アフリカ北西部の後期更新世~初期完新世人類のゲノム

 アフリカ北西部の後期更新世~初期完新世人類のゲノムデータを報告した研究(Lipson et al., 2025)が公表されました。これまで、マグレブ(マグリブ、アフリカ西部)の狩猟採集期から農耕移行期の人類のゲノムデータは、マグレブ西部のモロッコのみから得られていました。本論文は、マグレブ東部となるアルジェリアとチュニジアの後期石器時代から新石器時代の9個体の新たなゲノムデータを提示します。このうち最古級の個体はマグレブ西部の新石器時代の前の個体群と遺伝的にクラスタ化しました(まとまりました)。

 チュニジアのジュッバ(Djebba)遺跡の8000年前頃の個体はWHG(Western European hunter–gatherer、ヨーロッパ西部狩猟採集民)関連の遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を低い割合で有しており、完新世初期におけるシチリア海峡を横断した人類集団の移動が反映されているようです。マグレブ東部の後期新石器時代集団のゲノムは、おもに在来の狩猟採集民関連祖先系統で構成されていますが、ヨーロッパの初期農耕民やレヴァント集団からの小さな遺伝的影響も受けており、新石器時代のマグレブ東部は地中海の他地域よりも外部からの遺伝的影響は小さかったようです。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。


●要約

 地中海地域の古代DNAは、食料生産経済の拡大と関連する長距離のつながりおよび人口変容を明らかにしてきました[1~6]。しかし、ヨーロッパとは対照的に、アフリカ北部におけるこの重要な移行期の遺伝的データは限られており、マグレブ西端(モロッコ)からのデータのみ利用可能でした[1~3]。本論文は、アルジェリアとチュニジアの後期石器時代から新石器時代にかけての9個体から得られたゲノム規模データを提示します。最古級の個体はマグレブ西部の新石器時代の前の人々(15000~7600年前頃)とまとまり、「マグレビ」祖先系統特性が時空間的にかなり範囲だったことを示しています。8000年前頃となるジュッバ遺跡(チュニジア)の少なくとも1個体はヨーロッパ狩猟採集民からの祖先系統を有しており、恐らくはシチリア海峡を横断しての、前期完新世における移動を反映しています。マグレブ東部のその後の新石器時代の人々は、ヨーロッパ農耕民(7000年前頃までに)およびレヴァント集団(6800年前頃までに)からの小さな寄与とともに、ほぼ在来の採食民祖先系統を保持していたので、新石器時代の地中海の他地域の人口集団よりも、外部からの遺伝子流動の影響はずっと少なくなっていました。


●研究史

 地中海沿岸におけるヒト集団の遺伝的歴史には、歴史時代と先史時代の両方における多くの集団からの寄与が含まれます。ヨーロッパ南部における広範な古代DNA研究は、経時的な人口変容の詳細な年代記を明らかにしてきましたが、アフリカ北部における同様の研究は遥かに限定されてきました。重要な変容は、新石器時代の食糧生産の始まりでした。地中海のヨーロッパ側では、アナトリア半島起源の農耕民がまず沿岸を急速に拡大し、7500年前頃には遠くイベリア半島に達し、その過程で0~30%のWHG祖先系統を吸収しました[4~6]。イベリア半島およびフランス南部と関連する特徴的な「カルディウム(Cardial)」土器がマグレブ西部(モロッコ)で発見されており、栽培植物および家畜動物や他の関連する資料の証拠が伴っていますが、アフリカ北部におけるヨーロッパ農耕民の人口統計学的影響は議論されてきました。農耕民はシチリア島からマグレブ東部(チュニジアとアルジェリア北東部)まで地中海を横断し、そこから西方へ拡大した、との主張もありましたが、マグレブ西部で見られる新石器時代の栽培化および家畜化はイベリア半島からもたらされた、と今ではより広く考えられています[2、3]。

