『卑弥呼』第147話「計りごと」

 『ビッグコミックオリジナル』2025年4月20日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハが山社(ヤマト)連合の兵2000人を遼東の近くまで行軍させる、と山社国の重臣に伝えるところで終了しました。今回は、宍門(アナト)国の豊浦(トヨラ)で、日下(ヒノモト)国の吉備津彦(キビツヒコ)が軍勢を率いて、豊浦の邑長に、ここは戦場になるから早急に避難するよう、指示する場面から始まります。ただ、吉備津彦は、見目麗しい女性は10名ほど残しておくよう、追加で支持します。豊浦では、邑人の立ち退きが完了し、筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)軍はすぐには来ないだろうから、皆に酒を振舞うよう、副官に命じます。しかし副官は、筑紫島軍が本当に豊浦に上陸するのか、疑問に思っています。筑紫島から豊秋津島(トヨアキツシマ、本州を指すと思われます)へ渡るならば、最短距離である宍門の関(関門海峡と思われます)を選ぶのではないか、というわけです。しかし吉備津彦は、二百艘もの舟が難所の宍門の関を無事に通れるわけはないので、日見子(ヒミコ)、つまりヤノハがそんな危険を冒すはずはない、と副官の懸念を一蹴し、筑紫島郡は半年以内に来るだろうから、上陸したら即座に全滅させよう、と考えています。

 金砂(カナスナ)国の出雲では、事代主(コトシロヌシ)と配下のシラヒコが侵攻してくる日下への対策を話し合っていました。吉備津彦の配下の出雲フルネは、その数日前に金砂国の「都」である汗入(アセイリ、後の伯耆国の汗入郡でしょうか)の民を千人、日下に連行していました。シラヒコは、日下が出雲に次ぐ重要な地から民を連行しただけではなく、出雲フルネが、亡きミクマ王の建立した大穴牟遅神(オオアナムヂノカミ)の社を廃して、聞いたことのない神を奉ろうとしていることにも憤慨していました。事代主は、それが饒速日という名の神だと察します。饒速日はサヌ王(記紀の神武天皇と思われます)が征服する前の日下の神で、出雲フルネはおそらく、日下に住む土着の一族の末裔なのだろう、と事代主は推測します。シラヒコは、大穴牟遅神を愚弄する輩だ、と憤慨し、もはや挙兵しかない、と事代主に訴えます。しかし事代主は冷静で、今挙兵すれば出雲フルネの思う壺なので、もう少し静観しようと思う、とシラヒコを宥めます。しかし、吉備津彦の軍勢が金砂国を通過して宍門(アナト)国に入り、宍門は無抵抗で日下を受け入れたことから、一刻の猶予もない、とシラヒコは事代主に力説します。それでも事代主は冷静で、宍門国の選択を賢い、と評価します。シラヒコは、吉備津彦の宍門侵攻の真の意図は、日見子(ヤノハ)が率いる筑紫島連合軍の上陸を迎え撃つことにあるのではないか、と事代主に訴えます。シラヒコは、自分の予測が当てっているならば、4年前の、我々に加勢するという約束を日見子様(ヤノハ)が果たしてくるのだから、喜ぶべき事態だ、と考えています。シラヒコは事代主に、日見子軍に呼応して挙兵するよう訴えますが、事代主は、ヤノハがシラヒコの思う通りに動くとは考えていません。

