近年のネアンデルタール人研究の解説
近年のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)研究の解説(Stringer., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号です。著者は碩学なだけに、古代ゲノム研究を中心に近年のネアンデルタール人に関する研究が簡潔に整理されており、有益でした。最近も、新たな遺伝的系統のネアンデルタール人が確認されたように[5]、ネアンデルタール人は近縁な種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)と比較して研究蓄積はずっと豊富ですが、今後も新たな知見が提示され続けるでしょうから、現時点での知見を大前提として安易に断定したり憶測を積み重ねたりしないよう、自戒せねばなりません。以下、敬称は省略します。
●要約
フランス南部で最近発掘されたネアンデルタール人の骨格から、他の後期ネアンデルタール人とは異なる独特な系統のDNAが得られました。これは、ネアンデルタール人が12万年前頃に拡大および多様化し、その一部がヨーロッパにおいて消滅間近まで存続していたことを示唆しています。
●解説
ネアンデルタール人はユーラシア西部および中央部に、少なくとも43万年前頃から4万年前頃に消滅したまで進化し、居住していました[1]。ネアンデルタール人は元々、化石遺骸やその特徴的なムステリアン(Mousterian、ムスティエ文化)石器で知られており、これら古代の近縁種【ネアンデルタール人】に関する知識は、2010年に最初の高網羅率のネアンデルタール人のゲノムが刊行されて[2]以降、劇的に増加しました。その後、数十個体からのさらなる部分的もしくは完全なゲノムが得られ、今では、ネアンデルタール人が居住した遺跡の堆積物からさえ証拠が回収可能です[3]。ジブラルタルからロシアのシベリアまでのネアンデルタール人の遺伝的多様性の地図化とともに、ネアンデルタール人がそのDNAを45000年前頃の交雑[2~4]によって現代人のゲノムにもたらしたことも明らかになりました。これまで研究者は、絶滅前の最後のヨーロッパのネアンデルタール人における低い遺伝的多様性をよく理解している、と考えていましたが、フランスのマンドラン(マンドリン)洞窟(Grotte Mandrin)で発掘された1点の化石骨格から得られたDNAに関する最近の新研究[5]は、以前には予測されていなかった人口構造を明らかにしました。
ローヌ渓谷のマンドラン洞窟では、過去数年間で一連の驚くべき発見かがありました。マンドラン洞窟はすでに、ムステリアン石器によって特徴づけられるネアンデルタール人の居住の長い層序のため注目されており、その年代は、少なくとも66000年前頃から、現生人類(Homo sapiens)がマンドラン洞窟の岩陰を引き継いだ42000年前頃にまでわたります。しかし、ムステリアン層序において54000年前頃に短い侵入があり、近隣のネロン洞窟(Grotte de Néron)で発掘された類似の石器に因んでネロニアン(Neronian、ネロン文化)と呼ばれている、新たな石器インダストリーが伴っていました。この石器群には、鏃のような何千点もの小さな燧石製尖頭器が含まれていました(そうした古い年代のヨーロッパではまったく知られていません)。2022年に、マンドラン洞窟の一連の化石のヒトの歯が分析され、ネアンデルタール人によるマンドラン洞窟遺跡の長期の居住が確証されましたが、ネロニアン層からの単一の現生人類の乳歯の大臼歯は、現生人類による短い居住を示唆しました[6]。この大臼歯はヨーロッパ西部の他の現生人類化石より約1万年古く、これらの新参者が再び消滅する前に、地中海沿岸からローヌ渓谷をさかのぼることによって、ネアンデルタール人の領域に侵入したことを示唆しました[6]。マンドラン洞窟はこれまでのところ、2万年以上前にわたるネアンデルタール人と現生人類の別々の人口集団による4回以上の交互の居住を示した点で、独特です。
現在、マンドラン洞窟遺跡が再び話題になっており、それは、ムステリアン層から依然として発掘中の、トラン(Thorin)という愛称の5万年前頃のネアンデルタール人男性の部分的な骨格から、核ゲノムとY染色体とミトコンドリアDNA(mtDNA)ゲノムが回収され、新たな研究[5]で分析されたからです。トランのゲノムから、トランはこれまで認識されていなかったネアンデルタール人系統に属しており、この系統は他の系統から10万年前頃に分離した、と示唆されています。この系統はその後6万年間独自性を維持したようで、おそらくは最後のネアンデルタール人の残りとともに絶滅しました。それにも関わらず、トランのゲノムは、ジブラルタルのフォーブス採石場(Forbes’ Quarry)で発見された頭蓋から回収された、保存状態がさほど良好ではないゲノム[7]とより密接に関連しています。しかし、トランとフォーブス採石場個体【ジブラルタル個体】が同じ後期ネアンデルタール人集団の一部なのかどうか、あるいは、ジブラルタル個体がそれ以前の集団を表しているのか、ジブラルタル化石の年代測定が正確ではないので、明らかではありません。
トランのゲノムから、トランは長期にわたって遺伝的に孤立していた小さな人口集団に由来する、と示唆されます。これは、ヨーロッパのネアンデルタール人において、以前には思いもよらなかったこの人口構造が、そうした長期にわたってどのように維持できていたのか、という問題を提起します。アフリカの初期現生人類集団は、時には強い下部構造があったものの、アフリカはヨーロッパと比較して広大で、砂漠や密生した熱帯雨林など広範な障壁が集団を隔てていたかもしれない、と考えられます[8]。そうした細分化は、ヨーロッパでどのように存続したのでしょうか?じっさい、今まで認識されていなかった強い地理的隔離があったのか、あるいは、ネアンデルタール人は、他者との交雑を促さなかった、大きく異なる「文化」を有していた可能性があったのでしょうか?