 新石器時代のアフリカ北部からの最初のゲノム規模の古代DNAデータは、マグレブ西部のIAM(Ifri n’Amr o’Moussa、イフリンアムロ・モウッサ)遺跡の7000年前頃の個体に由来し[1]、IAM遺跡の個体群の祖先系統は、イベロモーラシアン(Iberomaurusian)文化のTAF(Taforalt、タフォラルト)遺跡のずっと早い(15000~14000年前頃)LSA(Late Stone Age、後期石器時代)個体群と関連する、「マグレビ」遺伝子プールに由来します[3]。しかし、ヨーロッパ農耕民の移民は近隣のほぼ同時代の人口集団に大きな影響を及ぼしており、7200年前頃のKTG(Kaf Taht el-Ghar、カフ・タート・エル・ガール)遺跡の個体群の祖先系統に約80%寄与しました[2]。さらに1000年以内に、レヴァントの人口集団と関連しており、アジア南西部の初期牧畜民社会の拡大に由来する、と仮定されている新たな構成要素も出現し、SKH(Skhirat-Rouazi、スヒラット・ロウアジ)遺跡(6400年前頃)の個体群の祖先系統の約50%を構成しています。3構成要素(マグレビ、ヨーロッパ農耕民関連、レヴァント)すべては、後期新石器時代のKEB(Kehf el Baroud、ケーフ・エル・バロウド)遺跡(5700年前頃)の個体群に寄与しました[1、2]。

 未解決の問題は、マグレブの東西が新石器時代に同様の遺伝的軌跡をたどったかどうかです。東方では、考古学的証拠は、イベロモーラシアンに続く、前期完新世(新石器時代の前)の文化伝統であるカプサ文化(Capsian)を記録しています。カプサ文化の共同体は、大きく開けた貝塚の遺跡に居住しており、岩陰は少なく、陸生の軟体動物や大型草食部動物や野生植物の狩猟採集を行なっていました。文化的つながりは、西方や東方や北方にさえ広がりました。その後の新石器化の過程で家畜化された動物(おそらくはレヴァント起源)が取り込まれましたが、それ以外には人々はカプサ文化の多くの要素を保持しました。たとえば、チュニジアのDEK(Doukanet el Khoutifa、ドウカネット・エル・ハウティファ)遺跡では、家畜化されたヤギと(数がより少ない)ウシの骨が、とくに7000年前頃以後に存在しますが、アフリカ北部のさらに東方および西方栽培化された植物は欠けており、カプサ文化期のいくつかの残存要素が残っています(石器技術や装飾品や歯の剥離や陸生軟体動物の消費)。土器様式は混在しており、全てではないものの一部は地中海の他地域で見られる刻印模様を想起させます。分岐の平均測定を用いた歯の形態学的データから、新石器時代のマグレブ人口集団は全体的に地中海沿岸北部の同時代の集団と最も類似していたものの、マグレブ東部の一部の集団はそれ以前のイベロモーラシアンもしくはレヴァントのナトゥーフィアン(Natufian、ナトゥーフ文化)人口集団との高度な類似性を示した、と示唆されました。


●標本

 現在のチュニジアの3ヶ所の遺跡から8個体(そのうち7個体には直接的な放射性炭素年代があります)と、アルジェリアのABR(Afalou Bou Rhummel、アファラウ・バウ・ルーメッル)遺跡の1個体(15000~11000年前頃)の高品質なゲノムデータが生成されました。ABRはイベロモーラシアンの遺跡で、ミトコンドリアDNA(mtDNA)分析では、TAF遺跡の人々との母系の類似性が示されました(図1)。信頼性尺度は、個体I13901(ABR遺跡)を除いて最小限の汚染を示し、個体I13901については、古代DNAに特徴的な損傷の証拠のある分子に分析が制限されました。配列決定網羅率の範囲は0.4~6.4倍で、溶液内濃縮について、1~22番染色体【常染色体】上の約115万ヶ所のSNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)で測定されました(個体I13901の損傷制限後の網羅率は0.05倍)。以下は本論文の図1です。
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 ジュッバ遺跡(チュニジア)の両個体の年代は、新石器時代に分類される遺跡で予測より古いものでした(8000年前頃)。本論文がこの両個体を後期カプサ文化人と呼ぶのは、この両個体がカプサ文化と新石器時代の時間的境界の近くに位置するからです。DEK遺跡からは4個体の年代が得られ、その年代範囲は7000~6350年前頃です。チュニジアのエルグラ(Hergla)遺跡(チュニジア)の1個体の年代は、カプサ文化期に居住されていた、とだけ知られている遺跡にはして驚くほど新しいものでした(5900年前頃)。じっさい、エルグラ遺跡は中期完新世集団によって使用され続けており(少なくとも死者の埋葬では)、これは他のカプサ文化遺跡で証明されている慣行です。新たに報告された個体群は刊行された年代とともに評価され、新石器時代の前および新石器時代におけるアフリカ北部の中央部の人口史が調べられ、当時の地中海地域におけるより広範な傾向とのつながりがたどられました。


