ローマ期ブリテン島の農村住民のゲノムデータ

 取り上げるのが遅れてしまいましたが、ローマ期ブリテン島の農村住民のゲノムデータを報告した研究(Scheib et al., 2024)が公表されました。本論文は、イングランドのケンブリッジシャー(Cambridgeshire)の8ヶ所の遺跡で発見された古代人52個体のゲノムデータとともに、Y染色体ハプログループ(YHg)およびミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)や酸素(O)同位体データを報告し、これらの遺跡間の住民で祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の違いが比較的小さく、ローマ帝国の他地域からの長距離移動の証拠が見つからなかった、と報告しています。ローマ期ブリテン島の農村部では、ローマによる占領の遺伝的影響は小さかったようです。ただ、ローマ期後半の1家族において、一時的移動かもしれない事例が見つかっています。また本論文は、ブリテン島おける遺伝的祖先系統の現在のパターンがローマ期後に出現したことも示しています。

 本論文で取り上げられるケンブリッジシャーと近隣の主要な遺跡は、新石器時代のトランピントン・メドウズ(Trumpington Meadows)遺跡、青銅器時代のオーヴァー・バロウズ(Over Barrows)遺跡、鉄器時代のダックスフォード(Duxford)のヒンクストン道路(Hinxton Road)近くの孤立した埋葬および墓地、ローマ期のヴィカーズファーム(Vicar's Farm)遺跡、ローマ期のノースウェストケンブリッジ(North West Cambridge)遺跡、ローマ期のクノッブズファーム(Knobb's Farm)遺跡、ローマ期のフェンスタントン・ケンブリッジロード(Fenstanton Cambridge Road)遺跡、ローマ期のフェンスタントン・デアリー・クレスト(Fenstanton Dairy Crest)遺跡、ローマ期のアーバリー(Arbury)遺跡、ドリッフィールド・テラス(Driffield Terrace)遺跡、ローマ期のオフォード・クルーニー(Offord Cluny)遺跡です。

 略称は、LIA/RP(Late Iron Age/Roman period、後期鉄器時代/ローマ期)、UKB(United Kingdom Biobank、イギリス生物銀行)、IAR(Iron Age/Roman、鉄器時代およびローマ期の人々)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、GBR(British in England and Scotland、1000人ゲノム計画におけるイングランドとスコットランドのイギリス人)、MCM6(minichromosome maintenance complex component 6、ミニ染色体維持タンパク質6)、IBD(identity-by-descent、同祖対立遺伝子)、IBIS(identical by descent via identical by state 、同一状態経由での同祖対立遺伝子)、cM(センチモルガン)、LSAI(long shared allele intervals、長い共有されているアレル間隔)、ROH(runs of homozygosity、同型接合連続領域)、KIN(Kinship INference、親族関係推定)、READ(Relationship Estimation from Ancient DNA、古代DNAの関係推定)です。


●要約

 ローマ期には、現在のイギリスの大半を含めて、ヨーロッパおよび地中海全域に帝国が拡大しました。行政官や商人や軍人のブリテン島への出入の高い移動性の文献証拠はありますが、地元の農村の人口構造や親族関係や移動性への帝政の影響は、文献記録には見えません。ローマの軍事占領期にブリテン島で起きた遺伝的変化の程度は、依然として充分には調べられていません。本論文は、ローマ占領期を網羅する、ケンブリッジシャーの8ヶ所の遺跡で発見された古代人52個体のゲノム規模データを用いて、ローマ期ブリテン島の遺跡間の低水準の遺伝的祖先系統の分化と、青銅器時代および新石器時代よりも多い人口の指標を示します。ローマ帝国の他地域からの長距離移動の証拠は見つかりませんでしたが、ローマ期ブリテン島後期における1家族単位内の一時的移動かもしれない1事例が見つかりました。本論文では、ブリテン島における遺伝的祖先系統の現在のパターンがローマ期後に出現したことも示されます。


