現生人類と非現生人類ホモ属との混合およびその影響

 現生人類(Homo sapiens)と非現生人類ホモ属との混合およびその影響に関する概説(Tagore, and Akey., 2025)が公表されました。本論文は、現生人類(解剖学的現代人)とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)などの非現生人類ホモ属(古代型人類、古代型のヒト)との混合、およびその現生人類への影響に関する近年の研究を整理しており、たいへん有益だと思います。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。


●要約

 解剖学的現代人はアフリカから拡散するにつれて、ネアンデルタール人やデニソワ人を含めて今では絶滅した人類と遭遇し、交配しました。すべてり非アフリカ系個体はそのゲノムの約2%がネアンデルタール人の祖先に由来し、メラネシアとオーストラリア先住民の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)はデニソワ人の祖先からゲノムの約2~5%未満を継承した、と今では充分に確証されています。関心は、古代の混合や遺伝子移入された断片の量の記録から、その分子と表現型と進化の影響の理解およびヒトの歴史のモデルの改良に移り始めました。本論文は、現生人類と古代型のヒトとの間の混合に関する最近の洞察を再検討し、方法論的革新と、ネアンデルタール人およびデニソワ人の配列が現在の個体群に及ぼす機能的および表現型的影響を強調します。


●背景

 非アフリカ系個体はその祖先系統の大半を、6万年前頃に起きた単一のアフリカからの拡散にたどることができます[1、2]。この期間に、現生人類の歴史大半において、いくつかの異なる種類のヒト(もしくは人類)が存在していました[3~6]。今では、現生人類がネアンデルタール人やデニソワ人と世界を横断する移動で遭遇して交配したことはよく知られていますが[7、8]、古代型人類との混合という見解がかなりの議論となったのは、さほど昔のことではありませんでした。しかし、ネアンデルタール人[7]およびデニソワ人[8]からの古代DNAの抽出および配列決定を可能とした、スヴァンテ・ペーボ(Svante Pääbo)氏の先駆的研究は、現生人類と古代型のヒトとの間の遺伝子流動が起きた、と決定的に示すのに必要な情報を提供しました。さらに、ネアンデルタール人とデニソワ人との間の混合が検出され[10]、これにはネアンデルタール人の母親とデニソワ人の父親との間の交雑第1世代に由来する古代DNAの配列決定[11]が含まれます。したがって、混合は人類の進化史の決定的な特徴でした。

 この分野は過去10年間に急速に発展し、重要な転機となったのは、現在の個体群で分離するネアンデルタール人およびデニソワ人のゲノムの断片を直接的に特定する手法の開発でした[12~15]。これらの手法が重要だったのは、遺伝子移入された人類のDNAで行なわれるずっと広範な分析一式を可能にしたからで、その中には、混合モデルの改良[16、17]、遺伝子移入された配列での差異のパターンの形成における自然選択の役割についての仮説の検証[19、20]、遺伝子移入された配列と表現型の差異と疾患感受性との間の関係の評価が含まれます[21]。じっさい、遺伝子移入された配列の分析によって、研究の対象が、ネアンデルタール人およびデニソワ人系統の一覧作成から、機能と表現型と進化の意義の評価へと移行できました。

 本論文の目的は、古代型人類との混合に関する多くの優れた既存の再検討[1、6、23]を補完する、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人との間の相互作用の理解における最近の進展の再検討です。本論文では、人類間の混合、ネアンデルタール人およびデニソワ人の追加の配列データの利用を促進するかもしれない実験的革新、現生人類と古代型のヒトにおける遺伝子流動の機能と表現型の影響への新たな洞察を明らかにしてきた、より新しい研究に重点が置かれます。