●分析

 先行研究[2]で説明されているように、より広い地中海地域の16の人口集団[28]の現代人33個体を用いて主成分分析(principal component analysis、略してPCA)が実行され、軸が計算されて、古代の個体群が投影されました(図2)。新たに報告される個体は全員、以前に刊行されたマグレブ西部の古代の個体群によって定義される同じ三角形の領域内に収まります。最古級のマグレブ東部の3個体、つまりABR遺跡の11000年以上前の個体I13901、ジュッバ遺跡の8000年前頃の個体I20824およびI20825は、新石器時代の前のマグレブ西部の人々、つまりTAF遺跡およびOUB(Ifri Ouberrid、イフリ・オウベリッド)遺跡の人々とクラスタ化しました(まとまりました)。対照的に、マグレブ西部のその後の個体群は、この初期のクラスタ(まとまり)と、古代レヴァントの集団と、新石器時代のマグレブ西部のSKHおよびKEB遺跡個体の間の勾配に位置します。以下は本論文の図2です。
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 qpAdmソフトウェア[4]を用いて、祖先系統のモデルが検証されました。まず、マグレビ祖先系統の代理として明らかな近い過去の混合がない個体群(TAFもしくはその後の個体群)を、ヨーロッパ農耕民祖先系統の代理としてスペインの前期新石器時代個体群を、レヴァント祖先系統の代理としてイスラエルの銅器時代個体群、これら3構成要素を区別するために選択された外群一式を用いて、マグレブ西部の刊行されているデータが再分析されました(図3a)。本論文の結果は、以前に報告された結果[1、2]と類似しており、主要な例外は、以前には100%のマグレビ祖先系統を有する、と説明されたIAMの前期新石器時代個体群において、少量のヨーロッパ農耕民祖先系統が見つかったことです(ただ、検出力は異なる供給源を除外するほど充分ではありませんでした)。以下は本論文の図3です。
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 ヨーロッパ農耕民祖先系統は、IAM.7(PCAにおいてIAMの4個体の内最も右側の個体)では9.6±2.5%、IAM004では4.7±2.0%と推定されました。この2個体は、IAM遺跡の刊行されている他の個体よりもわずかに新しくなります(約200年)。さらに、SKH遺跡の中期新石器時代個体群が以前にはマグレビ祖先系統とレヴァント祖先系統の2方向混合としてモデル化されたのに対して、本論文では、そうしたモデルは不充分(P < 0.05)と分かり、ヨーロッパ農耕民もしくはヨーロッパ狩猟採集民(祖先系統のほとんどがWHG遺伝子プールに由来する、スペインとセルビアの参照個体群が用いられました)と関連する過剰な祖先系統の兆候がありました。じっさい、マグレビとヨーロッパ農耕民とレヴァントの祖先系統での3方向モデルでさえ、適合しませんでした(P = 0.006)。図3aの結果は、ヨーロッパ農耕民祖先系統の代理として、スペインの前期新石器時代個体群(約10%)よりも多くのWHG祖先系統を有していた、サルデーニャ島の中期新石器時代農耕民(約20%)を用いたモデルに基づいています。同様にKEB個体の3方向モデルが報告されますが(先行研究と同じく)、レヴァント祖先系統の証拠はより弱くなっています(マグレビおよびヨーロッパ農耕民祖先系統のみのモデルでは、P = 0.044)。

 マグレブ東部については、同様の2および3方向混合モデルが検証されました(図3b)。マグレビ祖先系統のり代理として、OUB遺跡の1個体がIAM遺跡の1個体(IAM.4.5)とともに用いられました。個体I13901(アルジェリアのABR遺跡)は100%のマグレビ祖先系統と一致しました(P > 0.18)。完全な(汚染されている)データでの分析も繰り返され、マグレビ祖先系統に加えてヨーロッパ現代人の供給源からの汚染を表す構成要素でほぼ成功した適合(P = 0.023)が得られました。ここでのヨーロッパ現代人とは、代理として1000人ゲノム計画のCEU(Northern Europeans from Utah、アメリカ合衆国ユタ州のヨーロッパ北部人)が用いられ、その割合は約28%です。