 那(ナ)国の都である那城(ナシロ)では、公孫淵の書簡を預かってきたゴリと会うために、ヤノハとミマト将軍が山社(ヤマト)から来ていました。公孫淵の書簡には、挙兵を決めたので5万人の援軍を遼東郡に送れ、とありました。公孫淵が魏への謀叛を決断した契機について那国のトメ将軍から問われたゴリは、大陸の情勢を説明します。半年ほど前に呉の孫権帝から三人の使者が公孫一族の都である襄平に派遣され、孫権は臣下への最高の宝物である九錫を公孫淵に下賜し、遼東を燕という国名で独立するよう、公孫淵に促しました。呉が後ろ盾となって第四の国を建て、魏に圧力をかけると、魏は燕と呉の両国に挟撃されることになります。魏と呉・燕連合軍では、どちらが有利だと考えるのか、ミマト将軍に問われたヤノハはまず、魏がどのくらいの兵を討伐に割くと思うか、ゴリに尋ねます。遼東は辺境の地なので、魏は派兵しないで黙認するかもしれず、もし討伐に動いても、魏の内実は蜀と呉に対する防衛で手一杯なので、せいぜい4万人だろう、とゴリは答えます。公孫淵の総勢をヤノハに問われたゴリは、およそ25000人だが、公孫淵は異民族の鮮卑を引き入れ、4万人まで増やせるだろう、と答えます。呉が公孫淵に送る兵力についてミマト将軍に尋ねられたゴリは、本国の備えも疎かにはできないので、2万人くらいだろう、と答えます。つまり、公孫淵には6万人の兵が加勢し、倭国の5万人を加えれば充分に勝算があるわけで、公孫淵でなくとも勝負にでるだろう、とトメ将軍は納得します。しかし、兵を集めるのに少なくとも2年はかかるので、その間に魏が謀叛に気づかないとも思えない、とミマト将軍は疑問を呈します。するとヤノハは、公孫淵は想像を絶する二枚舌なので、きっと魏を上手く騙すだろう、と指摘し、たとえば、呉から派遣された三人の使者を斬首し、魏の皇帝に差し出すかもしれない、というわけです。そんなことをすれば、同盟を組むはずの呉を敵に回す、とミマト将軍は疑問を呈しますが、ヤノハは不敵な笑みを浮かべます。ヤノハはウツヒオ王に、中土(中華地域のことでしょう)に派遣する二千人の軍の総大将としてトメ将軍を借りたい、と申し出て、那国にとっても名誉なことではあるものの、二千人の兵で何をするのか、ウツヒオ王は疑問に思います。するとヤノハは、戦況を見極め、しかるべき行動をとる、と笑顔で言いますが、ウツヒオ王もミマト将軍もトメ将軍も、ヤノハの真意をつかめていないようです。ヤノハはゴリに公孫淵宛の親書を託すことにし、そこには、「半年以内に二千名を派兵し、残りの48000名は確実に2年以内に送る」との嘘を書く、と伝えます。ゴリは、明日、加羅(伽耶、朝鮮半島)へと出立することをヤノハに伝えます。

 その半年後、シラヒコは事代主の前で、日見子様(ヤノハ)が自分に見せた涙(第143話)は何だったのか、と憤激していました。半年ほど前に、筑紫島の五ヶ国に出兵の動きがあり、吉備津彦の宍門入りがあったので、日見子様が出雲のために援軍を出すと考えることは道理だろう、とシラヒコは事代主に訴えます。この五ヶ国とは、山社を数えず、那と伊都(イト)と末盧(マツラ)と穂波(ホミ)と都萬(トマ)の山社連合の国のことなのでしょう。しかし、筑紫島には出雲への援軍の動きが何もないことからに、裏切られたと思っている、とシラヒコは憤慨します。すると事代主は冷静に、日見子殿(ヤノハ)は我々の及びもつかないことを考える方だ、とシラヒコを諭します。では、我々はどうやって生き残ればよいのか、とシラヒコに問われた事代主は、日見子殿が誰よりも倭国から戦をなくそうと考えている、ということを信じよう、と答えます。その頃豊浦では、吉備津彦が日見子(ヤノハ)にしてやられた、と嘆息していました。日見子には宍門に上陸する気も、出雲を助ける気もまったくなく、自分は日見子と勝手に勝負して勝手に負けたのだ、と吉備津彦が副官に自嘲したところで、今回は終了です。


 今回は、ヤノハと吉備津彦の思惑が描かれました。吉備津彦は、ヤノハが出雲への援軍を本州に上陸させたところで、全滅させようと考えていましたが、ヤノハは山社連合の二千人の兵を、出雲への援軍ではなく遼東半島に送ることにしました。ヤノハは、公孫淵が魏と充分に戦えそうだとゴリから聞き、情勢次第では公孫淵に与する可能性を仄めかしているようにも見えますが、公孫淵を騙しているわけですし、真の最強国は魏と考えているので、やはり公孫一族が滅亡するよう、画策するのでしょう。吉備津彦がヤノハの意図をどこまで見抜けているのか分かりませんが、筑紫島にいる日下の間者というか内通者から、ヤノハが二千人の兵を集めたことは報告されているでしょうから、ヤノハが大陸に使者を派遣し、大陸の国から倭国王と認められようと考えていることまでは気づいている可能性が高いように思います。今回は描かれなかった暈(クマ)国も大陸との通交を考えており、暈国の実質的な最高権力者である鞠智彦(ククチヒコ)は呉から倭国王の称号を得ることも考えていますから(第118話)、今後は大陸情勢がさらに詳しく描かれることも予想され、ますます壮大な話になるのではないか、と期待しています。

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