近年のデニソワ人研究

 近年のデニソワ人研究の解説(Marshall., 2025)が公表されました。本論文は、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)に関する近年の研究の進展を整理しており、たいへん有益だと思います。当ブログでは2年近く前(2023年9月5日)にデニソワ人に関する研究をまとめましたが(関連記事)、それ以降にも重要な研究が公表されており、本論文でも取り上げられているので、次にデニソワ人についとまとめるさいには、本論文も大いに参考になりそうです。以下、敬称は省略します。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。


●背景

 それは世界中で見られる指でした。2008年に、ロシアのシベリア南部のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で作業をしていた考古学者が小さな骨を発見し、それは数万年前にそこに居住していた古代人の小指の骨の先端でした。その断片はとくに目立ちませんでしたが、保存状態が良好で、研究者は無傷のDNAがあるのではないか、と期待しました。ドイツのライプツィヒにある進化人類学研究所のヨハネス・クローゼ(Johannes Krause)が率いる遺伝学者団は、30mgの骨を採取し、分析に充分な無傷のDNAの抽出に成功しました。研究団は完全なミトコンドリアゲノムの配列決定に成功し、その発見に衝撃を受けました。そのDNAは現生人類(Homo sapiens)もしくはもう一方の有力候補であるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と一致しませんでした[1]そのDNAは新たな人口集団で、発見された洞窟に因んでデニソワ人と呼ばれました。

 研究団がこの結果を2010年3月に発表すると、大反響を引き起こしました。それまで、研究者は保存された骨を用いて人類の各種もしくは集団を同定しており、そうした集団には現代人や古代人やその直接的祖先が含まれます。「デニソワ人はDNA研究から生まれました」と、ロンドン自然史博物館のクリストファー・ストリンガー(Christopher Stringer)は述べています。9ヶ月後、第二の驚きがありました。クローゼとその同僚は指骨から完全な核ゲノムを得て、それはずっと多くの情報をもたらしました。核ゲノムからは、デニソワ人はヨーロッパとアジア西部に数十万年間居住していたネアンデルタール人の姉妹集団だった、と示されました。研究団は大臼歯の発見も報告し、そのミトコンドリアDNA(mtDNA)に基づいてデニソワ人と特定され、その大臼歯はひじょうに大きく、現生人類もしくはネアンデルタール人の歯とは異なっていました。

 さらに驚くべきことに、研究団は、太平洋南西部のニューギニア島とブーゲンビル島に暮らす現代人が、これらの島々がデニソワ洞窟から約8500km離れている事実にも関わらず、そのDNAの4~6%をデニソワ人から継承した、と報告しました。これは、現生人類がデニソワ人と交雑し、デニソワ人がかつてはアジア全域に広がっていたことを示唆しました[2]。以下は、デニソワ人の暮らしの想像図です。
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 その発見は、デニソワ人の熱狂的な探索の契機となりました。デニソワ人が推定されるように遠くまで分布していたならば、化石はどこにあったのでしょうか?古人類学者はまだデニソワ人化石を発見していないのか、それともデニソワ人化石は博物館の収蔵品の中に認識されずに保管されているのでしょうか?研究者は現場に戻り、埃をかぶった博物館の引き出しを調べ、この謎めいた古代人集団についての手がかりを解明しようとしました。

 この人類に関する最初の報告から今では15年となり、確実性の度合いがさまざまな、デニソワ人と同定されたわずかな化石があります。一部はチベット高原の高地から発見され、1個は何十年も井戸に隠されており、別の化石は海底から浚い上げられました。これらの化石は、極寒のシベリアや高地や熱帯に居住していた、多様で適応力のある人口集団を明らかにし、研究者はデニソワ人のより多くの証拠を求めて、アジアを探し回っています。これまでの研究者の発見は、現生人類の起源を再考させるかもしれません。