 ジュッバ遺跡の初期の2個体はABR遺跡やTAF遺跡やPCAで関連する集団とクラスタ化しました(まとまりました)。ジュッバ遺跡とABR遺跡の両方について、TAF遺跡個体で以前に報告されたように[3]、ナトゥーフィアン個体群との(F₄統計による)独特なアレル(対立遺伝子)共有が観察され、新石器時代に至るまでの高度な長期の遺伝的連続性が確証されます。しかし、ジュッバ遺跡の1個体(8100年前頃のI20824)はqpAdmでは100%のマグレビ祖先系統で適合できるのに対して、もう一方の個体(7900年前頃のI20825)はWHGとの過剰な類似性を有していました。直接的なF₄統計アレル共有検定は、Z = 5まで有意にゼロではありませんでした。この兆候は、qpAdmにおけるヨーロッパ農耕民祖先系統(WHG関連構成要素が含まれます)の追加によって説明できます(スペインの前期新石器時代個体群もしくはサルデーニャ島の新石器時代個体群を代理として用いると、(P = 0.0002もしくは0.0001)。しかし、個体I20825については、マグレビ祖先系統に加えて5.7±1.1%のWHG関連祖先系統のモデルに適合できます(P = 0.36)。2個体を組み合わせると(図3b)、その割合はより低くなり(3.1±0.8%、P = 0.8)、WHG関連祖先系統なしでのモデルに対する証拠はより弱くなりました(ただ、P = 0.02–0.04で、依然としてわずかに有意です)。

 ジュッバ遺跡個体群におけるヨーロッパ狩猟採集民関連祖先系統の可能性のある供給源を示唆しているかもしれない、アレル共有兆候が検索されました。具体的には、シチリア島(続旧石器時代および中石器時代)[6、29]やドイツおよびオランダ(北方WHG)[29]やスペイン[29~31、33]やセルビア[34]やロシア[29、31]の狩猟採集民との差異的な近縁性を検出する統計が計算されました。個体I20825については、シチリア島の狩猟採集民を以下の個体と比較すると、スペインおよびロシアの狩猟採集民とは(わずかに)有意な兆候(Z = 2.1および2.3)が、セルビアの狩猟採集民ではより小さな差異(Z = 1.6)が得られ、シチリア島と北方のWHG間では差異が得られませんでした(Z = −0.1)。対照的に、より低い標準誤差にも関わらず、個体I20824について全統計はゼロと一致しました。広範な地理的地域にまだかる同様のWHG祖先系統を含めて、中石器時代ヨーロッパにおける遺伝的構造について知られていること[29]を考えると、これらの観察は個体I20825におけるWHG祖先系統のごく低い割合で予測された通りでした。ヨーロッパ狩猟採集民のデータの部分集合も使用され、シチリア島個体群におけるマグレビ祖先系統の存在の可能性が検証されましたが、有意な兆候は観察されませんでした。

 ジュッバ遺跡以外の個体では、マグレビ祖先系統の最高の割合は個体I22580(DEK遺跡の7000年前頃の個体)の約92%で、この個体は、マグレビ祖先系統とヨーロッパ農耕民祖先系統の混合でモデル化できますが(P = 0.18)、マグレビ祖先系統とレヴァント祖先系統の混合(P = 0.0046)ではモデル化できません(図3b)。PCAで個体I22580と最も近い個体はDEK遺跡の年代測定されていないI22862で、図2では、I22580とI22862はDEK1と分類表示されています。個体I22862も高い割合のマグレビ祖先系統を有していますが、WHGとのわずかにより高い類似性があります(約88%のマグレビ祖先系統と、約10%の農耕民関連祖先系統と、約3%のWHG祖先系統で最適にモデル化でき、P = 0.093です)。DEK1としてI22580とI22862をまとめると、マグレビ祖先系統とヨーロッパ農耕民祖先系統での2方向モデルは成功しました(それぞれ約92%と約8%で、P = 0.16です)。

