東周期の中原の人類のゲノムデータ

 東周期の中原の人類のゲノムデータを報告した研究(Wu et al., 2025)が公表されました。本論文は、中華人民共和国河南省義馬(Yima)市に位置する、上石河(Shangshihe)墓地で発見された人類遺骸のゲノムデータを報告します。上石河墓地は、西周王朝の創業時に王族が封建されて成立したと伝わっている西虢国(Western Guo State)と関連している、と考えられています。西虢国は周の平王(King Ping of Zhou)とともに東方へ移動し、最終的には紀元前655年に晋によって滅ぼされた、と伝わっています。

 本論文は、上石河墓地で発見された13個体のゲノムデータを生成し、多様な地域の現代人および古代人と比較しています。上石河墓地個体群のゲノムは、おもに黄河流域関連祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)で構成されており、アジア東部南方関連およびユーラシア草原地帯関連祖先系統からのわずかな寄与もある、と示されています。また、異なる埋葬の向きの個体間で異なるY染色体ハプログループ(YHg)が観察されましたが、常染色体の分析では有意な遺伝的分化は検出されず、上石河墓地人口集団内の全体的な遺伝的均質性が示唆されます。

 時代区分の略称は、N(Neolithic、新石器時代)、EN(Early Neolithic、前期新石器時代)、MN(Middle Neolithic、中期新石器時代)、LN(Late Neolithic、後期新石器時代)、BA(Bronze Age、青銅器時代)、LBA(Late Bronze Age、後期青銅器時代)、LBIA(Late Bronze Age to Iron Age、後期青銅器時代~鉄器時代)、IA(Iron Age、鉄器時代)、HE(historical era、歴史時代)です。なお、当ブログでは原則として「文明」という用語を使っておらず、本論文における「中原の農耕文明と北方の草原地帯文化」といった対比にはかなり批判的ですが、以下の本論文の翻訳では、「civilization」を「文明」と訳します。


●要約

 東周期(紀元前770~紀元前256年)は古代中国における変革期で、社会階層の強化や頻繁な戦争や人口移動の増加によって特徴づけられます。西周期の重要な従属国家である西虢国は、周の平王とともに東方へ移動し、最終的には晋国に征服されました。ゲノムデータが限られているため、虢国の人口集団の遺伝的歴史は不明なままです。河南省義馬市に位置する上石河墓地は、虢国と関連している、と仮定されており、この期間の遺伝的動態の理解への機会を提供します。この研究では、上石河墓地から古代人13個体のゲノムの取得に成功しました。この調査結果は上石河墓地人口集団内の顕著な母系および父系の遺伝的多様性を示唆しますが、この観察は小さな標本規模によって限定されます。集団ゲノム解析では、上石河墓地個体群はおもに黄河流域関連祖先系統で構成され、アジア東部南方関連およびユーラシア草原地帯関連供給源からのわずかな寄与がある、と示されます。この遺伝的特性は、東周期における中原と周辺の人口集団間の広範な相互作用を反映しています。さらに、異なる埋葬の向きの個体間で異なるY染色体ハプログループが観察されましたが、常染色体の分析では有意な遺伝的分化は検出されず、上石河墓地人口集団内の全体的な遺伝的均質性が示唆されます。これらの結果は、虢国人口集団の遺伝的特徴を解明するだけではなく、東周期の中原における人口動態および文化的交流に関する新たな遺伝学的視点を提供もします。


●研究史

 中国の中原は、中華文明の揺籃の地と呼ばれることが多く、古代社会や多様な民族および文化的集団間の相互作用の発展に重要な役割を果たしてきました。この地域では多くの重要な考古学的分化の勃興と発展があり、その中には、初期新石器時代の裴李崗(Peiligang)文化、中期新石器時代の仰韶(Yangshao)文化、後期新石器時代の龍山(Longshan)文化、青銅器時代の二里頭(Erlitou)文化および二里岡(Erligang)文化が含まれます。中原は西周や東周のような古代王朝の中核地域としても機能しました。これらの文化は、中華文明の発展の基盤を築いただけではなく、さまざまな人口集団間の広範な相互作用と交流を促進もしました。

