イベリア半島北東部の新石器時代~青銅器時代の人口史

 イベリア半島北東部の新石器時代~青銅器時代の人口史に関する研究(Roca-Rada et al., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、スペインのカタルーニャのマス・デン・ボイショス(Mas d’en Boixos、略して)遺跡の中期新石器時代および前期青銅器時代の人類遺骸の新たなゲノム規模データを、以前に刊行された鉄器時代の3個体とともに報告し、片親性遺伝標識のミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)とY染色体ハプログループ(YHg)を含めて、既知の古代人および現代人と比較しています。新石器時代の個体のゲノムがヨーロッパ狩猟採集民およびアナトリア半島新石器時代集団と関連する遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を示したのに対して、青銅器時代の個体はユーラシア西方草原地帯と関連する祖先系統も有していました。また、青銅器時代における父方居住社会の可能性も指摘されています。以下は本論文の要約図です。
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 略称は、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、ROH(runs of homozygosity、同型接合連続領域)、LGM(Last Glacial Maximum、最終氷期極大期)、HG(hunter gatherer、狩猟採集民)、WHG(Western European hunter–gatherer、ヨーロッパ西部狩猟採集民)、EHG(eastern hunter-gatherer、東方狩猟採集民)、o(outlier、外れ値)です。時代区分の略称は、N(Neolithic、新石器時代)、EN(Early Neolithic、前期新石器時代)、MN(Middle Neolithic、中期新石器時代)、LN(Late Neolithic、後期新石器時代)、C(Copper Age、銅器時代)、BA(Bronze Age、青銅器時代)、EBA(Early Bronze Age、前期青銅器時代)、IA(Iron Age、鉄器時代)です。

 本論文で取り上げられる主要な文化は、マグダレニアン(Magdalenian、マドレーヌ文化)、ケレス(Körös、Koros)文化、スタルチェヴォ(Starčevo)文化、カルディウム土器(Cardial Ware)文化、線形陶器(Linear Pottery、Linearbandkeramik、略してLBK)文化、ヤムナヤ(Yamnaya)文化、鐘状ビーカー文化(Bell Beaker Culture、略してBBC)、イベロモーラシアン(Iberomaurusian)文化です。本論文で取り上げられるMDB以外の主要な遺跡は、イベリア半島では北部のラ・ブラナ(La Brana)遺跡およびロス・カネス(Los Canes)遺跡とシングレ・デル・マス・ノウ(Cingle del Mas Nou)遺跡とモンタニッセル(Montanissell)洞窟遺跡とサルダニョーラ・ダル・バリェス(Cerdanyola del Vallès)のパリス通り(Paris Street)遺跡、ポルトガルでは中央部のモイタ・ド・セバスティアン(Moita do Sebastião)遺跡、ベルギーではゴイエ(Goyet)遺跡、イタリアではヴィッラブルーナ(Villabruna)遺跡、ドイツではボン・オーバーカッセル(Bonn-Oberkassel)遺跡、ルクセンブルクではロシュブール(Loschbour)遺跡、ロシア西部ではサマラ(Samara)です。


●要約

 MDBは前期新石器時代から後期鉄器時代にまたがるイベリア半島北東部の重要な新石器時代遺跡です。以前に刊行された鉄器時代3個体とともに、中期新石器時代の8個体および前期青銅器時代の10個体のミトコンドリアゲノムからゲノム規模データが分析されました。ともに埋葬された中期新石器時代の2個体は1親等の母方親族で、WHGとアナトリア半島と残りのマグダレニアンの関連祖先系統を有していました。逆に、地下室に埋葬された前期青銅器時代の6個体は、異なるミトコンドリア系統を示しました。これらの個体のうち、3個体は3親等の親族で、男性は全員Y染色体系統を共有しており、女性族外婚を行なっていたかもしれない父方居住社会内の拡張家族の集団埋葬と一致します。これらの個体は、イベリア半島全域で微妙な南方への勾配を示した、追加の草原地帯関連祖先系統との遺伝的連続性を示しました。男性主導の青銅器時代の移行に異議を唱えるヨーロッパ東部のミトコンドリア系統と、地中海全域の動的な相互作用を示唆する地中海の遺伝子流動も特定されました。