ひじょうに興味深いのは、マンドラン洞窟の分析結果は、フランスのムステリアンについての1960年代の過去の議論を甦らせることです。考古学の二人の巨人、つまりフランスのフランソワ・ボルド(François Bordes)とアメリカ合衆国のルイス・ビンフォード(Lewis Binford)は、ボルドが詳細に分類したムステリアン石器における差異の背後にあるものについて、激しく議論しました[9]。要するに、ボルドが、これらの変異形は異なる共存していたネアンデルタール人部族の産物だった、と主張したのに対して、ビンフォードは、これらの変異形が、変化する環境において変わっていく活動に応じた道具を改変した同じ集団によって製作された、と提案しました。60年後、マンドラン洞窟の分析結果の解釈から、ボルドは、独特な文化的伝統を長きにわたって継続し、長期にわたって存続した別々のネアンデルタール人「部族」の共存について正しかったかもしれない、と示唆されます[5]。
しかし、時空間的なネアンデルタール人の多様性を見ると、別の観点が提供されます(図1)。激しい気候変動が、ネアンデルタール人がユーラシアで進化していた全期間を特徴づけており、これはネアンデルタール人の人口動態に確実に影響を及ぼしたでしょう。より温暖な間氷期には、ネアンデルタール人集団はおそらく拡大しましたが、氷期最盛期には、多くの地域がきょくたんに寒冷化しただけではなく乾燥化もしたので、ネアンデルタール人は退避地に退かざるを得ませんでした。ネアンデルタール人の個体数はおそらく12万年前頃の最終間氷期に頂点に達し、これはベルギーとドイツとコーカサスとアルタイ山脈の遺跡から示される遺伝的多様性によって例証されています[10]。そうした多様性の多くは寒冷期に失われ、より古い系統は、ヨーロッパとコーカサスのその後の化石から回収されたより均質なネアンデルタール人のゲノムに置換されました[11]。しかし、類似したフォーブス採石場個体とトラン個体とのゲノムによって提供される明らかな例外から、以前の多様性の一部はヨーロッパの他地域でより長く生き残った、と示唆されます。イベリア半島南部のような地域はネアンデルタール人の遺伝的差異の貯蔵庫として機能し、時にフランスへと地中海沿岸に拡大し、フランスではマンドラン洞窟の後期ムステリアン層序で現れた、との推測は魅力的です。以下は本論文の図1です。
先行研究[5]では、トランと小さく孤立した人口集団は、ネアンデルタール人がより集団的な現生人類と比較してどのように隔離されていたのか、論証することによって、ネアンデルタール人が消滅した理由についての新たな手がかりを提供する、と示唆されています。しかし、トランのゲノムはじっさいには異なる手がかりを提供するかもしれません。初期現生人類のゲノムにおける後期ネアンデルタール人との交雑の証拠は多数ありますが、これまでのところ、同じ期間のネアンデルタール人のゲノムには現生人類との交雑の証拠がなく[11、12]、これはトランのゲノムにおける交雑の兆候の欠如から確証されます[5]。この不均衡の理由が、1もしくは他集団が交雑を許さなかったなどの社会的理由か、あるいは、ネアンデルタール人の母親から生まれた交雑個体は生存しにくかったなどの生物学的理由だったのか、何であれ、最後のネアンデルタール人の消滅の原因となりました。ネアンデルタール人のすでに小さな人口集団は現生人類に繁殖年齢個体数を奪われつつあり、見返りに補充がなければ、これは致命的な人口不足につながったかもしれません。新参者【現生人類】との経済的競争と相まって、これはネアンデルタール人の最終的な人口統計学的崩壊、さらにはトランの長きにわたって存続した系統の終焉の決め手になったかもしれません。
参考文献:
Stringer C.(2025): Human evolution: The lonely Neanderthal? Current Biology, 35, 1, R29–R31.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.11.043
[1]Humphrey L, and Stringer C.著(2018)、山本大樹訳『サピエンス物語』(エクスナレッジ、原書の刊行は2018年)
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[2]Green RE. et al.(2010): A Draft Sequence of the Neandertal Genome. Science, 328, 5979, 710-722.
