群はヨーロッパ中央部およびバルカン半島とスペインの新石器時代の個体間の中間に位置しており(図2A拡大)、f₃およびf₄統計はこれらの集団との特定の類似性を明らかにしませんでした。以下は本論文の図3です。
pAdm分析による混合モデルを形式的に検証すると、中期新石器時代から中期青銅器時代のほとんどのアルプスの個体(以下の段落で詳述されるように、この一般的パターンから外れる7個体は除外されます)は、高い割合のENアナトリア半島農耕民祖先系統と低い割合のシミ関連祖先系統での混合の2方向モデルによって最適にモデル化できる、と分かりました。じっさい、EN関連祖先系統の範囲は90.9±2%(CA/EBAの紀元前2276~紀元前2041年頃となる個体COR02)から80.3±2.2%(個体COR02、相対的な年代測定はCA/EBAに相当し、¹⁴C年代は利用できません)までとなり、一方で在来H狩猟採集民関連祖先系統(MAD01)の割合は、この2個体ではそれぞれ9.1±2%から19.7±2.2%まで変わります(図4)。以下は本論文の図4です。
さらなる段階として、中期新石器時代(MN)個体群で見られる狩猟採集民関連構成要素はMAD01ではなく狩猟採集民(HG)のさまざまな集団と関連している可能性があるのかどうか、検証するために、f₄形式(HG検証、MAD01;MN、ムブティ人)のf₄統計が、代理HGのさまざまな供給源で実行されました。ほとんどのf₄統計は負でしたが(例外は、クロアチアのヴェラ・スピラ遺跡個体とイタリアのヴィッラブルーナ遺跡個体)、有意な検定はなく(Z得点の範囲は−2.8と+1.069の間)、分析に用いられた他のHGはアルプスMNにおけるHG祖先系統の供給源としてMAD01より適していない、と示唆されます。注目すべきことに、MAD01と最も強い類似性の2回の検定(Z得点は-2.7未満)は鉄門遺跡の中石器時代個体との比較で、新石器時代個体群がかなりの量のHG祖先系統をEIAlpに到達する前に得たかもしれない地域として、バルカン半島は実質的に除外されます。
銅器時代(CA)のアイスマンはCOR02(トレンティーノ地域のCOR遺跡のCA/EBA個体)に次ぎ、最高の割合(90.5±2%)のENアナトリア半島関連祖先系統と最低の割合(9.5±2%)のHG関連祖先系統を有している2番目のアルプスの個体です。これらの値は、先行研究[37]で見つかった値(89.5±2.5%のENアナトリア半島関連祖先系統と10.5±2.5%のHG関連祖先系統)と類似しています。さらに、さまざまな年代のアルプス個体群におけるHG関連祖先系統の割合はわずかにしか異なっていない、と分かりました(図4)。HG関連祖先系統(MAD01)の同等の割合は、qpAdm分析が実行された場合にも観察され、年代に基づき、祖先構成要素の違いを考慮して、アルプス個体群は分類されます(図4)。経時的なHG関連構成要素の少ない変化の同様のパターンは、イタリアの他の利用可能な先史時代個体群での本論文のqpAdm分析によって示唆されるように、サルデーニャ島とシチリア島で観察できます。アルプス地域とイタリア北部(レメデッロ遺跡とブロイオン遺跡の標本)の銅器時代に焦点を当てると、本論文のqpAdm分析はこれらの地域におけるHG関連祖先系統(MAD01)の同様の(低い)割合をさらに示します。EIAlp集団もしくは個体群におけるWHGとアナトリア半島農耕民との間の混合事象の時期はDATESで推定され、分析に用いられた2供給源人口集団での祖先モデルは、qpAdm分析で検証されました。アルプスMN集団で推定された混合時期の範囲は、紀元前6073~紀元前5117年頃でした。
●CA~EBAのEIAlpで時に検出されるさまざまな祖先系統および草原地帯牧畜民と関連する低い伝的影響
さまざまな年代にわたるアルプスの標本抽出された個体のほとんどは、同様のゲノム構造と祖先系統を示します(図3および図4)。しかし、そのうち7個体はこの一般的パターンから逸れています。CA-EBAの3個体(LAS01、VOL01、ROM402)はPCA図では高い割合の草原地帯関連祖先系統(ヤムナヤ文化)のBA個体群のゲノム多様性の方向で動いており、MBAの1個体(SIU01)は図では外れ値として現れています(図2A)。SIU01は、ヨーロッパ中央部のBA個体群および現在のヨーロッパ西部人口集団とクラスタ化します(まとまります)。
全体的に、f₄統計はアルプスのCA-EBA集団と特定の集団との間の明確な遺伝的類似性を示しません。qpAdmを用いると、個体LAS01(紀元前2402~紀元前2149年頃)とVOL01(CA/EBAに相当する相対的年代で、利用可能な¹⁴Cはありません)とSIU01(紀元前1601~紀元前1295年頃)について、3方向の最適なモデル(供給源として、HGのMAD01、アナトリア半島EN個体群、草原地帯の牧畜民)は見つかりませんでした。代わりに、CHGからの1構成要素の追加での4奉公混合モデル(CHGは%)が1個体(ROM402、紀元前2272~紀元前2041年頃)で見つかりました(図4)。個体ROM402はおそらく、このモデルにおいて供給源として用いられた人口集団(草原地帯牧畜民)のゲノムに存在する草原地帯関連祖先系統に含まれているよりも高水準のCHG関連祖先系統を有していました。EIAlpにおける草原地帯関連祖先系統の割合の範囲は、19.7±7.1%(個体ROM402)から最大で個体SIU01における36.1±2.6%で、これはPCA図におけるこの外れ値の位置(図2A)を説明します。個体SIU01で見られる草原地帯関連構成要素は、同年代(紀元前1615~紀元前1431年頃)のイタリア北部のブロイオン遺跡のBA個体群の推定値(29.5±3.8%)より高くなっています。これまでに利用可能なイタリアの古代人のゲノムデータを含めた本論文のqpAdm分析に基づくと、この構成要素はまず紀元前2402~紀元前2149年頃の本論文のCA-EBA個体LAS01で特定されましたが、イタリア北部における草原地帯関連祖先系統を有する最古の個体(BBC)の年代は紀元前2200~紀元前1930年頃です[41]。DATESによって推定された個体LAS01における在来のCA関連祖先系統と草原地帯牧畜民関連祖先系統(ヤムナヤ文化)との間の混合時期の範囲は、紀元前2912~紀元前2219年頃の間でした。
一般的パターンとは異なる他のアルプスの3個体には、NOG302(CA-EBAとなる紀元前2202~紀元前2037年頃)とROM307(CA-EBAとなる紀元前2200~紀元前2035年頃)とROM305(EBAとなる紀元前1878~紀元前1688年頃)が含まれます。他の4個体とは異なり、ENアナトリア半島とHGに加えて供給源としてINを含めると、この3個体は最も節約的で最適なモデルを示し、IN関連祖先系統の割合は19.2±4.9%(NOG302)から21.5±4.5%(ROM305)の範囲でした。じっさい、IN関連祖先系統の代わりに供給源として草原地帯関連祖先系統を含めたモデルによってこれら3個体でqpAdmを実行すると、3方向モデルは適合しない(個体NOG302およびROM305、p値は0.01未満)か、より低いp値(0.012、個体ROM307)で適合します。さらに、本論文の比較qpAdm分析に基づくと、IN関連構成要素はイタリア北部の他の先史時代(CAとBA)個体群では検出されませんでした。一方で、IN関連構成要素はイタリア南部のNE(新石器時代)個体群で見つかり、HGおよびEN農耕民と関連する祖先系統に加えて、このIN関連祖先系統を示します。さらに、イタリア中央部のNEおよびCA個体群は2方向モデル(HGとEN)で最良に適合するものの、3方向モデルも可能で、それには先行研究[40]で実行された分析と一致するIN関連祖先系統が含まれます。
●単系遺伝標識と親族関係と表現型形質
常染色体データと一致して、YHg分析はMN~MBAのEIAlpにおける変化がほとんどないことを示し、分析された男性のYHgは同じG2a2*で、これはヨーロッパの初期EN定住と関連しています。MEの1個体の他に2個体のみが異なるYHgを有しており、個体ISE01はJ2a2a、個体SIU01はR1b1a1b1a1a2(P312)でした(図4)。さらに、YHg-G2a2*はアイスマンを除いて1下位系統、つまりG2a2b2a1a1b*(L497)のみで表され、アイスマンのYHgはHg-G2a2a1a2a1a1b(Z6208)もしくは以前にはG2a2a1a2(L-91)とされていました。AADR第54.1版[50]の比較分析から、YHg-G2a2b2a1a1b*(L497)はドイツのEN(LBK)個体群およびフランスのMN個体群でとくに見つかっているものの[22]、アイスマンの系統はもっと広がっていた、と示されます。じっさい、アイスマンの系統はドイツ(LBK)およびスペインのENやフランスおよびクロアチアのMNやクロアチアのより新しいMBA個体群でも見つかってきました[22、52]。イタリア北部(ブロイオン遺跡)のCA個体群はYHg-G2a*の異なる系統、つまりYHg-G2a2b2b(F705)もしくは以前のG2a3(F705)を有していましたが、他のCAイタリア北部(レメデッロ遺跡)の男性のYHg[7]は比較には利用できません(低網羅率のため)。
アルプスのMN個体のうち、ISE01(紀元前4445~紀元前4261年頃)は、異なるYHg(J2a2a*)を有する唯一の個体です。YHg-J2a2a*は比較データセットでは見つからず、古代の標本ではより稀で、地中海東部やコーカサスやアジアにほぼ限定されているようで、これらの地域ではYHg-J2a2a*はNEにヨーロッパ西部に到達したこと起源があるかもしれません。個体ISE01は分析されたMN個体では最も新しく、VBQ文化の発展段階(VBQ3)に属します。代わりに、個体SIU01のYHg-R1b*は古代ユーラシア個体群における主要なYHgの一つですが、このアルプスの男性のみで見つかりました。