●研究史

 MDBはおそらく、ペネデス(Penedès)地域(スペインのカタルーニャ州のバルセロナ)のカタラン(Catalan)沿岸前墓地における、最も重要な先史時代の考古学的遺跡です。1997年に発掘が始まって以来、450以上の移行が発見され、前期新石器時代から後期鉄器時代までの7500~2200年前頃にまたがる、豊富で複雑な層序が明らかになりました。MDBは多様な埋葬慣行と構造様式でとくに有名です。これらには、楕円形や円筒形で特徴づけられる地下貯蔵型墓や、複数個体の埋葬地として機能した地下室が含まれます。これらの埋葬と関連する副葬品は限られていることが多いものの、各期間の社会的慣行および文化的規範への貴重な洞察を提供します。

 MDBの時間的範囲は、ヨーロッパ全域の重要な文化的および遺伝的移行と一致します。その最初は新石器時代への移行で、狩猟および採集から農耕への移行が特徴で、定住共同体の確立につながりました[4、6、7、8]。この変容はおもにアナトリア半島からヨーロッパへの8500年前頃の人口移動によって起きており、農耕民と在来の狩猟採集民との間の動的な相互作用につながりました[10~12、14、16~18]。注目すべきことに、イベリア半島北部および北東部の中石器時代狩猟採集民は、イベリア半島の他地域の狩猟採集民と比較して、マドレーヌ文化と関連するLGM祖先系統、つまりゴイエ遺跡個体(ゴイエ_Q2)クラスタ(まとまり)を低い割合で保持しており、その祖先系統の大半(ヴィッラブルーナ/オーバーカッセルまとまり)はLGM後の拡大と密接に関連していました[11、12、16]。最近の遺伝学的研究では、新石器時代イベリア半島人口集団はヨーロッパ中央部で観察されたよりも高い、多様な中石器時代狩猟採集民の顕著な存続を示し、それは移動経路に沿った混合および追加の在来の寄与に起因する、と明らかにされてきました[10~12]。

 第二の主要な移行は5000年前頃に起きた青銅器時代への変遷で、ポントス・カスピ海草原地帯(黒海とカスピ海に挟まれた、ユーラシア中央部西北からヨーロッパ東部南方までの草原地帯)の牧畜民のヨーロッパ北部および中央部への移動によって特徴づけられます[20]。この移動はヨーロッパ北部および中央部の遺伝的祖先系統を変えただけではなく、イベリア半島人の遺伝的構成にも影響を及ぼし、かなりの草原地帯関連祖先系統をもたらしました[11、20~23、25、26]。イベリア半島北東部(現在のスペインのカタルーニャ州)では、この期間の埋葬慣行は近くに埋葬された個体間の関係に関する議論を引き起こしてきました。これらの関係は核家族のつながりを示唆している、と主張する学者もいれば、より複雑な社会構造を提案し、拡張家族のつながりもしくは文化的提携の可能性を強調する学者もいます。

 鉄器時代(2800~2000年前頃)までに、イベリア半島人口集団は顕著な割合の草原地帯関連祖先系統を保持していましたが、地域的差異がより顕著になりました。青銅器時代人口集団との遺伝的連続性を維持した集団もあれば、草原地帯関連祖先系統の増加もしくは地中海からの流入を通じて、微妙な変化を経た集団もありました[11]。