https://doi.org/10.1126/science.1188021
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[3]Vernot B. et al.(2021): Unearthing Neanderthal population history using nuclear and mitochondrial DNA from cave sediments. Science, 372, 6542, eabf1667.
https://doi.org/10.1126/science.abf1667
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[4]Iasi LNM. et al.(2024): Neanderthal ancestry through time: Insights from genomes of ancient and present-day humans. Science, 386, 6727, eadq3010.
https://doi.org/10.1126/science.adq3010
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[5]Slimak L. et al.(2024): Long genetic and social isolation in Neanderthals before their extinction. Cell Genomics, 4, 9, 100593.
https://doi.org/10.1016/j.xgen.2024.100593
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[6]Slimak L. et al.(2022): Modern human incursion into Neanderthal territories 54,000 years ago at Mandrin, France. Science Advances, 8, 6, eabj9496.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abj9496
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[7]Bokelmann L. et al.(2019): A genetic analysis of the Gibraltar Neanderthals. PNAS, 116, 31, 15610–15615.
https://doi.org/10.1073/pnas.1903984116
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[8]Scerri EML. et al.(2018): Did Our Species Evolve in Subdivided Populations across Africa, and Why Does It Matter? Trends in Ecology & Evolution, 33, 8, 582-594.
https://doi.org/10.1016/j.tree.2018.05.005
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[9]Shreeve J.著(1996)、名谷一郎訳『ネアンデルタールの謎』(角川書店、原書の刊行は1995年)
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[10]Mafessoni F. et al.(2020): A high-coverage Neandertal genome from Chagyrskaya Cave. PNAS, 117, 26, 15132–15136.
https://doi.org/10.1073/pnas.2004944117
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[11]Hajdinjak M. et al.(2018): Reconstructing the genetic history of late Neanderthals. Nature, 555, 7698, 652–656.
https://doi.org/10.1038/nature26151
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[12]Stringer C, and Crété L.(2022): Mapping Interactions of H. neanderthalensis and Homo sapiens from the Fossil and Genetic Records. PaleoAnthropology, 2022, 2, 401–412.
https://doi.org/10.48738/2022.iss2.130