●研究史

 西ローマ帝国は最盛期には、ブリテン島を含めてヨーロッパ大陸の大半を支配しました【ローマ帝国ではなく西ローマ帝国と表記すると、妥当ではないようにも思いますが】。ローマ期ブリテン島の人口推定値は70~400年頃には280万人~400万人近くの間で、そのうち農村共同体が約90%を占めていました。この期間の農村の地域人口集団は考古学的によく記録されていますが、その移動はさほど理解されておらず、文献記録には見えません。ローマ期ブリテン島の最も明らかな個体は兵士と行政官で、その多くはローマ帝国の他地域から来ました。一般的に、兵士は忠誠心による争いを避けるために、故郷から遠い地域に配置されました。ブリテン島へのローマ帝国の他地域からの移動は商人とともにこれらの集団に占められていた可能性が高そうで、最大の影響は都市および軍事地域で見られたでしょう。これらの集団は広範につながっていましたが、農村共同体はおそらく移動の影響をほとんど受けなかったでしょう。この期間の移動の程度は最近の議論の対象になっており、研究はおもに同位体データの使用に焦点を当てています。そうした研究の結果は高水準の移動性を示唆しており、個体の30~50%は子供期を地元以外で過ごしていました。しかし、同位体分析の標本抽出は軍事および都市地域と、一般的な人口集団を表していないかもしれない埋葬に占められてきたので、移動の規模と全体的な人口への影響に関する知識は評価が困難です。

 遺伝学的観点からは、その後の前期中世(5~10世紀)には、イングランド東部におけるオランダ人やドイツ人や他の北海地帯の祖先系統とのより高い類似性へと向かう大きな変化が生じ、平均では38~75%の規模です(Leslie et al., 2015、Schiffels et al., 2016、Gretzinger et al., 2022)。これが中世前期における移住のみを原因とするのかどうか、あるいは何らかの変化がローマ期における遺伝子流動に起因する可能性はあるのかどうか、明らかではありません。ドイツ北西部のローマ後期の遺跡におけるブリテン島からの副葬品の存在は、ブリテン島からヨーロッパ大陸への移動を示唆しますが、同じパターンは逆方向では必ずしも見られません。ブリテン島とガリア(現代のベルギーとフランスとルクセンブルクや、スイスとオランダとイタリア北部とドイツの一部を含む地域)との間の長期にわたるつながりは、ローマ期の前とローマ期の両方で、在来の先住民であるブリトン人と侵入してきた個体群との間の遺伝的区別を曖昧にしているかもしれません。

 大ブリテン島の青銅器時代および鉄器時代(Patterson et al., 2022)と中世前期(Gretzinger et al., 2022)における人口統計学的変化についての最近のゲノム研究とは対照的に、これまでに刊行されたローマ期のゲノムはわずかでした。ヨークの墓地の斬首された7個体の研究では、ほとんどの個体はイングランドの現代人よりもウェールズの現代人の方と高い類似性を有していた、と示されたものの、中東/アフリカ北部祖先系統を有する1個体の特定によって、ローマ帝国の国際的性質も浮き彫りになりました(Martiniano et al., 2016)。しかし、ヨークは国際的な都市中心地で、属州全体の典型とみなすことはできないかもしれません。別の最近の研究は、ケンブリッジシャーの農村地帯のオフォード・クルーニー遺跡における孤立した埋葬が、サルマティア人祖先系統を有する男性1個体と示しました(Silva et al., 2024)。繰り返すと、この埋葬は、長期にわたる在来人口集団のより代表的かもしれない、より大きく正式な墓地に由来しません。

 一般的に現在のケンブリッジシャー地域は、全体的に州の特異的ではない広範に研究された否かの農耕地域なので、この地域の共同体からの遺伝的情報は、ローマ期ブリテン島の(複数の)在来人口集団の構成の理解の深化な重要な機会を提供します。本論文は、ケンブリッジシャーの6ヶ所のローマ期の遺跡から得られたゲノム規模データを、3ヶ所から得られた対応する同位体データとともに研究することによって、ブリテン島の農村共同体へのローマ支配の影響を調べます。