 本論文では、MDBの新たな25個体が遺伝学的に分析されました。カルディウム文化後と関連する中期新石器時代の2個体(MDB_MN)は同じ埋葬(E88)から回収されましたが(図1)、前期青銅器時代の23個体(MDB_EBA)は地下墓(E35)から発掘されました(図1および図2)。この地下墓は竪穴で通じている単一の空洞から構成されており、連続した埋葬目的のみに使われていました。関連する人工遺物の少なさのため、正確な文化的判定が妨げられていますが、小さな青銅片の発見は前期青銅器時代と一致します。さらに、2ヶ所の構造物(E448とE449)から発見された鉄器時代の3個体(MDB_IA)が含められ、この3個体は以前に先行研究[11]で分析されました。以下は本論文の図1です。
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 本論文の目的は、MDBの古ゲノムデータを用いて、(1)近くに埋葬された個体間の親族関係を推測し、(2)MDBにおける通時的な遺伝的変化を調べ、(3)イベリア半島とヨーロッパのより広範な遺伝的歴史内にそれらの調査結果を位置づけることです。以下は本論文の図2です。
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●MDBにおける遺伝的性別と片親性遺伝標識と親族関係

 中期新石器時代埋葬の2個体は、遺伝学的に男性1個体および女性1個体と特定されました。この2個体は1親等の親族で、同じmtHg-K1a4a1を共有しており、全キョウダイ(両親が同じキョウダイ)もしくは母親と息子かもしれない、と示唆されます。男性個体はYHg-I2a1a1b2∼(Y21979)でしたが、このYHg-I内の上流の派生的SNPは回収されなかったので、YHg-I2a1a1b2への分類は暫定的とみなされるべきです。

 前期青銅器時代の地下墓では、分析された23個体のうち6個体でゲノム規模データの回収に成功し、男性4個体と女性2個体から構成されます。さらに、8点のミトコンドリアゲノムが回収され、それぞれ異なるmtHgに属しており、その内訳は、H3とR0aとH1e1aとH1bmとX2bとU2e1とU5b1とH1cです。しかし、全男性はYHg-R1b1a1b(M269)系統内の下位YHgを有していました。3個体はより派生的な下位単系統群、つまりYHg-R1b1a1b1a1a2(P312)とYHg-R1b1a1b1a1a2c1a5c5(A6484)とYHg-R1a1a1b1a1a1a2b∼(Y37285)に分類でき、全体的なYHgの解像度は低網羅率のため限定的で、この分類は慎重に解釈されるべきです。

 親族関係分析から、前期青銅器時代個体群は親族関係になく、例外は、3親等の親族関係を相互に共有していた3個体で、それは、女性1個体(MDB_24215)と男性2個体(MDB_24233とMDB_24197)だった、と明らかになりました。親族関係にない男性間の組み合わせの平均的な血縁係数が、親族関係にない女性同士および男女間の組み合わせより高かったことも観察されました。MDB_EBAの2個体のみがROH分析の品質閾値に合格し、その特性は近親婚もしくは小さな人口規模を示唆していません。

 最後に、鉄器時代の男性2個体と女性1個体の親族関係分析から、親族関係にはなかったことが明らかになりました。この3個体は異なるmtHg(HとH3とJ1c1)を有しており、男性2個体はYHg-R1b1a1b(M269)系統の異なる下位YHgを有しており、具体的にはYHg-R1b1a1b1a1a2(P312)です。


●MDB内の遺伝的類似性

 MDB個体群の経時的な遺伝的類似性を調べるために、f₃形式(ムブティ人;個体1、個体2)の外群f₃統計の繰り返しが実行され、1- f₃の多次元尺度構成分析を用いて視覚化されました(図3B)。その結果、MDB_MNについて異なる遺伝的分類が明らかになり、他の個体群とは区別されます。注目すべきことに、3親等の関係を共有していた青銅器時代の地下墓の個体群(MDB_24215とMDB_24233とMDB_24197)はともに密接にクラスタ化しました(まとまりました)。残りの前期青銅器時代個体は、鉄器時代の3個体への漸進的な遺伝的移行を示しました。以下は本論文の図3です。
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●MDBとイベリア半島における新石器時代への移行