●見えない人々

 人類の物語はアフリカで始まり、そこでは最古の既知の種がすべて暮らしていました。アフリカ外で発見された最古級の化石はホモ・エレクトス(Homo erectus)で、ホモ・エレクトスは180万年前頃に現在のジョージア(グルジア)に居住しており【このジョージアで発見された180万年前頃の人類遺骸については、独自の種であるホモ・ジョルジクス(Homo georgicus)に分類する見解もあります】、すぐにずっと東方のインドネシアのジャワ島にまで拡大しました[3]。その後、ネアンデルタール人が出現し、ヨーロッパとアジア西部全域に拡散し、時には遠くデニソワ洞窟にまで到達しました。同じ頃に、デニソワ人はアジア東部に居住していました。

 我々現生人類は最後に進化した種で【種の形成時期の判断は難しく、この認識には問題があるように思います】、アフリカで少なくとも20万年前頃に出現しました。モロッコで発見された1点の化石から、現生人類の年代は30万年以上前にさかのぼるかもしれない、と示唆されています[4]。現生人類は数回の波でアフリカ大陸を去り、最終的には他のすべての人類を置換しました。しかし、その前に現生人類の一部はネアンデルタール人およびデニソワ人と交配しました。現在、最高水準のデニソワ人のDNAはフィリピンのアエタ人(Ayta)で見つかっていますが、デニソワ人のDNAはパプアニューギニアを含めてアジア南東部の人々に広がっています[5]。

 研究者がデニソワ人化石を見つけ始めた時に、1点は数十年前に収集されており、認識されていなかったことを発見しました。「その化石は仏教僧によって【考古学的】背景なしで発見されました」と、ウィーン大学の考古学者であるカテリーナ・ドウカ(Katerina Douka)は述べています。1980年に、その僧侶は中国のチベット高原の白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave)で下顎骨を発見しました。30年間、北京の中国科学院のチベット高原研究所の地理学者の陳発虎(Fahu Chen)を含めて、研究者の注目を惹くまで、「その化石は誰かの研究室に置かれていました」と、ドウカは述べています。2019年の研究で、陳発虎とその同僚は保存されているタンパク質を抽出して分析し、その骨をデニソワ人と同定して、その骨の表面堆積物の放射性崩壊の測定によって、少なくとも16万年前頃と年代測定しました[6]。

 翌年、同じ研究団の多くの構成員が、白石崖溶洞の堆積物に保存されていたデニソワ人のDNAの発見を報告しました。これが示唆したのは、デニソワ人は10万年前頃と6万年前頃に白石崖溶洞周辺に存在し、45000年前頃まで留まっていた可能性です[7]。これら二つの研究によって、デニソワ人が高地のチベット高原の居住に成功していた、と確証されました。これは2014年の遺伝学的研究と一致しており、その研究では、現代チベット人は、低水準の酸素への対処に役立つデニソワ人の遺伝的多様体を継承しており、恐らくそれはその地域での現生人類とデニソワ人との間の古代の交雑に由来する、と分かりました[8]。同時に、別の劇的な化石が2000km以上離れた中国南東部において発見され、それはデニソワ人かもしれませんが、その分類に関する議論がそれ以降続いてきました。


●秘密の頭蓋

 それは中国のハルビンで1930年代に始まりました。当時中国のその地域を支配していた日本軍で働いていた身元不明の中国人男性が、人類の頭蓋1点を発見し、その価値を認識して井戸に隠しました。その男性は何十年間も秘密を守り、死の床でその場所を明らかにしました。その男性の家族はこの頭蓋を2018年に回収し、博物館に寄贈しました。クリストファー・ストリンガーを含めて、北京の中国科学院古脊椎動物古人類研究所(Institute of Vertebrate Paleontology and Paleoanthropology、略してIVPP)の古人類学者である倪喜軍(Xijun Ni)が率いる研究団は、2021年にこのハルビン頭蓋を報告しました。この頭蓋は少なくとも146000年前頃と分かりました。その頭蓋は大きく、頭蓋容量は現生人類と同等です。しかし、その形態はどの報告されている人類種とも一致しません[9]。別の論文で、倪喜軍と他の研究者はこの標本を「龍人」とも呼ばれる新種ホモ・ロンギ(Homo longi)に属する、と報告しました[10]。