 マグレブ東部の他の4個体、つまりDEKの3個体(図2DEK2)とエルグラ遺跡の1個体は、PCAではさらに右側に位置しました。個体I22866(DEK遺跡)は、マグレビ祖先系統に加えてレヴァント祖先系統(P = 0.76)もしくはヨーロッパ農耕民祖先系統(P = 0.07)でモデル化できますが(あるいは、その両祖先系統)、個体I22867(DEK遺跡)は3供給源【マグレビ祖先系統とヨーロッパ農耕民祖先系統とレヴァント祖先系統】すべてでモデル化でき(P = 0.6)、マグレビ祖先系統とヨーロッパ農耕民祖先系統のみでほぼ適合します(P = 0.04)。個体I22577(DEK遺跡)は3供給源すべてで最良に適合しますが、閾値未満のままで(P = 0.01)、同様のパターンは個体I22852(エルグラ遺跡)で観察されます(P = 0.0004)。DEK2の3個体全員をまとめると、マグレビ祖先系統に加えてレヴァント祖先系統(それぞれ約76%と約24%で、P = 0.14)か、3供給源すべて(約9%のヨーロッパ農耕民祖先系統が含まれ、P = 0.26)か、レヴァント祖先系統に加えて1供給源としてDEK1を下位集団として用いた2方向モデル(それぞれ約83%と約17%で、P = 0.23)で成功した適合が得られ、これは図3bで示されているモデルです。個体I22852(エルグラ遺跡)については、ヨーロッパ農耕民祖先系統もしくはレヴァント祖先系統に加えて、1供給源としてDEK1もしくはDEK2下位集団のどちらかでも、モデルが検証されました。いくつかの組み合わせは上述の3方向モデルよりも良好な適合品質でしたが、わずかに閾値未満で(P ≈ 0.01−0.02)たとえば、ヨーロッパ農耕民祖先系統(13%)もしくはレヴァント祖先系統(14%)に加えて、1供給源としてのDEK2(74%)です(図3b)。

 ジュッバ遺跡個体におけるWHG祖先系統の兆候と同様、DEKおよびエルグラ遺跡の個体についてqpAdmモデルの改良を調べるために、追加の分析が実行されました。第一に、F₄統計を用いて、チュニジアの個体群とスペインおよびイタリアの初期農耕民[6、35~38]との間のアレル共有が比較されました。どの統計も非対称性を検出しませんでした。第二に、DEK2について、DEK1に加えてレヴァント祖先系統のモデルにおける代理として、より古い古代のレヴァント集団、つまりナトゥーフィアン集団[39、40]もしくは新石器時代レヴァント集団[39~41]を用いて、代替モデルが検証されました。両者(P = 0.048および0.032)のP値は、モデルを却下する検出力が低いにも関わらず(つまり、標準誤差がより大きくなります)、銅器時代イスラエルの代理供給源(P = 0.23))よりも低くなりました。第三に、外群としての現在のフラニ人(Fulani)集団とラカ人(Laka)集団とブララ人(Bulala)集団でのqpAdm実験を用いて、サハラ地域からの追加の祖先系統の兆候が検索され、基準モデルの有意な違反は見つかりませんでした。

 片親性遺伝標識(母系のmtDNAと父系のY染色体)は、新たに報告された個体群における大半のマグレビ祖先系統と、時間横断区におけるその後の他の供給源からのより多い混合を示唆する、本論文のゲノム規模の結果と一致します。誕生時に男性と割り当てられた5個体のうち4個体は、アフリカ北部、とくにマグレビ祖先系統を有する古代の個体群に特徴的な[3]、Y染色体ハプログループ(YHg)E1b1b1a1に分類できます。例外は、レヴァント農耕民と関連するYHg-T1a1aを有する個体I22852(エルグラ遺跡)でした。mtDNAについては、ABR遺跡とジュッバ遺跡の個体群や、DEK1下位集団の両個体とDEK2の1個体が、mtDNAハプログループ(mtHg)U6の下位クレード(単系統群)を有しており、これもおもにアフリカ北部古代人で知られています[3]。mtHg-L3f1b + 16292(DEK2の個体I22867)は、アフリカ東部に起源があり、アフリカ大陸の立ち居に拡大下、と仮定されているクレードですが、mtHg-R0a2(エルグラ遺跡の個体I22852)は広範に分布しているもの、新石器時代のレヴァントでも観察されてきました[39、40]。最後に、個体I22866(DEK2)はmtHg-U5b2b1を有しており、これは新石器時代の前のヨーロッパに特徴的で、おそらくは、直接的(シチリア海峡を横断した狩猟採集民)かヨーロッパ農耕民のWHG祖先系統によってヨーロッパ狩猟採集民に由来します。