●標本

 国際的中心地以外の移動の影響に関する問題を調べるために、古代人96個体についてゲノム規模データが生成されました。この標本一式の地域と期間の遺伝的背景を提供するために、前期新石器時代遺跡1ヶ所(紀元前3770~紀元前3370年頃)の3個体、オーヴァー・バロウズの近隣の青銅器時代遺跡(紀元前2140~紀元前1260年頃)の2個体、おもにローマ期の遺跡の孤立した前期鉄器時代(紀元前830~紀元前540年頃)の被葬者1個体から得られたゲノム規模データが含められました(表1)。ローマ期の遺跡には、100~400年頃の居住年代のケンブリッジシャーの6ヶ所(図1)と、斬首された多数の被葬者の発見された農場および墓地が含まれます。以下は本論文の図1です。
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 これらのゲノムは、平均で最大3.8倍のゲノム規模網羅率(中央値は0.037倍)で配列決定されました。これにのうち41個体は網羅率が0.05倍超で、補完に基づくアレル(対立遺伝子)頻度分析に用いられました。常染色体網羅率が0.1倍超の33個体のゲノムの部分集合は、ゲノム規模常染色体遺伝子型関連分析に用いられました。mtHgは66個体(網羅率は2倍超)で決定できました。これらのゲノムは概して、遺伝学的に判断されたような男女の均等な分布と、広範なあらゆる年齢の学童期(6~7歳から12~13歳頃)と成人を示しています。内在性のヒトDNA含有量は部位によって異なり、平均では12.03%、ゲノム規模の網羅率は0.13倍です。2通りの手法(Jones et al., 2015)を用いてのmtDNAからの中央値の推定汚染率は0.43%で、最初の5塩基対におけるシトシン(C)からチミン(T)への平均誤取り込み率は8.11%です。これらの値の範囲は、古代DNAのでは典型的です。


●鉄器時代/ローマ期のケンブリッジの人口構造

 PCAを用いて、ケンブリッジシャーのLIA/RP(後期鉄器時代/ローマ期)の33個体の祖先系統が、ブリテン島利用可能な古代人のゲノムとヨーロッパおよび中東の現代人のゲノムの文脈で調べられました。その結果、ケンブリッジシャーのLIA/RP個体群のゲノムはすべてヨーロッパ西部に由来し(図1c)、ヨークのLIA/RP個体群のゲノムの大半のように、地元のイングランド東部現代人のゲノムとよりもウェールズの現代人のゲノムの方と密接にクラスタ化する(まとまる)、と分かりました(図1c)。ケンブリッジシャーのオフォード・クルーニー遺跡(Silva et al., 2024)とヨークの3DRIF-26(Martiniano et al., 2016)の以前に検出された外れ値2個体とは異なり、調べられたケンブリッジシャーの網羅率0.1倍超のLIA/RP個体群のゲノムでは外れ値が検出されませんでした。ローマ期の全人口集団は、補完されたデータもしくは半数体遺伝子型呼び出しに基づくPCAにおける外部参照人口集団との関連で(図1)、ヨーロッパ北部/西部祖先系統で均質性を示しました。

 f4統計を用いて、補完されたLIA/RP個体群のゲノムが古代および現代のヨーロッパの人口集団とさまざまな類似性を有しているのかどうか、検証されました。先行研究(Patterson et al., 2022)によってイングランドの鉄器時代のゲノムで観察された新石器時代祖先系統の増加と一致して、検証されたローマ期の遺跡6ヶ所の個体群はすべて、銅器時代および青銅器時代イングランドの個体群のゲノムよりも、サルデーニャ島の新石器時代個体群のゲノムと一貫してより高い浮動の共有を示しました(図2a)。すべての遺跡の個体群は、ローマ帝国のLIA/RP個体群のゲノムとよりも、後期鉄器時代イングランドの個体群の方と高い類似性を示します(図2b)。現在の中東もしくはアフリカ北部からの長距離の移民の埋葬を含んでいたローマ期のヨークの墓地(Martiniano et al., 2016)とは異なり、検証されたケンブリッジシャーの33個体の補完されたゲノムでは地中海地域からの長距離移動の証拠は見つかりませんでした。ケンブリッジシャーの個体群のゲノムは、フランスとスコットランドとイングランドの後期鉄器時代個体群のゲノムとの類似性によっても区別されません。以下は本論文の図2です。
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 ヨークのローマ期の個体群のゲノムで以前に報告されたように(Martiniano et al., 2016)、ケンブリッジシャーのLIA/RP個体群のゲノムと、現在のフランス人のゲノムとよりも現在のオランダ人のゲノムの方との高い類似性が見つかりました(図2c)。その後の中世前期個体群のゲノムとは異なり、ローマ期の個体群のゲノムは現代のスコットランド人よりも現代のデンマーク人の方とより類似しているわけでないことも分かりました。遺跡水準で観察されたパターンから、顕著な個体の偏差も観察されません。イングランド東部および南部の現代人集団とのLIA/RP個体群の類似性における、相対的にわずかな違いが観察されます。ケンブリッジシャー(イングランド東部)のローマ期の期個体の1/3は、わずかではあるものの有意に、イングランド当分の平均的な現代人のゲノムよりもケントの現代人のゲノムの方と高い類似性を示します。