 ヨーロッパ南西部の現代人でのPCAに投影されたMDBとイベリア半島古代人との間の遺伝的類似性を調べると(図3A)、MDB_MNは新石器時代および銅器時代のイベリア半島個体群とまとまり、現在のバスク人とサルデーニャ島民との間に位置します。K(系統構成要素数)=4でのADMIXTURE分析(図4)では、MDB_MNは新石器時代および銅器時代のイベリア半島の他集団と同様に、新石器時代前の狩猟採集民(WHG)構成要素とアナトリア半島から到来した新石器時代祖先系統(アナトリア_N)から構成される混合祖先系統を有している、と示唆されます。これらの兆候は、qpAdm祖先系統モデル化でさらに確証され、MDB_MNは約77%のアナトリア_Nと約23%のイベリア_HGでモデル化できる、と示されました。以下は本論文の図4です。
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 MDB_MNの狩猟採集民祖先系統を調べるために、f₃形式(MDB_MN 、検証対象;ムブティ人)の外群f₃統計が計算され、検証対象はさまざまなイベリア_HGが循環されました。この分析では、低いZ得点ではあるものの、MDB_MNはバレンシアのシングレ・デル・マス・ノウ遺跡個体のイベリア半島南東部中石器時代狩猟採集民、およびポルトガル中央部のモイタ・ド・セバスティアン遺跡の後期中石器時代狩猟採集民とより高い遺伝的浮動を共有していた、と観察されました。これらに続いて高いZ得点だったのは、イベリア半島北部のラ・ブラナ遺跡およびロス・カネス遺跡の個体でした。これらの個体は、マドレーヌ文化関連狩猟採集民よりも、LGM後の狩猟採集民の方とより密接に関連しています。さらに、供給源としてイベリア_HG の代わりにWHG(ルクセンブルク_ロシュブール、ハンガリー_EN_HG_ケレス)を用いてのqpAdm祖先系統モデル化は、追加の第三の構成要素として必ずしもゴイエ_Q2を必要としませんでしたが、ゴイエ_Q2によってモデルの適合性は改善されました。


●MDBとイベリア半島とユーラシア西部における青銅器時代への移行

 MDBのすべての前期青銅器時代および鉄器時代個体は、PCAで観察された新石器時代および銅器時代のパターンからの遺伝的変化を示しました。具体的には、MDB_EBAとMDB_IAは青銅器時代および鉄器時代のイベリア半島個体群とまとまり、現在のスペイン人の方へと動いています(図3A)。ロシア_サマラ_EBA_ヤムナヤによって表される草原地帯関連祖先系統は、ADMIXTURE分析(図4)およびf₄形式(アナトリア_N、検証対象;ロシア_サマラ_EBA_ヤムナヤ、ムブティ人)のf₄統計(図3C)によって証明されるように(ここでの検証対象はMDBの各個体で繰り返されました)、MDB_EBAとMDB_IAを含めて青銅器時代および鉄器時代のほとんどのイベリア半島の個体に存在しました。

 供給源としてWHGとアナトリア_Nとロシア_サマラ_EBA_ヤムナヤでの遠位枠組みの混合モデル化はMDB_EBAの遺伝的祖先系統を説明しませんが、MDB_IAには適合し、そのモデルは追加の第四の供給源としてイベリア_HGを含めると改善しました。イベリア_C(WHGとアナトリア_Nの代わり)とロシア_サマラ_EBA_ヤムナヤもしくはドイツ_BBCを含めた半近位枠組みもMDB_IAの遺伝的祖先系統を説明しますが、これらのモデルはMDB_EBAについて依然として失敗しました。代わりに、MDB_EBAは3供給源モデルによって最良に適合しました。イベリア_Cとロシア_サマラ_EBA_ヤムナヤを用いると、最適なモデルには追加の供給源としてイタリア_Cとイラン_Nが含まれました。あるいは、イベリア_Cとドイツ_BBCを用いると、最適なモデルにはイラン_Nとイラン_Cが含まれました(図5A)。以下は本論文の図5です。
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 より近位の枠組みを調べるために、イベリア_C_o草原地帯(イベリア半島における草原地帯関連祖先系統の最初の証拠を表す、銅器時代のイベリア半島北部個体群)が用いられ、MDB_EBAの遺伝的差異への洞察が提供されました。その最適なモデルに含まれたのは、(1)最も遠位の追加供給源としてのイラン_N、(2)最も半近位の供給源としてのイタリア_Cとレヴァント_C、(3)最も近位の供給源としての地中海中央部諸島_BAとヨルダン_BAです。地中海中央部および東部人口集団とのこれらの類似性は、f統計によってさらに裏づけられました。興味深いことに、MDB_IAはイベリア_C_o草原地帯のみで説明されました。