 最近の古代ゲノム研究は、中原の人口統計学的歴史への深遠な洞察を提供してきており、黄河流域人口集団における、後期新石器時代以降の中国南部およびアジア南東部からの顕著な遺伝子流動とともに、長期の遺伝的連続性を明らかにしています(Ning et al., 2020)。とくに、余庄(Yuzhuang)遺跡や仰韶村(Yangshaocun)遺跡の人口集団など特定の後期新石器時代集団は顕著な遺伝的異質性を示し、在来の龍山文化関連人口集団(黄河_LN)とクラスタ化せず(まとまらず)、これは恐らく、仰韶文化関連祖先系統(黄河_MN)と比較しての、追加のアジア東部南方関連祖先系統の欠如に起因します(Li et al., 2024、Fang et al., 2025)。王城岡(Wangchenggang)遺跡における二里頭文化の青銅器時代個体群の分析から、この個体群は黄河_LN関連祖先系統の直接的な子孫と示唆されています。さらなる研究では、中原の黄河_LN関連祖先系統は広範な地理的範囲に及んでおり、山東半島(Du et al., 2024)だけではなく、四川盆地(Tao et al., 2023)や西遼河流域(Ning et al., 2020)や河西回廊(Xiong et al., 2024)や雲南貴州高原(Zhu et al., 2024)や北方沿岸地域(Wang B et al., 2024)にも影響を及ぼした、と明らかにされました。これらの調査結果は、古代の人口移動および相互作用の重要な拠点としての中原を確証し、その遺伝的遺産は古代中国のより広範な遺伝的景観を大きく形成しました。

 周王朝は古代中国史における最長の王朝で、慣習的に西周(紀元前1046~紀元前771年)期と東周期(紀元前770~紀元前256年)に区分されます。西周期には、周王は中央権力を強化し、属国(封国)に領土と権力を封ずることによって、辺地域の集団からの脅威に対して防衛しました。東周期は周の平王の東方への移動(東遷)で始まり、政治的中心が移行しました。この時代は、社会階層の激化、封国間の頻繁な戦争、人口移動の増加によって特徴づけられ、これらは中原と周辺の人口集団間の相互作用を強化しました。西虢国は西周期の重要な封国として、当初現在の山西省の宝鶏市に位置していました。虢国は周の平王の東方への移動に従って、中原の現在の河南省三門峡(Sanmenxia)市に移転しました。紀元前655年、虢国は晋国に征服され、その遺民はさらに東方へと移動し続けた可能性が高そうです。しかし、東周期の中原における人口集団の遺伝的構造および相互作用のパターンに関するゲノム研究は不充分なままで、虢国の人口集団の遺伝的歴史は依然として充分には理解されていません。

 本論文は、河南省義馬市に位置する上石河墓地で発掘された13個体の古代ゲノムを分析しました。発掘された人工遺物と埋葬慣行に基づいて、上石河墓地遺跡は、晋国に征服された後に東方へと逃れた、虢国の支配層やその家族や家臣の墓地と仮定されています。これらの標本をこの地域の以前に刊行された古代人のゲノムデータと比較することによって、虢国の人口集団の遺伝的構造を明らかにし、東周期における人口動態および近隣集団との相互作用を解明することが、本論文の目的です。


●考古学的背景

 上石河墓地(統計110度50分47秒、北緯34度42分)は、河南省義馬市の上石河村に位置しており、2017年と2018年の2期にわたって発掘されました(図1)。上石河墓地遺跡からは豊富な文化的遺物が出土しており、それには埋葬や馬坑や青銅器や土器や玉器や石器が含まれています。墓の構造と副葬品群は、三門峡市の虢国の墓地と類似しています。これらの青銅器や歴史的記録に基づくと、この上石河墓地は、虢国が晋国に征服された後に東方へと逃れた、虢国の支配層やその家族や家臣の埋葬地である可能性が高そうです。先行研究は、上石河墓地遺跡における明確な社会階層化を明らかにしてきており、埋葬の規模と方向は明確なパターンを示します。大規模および中規模の歯かは南北に並んでおり、虢国の墓地と一致しますが、より小さい墓はほぼ東西に向いています。これらの調査結果が裏づける仮説は、上石河墓地が東周期の虢国と関連している、というものです。ヒト遺骸から歯と錐体骨が収集されました。上石河墓地の合計13個体が古代DNA解析に選択されました。以下は本論文の図1です。
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●資料と手法