 ヨークの利用可能なローマ期、後期鉄器時代のフランスFischer et al., 2022、中世前期ヨーロッパ西部(Gretzinger et al., 2022)のデータや、イギリスおよびヨーロッパの他地域のUKBのデータの文脈で、ケンブリッジシャーのローマ期の個体群の保管されたゲノム間のLSAI(long shared allele intervals、長い共有されているアレル間隔)のパターンがさらに調べられました(図3)。IBD断片と同様に、LSAIは大規模なコホート(特定の性質が一致する個体で構成される集団)における微細規模の構造を検出する、珪酸的に扱いやすい方法を提供します。位相化されていない状況における共有された4cM超のアレルの長さは共有されたハプロタイプに常に対応する可能性は低いので、IBDからLSAIを区別することは有意義です。以下は本論文の図3です。
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 予測通り、ケンブリッジシャーの地理的に近いローマ期遺跡の個体間における比較的高水準のLSAI共有が見つかり、1ヶ所の遺跡の個体のうち平均確率で25%は別の遺跡の個体群と4cM以上のLSAI断片を共有しており、これは、イングランド東部もしくは南東部の現在の個体間での観察された共有の2倍以上です(図3)。注目すべきことに、イングランド全域の中世前期の個体間で共有されるLSAI(平均で32%)は、ケンブリッジシャーのみのローマ期遺跡の個体間の共有よりも高く、ドイツのニーダーザクセン州およびオランダの中世初期遺跡の個体群とは、海峡を超えて、イングランドの中世前期遺跡の個体群は高い割合(28%)を維持しています。ローマ期の遺跡と比較して、イングランド東部の中世前期遺跡の個体群は、スカンジナビア半島およびデンマークの現代人とのLSAI共有が約10%から15%に増加し、これは先行研究(Gretzinger et al., 2022)によって検出されたヨーロッパ大陸北部祖先系統のその期間における大きな増加と一致します。同時に、ケンブリッジシャーの個体群における後期鉄器時代フランス個体群とのLSAI共有はローマ期の15.5%から中世前期の10%および現在のイングランド東部の8%に低下し、これはフランスとイングランドの現代人の間の共有水準(6.27%)に匹敵します。

 ローマ期人口集団における近親交配の程度を評価するために、HapROH(Ringbauer et al., 2021)を用いてROHが計算されました。両側ステューデントt検定を用いると、ローマ期の遺跡の個体間で4cMもしくは8cM以上のROH断片の平均合計で違いは見つかりませんでした。新たに生成された青銅器時代の2個体(オーヴァー・バロウズ遺跡)とローマ期人口集団との間でも、違いは見つかりませんでした。


●遺伝的親族関係構造

 個体の1親等~3親等の組み合わせを検出するために、KINとREADを用いてのケンブリッジシャーのローマ期の遺跡の個体群内および個体間の近縁性が調べられました。補完されたゲノムでIBDに基づく手法を用いて、近縁性のより遠い関係も調べられました。本論文の遺跡1ヶ所あたりのヒョウ=規模は比較的小さいものの、クノッブズファームを除いて、ケンブリッジシャーのすべてのローマ期の遺跡の個体で密接な親族関係の組み合わせが観察されました。おそらく興味深いことに、クノッブズファームと、親族関係の組み合わせが明らかにならなかった以前に調べられたヨークのドリッフィールド・テラス遺跡は両方とも、斬首された被葬者が一般的な遺跡です。遺跡間の対での比較では、3親等以上親族関係にある個体は特定されませんでした。