 ハルビン頭蓋のいくつかの特徴、とくに大きな大臼歯は、デニソワ人と一致する可能性があるように見えます。同じことは、2018年にラオス人民民主共和国の北部山岳地帯のフアパン(Huà Pan)県に位置するタム・グ・ハオ2(Tam Ngu Hao 2、略してTNH2)で発見された1本の大臼歯にも当てはまりました[11]。タンパク質解析は、その歯がホモ属の構成員だったことを確証しましたが、種は確認できませんでした。しかし、その形態は白石崖溶洞の大臼歯と類似していたので、発見者はこの大臼歯をデニソワ人と判断しました。この化石の可能性は高まりつつありました。

 一方で他の研究者は、中国北部の河北省張家口(Zhangjiakou)市の陽原(Yangyuan)県の侯家窰(Xujiayao)遺跡で1970年代に発見された頭蓋断片一そろいなど、何年も前に発掘された化石を再調査しました。その分類には、依然として議論があります。約10年前、マノア(Mānoa)のハワイ大学の人類学者であるクリストファー・バエ(Christopher Bae)は、侯家窰遺跡の大臼歯の写真をデニソワ洞窟の大臼歯の写真と並べて見ました。「両者はほぼ同じでした」と、クリストファー・バエは述べています。

 もう一つのデニソワ人かもしれない標本が2008年に発見され、それはデニソワ人集団が同定される前でした。その年の初めに、1人の男性が台湾の台南市の骨董品店から下顎骨を購入しました。それは沖合20kmの澎湖海峡(Penghu Channel)から浚い上げられました。研究者が、写真に基づいてこれが人類の骨と認識した後で、その男性はこの下顎骨を博物館に寄贈しました。研究者は最終的に2015年にこの下顎骨を記載したさいに、その第二大臼歯は明らかにデニソワ人のようだ、と指摘しました[12]。これは、今年(2025年)4月に刊行された研究で裏づけられ、その研究では、この化石から抽出されたタンパク質に基づいて、この下顎骨が19万万年前頃と1万年前頃のある時点で生きていたデニソワ人男性に属していた、と示唆されました[13]。


●乱雑な系図

 昨年5月に初めて公表された査読前論文で、クリストファー・ストリンガーとその同僚は、これら別々の化石をまとめようとしました。研究者が直面した問題は当惑させるもので、アジア東部のひじょうに多くの未分類のホモ属化石があり、それらがどれくらいのり数の集団を表しているのか、明らかではありません。この研究団は57点の人類化石を分析し、利用可能な資料に応じて、それぞれ最大で521点の特徴を調べました。これによって、どの化石が同じ集団に属していたのかを示す系図を研究者は再構築できました。

 ユーラシアの人類は3集団にまとめられ、それは現生人類とネアンデルタール人とホモ・ロンギです。その第三の集団【ホモ・ロンギ】には、【デニソワ洞窟で発見された】元々のデニソワ人遺骸と白石崖溶洞のデニソワ人や、侯家窰遺跡の頭蓋断片や、澎湖海峡から浚い上げられた標本や、他の数点の中国の化石が含まれました。「もし種名があるならば、デニソワ人の名称はホモ・ロンギになるでしょう」と、クリストファー・ストリンガーは述べています。

 しかし、代替的な説明があります。クリストファー・ストリンガーとその同僚が査読前論文を発表したのと同月(2024年5月)に、クリストファー・バエはIVPPの古人類学者である呉秀傑(Xiujie Wu)とともに、別の視点を提案しました。クリストファー・バエと呉秀傑は、ハルビン頭蓋はデニソワ洞窟の標本とは適切に一致しないので、ホモ・ロンギとしてのデニソワ人に分類表示するのは説得力がない、と主張しました。代わりにクリストファー・バエと呉秀傑は、侯家窰遺跡の遺骸を中心に新種の命名を提案し、デニソワ洞窟や白石崖溶洞や澎湖海峡の化石と一致することに同意しています。2024年11月に刊行された追跡研究で、クリストファー・バエと呉秀傑は、これらの人類を、デニソワ人遺骸が含まれるホモ・ジュルエンシス(Homo juluensis)と呼ぶよう提案しました[16]。

