野生霊長類の異種間の「誘拐」

 野生霊長類の異種間の「誘拐」を報告した研究(Goldsborough et al., 2025)が報道されました。本論文は、パナマのコイバ国立公園(Coiba National Park)ヒカロン(Jicarón)島で、野生のノドジロオマキザル(Cebus capucinus imitator)の未成体の雄が、野生のマントホエザル(Alouatta palliata coibensis)の乳児を運んでいた、と報告しています。こうした「誘拐」はノドジロオマキザルの1群で1匹の亜成体の雄から始まり、4匹の亜成体および幼若体の雄に広がったことが観察されました。この1群は2017年以降、習慣的な石器仕様の局所的伝統のため観察されており、石器使用のような適応的な文化的革新が好まれたのと同じ条件が、この「誘拐」のような非適応的伝統の根底にもある、と本論文は推測しています。


●要約

 明確な機能を欠いている文化的伝統はヒトにおいて例外的に一般的であり、社会学習への過度の依存によって部分的に説明されます。非ヒト動物では、同じ生態学的および社会的条件が、一見する適応的と非適応的両方の伝統の出現を促すのかどうか、不明です。本論文は、野生における種間誘拐の伝統の起源と拡大を報告します。パナマのコイバ国立公園のヒカロン島で、15ヶ月にわたって、5匹の未成体の雄のノドジロオマキザルが、11匹の異なるマントホエザルを運んでいた、と記録されました。全事例はノドジロオマキザルの1群で起きており、この1群は2017年以降、習慣的な石器仕様の局所的伝統のため研究されてきました。この「マントホエザルの誘拐」伝統の起源が捉えられ、それは1匹の亜成体の雄の革新者から始まり、4匹の亜成体および幼若体の雄に広がりました(図1)。ヒカロン島での石器使用のような適応的な文化的革新が好まれたのと同じ条件がこの非適応的な伝統の根底にもある、と本論文は主張します。


●観察結果

 観察結果は、2022年1月から2023年7月にかけて設置された、86台の餌をつけていない自動撮影写真機から得られました。ノドジロオマキザルがマントホエザルを運んでいた最初の証拠の発見後、すべての多種情報伝達媒体(マルチメディア)が再調査され、131件の目撃事例が得られました。この計画が2017年3月に始まって以降、石器使用群の行動圏に76台の写真機が設置され、ほぼ連続した時間範囲でデータが処理されました。ヒカロン島の複数の石器を使用しない群の行動圏にも、47台の写真機が設置されました。この広範囲の長期の監視によって、2022年1月26日頃に幼若体のノドジロオマキザルがマントホエザルの乳児を運ぶ、伝統の起源が捉えられた、と確信されます。この行動は他の群では観察されませんでした。その後4ヶ月間、亜成体1匹が主要な運搬者として現れ、最大9日間にわたって、4匹のマントホエザルを運びました。20回の目撃例のうち14回で他のノドジロオマキザルが存在したため、他の個体に見つかりましたが、マントホエザルの乳児との接触は最小限で、例外となるマントホエザル3号(H3)の死骸は、革新者とその後に続く運搬者によって引きずられました(図1)。2022年9月以降、この伝統は拡大して加速し、4匹の新たな雄のノドジロオマキザル(亜成体2匹と幼若体2匹)がマントホエザルの乳児を運んでいた、と観察されました。2022年9月~2323年3月にかけて、これらのノドジロオマキザルが少なくとも7匹の異なるマントホエザルの乳児(生後1~2日から4週間)を2日間から8日間かけて運び、その数は合計で11匹になる、と観察されました。以下は本論文の図1です。
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 ほとんどのマントホエザルの乳児は最初の目撃時には健康なように見えましたが、経時的に衰弱していきました。少なくとも4匹のマントホエザルの乳児が死亡し、栄養不良が原因のようです。運ばれた3匹のマントホエザルの乳児は死後1日以上経過しており、傷つけられたり捕食されたりした様子は観察されませんでした。これらの事例は、母親育児放棄の後に「養子縁組」されたのではなく、誘拐の事例と考えられ、その理由は、新たなマントホエザルの乳児が高い割合で出現し(2匹同時の事例も含まれます)、マントホエザルの乳児は逃げるのを強制的に阻止され、成体のマントホエザル(画面には入っていませんが、声は聞こえます)が最大30分間にもわたって何度も、仔を見失ったさいの呼びかけをしていたからです。成体のマントホエザルの体重が未成体のノドジロオマキザルの約3倍であることを考えると、誘拐は危険である可能性が高そうです。ノドジロオマキザルがマントホエザルをどのように誘拐したのかは不明で、それは、自動撮影写真機が、誘拐が起きる可能性の高そうな樹木での行動を捉えていないからです。しかし、マントホエザルの乳児を運んでいないノドジロオマキザルは、成体のマントホエザルが乳児を取り戻すのを阻止するのに役立っており、それは、ノドジロオマキザルが、H10が逃走を試みている最中に、成体のマントホエザルを脅したことによって証明されます(動画)。

