ヒトの脳の進化の遺伝的基盤

 ヒトの脳の進化の遺伝的基盤に関する研究(Cui et al., 2025)が公表されました。HAR(Human accelerated region、ヒト加速領域)は、チンパンジー系統からの分岐後に急速なヌクレオチド置換を経た、保存されたゲノム座位です。HARは、神経発生遺伝子に近接する候補調節領域に多く見られ、これは遺伝子調節においてそれらが果たす役割を示唆しています。しかし、それらの標的遺伝子や、ヒト脳発生への機能的寄与については、ほとんど未解明です。

 本論文は、ヒトとチンパンジーのiPS細胞(induced pluripotent stem cell、人工多能性幹細胞、誘導多能性幹細胞)から誘導した興奮性神経細胞で、HARのシス調節性機能を検討しました。本論文は、ゲノムとクロマチンループ形成の情報を用いて、20のHARとそれらのチンパンジーオルソログを優先して、単一細胞CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Palindromic Repeats、クラスター化され、規則的に間隔があいた短い回文構造の繰り返し)干渉法による機能的特性解析を行ない、それらの種特異的な遺伝子調節機能を明らかにしました。

 得られた知見から、ヒトニューロンでHARが媒介するシス調節の多様な機能上の帰結が明らかになり、その中には、HAR202の複数の転写因子の結合親和性の変化によるNPAS3の発現低下や、2xHAR.319によるPUM2の上方制御を介してのiPS細胞の多能性とニューロン分化能の維持が含まれていました。また、プライム編集を用いて、複数のHAR26;2xHAR.178多様体によって引き起こされる、異なるエンハンサー活性が実証されました。具体的には、HAR26;2xHAR.178の1個の多様体が、ヒト神経細胞におけるSOCS2の発現上昇および神経突起伸展の増加と結びつけけられました。したがって、これらの知見は、HARの内因性遺伝子調節機能とそれらのヒト脳進化への寄与の可能性に新たな光を当てます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


進化遺伝学:ニューロンのヒト加速領域の比較特性解析

進化遺伝学:ヒトの脳を進化させた遺伝子

 Y Shenたちは今回、ゲノム座位の「ヒト加速領域(HAR)」の遺伝子調節機能を調べ、それらがヒト脳の進化にどのように寄与した可能性があるかを検討している。



参考文献:
Cui X. et al.(2025): Comparative characterization of human accelerated regions in neurons. Nature, 640, 8060, 991–999.
https://doi.org/10.1038/s41586-025-08622-x

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