 しかし、他の研究者は判断を保留しています。こうした方法で種名を割り当てることは「時期尚早」である、とテキサス州のカレッジステーションのテキサスA&M大学の古人類学者であるシーラ・アスレヤ(Sheela Athreya)は述べています。相違の中心となっている化石、つまりハルビン頭蓋と侯家窰遺跡の遺骸では、まだ分子データが得られていません。一方で、良好な分子データが得られてきた化石は、形態学的データが限定的でした。ゲノムと形態を創刊させる能力がなければ、「完全に間違う」危険性がある、とシーラ・アスレヤは述べています。

 シーラ・アスレヤは、研究者はまださらなる可能性を排除できない、と述べています。つまり、おもに遺伝的データから知られているデニソワ人は、完全に新たな種ではなく、すでに形態学的に定義されている種に属すると判明するかもしれません。シーラ・アスレヤは昨年(2024年)、デニソワ人はアジアのホモ・エレクトスの分枝かもしれず、その場合、以前にホモ・エレクトスと同定された化石から「デニソワ人」のDNAが得られるかもしれない、と示唆しました。以下は更新世の各ホモ属系統の推定存在期間を示した本論文の図です。
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 この問題を解決するには、遺伝学と骨との間のより強い相関を構築するための、より多くの分子データが必要になるでしょう。クリストファー・ストリンガーは、この関係を明確にできる、中国で発見された化石の一部からのプロテオーム(タンパク質の総体)データの近いうちの公開を期待しています。古代DNAはより詳細な情報を提供できますが、保存されている可能性は低そうです。「誰かが、確証されているホモ・エレクトスから分子データを得るよう、切望しています。私にとって、それはデニソワ人について有意義に語るさいの重要な次の段階です」と、シーラ・アスレヤは述べています。


●アジアにおける答え

 その答えが何であれ、たとえ研究者が依然としてデニソワ人骨格のほとんどを見落としているとしても、デニソワ人はすでにヒト進化の研究に革命をもたらしてきました。「初めて、【充分に保存されている】化石がないものの、完全なゲノムを有している、ヒト種もしくはヒト集団が見つかりました」と、カテリーナ・ドウカは述べています。古人類学者はかつて、アジア全域を化石の「僻地」と考えていましたが、今では、「アジアはヒト進化の中心地です」と、カテリーナ・ドウカは述べています。

 デニソワ人は古人類学者に、現生人類の起源を再考するよう、促してきました。遺伝学的結果は、数十万年前に生きていた、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の共通祖先を示してきました。この祖先集団はアフリカに居住していた、と想定されてきましたが、クリストファー・バエとクリストファー・ストリンガーは、科学者はそれを再考すべきと述べています。「その【現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の】共通祖先は、ヨーロッパもしくはアジアのどこかに居住していた可能性が充分あり、その後で3方向に分岐しました」と、クリストファー・ストリンガーは述べています。この見解では、現生人類の祖先の人口集団はアフリカへと逆移動し、ネアンデルタール人およびデニソワ人の系統はユーラシア全域に拡大しました。

 一方で、クリストファー・バエは、研究者は現生人類が小さな1ヶ所の地域で最初に出現した、と想定すべきではない、と述べており、それは、祖先のように見える化石がユーラシアとアフリカの両方にあるからです。「起源の複数の中心地の可能性について、我々はもう少し柔軟になるべきです」と、クリストファー・バエは述べています。現生人類の起源は「おそらくアフリカにあります」が、「ユーラシアを完全に無視すべきではありません」と、クリストファー・バエは述べています。アフリカとユーラシア西部の両方にまたがる複数の供給源人口集団が存在したかもしれません。ヒトの進化のこの期間はひじょうに不確実で、「共通祖先がどこに居住していたのか分からず、どのような外見だったかも分かりません」と、クリストファー・ストリンガーは述べています。