 ALDER(admixture-induced linkage disequilibrium for evolutionary relationships、進化的関係の混合により誘発される連鎖不平衡)とDATES(Distribution of Ancestry Tracts of Evolutionary Signals、進化兆候の祖先系統区域の分布)を用いて、混合年代が推定されました。参照人口集団として、TAF遺跡個体に加えて、スペインの前期新石器時代個体群かイスラエルの銅器時代個体群かセルビアの中石器時代狩猟採集民が使用されました。IAM遺跡個体(マグレブ西部)について、約8~13世代前の混合の優位な兆候が推測され、個体IAM.7におけるヨーロッパ農耕民祖先系統に関する本論文の推測は汚染に起因するわけではなかった(混合連鎖不平衡の兆候は生成されませんでした)、と示されます。ジュッバ遺跡(チュニジア)の2個体については、個体I20825が(セルビアの中石器時代参照集団を用いての)有意な混合兆候を有しており、混合の年代は、この個体が生きていた、ALDERでは18.2±3.0世代前、DATESでは13.9±6.5世代前でした。個体I20824について、より弱いものの依然として有意である兆候が得られ、ALDERでは、個体I20825の振幅28±5.7×10⁻⁴と比較すると、振幅10±5.0×10⁻⁴で16.3±6.4世代となり、ジュッバ遺跡の両個体は低い割合のWHG関連祖先系統を有していた可能性が提起されます。ジュッバ遺跡の両個体についてスペイン農耕民参照を用いると、兆候はより弱くなり、ALDERでは、個体I20825の振幅17±3.9×10⁻⁴と比較すると、個体I20824は振幅17±3.9×10⁻⁴で16.3±6.4世代前となり、DATESではどちらかの個体について有意ではないものの、イスラエルの参照集団を用いると、個体I20825については20.2±6.2世代前が得られ、ヨーロッパ農耕民関連供給源ではなく、WHG関連供給源と一致します。DEK遺跡の5個体については、相対的に新しい年代(約5~25世代前)が得られ、混合は個体が生きていた数百年前以内に起きた、と示唆されます。

 hapROH[50]ソフトウェアを用いて、充分なデータがある7個体(ABR遺跡の個体I13901とジュッバ遺跡の個体I20825以外の全個体)について、同型接合連続領域(runs of homozygosity、略してROH)が推定されました(図4a)。ROHの存在は、小さな局所的人口規模と個体の両親の密接な近縁性の両方を反映しているかもしれません。最も長いROHと最大のROH合計はDEK1の2個体(I22580およびI22862)で見つかり、その分布は両親がマタイトコだったことを示唆しています。次に長い断片と次に大きい合計は個体I20824(ジュッバ遺跡)に属しており、その分布は比較的小さな近い過去の有効人口規模(Nₑ)と一致し、95%信頼区間(confidence interval、略してCI)でのNₑは337~1401です。DEK2の3個体のうち、4cM(センチモルガン)以上のROHが1ヶ所のみ推定され、少なくとも3500個体の推定Nₑが得られました。個体I22852(エルグラ遺跡)は、小さいものの、ゼロではないROHを有しており、2ヶ所の断片の長さ4~5cMの間です(Nₑは95%のCIでは828~15540)。全体的に、マグレブ東部のROHの合計はマグレブ西部よりも少なく、マグレブ西部では、新石器時代と新石器時代の前の個体群が、中石器時代ヨーロッパ集団と同様に、広範なROHと小さな祖先人口規模を有していました[2、29、50]。以下は本論文の図4です。
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 最後に、ソフトウェアancIBDを用いて、古代のマグレブ東部個体群(充分な配列決定網羅率のある4個体で、すべてDEK遺跡に由来します)と他の古代人近い過去の共有祖先系統に起因する、染色体の共有された同祖対立遺伝子(identity-by-descent、略してIBD)の断片が検索されました(図4b)。唯一の長い(20cM超)断片は、DEK1の個体I22580とDEK2の個体I22866との間で共有されており、DEK遺跡における少なくともいくらかの直接的な連続性が示唆されます。中程度の長さの断片(12~20cM)も見つかり、約2000年以内の共有祖先系統が示唆され、DEK2の個体I22867と個体I22577はそれぞれ、SKH遺跡の個体skh002と1ヶ所のそうした断片を共有し、個体I22867は、フランスの新石器時代の1個体(この個体も個体I22866とより短い断片を共有しています)と1ヶ所のそうした断片を共有しています。45ヶ所のより短いIBD断片(8~12cM)のうち、すべてはDEK遺跡個体とアフリカ北部古代人(DEK遺跡個体群と個体skh002との間では8ヶ所、TAF遺跡個体と共有されるのは1ヶ所、DEK遺跡集団内で共有されるのは3ヶ所)もしくは古代ヨーロッパ農耕民(8000~4000年前頃)との間での共有を含んでいました(図4b)。


