モンゴル帝国の拡大による遺伝的影響の検証

 モンゴル帝国の拡大によるアジア中央部の都市への遺伝的影響について、今年(2025年)3月20日~23日にかけてアメリカ合衆国メリーランド州ボルチモア市で開催された第94回アメリカ生物学会(旧称はアメリカ自然人類学会)総会で報告されました(Seidualy et al., 2025)。この報告の要約はPDFファイルで読めます(P149)。モンゴル帝国など大帝国の拡大における各地域への遺伝的影響は興味深い問題で、たとえばローマ帝国については研究が蓄積されつつあります(関連記事)。この研究では、現在のカザフスタン西部の都市の住民のゲノムデータから、モンゴル帝国の拡大に伴う遺伝的影響が検証されていますが、おそらく都市部と農村部など地域による違いもありそうで、今後の研究の進展が期待されます。

 モンゴル帝国は既知の最大の隣接帝国(contiguous empire、隣接している領土を有する帝国)で、13~14世紀にユーラシアの大半に拡大しました。その西方の領土であるジョチ・ウルス(Golden Horde、キプチャク=ハン国、金帳汗国)には、現在のロシアとウクライナとカザフスタンが含まれ、東西のユーラシアの文化を融合させました。この研究は、そうした広範な文化的および政治的拡大がアジア中央部の中世都市中心部の遺伝的景観にどのように影響を及ぼしたのか、という問題を調べます。

 具体的には、モンゴル帝国の征服が遺伝的変化をもたらしたのか、あるいは連続性を維持したのかどうか、カザフスタ西部に位置するジョチ・ウルスの重要な絹の道(シルクロード)の都市である、サリャシュク(Sarayshyq)の人口集団の分析によって調べます。サリャシュクの2ヶ所のクルガン(Kurgan、墳墓、墳丘)から発掘された、23個体のゲノム規模捕獲データが分析されました。DNAは大臼歯から抽出され、常染色体およびミトコンドリアDNA(mtDNA)データに基づくと、標本の汚染度は低いものでした(5%未満)。

 遺伝学的性別推定で、男性14個体と女性9個体が特定されました。Y染色体ハプログループ(YHg)分析から、男性14個体のうち9個体のYHgが、現在のアジア中央部で見られるC2b1c1だったのに対して、他のYHgは地中海およびシベリアの人口集団で見られる、と明らかになりました。サリャシュク集団は、アジア東部からアジア中央部および南部へと伸びる遺伝的勾配に沿った遺伝的多様性を示し、アジア東部祖先系統への顕著な移行がありました。

 現代のカザフ人集団と比較すると、サリャシュク個体群はアジア北部および東部からのより強い遺伝的影響を示し、ユーラシア西部とのつながりは最小限でした。サリャシュク個体群の遺伝的特性はアジア中央部へのモンゴル人の遺伝子流動の影響を捉えており、この地域の遺伝的構成がどのように形成され始めたのか、というアジア中央部の人口動態に関する理解の重要な空白を垣間見ることができます。


参考文献:
Seidualy M. et al.(2025): A Medieval Central Asian city individuals’ genetic profile captures the Early Traces of Population Formation of the region. The 94th Annual Meeting of the AAPA.
https://doi.org/10.1002/ajpa.70031

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