 何が起きたにしても、研究者は今では、移動と交雑ヒトの物語にとって鍵であると分かっている、とカテリーナ・ドウカは述べています。カテリーナ・ドウカは、デニー(Denny)との愛称の、交雑第1世代に由来する、デニソワ洞窟の細長い骨の断片の2018年の発見を指摘します。この骨は、ネアンデルタール人の母親とデニソワ人の父親との間に生まれた少女のものでした[18]。化石記録に保存されている個体が少ないことを考えると、科学者は、交雑が一般的だった場合にのみ、交雑第1世代を見つけると予想するでしょう。デニソワ人は、我々の進化史における大規模な人口集団の混合の可能性を早くに警告していた、とカテリーナ・ドウカは述べています。それは、1点の小さな指骨によってもたらされた、かなり大きい意外な新事実です。


参考文献:
Marshall M.(2025): Who were the ancient Denisovans? Fossils reveal secrets about the mysterious humans. Nature, 641, 8064, 840–842.
https://doi.org/10.1038/d41586-025-01549-3

[1]Krause J. et al.(2010): The complete mitochondrial DNA genome of an unknown hominin from southern Siberia. Nature, 464, 7290, 894-897.
https://doi.org/10.1038/nature08976
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[2]Reich D. et al.(2010): Genetic history of an archaic hominin group from Denisova Cave in Siberia. Nature, 468, 7327, 1053-1060.
https://doi.org/10.1038/nature09710
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[3]Rizal Y. et al.(2020): Last appearance of Homo erectus at Ngandong, Java, 117,000–108,000 years ago. Nature, 577, 7790, 381–385.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1863-2
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[4]Hublin JJ. et al.(2017): New fossils from Jebel Irhoud, Morocco and the pan-African origin of Homo sapiens. Nature, 546, 7657, 289–292.
https://doi.org/10.1038/nature22336
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[5]Larena M. et al.(2021): Philippine Ayta possess the highest level of Denisovan ancestry in the world. Current Biology, 31, 19, 4219–4230.E19.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.07.022
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[6]Chen F. et al.(2019): A late Middle Pleistocene Denisovan mandible from the Tibetan Plateau. Nature, 569, 7756, 409–412.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1139-x
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[7]Zhang D. et al.(2020): Denisovan DNA in Late Pleistocene sediments from Baishiya Karst Cave on the Tibetan Plateau. Science, 370, 6516, 584–587.
https://doi.org/10.1126/science.abb6320
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[8]Huerta-Sánchez E. et al.(2014): Altitude adaptation in Tibetans caused by introgression of Denisovan-like DNA. Nature, 512, 7513, 194–197.
https://doi.org/10.1038/nature13408
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[9]Ni X. et al.(2021): Massive cranium from Harbin in northeastern China establishes a new Middle Pleistocene human lineage. The Innovation, 2, 3, 100130.
https://doi.org/10.1016/j.xinn.2021.100130
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[10]Ji Q. et al.(2021): Late Middle Pleistocene Harbin cranium represents a new Homo species. The Innovation, 2, 3, 100132.
https://doi.org/10.1016/j.xinn.2021.100132
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[11]Demeter F. et al.(2022): A Middle Pleistocene Denisovan molar from the Annamite Chain of northern Laos. Nature Communications, 13, 2557.
https://doi.org/10.1038/s41467-022-29923-z
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[12]Chang CH. et al.(2015): The first archaic Homo from Taiwan. Nature Communications, 6, 6037.
https://doi.org/10.1038/ncomms7037
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[13]Tsutaya T. et al.(2025): A male Denisovan mandible from Pleistocene Taiwan. Science, 388, 6743, 176–180.
https://doi.org/10.1126/science.ads3888
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[16]Bae CJ, and Wu X.(2024): Making sense of eastern Asian Late Quaternary hominin variability. Nature Communications, 15, 9479.
https://doi.org/10.1038/s41467-024-53918-7
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[18]Slon V. et al.(2018): The genome of the offspring of a Neanderthal mother and a Denisovan father. Nature, 561, 7721, 113–116.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0455-x
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