●古代型人類の混合の現在の概要

 現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人との間の混合の一般的な概要は、参照ネアンデルタール人およびデニソワ人ゲノムの最初の配列決定および分析以来、明らかになってきました[7、8]。これら初期の洞察では、非アフリカ系現代人は全員、約2%のネアンデルタール人祖先系統を有しており、メラネシア人やオーストラリア先住民など特定の非アフリカ系人口集団は追加の2~5%のデニソワ人祖先系統を有している、と示されました(図1)。その後の研究は、この基礎的な混合モデルを改良し、拡張してきました。たとえば、2018年の研究[25]は、現代人の祖先がデニソワ人の異なる2人口集団と混合した、と初めて示しました。この推測の根拠は、遺伝子移入されたデニソワ人の配列とアルタイ山脈のデニソワ人の参照ゲノムとの間の分岐の分布が二峰性だったことで[25]、これは明らかにデニソワ人の異なる2人口集団との遺伝子流動を示唆しています。

 具体的には、メラネシア人とオーストラリアの先住民が、すでに知られていた、より遠い関係のデニソワ人集団からの祖先系統を有しているのに対して、アジア東部人は、より遠い関係のデニソワ人集団およびこの新たなより密接に関連しているデニソワ人集団の両方からのデニソワ人祖先系統を有しています(図1)【私がこの一文を正確に解釈できていないだけかもしれませんが、この説明には疑問が残り、先行研究[25、26]で推測されているのは、既知のアルタイ山脈のデニソワ人個体と遺伝的により遠い関係のデニソワ人集団からメラネシア人およびオーストラリア先住民の祖先への遺伝子流動があり、アジア東部人の祖先集団には、既知のアルタイ山脈のデニソワ人個体と、遺伝的により遠い関係のデニソワ人集団およびより近い関係のデニソワ人集団の両方からの遺伝子流動があったことです】。この観察は、デニソワ人集団がユーラシア東部に広がっていたかもしれない追加の証拠を提供し、異なる地理的地域で起きた可能性が高い、少なくとも2回の混合事象がありました。その後の研究はデニソワ人との混合の2回の波を確証し[26~28]、遺伝子流動の追加の波動があった可能性を示唆したものの、異なる混合事象が現生人類とデニソワ人との間で何回起きたのか明らかにするには、より多くの研究が必要です。以下は本論文の図1です。
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 最近の研究は、現生人類の祖先からネアンデルタール人への遺伝子流動への新たな洞察を提供してきました[30]。具体的には、初期のアフリカからの拡散は現生人類集団からネアンデルタール人への25万~20万年前頃の間の遺伝子流動をもたらした、と以前に推測されました[31~33]。しかし、先行研究[30]では、別のアフリカからの拡散が10万年前頃にあり、それも現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動をもたらした、と示唆されています(図1)。これらのデータから、現生人類はアフリカから複数回拡散し、ヒト【現生人類】とネアンデルタール人との間には現生人類の歴史の大半を通じて繰り返しの混合が生じていた、と示唆されます。

 現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の興味深い影響は、それが全ての現在の人口集団におけるネアンデルタール人からの遺伝子移入の痕跡に寄与していることです[30、33、34]。たとえば、先行研究[33]では、遺伝子移入された配列を特定するIBDmixと呼ばれる新手法が、1000人ゲノム計画のアフリカの個体群において驚くほど多量の遺伝子移入されたネアンデルタール人由来の配列を検出した、と示されました。IBDmixが独特なのは、参照人口集団、つまり殆ど若しくは全くネアンデルタール人祖先系統を有していない、と想定されるアフリカ人集団を用いずに、共有された祖先系統の兆候を差し引くからです。先行研究[33]では、IBDmixによって検出された、遺伝子移入されたネアンデルタール人由来の配列が、ネアンデルタール人祖先系統を有するユーラシアの個体群の逆移動によってもたらされた、真のネアンデルタール人配列と、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動に起因していた、と示されました。別の先行研究[30]では、この両方の過程が1000人ゲノム計画のアフリカの個体群におけるIBDmixで検出された配列にかなり寄与したものの、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動はその兆候のより多くを占めている(人口集団によって約60~75%)、と示されました。