アルプスの父系とは異なり、母系はさまざまな大mtHg(H、J、K、U、V、X)で構成され、それらはヨーロッパの他の先史時代の個体で通常見られます(図4)。しかし、一部のアルプスの下位系統(たとえば、H3k、H5d、J1c12b、V15、J1c + 1626 + 189)は他の地域ではひじょうに稀か、比較データセット(AADR第54.1版、mtDNAの網羅率が2倍超か刊行されており、年代が紀元前5500~紀元前1200年頃の標本)によると観察されていませんでした[50]。本論文の包括的分析でも、個体ISE01のmtHg(T1a)はヨーロッパ南東部および中央部の一部のNE標本および中東(イスラエルとアルメニア)のより新しい標本で報告されましたが[55~57]、個体SIU01のmtHg(X2b + 226)はヨーロッパの中央部と北部と南西部の古代(MN~MBA)の個体群でおもに見つかった[41、59、60]、と示されます。最後に、アイスマンのmtHg-K1fはこれまで現代および古代の個体群では特定されておらず、本論文で分析された他の個体でも見つかりませんでした。
親族関係分析は少なくとも4事例で明確に密接な関係(親子もしくはキョウダイ)を検出し、他の2事例では2真相の関係が検出されました。親族関係では常に同じ考古学的遺跡の個体群が含まれ、複葬もしくは単葬墓に埋葬されました。たとえば、単系伝承標識からの情報を用いて、母子かもしれない1組(CA、MEZ01/MEZ02)と父子かもしれない1組(CA、ORA01/ORA01)と2組の兄(弟)妹(姉)かもしれない2組(CAのNOG201/NOG202とMNのVEL701/VEL705)が特定されました。
さらに、本論文のROH分析では、他の研究によると、イトコ間の結婚から生じた高水準の近親交配(50cM超のₛROHが20超)は明らかになりませんでした[63、64]。代わりに本論文のROH分析では、4個体においてマタイトコ間の結婚に由来する近親交配が特定され、それには男性3個体(COR01、NOG301、ROM308)と成人女性1個体(SOL01)が含まれます。さらに、ROH分析でも、ME の個体MAD01では他のアルプスの標本抽出つれた個体よりもROHの多い合計(4cM超のROHが87cM)が示唆され、これは他の状況でも報告されているように[63、65]、EIAlpのMEZにおけるより小さな人口規模を示唆しています。さらに、MN(4~8cMの平均ₛROHが13.46cM)からCA(4~8cMの平均ₛROHが4.38cM)にかけての有効人口規模の増加が見つかり、続いてCA~EBAの移行段階に始まる、Nₑ(有効人口規模)の僅かな減少が続き、同様の傾向は以後のEBAとMBAにも続きます(4~8cMの平均ₛROHが7.87cMと9.1cMの間)。
表現型形質分析に関しては、髪と目と皮膚の色の完全な予測(41ヶ所のSNPに基づきます)は、6個体のみで可能でした。この6個体は暗褐色から黒色の髪の色と関連する茶色の目(アイスマンと同様)、青白いから中間の皮膚の色を有していた可能性が高そうです。しかし、高網羅率のゲノムに基づく先行研究[37]と比較して、アイスマンの皮膚の色の一致しない結果は、本論文のゲノム網羅率にはこの複雑な形質の正確な予測に充分な検出力がない、という疑いを提起します。
さらに、単一もしくは数ヶ所のSNPと関連づけられてきており、アイスマンでも調べられてきた一部の表現型形質が、本論文で分析されました。たとえば、乳糖耐性と関連するMCM6遺伝子のSNPであるrs4988235の派生的アレル(MCM6/rs4988235)は、分析された先史時代アルプスの全個体で存在しませんでした。さらに、おそらくは農耕食性適応と関連するSNPのPLRP2/rs4751995の派生的アレル(対立遺伝子)は、アルプスのMEの1個体では検出されなかったものの、MN以降の個体群では見つかり、その割合はMN集団の62.5%からCA集団の75%と増加しました。その後の期間では、割合の減少が観察された(CA-EBA、50%)のに対して、EBA集団はこの部位のみで派生的アレルを示します。「遅い酢化機」の多様体が農耕民人口集団において有利だった、と仮定されてきたNAT2遺伝子の標識SNP(rs1495741)の分析では、アルプスの全集団および後期MEの1個体においてこの部位で派生が見つかりました。
●考察
5000年の期間(ME~MBA)にまたがるアイスマンの領域から得られた先史時代の新たな47個体へとゲノム解析が拡張され、このアルプス地域の先史時代個体群の経時的なゲノム構造のより詳細な全体像が提供されます。これによって、先史時代のユーラシア西部において起きた、EIAlpの主要な人口統計学的事象の程度の調査が可能となりました。
MEの1個体(MAD01)の歯の標本がアディジェ渓谷の岩陰から回収され、本論文の放射性炭素年代測定(紀元前6380~紀元前6107年頃)ではカステルノヴィアンインダストリーによって特徴づけられるMEの後期に位置づけられます。一般的に、ヨーロッパにおけるMEの最終段階とそこからNEへの移行については、ほとんど分かっていません[65]。じっさい、MAD01は、シチリア島の他の数個体[44、47]に加えて、これまでにゲノム解析されたイタリアおよびヨーロッパ南部稀な後期ME個体の1人で、このアルプスのME個体のデータはとくに貴重となります。さらに、この在来MEからのゲノムデータの利用可能性によって、この地域外の標本に頼らずに、遺伝的混合モデルに使用することが可能となりました。ゲノムでは、MAD01は典型的なWHG(ヴィッラブルーナ遺跡個体)と類似しており、EHGからの寄与(16.4±3.7%)があります。アルプスのMEゲノムにおける、ヨーロッパ西部および南西部の上部旧石器時代個体群で見つかってきたフルノル関連祖先系統の欠如から、アルプスME【個体MAD01】はヨーロッパ東部との遺伝的つながりを有しており、南東部からの移動を表しているかもしれない、と示唆されます。
MAD01で発見されたEHG関連祖先系統について、本論文の調査結果は、7500年前頃以降のヨーロッパのME個体群はEHG関連祖先系統を有していることが多かった、と示した先行研究[44]と一致します。さらに、アルプスMEにおけるWHGとEHGとの間のかなり初期(紀元前13700~紀元前8300年頃)の混合が見つかり、これは先行研究によるとヨーロッパでは最古級の一つで、ヨーロッパ南部におけるこれらの混合事象の時期への手がかりを追加します。考古学的観点からは、EIAlpの後期MEにおけるアルプスを越えた文化的接触はイタリア北部(モンデヴァル・デ・ソーラ)やスイス中央部やディナル・アルプスやバルカン半島でよく記録されています。
アナトリア半島からのEN農耕民の移動と関連する祖先系統の大きな変化は、本論文のMN個体群(少なくとも紀元前4600~紀元前4400年頃、個体VEL102)のゲノムで明確に検出できます。これらのゲノムには平均で、約87%のENと関連する祖先系統、および約13%の在来HGと関連する祖先系統があります。初期農耕民におけるこれらの祖先系統の存在の検証は、ENのヒト遺骸がこれまでこのアルプス地域で回収されていないため、実行できません。本論文では、イタリア北部のNE個体群の最初のゲノムデータを提供します。本論文では、HG関連祖先系統の割合がEIAlpにおいてMN以降に一貫したままだったことも見つかり、これはイタリアの他の状況(たとえば、シチリア島やサルデーニャ島)と同様ですが[39、45]、イタリア中央部とは異なります[40]。
考古学的観点からは、狩猟および採集経済から生産経済への移行がEIAlpにおいてどのように起きたのか、依然として不明です。物質文化の分析はME集団の文化変容の漸進的過程を示唆しており、MEとNE両方の伝統の明確な要素がある、小さな雌シカの角の像(ギャバンのヴィーナス)の発見で構成される1事例がありますが、MEとNEとの間にギャバン遺跡でこれまでに観察された空白の存在は、不連続性を浮き彫りにします。しかし、EIAlpにおける他の考古学的状況からの放射性炭素年代は、少なくとも紀元前5200~紀元前5100年頃までのME集団の存在の連続性を示唆しています。
全体的に本論文は(f₄統計とqpAdmで)アルプスMN農耕民における在来MEの遺伝的寄与を示唆しますが、MN農耕民がEIAlpに到達する前に、バルカン半島地域以外の他のHG集団からのいくらかの寄与があったかもしれません。さらに、考古学的データによるとEN農耕民はEIAlpに紀元前5100年頃までに到達していたので、ME集団とNE集団との間の混合に関する本論文の推定時期(紀元前6100~紀元前5100年頃)も、このアルプス地域における在来集団と外来集団両方の混合を裏づけるかもしれません。
その後のCA段階(紀元前3350~紀元前2300年頃)のアルプスのゲノムは、それ以前の期間と類似しています。アイスマンは高い割合(90%超)のENと関連する祖先系統、および低い割合(10%未満)のHGと関連する祖先系統を有していた、と確証できます。しかし、この祖先モデルはアイスマンに固有ではなく、本論文で分析された、他の(親族関係にはない)CAアルプス12個体すべてで見つかりました。比較分析では、CAのイタリア北部(ブロイオン遺跡とレメデッロ遺跡)におけるHG関連祖先系統の同様に低い値が見つかり、以前の調査結果[37]を裏づけます。注目すべきことに、本論文では、同じ祖先モデルがその後のCA-EBAおよびEBAの期間の個体のほとんどでも存続し、その中にはMBAの本論文のデータセットの最新のアルプスの2個体のうち1個体(STE05、紀元前1663~紀元前1511年頃)が含まれる、とさらに明らかになりました。これらの結果は古代サルデーニャ島での発見と同様で、古代サルデーニャ島では、より極端なパターンですが、MN以降で遺伝的連続性が観察されました[45]。
アルプス地域では、この調査結果はY染色体水準において明確に可視化され、それは、全年代のアルプスの先史時代男性の90%超(ME個体を除きます)が、ヨーロッパの他地域とは異なり、同じ父系のYHg-G2a*を有していたからです。たとえば、ヨーロッパ南東部[80]では、YHgは同じ年代内および年代間でかなり異なっていました。この地域ではCAに、YHg-G2a*の頻度が約25%で、いくつかの他の系統が存在しましたが、同じ地域の最新のEBA個体群ではYHg-G2a*が見つかりませんでした。ヨーロッパ中央部(チェコ共和国)では、YHg-G2a*は他の系統とともにNEの個体群に存在し、EBAおよびBAの個体群では消滅しており、EBAおよびBAの個体群のYHgはR1b*とR1a*とI2*でした[81]。さらにイタリア北部では、Y染色体系統の分布はより多様で[42]、ポー川流域では、YHg-G2a*系統を有するアルプスEBA男性とほぼ同年代の紀元前2194~紀元前1939年頃の1個体が、YHg-R1b*を有していました[41]。