 注目すべきことに、遺跡内で検出された関係において、1組以上の組み合わせを含む女性1個体との近縁性のいくつかの三角関係の事例、たとえばダックスフォード遺跡のDUX019(男性)およびDUX001(男性)と親族関係にあるDUX011が見つかり、あるいは、ノースウェストケンブリッジ遺跡で見つかった事例では、標本抽出された男性3個体(NWC004とNWC010とNWC009)の間の関係で、他の標本抽出されていない(複数の)女性(この墓地に埋葬されていないか、標本抽出されていません)を通じて相互と親族関係があるようです。これは、対でのX染色体の違いが、全員異なるmtDNA系統を有するにも関わらず、人口集団の平均より低い、という事実によって推測されます(図4)。遺伝的に親族関係にある個体は、相互に隣にまとまっているか埋葬されていないようで、たとえば、ダックスフォード遺跡の家族であるDUX011(母親)とDUX008(父親)とその息子(DUX001)は全員、異なる埋葬群に葬られています。同様に、ヴィカーズファームでは、親族関係にある組み合わせの個体は、異なる埋葬群に葬られています。以下は本論文の図4です。
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 ケンブリッジシャーの後期鉄器時代とローマ期の遺跡内および遺跡間の長いLSAI(IBD)断片の共有をさらに調べるために、IBISが用いられました。READおよびKINで密接な親族関係にあると特定された、補完された個体の組み合わせで、密接な近縁性を裏づける複数のmultiple断片が見つかりました。しかし、すべての事例で、観察された共有されるLSAIの合計は1親等~3親等の関係から予測されるより少なく、低網羅率でのLSAIの長い区画の把握が、補完誤差に起因する断片化によって妨げられている、と裏づけられます。KINですでに検出された親族関係の組み合わせ(図4)以外には、遺跡内でIBISでの新たな関係は見つかりませんでした。しかし、ダックスフォード遺跡のDUX019と以前に報告された(Schiffels et al., 2016)ヒンクストン道路の標本12884A(HI2)との間でとおい近縁性の事例が見つかり、この2個体は、6親等の近縁性を示唆する推定上の親族関係の係数と一致する、7cM以上のLSAI断片を共有しています。ダックスフォードとヒンクストンの遺跡が相互にわずか3kmの場所に位置しており、ともにカム川流域にあることを考えると、この調査結果は地理的に近隣の遺跡間の局所的な移動性を示しています。


●片親性遺伝標識の多様性

 父系の差異を判断するために、Y染色体の網羅率が0.003倍超の、前期新石器時代と後期鉄器時代とローマ期のケンブリッジシャーの男性30個体における、YHgの情報をもたらす161140ヶ所の二進数標識の遺伝子型が呼び出されました。全個体は、現代ヨーロッパで一般的なYHgに割り当てることができます。大半(85%)は、鐘状ビーカー文化(Bell Beaker Culture、略してBBC)複合体の拡大後のブリテン島において優勢な男系になったYHg-R1bに属します。ダックスフォード遺跡の1親等の親族関係の2個体と、トランピントン・メドウズ遺跡の新たに配列決定された1個体はYHg-I2クレード(単系統群)に割り当てられ、これは鐘状ビーカー文化の前のブリテン島における以前に知られていたすべてのY染色体系統を含んでいます。しかし、ダックスフォード遺跡の父親と息子のこの特別な系統であるYHg-I2a1a2a1a1b(Y3722)が、鐘状ビーカー文化の前の人口集団からの局所的な連続性および存続を反映しているのかどうかは不明で、それは、YHg-I2a1a2a1a1b(Y3722)の現在の分布がおもにアイルランド島で、イングランドとスコットランドでは稀にしか検出されないからです。

 0.01倍超の網羅率のYHg-R1b個体のうち、異なる下位単系統群が特定され、それには、ブリテン島とアイルランド島の鐘状ビーカー文化集団の痕跡となるR1b1a1b1a1a2c1(L21)系統(Patterson et al., 2022)や、YHg-R1b1a1b1b(Z2103)およびR1b1a1b1a1a3(S1194)などの単系統群からの系統が含まれ、これらの系統は鐘状ビーカー文化より前の期間においてブリテン島では報告されていません。注目すべきことに、Y染色体の網羅率が0.2倍超となるYHg-R1bの標本4点は、同じ下位単系統群に収まりません。YHg-R1bの下位単系統群の一部は6万人以上のFamilyTreeDNAの顧客の巨大で高解像度の現代人のY染色体一覧では稀なようです。全体的に、銅器時代/青銅器時代と比較して、ローマ期のケンブリッジシャー個体群では、単一個体NWC010のYHg-I1および単一個体DUX006のYHg-G2aを除いて、YHgの組み合わせで顕著な変化は検出されず、YHg-I1およびG2aは、鉄器時代までには存在しており、鉄器時代にヨーロッパ本土からブリテン島にもたらされた可能性が高そうです。