 同様に、2023年の研究[34]はIBDmixをサハラ砂漠以南のアフリカの人口集団のパネルに適用し、ネアンデルタール人祖先系統を有するユーラシア人のアフリカへの逆移動と、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の組み合わせにも起因すると分かった、ネアンデルタール人から遺伝子移入された配列の浸透した痕跡を見つけました。しかし、分析された人口集団のいくつかについては、IBDmixニニよって検出された遺伝子移入されたネアンデルタール人配列のすべてが、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動に起因した、と推定されました。したがって、アフリカ大陸全体での遺伝子移入されたネアンデルタール人配列の規模と地理的パターンをより深く理解するには、追加の研究が必要です。

 最後に、2022年の研究[36]は、アルタイ山脈に居住していたネアンデルタール人共同体の社会構造に関する最初の推測を報告しました。11個体の常染色体と性染色体の遺伝的多様性のパターンおよび水準に基づいて、ネアンデルタール人は、おもに女性の移動と結びついていた小さく緊密な共同体で暮らしていた、と示唆されています。これがネアンデルタール人を広く代表しているのかどうか、あるいは、これらの特徴はネアンデルタール人の生息範囲の最東端で孤立したネアンデルタール人集団に固有だったかもしれないのかどうか、不明です。それにも関わらず、ネアンデルタール人の社会組織のより深い理解は、遺伝子流動の性別の偏ったパターンが予測されるのかどうかなど、現生人類との混合の性質および特徴への手がかりを提供します。


●新たな実験的手法は「隠された」人類のDNAの利用を提供します

 過去10年間の人類のゲノミクスおよび古代DNA研究においてなされた顕著な進歩にも関わらず、ネアンデルタール人とデニソワ人の個体数はつねに限られており、今後もそうである可能性が高いでしょう。したがって、ネアンデルタール人とデニソワ人からのDNA配列データ量を増やす、新たな実験的手法が根本的に重要です。有望な手法の一つである、洞窟堆積物からのネアンデルタール人とデニソワ人のDNAの配列決定[37~40]は、科学的虚構に聞こえますが、しだいに科学的事実になってきました。堆積物の配列決定では、骨や軟組織から浸出したDNAが、堆積物の鉱物および有機成分に安定的に付着し[37]、層序は地質年代とほぼ一致します[39](図2)。先行研究[39]は、ネアンデルタール人からの核DNAを他世紀物の配列決定により取得できた、と示した最初の研究でした。その研究は、堆積物データを活用し、スペイン北部のネアンデルタール人集団における10万年前頃の置換を推測し、後期更新世のネアンデルタール人の人口史における2回の拡散事象を検出しました。これまでに、堆積物の配列決定は、人類のDNAが存在しているだろう、との強力な事前の証拠がある考古学的遺跡に限られており、この手法がどのように広く適用できるのか、まだ不明です。以下は本論文の図2です。
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 革新的な実験手法によって明らかになっている「隠されたDNA」の別の供給源は、動物の骨に由来する装身具類など、人類が作ったり着用していたりした人工遺物です。具体的には、2023年の研究は、骨や歯の人工遺物に閉じ込められたDNAを分離する、非破壊的手法を開発し、それはロシアのシベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)から発見されたシカの歯の垂れ飾りに適用しました。おそらくはこの垂れ飾りを着用していた現生人類の女性1個体からのDNAが回収され、この垂れ飾りの年代が25000~19000年前頃の間と推定できました。さらに、系統発生分析は、この期間に生きていた古代北ユーラシア人個体群との遺伝的類似性を明らかにしました。垂れ飾りおよび堆積物のDNA配列決定は、化石に由来する古代DNAの不足によって生じた古代型人類の遺伝的空白を埋めるための興奮させられる手法ですが、その可能性を最大限に引き出すためには、追加の実験および方法論的開発が必要です。