 性別判定は、常染色体の網羅率に対するY染色体およびX染色体の網羅率の比率の計算に基づいています。片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアDNAと父系のY染色体)の、ミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)とY染色体ハプログループ(YHg)も判定されました。近親交配や人口ボトルネック(瓶首効果)事象への洞察を提供できる、同型接合連続領域(runs of homozygosity、略してROH)分析が行なわれました。親族関係の推定には異なる二つの手法が適用され、それは、PMR(pairwise mismatch rate、不適正塩基対率)とREAD(Relationship Estimation from Ancient DNA、古代DNAの関係推定)です。PMR手法は、対での個体間の不適正塩基対のSNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)部位の比率の計算と、この数を両者の利用可能なデータのある遺伝子座の曹操を正規化することで、遺伝的差異を定量化します。READ手法は、重複しない100万塩基対(1Mb)の領域にまたがる一致しないアレル(対立遺伝子)の割合を測定することによって、ゲノム規模の類似性を評価します。

 上石河墓地人口集団の遺伝的構造を調べるために、ヒト起源(Human Origins、略してHO)データセットで主成分分析(principal component analysis、略してPCA)が実行されました。現代人集団に由来する主成分に古代人の標本が投影され、人口集団間の類似性が明らかにされました。ADMIXTUREでは、HOデータセットで教師無祖先系統分析が実行されました。ADMIXTURE分析はK(系統構成要素数)=2~20で実行され、最適なKを判断するために交差検証(cross-validation、略してCV)誤差が計算されました。

 上石河墓地人口集団と他の集団との間で共有される遺伝的浮動を調べるために、f3形式(ムブティ人;X、上石河墓地個体)の外群f3統計とf4形式(ムブティ人、参照;X、上石河墓地個体)のf4統計が計算されました。この外群f3統計では、ムブティ人は外群として機能し、Xはユーラシアのさまざまな人口集団を表しています。f4統計は、上石河墓地人口集団と参照集団もしくはX人口集団との間の追加の遺伝子流動を調べるために用いられました。この分析では、参照集団は古代および現代のユーラシア人口集団で、Xは多様なアジア東部地域の古代の人口集団で構成されます。f4形式(ムブティ人、黄河関連集団;上石河墓地個体、ユーラシア古代人)のf4統計も実行され、黄河流域の古代の人口集団が上石河墓地人口集団とより多くの祖先系統を共有しているのかどうか、検証されました。混合モデル化は、qpWaveとqpAdmを用いて行なわれました。基底外群一式として、アフリカ中央部のムブティ人、アンダマン諸島先住民(オンゲ人)、ヨーロッパ西部狩猟採集民を表すルクセンブルクのロシュブール(Loschbour)遺跡の個体、古代北ユーラシア人を表すカザフスタンの金石併用時代のボタイ(Botai)遺跡の個体、イランの新石器時代個体(イラン_N)、アジア北東部の古代人集団を表すロシアのバイカル湖地域のシャマンカ(Shamanka)遺跡の金石併用時代個体、縄文文化と関連するアジア東部系統(日本_縄文)、福建省の前期新石器時代遺跡で発見された個体(福建_EN)、台湾先住民のアミ人(Ami)、山東省の遺跡で発見された前期新石器時代集団(山東_EN)が含まれます。競合仮説を評価するために循環戦略が実行され、基底外群に供給源人口集団が追加されて、qpAdmを繰り返し実行し、祖先系統の割合を改善して、モデルの妥当性が評価されました。


●上石河墓地の古代ゲノムデータ

 上石河墓地の13人の骨格遺骸からDNAが抽出され、ショットガン配列決定が実行されました。全個体から充分な内在性DNA含有量が得られ、網羅率の範囲は、常染色体が0.02~0.93倍、mtDNAが5.68~38.79倍です(表1)。データの分析から典型的に古代DNAの損傷パターンが明らかになり、それには、短い平均断片長(52.74~83.14塩基対)5’末端におけるシトシンからチミンへの誤取り込みと、3’末端におけるグアニンからアデニンへの誤取り込みが含まれています。mtDNAの汚染率は個体SSH48を除いて5%未満で、男性標本のX染色体の汚染率は0.65~3.24%でした。これらの特徴は、この研究で得られたゲノムデータの真正性と信頼性を確証します。124万SNPパネルと重複する高汚染率(5%超)と低いSNPの数(3万ヶ所未満)の除外後に、残りの個体が下流集団ゲノム分析に使用されました。


