宮崎市定著、井上文則編『素朴と文明の歴史学 精選・東洋史論集』

 講談社学術文庫の一冊として、2021年11月に講談社より刊行されました。電子書籍での購入です。すでに全集や文庫などで読んでいた論文も多く掲載されていますが、全集未収録作品と、宮崎市定氏の遺族(娘の一技氏)の証言も取り上げられており、編者の解説が掲載されて割引価格だったこともあり、購入しました。宮崎氏は講談社が大嫌いだったとのことで、これは初めて知りました。その理由は不明とのことですが、学術書専門の出版社以外で一般向け書籍を複数執筆しているだけに、講談社の通俗的な性格を嫌ったわけではなさそうです。

 未読作品では、随筆的な「大きな静けさ」での、1億から1億引いても、1から1引いても答えは零であり、数学的には大小の区別はないものの、実際には、音が零になった静けさにも大小の違いがある、との一節は興味深く、宮崎氏はこうした比喩が上手いと思います。「大きな静けさ」は、『華道』という雑誌の第15巻第6・7号(1953年)に掲載されたそうで、この頃にはまだ宮崎氏の一般向け著書は少なかったでしょうが、すでに一般読者を意識しているかのような明快さと面白さがあるように思います。後年、宮崎氏の一般向け著書が広く受け入れられていた素地は、すでにこの頃にはあったようです。

 すでに読んでいた論文では、「世界史序説」と「素朴主義と文明主義再論」と「歴史と塩」には、改めて教えられ、考えさせられるところがあり、さすがに大家だな、と思います。「六朝時代江南の貴族」は、論文でありながら私のような一般読者にも読みやすいと思います。これは、掲載誌が『歴史教育』で、歴史学専門誌とは性格が違うので、宮崎氏が一般向け著書の時のように配慮したためかもしれません。編者は『評伝 宮崎市定 天を相手にする』の著者でもあり(関連記事)、解説では同書で読んだ記憶のある内容もあったものの、新たに宮崎氏の娘の一技氏の証言なども補足されており、宮崎氏の簡潔な解説として優れていると思います。

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