●遺伝子移入された配列の機能と表現型の影響

 遺伝子移入された人類の配列の大規模な目録が作成されるにつれて、多くの研究の焦点は、遺伝子移入された配列の特定から、その機能および表現型への影響の評価に移行してきました。本論文は、表現型の差異および疾患感受性への遺伝子移入された配列の寄与を調べた、最近の研究を再検討します。まず、大規模な人口コホート(特定の性質が一致する個体で構成される集団)を用いて、遺伝子移入された配列に影響を受けた形質や疾患を広く特定し、次に遺伝子移入された配列が免疫系や人体計測的形質や遺伝子発現水準に及ぼした影響に焦点を当てた研究の検討から始めます。


●生物銀行規模のデータセットの活用

 U表現型とゲノムデータの詳細な記録があるUKB(United Kingdom Biobank、イギリス生物銀行)[43]や我々全員(All of Us)や日本生物銀行計画など大規模なコホートの発展は、ヒトの疾患の遺伝的構造の解明のための強力な手段として現れてきました。これらや他の大規模なコホートは、ネアンデルタール人およびデニソワ人から遺伝子移入された配列の表現型の多様性および疾患感受性への寄与の調査にも使用されてきました[21、46、52]。初期の研究[21]は、ヨーロッパ祖先系統の約28000個体における1000点以上の電子健康記録の派生的表現型へのネアンデルタール人の配列の影響を調べ、神経学や精神医学や免疫学や皮膚科学の表現型との有意な関連を見つけました。より新しい研究では、UKBの30万個体の96個の表現型が調べられ、推定される原因変異体を特定するために、詳細な対応付けが行なわれました。その研究では、112ヶ所のゲノム領域のネアンデルタール人由来の多様体が、おもに免疫系や代謝や発達に影響を及ぼす47個の表現型と関連していた、と分かりました。

 同様に、2020年の研究[46]は、アイスランドの約28000個体の271個の表現型をしらべ、見つけた古代型配列と関連する表現型は5個のみでした。その研究では、ネアンデルタール人もしくはデニソワ人から遺伝子移入された断片の関連性は、古代型多様体が関連性を引き起こす原因アレル(対立遺伝子)である、と必ずしも意味しないことにも、注意を喚起しています。これは、「古代型配列」が、共通の祖先人口集団および現生人類もしくは古代型系統で発生した変異混在だからです(図3)。古代型多様体によって引き起こされる関連の割合に関する2020年の研究[46]と2023年の研究との間の明らかな不一致の原因は確実には不明ですが、標本規模や分析された表現型や詳細な規模での対応付けに用いられた手法の違いと関連しているかもしれません。さらに、2020年の研究[46]で使用された選別基準は、いくつかの関連する古代型多様体を除外したかもしれません。最終的には、ヒトの疾患負担への古代型多様体の相対的寄与をより正確に評価するには、原因となる多様体を特定する必要があります。以下は本論文の図3です。
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 最後に、大規模なコホートにおけるほとんどのGWAS(genome-wide association study、ゲノム規模関連研究)は、ヨーロッパ人関連集団で行なわれてきたので、ヒトの表現霊の差異および疾患へのデニソワ人多様体の影響については、ほとんど分かっていません。しかし、注目すべき例外は、生物銀行日本のデータを用いて、2型糖尿病[52]および冠動脈疾患と関連するデニソワ人配列を特定した、2022年の研究と2024年の研究[52]です。地理的に多様な個体群での追加のGWASは、古代型配列の表現型の影響包括的評価に有益で、原因多様体の詳細な対応付けに役立つでしょう。