YHg-G2a*は、アナトリア半島からヨーロッパへと移動した最初のNE農耕民の主要なYHgでした。たとえば、YHg-G2a*はアナトリア半島の前期NE(紀元前8300~紀元前7800年頃のボンクル遺跡個体)や、NE(紀元前6000~紀元前4500年頃のスタルチェヴォ文化とケレス文化とクリス文化)個体群やハンガリーおよびクロアチア(紀元前5000年頃のソポト文化)のMN個体群や、ドイツのLBK文化(紀元前5500~紀元前4500年頃)と関連する個体群で見つかってきました[22、52、55、56、84]。父系の観点からは、YHg-G2a*はアルプスのMN個体群とバルカン半島およびより北方の地域からのNE個体群との間の遺伝的類似性を示しています。
YHg-G*(ヨーロッパにおける頻度は10%未満)内では、EIAlpで見つかったYHg-G2a2b2a1a1b*(L497)が現在の人口集団において最も高頻度です。YHg-G2a2b2a1a1b*(L497)はヨーロッパ中央部に起源があり、南方からの移住の流れによってイタリアに到達した可能性が最も高い、と提案されてきました。YHg-G2a2b2a1a1b*(L497)系統の高頻度はイタリア北西部および中央部のより孤立した人口集団や、本論文の調査対象のアルプス地域により近い、チロル北部のより孤立したアルプス渓谷の現在の個体群で見つかってきました。この先行研究はチロルのアルプスにおけるYHg-G2a2b2a1a1b*(L497)系統の古い定着も示唆しており、この地域はヨーロッパにおけるYHg-G2a2b2a1a1b*(L497)系統の起源もしくは少なくとも通過経路として重要な役割を果たしたかもしれない、とさらに提案しています。これらの調査結果は本論文の古代DNA研究によって裏づけることができ、少なくともMN(紀元前4600~紀元前4400年頃)に始まる、アルプス地域における父系YHg-G2a2b2a1a1b*(L497)の長期の存在を証明します。興味深いことに、アイスマンはYHg-G2a*の異なるY染色体系統であるYHg-G2a2a1a2a1a1b(Z6208)を有しており、これはヨーロッパの現在の人口集団ではひじょうに稀で(1%未満)、コルシカ島やサルデーニャ島などの一部の地域を除くと、チロル北部の人口集団(0.5%)が含まれています。
CAからEBAへの移行期以降、EIAlpではENおよびHGと関連する祖先系統とは異なる祖先系統の集団からのより低い割合の遺伝子流動の兆候が検出されましたるじっさい、草原地帯関連祖先系統が、ポラダ文化の形成期と関連する若い女性1個体(紀元前2402~紀元前2149年頃のLAS01)と、同じ期間および文化的層準の別の女性2個体で検出され、平均して約22%の草原地帯関連祖先系統を保持していました。注目すべきことに、他の古代イタリア個体群から得られた現時点で利用可能な遺伝的データおよび放射性炭素年代測定に基づくと、草原地帯関連構成要素はEIAlpにおいてイタリアで(少なくとも紀元前2400年頃に)、その後でイタリア北部およびシチリア島(紀元前2200年頃)において、次にイタリア中央部(紀元前1600年頃)に出現した、と示唆されます。それにも関わらず、この複雑な事象の時期の再構築には、より多くの先史時代イタリアの標本の分析が依然として必要です。
草原地帯関連祖先系統の最高の割合(36.1±2.6%)が本論文のデータセットで見つかり、それは紀元前1601~紀元前1295年頃の男性個体SIU01です。個体SIU01はさらにYHg-R1b1a1b1a1a2(P312)を有しており、この系統はイタリア北部(ブロイオン遺跡)でも報告されていて[42]、ヨーロッパ中央部および西部のBBC男性の移動と関連しており[41]、同じヨーロッパ地域で検出された稀なmtDNA系統がもたらされました[59]。個体SIU01の頭蓋はEIAlpのより北方のアルプス地域(イザルコ渓谷)で回収されており、文化的帰属がまだ完全には定義されていない1個体に属していました。全体的に、個体SIU01に関する本論文の結果は、個体SIU01のさまざまな起源の可能性、およびアルプスを越えたヨーロッパ中央部および西部の先史時代集団との遺伝的つながりを示唆しています。一方で、他のヨーロッパ地域と比較してのEIAlpにおけるYHg-R1b*の稀な存在は、この結果の確証にはアルプス地域からのより多くのBAおよびMBA標本が必要としても、アルプス集団における草原地帯関連祖先系統を有する男性からのひじょうに低い遺伝的影響を示唆しています。
同じCA-EBA期には、草原地帯関連祖先系統の出現後に、それとは関係なく、IN農耕民と関連する別の祖先系統(平均約20%)が、少なくとも紀元前2200~紀元前2000年頃以降(個体NOG302)、EIAlpに到達しました。IN農耕民と関連する祖先系統は地中海(エーゲ海)からヨーロッパ西部および北部に鉄器時代以降に拡大し、増加した、と示されてきました[39、40]。EIAlpやイタリアの北部と中央部と南部におけるIN農耕民関連構成要素の分布に基づくと、この構成要素はアルプスの南側のイタリア地域および/もしくはエーゲ海地域からアルプス地域に到来した、と示唆されます[39]。最後に、同じ頃に、草原地帯関連祖先系統に含まれていない、CHGと関連する別の構成要素が女性1個体(ROM402、紀元前2272~紀元前2041年頃)のみで検出され、この個体は地中海東部出身の祖先がいたかもしれません[89]。
要約すると、本論文は、さまざまな祖先系統と起源の集団からの散発的な遺伝子流動を浮き彫りにしながら、おもにMNからMBAのEIAlpにおける限定的な遺伝的交換を明らかにします。これは、イタリアの他のより孤立した地域(たとえば、サルデーニャ島)と同様に、他のヨーロッパ地域(たとえば、ヨーロッパ南東部や中央部)と比較しての、先史時代アルプス集団の相対的孤立を示唆しているかもしれません。
この全体像は、EIAlpにおける全体的な文化発展パターンとおおむね一致しているようです。じっさい、本論文で検証された長期にわたって、このアルプス地域では、さらに遠方の地理的地域との明らかな文化的接触にも関わらず、中断もしくは突然の変化なしに発展した文化的発展があったようです。じっさい、文化的変化の最も顕著な特徴は、新たな知識および技術的能力の獲得(銅の調達源の開発や金属製品の製作など)とより関連していたようです。さらに、考古学的観点からは、草原地帯関連祖先系統の拡散と関連づけられてきた集団との文化的接触の明らかな証拠は、現時点ではありません。BBC集団はこのゲノム構成要素の拡大にいくらかの役割を果たしたかもしれませんが、文化的なBB(鐘形杯)現象はEIAlpではひじょうに稀なようです。この構成要素の拡散は、彫像石碑の拡大ともおそらく関連している可能性があり、これはヨーロッパ全域に拡散し、EIAlpでも見られます。しかしこれまで、そうした文化的出現との明らかな葬儀の証拠は、この地域ではほぼ欠けています。
本論文はさらに、二つの片親性遺伝標識間の顕著な違いを見つけ、Y染色体はmtDNAと比較してひじょうに低い多様性を示します。そうした違いは、5000~3000年前頃にヨーロッパで起きたかもしれない、新石器時代後のY染色体のボトルネック(瓶首効果)の結果として、世界中で観察されてきました。このパターンは、過去の共同体におけるいくつかの文化的規則(たとえば、父系制や父方居住)によって説明できます。EIAlpでは、観察されたパターンは父方居住によって説明でき、父方居住では、ヨーロッパの他の先史時代の状況で観察されてきたように[59、94]、女性は男性出生地へと移動し、そこで子供を儲けます。じっさい、EIAlpにおけるY染色体系統は、男性の長期的で安定した定住を示唆しています。しかし、利用可能なデータに基づくと、分析された男性がこのアルプス地域の別の集落から到来したことも除外できません。さらに、男性のほとんどは遺伝的に密接な親族関係ではなく、近親交配の強い兆候を示しておらず、EIAlpにおける複雑な状況が示唆されます。
表現型分析に関しては、アイスマンのように、アルプスの先史時代の全個体は子供期の初期以後には、乳を消化できなかった、と示唆され、これは農耕民および牧畜民集団を含めて、古代の個体群と現代の人口集団では一般的な状態です。さらに、NAT2遺伝子のSNPであるrs1495741の分析に基づくと、分析されたすべてのアルプス先史時代個体はおそらく、高濃度の植物起源の脂肪酸を有しており、それはアイスマンで観察されたように[37]、おもに植物に基づく食性と関連していた、と示唆されます。本論文のMEの1個体におけるこの多様体の存在は予想外のように見えるかもしれませんが、本論文の結果は、過去1万年間にSNPのrs1495741の派生的アレルの頻度が(HG、EN、草原地帯関連祖先系統を有する集団で)変化しなかったことを示した、先行研究の観察と一致します。さらに、一般的に、PRLP2遺伝子のSNPであるrs471995についてのアルプス集団の結果は、MN以降のEIAlpにおける、農耕共同体の典型的な穀物に基づく食性への適応を示唆しているかもしれません。じっさい、このSNPの多様体は穀物に基づく食性の現在の人口集団では比較的一般的で、HGよりEN農耕民の方で高頻度ではあるものの、選択の証拠は見つかっていません。過去のアルプス集団における、拡張親族関係の可能性や表現型形質での社会的慣行や、メタゲノミクスなどの追加の分析をさらに調べるためには、標本抽出された個体の深いショットガン配列決定が、利用可能な生物学的資料で実行できます。
最後に、本論文は、アイスマンが他のCAの標本抽出された個体群(および他のアルプスの分析された先史時代個体群)との、同じ祖先ゲノムモデルおよび表現型形質における類似性を示しているものの、その母系および父系では他の個体と異なることも明らかにしています。これらの結果は、他のCAアルプス個体群と比較しての、アイスマンのわずかに異なる遺伝的歴史を示唆しています。アイスマンの歯と骨の安定同位体分析によって、その起源について発見された場所(セナーレス渓谷)に近いいくつかの渓谷への特定が可能となりましたが、アイスマンが属していたかもしれない文化的集団に関する情報はなく、それは、アイスマンが特徴的な物質要素(たとえば、土器)なしで回収されたからです。本論文の調査結果は、この謎めいた個体【アイスマン】の遺伝的起源と文化的帰属について、いくつかの問題を残したままになります。