 マントホエザルとノドジロオマキザルはともによく研究されており、生息範囲が広範に重なっていますが、この研究の観察は特異です。種間相互作用のほとんどには攻撃が含まれ(ノドジロオマキザルからマントホエザル)、乳児の遊びと毛づくろいの報告もあります。対照的に、この研究では種間の遊びもしくは毛づくろいは観察されませんでした。相互作用は通常中立的で、通常の活動中には背負うか腹に抱えて運んでいました。しかし、2件の目撃事例では、運搬者は乳児を抱きしめていました。4件の目撃事例では、運搬者は乳児を噛むか叩いていました。後に「誘拐」を採用した個体はすべて、乳児を運びながら石器を使用しており(図1)、マントホエザルにとっては危険な行動で、一度はマントホエザルの乳児が落下しました。

 運搬者の動機は何でしょうか?植生の違いのため、種間競争の可能性は低そうです。種間の「養子縁組」の事例は分類群間で起きますが、ほとんどの事例では、雌が乳児を運びます。この個体群では、未成体の雄の運搬者のみが見られます。雄のノドジロオマキザルは共同養育の世話を示しますが、これは遊びと運搬の短期に限られています。未成体の雄のみがマントホエザルの運搬者であるのは、多くの道具の使用者であることでも証明されているように、革新および社会的学習への高い傾向を反映しているかもしれません。乳児は、「象徴的地位」もしくは争い回避の手段(緩衝作用)としても機能しているかもしれません。しかし、運搬車は群の中浜から肯定的な社会的関心(つまり、毛づくろい)を受けません。見られたのは、成体のノドジロオマキザルが運搬者を脅したり、幼若体が遠くから観察したりすることです。観察された乳児の移動は競争的ではなく、代わりに、運搬者は関心を失い、別の個体が捨てられたマントホエザルを回収しました。

 マントホエザルの誘拐と運搬には、明らかな適応的利益もしくは正の社会的強化はないようです。後に「誘拐」を採用した個体とは対照的に、革新者【最初に「誘拐」を行なった個体】は向社会的相互作用を示し、攻撃性は完全に見られず、革新者が運んだ乳児については、誤った共同養育がその行動を説明できるかもしれません。その後の【「誘拐」行動の】採用者は、運びながらの道具使用のような危険な行動を取っており、乳児への攻撃を示し、チンパンジーにおける「耳に草を入れる」のと類似した流行として、最適に理解できるかもしれません。ノドジロオマキザルは、運ぶためだけにマントホエザルの乳児を運んでいるようです。

 革新は島嶼部では一般的で、それは生態学的必要性と行動機械の両方に起因します。さらに、捕食危険性の減少が、低い種の豊かさおよび社会的結束から生じた「刺激不足」と組み合わさると、自由な時間や潜在的な「退屈」をもたらし、それがヒトと【非ヒト】動物両方において革新と関連するかもしれません。ジョセフ・ヘンリック(Joseph Henrich)氏(関連記事)の研究に基づくと、本論文の調査結果から、必要性は重要であるものの、とくに、必要性と自由な時間が豊富であることの多い島嶼部では、革新の母である必要はない、と示唆されます。本論文では、長期の自動写真撮影が種と行動の豊かさを定量化できるだけではなく(関連記事)、慣れていない動物の文化的動態を記録することもできる、と論証されます。ヒカロン島に生息するマントホエザルは、絶滅危惧亜種です。この乳児誘拐の伝統が続く場合、深刻な保護危険性をもたらします。これらのパターンが浮き彫りにするのは、文化的行動が、ヒトであれ非ヒトであれ、同じ生態系内で共存する脆弱な個体群に悪影響を及ぼすかもしれないことです。


参考文献:
Goldsborough Z. et al.(2025): Rise and spread of a social tradition of interspecies abduction. Current Biology, 35, 10, R375–R376.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.03.056

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