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●要約
フランス南部で最近発掘されたネアンデルタール人の骨格から、他の後期ネアンデルタール人とは異なる独特な系統のDNAが得られました。これは、ネアンデルタール人が12万年前頃に拡大および多様化し、その一部がヨーロッパにおいて消滅間近まで存続していたことを示唆しています。
●解説
ネアンデルタール人はユーラシア西部および中央部に、少なくとも43万年前頃から4万年前頃に消滅したまで進化し、居住していました[1]。ネアンデルタール人は元々、化石遺骸やその特徴的なムステリアン(Mousterian、ムスティエ文化)石器で知られており、これら古代の近縁種【ネアンデルタール人】に関する知識は、2010年に最初の高網羅率のネアンデルタール人のゲノムが刊行されて[2]以降、劇的に増加しました。その後、数十個体からのさらなる部分的もしくは完全なゲノムが得られ、今では、ネアンデルタール人が居住した遺跡の堆積物からさえ証拠が回収可能です[3]。ジブラルタルからロシアのシベリアまでのネアンデルタール人の遺伝的多様性の地図化とともに、ネアンデルタール人がそのDNAを45000年前頃の交雑[2~4]によって現代人のゲノムにもたらしたことも明らかになりました。これまで研究者は、絶滅前の最後のヨーロッパのネアンデルタール人における低い遺伝的多様性をよく理解している、と考えていましたが、フランスのマンドラン(マンドリン)洞窟(Grotte Mandrin)で発掘された1点の化石骨格から得られたDNAに関する最近の新研究[5]は、以前には予測されていなかった人口構造を明らかにしました。
ローヌ渓谷のマンドラン洞窟では、過去数年間で一連の驚くべき発見かがありました。マンドラン洞窟はすでに、ムステリアン石器によって特徴づけられるネアンデルタール人の居住の長い層序のため注目されており、その年代は、少なくとも66000年前頃から、現生人類(Homo sapiens)がマンドラン洞窟の岩陰を引き継いだ42000年前頃にまでわたります。しかし、ムステリアン層序において54000年前頃に短い侵入があり、近隣のネロン洞窟(Grotte de Néron)で発掘された類似の石器に因んでネロニアン(Neronian、ネロン文化)と呼ばれている、新たな石器インダストリーが伴っていました。この石器群には、鏃のような何千点もの小さな燧石製尖頭器が含まれていました(そうした古い年代のヨーロッパではまったく知られていません)。2022年に、マンドラン洞窟の一連の化石のヒトの歯が分析され、ネアンデルタール人によるマンドラン洞窟遺跡の長期の居住が確証されましたが、ネロニアン層からの単一の現生人類の乳歯の大臼歯は、現生人類による短い居住を示唆しました[6]。この大臼歯はヨーロッパ西部の他の現生人類化石より約1万年古く、これらの新参者が再び消滅する前に、地中海沿岸からローヌ渓谷をさかのぼることによって、ネアンデルタール人の領域に侵入したことを示唆しました[6]。マンドラン洞窟はこれまでのところ、2万年以上前にわたるネアンデルタール人と現生人類の別々の人口集団による4回以上の交互の居住を示した点で、独特です。
現在、マンドラン洞窟遺跡が再び話題になっており、それは、ムステリアン層から依然として発掘中の、トラン(Thorin)という愛称の5万年前頃のネアンデルタール人男性の部分的な骨格から、核ゲノムとY染色体とミトコンドリアDNA(mtDNA)ゲノムが回収され、新たな研究[5]で分析されたからです。トランのゲノムから、トランはこれまで認識されていなかったネアンデルタール人系統に属しており、この系統は他の系統から10万年前頃に分離した、と示唆されています。この系統はその後6万年間独自性を維持したようで、おそらくは最後のネアンデルタール人の残りとともに絶滅しました。それにも関わらず、トランのゲノムは、ジブラルタルのフォーブス採石場(Forbes’ Quarry)で発見された頭蓋から回収された、保存状態がさほど良好ではないゲノム[7]とより密接に関連しています。しかし、トランとフォーブス採石場個体【ジブラルタル個体】が同じ後期ネアンデルタール人集団の一部なのかどうか、あるいは、ジブラルタル個体がそれ以前の集団を表しているのか、ジブラルタル化石の年代測定が正確ではないので、明らかではありません。
トランのゲノムから、トランは長期にわたって遺伝的に孤立していた小さな人口集団に由来する、と示唆されます。これは、ヨーロッパのネアンデルタール人において、以前には思いもよらなかったこの人口構造が、そうした長期にわたってどのように維持できていたのか、という問題を提起します。アフリカの初期現生人類集団は、時には強い下部構造があったものの、アフリカはヨーロッパと比較して広大で、砂漠や密生した熱帯雨林など広範な障壁が集団を隔てていたかもしれない、と考えられます[8]。そうした細分化は、ヨーロッパでどのように存続したのでしょうか?じっさい、今まで認識されていなかった強い地理的隔離があったのか、あるいは、ネアンデルタール人は、他者との交雑を促さなかった、大きく異なる「文化」を有していた可能性があったのでしょうか?