 mtDNAの網羅率が2倍超の66個体のmtHgが決定され、高い多様性が見つかりました(55系統の独自のmtHg)。常染色体で定義された密接な親族関係の事例で同一のmtDNA系統(4個体)と、11事例の全体的なmtHgの一致(密接な親族関係を含みます)が見つかりました。固有変異の詳細な検査に基づいて、常染色体データによって密接な親族関係になかった個体間のすべてのmtHgは、異なるmtDNAハプロタイプと判明しました。全体的に、ヨーロッパ西部に典型的なmtHgが見つかり、とくに大きなYHgの変化と比較すると、経時的な差異はほとんどありませんでした。鉄器時代ブリテン島の部族が、とくに家族集団内で一妻多夫(たとえば、兄弟)を行なっていた、との観察は、ユリウス・カエサルに起因しました。これが一般的な慣行だったならば、mtDNAにおけるより低い多様性が予測されるでしょう。しかし、これは本論文の観察には当てはまらず、本論文のデータの限定的な規模を考えると、これを公式には検証できません。


●同位体分析による移動性

 祖先系統自体は個体の移動性を直接的確証できないので、子供期の出身と地理的移動性をさらに調べるために、本論文で対象となっている2ヶ所の遺跡の個体群の歯のエナメル質から酸素同位体比データが生成されました。酸素同位体比データは、クノッブズファーム遺跡ではすでに刊行されていました。局所的なの水源の酸素同位体組成はおもに局所的な気候条件によって決まり、考古学的なヒトの歯のエナメル質で測定された酸素同位体比は、子供期のエナメル質の形成中に消費した水を反映しています。エナメル質比の値と推定される地元の値との間の不一致は、地元以外で子供期に育ったことを示唆します。

 ダックスフォード遺跡の17個体(前期鉄器時代1個体、中期鉄器時代1個体、後期鉄器時代/ローマ期15個体)と、ヴィカーズファーム遺跡の15個体(すべて中期~後期ローマ期)の32点の小臼歯の炭酸塩酸素同位体比(δ¹⁸OCO3)が測定され、その結果がクノッブズファーム遺跡の33個体(中期鉄器時代の1個体とローマ後期の32個体)の刊行されているデータと比較されました。研究間で分析された歯の差異のため、データは生涯の同じ期間を正確には表していないでしょうが、データセットは本論文の目的では比較可能です。

 3ヶ所の遺跡【ダックスフォード遺跡とヴィカーズファーム遺跡とクノッブズファーム遺跡】のδ¹⁸OCO3値は広範囲で、重なっています(図5)。δ¹⁸OCO3値をリン酸塩酸素同位体値(δ¹⁸OPO4)に変換することで、以前に刊行されたデータおよび予測される「地元」環境値との比較が可能となります。ブリテン島東部の考古学的人口集団の平均δ¹⁸OPO4値は17.2‰±1.3と推定されました。クノッブズファーム遺跡の同位体値の大半(平均で17.2‰±2.2)がこの推定内にじゅうぶんに収まる一方で、ダックスフォード遺跡(平均で16.2‰±1.6)およびヴィカーズファーム遺跡(平均で16.2‰±2.6)の値はわずかに低いものの、大半は依然として推定される「東部」範囲内に収まります。ヴィカーズファーム遺跡の中期~後期ローマ期の男性骨格2004号(δ¹⁸OPO4値は14.8‰)、ローマ後期の男性骨格324号(δ¹⁸OPO4値は14.8‰)、クノッブズファーム遺跡の別のローマ後期の男性骨格1392号(δ¹⁸OPO4値は19.1‰)のδ¹⁸OPO4値は、ブリテン島で現在推定されている値の全体的な合計範囲の端に位置するか、超えています。これらは、より長い距離の「非地元民」の可能性が最も高い候補を示しており、骨格2004号および324号は、子供期をケンブリッジシャーよりも寒冷で湿潤な気候のどこかで過ごし、骨格1392号は子供期をより温暖でより乾燥した環境で過ごしたかもしれません。以下は本論文の図5です。
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 2016年の研究に従って、潜在的な外れ値の存在がさらに調べられました。1.5IQR手法はこの場合に最も堅牢と考えられており、ヴィカーズファーム遺跡のみの外れ値、つまり骨格2028号と2034号と2055号のみを特定します。しかし、これらの値はクノッブズファーム遺跡で見られる値の全体的な範囲内にあります。3ヶ所の遺跡【ダックスフォード遺跡とヴィカーズファーム遺跡とクノッブズファーム遺跡】から標本抽出された全個体の統計的比較では、標本は同じ分布の人口集団から採取された可能性は低そうで、ヴィカーズファーム遺跡とクノッブズファーム遺跡の間には違いがある、と示唆されます。女性もしくは男性の性別推定値が割り当てられた個体については、両性と遺跡が考慮される場合、性別はδ¹⁸OCO3値とは相関していないようであるものの、遺跡は相関しているようです。個体を鉄器時代(前期~中期鉄器時代が組み込まれます)と後期鉄器時代~ローマ初期とローマ期(ローマ中期~後期と後期が組み込まれます)の広範な年代分類に割り当てると、時代による人口集団の違いもないようです。