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新たに分析された中石器時代の狩猟採集民1個体のゲノムは、ヨーロッパの東西の狩猟採集民間の紀元前13700~紀元前8300年頃に起きた遺伝的混合を反映しています。新石器時代以降の個体のほとんどはアイスマンと類似したゲノム構造を示しており、この地域における遺伝的連続性および在来狩猟採集民と新石器時代農耕民との間の遺伝的混合が裏づけられます。また、新たに分析された個体において、紀元前2400年頃に現れた草原地帯関連祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を有している割合は低いことも示されました。
略称は、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、MDS(multidimensional scaling、多次元尺度構成法)、cM(centimorgan、センチモルガン)、¹⁴C(放射性炭素)、ROH(runs of homozygosity、同型接合連続領域)、ₛROH(sum length of ROH、ROH合計長)、Nₑ(有効人口規模)、LGM(Last Glacial Maximum、最終氷期極大期)、EIAlp(The Eastern Italian Alps, including the Trentino-Alto Adige、トレンティーノ=アルト・アディジェ地域を含めてのイタリア東部アルプス)、HR(content of endogenous human DNA、内在性ヒトDNA含有量)、DATES(Distribution of Ancestry Tracts of Evolutionary Signals、進化兆候の祖先系統区域の分布)、AADR(The Allen Ancient DNA Resource、アレン古代DNA情報源)、MCM6(minichromosome maintenance complex component 6、ミニ染色体維持タンパク質6)、PLRP2(Phospholipid Recognition Protein 2、リン脂質認知タンパク質2)、NAT2(N-acetyltransferase 2、N-アセチルトランスフェラーゼ2)、HG(hunter gatherer、狩猟採集民)、WHG(Western European hunter–gatherer、ヨーロッパ西方狩猟採集民)、EHG(eastern hunter-gatherer、ヨーロッパ東方狩猟採集民)、CHG(Caucasus hunter-gatherer、コーカサス狩猟採集民)です。
時代区分の略称は、ME(Mesolithic、中石器時代)、NE(Neolithic、新石器時代)、IN(Iranian Neolithic、イラン新石器時代)、EN(Early Neolithic、前期新石器時代)、CA(Copper Age、銅器時代)、BA(Bronze Age、青銅器時代)、EBA(Early Bronze Age、前期青銅器時代)、MBA(Middle Bronze Age、中期青銅器時代)です。本論文で取り上げられている主要な地形は、アディジェ川流域(Adige Valley)、ブレンネロ峠(Passo del Brennero、Brennerpass)、ディナル・アルプス(Dinaric Alps)山脈、イザルコ(Isarco、Eisack)川、セナーレス(Schnals/Senales)渓谷です。
本論文で取り上げられている主要な文化は、続グラヴェティアン(Epigravettian、続グラヴェット文化)、ソーヴェテリアン(Sauveterrian、ソーヴェテル文化)、カステルノヴィアン(Castelnovian、カステルノヴ文化)、線形陶器(Linear Pottery、Linearbandkeramik、略してLBK)文化、パダーノ・アルプス(Padano-Alpine)文化、四角口土器文化(Square-Mouthed Pottery Culture、Vasi a Bocca Quadrata、略してVBQ)、ヤムナヤ(Yamnaya)文化、鐘状ビーカー(鐘形杯)文化(Bell Beaker Culture、略してBBC)、ケレス(Körös、Koros)文化、スタルチェヴォ(Starčevo)文化、クリス(Criş)文化、ソポト(Sopot)文化、ポラダ(Polada)文化、インプレッサ土器(Impressed Wares)文化です。
本論文で取り上げられているイタリアのアルプス地域の主要な遺跡は、ベルサグリオ・ディ・モーリ(Bersaglio di Mori、略してBRR)遺跡、カステルコルノ・コルノ洞窟(Grotte di Castelcorno Corno、略してCOR)遺跡、イセラ・ラ・トレッタ(Isera La Torretta、略してISE)遺跡、ラ・ヴェラ(La Vela、略してVEL)遺跡、ラ・ヴェラ・ヴゥルブサ(La Vela Valbusa、略してVAL)遺跡、マドンナ・ビアンカ(Madonna Bianca、略してMAD)遺跡、メッゾコロナ・ボルゴヌオヴォ(Mezzocorona Borgonuovo、略してMEZ)遺跡、モレッタ・パトーネ(Moletta Patone、略してMOL)遺跡、モーリ・コルノ(Mori Corno、MOR)遺跡、ノガローレ(Nogarole、略してNOG)遺跡、パルデイ・ディ・ヴォラーノ(Paludei di Volano、略してPAL)遺跡、ロマグナノ(Romagnano、略してROM)遺跡、ソルテリ(Solteri、略してSOL)遺跡、ラシーノ(Lasino、略してLAS)遺跡、ステニコ・カルフェリ(Stenico Calferi、略してSTE)遺跡、ヴォラーノ・サン・ロッコ(Volano San Rocco、略してVOL)遺跡、オーラ(Ora、略してORA)遺跡、シウシ(Siusi、Seis、略してSIU)遺跡です。
本論文で取り上げられているその他の主要な遺跡は、イタリアではアルコ・ヴィア・セラフィニ(Arco via Serafini)遺跡とダルメリ岩陰(Riparo Dalmeri)遺跡とヴィッラブルーナ岩陰(Riparo Villabruna)遺跡とフィオラーノ(Fiorano)遺跡とヴホー(Vhó)遺跡とイソリーノ(Isolino)遺跡とギャバン(Gaban)遺跡とレメデッロ(Remedello)遺跡とスピランベルト(Spilamberto)遺跡とグロッティチェッレ(Grotticelle)遺跡とブロイオン岩陰(Riparo Broion)遺跡とモンデヴァル・デ・ソーラ(Mondeval de Sora)遺跡、フランスではフルノル(Fournol)遺跡、ドイツではボン・オーバーカッセル(Bonn-Oberkassel)遺跡、クロアチアではヴェラ・スピラ(Vela Spila)遺跡、セルビアとルーマニアでは鉄門(Iron Gates)地域遺跡、ロシアでは西部のサマラ(Samara)のシデルキノ(Sidelkino)遺跡、トルコではボンクル(Boncuklu)遺跡です。
●要約
イタリア東部のアルプスは先史時代以来、地中海とアルプス北方の人口集団間の重要な架け橋の役割を担いました。しかし、これまでにゲノムが分析されたこの地域の個体はほとんどいませんでした。そのうち、アイスマン(銅器時代、紀元前3368~紀元前3108年頃)は、相対的に高い割合のアナトリア半島新石器時代関連祖先系統と低い割合の狩猟採集民関連祖先系統を示しました。アルプス集団のゲノム構造が経時的にどのように変わったのか調べ、アイスマンを位置づけるために、中石器時代(紀元前6380~紀元前6107年頃)から中期青銅器時代(紀元前1601~紀元前1295年頃)の年代のアルプスの47個体が分析されました。中石器時代個体のゲノムは、紀元前13700~紀元前8300年頃に起きたWHGとEHGとの間の遺伝的混合を明らかにします。新石器時代以降の個体のほとんどはアイスマンと類似したゲノム構造を示し、遺伝的連続性が裏づけられます。紀元前2400年頃に現れた草原地帯関連祖先系統など、異なる祖先系統を有している個体はほとんどいません。最後に本論文は、このアルプス地域の狩猟採集民と新石器時代農耕民との間の、在来個体群と外来個体群の混合事象を示唆します。
●研究史
本論文で検証されるEIAlp(トレンティーノ=アルト・アディジェ地域を含めてのイタリア東部アルプス)は、先史時代および、ヨーロッパで起きて現在のヨーロッパ人口集団の遺伝子プールの形成に寄与した大きな人口統計学的事象[1]に関する知識の拡大に重要です。狩猟採集民と関連する最初の事象には主要な2集団が含まれており、それはヴィッラブルーナクラスタ(まとまり)と関連するWHG[2]と、現在のロシアおよびウクライナのEHG[3]です。第二の事象はアナトリア半島の前期新石器時代農耕民の移住(紀元前7000年頃以降)と関わっており[1]、このアナトリア半島前期新石器時代農耕民は在来の狩猟採集民集団と混合し、それは地域に応じてさまざまでした[1]。最後の事象はポントス・カスピ海草原地帯(黒海とカスピ海に挟まれた、ユーラシア中央部西北からヨーロッパ東部南方までの草原地帯)牧畜民の拡大(紀元前3000年頃以降)と関連しています[7、8]。じっさい、広い渓谷(たとえば、アディジェ渓谷)や峠(たとえば、ブレンネロ峠)の存在のため、EIAlpは南北のアルプス領域の人口集団間の架け橋として重要な役割を果たし、文化的交流および接触を促進しました。しかし、山岳環境もアルプス集団間のそうした交換および相互作用に影響を及ぼしたかもしれません。
ヨーロッパの初期人口史はLGM(30000~16500年前頃)に強い影響を受けており、LGMにおいてアルプスは厚い氷河におおわれ、ヨーロッパ大陸はおもにバルカン半島からイタリアを経て行きやすくなっており、アドリア海から陸橋が出現しました。巨大な更新世の氷河が後退すると(18000年前頃)、EIAlpは上部旧石器時代の最終段階の狩猟採集民集団が進入し、この狩猟採集民集団はおそらくより南方の地域(たとえば、ポー平原地域)から到来しました。温暖な気候の檀家(後期氷期の段階間、14500~12500年前頃)には、続グラヴェット文化に分類される多くの遺跡(たとえば、開地遺跡や岩陰や洞窟)が証明されており(たとえば、アルコ・ヴィア・セラフィニ遺跡、ダルメリ岩陰遺跡、ヴィッラブルーナ岩陰遺跡)、完新世の始まりとともに、温暖な気候条件が前期(紀元前9000年頃、ソーヴェテル文化)のおよび後期中石器時代(紀元前6500年頃、カステルノヴ文化)狩猟採集民集団の谷底(トレンティーノ地域)への定住を促し、その後でより高い標高へと拡大しました。EIAlpでは、中石器時代の生計経済(狩猟と採集に基づいています)から新たな新石器時代生産背経済(農耕と畜産に基づいています)への移行が、紀元前5100~紀元前4800年頃の間に証明されています(トレンティーノ地域)。