 f₄形式(ロシア_サマラ_EBA_ヤムナヤ、ムブティ人;検証対象、モロッコ_イベロモーラシアン)およびf₄形式(ロシア_サマラ_EBA_ヤムナヤ、ムブティ人;アナトリア_N、モロッコ_イベロモーラシアン)のf₄統計を用いて、青銅器時代イベリア半島個体群における草原地帯関連祖先系統がさらに調べられ、絶対Z得点が標準誤差の2倍以上の個体群は除外されました。f₄比のほとんどは1を超えており、予測されたように、モロッコ_イベロモーラシアンと比較してアナトリア_Nよりもロシア_サマラ_EBA_ヤムナヤ祖先系統の割合がより高いことを示唆しています。ロシア_サマラ_EBA_ヤムナヤ祖先系統におけるわずかな減少はイベリア半島の南方に向かって観察され、ピレネー山脈の近くでより高く、イベリア半島南部でより低くなっています。

 イベリア半島における青銅器時代への移行を他のヨーロッパ人口集団と比較して調べるために、個体あたりの外群f₃統計が計算され、それは、x軸上ではf₃(ムブティ人;アナトリア_N、検証対象)、y軸上ではf₃(ムブティ人;ロシア_サマラ_EBA_ヤムナヤ、検証対象)で(図5C)、クラスタ(まとまり)の南北の勾配が明らかになります。ブリテン諸島とスカンジナビア半島とヨーロッパ北東部および東部の個体群を含めたクラスタが、ロシア_サマラ_EBA_ヤムナヤと最高の浮動を共有していました(青色)。この勾配に続くのが、広範な文武のヨーロッパ中央部および西部人です(薄い灰色と薄茶色)。顕著な勾配のある拡張クラスタには、ヨーロッパ南東部とイタリアとイベリア半島の個体群が含まれ(桃色)、多様なMDB_EBA個体が含まれます。イベリア半島に最も近いクラスタは、地中海およエーゲ海個体群で構成されています(琥珀色)。


●中期新石器時代の埋葬

 人類学的研究はカルディウム文化後の関連する中期新石器時代埋葬(E88)で女性2個体を特定しましたが、遺伝学的分析は男性1個体と女性1個体を明らかにしました。これらの個体は1親等の親族で、mtHg-K1a4a1と関連する同じミトコンドリアハプロタイプを共有していました。同時もしくは近い時期の埋葬の証拠を考えると、人類学的記述から、この2個体はキョウダイもしくは母親と息子の可能性が高い、と示唆され、これが最も節約的な説明のようです。

 MDB_MNの遺伝的特性は、イベリア半島に関する先行研究と一致し、在来の狩猟採集民とアナトリア半島農耕民との間の混合が示唆されます[11、12]。この結論は、片親性遺伝標識の分析によってさらに裏づけられます。イベリア半島では、他の新石器時代個体はmtHg-K1a4a1の下位ハプログループを有している、と分かりました[10、11、21、26]。興味深いことに、同じ下位mtHgが、わずかに異なるハプロタイプではあるものの、MDBからわずか52km離れたサルダニョーラ・ダル・バリェスのパリス通り考古学的遺跡の銅器時代の標本1点で見つかりました[26]。じっさい、mtHg-K1aはおそらくヨーロッパ大陸に、前期新石器時代アジア南西部人の移動中の8000年前頃に大陸および地中海経路で到来した、と示唆されてきました[36]。