●免疫関連の表現型

 遺伝子移入された配列の表現型への影響を調べる研究から浮かび上がってきた一貫した主題は、ネアンデルタール人とデニソワ人の多様体が免疫関連の形質に広範な影響を及ぼしていることで[12~15、19]、それは部分的には、免疫関連遺伝子が適応的な遺伝子移入された配列の表現型の過剰な対象である[12、13、19]、との事実に起因する可能性が高そうです。免疫関連遺伝子は正の選択の頻繁な標的で、現生人類がアフリカから新たな環境へと拡散するにつれて、古代型人類との混合によって、現生人類は病原体の在来の負荷により適応する免疫遺伝子型を継承することが可能となりました[12~15、19]。しかし、これらの新たな環境で現生人類にとって有益だった古代型人類から継承した免疫関連多様体は、現在の個体群における疾患感受性にも寄与しているかもしれません。たとえば、3番染色体上のケモカイン遺伝子のクラスタ(まとまり)は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症化と関連しており[61]、COVID-19の重症化に対して保護する12番染色体上の1ヶ所の領域[62]は、両方ともネアンデルタール人から継承されました。さらに、4番染色体上のトル様受容体のクラスタ(TLR1、TLR6、TLR10)などの自然免疫に関連する遺伝子[19、63、64]と、12番染色体上のOAS(oligoadenylate synthetase、オリゴアデニル酸合成酵素)遺伝子のクラスタ(OAS1、OAS2、OAS3)は、適応的な遺伝子移入の強い痕跡を示し、ウイルスからの防御に重要な役割を果たしています。


●人体計測的形質

 疾患形質に加えて、ネアンデルタール人とデニソワ人の配列は広範な人体計測的形質にも影響を及ぼしてします。古代型との混合に影響を受けた人体計測的形質の事例には、唇の厚さと関連するデニソワ人多様体や、鼻の形態と関連するネアンデルタール人の多様体が含まれます。さらに、最近の研究は深層学習演算法を用いて、31000点以上のDXA(whole-body dual energy x-ray absorptiometry、全身二重エネルギーX線吸光度法)画像から、骨格の表現型を導き出しました。その研究は約25点の骨格の表現型でGWASを実行し、145点の明確な関連性を特定して、そのうちいくつかは、ネアンデルタール人から遺伝子移入されたハプロタイプと重複していました。今後、生物銀行規模のコホートの広範な画像データに由来する表現型[43]は、人体計測的形質への古代型配列の寄与を調べる強力な手法となるでしょう。


●遺伝子発現の差異

 ますます増加する証拠から、遺伝子移入された配列はおもにタンパク質構造とは対照的に遺伝子制御に影響を及ぼしている、と示唆されています[68]。たとえば、2022年の研究はMPRA(massively parallel reporter assay、超並列レポーターアッセイ)を用いて、適応的な遺伝子移入の標的になったかもしれない、5353個の高頻度遺伝子移入多様体の制御能を評価しました。わずか1種の細胞(K562)で、数百個の多様体が遺伝子発現に影響を及ぼした、と分かりました。さらに、MPRA研究設計を用いて、2023年の研究では、COVID-19の重症化の危険性をもたらす遺伝子移入されたネアンデルタール人配列は、2ヶ所の近隣のケモカイン受容体遺伝子であるCCR1(Cinnamoyl-CoA Reductase 1、シンナモイルCoA還元酵素1)およびCCR5の発言を調節する制御多様体に起因した可能性が高い、と示されました。さらに、遺伝子eQTL(expression quantitative trait loci、発現量的形質座位)として機能する古代型多様体が、概日周期に影響を及ぼす、と最近分かり、ネアンデルタール人とデニソワ人と現生人類の再構築された三次元地図から、ゲノム折り畳みの分岐が遺伝子発現の差異に機構的に寄与しているかもしれない、と示唆されています。遺伝子移入されたネアンデルタール人配列が、長い範囲にわたる制御効果に影響を及ぼすことも示されてきました。

 先行研究[74]では、ネアンデルタール人との混合がユーラシア人口集団では失われた何千もの祖先型アレルを再導入した、と示されました。興味深いことに、その研究では、これらの再導入された祖先型多様体は、eQTLを含む遺伝子移入されたハプロタイプに豊富にあった、と分かり、純化選択が個体間の遺伝子発現の差異に寄与する古代型多様体の景観に影響を及ぼしたかもしれない、と示唆されました。