ヨーロッパにおいて、前期新石器時代農耕民の移住がさまざまな地理的地域で複雑で多面的な動態をたどったとしても、一般的に、主要な2経路が報告されてきました[22]。一方は、インプレッサ土器文化と関連する地中海沿岸経由で、もう一方はバルカン半島経由となり、これはヨーロッパ中央部におけるLBK文化の形成につながり、部分的にはイタリア北東部における最初の新石器時代集団の形成に寄与しました。EIAlpとアルプスの南側のポー川流域を含めてイタリア北東部では、新石器時代の経済と文化両方の革新が定着し、さまざまなパダーノ・アルプス文化集団(たとえば、フィオラーノ遺跡やヴホー遺跡やイソリーノ遺跡やギャバン遺跡)が形成されました。この期間の土器は、イタリア中央部のインプレッサ土器集団からの影響も示しています。紀元前4800年頃以降、考古学的遺跡(トレンティーノ地域)に因んで命名された「ギャバン集団」の文化的特徴集団が、イタリア北部および中央部(トスカーナ)におもに分布していたVBQの拡散によって次第に置換され始めました。紀元前四千年紀半ば以降に、銅器時代(紀元前3500~紀元前2200年頃)において、重要な社会的変化がEIAlpで起き、身体を左側に置く単純な土坑での埋葬(レメデッロ集団のように)や仰向けの土葬(スピランベルト遺跡集団)やヒト遺骸の細工や火葬(グロッティチェッレ遺跡集団)など、おもに葬儀慣行の違いによって区別される文化集団が形成されました。
後期銅器時代(紀元前2700~紀元前2400年頃)および銅器時代から前期青銅器時代(紀元前2400~紀元前2200年頃)の移行期には、銅鉱石の利用がトレンティーノ=アルト・アディジェ地域で始まり、前期青銅器時代にはポラダ文化で続きました。アディジェ渓谷では、アルプスの両側(ヨーロッパ北部および中央部から、アルプスを越えてのドナウ川中流域とポー川流域)の集団間の接触が、この渓谷での、多くの遺物(たとえば、バルト海の琥珀のビーズ)やそうした地域武器の発見によって明確に記録されています。
先史時代のEIAlpに存在するさまざまな文化に関する豊富な考古学的情報にも関わらず、この地域および周辺のアルプス地域の先史時代アルプス個体群のゲノム多様性および構造については、ほとんど分かっていません。じっさい、本論文の前にゲノムが解析された先史時代の個体はごくわずかでした。これらには、ヴィッラブルーナ遺伝的クラスタ(まとまり)の名称の由来であるヴィッラブルーナ遺跡(14000年前頃、ヴェネト州)の後期上部旧石器時代の1個体[2]と、後にアイスマンとのみ呼ばれるチロルのアイスマンなど、銅器時代の3個体が含まれています[37、38]。さらに、現在のイタリアの先史時代の標本に関する古ゲノムデータは依然として限られており、アルプスの南側から回収された標本のみです[7、39~47]。
アイスマン(紀元前3368~紀元前3108年頃)の高網羅率のゲノムに基づく最近の研究[37]では、アイスマンはアナトリア半島のEN(前期新石器時代)農耕民と関連する高い割合の祖先系統(90±2.5%)と低い割合のWHG関連祖先系統を有していた、と分かりました。そのEN農耕民関連祖先系統は、同時代のヨーロッパの個体群では最高と分かりました。これはむしろ、狩猟採集民祖先系統関連人口集団からの限定的な遺伝子流動の孤立したアルプス集団、もしくは紀元前五千年紀および紀元前四千年紀のこの地域における狩猟採集民集団のより小さな人口規模[37]を示唆しているかもしれません。さらに、その研究では、以前の報告に加えて、アイスマンのいくつかの表現型の形質についてさらなる情報を報告しました。しかし、その研究は先史時代EIAlpの遺伝的歴史に重要な最初の洞察を提供しているものの、単一個体に基づいており、その調査結果と解釈はこのアルプス地域のより多くの標本からのゲノムデータによる裏づけが必要です。
銅器時代および青銅器時代の個体群に関してイタリアの北東部で行なわれた研究[7、41、42]は、アイスマンと同様に銅器時代個体群のEN農耕民とのゲノム類似性を示しています。さらに、これらの研究では、草原地帯の牧畜民と関連する遺伝的構成要素(草原地帯関連祖先系統)はイタリア北部にお遅くとも紀元前2000年頃までに到来した、と示唆されています[42]。さらに、イタリア北部の中石器時代もしくは新石器時代の個体群に関して利用可能なゲノムデータは、mtDNAと低解像度のデータ[46]のみが利用可能な初期MEの1個体(イタリア北西部)以外にはありません。
EIAlpの17ヶ所の考古学的遺跡で発見された、先史時代/原史時代(以後、先史時代と呼ばれます)の47個体から新たな古ゲノムデータ(ショットガンおよび捕獲)が生成されました。さらに、34点の¹⁴C年代が報告され、これによって、すでに利用可能なもの以外に、後期ME(紀元前6380~紀元前6107年頃)からMBA(紀元前1601~紀元前1295年頃)の個体群を含めて、データセットが得られました(図1)。このデータは、アルプス先史時代個体群のゲノム構造が経時的にどう変わったのか、理解するのに用いられました。これによって、中石器時代および新石器時代の移住事象と関連する遺伝的影響、新石器時代農耕民と在来の狩猟採集民との間の混合の程度、この地域における草原地帯関連祖先系統の到来の影響と時期の可能性の調査が可能となりました。さらに、アイスマンと同時代の多数の標本へとゲノム解析を拡張することによって、銅器時代における先史時代アルプス個体群のゲノム構造のより包括的な全体像の提供が目指されます。最後に、過去のアルプス集団のあり得る社会的慣行への最初の洞察の提供と、アイスマンでも調査されてきたいくつかの表現型形質に関する情報の提供が目指されます。以下は本論文の図1です。
本論文では、中石器時代アルプスの1個体は13700~8300年前頃に起きたWHGとEHGとの間の遺伝的混合を示す、と明らかになります。さらに、中石器時代から新石器時代にかけてのかなりの遺伝的変化、および狩猟採集民からの低く一貫した寄与だった新石器時代以降(少なくとも紀元前4600~紀元前4400年頃以降)の遺伝的連続性が見つかりました。本論文はさらに、新石器時代アナトリア半島農耕民と中石器時代集団との間の混合の推定時期(紀元前6100~紀元前5100年頃)を報告し、ElAlpにおける在来と外来両方の混合を裏づけます。本論文は、アルプス集団における草原地帯からの牧畜民の移動と関連する低い遺伝的影響も見つけますが、草原地帯関連祖先系統はElAlpにイタリア北部を含めて他のイタリア地域より早くに出現した、と示唆されます。最後に、アイスマンは表現型形質において銅器時代から標本抽出され他の個体および分析された他のアルプス個体のほとんどと同じ祖先ゲノムモデルを示す、と分かり、以前の結果が確証されて拡張されます。しかし、アイスマンは母系および父系では他の分析されたアルプスの全個体と異なっており、わずかに異なる遺伝的歴史が示唆されます。
●アルプスのデータセット
52点の標本(錐体部もしくは歯)からのペアエンドゲノムライブラリが、ショットガン配列決定を用いて、内在性ヒトDNA含有量(HR)のおよび真正性のため検証されました。1%超のHRの標本が、ヒトゲノム全体の124万SNPやY染色体やmtDNAでさらに濃縮されました。品質基準を満たさなかった5個体は研究から除外されました。最終的に分析に成功したアルプス古代人のゲノム(捕獲が45点、ショットガンが2点)は、低い汚染率と典型的な古代DNA損傷パターンで、平均網羅率の範囲は0.012~0.587倍で、124万パネルのSNPの数の範囲は33981~1046042ヶ所でした。他のアルプスの銅器時代の3個体(アイスマンとオーラ遺跡の2個体)から利用可能なデータが含められ、EIAlpの50個体のデータセットに達し、その構成は、後期中石器時代が1個体、中期新石器時代が8個体、銅器時代が16個体、銅器時代/前期青銅器時代が16個体、前期~中期青銅器時代が9個体です。このデータセットには、数人の未成年など男女の同様の数が含まれます。親族関係にある16個体(少なくとも2種類の適用された手法間の完全な一貫性に基づきます)のうち、SNPの最多数を示した親族関係の組み合わせのうち標本1点のみが集団遺伝学的分析に保持され、アルプスの親族関係にない41個体の最終的なデータセットが得られました。
●EIAlpのMEゲノムにおけるWHGとEHGとの間の混合事象
後期ME(中石器時代)のアルプスの1個体(MAD01、紀元前6380~紀元前6107年頃)は、PCAおよびクラスタ化(まとまること)分析では、すべでの他の最新のアルプス個体とは異なっています(図2A)。MAD01はWHGおよびヴィッラブルーナ遺跡の上部旧石器時代の1個体と強いゲノム類似性を示しており、ヴィッラブルーナ遺跡個体は、ヴィッラブルーナ遺伝的クラスタとの名前の由来になり、これまでに分析されたユーラシア西部の狩猟採集民のほとんどを構成します[2]。以下は本論文の図2です。
さらに、先行研究[44]のデータセットを用いて実行された対での外群f₃統計でのMDSでは、個体MAD01はWHG集団(ヴィッラブルーナおよびオーバーカッセル遺跡個体クラスタ)とともにまとまる、と確証されます。さらに、MAD01は図では現在のロシア(シデルキノ遺跡)のEHG個体群の方へと動いています(図2B)。MAD01における単系遺伝標識の分析では、MAD01はYHgがI*(I2a1b1a2b)で、mtHgがU5*(U5b2b3)で、両者ともにWHG関連祖先系統で通常は見つかること[2、44]も示されました。
●経時的なアルプス集団のゲノムにおける少ない変化を伴う高い割合の初期アナトリア半島農耕民関連祖先系統
PCA図(図2A)では、中期新石器時代から中期青銅器時代のアルプス個体の大半は相互およびサルデーニャ島現代人とゲノム類似性を有している、と示されます。これらの結果と一致して、対でのqpWave分析では、本論文の標本抽出された個体のほとんど(ROM303、ROM307、ROM402、NOG302、LAS01、VOL01、SIU01の7個体を除きます)は類似した祖先系統を共有し、ともに分類できる、と明らかになりました(図3)。さらに、PCA図では、ほとんどのアルプス個体のゲノムはアナトリア半島の前期新石器時代農耕民の方へと動いており、アナトリア半島農耕民と同様の遺伝的パターンを共有しています。具体的には、アルプス個体群はヨーロッパ中央部およびバルカン半島とスペインの新石器時代の個体間の中間に位置しており(図2A拡大)、f₃およびf₄統計はこれらの集団との特定の類似性を明らかにしませんでした。以下は本論文の図3です。