●片親性遺伝分析と親族関係と親子関係の評価

 全個体でミトコンドリアのハプロタイプの同定に成功しました。合計で12系統のmtHgが検出され、A(A8)、B(B4c1b2c、B4a1c5*)、C(C7)、D(D4a5、D5a3)、F(F1 + 16189、F2c, F2 + 16291)、G(G2a1、G2a’c)、N(N9a1)が含まれています。これらのmtHgはアジア東部において一般的で、上石河墓地人口集団内の高い母系の遺伝的多様性を示唆しています。これらのmtHgのほとんどは、さまざまな期間の黄河流域のさまざまな遺跡で見られました。たとえば、mtHg-D4a5は汪溝(Wanggou)遺跡や青台(Qingtai)遺跡などの中期新石器時代の遺跡や山東_LN人口集団で見られました(Ning et al., 2020、Wu et al., 2024、Liu et al., 2025)。mtHg-N9a1およびG2a1は、石峁(Shimao)遺跡や陶寺(Taosi)遺跡を含めて後期新石器時代遺跡で同定されました。mtHg-B4c1b2とD5a3とF1 + 16189は鉄器時代の路糸茜(Lusixi)遺跡で検出されました(Ma et al., 2025)。これらの調査結果は、黄河流域における母系の遺伝的構造の長期の連続性を論証しています。

 さらに、一部のmtHgは中国南部の古代の人口集団でも検出されました。たとえば、mtHg-B4c1b2a(mtHg-B4c1b2cの姉妹系統)は、後期新石器時代の達因(Dayin)遺跡および渓頭村(Xitoucun)遺跡で見られました。mtHg-C7は歴史時代のBabanqincen集団およびGaoHuaHua集団で特定されており、Babanqincen集団はバロン(Balong)遺跡とバンダ(Banda)遺跡とキンチャン(Qinchang)遺跡と岑遜(Cenxun)遺跡の千年紀半ばの古代人を、Gaohuahua集団は広西チワン族自治区の高峰(Gaofeng)遺跡と花橋(Huaqiao)遺跡と化図岩(Huatuyan)遺跡の明代の人類集団を表しています。これの観察は、母系における上石河墓地人口集団と近隣集団との間の顕著な相互作用を示唆しています。さらに、男性7個体のYHgの特定に成功し、そのすべてがユーラシア東部型で(C2b1b、O2a、N1a2、N1b2、Q1a1a1a)、高い父系の遺伝的多様性を示しています(表1)。これらのYHgと同時代のGaohuahua集団でも見られました(Wu et al., 2024)。まとめると、これらの結果は、上石河墓地人口集団が多様な父系と母系の遺伝的起源を有している、と示唆しています。

 結果の堅牢性を確保するために、二つの補完的手法(PMRとREAD)を用いて、上石河墓地個体群における親族関係が評価されました。3万ヶ所以上のSNPのある本論文の標本が親族関係分析に含めてられ、個体間の密接な遺伝的関係は明らかにされませんでした。各個体についてROHの長さを測定することによって、両親の近縁性がさらに評価されました。本論文の調査結果から、5個体(SSH19N、SSH38N、SSH43N、SSH65、SSH74)が4cM(センチモルガン)超のROH断片を示した、と分かりました。このうち、個体SSH65とSSH43Nは限定的ながらより長いROH断片(20cM超)も示しました。しかし、ROHの合計長は130cM未満のままで、選択された標本内において、マタイトコ同士など近親交配もしくは近親婚の証拠はありませんでした。