●「現代的であること」の遺伝的基盤

 独特な現生人類の表現型の遺伝的基盤の解明には、大きな関心があります。最も単純な想定では、そうした形質の遺伝的基盤は現生人類系統で生じた変異の結果で、すべての現在の個体に共有されている(つまり、派生的アレルは現代人全員の世界規模の人口集団で「固定」されてきた)、と考えられるかもしれません。したがって、ネアンデルタール人とデニソワ人のゲノムは、古代型のヒト全員に共有されている祖先型アレルとは異なる、現代人全員が共有する派生的アレルのあるゲノムを通じて、部位を分類するのに使用できます。しかし、先行研究[6]が提案するように、現生人類の形質の遺伝的基盤は、現代人全員に共有されている遺伝的変化に起因する必要はありません。むしろその研究が示唆しているのは、ヒトの現代性の「組み合わせ的見解」がより適切かもしれないことで、その見解では、現生人類は変異の組み合わせなので、各個体には、殆どではあるものの、必ずしも全てではない、現生人類の独特な表現型に寄与した変異が含まれます。そうした形質が多遺伝子性であり、ほとんどの量的で複雑な形質がそうである限りにおいて、現代性の組み合わせの基盤はかなり妥当です。組み合わせモデルの主要な帰結は、現生人類的な特徴をもたらす変異の検索のさいに、検討すべき多様体一式を増加させるかもしれないことです。これは依然として手強い課題ですが、ネアンデルタール人およびデニソワ人配列が顕著に枯渇しているヒトゲノムの領域である、遺伝子移入された配列のゲノム地図における古代型砂漠の観察[12~15、33]は、現生人類の独特な形質の遺伝的基盤を有するゲノムに位置づけるための、里程標になるかもしれません。


●まとめと将来の方向性

 古代DNAを分離し配列決定する実験的手法で達成された顕著な進歩は、現生人類がネアンデルタール人およびデニソワ人と混合した[7、8]、との発見を含めて、人類史の理解に革命をもたらしました。最近の研究は、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人との間の遺伝子流動の歴史への新たな洞察を提供し続け、混合が現生人類の重要な機能と表現型と進化の影響を及ぼした、と明らかに論証してきました。

 それにも関わらず、知識の重要な空白が依然としてあります。たとえば、遺伝子移入された配列はユーラシアの人口集団では広範に調べられてきましたが、より地理的に多様で通常は過小評価されている人口集団の分析は、古代型人類との遺伝子流動の歴史および時期や、遺伝子移入された配列の表現型の影響への新たな洞察を提供できるかもしれません[79]。

 さらに、アフリカにおける古代型人類との混合の歴史は、依然として議論になっています。一部の研究は特定のアフリカの人口集団における未知の「亡霊(ゴースト)」人類系統からの遺伝子流動の痕跡を報告しましたが[81、82]、他の研究では、古代の人口構造がデータをより適切に説明する、と示唆されました[83]。したがって、アフリカの人口集団のより包括的な理解とも方法論的手段の継続的な開発と、アフリカ全域の追加の古代DNAの発見が、この問題の解明に役立つでしょう。

 最後に、遺伝子移入された配列の多様体の機能的影響、および現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人のゲノム間に存在する遺伝的差異の解釈において、かなりの課題が残っています。強力な機能的ゲノミクス手法一式が存在し、それは単一細胞分析や正確なゲノム編集や幹細胞の増殖と分化を可能として、人類間のDNA配列の差異の生物学のより体系的な理解に利用できます。今後、ネアンデルタール人とデニソワ人、さらには可能性として他の人類が現生人類にもたらした遺伝的遺産に関する将来の研究は、人類間の遺伝子流動がヒトの進化の軌跡をどのように形成したのかについて、より包括的な理解につながる、と期待されます。


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