●考察

 本論文では、マグレブ東部個体群が新石器時代(さらにはその前)に複数回の混合事例を経たものの、関連する祖先系統の割合は比較的低く、人口集団は高度の局所的な遺伝的連続性を維持した、と示されてきました。これらの調査結果は、マグレブ東部が考古学的観点からも明確に高度な連続性を示す証拠と一致します。

 ジュッバ遺跡(チュニジア、カプサ文化後期)から標本抽出された2個体とABR遺跡から標本抽出された1個体(アルジェリア、イベロモーラシアン期)は、マグレブ西部の同時代の集団と同様の遺伝的組成[1~3]を共有しており、「マグレビ」祖先系統は時空間的に広範囲だった、と明らかになります。しかし、マグレブ西部とは異なりマグレブ東部では、可能性の高そうな移動経路を示唆するシチリア島に地理的に近いジュッバ遺跡において、WHGとの混合の証拠が見つかりませんでした。マグレブ東部において少なくとも較正年代で8500~8400年前頃以降に始まった押圧技術など、これら2ヶ所の地域【マグレブ東部とシチリア島】との間の物質文化における共有された技術的革新や、8000年前頃以降にマグレブ東部で見つかるパンテッレリーア(Pantellerian)島の黒曜石など原材料の輸送は、この期間におけるシチリア海峡横断の広範な航海を記録しています。これらの文化的相互作用には、少なくとも北方から南方への、および恐らくは双方向での、狩猟採集民の移動が伴っていたようです。

 新石器時代には、マグレブの東西両方の各遺跡で、以前には存在しないと推定されていた遺跡[1、2]を含めて、少なくとも低い割合のヨーロッパ農耕民関連祖先系統が観察されました。しかし、マグレブ西部の一部の個体が高い割合の農耕民関連祖先系統を有しているのに対して(具体的には、前期新石器時代のKTG遺跡の個体が80%以上、後期新石器時代のKEB遺跡個体で50%以上)、マグレブ東部では、その割合は最大でも20%未満です。これらの結果は、マグレブ東部よりもマグレブ西部の方でのヨーロッパ農耕民のより大きな影響についての考古学的証拠と一致します(マグレブ東部では、カルディウム土器が見つかっておらず、栽培化された作物の耕作はずっと後になってやっと出現します)。じっさい、考古学的証拠の観点からは、マグレブ東部におけるヨーロッパ農耕民祖先系統の存在(混合モデル化とIBD共有の両方に基づきます)は、マグレブ西部と比較して、その低い割合よりも驚くべきことです。全体的に本論文の結果は、ヨーロッパからマグレブへの移住の主要な供給源としてのイベリア半島[2]を裏づけますが、マグレブ東部において本論文で観察される農耕民関連祖先系統が西方からアフリカ北部を通って到来したのか、あるいは北方のシチリア島からの別の横断を通じて到来したのかどうか、判断するには、さらなる研究が必要になるでしょう。