 MDBの中期新石器時代の男性1個体の父系は、I2a1a1b2∼(Y21979)下位ハプログループでした。YHg-I2a1(L460)系統はヨーロッパ中央部狩猟採集民にすでに存在しており[21、39]、その後で、mtHg-K1aおよびYHg-G2a(P15)と関連していた、上述の地中海東部新石器時代農耕民の西方への移動の波に同化された、と示唆されてきました。じっさい、LBKを生み出したスタルチェヴォ文化とカルディウム土器文化のヨーロッパ南東部および南西部の農耕民は、YHg-I2a1(L460)、具体的にはYHg-I2a1a(P37.2)とYHg-G2a(P15)の両系統を有していました[7、21、39、42]。興味深いことに、先行研究では、カルディウム文化および線形陶器文化と関連する人口集団はバルカン半島の共通の1農耕人口集団の子孫で、この人口集団がその後ヨーロッパへと地中海沿岸およびドナウ川に沿ってさらに西方へと移動した、と示唆されました。カルディウム文化関連個体群は現在のサルデーニャ島民およびバスク人と最も密接に関連している、と分かりました。じっさい本論文では、MDBの調査対象のカルディウム文化の個体群の核の遺伝的情報がこの類似性を裏づけています。

 最後に、MDB_MNにおける上部旧石器時代のマドレーヌ文化祖先系統の低い割合の存続は、ヨーロッパ大陸やイベリア半島北部および北東部の同様の調査結果と一致します[11、12、16]。しかし、経時的なイベリア半島狩猟採集民祖先系統の遺伝的景観を完全に理解するには、上部旧石器時代と中石器時代と新石器時代のイベリア半島人口集団のさらなる標本抽出が必要です。


●イベリア半島における前期青銅器時代の地下墓と青銅器時代への移行

 イベリア半島北東部では、青銅器時代は沿岸地域と山岳地帯との間の異なる埋葬慣行によって特徴づけられます。MDBのような沿岸部遺跡は、土坑墓と地下墓によっておもに特徴づけられ、低地および沿岸地域の集団埋葬慣行を反映しています。対照的に、モンタニッセル遺跡のような山岳地帯は、埋葬について洞窟や洞穴のような自然の地形の利用とともに、支石墓のような巨石建造物と関連しています。これらのパターンは、ヨーロッパ全域で観察されたより広範な傾向と一致しており、沿岸地域ではより単純な埋葬慣行を特徴とすることが多い一方で、山岳地帯は記念碑的で集団的な埋葬構造によって特徴づけられ、社会および儀式慣行への地理の影響が浮き彫りになります。これらの集団埋葬で発見された個体は、洞窟か竪穴かより複雑な埋葬構造物の一部だったかどうかに関わらず、核家族のつながりの一部だった、と以前に仮定されました。しかし、モンタニッセル遺跡では、小さな社会において親族関係と文化を統合する拡張家族が示唆されており、MDBにも当てはまるかもしれません。

 多様なmtHgの8個体と低水準の近親婚が特定されました。注目すべきことに、全男性は同じY染色体系統を共有していた可能性が高そうです。さらに、3親等の親族関係が検出され、それには女性1個体と男性2個体が含まれます。親族関係にない男性同士の組み合わせ間の平均的な血縁係数が、親族関係にない女性同士および男女の組み合わせより高かったことも観察されました。これらの調査結果は拡張親族関係網を示唆しており、女性族外婚によって特徴づけられる父方居住社会の可能性と一致し、これは青銅器時代のイベリア半島南東部において以前に観察されたパターンです[43]。