●食性や色素沈着や免疫と関連する遺伝的多様体のアレル頻度における変化

 最後に、ローマ期における文化的もしくは環境的変化の表現型への影響の可能性を調べるために、本論文で提示された古代の個体群における食性や免疫や色素沈着と関連する表現型の形質、および合計277個体の地域的および時間的背景の枠組みでの調査されているアレル(対立遺伝子)頻度と関連する、と知られている114ヶ所のSNPが補完されました。時間的背景のデータは、中石器時代からローマ期の4群に区分されました。ブリテン島内では、新石器時代から現在(1000人ゲノム計画のGBR)までのうち、時間別集団にまたがる有意なアレル頻度の差異のある34ヶ所のSNPが見つかりました。先行研究(Mathieson et al., 2015、Mathieson et al., 2018、Olalde et al., 2018、Saag et al., 2021、Saupe et al., 2021)と一致して、アレル頻度変化の主要な2期間が観察され、一方は新石器時代後、もう一方は青銅器時代後です。これらのSNPの大半には、その後の期間とは異なる、新石器時代(本論文で分析された115個体)もしくは銅器時代/青銅器時代(96個体)が含まれます。より具体的には、乳糖分解酵素耐性をもたらす2ヶ所のSNP(rs4988235、rs182549)、脂質代謝と関わる1ヶ所のSNP(rs2298080)、脂肪酸代謝と関わる2ヶ所のSNP(rs174546、rs174570)、ビタミンD代謝と関わる1ヶ所のSNP(rs7944926)が含まれます。

 鉄器時代/ローマ期を含む時間別集団(IAR、62個体)間の違いに焦点を当てると、IARとGBRとの間で有意なアレル頻度の違いのある8ヶ所のSNPが見つかりました。MCM6遺伝子座では、2ヶ所の乳糖分解酵素耐性のSNPが、青銅器時代後のより古い増加に続いて、鉄器時代/ローマ期後の急激なアレル頻度増加を示します。これは、青銅器時代における乳糖分解酵素遺伝子のアレルの低頻度、およびその後の時代における増加と関連する最近の調査結果(Burger et al., 2020)と一致し、これは優勢形質(乳糖分解酵素耐性など)に作用する遺伝子流動および/もしくは選択に起因します。ローマ期のイギリス集団(合計44個体)とローマ期のイタリア集団(合計11個体)との間では、有意なアレル頻度の違いのあるSNPは検出されません。2021年の研究とは異なり、結核危険性因子rs34536443の頻度変化は観察されず、rs34536443は新石器時代以降には低頻度で、経時的に大きな変化はなく、鉄器時代/ローマ期の後に現在の頻度に達しました。