pAdm分析による混合モデルを形式的に検証すると、中期新石器時代から中期青銅器時代のほとんどのアルプスの個体(以下の段落で詳述されるように、この一般的パターンから外れる7個体は除外されます)は、高い割合のENアナトリア半島農耕民祖先系統と低い割合のシミ関連祖先系統での混合の2方向モデルによって最適にモデル化できる、と分かりました。じっさい、EN関連祖先系統の範囲は90.9±2%(CA/EBAの紀元前2276~紀元前2041年頃となる個体COR02)から80.3±2.2%(個体COR02、相対的な年代測定はCA/EBAに相当し、¹⁴C年代は利用できません)までとなり、一方で在来H狩猟採集民関連祖先系統(MAD01)の割合は、この2個体ではそれぞれ9.1±2%から19.7±2.2%まで変わります(図4)。以下は本論文の図4です。
さらなる段階として、中期新石器時代(MN)個体群で見られる狩猟採集民関連構成要素はMAD01ではなく狩猟採集民(HG)のさまざまな集団と関連している可能性があるのかどうか、検証するために、f₄形式(HG検証、MAD01;MN、ムブティ人)のf₄統計が、代理HGのさまざまな供給源で実行されました。ほとんどのf₄統計は負でしたが(例外は、クロアチアのヴェラ・スピラ遺跡個体とイタリアのヴィッラブルーナ遺跡個体)、有意な検定はなく(Z得点の範囲は−2.8と+1.069の間)、分析に用いられた他のHGはアルプスMNにおけるHG祖先系統の供給源としてMAD01より適していない、と示唆されます。注目すべきことに、MAD01と最も強い類似性の2回の検定(Z得点は-2.7未満)は鉄門遺跡の中石器時代個体との比較で、新石器時代個体群がかなりの量のHG祖先系統をEIAlpに到達する前に得たかもしれない地域として、バルカン半島は実質的に除外されます。
銅器時代(CA)のアイスマンはCOR02(トレンティーノ地域のCOR遺跡のCA/EBA個体)に次ぎ、最高の割合(90.5±2%)のENアナトリア半島関連祖先系統と最低の割合(9.5±2%)のHG関連祖先系統を有している2番目のアルプスの個体です。これらの値は、先行研究[37]で見つかった値(89.5±2.5%のENアナトリア半島関連祖先系統と10.5±2.5%のHG関連祖先系統)と類似しています。さらに、さまざまな年代のアルプス個体群におけるHG関連祖先系統の割合はわずかにしか異なっていない、と分かりました(図4)。HG関連祖先系統(MAD01)の同等の割合は、qpAdm分析が実行された場合にも観察され、年代に基づき、祖先構成要素の違いを考慮して、アルプス個体群は分類されます(図4)。経時的なHG関連構成要素の少ない変化の同様のパターンは、イタリアの他の利用可能な先史時代個体群での本論文のqpAdm分析によって示唆されるように、サルデーニャ島とシチリア島で観察できます。アルプス地域とイタリア北部(レメデッロ遺跡とブロイオン遺跡の標本)の銅器時代に焦点を当てると、本論文のqpAdm分析はこれらの地域におけるHG関連祖先系統(MAD01)の同様の(低い)割合をさらに示します。EIAlp集団もしくは個体群におけるWHGとアナトリア半島農耕民との間の混合事象の時期はDATESで推定され、分析に用いられた2供給源人口集団での祖先モデルは、qpAdm分析で検証されました。アルプスMN集団で推定された混合時期の範囲は、紀元前6073~紀元前5117年頃でした。
●CA~EBAのEIAlpで時に検出されるさまざまな祖先系統および草原地帯牧畜民と関連する低い伝的影響
さまざまな年代にわたるアルプスの標本抽出された個体のほとんどは、同様のゲノム構造と祖先系統を示します(図3および図4)。しかし、そのうち7個体はこの一般的パターンから逸れています。CA-EBAの3個体(LAS01、VOL01、ROM402)はPCA図では高い割合の草原地帯関連祖先系統(ヤムナヤ文化)のBA個体群のゲノム多様性の方向で動いており、MBAの1個体(SIU01)は図では外れ値として現れています(図2A)。SIU01は、ヨーロッパ中央部のBA個体群および現在のヨーロッパ西部人口集団とクラスタ化します(まとまります)。
全体的に、f₄統計はアルプスのCA-EBA集団と特定の集団との間の明確な遺伝的類似性を示しません。qpAdmを用いると、個体LAS01(紀元前2402~紀元前2149年頃)とVOL01(CA/EBAに相当する相対的年代で、利用可能な¹⁴Cはありません)とSIU01(紀元前1601~紀元前1295年頃)について、3方向の最適なモデル(供給源として、HGのMAD01、アナトリア半島EN個体群、草原地帯の牧畜民)は見つかりませんでした。代わりに、CHGからの1構成要素の追加での4奉公混合モデル(CHGは%)が1個体(ROM402、紀元前2272~紀元前2041年頃)で見つかりました(図4)。個体ROM402はおそらく、このモデルにおいて供給源として用いられた人口集団(草原地帯牧畜民)のゲノムに存在する草原地帯関連祖先系統に含まれているよりも高水準のCHG関連祖先系統を有していました。EIAlpにおける草原地帯関連祖先系統の割合の範囲は、19.7±7.1%(個体ROM402)から最大で個体SIU01における36.1±2.6%で、これはPCA図におけるこの外れ値の位置(図2A)を説明します。個体SIU01で見られる草原地帯関連構成要素は、同年代(紀元前1615~紀元前1431年頃)のイタリア北部のブロイオン遺跡のBA個体群の推定値(29.5±3.8%)より高くなっています。これまでに利用可能なイタリアの古代人のゲノムデータを含めた本論文のqpAdm分析に基づくと、この構成要素はまず紀元前2402~紀元前2149年頃の本論文のCA-EBA個体LAS01で特定されましたが、イタリア北部における草原地帯関連祖先系統を有する最古の個体(BBC)の年代は紀元前2200~紀元前1930年頃です[41]。DATESによって推定された個体LAS01における在来のCA関連祖先系統と草原地帯牧畜民関連祖先系統(ヤムナヤ文化)との間の混合時期の範囲は、紀元前2912~紀元前2219年頃の間でした。
一般的パターンとは異なる他のアルプスの3個体には、NOG302(CA-EBAとなる紀元前2202~紀元前2037年頃)とROM307(CA-EBAとなる紀元前2200~紀元前2035年頃)とROM305(EBAとなる紀元前1878~紀元前1688年頃)が含まれます。他の4個体とは異なり、ENアナトリア半島とHGに加えて供給源としてINを含めると、この3個体は最も節約的で最適なモデルを示し、IN関連祖先系統の割合は19.2±4.9%(NOG302)から21.5±4.5%(ROM305)の範囲でした。じっさい、IN関連祖先系統の代わりに供給源として草原地帯関連祖先系統を含めたモデルによってこれら3個体でqpAdmを実行すると、3方向モデルは適合しない(個体NOG302およびROM305、p値は0.01未満)か、より低いp値(0.012、個体ROM307)で適合します。さらに、本論文の比較qpAdm分析に基づくと、IN関連構成要素はイタリア北部の他の先史時代(CAとBA)個体群では検出されませんでした。一方で、IN関連構成要素はイタリア南部のNE(新石器時代)個体群で見つかり、HGおよびEN農耕民と関連する祖先系統に加えて、このIN関連祖先系統を示します。さらに、イタリア中央部のNEおよびCA個体群は2方向モデル(HGとEN)で最良に適合するものの、3方向モデルも可能で、それには先行研究[40]で実行された分析と一致するIN関連祖先系統が含まれます。
●単系遺伝標識と親族関係と表現型形質
常染色体データと一致して、YHg分析はMN~MBAのEIAlpにおける変化がほとんどないことを示し、分析された男性のYHgは同じG2a2*で、これはヨーロッパの初期EN定住と関連しています。MEの1個体の他に2個体のみが異なるYHgを有しており、個体ISE01はJ2a2a、個体SIU01はR1b1a1b1a1a2(P312)でした(図4)。さらに、YHg-G2a2*はアイスマンを除いて1下位系統、つまりG2a2b2a1a1b*(L497)のみで表され、アイスマンのYHgはHg-G2a2a1a2a1a1b(Z6208)もしくは以前にはG2a2a1a2(L-91)とされていました。AADR第54.1版[50]の比較分析から、YHg-G2a2b2a1a1b*(L497)はドイツのEN(LBK)個体群およびフランスのMN個体群でとくに見つかっているものの[22]、アイスマンの系統はもっと広がっていた、と示されます。じっさい、アイスマンの系統はドイツ(LBK)およびスペインのENやフランスおよびクロアチアのMNやクロアチアのより新しいMBA個体群でも見つかってきました[22、52]。イタリア北部(ブロイオン遺跡)のCA個体群はYHg-G2a*の異なる系統、つまりYHg-G2a2b2b(F705)もしくは以前のG2a3(F705)を有していましたが、他のCAイタリア北部(レメデッロ遺跡)の男性のYHg[7]は比較には利用できません(低網羅率のため)。
アルプスのMN個体のうち、ISE01(紀元前4445~紀元前4261年頃)は、異なるYHg(J2a2a*)を有する唯一の個体です。YHg-J2a2a*は比較データセットでは見つからず、古代の標本ではより稀で、地中海東部やコーカサスやアジアにほぼ限定されているようで、これらの地域ではYHg-J2a2a*はNEにヨーロッパ西部に到達したこと起源があるかもしれません。個体ISE01は分析されたMN個体では最も新しく、VBQ文化の発展段階(VBQ3)に属します。代わりに、個体SIU01のYHg-R1b*は古代ユーラシア個体群における主要なYHgの一つですが、このアルプスの男性のみで見つかりました。