●上石河墓地人口集団の遺伝的構造

 上石河墓地人口集団の遺伝的構造を特徴づけるために、PCAが採用され、次元削減を通じて人口構造が視覚化されました。古代人の標本は、現在のユーラシアの個体群によって定義される遺伝的差異に投影されました。上石河墓地人口集団は現代漢人および黄河流域の古代の人口集団とクラスタ化した(まとまった)、と分かりました(図2)。黄河流域の中期新石器時代人口集団(黄河_MN)と比較すると、上石河墓地個体群は主成分2(PC2)に沿って南方へと動いており、瓦店(Wadian)遺跡の龍山文化個体(黄河_瓦店_龍山)や黄河_LNなどの後期新石器時代人口集団、黄河_LBIAや王城岡(Wangchenggang)遺跡の二里頭文化個体(黄河_王城岡_二里頭)などの青銅器時代人口集団、路糸茜遺跡個体(路糸茜_周)や官荘(Guanzhuang)遺跡個体など周王朝の人口集団とクラスタ化しました(まとまりました)。本論文の分析をさらに改良するために、アジア東部人のゲノムに焦点を当てた追加のPCAが実行されました。その結果、上石河墓地個体群は中原の青銅器時代から鉄器時代の古代の人口集団や現代の北方漢人集団との強い遺伝的類似性を示した、と明らかになりました。以下は本論文の図2です。
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 これらの調査結果は、モデルに基づく教師無ADMIXTURE模擬実験分析と一致しました。本論文の分析では、K=5で最小のCV誤差のモデルが特定されました。黄河流域のほとんどの人口集団は、アジア東部北方関連祖先系統とアジア東部南方関連祖先系統の混合でした(図3A)。上石河墓地人口集団と他の周王朝の人口集団(路糸茜_周や官荘集団)は同様の構造を示し、新石器時代の人口集団と比較してアジア東部南方祖先系統が増加していました。これは、新石器時代後の、中原人口集団とアジア東部南方人口集団との間の相互作用の強化を示唆しています。以下は本論文の図3です。
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 同様の結果は、f3形式(ムブティ人;X、上石河墓地個体)の外群f3統計で観察されました。より大きなf3値は、上石河墓地人口集団が検証人口集団とより多くの遺伝的浮動を共有している、と示唆します。最も強い遺伝的共有は官荘人口集団で観察され、それに続くのがさまざまな黄河流域集団で、仰韶文化や龍山文化の集団が含まれます(図3B)。これは、経時的な黄河流域人口集団全体にまたがる広範な遺伝的連続性を示しています。さらに、上石河墓地人口集団は山東半島の歴史時代および大汶口(Dawenkou)文化の人口集団と顕著に密接な関係を示します。これが示唆するのは、黄河中流域の新石器時代農耕民が下流域の人口集団に遺伝的寄与した可能性は高そうということで、黄河流域内の地域的な遺伝子流動が浮き彫りになります。


●東周期における人口集団の相互作用の強化

 東周期に中原人口集団に影響を及ぼした遺伝的相互作用は、上石河墓地人口集団に反映されています。PCAとf3統計と混合モデル化を用いた本論文の分析は、上石河墓地人口集団と黄河関連人口集団との間の密接な遺伝的関係を明らかにします。上石河墓地人口集団と他の集団との間の遺伝子流動の可能性をさらに調べるために、f4形式(ムブティ人、X;黄河関連集団、上石河墓地個体)のf4統計が適用されました。黄河関連人口集団が官荘遺跡個体で表される、Xにはさまざまなユーラシア集団が含まれる場合、f4統計の結果は有意ではないZ値(|Z| < 2.5)を示し、官荘遺跡人口集団と上石河墓地人口集団との間の密接な遺伝的関係が確証されます。