 MDB_EBA個体のほとんどは、新石器時代および銅器時代イベリア半島個体群で以前に報告され、おそらくはLGM後にイベリア半島/フランコ・カンタブリア(Franco-Cantabrian)退避地からヨーロッパ全域に拡大した、母系(H1とH3とU5)を有していました。さらに、1個体は新石器時代への移行期にイベリア半島に到来した系統(mtHg-X2b)を有しており[10]、下位ハプログループであるmtHg-H1bmについてはほとんど分かっていませんが、mtHg-H1はトルクメニスタン_EN[48]とドイツ_LN[48]とスペイン_BA[48]とクレタ_BAで見つかってきました。注目すべきことに、MDB_ 24194はイベリア半島古代人では以前に報告されていなかったmtDNA系統であるU2e1を有しており、U2e1は、旧石器時代/中石器時代EHGおよび青銅器時代ヤムナヤ文化とより高い類似性を有していますが、新石器時代農耕民との高い類似性はありません[51]。さらに、MDB_EBA にも存在するmtHg-H1bおよびH1cは、ヨーロッパ東部人口集団で一般的に見られます[52、53]。したがって、これらの母系はMDB_EBA における草原地帯関連とのある程度の類似性を示唆しています。

 さらに、MDB_EBAの全男性は、草原地帯ヤムナヤ文化や一部のインド・ヨーロッパ語族の拡大と関連している個体群で一般的な、YHg-R1b1a1b(M269)系統内の下位ハプログループを有しています[21]。イベリア半島では、草原地帯関連祖先系統の到来とともに青銅器時代においてY染色体の置換があった、と示唆されており[11、25、26]、それはMDB_EBAとMDB_MNを比較しても観察されます。

 じっさい先行研究は、MDB_EBA 集団の一部の個体と類似する、YHg-R1b1a1b(M269)と新石器時代イベリア半島の母系(H1+152とU5b3とX2b+226)を有する中期青銅器時代ポルトガルの男性3個体を分析しました。しかし、これらの個体はイベリア半島中央部および北部の人口集団と比較して、著しく低い割合の草原地帯関連祖先系統を示しました。同様のパターンは先行研究[25]によって一部のイベリア半島南東部個体で観察され、別の先行研究では、インド・ヨーロッパ語族のYHg-R1b1a1b(M269)の男性は3800年前頃に移民の小集団としてイベリア半島に進入し、在来の女性と家族関係を形成し、世代ごとに草原地帯関連祖先系統がしだいに減少した、と提案されました。数世紀以内に、この過程はわずかな水準の草原地帯関連祖先系統をもたらしました。

 本論文の調査結果は、イベリア半島全域での草原地帯関連祖先系統における南方へのわずかな勾配も明らかにし、ピレネー山脈の近くではより高水準で、南方へ向かうにつれて減少します。注目すべきことに、イベリア半島はヨーロッパで最低の草原地帯関連祖先系統の一部を示し、これを下回るのはイタリアと地中海諸島のみです。青銅器時代への移行は男性主導だった、と示唆されてきましたが、ヨーロッパ東部人口集団と関連する一部のミトコンドリア系統がMDB_EBAで検出され、女性もおそらくは同様に移住した、と示唆されます。じっさい、先行研究[25]では、青銅器時代のイベリア半島における男性に偏った草原地帯関連祖先系統の兆候は見つかりませんでした。

 最後に、mtHg-R0aがMDBの男性で見つかり、これは先行研究[25]で初めて古代イベリア半島において報告されました。現在の人口集団では、mtHg-R0aはアラビア半島においてより高頻度ですが、地中海東部やウクライナのヤムナ(ヤムナヤ)文化やシチリア島のBBCの古代の個体群でも見つかってきました。先行研究では、mtHg-R0aは地中海周辺の氷期後期もしくは氷期後の拡散の痕跡を表しているかもしれない、と示唆されましたが、別の研究では、mtHg-R0aはヨーロッパ中央部で見つかったので、地中海地域は銅器時代および前期青銅器時代には拡散経路だった、と示唆されました。さらにその研究では、他の銅器時代および青銅器時代の地中海東部および中央部人口集団と同様に、イベリア半島南東部の銅器時代および青銅器時代の人口集団におけるイラン_N的祖先系統の過剰も検出され、イベリア半島における地中海からの影響が示唆されます。興味深いことに、MDB_EBAの混合モデル化における唯一の適切な枠組みには追加の供給源として地中海人口集団が含まれており、イベリア半島北東部での、少なくとも前期青銅器時代の前もしくはその期間におけるこの地中海からの影響がさらに裏づけられ、これはMDB_MNにおける地中海人口集団の影響の欠如とは対照的です。