 本論文の分析によって記録された2番目の、その後の広範な混合事象には、レヴァント関連人口集団が関わっていました。マグレブ西部では、レヴァント祖先系統の最初の出現はSKH遺跡(6400年前頃、最古級の単一個体の構成年代は6730~6500年前頃)でしたが[2]、本論文では、DEK遺跡の個体I22867(較正年代で6888~6678年前頃)およびI22866(較正年代で6828~6662年前頃)を通じて、レヴァント祖先系統がマグレブ東部においてもう少し早く見られる、と分かりました。DEK遺跡の場合、DEK1遺伝的クラスタ(まとまり)における(限定的な)ヨーロッパ農耕民祖先系統を、DEK遺跡におけるその前の段階(7400~7000年前頃)と、DEK2遺伝的クラスタにおけるレヴァントとの混合をその後の段階(7000~6300年前頃、家畜化された動物への依存度が増し、典型的な「新石器時代」土器および石器の利用がより多くなります)と関連づけたくなります。マグレブ東部個体群とレヴァントの古代の個体群との間で共有されるIBD断片は観察されませんでしたが、本論文のデータセットにおけるその欠如はおそらく、レヴァントにおける限定的な本抽出、および、広範なIBDが少なくなる、ヨーロッパ農耕民と比較してのこの地域におけるより大きな有効人口規模に起因します。考古学的記録は、家畜化されたヤギ(おそらくはレヴァント起源)の形での、レヴァントからの人々の移動についての相関の可能性を提供し、それは8200年前頃までにアフリカ北部の東部で記録されており、次に西方へ拡大しました。本論文における、DEK遺跡とSKH遺跡の個体間での複数の共有されたIBD断片の観察から、レヴァント祖先系統を有する人々はマグレブ西部ら到達する前にマグレブ東部を通過した、と示唆されます。将来の古代DNA研究でおそらく明らかになるのは、本論文で分析された一部の個体が、まだ標本抽出されていない人口集団と関連する祖先系統を低い割合で有していたことです(それによって、祖先系統構成要素の拡大のモデルの改良に役立つかもしれません)。しかし、本論文のqpAdmモデルの良好な適合(さまざまなアフリカとユーラシアの外群で)は、これらのモデルの定式化がおそらくはほぼ完了していることを示唆します。

 本論文の結果から、地域的な人口統計学的軌跡は新石器時代への移行期にヨーロッパとアフリカ北部では高度に多様だった、と示されます。ヨーロッパでは、事実上すべての人口集団の祖先系統の大半が、アナトリア半島からの初期の移民にさかのぼり、在来の狩猟採集民からのより小さな寄与と、さまざまな地域での同様の混合の軌跡がありました[35]。対照的に、マグレブの西部[1、2]および東部からのデータでは、アフリカ北部は移民の到来と新たな生活様式および技術の採用後に、より多くの異質性と在来祖先系統のより多い連続性の両方を特徴としている、と示されます。じっさい、マグレブ東部では、新石器時代への移行の考古学的記録は、ヨーロッパよりも局所的な連続性があることと一致します。マグレブ東部におけるより限定的な混合のあり得る説明は、在来の狩猟採集民人口集団が依然として、8200年前頃の気候寒冷化事象期における地中海の他の人口集団よりも安定し、回復力があり、また、移住農耕民の密度がヨーロッパとマグレブ西部よりも低く、それは恐らく、マグレブ東部地域が農耕により適していなかったからである(農耕はマグレブ東部ではずっと後まで発展しませんでした)、というものです。マグレブ東部におけるより大きな人口規模が、本論文のROH分析によって暫定的に示唆されており、移民の少なさと相まって、ヨーロッパもしくはマグレブ西部よりも少ない在来祖先系統の希釈を説明できるかもしれません。全体的に、古代DNAの文献では以前には標本抽出されていなかった時空間に関する本論文の洞察は、ヒトの過去に関する学際的研究を通じて学ぶべきことがいかに多く残っているのか、浮き彫りにします。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


進化遺伝学:マグリブ東部の新石器時代における狩猟採集民系統の高い連続性

進化遺伝学:古代DNAで探るマグリブ東部の集団史

 今回、マグリブ東部の古代ゲノムデータが報告され、アフリカ北部における新石器時代への移行についての手掛かりが示されている。



参考文献:
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