 しかし、上石河墓地人口集団を仰韶村_龍山人口集団と比較すると、トンガの2700年前頃(トンガ_2700年前)やベトナムの青銅器時代(ベトナム_BA)やラオスの後期新石器時代から青銅器時代の人口集団(ラオス_LN_BA)など、アジア東部南方からの遺伝的影響が観察され、Z得点は2.5を超えます。同様に、上石河墓地人口集団が黄河流域の龍山文化関連人口集団(黄河_瓦店_龍山)と比較されると、明確な遺伝的差異が観察されました(図4)。有意な遺伝子流動(Z得点が2.5超)は一部のユーラシア草原地帯人口集団で観察され、たとえば、カザフスタンの鉄器時代の遊牧民(カザフスタン_遊牧民_IA)やハンガリーの鉄器時代のスキタイ人(ハンガリーIA_スキタイ人)やカザフスタンの天山のサカ(Saka)文化個体(カザフスタン_天山_サカ)です。同様の草原地帯関連の遺伝的痕跡は、上石河墓地人口集団を路糸茜_周痔と比較した場合にも観察されました(図4)。これらの調査結果から、上石河墓地人口集団はこれらの多様な集団との遺伝子流動を経た可能性が高い、と示唆され、東周期における遺伝的相互作用が論証されます。以下は本論文の図4です。
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 この人口集団の相互作用は、qpAdm祖先系統モデル化でさらに反映されました。上石河墓地人口集団は、1方向モデルで黄河関連集団に由来する単一供給源人口集団として効率的にモデル化できます。しかし、SEA(Southern East Asian、アジア東部南方)関連人口集団を追加の供給源として組み込むと、上石河墓地人口集団は89.3~91.8%の黄河関連祖先系統(黄河_余庄_龍山もしくは路糸茜_周によって表されます)と、8.2~10.7%の、タイヤル人(Atayal)もしくはタイ人によって表されるSEA関連祖先系統でモデル化されました。より具体的には、微妙な草原地帯の影響が検出され、上石河墓地人口集団は96.4~98.8%の黄河関連祖先系統(たとえば、黄河_瓦店_龍山もしくは路糸茜_周)と、1.2~3.6%の草原地帯祖先系統(たとえば、カザフスタン_遊牧民_IA)で構成されます(図5)。注目すべきことに、同時代の路糸茜_周人口集団と比較して、qpAdmの結果はユーラシア草原地帯祖先系統を検出せず、周王朝期における中原人口集団の高い遺伝的多様性が浮き彫りになります。これらの最適な混合モデルはf4の調査結果と一致し、上石河墓地人口集団における多様な祖先の起源が強調されます。以下は本論文の図5です。
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 まとめると、上石河墓地人口集団は主要な黄河関連祖先系統によって特徴づけられ、アジア東部南方関連供給源とユーラシア草原地帯関連供給源からの影響が伴います。この混合パターンは東周期における人口集団の相互作用の強化を反映しており、おそらくは、古代の中原における文化的交流か人口移動か交易網が原因でした。


●考察

 東周期(紀元前770~紀元前256年)は中国における変革期で、西周期に確立した伝統的な封建制および氏族制度の漸進的な崩壊によって特徴づけられます。この時代には、人口集団の移住と頻繁な戦争が人口移動を顕著に強化させ、中原と周辺の集団間の広範な相互作用を促進しました。上石河墓地は、東周期の重要な文化的遺跡の一つです。墓の様式や青銅器の銘文や人工遺物によると、上石河墓地は虢国と関連しているかもしれない、と示唆されます。この歴史的状況は、東周期の人口動態の理解への独特な機会を提供します。

 この研究では、上石河墓地からのゲノム規模データの取得ら成功しました。本論文の調査結果から、上石河墓地人口集団は黄河流域の人口集団と強い遺伝的類似性を示す、と分かります。PCAとf3統計は、中原の、後期新石器時代の人口集団(たとえば、黄河_瓦店_龍山や黄河_LN)や、青銅器時代の人口集団(たとえば、王城岡_二里頭)や周王朝期の人口集団(たとえば、官荘遺跡集団や路糸茜_周)との密接な関係を示します。qpAdmモデルでは、上石河墓地人口集団の祖先系統の89.3~91.8%は黄河関連供給源に由来する、と推定され、この地域における長期の遺伝的安定性との見解を補強します。この調査結果は、黄河流域内部の遺伝的連続性を強調する先行研究(Ma et al., 2025)と一致し、その研究では、東周期における顕著な社会的および政治的変容にも関わらず、中華文明の安定した中核としての中原の役割を浮き彫りにしています。

 本論文は、f4統計およびqpAdmモデル化によって示唆されるように、東周期における人口集団の相互作用の増加も明らかにしています。まず、山東半島の中期および後期大汶口文化や歴史時代の人口集と団(山東_HE)との強いつながりは、黄河流域内の移動および文化的拡大を反映している可能性が高そうで、新石器時代以降の黄河中流域から下流域への遺伝子流動のパターンと一致します(Wang F et al., 2024)。さらに、アジア東部南方関連祖先系統からの遺伝的寄与が検出され、新石器時代後の中原とアジア東部南方の人口集団間の相互作用の強化が示唆されます。これらの調査結果は、中原地域の文化的景観を顕著に豊かにした双方向の文化的相互作用と人口移動を示している、以前の考古学および遺伝学の調査結果(Wu et al., 2024)と一致します。同時に、上石河墓地人口集団における小さいものの注目に値するユーラシア草原地帯の構成要素が特定され、この構成要素は同時代の路糸茜_周集団には存在していませんでした。この草原地帯の遺伝的痕跡は、北方遊牧民集団との接触および遺伝子流動を反映している可能性が高そうです。東周期には、中原の国家と北方の遊牧民との間の紛争と文化的交流が一般的で、虢国の東方への移住は、周辺の人口集団との遺伝子流動を促進した可能性が高そうです。草原地帯からの寄与は小さいものの、その統計的有意性は上石河墓地人口集団におけるより高い遺伝的多様性を示唆しており、中原の農耕文明と北方の草原地帯文化の合流点という地理的位置と関連しているかもしれません。