●考察

 本論文の人口集団規模の結果から、全体的に、ローマ支配期のケンブリッジシャー地域は、遺伝的に均質で財らしいの人口集団から構成されており、生涯における長距離移動は限定的で、ローマの軍隊の大規模な移動はこれら局所的な農村人口集団のゲノムにはほとんど影響を残さなかった、と示唆されます。これは、1個体が長距離移民だった同じ期間のヨークの個体群(7個体)や、本論文で取り上げられた遺跡からちょうど18マイル(約29km)離れたオフォード・クルーニー遺跡に埋葬されたサルマティア人祖先系統のある1個体の両方と、著しく対照的です。本論文は、孤立したもしくは「異常な」埋葬に焦点を当てることから生じるかもしれない、結果の偏りの可能性を浮き彫りにします。本論文は、在来人口集団をより反映している、農場と農家に焦点を当てました。文献記録から、ローマ軍が多数の人々をブリテン島に、およびブリテン島を経由して移動させたことは明確で、それはとくに、ハドリアヌスの長城などの軍事拠点近くの遺跡において明らかですが、これらの個体が移動先で子供を残したか死亡し、ブリテン島で埋葬された割合は、まだ明らかになっていません。

 本論文の遺伝学と同位体の結果は以前に推定された30~50%より低い割合の「非地元民」を示唆しますが、酸素同位体分析は、これらの推定値の多くが基づいているストロンチウム同位体よりもはるかに決定的ではありません。調べられた個体の大半はその子供期を地元地域か、少なくともケンブリッジシャーと同様の地域で過ごした可能性があります。とくに興味深いのは、古代DNA解析では兄弟の可能性が高いと特定された2個体、つまりVIC006(sk 2028)とVIC016(sk 2076)です。この兄弟のδ¹⁸OCO3値は大きく異なっており(−3.2‰対−6.8‰)、VIC006のδ¹⁸OCO3値はヴィカーズファーム遺跡で最高です。これは、この兄弟が同じ地理的地域で育たなかったことを示唆しているかもしれません。しかし、ヴィカーズファーム遺跡のδ¹⁸OCO3値の全体的な範囲は他の2ヶ所の遺跡【ダックスフォード遺跡とクノッブズファーム遺跡】とひじょうに類似しており、明らかな二峰性が小さな標本規模の副産物である可能性や、より大きな標本規模がヴィカーズファーム遺跡から分析されたならば、δ¹⁸OCO3値の分布がさほど二峰性ではなく、この兄弟【VIC006とVIC016】間の違いがヴィカーズファーム遺跡における「通常の差異」の一部と見なされるかもしれない可能性は、充分にあります。ストロンチウム同位体分析などさらに裏づける証拠が、より決定的な解釈に至るのに必要でしょう。

 ヴィカーズファーム遺跡における兄弟および密接な親族関係にある個体群の発見は、他のすべての遺跡で見られ、局所的で家族に基づく共同体構造を反映しています。例外はクノッブズファーム遺跡で、この墓地はおそらく農産物の処理に従事していた集落と関連しており、そこには頭部が欠けているか、身体から東部が切断された、多数の埋葬があり、これは生前か死亡時か死後の斬首を示唆しています。クノッブズファーム遺跡は本論文で標本抽出された他の局所的な農耕共同体よりも広くつながっていたようですが、ヨークの国際的な都市中心地とは異なり、これは人口異質性の違いを説明できるかもしれません。墓地の使用期間は他の遺跡と同様の範囲(±140年間)なので、密接な遺伝的親族関係の組み合わせの欠如が、遠く離れた埋葬時期に起因する可能性は低そうです。クノッブズファーム遺跡の一般的に悪い保存状態のため、遺伝的親族関係の検証に利用可能な個体数は少なくなったので、データ不足のため親族関係の組み合わせが見落とされているかもしれません。フェンスタントンは、ブリテン島において磔刑の唯一の既知の事例がある遺跡で、他の農場と同様の遺伝的親族関係特性があり、ローマ期の処罰の明確な証拠があるにも関わらず、クノッブズファーム遺跡とは異なります。

 イースト・アングリアのローマ期は、大きな遺伝的変化の時代ではなく、アレル頻度変化の大きな動きはこの期間の前後に起きました。ローマ期が大きな文化的変化の時代だったのかどうか、本論文のデータからは言えません。一妻多夫がカエサルによって初期に記録されましたが、本論文で調べられた期間までに、この地域においてこの慣行の証拠は見つかりません。しかし、他の同位体研究によって以前に示唆されたような高水準に近かったわけではないとしても、1家族内でさえ移動性の可能性への裏づけが見つかります。


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