ひじょうに興味深いのは、マンドラン洞窟の分析結果は、フランスのムステリアンについての1960年代の過去の議論を甦らせることです。考古学の二人の巨人、つまりフランスのフランソワ・ボルド(François Bordes)とアメリカ合衆国のルイス・ビンフォード(Lewis Binford)は、ボルドが詳細に分類したムステリアン石器における差異の背後にあるものについて、激しく議論しました[9]。要するに、ボルドが、これらの変異形は異なる共存していたネアンデルタール人部族の産物だった、と主張したのに対して、ビンフォードは、これらの変異形が、変化する環境において変わっていく活動に応じた道具を改変した同じ集団によって製作された、と提案しました。60年後、マンドラン洞窟の分析結果の解釈から、ボルドは、独特な文化的伝統を長きにわたって継続し、長期にわたって存続した別々のネアンデルタール人「部族」の共存について正しかったかもしれない、と示唆されます[5]。
しかし、時空間的なネアンデルタール人の多様性を見ると、別の観点が提供されます(図1)。激しい気候変動が、ネアンデルタール人がユーラシアで進化していた全期間を特徴づけており、これはネアンデルタール人の人口動態に確実に影響を及ぼしたでしょう。より温暖な間氷期には、ネアンデルタール人集団はおそらく拡大しましたが、氷期最盛期には、多くの地域がきょくたんに寒冷化しただけではなく乾燥化もしたので、ネアンデルタール人は退避地に退かざるを得ませんでした。ネアンデルタール人の個体数はおそらく12万年前頃の最終間氷期に頂点に達し、これはベルギーとドイツとコーカサスとアルタイ山脈の遺跡から示される遺伝的多様性によって例証されています[10]。そうした多様性の多くは寒冷期に失われ、より古い系統は、ヨーロッパとコーカサスのその後の化石から回収されたより均質なネアンデルタール人のゲノムに置換されました[11]。しかし、類似したフォーブス採石場個体とトラン個体とのゲノムによって提供される明らかな例外から、以前の多様性の一部はヨーロッパの他地域でより長く生き残った、と示唆されます。イベリア半島南部のような地域はネアンデルタール人の遺伝的差異の貯蔵庫として機能し、時にフランスへと地中海沿岸に拡大し、フランスではマンドラン洞窟の後期ムステリアン層序で現れた、との推測は魅力的です。以下は本論文の図1です。
先行研究[5]では、トランと小さく孤立した人口集団は、ネアンデルタール人がより集団的な現生人類と比較してどのように隔離されていたのか、論証することによって、ネアンデルタール人が消滅した理由についての新たな手がかりを提供する、と示唆されています。しかし、トランのゲノムはじっさいには異なる手がかりを提供するかもしれません。初期現生人類のゲノムにおける後期ネアンデルタール人との交雑の証拠は多数ありますが、これまでのところ、同じ期間のネアンデルタール人のゲノムには現生人類との交雑の証拠がなく[11、12]、これはトランのゲノムにおける交雑の兆候の欠如から確証されます[5]。この不均衡の理由が、1もしくは他集団が交雑を許さなかったなどの社会的理由か、あるいは、ネアンデルタール人の母親から生まれた交雑個体は生存しにくかったなどの生物学的理由だったのか、何であれ、最後のネアンデルタール人の消滅の原因となりました。ネアンデルタール人のすでに小さな人口集団は現生人類に繁殖年齢個体数を奪われつつあり、見返りに補充がなければ、これは致命的な人口不足につながったかもしれません。新参者【現生人類】との経済的競争と相まって、これはネアンデルタール人の最終的な人口統計学的崩壊、さらにはトランの長きにわたって存続した系統の終焉の決め手になったかもしれません。
参考文献:
Stringer C.(2025): Human evolution: The lonely Neanderthal? Current Biology, 35, 1, R29–R31.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.11.043
[1]Humphrey L, and Stringer C.著(2018)、山本大樹訳『サピエンス物語』(エクスナレッジ、原書の刊行は2018年)
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[2]Green RE. et al.(2010): A Draft Sequence of the Neandertal Genome. Science, 328, 5979, 710-722.
https://doi.org/10.1126/science.1188021
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[3]Vernot B. et al.(2021): Unearthing Neanderthal population history using nuclear and mitochondrial DNA from cave sediments. Science, 372, 6542, eabf1667.
https://doi.org/10.1126/science.abf1667
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[4]Iasi LNM. et al.(2024): Neanderthal ancestry through time: Insights from genomes of ancient and present-day humans. Science, 386, 6727, eadq3010.
https://doi.org/10.1126/science.adq3010
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[6]Slimak L. et al.(2022): Modern human incursion into Neanderthal territories 54,000 years ago at Mandrin, France. Science Advances, 8, 6, eabj9496.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abj9496
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[7]Bokelmann L. et al.(2019): A genetic analysis of the Gibraltar Neanderthals. PNAS, 116, 31, 15610–15615.
https://doi.org/10.1073/pnas.1903984116
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[8]Scerri EML. et al.(2018): Did Our Species Evolve in Subdivided Populations across Africa, and Why Does It Matter? Trends in Ecology & Evolution, 33, 8, 582-594.
https://doi.org/10.1016/j.tree.2018.05.005
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[10]Mafessoni F. et al.(2020): A high-coverage Neandertal genome from Chagyrskaya Cave. PNAS, 117, 26, 15132–15136.
https://doi.org/10.1073/pnas.2004944117
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[11]Hajdinjak M. et al.(2018): Reconstructing the genetic history of late Neanderthals. Nature, 555, 7698, 652–656.
https://doi.org/10.1038/nature26151
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[12]Stringer C, and Crété L.(2022): Mapping Interactions of H. neanderthalensis and Homo sapiens from the Fossil and Genetic Records. PaleoAnthropology, 2022, 2, 401–412.
https://doi.org/10.48738/2022.iss2.130
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