 上石河墓地は、東周期の社会階層および埋葬慣行への洞察も提供します。先行研究では、南北方向に埋葬された個体群は通常、より豊かな副葬品とともにより大きな墓に埋葬され、タンパク質の豊富な食性を示している、と明らかにされ、より高い社会的地位が示唆されます。対照的に、東西の方向の墓は一般的に、副葬品はより少なく、より小さい規模でした。これらの観察から、埋葬の向きと墓の規模はこの期間における社会的地位の重要な標識だった、と示唆されます。本論文の遺伝学的分析はさらに、異なる埋葬方向の個体間の異なるYHgを明らかにします。たとえば、YHg-NおよびQが南北方向で埋葬されている個体群で観察されたのに対して、YHg-OおよびCは東西方向の個体群でより一般的でした。しかし、このパターンは注意深く解釈されるべきで、それは、このパターンが小さな標本規模と潜在的な標本抽出の偏りに影響を受けているかもしれないからです。

 YHgにおけるこれらの違いにも関わらず、本論文の常染色体DNAの分析は、異なる埋葬方向の個体間の有意な遺伝的差異を明らかにはしませんでした。f4形式(ムブティ人、X;上石河墓地_東西、上石河墓地_南北)のf4統計を用いると、有意なZ値が見つからず、qpWaveモデル化(P > 0.05)では、両方向の個体は同じ祖先供給源にたどることができる、と確証されました。これらの調査結果から暫定的に、父系は社会的地位と関連する違いを反映しているかもしれない一方で、上石河墓地人口集団の全体的な遺伝的構成は比較的均一だったようですが、この観察は小さな標本規模に制約されている、と示唆されます。この均質性は、アジア東部南方とユーラシア草原地帯両方の人口集団からの遺伝的寄与の存在によって証明されているように、東周期を特徴づけた広範な相互作用と遺伝子流動の結果かもしれません。有意な常染色体の差異の欠如からさらに、埋葬慣行と社会的地位は上石河墓地人口集団内の長期の遺伝的孤立につながらなかったかもしれない、と示唆されます。しかし、この研究は小さな標本規模と一部の標本における低網羅率に限られており、それは微妙な遺伝的兆候の検出を制約するかもしれません。より大きな標本とより高度な配列決定深度と追加の考古学と歴史のデータの統合での将来の研究は、これらの遺伝的交流の背後にある社会的仕組みを解明するのに役立ち、東周期における中原人口集団の複雑な歴史のより完全な理解を提供するでしょう。

 まとめると、本論文は、中原の周王朝の住民の人口構造と遺伝的動態に新たな光を当てます。本論文の調査結果から、上石河墓地人口集団はおもに黄河関連祖先系統によって特徴づけられ、アジア東部南方およびヨーロッパ草原地帯人口集団からのわずかな寄与があり、東周期における中原人口集団間の相互作用の増加を反映している、と示唆されます。これらの調査結果は、中原の遺伝的動態の理解を深めるだけではなく、この期間における古代中国の社会文化的変容に関する遺伝学的観点を提供もします。将来の研究は、より大きな標本規模からのより高い網羅率のゲノムデータを組み込み、この地域の遺伝的景観を形成した人口動態と歴史的変化をさらに調べるでしょう。


参考文献:
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Fang H. et al.(2025): Dynamic history of the Central Plain and Haidai region inferred from Late Neolithic to Iron Age ancient human genomes. Cell Reports, 44, 2, 115262.
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2025.115262
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Li S. et al.(2024): Ancient genomic time transect unravels the population dynamics of Neolithic middle Yellow River farmers. Science Bulletin, 69, 21, 3365-3370.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.09.002
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