●鉄器時代の埋葬

 現在、スペイン人とポルトガル人は青銅器時代イベリア半島個体群より高い割合の草原地帯祖先系統を有しており、これは青銅器時代後に他の移住が起きたことを意味しています。先行研究[11]で以前に分析された男性2個体と女性1個体は異なるmtHg(HとH3とJ1c1)を有しており、親族関係にはなく、男性はYHg-R1b1a1b(M269)を有していました。この3個体と相互に比較的異なっており、中期新石器時代個体群よりも前期青銅器時代個体群の方と密接でした。この3個体と以前に刊行されたスペインの鉄器時代個体の残りは、一般的にそれ以前の期間よりも高い割合の草原地帯関連祖先系統を有していました。興味深いことに、イラン_N的祖先系統はこれらの個体で見つからず、MDBにおける、この期間での地中海からの影響の欠如と、そうした祖先系統の世代を超えた消滅が示唆されます。しかし、MDBのわずか3個体の小さな標本規模は、決定的な結論を導くのに充分なほど代表性がない可能性に要注意です。じっさい、遺伝学的観点からは鉄器時代イベリア半島個についてほとんど分かっておらず、それは、最も一般的な葬儀慣行がDNAの保存に好都合ではない火葬だったからです。したがって、以前に刊行されたスペインの鉄器時代個体群(24個体)が主要な鉄器時代イベリア半島人口集団の代表なのかどうか、まだ分かりません。


●この研究の限界

 包括的な遺伝学的分析が行なわれたにも関わらず、この研究にはいくつかの限界があります。一部の男性個体の相対的に低い網羅率はYHg分類の解像度を制限し、より精細な規模の親族関係構造の検出能力を制約します。さらに、一部の埋葬についての関連する副葬品および考古学的情報の少なさのため、正確な文化的解釈が困難です。最後に、標本規模はMDBについて相当なものですが、これらの期間のより広範な地域のより広い遺伝的多様性もしくは人口動態を完全には把握できないかもしれません。


参考文献:
Roca-Rada X. et al.(2025): Genetic transitions in the Neolithic and Bronze Age at Mas d’en Boixos (Catalonia, Spain). iScience, 28, 7, 112871.
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[4]Broushaki F. et al.(2016): Early Neolithic genomes from the eastern Fertile Crescent. Science, 353, 6298, 499-503.
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[7]Mathieson I. et al.(2015): Genome-wide patterns of selection in 230 ancient Eurasians. Nature, 528, 7583, 499–503.
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[10]Lipson M. et al.(2017): Parallel palaeogenomic transects reveal complex genetic history of early European farmers. Nature, 551, 7680, 368–372.
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[42]Mathieson I. et al.(2018): The genomic history of southeastern Europe. Nature, 555, 7695, 197–203.
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[43]Villalba-Mouco V. et al.(2022): Kinship practices in the early state El Argar society from Bronze Age Iberia. Scientific Reports, 12, 22415.
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[48]Narasimhan VM. et al.(2019): The formation of human populations in South and Central Asia. Science, 365, 6457, eaat7487.
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[51]Fu Q. et al.(2016): The genetic history of Ice Age Europe. Nature, 534, 7606, 200–205.
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[52]Mittnik A. et al.(2018): The genetic prehistory of the Baltic Sea region. Nature Communications, 9, 442.
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[53]Saag L. et al.(2021): Genetic ancestry changes in Stone to Bronze Age transition in the East European plain. Science Advances, 7, 4, eabd6535.
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