アルプスの父系とは異なり、母系はさまざまな大mtHg(H、J、K、U、V、X)で構成され、それらはヨーロッパの他の先史時代の個体で通常見られます(図4)。しかし、一部のアルプスの下位系統(たとえば、H3k、H5d、J1c12b、V15、J1c + 1626 + 189)は他の地域ではひじょうに稀か、比較データセット(AADR第54.1版、mtDNAの網羅率が2倍超か刊行されており、年代が紀元前5500~紀元前1200年頃の標本)によると観察されていませんでした[50]。本論文の包括的分析でも、個体ISE01のmtHg(T1a)はヨーロッパ南東部および中央部の一部のNE標本および中東(イスラエルとアルメニア)のより新しい標本で報告されましたが[55~57]、個体SIU01のmtHg(X2b + 226)はヨーロッパの中央部と北部と南西部の古代(MN~MBA)の個体群でおもに見つかった[41、59、60]、と示されます。最後に、アイスマンのmtHg-K1fはこれまで現代および古代の個体群では特定されておらず、本論文で分析された他の個体でも見つかりませんでした。
親族関係分析は少なくとも4事例で明確に密接な関係(親子もしくはキョウダイ)を検出し、他の2事例では2真相の関係が検出されました。親族関係では常に同じ考古学的遺跡の個体群が含まれ、複葬もしくは単葬墓に埋葬されました。たとえば、単系伝承標識からの情報を用いて、母子かもしれない1組(CA、MEZ01/MEZ02)と父子かもしれない1組(CA、ORA01/ORA01)と2組の兄(弟)妹(姉)かもしれない2組(CAのNOG201/NOG202とMNのVEL701/VEL705)が特定されました。
さらに、本論文のROH分析では、他の研究によると、イトコ間の結婚から生じた高水準の近親交配(50cM超のₛROHが20超)は明らかになりませんでした[63、64]。代わりに本論文のROH分析では、4個体においてマタイトコ間の結婚に由来する近親交配が特定され、それには男性3個体(COR01、NOG301、ROM308)と成人女性1個体(SOL01)が含まれます。さらに、ROH分析でも、ME の個体MAD01では他のアルプスの標本抽出つれた個体よりもROHの多い合計(4cM超のROHが87cM)が示唆され、これは他の状況でも報告されているように[63、65]、EIAlpのMEZにおけるより小さな人口規模を示唆しています。さらに、MN(4~8cMの平均ₛROHが13.46cM)からCA(4~8cMの平均ₛROHが4.38cM)にかけての有効人口規模の増加が見つかり、続いてCA~EBAの移行段階に始まる、Nₑ(有効人口規模)の僅かな減少が続き、同様の傾向は以後のEBAとMBAにも続きます(4~8cMの平均ₛROHが7.87cMと9.1cMの間)。
表現型形質分析に関しては、髪と目と皮膚の色の完全な予測(41ヶ所のSNPに基づきます)は、6個体のみで可能でした。この6個体は暗褐色から黒色の髪の色と関連する茶色の目(アイスマンと同様)、青白いから中間の皮膚の色を有していた可能性が高そうです。しかし、高網羅率のゲノムに基づく先行研究[37]と比較して、アイスマンの皮膚の色の一致しない結果は、本論文のゲノム網羅率にはこの複雑な形質の正確な予測に充分な検出力がない、という疑いを提起します。
さらに、単一もしくは数ヶ所のSNPと関連づけられてきており、アイスマンでも調べられてきた一部の表現型形質が、本論文で分析されました。たとえば、乳糖耐性と関連するMCM6遺伝子のSNPであるrs4988235の派生的アレル(MCM6/rs4988235)は、分析された先史時代アルプスの全個体で存在しませんでした。さらに、おそらくは農耕食性適応と関連するSNPのPLRP2/rs4751995の派生的アレル(対立遺伝子)は、アルプスのMEの1個体では検出されなかったものの、MN以降の個体群では見つかり、その割合はMN集団の62.5%からCA集団の75%と増加しました。その後の期間では、割合の減少が観察された(CA-EBA、50%)のに対して、EBA集団はこの部位のみで派生的アレルを示します。「遅い酢化機」の多様体が農耕民人口集団において有利だった、と仮定されてきたNAT2遺伝子の標識SNP(rs1495741)の分析では、アルプスの全集団および後期MEの1個体においてこの部位で派生が見つかりました。
●考察
5000年の期間(ME~MBA)にまたがるアイスマンの領域から得られた先史時代の新たな47個体へとゲノム解析が拡張され、このアルプス地域の先史時代個体群の経時的なゲノム構造のより詳細な全体像が提供されます。これによって、先史時代のユーラシア西部において起きた、EIAlpの主要な人口統計学的事象の程度の調査が可能となりました。
MEの1個体(MAD01)の歯の標本がアディジェ渓谷の岩陰から回収され、本論文の放射性炭素年代測定(紀元前6380~紀元前6107年頃)ではカステルノヴィアンインダストリーによって特徴づけられるMEの後期に位置づけられます。一般的に、ヨーロッパにおけるMEの最終段階とそこからNEへの移行については、ほとんど分かっていません[65]。じっさい、MAD01は、シチリア島の他の数個体[44、47]に加えて、これまでにゲノム解析されたイタリアおよびヨーロッパ南部稀な後期ME個体の1人で、このアルプスのME個体のデータはとくに貴重となります。さらに、この在来MEからのゲノムデータの利用可能性によって、この地域外の標本に頼らずに、遺伝的混合モデルに使用することが可能となりました。ゲノムでは、MAD01は典型的なWHG(ヴィッラブルーナ遺跡個体)と類似しており、EHGからの寄与(16.4±3.7%)があります。アルプスのMEゲノムにおける、ヨーロッパ西部および南西部の上部旧石器時代個体群で見つかってきたフルノル関連祖先系統の欠如から、アルプスME【個体MAD01】はヨーロッパ東部との遺伝的つながりを有しており、南東部からの移動を表しているかもしれない、と示唆されます。
MAD01で発見されたEHG関連祖先系統について、本論文の調査結果は、7500年前頃以降のヨーロッパのME個体群はEHG関連祖先系統を有していることが多かった、と示した先行研究[44]と一致します。さらに、アルプスMEにおけるWHGとEHGとの間のかなり初期(紀元前13700~紀元前8300年頃)の混合が見つかり、これは先行研究によるとヨーロッパでは最古級の一つで、ヨーロッパ南部におけるこれらの混合事象の時期への手がかりを追加します。考古学的観点からは、EIAlpの後期MEにおけるアルプスを越えた文化的接触はイタリア北部(モンデヴァル・デ・ソーラ)やスイス中央部やディナル・アルプスやバルカン半島でよく記録されています。
アナトリア半島からのEN農耕民の移動と関連する祖先系統の大きな変化は、本論文のMN個体群(少なくとも紀元前4600~紀元前4400年頃、個体VEL102)のゲノムで明確に検出できます。これらのゲノムには平均で、約87%のENと関連する祖先系統、および約13%の在来HGと関連する祖先系統があります。初期農耕民におけるこれらの祖先系統の存在の検証は、ENのヒト遺骸がこれまでこのアルプス地域で回収されていないため、実行できません。本論文では、イタリア北部のNE個体群の最初のゲノムデータを提供します。本論文では、HG関連祖先系統の割合がEIAlpにおいてMN以降に一貫したままだったことも見つかり、これはイタリアの他の状況(たとえば、シチリア島やサルデーニャ島)と同様ですが[39、45]、イタリア中央部とは異なります[40]。
考古学的観点からは、狩猟および採集経済から生産経済への移行がEIAlpにおいてどのように起きたのか、依然として不明です。物質文化の分析はME集団の文化変容の漸進的過程を示唆しており、MEとNE両方の伝統の明確な要素がある、小さな雌シカの角の像(ギャバンのヴィーナス)の発見で構成される1事例がありますが、MEとNEとの間にギャバン遺跡でこれまでに観察された空白の存在は、不連続性を浮き彫りにします。しかし、EIAlpにおける他の考古学的状況からの放射性炭素年代は、少なくとも紀元前5200~紀元前5100年頃までのME集団の存在の連続性を示唆しています。
全体的に本論文は(f₄統計とqpAdmで)アルプスMN農耕民における在来MEの遺伝的寄与を示唆しますが、MN農耕民がEIAlpに到達する前に、バルカン半島地域以外の他のHG集団からのいくらかの寄与があったかもしれません。さらに、考古学的データによるとEN農耕民はEIAlpに紀元前5100年頃までに到達していたので、ME集団とNE集団との間の混合に関する本論文の推定時期(紀元前6100~紀元前5100年頃)も、このアルプス地域における在来集団と外来集団両方の混合を裏づけるかもしれません。
その後のCA段階(紀元前3350~紀元前2300年頃)のアルプスのゲノムは、それ以前の期間と類似しています。アイスマンは高い割合(90%超)のENと関連する祖先系統、および低い割合(10%未満)のHGと関連する祖先系統を有していた、と確証できます。しかし、この祖先モデルはアイスマンに固有ではなく、本論文で分析された、他の(親族関係にはない)CAアルプス12個体すべてで見つかりました。比較分析では、CAのイタリア北部(ブロイオン遺跡とレメデッロ遺跡)におけるHG関連祖先系統の同様に低い値が見つかり、以前の調査結果[37]を裏づけます。注目すべきことに、本論文では、同じ祖先モデルがその後のCA-EBAおよびEBAの期間の個体のほとんどでも存続し、その中にはMBAの本論文のデータセットの最新のアルプスの2個体のうち1個体(STE05、紀元前1663~紀元前1511年頃)が含まれる、とさらに明らかになりました。これらの結果は古代サルデーニャ島での発見と同様で、古代サルデーニャ島では、より極端なパターンですが、MN以降で遺伝的連続性が観察されました[45]。
アルプス地域では、この調査結果はY染色体水準において明確に可視化され、それは、全年代のアルプスの先史時代男性の90%超(ME個体を除きます)が、ヨーロッパの他地域とは異なり、同じ父系のYHg-G2a*を有していたからです。たとえば、ヨーロッパ南東部[80]では、YHgは同じ年代内および年代間でかなり異なっていました。この地域ではCAに、YHg-G2a*の頻度が約25%で、いくつかの他の系統が存在しましたが、同じ地域の最新のEBA個体群ではYHg-G2a*が見つかりませんでした。ヨーロッパ中央部(チェコ共和国)では、YHg-G2a*は他の系統とともにNEの個体群に存在し、EBAおよびBAの個体群では消滅しており、EBAおよびBAの個体群のYHgはR1b*とR1a*とI2*でした[81]。さらにイタリア北部では、Y染色体系統の分布はより多様で[42]、ポー川流域では、YHg-G2a*系統を有するアルプスEBA男性とほぼ同年代の紀元前2194~紀元前1939年頃の1個体が、YHg-R1b*を有していました[41]。
YHg-G2a*は、アナトリア半島からヨーロッパへと移動した最初のNE農耕民の主要なYHgでした。たとえば、YHg-G2a*はアナトリア半島の前期NE(紀元前8300~紀元前7800年頃のボンクル遺跡個体)や、NE(紀元前6000~紀元前4500年頃のスタルチェヴォ文化とケレス文化とクリス文化)個体群やハンガリーおよびクロアチア(紀元前5000年頃のソポト文化)のMN個体群や、ドイツのLBK文化(紀元前5500~紀元前4500年頃)と関連する個体群で見つかってきました[22、52、55、56、84]。父系の観点からは、YHg-G2a*はアルプスのMN個体群とバルカン半島およびより北方の地域からのNE個体群との間の遺伝的類似性を示しています。
YHg-G*(ヨーロッパにおける頻度は10%未満)内では、EIAlpで見つかったYHg-G2a2b2a1a1b*(L497)が現在の人口集団において最も高頻度です。YHg-G2a2b2a1a1b*(L497)はヨーロッパ中央部に起源があり、南方からの移住の流れによってイタリアに到達した可能性が最も高い、と提案されてきました。YHg-G2a2b2a1a1b*(L497)系統の高頻度はイタリア北西部および中央部のより孤立した人口集団や、本論文の調査対象のアルプス地域により近い、チロル北部のより孤立したアルプス渓谷の現在の個体群で見つかってきました。この先行研究はチロルのアルプスにおけるYHg-G2a2b2a1a1b*(L497)系統の古い定着も示唆しており、この地域はヨーロッパにおけるYHg-G2a2b2a1a1b*(L497)系統の起源もしくは少なくとも通過経路として重要な役割を果たしたかもしれない、とさらに提案しています。これらの調査結果は本論文の古代DNA研究によって裏づけることができ、少なくともMN(紀元前4600~紀元前4400年頃)に始まる、アルプス地域における父系YHg-G2a2b2a1a1b*(L497)の長期の存在を証明します。興味深いことに、アイスマンはYHg-G2a*の異なるY染色体系統であるYHg-G2a2a1a2a1a1b(Z6208)を有しており、これはヨーロッパの現在の人口集団ではひじょうに稀で(1%未満)、コルシカ島やサルデーニャ島などの一部の地域を除くと、チロル北部の人口集団(0.5%)が含まれています。
CAからEBAへの移行期以降、EIAlpではENおよびHGと関連する祖先系統とは異なる祖先系統の集団からのより低い割合の遺伝子流動の兆候が検出されましたるじっさい、草原地帯関連祖先系統が、ポラダ文化の形成期と関連する若い女性1個体(紀元前2402~紀元前2149年頃のLAS01)と、同じ期間および文化的層準の別の女性2個体で検出され、平均して約22%の草原地帯関連祖先系統を保持していました。注目すべきことに、他の古代イタリア個体群から得られた現時点で利用可能な遺伝的データおよび放射性炭素年代測定に基づくと、草原地帯関連構成要素はEIAlpにおいてイタリアで(少なくとも紀元前2400年頃に)、その後でイタリア北部およびシチリア島(紀元前2200年頃)において、次にイタリア中央部(紀元前1600年頃)に出現した、と示唆されます。それにも関わらず、この複雑な事象の時期の再構築には、より多くの先史時代イタリアの標本の分析が依然として必要です。
草原地帯関連祖先系統の最高の割合(36.1±2.6%)が本論文のデータセットで見つかり、それは紀元前1601~紀元前1295年頃の男性個体SIU01です。個体SIU01はさらにYHg-R1b1a1b1a1a2(P312)を有しており、この系統はイタリア北部(ブロイオン遺跡)でも報告されていて[42]、ヨーロッパ中央部および西部のBBC男性の移動と関連しており[41]、同じヨーロッパ地域で検出された稀なmtDNA系統がもたらされました[59]。個体SIU01の頭蓋はEIAlpのより北方のアルプス地域(イザルコ渓谷)で回収されており、文化的帰属がまだ完全には定義されていない1個体に属していました。全体的に、個体SIU01に関する本論文の結果は、個体SIU01のさまざまな起源の可能性、およびアルプスを越えたヨーロッパ中央部および西部の先史時代集団との遺伝的つながりを示唆しています。一方で、他のヨーロッパ地域と比較してのEIAlpにおけるYHg-R1b*の稀な存在は、この結果の確証にはアルプス地域からのより多くのBAおよびMBA標本が必要としても、アルプス集団における草原地帯関連祖先系統を有する男性からのひじょうに低い遺伝的影響を示唆しています。
同じCA-EBA期には、草原地帯関連祖先系統の出現後に、それとは関係なく、IN農耕民と関連する別の祖先系統(平均約20%)が、少なくとも紀元前2200~紀元前2000年頃以降(個体NOG302)、EIAlpに到達しました。IN農耕民と関連する祖先系統は地中海(エーゲ海)からヨーロッパ西部および北部に鉄器時代以降に拡大し、増加した、と示されてきました[39、40]。EIAlpやイタリアの北部と中央部と南部におけるIN農耕民関連構成要素の分布に基づくと、この構成要素はアルプスの南側のイタリア地域および/もしくはエーゲ海地域からアルプス地域に到来した、と示唆されます[39]。最後に、同じ頃に、草原地帯関連祖先系統に含まれていない、CHGと関連する別の構成要素が女性1個体(ROM402、紀元前2272~紀元前2041年頃)のみで検出され、この個体は地中海東部出身の祖先がいたかもしれません[89]。
要約すると、本論文は、さまざまな祖先系統と起源の集団からの散発的な遺伝子流動を浮き彫りにしながら、おもにMNからMBAのEIAlpにおける限定的な遺伝的交換を明らかにします。これは、イタリアの他のより孤立した地域(たとえば、サルデーニャ島)と同様に、他のヨーロッパ地域(たとえば、ヨーロッパ南東部や中央部)と比較しての、先史時代アルプス集団の相対的孤立を示唆しているかもしれません。
この全体像は、EIAlpにおける全体的な文化発展パターンとおおむね一致しているようです。じっさい、本論文で検証された長期にわたって、このアルプス地域では、さらに遠方の地理的地域との明らかな文化的接触にも関わらず、中断もしくは突然の変化なしに発展した文化的発展があったようです。じっさい、文化的変化の最も顕著な特徴は、新たな知識および技術的能力の獲得(銅の調達源の開発や金属製品の製作など)とより関連していたようです。さらに、考古学的観点からは、草原地帯関連祖先系統の拡散と関連づけられてきた集団との文化的接触の明らかな証拠は、現時点ではありません。BBC集団はこのゲノム構成要素の拡大にいくらかの役割を果たしたかもしれませんが、文化的なBB(鐘形杯)現象はEIAlpではひじょうに稀なようです。この構成要素の拡散は、彫像石碑の拡大ともおそらく関連している可能性があり、これはヨーロッパ全域に拡散し、EIAlpでも見られます。しかしこれまで、そうした文化的出現との明らかな葬儀の証拠は、この地域ではほぼ欠けています。
本論文はさらに、二つの片親性遺伝標識間の顕著な違いを見つけ、Y染色体はmtDNAと比較してひじょうに低い多様性を示します。そうした違いは、5000~3000年前頃にヨーロッパで起きたかもしれない、新石器時代後のY染色体のボトルネック(瓶首効果)の結果として、世界中で観察されてきました。このパターンは、過去の共同体におけるいくつかの文化的規則(たとえば、父系制や父方居住)によって説明できます。EIAlpでは、観察されたパターンは父方居住によって説明でき、父方居住では、ヨーロッパの他の先史時代の状況で観察されてきたように[59、94]、女性は男性出生地へと移動し、そこで子供を儲けます。じっさい、EIAlpにおけるY染色体系統は、男性の長期的で安定した定住を示唆しています。しかし、利用可能なデータに基づくと、分析された男性がこのアルプス地域の別の集落から到来したことも除外できません。さらに、男性のほとんどは遺伝的に密接な親族関係ではなく、近親交配の強い兆候を示しておらず、EIAlpにおける複雑な状況が示唆されます。
表現型分析に関しては、アイスマンのように、アルプスの先史時代の全個体は子供期の初期以後には、乳を消化できなかった、と示唆され、これは農耕民および牧畜民集団を含めて、古代の個体群と現代の人口集団では一般的な状態です。さらに、NAT2遺伝子のSNPであるrs1495741の分析に基づくと、分析されたすべてのアルプス先史時代個体はおそらく、高濃度の植物起源の脂肪酸を有しており、それはアイスマンで観察されたように[37]、おもに植物に基づく食性と関連していた、と示唆されます。本論文のMEの1個体におけるこの多様体の存在は予想外のように見えるかもしれませんが、本論文の結果は、過去1万年間にSNPのrs1495741の派生的アレルの頻度が(HG、EN、草原地帯関連祖先系統を有する集団で)変化しなかったことを示した、先行研究の観察と一致します。さらに、一般的に、PRLP2遺伝子のSNPであるrs471995についてのアルプス集団の結果は、MN以降のEIAlpにおける、農耕共同体の典型的な穀物に基づく食性への適応を示唆しているかもしれません。じっさい、このSNPの多様体は穀物に基づく食性の現在の人口集団では比較的一般的で、HGよりEN農耕民の方で高頻度ではあるものの、選択の証拠は見つかっていません。過去のアルプス集団における、拡張親族関係の可能性や表現型形質での社会的慣行や、メタゲノミクスなどの追加の分析をさらに調べるためには、標本抽出された個体の深いショットガン配列決定が、利用可能な生物学的資料で実行できます。
最後に、本論文は、アイスマンが他のCAの標本抽出された個体群(および他のアルプスの分析された先史時代個体群)との、同じ祖先ゲノムモデルおよび表現型形質における類似性を示しているものの、その母系および父系では他の個体と異なることも明らかにしています。これらの結果は、他のCAアルプス個体群と比較しての、アイスマンのわずかに異なる遺伝的歴史を示唆しています。アイスマンの歯と骨の安定同位体分析によって、その起源について発見された場所(セナーレス渓谷)に近いいくつかの渓谷への特定が可能となりましたが、アイスマンが属していたかもしれない文化的集団に関する情報はなく、それは、アイスマンが特徴的な物質要素(たとえば、土器)なしで回収されたからです。本論文の調査結果は、この謎めいた個体【アイスマン】の遺伝的起源と文化的帰属について、いくつかの問題を残したままになります。
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